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『今日のニュースです。ブルース市にあるカジノの事件について新たな情報が出てきました。当日、カジノでとあるカップルにチップをあげたという男性からの供述では、犯人と思わしき女性は巨乳で推定Gカップあり、薄い金髪に白い肌をしていて、年齢は二十四歳ぐらいに見られたとのことです。男性の方は……』
昼にしては薄暗くて寂れた喫茶店にあるテレビから聞こえるニュースを聞きながらレジイナは一つもあってねえなあと、思いながらミートスパゲッティをズズッと啜って食べた。
「おい、レジイナ。お前Gカップなのか?」
いやらしくニヤニヤした顔でプリンを持ってきたマスターをレジイナは睨みつけた。
「はあ? ちげえし」
マスターの手にある頼んだプリンを乱暴に奪ったレジイナは「ふんっ」と、言って怒りを露わにしているのを見て、隣に座ってサンドウィッチを頬張っていたカルビィンはへへっと、笑った。
「なんだあ? 私のご自慢のバストはもっと大きいのよってか?」
「うっせえ。てかてめえ、どさくさに紛れて胸を揉みやがって」
仕方なかっただろが、嘘つけ変態と揉め始めるレジイナとカルビィンに真向かいに座っていたジャドは「こんなとこで喧嘩すんな」と、二人を止めた。
「そうだぜ、ここは地下のアジトと違って防音じゃねえんだ。いくらマスターの前だからって油断すんなよ」
ジャドの隣に座っていたウィルグルはそう言ってマスターを睨んだ。
「おいおい、俺はお前らを売るつもりねえさ。お上からたらふく金貰ってんだ。裏切ったらこれだろ?」
自身の首を切るフリをしたマスターにレジイナは「よく分かってんじゃん」と、ニヤッと笑った。
「安心してよ。マスターが裏切ったら私がガブッとゆっくりと噛み殺してあげるから」
ニッコリと笑顔でそう言ったレジイナにゾゾゾっと背筋が凍ったマスターは話を変えるようにジャドに話を振った。
「そういえばジャド。てめえが欲しがってた獲物が来たぜ」
「マジか! 楽しみにしてたぜ」
目をキラキラと輝かしてジャドはマスターとともに奥の部屋へと向かって行った。
この喫茶店は表向きは飲食店として経営されているが、裏では四大国からの伝達事項や武器の調達を請け負う仲介役として雇われていた。ちなみに三ヶ月に一度、故郷に帰るためのチケットなどはここ経由で手に入れている。
今回はジャドが母国のワープ国に頼んでたいた銃が届いたらしく、マスターとジャドは隠し部屋にある銃を取りに行った。
「いいなー。私が頼んでたのはまだかなー?」
「あれは却下されただろうが」
「あんなド派手なの使ったらどう隠蔽するのか考えてから注文しろっつーの」
「ロケットランチャーは隠蔽する必要もない場所で使えばいいじゃない」
とんでもない事を言うレジイナにカルビィンとウィルグルが溜め息をついたところで、ジャドが布に包まれた新しい銃に頬擦りしながら戻ってきた。
「おっさんがやめろよ、気持ち悪い」
ウィルグルがおえっとわざと嗚咽したのを見てジャドはキッと睨んだ。
「なんだよ。お前さんだって見えねえ幽霊によく頬擦りしてんだろが」
「あんたらに見えねえだけで俺はこの可愛い小人が見えるんだよ。なあ?」
そう言ってウィルグルは相変わらず涎を垂らして焦点が合わない小人に頬擦りをし、小人も「ご主人スキスキー」と、言って甘えていた。
「おい、てめえにはその小人とやら見えるんだろ? 可愛いのか?」
カルビィンの質問にレジイナはんー、と言いながら、ストローから息を吹いてオレンジジュースをボコボコとさせながら考えた。
「可愛い、のかも。癖になる感じ」
「なんだ歯切れの悪い」
はっきり可愛いと言わないレジイナにカルビィンは片眉を上げて返事した。
「おい。レジイナ、行儀悪いぞ」
「ういー」
本当の親かのようにストローでジュースをボコボコと鳴らすレジイナを注意したジャドはマスターに金を渡した。
「お、ジャドの奢りか?」
「今日は機嫌が良いから特別だ」
「ラッキー」
「ねえ、ジャド。私、ホットケーキも頼んでいい?」
ジャドの奢りに各々喜び、レジイナは更に追加を頼もうとした。
「前みたいに可愛いくおねだりしたらいいぞ」
「なにそれ」
「ザルベーグ国でのステーキ屋」
レジイナは何を言ってるのかと思い、少し考えてからすぐに思い出した。
それはザルベーグ国での総括同士の会議の時。ブリッドに訓練をつけてもらってボコボコにされていたレジイナをジャドは療治化で治し、その後ステーキをご馳走してくれた事を言っていた。
「よくそんなこと覚えていたね……」
「そんなことか……」
レジイナはそんなことをジャドが言う事に驚き、それにジャドは少し悲しくなった。ジャドにとったらそれはとても良い思い出だったのだ。
「えーと、うーんと。お、おかわりしてもいいかな?」
どうおねだりしたかと思い出せないまま、レジイナはこてんと首を傾げて上目遣いでジャドを見た。
「残念だが全然ちげえな。ホットケーキは無しだ」
「ええー! やり損じゃん!」
「残念だったな。胸を揉ませてくれれば俺が奢ってやるぜ?」
「誰が揉ますか、このドブネズミ!」
「おーおー、やんのかワンコロ」
わちゃわちゃまた揉め始めるカルビィンとレジイナにウィルグルは溜め息をつきながらコーヒーをズズーッと一気に残りを飲んでから席を立った。
「俺、先に戻るわ」
「なんだ、ノリ悪い」
レジイナをからかって遊ぶカルビィンはそう残念そうにウィルグルを見た。
「お前、そろそろいい加減にしないとまたレジイナにボコられんぞ」
俺は懲り懲りだわ、と言ってウィルグルはカランカランと喫茶店の扉の鐘を鳴らしながら一人でアジトに戻って行った。
「とういことはボコっていいってこと?」
良いように解釈したレジイナにジャドが「俺はもう治してやらんぞ」と、言ってレジイナを止めた。
「それにしても今回は暴れすぎだ。あちこちに指名手配犯の張り紙されてんぞ。ロケットランチャーなんて絶対に貰えないと思え」
カジノの一件はアサランド国内のみならず全国にもニュースが周り、レジイナとカルビィンが変装した姿が連日テレビで放送されていたのだった。
「えー、でもさ。あんなにあいつら一掃できたんじゃん。ボーナスぐらいあってもいいよね?」
「おう、ボーナスぐらいあってもいいぜ」
反省の"は"の字もない二人にジャドはダンッと、テーブルを叩いた。
「バッカ野郎。四大国がこれの収拾に今どれだけ大変な思いをして片してんだと思ってんだ」
頭痛え、と呟くジャドにレジイナとカルビィンは悪気など一切無く、何が悪いのかと顔を見合わせて首を傾げた。
そんな時、喫茶店にジリリリと黒電話が鳴り、一同にピリッとした空気が張り詰める。
この黒電話は四大国から何か伝達ある時のみにかかってくる。それをマスターが取って必要があればジャドに繋げるのだ。
「うげ。俺かもしれねえ」
カルビィンはそう言って自身の携帯にある着信履歴を見て項垂れた。あのカジノの一件からキルミン総括からお叱りのメールと電話が着ていたのだが、カルビィンはそれを全部無視していたのだ。
マスターはそんなカルビィンを見て「おいカルビィン、丁度いるんだから出ろ」と、黒電話を顎でクイッと指した。
「へいへい、分かりましたよ……」
そう言ってカルビィンは椅子から立ち上がって嫌々、黒電話の受話器を取って耳に当てた。
「もしもし……」
キルミン、怒ったら瀕死寸前までボコるから嫌いなんだよ……。
そう怯えながら受話器越しの相手に伺うようにそう言ったが、カルビィンの予想とは違う声が聞こえてきた。
『こちらウィンドリン国だ。しゅんりに繋ぐことは可能か?』
なんとなく聞き覚えのある男の声に思い出せずにいたカルビィンは相手の男に「しゅんり?」と、聞き返した。
『ああ、しゅんりだ。桃色髪の白い肌をした女だ』
「ああ、レジイナのことか」
そういえばレジイナは初日は自身を"しゅんり"と名乗っていた。
『レジイナ?』
「それは本人に聞けよ。おい、レジイナ。お前宛てだ」
結局ジャドの金でパンケーキを頼み、丁度それを頬張っていたレジイナはカルビィンのその言葉に驚き、ゴクッと喉を鳴らしながらパンケーキを急いで飲み込んだ。
「え、私?」
「ああ。ほら、怒られて来いよ」
自分宛てでは無かったことに安心したカルビィンはレジイナにニヤッと笑いかけながら受話器を渡した。
ちくしょう、自分じゃなかったからって笑いやがって。
そう思いながらカルビィンを睨みながら受話器を受け取ってレジイナは耳に当てた。
「もしもし」
『しゅんりか? 俺だ』
レジイナは受話器からブリッドの声を聞いて咄嗟に受話器を下ろして電話を切った。
「どうした。なにかあったのか?」
隣でそれを見ていたカルビィンは何か只事じゃないかと心配してレジイナを見た。そして直ぐに再びジリリリと電話が鳴り、一向にその電話を取らないレジイナの代わりにカルビィンがその電話に出た。
『てめえ、いきなり切るやつがいるかっ! この電話をかけるのにどれくらい制限がかかってて、やっとかけれたと思ってんだ!』
受話器に耳を当てなくても聞こえるその声量にカルビィンの耳がキーンと痛む中、隣で聞こえていたレジイナは「うっせえ! ブリッドリーダーなんて嫌いだ! 二度とかけてくんなっ!」と、受話器に向かって声を上げたと思うと、すごいスピードで喫茶店から走り去って行った。
「な、なんだありゃ……」
呆気に取られていたカルビィンは受話器からブリッドの怒る声に気付き、「おう、レジイナは帰ってったぞ」と、伝えた。
『チッ! あいつ!』
あからさまに怒っている声にカルビィンはめんどくせえ、と思いつつもブリッドの言う通り、こちらに電話をかけるのにはいくつもの制限を許可されてやっとかけれる。そのため、なにか重要な話でもあるのかと思ってカルビィンはレジイナの代わりに話を聞いておこうかと、ブリッドに提案した。
『あ、いや。それは悪いから大丈夫だ……』
「だが、重要な要件があったんだろ? 次、いつこっちに電話できるか分かんねえんだ。言ってみろ」
いや、でも、そうだな、と歯切れの悪い返事をしたブリッドだったがカルビィンにレジイナ宛に伝言を頼んだ。
『その、あんまり露出の多い格好をすんなって言ってもらえるか?』
「……はあ?」
予想外の言葉にカルビィンは声が裏返ってしまった。
『あと、甘いものばかりじゃなくて野菜も食べるように言って欲しいのと、仕事に行く時は忘れものないか一度確認してから行くこと。それと、ジャド総括や先輩方に生意気な口を聞いてないか? あと……』
「ちょ、ちょっと待ってくれ。まさかそれを言うためにわざわざこの電話を使ったのか?」
『そうだが?』
あっけらかんにそう言ったブリッドにカルビィンは溜め息をついた。
「お前は何様だ? こんなふざけたことにこの回線使うなんて許可した上司は誰だ」
補佐として務めたことあるカルビィンはそう怒りを露わにしながらブリッドに尋ねた。
『俺の階級は補佐だ。倍力化のブリッド•オーリン。貴方こそ俺にそんな言葉使い、褒められたものじゃないな』
カルビィンはブリッドのその言葉にカチンとしつつも、あのブルースホテルで歌ってた奴かと、ブリッドの事を思い出した。
「お前こそ先輩になんつー口効いてんだ? デカ乳娘のお行儀が悪いのはお前の教育不足か、ブリッド補佐殿。ちなみに俺はカルビィン•ロス元補佐。レジイナがおたくに帰らなくてもいいと許可を出した者だ」
『あれはお前だったのか! しゅんりに何かしてみろ、ころっ……』
何か物騒なことを言いかけたブリッドの通話を最後まで聞かずにカルビィンは受話器を置き、満足気に席に着いてレジイナが残したパンケーキを口にした。
「おい、カルビィンよ」
後ろで電話口とのやり取りを見ていたジャドは呆れた顔でカルビィンを見た。
「お前は確かに普段はふざけているが補佐としても有能だし、実力はあると俺は見てんだがな」
「何が言いてえ」
ジャドの言葉にカルビィンはモグモグと口を動かしてホットケーキを食べながら続きを促した。
「ガキみたいに喧嘩売るなっつってんだよ。分かってて遊んでんだろ?」
「分かった?」
レジイナとブリッドの反応を見て、あえて仲違いをさらに拗らせて楽しむカルビィンに「悪趣味」と、ジャドはボソッと呟いた。
「まあ、うちの王女さんも師匠と関わりたく無さそうだし、俺はいい事をしたんだ。褒めてくれよ、パパ」
「パパって言うな、気色悪い」
そのまま無言が続いた中、再びジリリリと黒電話が鳴った。
「ふふーん。またレジイナの師匠さんかね」
ウキウキとしながら誰にも言われてないのに、自ら電話に出たカルビィンは次はなんて言ってブリッドをからかってやろうかと考えていた。
「もしもーし」
『……よお。随分とご機嫌だな、カルビィン』
予想とは違い、電話の相手はカルビィンの上司であり、親代わりでもある最も恐れている人物だった。
「キルミン……。ハハッ、何の用すか……?」
『分かってんだろがっ! このバカ野郎がっ!』
受話器越しから怒鳴るキルミン総括にカルビィンは明日からある自身の休暇に頭を悩ますのだった。
俺も故郷に帰りたくない……。
キルミン総括からの説教を聞きながらカルビィンは明日からある恐怖に涙が出そうになった。
その後、カルビィンはジャドにレジイナの時同様に故郷への休暇を無下にするようにサインを頼んだが、それは叶わずにカルビィンは鬼のキルミン総括がいる故郷のザルベーグ国へ一週間帰還していった。
「まあ、少しは大人しくなって帰ってくるから良かったんじゃない?」
「それをお前が言うか?」
レジイナの言葉にジャドは呆れつつも、カルビィンがいない間はレジイナも少しは静かにするだろうと少し安堵していた。
「それより、カジノの一件でレジイナ達を血眼になって探してる残党の処理について考えようぜ」
そう言ってホワイトボードの前に立つウィルグルにジャドは「そうだな」と、返事してソファに座った。そしてレジイナもその隣に座って、育緑化の力を込めたジャドウを手に持った。
「レジイナが持つシャドウを小人に持たすと相手の場所が探知できる仕組みになってるみたいだ」
「でも相手が育緑化だったら逆探知されてしまうんだよね?」
「そうだ」
そう言ってウィルグルは頭を抱えた。
「それをやったのがたまたま外だったから良かったが、ここでしてたら終わってたな」
「デメリットが大きすぎるな」
ジャドの言葉に三人はどうすべきかと考えた。
「誰を探知するって決めれないし、下手したら残党全員に探知されちゃうかもしれないなら四人全員でこの切り札を使いたいよね」
「でも、そんな悠長なこと言ってらんねえから会議しようと俺が言ったんだ」
普段ウィルグルはいつも三人の言う通りに動き、批判することはたまにありつつも自身から発言することは少なかった。そんなウィルグルが自ら会議をしようと言うからには何かあったんだろうと、ジャドとレジイナは勘付いていた。
「徐々に光が弱くなってきている。探知できるのも時間の問題だ」
「確かに弱くなってるね」
レジイナはシャドウから出る光の弱さに気付き、カジノの時より半分以下だなと思った。
「全員揃うのは約一ヶ月弱後。そんなに待ってられねえ」
「てことはこの三人でやるしかないと……」
ウィルグルの言葉にジャドはうーんと、頭を悩ました。
正直ジャド自身、近距離での勝負では弱い。遠距離からの攻撃なら群を抜いて強いが、敵が誰か判別のつかないジャドには今回に関しては戦力外なのだ。近距離での接戦に向いてるのはカルビィン、近距離と遠距離どちらもできるレジイナ、そしてウィルグル。
しかし、ウィルグルも攻撃は強いが受け身が弱いため、誰かが掩護する必要がある。それを考えるとカルビィンとレジイナのタッグは外し堅いのだ。
「ここはあえて探知せずに地道に探して殺すしかねえな」
ジャドはそう言って二人に同意を求めた。
「それならジャドとウィルグルがペアを組んで、私単独がベスト?」
「できれば三人固まりたいが、目立つのはあれだから探すならそうなるな」
「ふう、地道な作業になるね」
だが、もともとその予定だったので仕方ないかと三人は諦めて二手に分かれて敵を探すこととなった。
「というか、そいつの体からシャドウが取れてたから意味ないよね」
アサランド国のスラム街を歩きながらレジイナはそう気付いて足を止めた。
そうだよ、服に付けてたら着替えてたらお終いだし、シャワー浴びてたら終わりじゃない!?
とんでもなく大事なことに気付いたレジイナはタバコに火をつけながら再び歩き出してどうしようかな、と考えた。
携帯を持っていたらすぐ二人に伝えれるが、残念ながらレジイナは携帯を持っていない為、どうしたものかと思ったその時、すれ違った女性の髪がふわふわと光っている事に気付いた。
もしかしてこの光って、小人ちゃんの力のやつ?
レジイナはそう思って数歩進んでから右に曲がり、近くのビルに飛び移って屋上からその女性を探した。
「へー、シャドウが落ちても力は付いたままなんだ」
ウィルグルの小人の力を感じ取ったレジイナは茶色のストレートロングヘアを生やした中年の女性を目にやった。
こんなスラム街に似合わず、いかにも金持ちだと言わんばかりの宝石のピアス、ネックレス、指輪などを身につけて高級そうなバックに奇抜なワンピースと薄手のコートを着た女性はとても悪目立ちしていた。
「あんまりそういうお洒落とか分かんないけど、あれはないな」
その奇抜なファッションに引きつつもレジイナはその女性が一人になる瞬間を待って尾行した。
どんどんと女は歩いて行き、大通りに出てタクシーを拾って市内に向かって行った。
それをレジイナはビルとビルの間を慎重に飛びながら女を尾行した。
三十分程タクシーを走らせて到着した場所はスラム街と市内の丁度中間にあるキキッグという町だった。
キキッグは市内程ではないが程よく栄えており飲食店も多い。人間もいるがやはり異能者も多く、それなりに用心しなきゃいけない町であった。そんなキキッグに降り立った女はとあるバーに入って行った。
さて、どうしようか……。
酒が飲めないレジイナが一人でバーに入るのはハイリスクだ。慣れない酒を飲んで倒れるかもしれないし、一人で入ってノンアルコールを頼んだら怪しまれる。これは女がバーから出るのを待つしかないな。
そう考えて長期戦を覚悟して商業ビルからバーを見下ろしていた時、レジイナは見慣れた後ろ姿を見つけた。レジイナはその人物を見て口の端をクイッと上げ、スタッと音も立てずにその人物の前に降り立った。
「うおっ、レジイナ」
「やっほー、色男さんよ」
突然上から降ってきたレジイナに驚いているブラッドに、レジイナは手をヒラヒラと振りながら近付いて行った。
「お前、いきなりそんなとこから降ってくんなよ。驚くだろ」
「まあまあ、そんなカッカッしなさんなって」
レジイナはふう、と言ってジャドの口調を真似た。そんなレジイナにブラッドは嫌な予感がしつつも、こいつから逃げれるわけないし、話ぐらい聞くかと諦めてレジイナの言葉を待った。
「まあ、ちょいとお手伝いして欲しいのよ。お暇? てか暇だろ、手伝え」
いきなり高圧的にお願いをするレジイナにブラッドは眉を寄せて「断る」と即答し、レジイナに背を向けて歩き出した。
「おーい、一律百万の契約でしょ」
逃げるブラッドのスーツの裾を掴んでレジイナはその歩みを止めた。
「それは"情報"のみだ。他は別途料金がかかるぜ、王女さんよ」
顔だけ振り向いてそう言ったブラッドにレジイナはポケットに手を突っ込んでくしゃくしゃになった一万イェンと小銭をブラッドに差し出した。
「はい」
「んだよこれ」
「依頼料」
ふざけてんのかこいつ。
ブラッドはレジイナを睨み、自身のスーツを掴むレジイナの手を振り払った。
「こんな端くれじゃ受けねえよ」
「ちぇっ、ケチー」
レジイナはブラッドの魅惑化であの女を人気のないとこに誘い出して始末しようとしたが、残念ながら今の手持ちではブラッドは協力してくれないようだった。
「じゃあ、私の代わりにお酒飲んでよ。あそこのバーにターゲットがいるから潜入したいの」
レジイナは自身の後ろにあるバーを親指で差してブラッドに一緒に潜入して欲しいとお願いした。
「王女さん、そのたかだか一万イェンでそれができると?」
「バーのお酒ってそんなに高いの? まさか一緒に店入るだけでも金取る気?」
「もちろん」
レンタル料かかんのかよ、と呆れたレジイナにブラッドはそれに、と言って話を続けた。
「あのバーはおすすめしないぜ。あそこは賭け事をして楽しむ店だ。お前が行ったカジノみたいに立派なもんじゃないが、そんな端金じゃ入ることすらできねえよ」
ブラッドのその言葉にレジイナは先日カジノで大勝ちした時の快感を思い出した。脳から汁が溢れてアドレナリンが出る感覚。そして全身が熱くなり、高鳴る心臓の音に心地よさを感じたあれをもう一度、レジイナは味わいたくなってきた。
「じゃあさ、賭けしない?」
「はあ? 賭け?」
突拍子もない事を言ったレジイナに驚いた顔をしたブラッドを見て、レジイナはニヤッと笑って手を差し出した。
「お金を貸してよ。そして私がそのカジノで勝つか、負けるか賭けようよ。もし私が負けたら、私らの金庫から百万イェンあげる」
とんでもない賭けを提案してきたレジイナにブラッドは面白いと思い、「で? お前が勝ったら俺はどうしたらいいんだ?」と、賭けの内容を聞いた。
「ターゲットを魅惑化で誘導して人気のないとこまで連れてって。始末は私がする」
なんとも美味しい話だ。
ブラッドはレジイナの賭けに乗る事にした。
カランカランと鈴の音がバーに響く。
外からはシックなお洒落なバーに見えたが、入ってみれば雰囲気は全く違った。
暗い照明の店内にはカウンター席が少しあるだけで店内の大半はほとんどポーカーテーブルにルーレットテーブルなどのゲーム用のテーブルがほとんどを占めていた。
「いらっしゃい。うちは初めて?」
「ええ、初めて」
レジイナとブラッドは即席の変装をして店内に入った。
レジイナとブラッドはいつも着ているスーツを脱いで、近くの店に売っていた「アイラブアサランド」と、ダサいプリントが施されたパーカーと黒のニット帽を二人して着用し、レジイナは短パンにサングラスを、ブラッドはジーパンに黒縁メガネを着用した。
奇抜なペアルックをした二人の装いに店員は怪しむように見てきたが、それを無視してレジイナとブラッドはカウンター席に座った。
「俺、ウィスキーロック」
「私、カシスオレンジ。すごーく薄めで」
「……少々お待ちを」
こちらをチラチラと見てくる店員にニコっとレジイナは笑いかけて、後ろでやられている賭け事について店員に質問した。
「ねえ、ここはカジノなの?」
「そこまで立派なもんじゃないよ、お遊び程度さ。あんたもやるならディーラー役のジョンに話しかけな。ちなみにやるなら十万イェンからだ。ケチケチした賭け事は好かんのでな」
どうせお前ら金ないだろ、と言いたげな店員にレジイナは先程ブラッドから借りた金から十万イェンを出して店員に見せた。
「これで参加できる?」
「……お、おう、できるぜ。ジョン! 客だ」
レジイナ達から札束が出ないと思っていた店員は一瞬驚きつつも、ディーラーを務めているシャツとベストを着たジョンという金髪の細身の男に声をかけた。
「おお、なんとも奇抜な格好をしたカップルがご参加いただけるとは僕は嬉しいよ。さあ、お二人方どうぞ」
ジョンは丁度進めていたポーカーテーブルの右側に二人を案内した。既に埋まっている左側の席にはレジイナが尾行していた女と額に脂汗を浮かべて札束を握りしめたまま緊迫した顔をした貧相な男がいた。
「おーおー、俺らが始める前から崖っぷちの奴がいるんだが。この勝負が終わってからの参加の方がいいか?」
ブラッドは貧相な男を目にしてディーラーのジョンに話しかけた。
「どちらでも構わないさ」
「どうする?」
ブラッドは苦い顔で既に大負け確定の男を見ながらレジイナに問うた。
「……この勝負、終わってからにする」
流石にレジイナもこの雰囲気の中で参加するのは気乗りせず、一旦このゲームを見学することにした。
「では、ゲームスタート」
目の前で繰り広げられるゲームを目にしながらレジイナは既に崖っぷちの男を見て可哀想にと思いつつ、自分もそうなるかもしれないという恐怖を抱きながらこのゲームの結末を見届けた。
「うわあああっ! 全財産がっ!」
「はいー、もらいー」
そう言ってジョンは男から手に握られた皺くちゃの金を奪い取った。
「さあ、金のない奴は退場だ」
「まだだ! そうだ、おばさん金を貸してくれよ!」
そう言ってテーブルの上にお札を盛っている女に金を借りたいと申し出た。
「はあ? なんであんたみたいな男に貸すのよ。返ってくる保証ないじゃない」
冷たくそう言い放った女に男は更に縋るように膝をついて懇願した。
「頼むよ、なんでもする!」
「いい加減にしなさいよ。みっともないっ!」
そう言って女は軽々しく男を片手で男の顔を掴んで持ち上げた。その様子にレジイナとブラッドは顔を見張った。
この女、倍力化を持ってるのか……。
それを堂々と使用して男を店のドアから投げて強制退場させた女を凝視するレジイナとブラッドにジョンは「気乗りしないなら帰りな」と、声をかけた。
「アイラブアサランドっていうパーカー着てる割には異能者に理解ねえんだな。ここは人間も異能者も入り混じる店だ。キャディさんのあれに怖がるようじゃ目障りだ」
部外者は出て行けと言いたげなジョンの言う通りにブラッドがここは大人しく出ようとした時、レジイナはそれを止めて席に再び座らせた。
「怖がる? 冗談。私はあのおばさまが力持ちなのを私達に見せびらかしてきたことに驚いただけ。それに、あんたディーラーとしてこれはどうなのよ」
そう言ってレジイナはジョンのベストに手を差し伸ばして内側に隠して置いたトランプのキングを取り出した。
「これ、イカサマよねえ? 異能者がイカサマをして人間を陥れたって噂が流れたらこの店やばいくない?」
ニヤッと笑いながらそう言ったレジイナにジョンは「へへっ、姉ちゃん目がいいね……」と、額に汗を流しながら苦笑いした。
「あら、そこのバカップルは帰らないのかしら?」
男を店から出してスッキリして帰ってきた女、キャディは清々しい顔で二人を目にした。
「帰る? まさか」
そう言ってレジイナは手に持ったトランプのキングをキャディに見せつけた。
「……ふーん」
イカサマがバレていたことを知ったキャディは面白くなさそうにそう言い、席についてジョンを睨みつけた。
「……ははっ。さあ、そこのカップルなにします?」
ジョンはレジイナからトランプのキングを受け取ってカードを切り始めた。
「んー、何がいいかな?」
レジイナはカジノは前回が初めてであり、ルーレットしか知らない。そんなレジイナにブラッドは少し考えて、とあるゲームを提案した。
「ブラックジャックはどうだ? イカサマなんてそうそう出来ないやつだと思う」
「ブラックジャック?」
ブラッドの提案にレジイナは首を傾げながら質問した。
「トランプの数字の合計を二十一に近い方が勝ちっていうゲームだ。二十一を超えたらアウト」
「それなら分かりやすそう。じゃあブラックジャックで」
ブラッドの説明でルールを理解したレジイナはジョンにブラックジャックをしたいと伝えた。
「へーい。キャディさんは参加するかい?」
「そうね。このままイカサマだけで勝ったと思われても癪に触るし、やるわ」
ふんっと鼻で笑ったキャディはレジイナを睨みつけた。それを見てレジイナはこのエアオーベルングズのキャディと賭けで勝負するこの状況に口の端を上げた。
あんたの金も命も私が貰ってやる!
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