八章 カジノ

 アサランド国の中心部にあたる都市は人間が多く住んでいて栄えている。それに反して四大国付近はほとんどスラム街と化しており、中にはレジイナの生まれ故郷のように廃村となっている場所も多かった。理由としては四大国から逃げた異能者の逃げ場になっていたり、四大国との戦争の舞台になることが多かったからだ。

 それに巻き込まれてレジイナの生まれ故郷も廃村となったのだが、何処との戦争なのか、もしくは内戦だったのか調べることが出来ないぐらいにアサランド国は荒れていた。

 エアオールベルングズはその四大国周辺にあるスラム街を中心に活動し、それを狙って暗殺部もそこを行動範囲としていた。

 エアオールベルングズが少ない中心部にまであまり出向くことがない四人は人間に悟られず、かつエアオーベルングズの仲間に顔が知られないようにカジノに潜入し、敵のみを暗殺しようかと話し合っていた。

「俺、いい案思いついたぜ」

 ジャドが四大国からかかってきた電話を受け、呼び出しをくらってアジトから出て行ってからすぐ、カルビィンは閃いたと言って奥の部屋から派手な赤色のドレスと化粧道具を持ってきた。

「俺とレジイナが変装してカジノに入ればいい」

 戦闘員として問題ない二人が潜入することは作戦として問題はないし、変装するのも良いと思ってレジイナも同意するように頷いた。

「あとは敵の判別方法だな」

 ウィルグルの疑問にカルビィンは少し考えてから左手をクイクイッとさせて頭上にハエを集めた。

「こいつらに客の裸を調べさせるか」

 カルビィンはハエを操作してクルクルと回転するよう指示を出しながら案を出した。

「そいつらの知能はそこまで高くないだろ。大丈夫か?」

 ウィルグルは果たしてハエがタトゥーを探すという行為自体できるのか、そしてそれを伝える知能があるのか疑問を持った。

「カジノは同じ場所に長時間いる所だろ? すぐに見つけるということはできないだろうが時間をかければ見つけれるはずだ」

「異論はないよ」

 レジイナの同意によってハエで敵を判別するという案が採用された。

「あとはカジノに潜入するための金をどうするかだ」

 ウィルグルの言葉にカルビィンとレジイナは困ったなと腕を組んで考えた。

 暗殺部は給料が他のタレンティポリスより高い上に、情報屋や武器などの調達にコストも高い。先日、四大国からコスト削減をするように注意を受けた所だった。

「みんなの貯金を出すとか?」

「てめえ、自分が金ねえからってそんな案出すなよ。ずりいぞ」

「バレた?」

 てへっと、あっけらんかんに言ったレジイナにウィルグルの小人は「ジョオウずりい、ずりい!」と、声を上げた。

「じゃあ、どうする? 金なんて湧いて出てくるもんじゃないしさ」

「とりあえず金がなきゃ裏カジノには入れないらしいが、普通のカジノならそこそこの金があれば入れる。そのハエとやらに敵を判別させて後日、尾行して暗殺したらどうだ?」

 ブラッドの現実的な案に「ちまちましててめんどくせえがそれが無難だな」と、カルビィンは同意した。

「よお、待たせたな」

 話がまとまってきたところでジャドが戻ってきた。

「いい知らせと悪い知らせがある」

「聞きたくねえ」

 ジャドのその知らせにウィルグルは顔を顰めた。

「どっちから聞きたい?」

 ジャドはそんなウィルグルに苦笑いしてから三人に質問し、カルビィンとレジイナは顔を見合わせてから「いい知らせ」と、同時に声を出した。

「いい知らせは四大国から休暇のチケットが届いた」

「よっしゃ、帰れるぜ!」

「はあ、これで少しはゆっくりできるな」

 カルビィンは声を上げて喜び、ウィルグルは小人に頬擦りしながら安心したように呟いた。

「私にとったら悪い知らせ……」

 ボソッとそう呟いたレジイナに困った奴だな、と思いながらジャドは悪い知らせについて話し始めた。

「悪い知らせはその期間とカジノの潜入日が被ってるということだ」

 その知らせに三人は「えー」と、同時に声を上げた。

「それってやっぱり日をずらせないの?」

 エアオーベルングズを大量にまとめて始末できる最大のチャンスなのだ。全員でかかりたいと思ってレジイナはジャドに質問した。

「それができないのはお前さんだって知ってるだろ」

 そんなの誰もが思っているがそれはできないのだ。ジャドは幾度となく、このルールのせいで敵を逃したのかと思い出して苦い顔をした。

「誰がその期間に被ってるかによるな。できればウィルグルと俺は置いておきたい」

 死体を処理できるウィルグルは一番必要だし、敵を判別できる自分はいた方がいいだろうと考えてカルビィンはそう言った。

「そうだな、それは俺も思う。とりあえず日程を確認しろ」

 ジャドはそう言って各々に封筒を渡した。

「俺は被ってねえぜ」

「俺もだ」

 ウィルグルとカルビィンはそう言ってホッと胸を撫で下ろした。重要な二人はアサランド国にいるので作戦は決行できそうだ。

「俺もいる。念のために援護射撃をしよう」

 ジャドの言葉を聞いて一同はレジイナを見た。当の本人であるレジイナはプルプルと震えながら封筒の中身を見ていた。

 そこには飛行機のチケットと日程が記載された紙以外に、ブリッドの直筆の手紙が入っていた。手紙の中身は絶対に帰ってこい、反省しているのか、まず俺の所に来いなどという内容だった。

 なかなか話さないレジイナに四人が疑問に思っている中、突然レジイナは「うがー!」と、叫んだと思ったら封筒もろともビリビリに破き始めた。

「ばっ、なにしてんだ!」

 ジャドの制止を聞かずに破き続けたレジイナはウィルグルとカルビィンが「おいおい」と、言いながら落ちた破片を集めるのを見て、手の中にある紙をなんと口に入れて飲み込んだ。

「何やってんだ!?」

「バカッ、腹壊すだろ! 吐き出せ!」

「あっはっはっ! クレイジー!」

「ワオ……」

 ウィルグルは驚きの余りに声を上げ、ジャドはレジイナに紙を吐き出させようと口に手を入れた。それを見てカルビィンは爆笑し、ブラッドはレジイナの行動を引いていた。

「ぜったい、ぜっーたい、帰らない!」

 ヒラヒラと落ちたレジイナが帰る日程が書かれた破片を拾ったジャドは「ちょうどカジノの日だ」と、三人に伝えた。

「レジイナ無しでの作戦を考えるぞー」

「やだっ! 帰らない!」

「それは敵に裏切ったと見なされるぞ」

 ジャドは呆れた顔でそう言ってレジイナを諭した。

「とっても残念だがレジイナ無しでの潜入だ。代わりにキャサリンちゃんに出てきてもらおうか」

 ニヤニヤと笑ったカルビィンはレジイナが分からない話をしながらウィルグルに目をやった。

「アリだな」

「絶対嫌だ。キャサリン以外でよろしく」

 ジャドの同意した後に何故かウィルグルはキッとカルビィンを睨みながら反論した。

「ヤダヤダヤダ! 絶対にカジノ行くー!」

 ジタバタと子供のように暴れ始めるレジイナにジャドはゴンッとゲンコツをお見舞いした。

「いい加減にしろ! これはルールだ。お前一人の意見では通用しない」

「敵に裏切ってないか証明すればいいんでしょ? じゃあ私の裸の写真を送ればいい!」

「はい、その写真は俺が撮りたい」

 ジャドの言葉にレジイナは問題発言し、それにウィルグルは手を上げて同意した。

「ずりいぞ! 俺がしてえ!」

 見当違いなことで討論する二人を黙らすために床にバンッと銃を打って黙らせたジャドは真剣な顔をしてレジイナを見下ろした。

「レジイナ」

「やなもんはやだもん……」

 ウルウルと目を潤ませて見上げてきたレジイナにジャドは動じなかった。

「お前さん、それが俺に効くと思ってんのか?」

 可愛いくおねだりしたレジイナはチッと舌打ちをして、スンッと表情を無くした。

「ジャド総括。一言ウィンドリ国に私は帰らなくても大丈夫だと言ってくれませんか」

「おい、今舌打ちしただろ」

 真顔でお願いするレジイナにジャドは無視してパソコンを取り出し、ウィンドリン国に飛行機のチケットの催促のメールをしようと打ち込み始めた。

「だめー!」

 レジイナはそれに気付いてジャドからパソコンを奪い取り、「レジイナ・セルッティは潜入任務のため休暇を返上して働きます。絶対に裏切ってません! 必要なら裸の写真を送る!」という文を急いで書き込んだ。

「ほら、ジャドお願い! ここにサインしてっ!」

 レジイナはタッチペンでスペースを指し、かつて総括を務めていたジャドにサインをしてもらってこの申し出の効力を高めようとした。

「するわけねえだろ。諦めて帰れ」

 そう怒るジャドにレジイナはムスッと顔をした後、閃いたとニヤッと笑ってから、先程と同じようにテーブルに座るカルビィンの膝の上にいきなり座った。

「な、なんだ?」

 いきなり自身の上に座ったレジイナに驚いたカルビィンに構わず、レジイナはもたれるように体重を預け、顔を後ろに傾けて至近距離でカルビィンの顔を見上げた。

「カルビィン補佐おーねーがーい、サインして?」

 語尾にハートマークがつきそうな猫撫で声でレジイナはカルビィンにサインをお願いした。総括の次の階級である補佐に就いていたことがあるカルビィンにレジイナはサインを書いてもらおうと考えたのだ。

「……ほお」

 悪い気しねえな。

 カルビィンはそう思いながらレジイナの腰をいやらしく撫でた。

「ねーえー」

 カルビィンの頬に頬擦りをしてレジイナは胸を強調させながらパソコンを持ち、サインをするよう再度おねだりをした。

 一体、俺らは何を見せられてるんだとソファに座るウィルグルとブラッドは顔を引き攣らせて目の前で繰り広げられるその光景を見ていた。

 カルビィンは脳内で今夜レジイナに何をしてもらうかと考えた。まずはあれをさせて、これさせて、最後は後ろからピーピーさせようかとレジイナとの行為を想像した。

「しゃーねえな」

 ニヤッといやらしく笑いながらカルビィンはレジイナからタッチペンを受け取って「カルビィン・ロス元補佐」と、サインした。

 サインした後、カルビィンはレジイナに顔を近付けてキスでもしてやろうとしたところでレジイナはサッとパソコンをカルビィンから奪い取って一瞬で部屋の隅に移動した。

「はい、そーしん!」

 パンっと音を出してキーボードを押したレジイナはニヤッと笑ってカルビィンを見た。

「カルビィン補佐、ありがとう」

 その笑顔を見てカルビィンはレジイナがハナから自身にお礼するつもりがなかったことを悟った。

「てめえ、俺を騙したな!?」

「騙したなんて人聞きの悪い。私はお願いをしただけで何かしてあげるなんて言ってないもーん」

 あっけらかんかとそう言うレジイナにカルビィンは「ちくしょう、クソアマ!」と、レジイナを捕まえようと追いかけ始めた。

「あはっ、カルビィン補佐チョロすぎー」

 倍力化を使って上手いこと逃げるレジイナとそれを追いかけるカルビィンを見ながらウィルグルはジャドにこれでいいのか問うた。

「良くねえよ。でも送ってしまったのは仕方ねえし、ウィンドリン国に何か言われたらアイツの言う通り、裸の写真を送るさ」

 イライラしながらそう返事したジャドにウィルグルは「おお、怖っ」と、言いながら一歩後ろに下がった。

 ——一方その頃。ウィンドリン国でその事をボーブル総監から伝えられたブリッドは送られてきたメールを見ていたパソコンを壊そうと暴れ始めた。

「あんにゃろう! ぜってえ許さねえ!」

「落ち着け、ブリッド……! パソコンに罪はない……!」

 たまたま居合わせたジェイコブは後ろからブリッドを羽交締めしてパソコンを壊させないようと阻止していた。

 そしてジェイコブと共にブリッドの元へ訪れていたマオは絶対あの手紙のせいだよなと思い、周りの皆で止めたのにも関わらず手紙を入れたブリッドをバカだなと呆れた顔で見ていた。

 場所は戻り、アサランド国の暗殺部のアジトにて。

 まだ追いかけっこをするレジイナとカルビィンにジャドはついに堪忍袋の緒が切れ、本気で怒った。

「いい加減にしろ」

 ドスを効かせた声でそう言ってジャドはタバコの煙でレジイナとカルビィンを拘束した。

「俺は悪くねえ!」

「悪い。あんなやっすい色仕掛けに引っかかりやがって」

 カルビィンはジャドの言葉にムッとしつつ、そのまま黙った。確かに安い色仕掛けだったが可愛いらしく大きな胸を所持するレジイナの色仕掛けはカルビィンからしたらとても刺激的だったのだ。

「このまま会議を再開するぞ」

「はーい」

「ういー」

 気怠るそうに拘束されたままのレジイナとカルビィンが返事したところで会議が再開された。

「レジイナが残るということで、当初の予定通りレジイナとカルビィンが変装してカジノに潜入する。そしてカルビィンはハエを操作して敵を判別しろ。もし、その場で殺せそうなら殺せ。俺とウィルグルは外で待機し、その後なにか目印でもつけれたらその場で殺す」

 ジャドの目印というキーワードにレジイナはハーイと手を上げた。

「ウィルグルの小人みたいに私でも小人に他人の肩に乗るようできるのかな?」

 その質問にカルビィンとジャド、ブラッドは首を傾げ、ウィルグルはうーんと悩んだ。

「どうだろうな。できるならやって貰えば俺が判別できるが、敵が育緑化を持っていたらアウトだ。あれはお前だからやったんだ。敵の能力がリサーチできてなければそれをするのはリスクが高すぎる」

「そう。なら目印ってなにをしたらいいの?」

 再び悩み始めた四人にブラッドは小型のGPSを敵に付けるのはどうかと提案した。

「それなら能力うんぬん関係なく敵を判別できるだろ?」

「だが、それを相手にバレずにどうやって付けるんだ? ハエにそれを付けることは不可能だ」

 ハエに付けさせる……。

 そのワードにレジイナはハッと閃いて化粧道具のシャドウを指差した。

「あれみたいな粉にさ、小人の力みたいなの込めれない? 日本にいた時、そこを統治している大翔おじいちゃんっていう人が石に力を込めて、育緑化で張ったバリアの中にこの石を持った人だけ入れるシステムを作ってたんだ」

 レジイナは胸ポケットに入れていた自身のターコイズブルーの石をウィルグルに見せた。

「すげえなこれ。こんなすごい物を作れる人に育緑化教えてもらったなんて羨ましすぎるぜ」

 ウィルグルはその石から小人のパワーを感じ取って感動した。

「いいな、それ欲しいぐらいに素晴らしい。その人に会わせて欲しいぜ」

「すごいでしょー」

 大翔を褒められて嬉しかったレジイナは胸を張ってそう言った。

「それがなんかすごいのは分かったが、それと同じく力をお前が込めれるのか?」

 ジャドの質問にウィルグルは頭を掻いて「正直、自信はない」と、返答した。

「こんな技術、できる奴そうそういない。正直、うちのハンソン総括でさえできるか分からないレベルだ」

 自信なさげにそう言うウィルグルにカルビィンは「やるだけやってみろ」と、言った。

「ここには育緑化を使いこなせるのはてめえだけだろ。できる、できないとかクヨクヨ悩まずにやれよ」

 カルビィンの正論にウィルグルはハッとした後、「分かった、やってみるよ」と、自信無さげに返事した。

「ご主人、ワタシ頑張るよ。やってみよう」

 小人は自信無さげなウィルグルの頬をペチペチと叩いて励ましていた。

「私も協力する。指示して」

 レジイナはウィルグルにそう言ってこの後二人と小人で育緑化の能力を込めた目印を作ることとなった。

「よし、これでいくか。その目印が出来るまで俺とカルビィンが主に外に出向く」

「了解だ」

 話がまとまったところで会議が終わろうとした時、ブラッドは奥の部屋から持ってきたドレスをレジイナにあてがった。

「なに?」

「いや、これお前にはデカくないか?」

 ブラッドの言葉にレジイナはドレスを見て、確かに大きいなと気付いた。

「一度着てみろよ。サイズが合わないなら新しいのを買わないとだろ」

「そうだな。それはキャサリン用の衣装だしなー」

 そうニヤニヤと笑うカルビィンにレジイナは首を傾げた。

「ねえ、そのキャサリンって誰? 前にこの暗殺部にいた人?」

「いいや、この暗殺部には女なんていた事ない。お前が初めてだ」

 ジャドの言葉にレジイナがじゃあ誰のことか聞こうとした時、バンっとウィルグルがテーブルを叩いて立ち上がった。

「いいだろ、キャサリンのことは! それよりレジイナ、それを早く着てこい!」

 ウィルグルにしては珍しく怒る姿にレジイナは驚いてジャドとカルビィンの顔を見た。驚くレジイナに目をやってニヤニヤと笑うジャドとカルビィンは「へいへい、言わねーよ」と、言ってウィルグルを宥めた。

「おら、ウィルグルちゃんが暴れる前に着替えてこい」

 そう言ってジャドはレジイナの拘束を解いた。

「う、うん……」

 キャサリンはもしかしたらウィルグルの大切な人だったのかな、と勝手に考察したレジイナは大人しくドレスのサイズが合うか奥の部屋で着用した。

「着たよ。胸は丁度良かったけど、ウエストがデカいのと裾が擦れちゃうかな」

 胸を程よく見せた着こなし方をしたレジイナだったが、ウエストが上手く締まらずに裾は床に擦れてしまっていた。

「ならベルトで締めて、ここを縫い直すか」

 ブラッドはレジイナの下にしゃがんでドレスの調整をどうするか考えた。

「ブラッド、裁縫できるの?」

「まあな」

 そう言ったブラッドにレジイナは「すごーい」と、素直に感想を漏らした。

「そんなすごくねえだろ。お前だってできる程度だよ」

 女なら裁縫ぐらいできんだろと、言いたげにそう言ったブラッドに裁縫の"さ"の字も知らないレジイナは黙ってそのままスルーした。

「悪いな。情報だけじゃなくて裁縫みたいな地味なこと任してしまって。ありがたいぜ」

 ジャドは申し訳無さそうにブラッドに礼を言った。

「いいさ。レジイナはこの後、ウィルグルと育緑化の力を込めた目印とやらを作るんだろ? これぐらい手伝うさ」

 ブラッドの好意にレジイナは裁縫ができないことを更に言えなくなってきた雰囲気の中、申し訳ないなと胸を痛めた。

「ヅラはあったな。レジイナは髪が短いからそれも問題ないだろ」

「え、髪も隠すの?」

「当たり前だろ。変装っつー意味分かってんのか? それにお前のそのボサボサの髪じゃもともとカジノに入れる訳ねえだろ」

 カルビィンは適当に切り添えられたレジイナの短い髪を指差してそう言った。

「ボサボサじゃないよ。短く切ってんだよ」

 レジイナは美容院に行かずに適当にハサミで自分の髪を切るか、路上で散髪をして生計を立てているホームレスに切ってもらっていた。

「元はいいのに勿体ねえ」

「もっと女らしくならねえのかね」

 ウィルグルとジャドの言葉にレジイナはムッとした。

「こんな男臭いところで女らしくしてたらとうにレイプされてるわっ」

 フンっと言って既にレイプされかけたレジイナは顔を二人から逸らした。

「動くなよ。寸法がズレんだろ」

「あ、ごめん」

 ブラッドの指摘にレジイナは素直に謝って真っ直ぐ立った。

 ブラッドは裾の寸法が終わり、そのままレジイナのウエストをキュッ締めて手で測った。

「ふむ。メジャーはないがこんなもんか」

 そう測りながら徐々に近くなるブラッドの顔にレジイナはドキッとした。

 なんか横顔がブリッドリーダーに少し似てる……。

 ドキドキと大きくなる鼓動にレジイナは驚きながら出来るだけ平静を装う為、違うことを考えようと脳内でしりとりをし始めた。

「よし、いいぜ脱げよ」

「ぬ、脱ぐ!?」

「ああ、脱がねえと裁縫できねえだろ」

 レジイナはブラッドの言葉に違うことを想像してしまっていた事に気付いて恥ずかしさで顔を赤くした。

 私、変態すぎる!

「すぐに脱いでくる!」

 そう言い捨ててレジイナは奥の部屋へバタバタと向かった。

 レジイナの反応にカルビィンとウィルグルは「面白くねえ」と、目を細めた。結局、男は顔なんだな。

 

 

 

 会議終了してから来週にあるカジノのパーティに向けてレジイナとウィルグルはアジトに泊まり込みで育緑化の力を込めた目印を作るために試行錯誤していた。

「ウィルグル、仮眠してきなよ。私、続きしとくから」

 レジイナは目の下に隈を作った顔で弱々しく笑いながらウィルグルに休むように提案した。

 三日連続でまともに寝ずにアジトに篭っていた二人は疲労が溜まっていた。

「お前も寝てねえだろ。それに兆しが見えてきたところなんだ」

 そう言ってレジイナより更に酷い隈を作っているウィルグルはヨロヨロとしながら手からオーラを出してシャドウに当てた。それに被せるようにレジイナも両手を出した。

「じゃあ、これが一旦キリついたら二人で寝よう……」

「おう……」

 そう言って暫く手を当てた後、二人ともプツンと糸が切れたように意識を手放し、床に突っ伏すようにそのまま倒れた。

 ——温かい。

 レジイナはほんのりと温かい感覚に包まれていることに気が付いて目が覚めた。

「よお。俺らが仕事に行ってる間にいちゃつきやがって」

 ニヤニヤと笑いながら自身を見下ろすカルビィンとジャドの顔を見ながらレジイナは寝起きでまともに動かない頭で先程の言葉の意味を考えた。

 いちゃつきやがって……?

 そういえば太腿になにか重みを感じるし、床に寝てたはずなのに頭の下になにかあってじんわりと温かい。

 レジイナは自身の左に顔を向けて驚き、そしてイラッとしてその温もりの原因を突き飛ばした。

「うう、なんだあ……」

 その衝撃で起きた原因、ウィルグルはのそのそと起き上がった。レジイナはウィルグルに抱き枕のように抱かれながら寝ていたのだ。

「変態! セクハラ! 最低っ!」

 レジイナは自身の体を両腕で抱きながらウィルグルを睨んで暴言を吐いた。

「いきなり、なんだよ……」

 訳がわからないと言いたげに困惑するウィルグルにカルビィンは二人の寝顔を携帯で撮った画像をウィルグルに見せた。

「うわあ、覚えてねえ。勿体ねえ」

「嘘つき! ありえない!」

 無意識でやったことを覚えてないと言い張るウィルグルにレジイナが批判し続けていると、二人の間でぴょんぴょんと飛び跳ねていた小人が「見てー見てー」と、声を上げており、ウィルグルとレジイナはそんな小人の存在に気付いて目を向けた。

「ひ、光ってる!」

「す、すげえ!」

 小人は両手で重たそうに自身の力を込めたシャドウを持って二人にアピールしてた。

「できたよ、できたよー。スゴーイ、スゴーイ」

 喜びをダンスをして表現する小人を見てウィルグルとレジイナはハイタッチをして喜んだ。

「俺らからした心霊現象にしか見えねえが、できたんだな」

 ジャドはゆらゆらと空中で浮くシャドウに恐怖しながら、喜ぶウィルグルとレジイナに目をやった。

「そうだよ! 見てくれよ、俺の小人がこんな可愛い踊りをして喜こんでんだ!」

「小人ちゃん素敵っ! 本当に良かった!」

 何が可愛いか見えないから分からないが、無事に作戦通りに目印ができたことにジャドとカルビィンはホッと胸を撫で下ろした。

 

 

 

 カジノに潜入する当日。

 レジイナは夕方にアジトに来て、ウィルグルに化粧を施してもらっていた。

「ほら、目を開けろ」

「こ、怖い……」

 ウィルグルはレジイナに下地からファンデーションをつけて次に眉を描き、ラインを瞼に引いてブラウンのシャドウを手際良く施していった。そして今はマスカラを付けており、ほとんど完成に近付いてきていた。

「お前さ、女なんだから化粧ぐらいできねえのかよ」

「できない」

 今までおしゃれなんてものをしたことないレジイナはウィルグルにされるがままになっていた。

「てかウィルグル器用だね。なんで?」

 男のウィルグルが化粧の仕方を知っており、かつ手際良く出来ることに疑問を持ったレジイナは質問した。

「……察してくれ」

 小声で嫌そうな顔をしながらそう言ったウィルグルに一瞬理解できなかったが、今までのジャドとカルビィンの言葉やそれに怒っていたウィルグルを思い出してレジイナは「あー、そういうことね」と、声に出した。

 ウィルグルが以前に"キャサリン"と名乗って女装をしていたのだろうとレジイナはやっと理解した。

 確かにウィルグルは細身で男にしては華奢な体型をしている。堅いの良いカルビィンや中年のジャドより適任だろう。

「ねえ、キャサリンの写真はないの?」

「てめえ、そんなこというならバケモンにしてやるぞ」

 殆ど完成している化粧をピエロにでもしてやろうかとウィルグルが口紅をグイッと出したのを見てレジイナは「いや、ごめんて」と、笑いながら謝罪した。

「チッ。ほら、口を閉じろ」

 ウィルグルは器用にレジイナの口に濃いめのピンク色の口紅を塗った。

「あとチーク、チーク……。うーん、チークは薄くするか」

 手の甲でチークを何色もつけて確認したウィルグルは最終、淡いピンク色のチークをレジイナの頬に薄らと付けた。

「ほら、見てみろよ」

 ウィルグルは完成した顔面をレジイナに鏡を渡して見せた。

「おお」

 すっぴんでも充分可愛いレジイナだったが、そこには大人びた自身の顔を見てレジイナは感動した。

「世の女性はこうやって工作するんだね」

「……世の女性から反感が来そうな感想だな」

 レジイナが満足した完成度でよかったとウィルグルが思っていたところで、ブラッド、カルビィン、ジャドがアジトに来た。

「おお、化けてんな」

「ガキから大人になったな」

 褒め言葉にならない感想にウィルグルとレジイナがムッとしたところでブラッドはドレスをレジイナに渡した。

「ほら、着てみろ」

「了解」

 レジイナはブラッドからドレスを受け取り、口紅が服に付かないように気をつけながらドレスに着替えた。

 胸元が強調された赤色のドレスの丈はレジイナのくるぶしより少し高めで、ウエストはゴムを入れてキュッ締まり、そこからスカートが少し広がって可愛いらしいデザインに変わっていた。そんなドレスに少しウキウキしていたレジイナはブラッドが新たに用意してくれた太めのベルト、サッシュベルトを手に取って付けようとしたが上手く付けれずにそのまま部屋から出た。

「ねえー、これの付け方が分かんない」

 レジイナはサッシュベルトをブラッドに渡して付けるようにお願いした。

「化粧もできねえ、服も着れねえとか、てめえは着せ替え人形か?」

 ブラッドは呆れながらサッシュベルトをレジイナに付けてあげた。ブラッドに無事に着せてもらい、無事にドレスに着替え終えたレジイナはその場でクルッと回って、「どう?」と、乙女らしくみんなに感想を聞いてみた。

「そんなんいいから早くヅラを被れ」

 冷たくそう言ったカルビィンにムスッとしながらレジイナはウィルグルからウィッグを受け取った。

 そのウィッグはクリーム色のロングヘアだった。それを見てレジイナはブリッドの腕に自身の腕を絡めて自己紹介してきたシュシュを思い出して床に叩きつけた。

「このヅラやだっ!」

「ちょ、何やってんだ!」

 レジイナの思わぬ行動に驚きつつウィルグルはウィッグを拾って埃を払った。

「何言ってんだよ、早く付けろよ」

「この色やだ! 他のないの?」

 子供のように駄々を捏ねるレジイナにジャドはカチャッと音を立てて額に銃口を当てた。

「なに?」

「なに、じゃねえよ。レジイナ、お前さん最近たるみすぎだ。故郷にも帰らねえ、仕事に文句を言う、遅刻する。目に余りすぎるぜ?」

 これ以上文句言うなら撃つぞ、とでも言うジャドにレジイナは唇を噛んだ。

「だって、だって……」

「理由がショボいことぐらい見りゃ分かる。付けろ」

「……分かったよ」

 ジャドはなんでもお見通しなのかとレジイナが諦めたところでウィルグルがレジイナにウィッグを装着し始めた。

「ほら、目はサングラスで隠せ」

 これ以上時間かけて新たに駄々を捏ねられても困ると思い、レジイナにサングラス、ネックレス、そして大きめな飾りのイヤリングを付けて完成させた。

「よお、レジイナ。女装は終わったか?」

 カルビィンはそう言って奥の部屋から出てきた。カルビィンはいつもの格好から高級感のあるスーツを着用し、髪はレジイナ同様にクリーム色のウィッグをして黒縁のメガネをつけていた。

「あんたこそ人間にやっと化けれたみたいね」

 同じく嫌味を言ってからレジイナは「ふんっ」と、言って顔を逸らした。

「たく、ほらコート羽織れ」

 ジャドはそんなレジイナに黒のトレンチコートを羽織らした。

「ありがと。あれ、これ内ポケットないの?」

 銃をどこに直そうかと悩むレジイナにブラッドはカジノに入る際はボディチェックがあることを伝えた。

「え、じゃあ武器ないじゃんっ!」

「倍力化、獣化、それにてめえには育緑化に武操化あんだろ?」

「一番使いこなせてるのはこの子を使った武強化だからな。正直、身一つは不安……」

 うーん、と考えたレジイナは以前に学校に潜入した任務を思い出した。

 レジイナは銃を縦にして自身の胸に突き立ててそのまま入れてすっぽりと銃を隠した。

「流石に胸の中はボディチェックされないよね?」

「お、おう……」

 レジイナの胸の大きさに改めて驚いて凝視してくるブラッドの視線に嫌悪感を抱きながら、レジイナは金庫から金を取ってパーティバックに入れた。

「じゃあ、行こう」

 レジイナは一同にそう言ってからカツカツとヒールを鳴らしながら歩き出し、カルビィンと共にアジトを出発して今回の戦場であるカジノに向かった。

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