番外編 最悪じゃない日

 しゅんりがアサランド国から休息として戻り、倍力化の総括部屋をボロボロにしたあの日から三ヶ月後。

 ルルは上司であるブリッド・オーリン補佐に呼び出され、後輩のアガタ・リリーとボビー・ケリーと共に総括部屋へと向かった。

 現在、倍力化の総括であるナール・ガルシア総括は産休を取っており、夫である獣化の一條 翼翔総括の実家である日本に帰省している。ブリッドはそんなナール総括の代わりに現在、総括としての業務を全て担っていた。

 ルルはかつて直属の上司であったブリッドがリーダーから補佐へとスピード出世をするのを声には出さないが心から祝福しており、そして少し、ほんの少しだけ尊敬もしていた。

 ただそれも薄れるぐらいにルルはブリッドに失望していた事が一つあった。

「おう、来てくれたか」

 ブリッドがそう言って迎入れてくれた総括部屋の両壁はまだ完璧に修復できておらずボロボロの状態であり、机や椅子も立派だった物だったが今は有り合わせのパイプ椅子や安っぽい鉄製のテーブルなどでまかなっていた。

 貧相な部屋に呼ばれた三人はまだ部屋を直してないのかと落胆した。

「ブリッド補佐。まだ部屋を直さないんですか?」

 アガタは可愛いらしい顔を歪めながらキョロキョロとふわふわとしたウェーブがかかった金色の髪を揺らして部屋内を見渡した。

「直さない。あいつが帰ってきてこの状態を見せてやるんだ」

 ブリッドは自身もしゅんりと同じように暴れて部屋内を壊したくせに、わざわざこの現状をしゅんりに見せて反省させてやるとこのままにしていたのだ。お互い様なのにしゅんりへの怒りを今だに抑えれてないブリッドにルルは「本当、呆れた」と、思いながら溜め息をした。

「ブリッド補佐って本当に子共っすよねー。俺なら速攻で直すっすよ」

 小麦肌をし、黒髪を編み込んだボビーはそう言ってブリッドをバカにするように笑った。

 齢十五、十六になる子供にバカにされてブリッドはムッとしつつも言われ慣れておるらしく、「うっせえ、ブン殴るぞ」と、パワハラ発言をして二人の言葉を流した。

「で? 今回の任務は?」

 埒があかないと思ったルルは自身のチームリーダーであるタカラの代わりに進行役としてブリッドに今回の任務の内容を尋ねた。

 今はブリッドの代わりにタカラがリーダーとして昇格し、アガタとボビーがチームに加わった。しかし、最近タカラはムハンマド総括にえらく気に入られているのか、なにかと任務に同行することが多くなり、実質ルルがチームをまとめていた。

「ああ、あいつらが来たら話すからもう少し待て」

 あいつら? 

 ルルとアガタ、ボビーが疑問にそう思ってお互いの顔を見合わせた時、ドアをノックする音がした。

「入れ」

 ブリッドの了承と共にドアが開き、その待ち人達が部屋に入ってきた。

「あれ? 遅れましたか?」

「いや、時間ぴったりだぞ一条」

 倍力化の総括部屋にやって来たのは一条 翔とその部下にあたる二人だった。

 翔の姿を見てルルはあからさまに嫌そうな顔をしているのを見て、ブリッドは片眉を下げて困ったな、と苦笑いした。

「今回は倍力化と獣化の共同任務だ」

 ルルはその場にいた者全員に聞こえるように舌打ちをし、ギロッと翔を睨んだ。

「ありゃりゃ? なんでチャイニーズさんはプンプンさんなの?」

 愛らしい見た目をした少年のコリン・フィッシャーは水色の短髪を寝癖なのか、ピョンピョンとあちこちに向かせた髪を揺らしてルルの行動に首を傾げた。

「一条補佐が好きな女の子を日本に監禁してた話、有名でしょ? それにまだ怒ってるんじゃない?」

 臍を出したスタイルの韓紅色の服に黒のスキニーをスタイル良く着こなしたサナ・ペレスリーダーは翔を見ながら自身のポニーテールにして結んだ茶色の髪をクルクルと手に絡めながら物騒なことを言った。

「僕は監禁してません、サナリーダー。むしろ保護してたんです」

「だったらあちらの倍力化のお嬢さんの態度はどう説明するのよ。お友達を監禁されたって怒ってるんじゃないの?」

「もう、いつまでこのネタで僕はいじられるんだ」

 失恋した相手との噂をいつまでもネタにされて翔は頭が痛いと思いながら頭を抱えた。

「ごほんっ。仕事の話をしていいか?」

 わざとらしく咳払いをしたブリッドに一同は黙って、ブリッドに顔を向けた。

「ここから南にあるグーアというリゾート地に向かってもらう」

「わあ、バカンス休暇ですかあ?」

「うっひょー! マジか!」

 目をキラキラさせながらコリンはそう言い、それに便乗するようにボビーは喜んだ。

「バカ、黙りなさいよ。仕事よ」

 ルルはそう言って二人を黙らせた。

「そうだ。昨日、エアオールベルングズらしき者がいたという情報があった」

「らしきもの?」

 サナリーダーはブリッドの言葉を反復した。

「海辺でサメが出たらしいんだが、そのサメにサソリらしきタトゥーが彫ってあったと目撃者から通報があった。今は海軍が警戒しているが、大掛かりに捜査しては敵にバレる」

「それで私達の出番ってことですね」

 アガタはそう言って泳ぐような動作をした。

「そうだ。倍力化を使うお前ら三人なら長く潜れるだろ? それに獣化と協力すればもっと捜査の効率は上がる」

 ブリッドの説明に翔は「質問です」と、手を挙げた。

「なんだ」

「コリンは確かに海の生物に獣化できますが僕は爬虫類、サナリーダーはサバンナ地方に生息する生物しか獣化できません」

 翔はそう言って各々の獣化できる生物を説明した。

「それに僕は戦えなよお。怖いよお」

 うう、と言いながらぐずってサナリーダーに抱きついたコリンを見ながら、ブリッドはしゅんりを思い出しながら翔に三人を呼んだ意図を説明した。

「それは分かっている。コリンは主に情報収集に努めて戦闘は倍力化に任せろ。サナリーダーはコリンのフォローだ。そして一條、海蛇とかに化れないか? あれも爬虫類だろ」

「無茶言わないでくださいよ。そんな簡単に獣化できるなら、しゅんりは二年間も日本にいなかったですよ」

 獣化の事を全然分かってないブリッドに分かりやすいよう翔はそう説明した。

「そうなのか? 一條総括は俺の息子なら簡単にできるとか言ってたんだが」

 あのバカ親父めと、恨みながら手を強く握って翔はなんとか怒りを抑えた。

「まあ、やってみますが、無理そうなら倍力化と同じように戦闘部員として戦います」

「そうだな、倍力化グレード3もあるお前ならどちらもこなせるな。頼む」

 ブリッドは最終的な日程を伝えようとした時、顔色を悪くして固まるルルが目に入った。

「ルル、どうした」

「へ、わ、私!?」

「お前、顔色が悪いぞ?」

「そ、そそんなことないわよ」

 あからさまに動揺するルルに疑問を思いつつも、ブリッドは説明を続けた。

 ブリッドの説明がまともに頭に入ってこない程ルルは動揺し、そして焦っていた。

 どうしよう私、泳げないのに!

 何事もそつなくこなし、それなりの強さを持つルルにも苦手なものはある。その中の一つにどうしてもできないものがあった。それは泳ぐこと。

 いわゆるカナヅチなのだが、そんなこと誰にも言えずに隠し通し、学生の頃もプールの授業を上手く交わして来ていたのだ。もういつ振りになるかもしれない海にルルは恐怖していた。

 声を高々に上げて任務を棄権したいが、後輩二人手前にそんな事はプライドが高いルルは言えず、最後にブリッドに明日の朝に出発するように言われ、冷や汗がドバッと出た。

 もう終わったわ……。

 

 

 

 さんさんと照る太陽の元、ルルは黒のビキニの上に白いパーカーを着用し、サングラスを付けて海辺に設置されたパラソルの下にあるビーチチェアに寝ながら優雅にハイビスカスが乗ったジュースをストローで飲んでいた。

 一見、何もせずにグーア海でバカンスを堪能してそうであるが、ルルはサソリのタトゥーがあるサメを探すために仕事をしていた。

 サングラスの下にある目を倍力化で視力を高めてビーチを歩く人間を一人一人観察していた。

 サメの左横、ヒレの少しにタトゥーがあったらしく、元の姿に戻れば首にあたる場所になる。

 ルルはそこを重点的に見ながら敵、エアオールベルングズを探していた。

 もうこのビーチからいない可能性もあるため、ムハンマド総括と共に任務に行っていたタカラはたまたまグーアの近くにいたらしく、海軍から船を一隻借りてグーア付近の海をグルっと探索することとなっていた。

 まあ、そんな簡単に見つからないわよね……。

 一人で周りを見渡して一時間程経過した時、ルルの元に青年二人が近寄ってきた。

「ねえ、チャイニーズレディ。暇そうだね」

「俺らも暇なんだ。一緒に遊ばない?」

 安い誘い文句を言ってくる男をチラッと見てからルルはそのまま無視して周りを見渡して敵探しを続けた。

「おーい、聞こえてるー?」

「無視しないでよー」

 それでもなおしつこく声をかけてくる青年二人を無視し続けていたら、一人の男が無理矢理にルルが座るビーチチェアに座ってきた。

「ちょっと、やめてよ」

 ルルは起き上がって青年から少し距離を取った。

「そんないけずなこと言うなよ」

 グイッとルルの腰を無理矢理引いてきた青年にルルは拳を強く握り潰した。

 そんな時、ルルはとある人物に腕をグイッと強い力で引かれて立たされた。誰かと振り返るとそこには先程まで海に入っていたのであろう、全身が濡れている翔がおり、湿っている腕をルルの肩に回した。

「ごめんね、この子は僕のなんだ」

 翔は青年二人にそう嘘をついた。

「けっ、男連れかよ」

「萎えたわー」

 青年二人はそう言ってルルと翔の元から去っていった。

 青年達が去っていたのを見て翔はすぐにルルから離れて「いきなりごめんね」と、謝った。

「なに? 私を助けたつもり?」

「まさか、その逆さ。その手を早く下ろしなよ」

 翔はルルが青年二人に殴りかかろうとしたのを見て止めに入ったのだ。

「僕達の存在が認められたと言ってもまだ法律的には不利なんだから、うかつな行動はやめたほうがいいよ」

 タレンティポリスの存在が世間から認められつつあり、人間からの認識も柔らかくなってきてはいるがこちらが人間に何かすれば罰される事自体は変わってないのだ。

「ご忠告どうも。バレないようにする方法なら知ってるからご心配無用よ」

 そういう問題じゃないんだけどなあと、思いながら翔は苦笑した。

「それより成果はあった?」

「いまのところそれらしい奴はいないわ。そっちは?」

 ルルはサングラスを外して、ポケットに直しながら翔に返事した。

「コリンが今、僕と交代してイルカになって海の生物に聞き込みしてくれてるよ。まだなにも情報は得られてないけどね」

 父親の期待通りに見事に海蛇になれた翔は今まで海に潜っていた。流石に疲労してきた為、コリンと交代して休憩ついでにルルの様子を見に来ていたのだ。

「そう。私、場所を変えて探すのを続けるから行くわね」

 そう言って一人で歩き出そうとしたルルの手を引いて翔はそれを制止した。

「なによ」

「僕も行くよ」

「はあ?」

 なんであんたと一緒に行動しなきゃなんないのよ。

 そう顔で訴えてきたルルに翔は自身の後ろを親指で指した。

 東洋人にしては背の高い翔の後ろを見ようと華奢で身長の低いルルが少し背伸びすると、翔の肩越しから先程の青年二人がまだルル達を見ていた。

「あと何人かルルを見ていた男がいたよ」

 さほど大きくない胸であるもののスタイルが良く、黒のビキニをセクシーに着こなすルルは男達から目立っていた。

「本当、男って野蛮で変態で汚い」

 軽蔑した目で周りにいる男を睨むルルに翔は「男の僕を目の前にして言うかな」と、苦笑した。

「女の子が一人でそんな格好してたら当たり前だよ。ほら、行こう」

「ちょ、手を離しなさいよ! てか、そんな格好ってなに!? 変態!」

「はいはい、もう変態でいいよ」

 絡みづらいなと、翔は面倒臭いと思いながらルルの言葉を軽く流した。

 また他の男に声をかけられても確かに面倒だと思ったルルは不同意ながらも翔と手を繋ぎながら大人しく着いて行くことにした。

 どこに向かうのかと疑問に思った時、ルルは目の前でビーチボールで遊ぶボビー、アガタ、サナリーダーを見つけた。

 コロンコロンと転がっていったボールを目で追ってボビーとアガタもルルの存在に気付き、満面の笑みで「ルルせんぱーい!」と、手を大きく振ってきた。

 ルルは勢いよく翔の手を振り払って、転がって来たビーチボールを拾ってアガタの顔面に全力で投げつけた。

「ふがっ!」

 可愛らしいワンピースタイプの水着に付いているフリルを揺らしてウガタは見事に後ろにバタンと倒れた。

「ボビー、お仕事はどうしたのかしら?」

 次にルルはボビーの頭を手で掴んでギリギリと力を入れた。

「あだだだだっ! ルル先輩、痛いっす!」

 遊び呆けてる二人に怒るルルに一緒になって遊んでいたサナリーダーは赤色のビキニから見える豊満な胸を揺らしながらルルの肩を抱いて「まあ、まあ」と、宥めた。

 ルルはジトっとその豊満な胸を睨んでからサナリーダーの腕を払ってボビーから手を離した。

「この子達もただ遊んでたわけじゃないのよ? ちゃんと周りを見てたわ」

「遊びながら? 効率が良くないわね」

「そうかしら? 一人でいる方が悪目立ちするわ。それにあなた達は戦闘員。もしもの為に体力を残しておくべきよ」

 この中で一番年長者であるサナリーダーの意見にルルはムッとしつつもそれ以上言い返さなかった。先程、一人でいて見事にナンパされた自分は言い返す権利がないと思ったのだ。

 周りにいる人間から何を騒いでるんだとジロジロと見られていることに気付いたルルは「分かったわよ」と、渋々サナリーダーの話に了承した。

「やったー! ルル先輩、遊びましょう!」

「バッカ。だからって遊ぶ訳ないじゃない」

「そう言わずにー」

 そう否定するルルを無視してアガタとボビーはルルの手を掴んだ。

「ここの海、澄んでて綺麗なんですよー」

「さあ、ルル先輩!」

 グイッと二人はルルを海へと引っ張っていった。

「や、やだっ! やめなさいよ!」

「もうルル先輩、真面目なんだからー」

「さあ、さあ!」

 アガタとボビーはそう言ってルルの言葉を無視してどんどんと海へ入って行った。

 いつもなら二人を簡単に振り解けるルルであったが海に入って行くに連れて、恐怖で力が上手く入らずに二人になされるがままだった。

「はーい、潜りまーす」

「せーのっ!」

 ルルの手を引いてグイッと海に潜った二人はルルの手を離して海の中を泳いで周りにいる魚や珊瑚に目をやった。

 ルルはそんな余裕はなく、ブハッと一気に息を吐いた。バタバタと暴れてなんとか顔を頭上に出して手をバタつかせたが、上手く息が出来なかった。

 やばい、やばい、息ができないっ!

 誰か助けてっ!

 怖い、怖い怖い怖いっ!

 死ぬ死ぬ死ぬ死ぬっ!

「あれ? ルルの様子おかしくない?」

 サナリーダーはルルの様子をおかしく思ったのか、浜辺から海の方を指差して翔に話しかけた。

「あれは……、溺れてる!?」

 もがいていたルルだったが、それも虚しく海に沈んでいった。

 こんな死に方するなんて思ってなかったわ。

 シャーロットとしゅんり、タカラの顔を走馬灯のように思い出しながら意識が薄れかかっていた時、誰かに抱きしめられている感覚がしたと思った瞬間にルルは意識を失った。

「ぷはっ!」

 翔は腕の中にルルを抱きながら泳ぎ、急いで陸に上がった。

「ルル先輩!?」

「ルル先輩っ!」

 ルルを心配そうに見守るアガタとボビーの前で翔はルルの胸に手を置いて心臓マッサージを行った。そしてルルの顎に手を添えて上部へ向けてから鼻を摘み、自身の口から息を吹き込んで人工呼吸器を行った。

「ケホッ、ケホケホ!」

 何度か繰り返した後、息を吹き返したルルに翔はホッとしてそのまま座り込んだ。

「うわーん、ルル先輩ー!」

「よかった! よかったっす!」

 涙を流して喜ぶアガタ、ボビー。そして三人の周りで見守っていたサナリーダーとグーアの海を堪能していた客達は拍手をしてルルの生還を喜んだ。

 ルルはボーっとする意識の中、自身を心配そうに見下ろす翔の顔を見た。その後すぐに重くなる瞼に敵わず、目を下ろしたルルは次に背中と足に誰かの温かみと浮遊感を感じ、そのまま再び意識を手放した。

 ——次に目を覚ました時、ルルは簡易的なテントの中にいた。

「ルル先輩が目を覚ましたっ!」

「大丈夫っすか!?」

 ルルはボーっとする中、「何があったのかしら」と、自身の状況を理解出来ずにいた。

「ごめんなさいいいいっ! 私、ルル先輩が泳げないなんて知らなくてええ!」

 泣きながら自身にそう訴えてくるアガタにルルはハッと思い出して目を張った。

「すまなかったっす……」

 グズっと鼻を啜りながら泣くボビーにルルは「私こそ言えなくて悪かったわ」と、二人に謝罪した。

 自分の高いプライドのせいで二人を人殺しにさせるところだったわ。

 ルルがそう反省している時、テントに水着の上に白衣を着た女性、医者がやってきた。

「あら起きたのね」

「えーと、はい」

「見たところ外傷もないし、目が覚めたなら帰っても大丈夫よ。それか、もう少し休む?」

「いいえ、大丈夫です。ありがとうございました」

 そう言ってテントを出ようとした三人に医者は「ああ、そう言えば」と、声をかけた。

「はい?」

「あなたを助けてくれたのは黒髪の青年よ。知り合いかしら? 見事な心臓マッサージと人工呼吸だったわ」

 ちゃんとお礼言っときなさいよと、言った医者の言葉が理解出来ずにルルはその場で固まってしまった。

 その後ろでアガタとボビーは「あちゃー」と、顔に手を当てた。ルルの性格上、その事は絶対に言ってはいけないと二人は理解してたのに、その配慮をこの医者はぶち壊したのだ。

「じ、じんこ、じんこうこきゅう……」

 ふわーと力が抜けて座り込むルルを二人はなんとか支えて立たせ、医者に「あざっした!」と、言って急いでテントを後にしたのだった。


 

 

 翔はビーチから少し離れた岩場で水着を脱いで裸になり、海に飛び込んだ。

 意識を集中させて急いで取り入れた知識から海蛇を思い浮かべる。黒と白の縞々模様を浮かび上がらせ、一メートル程の長さへと自身を縮ませて胴体をクネクネとさせて見事に海蛇へと獣化した。

 海蛇は鰓呼吸はできないので何度か顔を海から出して息継ぎしながら海の中を探索していった。

「あ、一條補佐ですか?」

 可愛らしい子供のイルカの姿をしたコリンはクネクネと泳ぐ翔を見つけて声をかけた。そんなコリンに翔はうんうんと首を縦に振って返事した。

「海っていいですよね! 水族館の水槽よりすーいすい!」

 嬉しそうにクルクルと回るコリンに翔は「こら、目立つだろ」と、注意した。

 コリンは水族館を経営する両親から産まれた子供だった。産まれてからずっと水族館に行き来していたコリンは獣化の力を得た。それを気味悪がることなく、両親に愛されて育ったコリンの獣化はとても生き生きしていて、見ていて癒されるものだった。

 そんなコリンは齢十二歳でタレンティポリスからのオファーで獣化の部署に所属し、戦闘には向かないものの、獣化を見事に使いこなすコリンは将来有能な存在であり、丁重に扱われていた。

「ごめんなさいっ。でもね、水族館の子達と違って自然の生き物達は知識豊富でお勉強になります! 早速お家の水族館に取り入れたいですう!」

 最初の目的と違うことを言うコリンに翔は首を横に振ってやれやれと、嘆いた。

「それより、タトゥーのサメの情報は?」

「それなら岩場の洞窟に向かっていく姿を見たってタコ君が言ってましたあ」

 えっへんとイルカのヒレを胸に持っていくコリンに翔は「早く言え、それを」と、少し怒気を含んで言った。

「うえええん、一條補佐が怒ったあ!」

 コリンはボンっと姿を人間に戻して泣きながら陸へと上がっていった。

「うえーん、サナリーダー!」

「おーおー、コリンどうしたの」

 裸のままコリンは岩場で二人を待っていたサナリーダーに泣きついた。

「一條補佐が怖いよおおおお」

「人聞きの悪いことを」

 翔は人間の姿に戻ってから岩場に上がって水着を履き始めた。

 そんな翔をニヤニヤと見てくるサナリーダーに翔は顔を赤くしてから背を向けて急いで水着を履いた。

「ジロジロ見ないでくださいよ、サナリーダー。セクハラですよ」

「ケチー。良いもん持ってんなーと思って」

「……父に言いますよ」

「それがあなたの目的でしょう? それに私の裸も見たことあるくせに」

「見てません。ちゃんと僕は目を背けたでしょ」

 翔はそう言って溜め息をついた。

 翔はタレンティポリスになってすぐ、補佐として父の元に就いた。

 それは実力でもなんでもなく、ただの親の七光り。それを良く思わない者がいるのも知ってるし、自分がまだまだ実力不足なのも理解してた。

 翔は基本、父の任務について行ったり、業務を手伝い、時には他のチームに着いていって任務をこなしていた。他のチームに着いて行く理由は二つあった。一つは翔自身を成長させ、チームという物を理解させるため。二つ目はチームを偵察するため。総括である父にチームのバランスや強さ、人間性を報告するためだ。

 これじゃあ、余計に嫌われ者だ。

 自分の役割にいつも嘆いている翔だったが、サナリーダーはそんなことを怖気付いたり嫌味を言うことはなかった。

「よちよーち。コリン、泣きやみな」

「うう、まだあ」

 コリンはそう言ってサナリーダーの胸にすりすりと顔を擦り付けてぎゅっと抱きついた。

 エロガキめ……。

 翔は少しだけ羨ましいと思いながら二人の元に近寄った。

「コリンが岩場の洞窟に例のサメが向かっていくのを見たと聞いたらしいです」

「分かったわ。倍力化と合流してから向かいましょう」

「そうですね」

 そう言って翔がふと岩場からビーチに目を向けると、ちょうどこちらに三人が向かっているところだった。

 三人が着いたら作戦を練ろう。

 そう思って翔はその場に座って束の間の休息をとった。

 

 

 

 翔は三人が到着してすぐにルルの元へ向かった。

「ルル、大丈夫かい?」

「だ、大丈夫……」

 ルルは翔の顔をまともに見れずに顔を俯かせて小さく返事した。そんなルルの様子に翔は首を傾げた。

「本当? 辛かったら休憩してきていいよ。送ろうか?」

 スッと横に移動し、背を押して誘導しようとした翔にルルは過剰に反応して逃げるように前に出た。その拍子にルルは足場の悪い岩場に引っかかって前によろめいてしまった。

「うわっ!」

「おっと」

 翔はそんなルルの肩を抱いて海へ落ちるのなんとか防いだ。

「あああっ! ダメ! ダメ!」

 ルルはそんな翔の手を払ってアガタの後ろに逃げるように隠れた。

「僕、ルルに嫌われてる……?」

 あからさまな反応に翔はショックを受けてガクッと頭を下げた。

「ルル先輩……」

 余りにもの過剰な反応にアガタは顔を引き攣らせてボビーは笑いを堪えていた。

「人工呼吸のこと気にしてんじゃないかしら?」

 サナリーダーの言葉に翔はルルがそのことを誰かに言われて知ったのかと理解した。

「ルル、それはノーカンだから大丈夫だよ」

 翔はそうデリカシーのないことをルルに言った。そんな翔にルルは顔を両手で覆って、自分だけ恥ずかしがっていたことに消えたくなった。

「もうやだ……」

 消え入りそうな声でそう言ったルルをアガタはよしよしと頭を撫でて慰めて、その場はなんとか収まったのだった。

 その後、六人で話し合った結果、二人一組で組んで洞窟周辺を探すこととなった。サナリーダーとコリンはこのまま岩場周辺を詮索。そしてアガタとボビーは洞窟周辺の海の中を潜って敵を探し、見つけ次第戦闘。そして、残ったルルと翔は洞窟内に入って捜索することとなった。

「なんでなのよ……」

 最悪な組み合わせにルルはそう嘆きながら翔の後に続いて洞窟内を歩いていた。

「ごめんね。分かるんだけどこれが得策だから」

 泳げないルルが洞窟内を探すのは決定とし、もしもの時に応急処置ができ、ルルを運ぶことができるのは翔のみであった。

 できれば倍力化の二人かサナリーダーが良かったのだが、二人は応急処置をする自信はないと言い、サナリーダーは倍力化を持ってないのでルルを抱えて戦闘することは困難だと判断した。

「……あんたは、恥ずかしないの?」

 ルルは自分だけ意識してるのが悔しくて翔に質問した。

「恥ずかしい? 僕は応急処置をしただけさ。恥ずかしいことなんてしてないからね」

 あっけらかんと言った翔にルルはムッとした。なにそれ、私を女として見てませんって言われてるみたいじゃない。

 ルルは翔のこと嫌いだし、別に異性として見たことなんてないが自身を卑下されているようで悔しかった。

「じゃあ、私じゃなくてしゅんりだったら?」

 ルルの質問に翔は振り返った。

「何が言いたいの?」

「しゅんりだったら恥ずかしいとかなんとか思うのかって聞いてんの」

 ルルの質問に翔は面倒臭いなと、思いながら顔を顰めた。

「思わないよ。人命救助にそんな感情いちいち湧いてたらキリがない」

「どうだか。あんた、しゅんりのためなら非道なことや監禁でもできそうだもの」

 ルルは過去にしゅんりを日本に二年間も出させなかったを恨みがましくそう言った。

「ルルはさ、僕が何言われても怒らないと思ってる?」

 睨みながら声を低くしてそう言ってくる翔にルルは肩をビクッと震わせた。

「皆していい加減にしてくれよ。あれはしゅんりのことを思ってやったことで僕のエゴじゃないし、彼女とのことはもう終わったんだ。失恋した相手のことをグチグチ今だに言われてじゃ、たまったもんじゃないよ」

 男性にそう睨まれながら怒られたことないルルは恐怖しながらも高いプライドを持ってなんとか反発し、キッと翔を下から睨んだ。

「そんな風に見えないわ。それにあれはあんたのエゴでしょ? 私は一生忘れないし、言い続けてやる」

「それなら僕はルルに殴られたこと、やり返してもいいってことかい?」

 ゆっくりと離れていた距離を詰め、ルルに近寄って来る翔に怯えたように臨時体制になったルルを見て、翔は溜め息を付いた。

「怖いならそんなこと言わないの」

「んっ」

 ルルの額を中指で弾いてから翔はクルッと体を回転し、再び洞窟の奥を目指して歩きだした。

「なによ、それ!」

 弾かれた額を撫でながらルルが怒りながら翔に声をかけた。

「あの日のお返し。頼むからもうこれでこの話は終わりにしてね」

 振り返って困ったように笑いながら翔はそう言った。翔の言葉にルルは一瞬理解出来ずに止まり、そしてじわじわと顔が赤くなる感じがした。

 何よ、何なのよ!

 動揺を隠せずにルルはパンっと両頬で自分で叩いて冷静になろうとした。

「ルル、こっちに来て」

 そんなルルに気付くことなく、翔は洞窟の曲がり角に隠れて小声でルルを呼んだ。そんな翔にルルは一瞬でスイッチを切り替えて気配を消し、翔の横にしゃがんで洞窟の奥を覗いた。

「見えないけど、気配はするわね」

「ちょっと待ってね、覗いてみる」

 翔はそう言って目だけをカメレオンに変えて奥を集中して見た。

「暗いから良く見えないけど一人みたいだね。髪は短い。男かな……」

「光があれば見える?」

「そうだね、もう少し日が落ちれば見えるかも……」

 翔とルルは洞窟の入り口に目をやった。

 そろそろ日が落ちそうな時間帯。ちょうど夕暮れになれば位置的に光が入ってくる。

「相手の能力が分からない。下手に動くよりここで大人しく待つ?」

「そうね、洞窟に一人でいること自体が怪しもの。ほぼ敵だと認識していいと思うわ」

 翔はルルと共にそのまま隠れ、相手の動きを監視しつつ、日が落ちて光が入るタイミングを伺うことにした。

 しばらく経った後ガサッと音がし、相手が動き出したのが分かった。こちらに向かってきているようだ。

 ルルは隠れる場所がないか周りを見渡したがそんな場所は洞窟内にはなかった。もう相手を倒してしまおうとルルが立ち上がった時、翔は水着を脱いでそれをルルに持たせた。

「な、なにっ……!?」

 いきなり脱いだ翔に驚きつつもルルは小声で声を上げた。

「しー」

 翔はそんなルルの唇に人差し指を当てて声を出さなよう指示してから、ルルに覆いかぶさって壁と挟んだ。

 な、ななななにっ!?

 なんでこいつ脱いで私を、だ、抱きしめっ!

 うわぁあああああ!

 ルルはパニックになりながらポンッと頭から湯気が出そうな程、顔を真っ赤に染めた。そんなルルを無視して翔は全身をカメレオンに獣化し、洞窟の岩に化けた。

 目の前で翔が獣化する様子を見て、状況を理解したルルは先程までパニックになっていた自分が恥ずかしすぎて消えたくなった。

 今回の任務、地獄すぎる……。

 今すぐ逃げ帰りたいのを我慢してルルは目に力を入れて、翔の腕と体とのほんの少しの隙間から目を覗かせて洞窟の奥からこちらに向かってくる相手を見ようと集中した。

 ペタ、ペタと濡れた足音を聞きながらジッと前を見る。細身の裸の男は茶色の短髪に汚しく無精髭を生やしていた。そして首に目をやるとそこにはお目当ての羽の生えたサソリのタトゥーがあった。

 ルルはすぐ上にある翔の顔を見て口で「あ、た、り」と、伝えた。

 それを確認した翔はカメレオンの姿のままクルッと体を回転させ、口から舌を長く伸ばして男、エアオーベルングズの体を拘束した。

「な、なんだ気持ちわりい!」

 ヌメヌメとした舌に拘束された男はそう叫んで翔の拘束から逃げようと身を捩った。

「逃がさないわ!」

 ルルはその場で飛び、拘束された男に向かって拳を下ろし、翔はルルの攻撃が当たる直前に舌の拘束を外した。

「ぶわっ!」

 ルルの攻撃を見事に受けて洞窟の壁に大きな音を立ててめり込んで意識を失った敵を見て、翔とルルは顔を見合わせた。

「なんだろ、弱かったね」

「拍子抜けだわ」

 その後、ルルは着ていたパーカーを脱いで細く切り裂き、ロープにして敵を拘束した。その後、敵の監視をルルに任せて翔は洞窟内を探索したが、他の敵の姿は見えなかった。

 翔が一通り見て戻ってくると、意識を戻した敵の顔をグリグリと踏みながら尋問するルルの姿があった。

「いないよ! 他に仲間なんてっ!」

「本当かしらっ」

「いでででっ!」

 ルルが足に力を入れて痛めつける敵の側にしゃがんで翔は目を合わせた。

「あなたは一人で行動してたってこと?」

「そうだよ! 一人だ!」

「誰に指示されたの?」

「雇い主からだよ!」

「それは誰かしら?」

「それは言えねえっ!」

 埒があかないわ。

 そう思ったとき、翔は敵の右手の人差し指をぎゅっと握って後ろへ傾けた。その拍子にボキッと折れた骨の音が洞窟内に響き渡った。

「うがあああっ!」

「うーん、次は中指にしようかなー」

「言う! 言うから!」

「本当? ありがとう」

 ドス黒い満面の笑みで敵から情報を聞き出す翔にルルは恐怖して敵から足を離して後退りした。

 イメージと違いすぎるんですが……。

 

 

 

 その後、敵の叫び声を聞いてやってきた四人と合流し、携帯を持っていたサナリーダーがタカラリーダーに連絡を取った。

「たまたま近くにいたからすぐ来てくれるそうよ」

「これで敵さんを拘束しながら海軍基地まで泳がなくて済みましたねー!」

 その役目を任されることになってたコリンは嬉しそうにそう言った。

「にしても他に仲間がいないのは本当なんすかね」

 余りに拍子抜けする程に簡単だった任務に疑問を持ったボビーに翔は敵に目を向けた。

「疑われてるね。本当に君は一人?」

 うんうんと勢いよく翔に頷く敵に「だってさ」と、ボビーに言った。

「ボビー、相手が信頼できなかったからこうやって聞き出せば信用度は上がるよ」

 幼いコリンがいても気にせず翔は次に敵の左の人差し指を先程同様にボキッと簡単にへし折った。

「うぎぎぎぎぃいいいっ!」

「こうやって根本からちゃんと折ってあげたら療治化が治しやすいのと、音がすごく綺麗だから相手に恐怖を植え付けやすいよ。相手が倍力化だったら男は股間を狙ったら一発さ」

「あはは、勉強になるっす……」

「うええええん! 一條補佐がまた怖いいいいっ!」

 ボビーの引き攣った声とコリンの泣き声が響いた時、ポーッという船の汽笛が聞こえてきた。

「あら、本当に近くだったのね」

 思っていた以上に早かった到着にサナリーダーは驚いた。

「助かったわ。もうヘトヘトよ……」

 体力的にまだまだ大丈夫だが、ルルは精神的に疲れきってていた。

「おーい!」

 洞窟の入り口に向かうと大きな船の甲板に立ち、こちらに手を振るタカラとムハンマド総括がいた。

「じゃあコリン、敵を運んで」

「えええ! 僕がやっぱりするんですか⁉︎」

 洞窟周辺は岩場が多く、あの大きな船ではここまで上陸できない。そのため、敵を運ぶためコリンに獣化するよう翔は指示した。

「ほら、獣化して」

 サナリーダーの言葉にコリンはグズっと鼻水を吸って渋々、亀に獣化した。

「なんで亀?」

 ルルは疑問に思いながら甲羅に敵をサナリーダーがパーカーで括り付けるのを見届けた。

「むかーし、むかーし、うらしまたろーというおとこがいましたー。いじめられたカメを助けてーりゅーぐーじょーに行きましたとさー」

 音程が外れたメロディで歌い出す内容に首を傾げる倍力化三人に翔は「日本にあるおとぎ話さ」と、説明した。

「それとこれが何の関係あるんですか?」

「さあ? コリンの思考はよく分かんないからな」

 一條補佐が分からないなら分からないな、と考えることを諦めたアガタとボビーは敵を括り付けて泳ぐコリンとその背中に一緒に乗ったサナリーダーを追いかけて泳ぎ始めた。

「ちょ、あんたたち!」

 私を連れてってよと、ルルが手を差し伸ばすが既に遅く、四人は船に向かって大分進んでいた。

「ルル、これ持って後ろ向いてて」

 翔はそう言ってルルの前で水着を脱ぐジェスターをした。

「は、はい!」

 何故か敬語になるルルに翔は笑った。

 くううう、私ばっかり! 

 翔から渡された水着を握りしめながら待っていると「いいよ」と、声がしてルルは海の方へと目を向けた。

 そこには体長三メートルはあるだろう大蛇に獣化した翔がいた。

「僕の背に乗って。大丈夫、固定するから安心していいよ」

 蛇の顔から翔の声が聞こえる不思議な現状にルルはドキッと胸が高鳴った。

「う、うん……」

 ルルは恐る恐る大蛇となった翔の背に跨るように乗ると、翔は後ろの胴体でシュルッとルルの体を優しく固定した。

「行くよ。怖かったらすぐ教えてね」

「分かったわ」

 スーッと海の上を滑るような感覚で泳いでいく不思議な感覚にルルはあんなに怖かった海の上でワクワクしていた。

 なにこれ、楽しいわ。

「やばい、一般の船だ。潜るよ、ルル息止めて。せーのっ」

「え!?  んっ!」

 いきなりのことに驚きつつもルルは翔に言われるまま息を思いっきり吸って止めた。

 怖い、怖い……!

 強張って自身を掴む力が強まったのを気付いた翔はルルを固定する胴体に力を少し強めて、尻尾でルルの頬を撫でた。

 そんな翔の行動に安心したルルは恐る恐ると目を開いてみた。

 うわあ……。

 ルルは心の中で驚きの声を上げた。

 グーアの海はアガタが言った通り透き通っており、海の中を泳ぐ鮮やかな魚達や珊瑚がキラキラとルルには見えた。遠くに見えるイルカに目を輝かして見るルルを翔は顔だけ振り返って微笑んだ。

「さあ、着いたよ」

「ぷはっ」

 無事に一般人から見られずに船に到着した二人は海から顔を出した。

 翔はグイッと大蛇の胴体を伸ばして船の梯子の途中までルルを誘導した。

「さあ、登って」

「うん……」

 百人の敵に囲まれたアルンド市での戦闘中、ヘリコプターから伸ばされた梯子に投げ飛ばされ時とは違って優しく誘導されたことにドキドキしたルルは「落ち着きなさい、私」と、動揺を落ち着かせようとした。

「水着、投げてくれない?」

 無事、船に乗ったルルに翔はそう言って人の姿に戻った。

「はわわわっ! ごめんなさいっ」

 ルルは急いで水着を翔に投げて背を向けた。

 もう、いちいち裸になるなんて、なんて不便な能力なのよ!

 顔をまた赤くしながら恥ずかしい気持ちに駆られるルルに、裸を見られ慣れている翔はスルーしながら水着を履いてから梯子を登った。

「ルル、ありがとう」

「べ、別に……」

 翔は顔を今だに俯かせるルルの頭をポンッと翔は軽く撫でてから先にみんなの元に戻って行った。

 な、なんなのよ、もうっ!

 ルルは初めて抱くこの気持ちを理解し、そして頭を抱えたるのだった。

 

 

 

 ルルは甲板で沈む夕日を見ながら今だに高鳴る胸に手を当てていた。

 最悪な奴と任務し、最悪なことに自分がカナヅチだと周囲に知られて、そしてファーストキスも無意識のうちに奪われた。史上最強で最悪な日だと思っていたがそんなことなかったなと、ルルは思いに浸っていた。

「あー、いたいた。ルル、そんなとこいたら風邪引くよ」

 ルルは声がする方を向いてドキッとした。今、考えていた思い人がいたからだ。

「着替たけど、風が強いんだから気をつけないと」

 そう言って翔は自身が着ていたジャケットをルルの肩にかけてあげた。

 ルル達の着替え諸々の荷物は海軍に預けてあったため、タカラがそれを回収していてこの船上に置いてあった。他のメンバーは今、服に着替えてタカラがいれたココアを飲んで寛いでいるところだった。

「ルルはココア飲まないの? 冷めるよ」

「今はここにいたいからいい……」

 ぎゅっとルルは翔にかけられたジャケットを握った。

 あったかい……。

「確かに夕日が綺麗だね」

 ルルは自身の横に立って一緒に夕日を見る翔の横顔に目を奪われた。

 ナール総括に似て白い肌に筋の通った鼻。でも彫りそんな深くなく、少し幼さ残る顔は東洋人の父親の一條総括に似ており、堅いも少し良くて男らしいところもある。そして目の瞳は深いブルーの色をしており、先程潜った海をルルに連想させた。

「どうしたの?」

 自身を見てくるルルに気付いた翔は首をこてんと横に傾けて質問した。

「な、なんでもないっ、こともない……」

「なにそれ」

 歯切れの悪い言い方をするルルにプフッと笑った翔にルルは「なんで笑っただけでかっこいいのよ」と、翔にもうメロメロになっていた。

「で?」

「その……」

 モジモジするルルに翔は黙って待った。

「……ありがとう」

 はにかんだ笑顔で恥ずかしそうにそうやっと言ったルルの顔を見て翔は胸が高鳴った。それはまるでふわふわと翔の元に天使が舞い降りて来て、ズキューンッと効果音を放って心臓に目掛けて矢を引かれた、そんな衝撃だった。

 可愛い……。

 ポーっとしてくる意識の中、ジーッと翔はルルを見つめた。そんな翔にルルは顔を真っ赤にして恥ずかしくてたまらなかった。

 なんでそんなに見てくるのよ!

「ルル」

 翔はルルに近寄り、いきなりその両手を掴んで握った。

「僕、ルルのこと好きかも。いや、好きだっ!」

「え、ええええーー!」

 ルルは翔のいきなりな告白に驚きのあまりに船の中にいるメンバーにも聞こえる程の大声を上げてしまった——。

 

 

 

 

 二人が付き合うのはまた別の話。

 

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