ジャドが帰ってくるまで、それはそれは最悪な数日だった。

 カルビィンは大怪我を負い、顔は変形してまともに話すこともできず、最低限の行動しかできなくなっていた。まともに動けるウィルグルはレジイナの下僕のようにこき使われ、何故かブラッドまで仕事に参加させられていた。

 レジイナ曰く、「てめえが子守りを怠ったせいでカルビィンは動けないんだからね。あーあ、可哀想に。てことで働け」ということらしく、レジイナに敵わないと分かっていたブラッドは嫌々、暗殺部の仕事を手伝わされていた。

「まあ、強いっていのは分かる。だがこれじゃ、まるで独裁者だ」

 山積みになったエアオーベルングズの死体の上に裸で立つレジイナを見上げながらブラッドは頭を抱えた。

 今回はザルベーグ国の国境近くで待機してたテロリストを抹殺する仕事だった。

 三十人はいただろう敵をレジイナはたった一人で殺していった。グレード2ばかりだったが、それなりに強いグレード3も数人いるにも関わらず、狼に獣化して倍力化の力で敵をなぎ倒す様は狂気に満ちていた。

 もう裸になることに躊躇がなくなったレジイナは軽々と死体の山から飛び降りて、口から敵の血を吐いた。

「ウィルグル、これ片しといて」

「これ一人でか!?」

「二十分。それ以上かけたら分かってる?」

 明らかに無理な注文にウィルグルは文句を言えず、自身のパートナーと近くにいた小人にもをして死体を処理始めた。

 それを見ながら服を着るレジイナにブラッドは近寄った。

「王女さんよ、お前も手伝ってやったらどうだ?」

 じゃじゃ馬娘から王女に名称が変わってることにレジイナは顔を顰めながらも「私、グレード2だから無理」と、ブラッドの提案を却下した。

 できるだろうにと、そう思いながらそれをあえて口に出さずにブラッドはウィルグルに同情の目を向けた。

 

 

 

「なんだこりゃ」

 床に引かれたシーツに包帯だらけになったカルビィンが寝ており、ソファに座るレジイナの足を膝をついてマッサージするウィルグルを見て、ジャドは思わず持っていた荷物を床に落とした。

「はは、悪い……」

 ブラッドはそう言ってジャドに謝罪して部屋を見渡した。

「こうなった」

「いや、理解できねえんだが……」

 優雅に棒付きの飴を舐めていたレジイナは帰ってきたジャドに手を振って「おかえりー」と、言ってにこやかに微笑んだ。

「お、おう。ただいま」

 動揺するジャドをブラッドは奥の部屋に連れて行き、ことの経緯を説明した。

「……悪い。金は返す」

「はあ、いい。貰っとけ」

 ベビーシッターとしての仕事を全う出来なかったとして依頼料を返そうとするブラッドの手を押してジャドは金を受け取らなかった。

「まずはカルビィンの治療をするか」

 ジャドは長旅からの疲れを癒す暇なく、奥の部屋から出てカルビィンの横に座った。

「うっ、うう……」

「分かったからあんま喋んな」

 ジャドはレジイナに睨みつけられながらも、カルビィンを二時間かけて療治化で元通りに治療した。そんなカルビィンを見てレジイナは不満気にチッと舌打ちをした。

「レジイナ、何か言うことないか?」

 今回のことは確かにカルビィンとウィルグルが悪いと思いつつも、同じくレジイナも悪いと思ったジャドはそう言いながらソファに座るレジイナの横に座った。

「あーあって感じ」

 カルビィンを治したことを不満だと伝えてきたレジイナにジャドは頭を抱えた。

「あのなー……」

 そう言って治療で疲労しきったジャドはそのまま項垂れた。

 そしてそんな状況の中、カルビィンとウィルグルはレジイナの前に来て、その場で跪いて頭を下げた。

「何の真似?」

 レジイナは内ポケットからアンティーク調の銃を出し、銃口を二人に突きつけた。

 本気で撃ってきてもおかしくない状況に二人は「ひっ!」と、声を出しながら両手を上げて抵抗の意思がないことを示した。その様子をレジイナの横で座って見ながら、ジャドはもしもの為にタバコを吸い始め、周囲に煙を充満させた。

 そんなジャドをレジイナは横目でチラッと見てから二人に視線を戻した。

「何かって聞いてんだけど」

「いや、その……」

 久しぶりにまともに声を出せたカルビィンは小さな声でそう言った後、なかなか話し出さない姿を見てレジイナは「五、四、三、二……」と、カウントし始めた。

「わ、悪かった!」

 カルビィンはカウントが終わる前に声を上げてそう謝罪し、頭を下げた。

「何が?」

「だから、そのふざけすぎた」

「何をどうふざけて、どう思って謝罪したのか簡潔に言え」

 カチャッと銃のスライドを引き、いつでも撃てることをあえて見せつけたレジイナにカルビィンは震えながらも口を開いた。

「お、お前をレイプしようとしたことだ。仲間じゃなく性奴隷なんて言って悪かった……!」

「でもそれは心からカルビィンが前々から思ってたってことだよね?」

「こ、心からじゃねえ! その、溜まっててついっ……!」

「性欲が溜まる度にレイプされてちゃ私の身が保たない。死ぬか?」

 そう言ってカルビィンの頭に銃口を当てたレジイナにウィルグルは頭を床に擦り付けて「もうしない!」と、声を張り上げた。

「絶対にしない、約束する! 命をかけていい!」

 そう言ってからウィルグルのパートナーも一緒に頭を下げた。

「オウジョサマ、ご主人謝ってる。許してあげて……」

 涙をポロポロ流してそう言った小人を見て、レジイナはカルビィンから銃口を下ろした。

「はは、許してくれたのか……」

 そう言って頭を上げたカルビィンをレジイナはソファから立ち上がり、蹴り上げて壁に叩きつけた。

「ガッ!」

「誰が頭を上げていいと言った?」

 背中を強打したカルビィンは咳き込みながらその場で頭を床に擦り付けて「悪い……」と、呟いた。

「てめえも、なに小人使ってんだよ」

 頭を下げ続けるウィルグルの後頭部をグリグリとヒールで踏みつけるレジイナにウィルグルは抵抗せずにそのまま受け入れた。

「約束しろ。今後、私に手を出そうとすれば殺す」

「分かった……」

「約束する……」

 そう言って平伏す二人にやっと満足したのか、レジイナはウィルグルから足を上げてからニコッとジャドに笑いかけた。

「だってさ」

「……はは、良かったな」

 ジャドはそんなレジイナに恐怖しつつもなんとか笑いかけるのがやっとだった。

 次にレジイナはニッコリと笑いながらブラッドに近寄った。

「あんたもこのまま私達に協力してくれるよね?」

「おお、報酬貰えるなら……」

「月に一律、百万でどう?」

 その金額はその都度、報酬を貰っていたブラッドからしたらそれは格安すぎる額だった。

「おいおい、それはいつもの半分以下だぜ……」

 流石にそれはないと思って言い返えしたブラッドをレジイナは下からギロッと睨みつけた。

「一律、百万」

「い、いえっさー……」

 このままレジイナに噛み殺されそうな勢いに抵抗できずにブラッドは了承せざるを得なかった。

「ジャド、良かったね。これでみーんなまとまったし、コスト削減もできたよ」

 この前のことをしっかりとやり返せたレジイナは暗殺部に来てから一番可愛い笑顔でジャドにそう言った。

 ——その後、暗殺部の仕事は順調に行き、レジイナの活躍は目に見えて成果が出てきていた。

 前通りとまでいかないが、それなりに二人とも軽口を叩けれる程になり、殺伐とした雰囲気が和らいできた頃、レジイナは死体からゴソゴソと敵の荷物を漁るようになった。

「なにしてんだよ、レジイナ」

「財布どこかなーって」

「……やめろよ、物取りみたいじゃねえか」

 レジイナの行動にウィルグルは呆れたように言った。

 なんでそんなことする必要あるのかねと、思いながらウィルグルは敵の財布から金を抜き取るレジイナを見た。

 タレンティポリス自体、他の警官に比べて給料がいい。それは昇格するにつれて増えるし、それに暗殺部は他のタレンティポリスよりも多く貰えている。

 生活に困ることはないはずなのにと、疑問を持つウィルグルを余所にレジイナは「もういいよー、食べてー」と、言ってその場を後にした。

「なんだあ、あいつ」

 ウィルグルの呟いた言葉を聞きながらレジイナは心の中でうっせえと、思いながら一人先にアジトに戻っていった。

 レジイナは今、給料のほとんどを日本に寄付し、それに加えて日本にいた期間も長かったこともあってほとんど貯金がない状態だった。また、そんな懐が寂しいところにこの前のブリッドとやり合った損害を給料からガクッと引かれていたのだ。

 流石に皺寄せが来てキツくなってきたレジイナは敵の死体からお金を取り、なんとか生計を立てようとしていたのだ。

 そんな事を繰り返していたある日、レジイナはとある物を敵の私物から見つけて固まった。

「レジイナ、お宝でもあったか?」

 同じように敵の懐から物を取るようになったカルビィンは期待した目でレジイナの手にある物を見た。

「ああん? タバコかよ」

 残念そうに言ってからカルビィンは新たに死体から何かないか探り始めた。

「そうだね、タバコだね……」

 レジイナはそう言いつつも見慣れたタバコのパッケージから目を離せないでいた。

「おい、全部で八万イェンだったぜ。山分けして四万イェンだ」

「ありがと」

 レジイナはカルビィンから金を受け取ってそのままタバコとともにスーツのポケットにしまった。

「俺はウィルグルが来るの待ってるから、お前は先に帰っとけ。明日、昼には来いよ」

「了解。よろしく」

 レジイナはカルビィンの言う通りにあとは任し、近くにあったビルの屋上に飛び乗って、自身が住んでいるアパートを目指した。

 家に着いてレジイナは先程手に入れた金とタバコを床に置いてその場に座った。

「……我ながら女々しい」

 タバコを手に取ってクンクンと匂い、ふーっ息を吐いてレジイナはタバコを胸に抱いた。

「ブリッドリーダー……」

 思い人であるブリッドが吸っている銘柄のタバコを見つけ、レジイナはつい持って帰ってしまったのだ。

 どうしよう、胸がドキドキする……。

 ぽわっと身体も熱くなってくる感じもしつつ、一緒に持ってきたライターを手に取った。

「たしかトントンってタバコを叩いて、それから口に加えて、こうか?」

 ブリッドがしてた仕草を思い出しながらレジイナはタバコを吸おうとジッとライターから火を出した。

 モクモクと煙を出すタバコを口に加えながらしばらく見た後、恐る恐るスーッとタバコを吸ってみた。

「かっ、ケホッ、ケホッ」

 な、なんだこれは!

 盛大にむせながらレジイナはタバコから口を離した。

「うげえ、マズい。スースーする……」

 なんでこんなもの好き好んで吸ってるんだと、理解が出来ないと思いながらレジイナは台所の水道から水を出してタバコの火を消した。

「ブリッドリーダー……」

 そう呟きながらタバコを置いてある床に再び座り直したレジイナはタバコを手に取ってクンクンと匂い、ブリッドと過ごした日々を思いだしながら眠りにつくのだった——。

 その翌日、レジイナはジーッとアジトにいるジャド、カルビィン、ウィルグルがタバコを吸う姿を観察していた。

「あのー、レジイナ王女。そんなに見つめられたら流石に照れるんですが」

 ふざけながらもそう訴えてきたウィルグルにレジイナはグイッと近寄り、「タバコって美味しく感じるのはいつからなの?」と、質問した。

「はあ? 急にどうしたんだよ?」

 いつもなら「副流煙って知ってる? 私が肺気腫なったらあんたらのせいだからね!」と、最近得た医療知識を言って文句を言っていた癖に何の気持ちの変化かとウィルグルは首を傾げた。

「おーおー、レジイナちゃんも大人の階段登ろうとしてんだな。このカルビィン様がタバコの嗜み方を教えてやろう」

 カルビィンは嬉しそうに言ってジャドの制止を無視して、レジイナにタバコの素晴らしさを語った。

「おおー!」

 根はまだ純粋なレジイナはカルビィンの力説にそう声を上げ、うんうんと真面目に話を聞いていた。

「療治化の時もあれくらい素直に聞いてもらいたいもんだぜ」

 ジャドはそう言って悲しそうな顔をしながらタバコの火を消し、ウィルグルを連れて仕事へと向かって行った。

 

 

 

 レジイナがアサランド国に来て五ヶ月経った頃。

 敵を見事に暗殺し、レジイナはウィルグルに処理を任して先にアジトへと戻る道を歩いていた。その帰りに昼飯にとハンバーガーを買ってからアジトに戻ると、何故かジャドとカルビィンが水鉄砲を手に持って立っていた。

「おう、おかえり」

「おかえりなさいませ、王女様」

 ジャドに続いてわざとらしくかしこまってそう言ったカルビィンにレジイナは床に落ちていた空き缶を器用に蹴ってカルビィンに当てた。

「あだっ! てめえ、俺をなんだと思ってんだ!」

「サンドバッグ」

「あははっ! サンドバッグか!」

 レジイナの返答にジャドは笑いながら水鉄砲に水を満タンに入れた。

「にゃふそれ」

 モグモグとハンバーグを食べながら問いかけるレジイナにカルビィンは「賭けをすんだよ」と、レジイナに言った。

「賭け?」

「おう。今夜の飲み代の賭けだ」

「ふーん」

 興味無さそうにそう返事しながらレジイナはオレンジジュースをジューッとストローで吸いながらソファに座った。

「いいか、今日はあのステーキ屋だ。お前もどっちが勝つか賭けて当たったら奢ってやる」

「まじか。じゃあ、ジャド」

「即答かよ」

 カルビィンの提案に目をキラキラさせながらレジイナはジャドに一票入れた。

「いいか、見てろよー。能力は無しだからな」

「お前さん相手に能力使わなくても勝てるぜ」

 そりゃそうだろうなと、思いながらレジイナが見てる中、二人の賭けは始まった。

 お互い背を向けて数歩、歩いてサッと振り返って水鉄砲の引き金を引いた。さながら昔にあったカーボーイの映画のワンシーンのようだった。

「冷てえっ!」

「余裕だぜ」

 見事にカルビィンの顔に水を当て、クルクルと回転させてジャドは腰に銃を直す仕草をした。その際、水鉄砲の水がクルクルと回転しているのをレジイナが見つめていた時、死体の処理を終えたウィルグルがアジトに戻ってきた。

「うわ、てめえ。俺に後片付け任して一人で飯かよ」

 レジイナが食べているハンバーガーを見てそう言ってきたウィルグルに確かに悪いなと、少し考えてからレジイナはポテトをウィルグルにすすすっと渡した。

「ごめんて、あげる」

「食べさせてくれたら許す」

 そう言いながらレジイナに口をあーんと向けるウィルグルに「きっしょ」と、言ってレジイナはカバっと一気にウィルグルの口にポテトを袋ごと詰め込んだ。

「ぶえっ! お前なー!」

「ふーんだ」

 ギャーギャー言い合う二人にカルビィンは「そう言い合うなよ、てめえらもこれやれや」と、カルビィンはウィルグルに水鉄砲を渡した。

「なんだこれ」

「水鉄砲」

「見りゃ分かるわそんなもん」

 カルビィンにそう言いながら説明を求めるウィルグルにレジイナは先程の賭けを説明した。

「あのさー、どう考えてもレジイナ相手じゃ不利じゃねえか」

「能力無しだよ?」

「やらねえよ、バカバカしい」

 ウィルグルはそう言ってカルビィンに水鉄砲を返した。

「じゃあ、俺とやろうぜレジイナ」

「いいよ。絶対に勝つから」

 レジイナはニヤッと笑いながらジャドから水鉄砲を受け取った。

「何賭ける?」

「んー、そうだなあ……」

 カルビィンは考えてから閃いた顔をして、「パイズリさせろや」と、とんでもない事を言った。

「カルビィン、てめえなあ……」

 この前のこと忘れたのかと、顔を青ざめるウィルグルに対して「無理矢理じゃねえ、同意の上だぜ?」と、あっけらんかに言ってのけた。

 一瞬、ムッとしたレジイナだったが負ける訳ないと思い直し、「いいよ」と、了承した。

「ちなみにお口は付けてくれるか?」

「なし。胸のみ」

「ちぇっ、まあいいぜ。てめえは何を希望する?」

 カルビィンの問いにレジイナはうーん、と少し考えてから「タバコ、十カートン」と、言った。

「お安い御用だぜ」

 カルビィンは安い女だぜ、と思いながらレジイナの賭けに了承した。

 お互い背を向けて数歩、歩く。歩きながらレジイナは水鉄砲をクルクルと手の中で回転させた。

 ザッと同時に振り返ると共にお互い引き金を引いた。

「うがっ、痛えっ!」

 先程より威力が上がった水にカルビィンが当たった額を摩りながらレジイナを睨んだ。

「能力使ってズルしただろ!」

「そんなことしてませーん」

 ベロベロべーと言って、舌を出してバカにした顔でカルビィンを煽るレジイナを援護するようにジャドは「ああ、レジイナは能力を使ってねえよ」と、カルビィンに伝えた。

「嘘つけー!」

「嘘じゃねえよ、見とけ」

 そう言ってジャドはカルビィンから水鉄砲を取り、レジイナが先程したように水鉄砲の水を中で回転させてから引き金を引いた。

「ほらな」

 普通にするより威力が強い様を見てカルビィンは「それはズルだっー!」と、子供のように駄々をこね始めた。

「仕方ないなー。八カートンでもいいよ」

「そういう問題じゃねえ!」

 せっかくのチャンスがと喚くカルビィンにウィルグルは「バカだなー」と、ちまちまとポテトを食べながらそれを傍観していた。

 

 

 

 ——レジイナは家の外からサイレンが鳴る音で目が覚めた。

 レジイナが住むアパート付近はアサランド国内で一番治安が悪く、ガヤガヤと騒がしいか、怖いぐらいに静かのどちらであった。また、アパートにはレジイナともう一人、風俗嬢であろう女との二人しか住んでいなかった。

「うっ、寝過ぎたか……」

 やけに長い夢を見た気がするな……。

 既に殆ど沈みかかっている太陽を窓から見ながらレジイナは重い体を起こしてクローゼットからスーツを取り出して着用した。

 カツカツとヒールの音を鳴らしながら口にタバコを咥え、ゆっくりと歩いてアジトに向かう。その際、レジイナは聴力を倍力化させて街の中ですれ違う人間の会話、足音、息遣いを聞いていた。

 異常無しだな。誰かにつけられることもなく、不穏な会話も無し。

 そう確認してからレジイナは路地裏に入っていつもの廃ビルから地下に降り、扉を三回、そして二回ノックして部屋に入った。

 その瞬間、発泡が鳴り、レジイナの右頬スレスレに銃弾が通った。

「おい、俺は夕方までには来いっていったよな?」

 遅刻してきたレジイナにそう言ってジャドは先程、発泡した銃をレジイナの額にゴリゴリと押し付けた。

「夕方に来た」

「夕方までには、だ」

 最近弛んでんぞ、そう言ってジャドはレジイナの頭をコツンと銃で叩いてからソファに座るブラッドに目をやった。

「客を待たしてんだ。会議やんぞ」

「ういー」

 気の抜けた返事をしたレジイナはソファの前にあるテーブルにドサッと座り、部屋の奥にある汚れたホワイトボードにジャドが情報を書き出すのを眺めていた。

「王女さん、お行儀悪いぜそれは」

「うっせ。いいから早く情報を言えよ」

 ふーっと吸っていたタバコからレジイナは煙を出して部屋内に充満させた。

 レイプ未遂事件からウィルグルとカルビィンとそれなりに仲を戻しつつあるが、今だにブラッドを敵視するレジイナにジャドは眉を寄せながら「それ、使うなよ」と、煙を指して言った。

「へーへー」

 レジイナはそう返事した後、短くなったタバコを床に落として踏んで火を消した。

 タバコを吸うようになって早一ヶ月。ジャド程までいかないがタバコの煙を使って武強化、そして武操化を応用して実体化できるようになってきたレジイナは実験台にしてやろうと思ったのにと、ブラッドで練習できなかった事を残念がった。

 どうしてこんなに嫌われるもんかねと、ブラッドが溜め息をついた後、ブラッドはいつも通り魅惑化で女を使って得た情報を伝えていった。

「ほお、カジノか」

「敵さんが経営しているカジノを見つけた。なんとも来週に仲間を集めてパーティするらしいぜ」

「パーティ……」

 その言葉にレジイナはアサランド国一のホテル、ブルースホテルでの任務を思い出して顔を歪めた。

「なんとも金があれば入れる裏カジノがメインの出玉らしい。そこに侵入すればまあまあな数を狩れるんじゃないか?」

「まあまあな数を狩れるっつーことは顔がバレやすいな」

 ジャドはふむ、と言いながら顎に手を当てて考えた。

「パーティだからな、それなりに人脈広めようとする奴らもいるし、潜入はベストではないかもしれない」

「え、じゃあ建物自体爆破させる?」

 過激な事を言い出すレジイナにジャドは「バカか」と、レジイナの提案を却下した。

「敵さんが多いだけで一般人もいる。そんなのテロだ、テロ」

「難しいなあ」

 そんなの一般人と敵と見分け付ける事自体難しいじゃないの、と手詰まりだと感じたレジイナは胸ポケットからタバコを出して再び吸い始めた。

「おい、ここにタバコ吸わねえ奴いんだから一言なんか言えよ」

 ケホケホとわざとらしく咳をしながら非喫煙者のブラッドはレジイナに文句を言った。

「ああん? このレジイナ王女に楯突くのかしら」

 自ら王女と言うレジイナにブラッドはムッとし、以前に賭けに使った水鉄砲がたまたま近くにあったのが目に入ってそれをレジイナの顔に向けて発射した。

「ぶえっ! なんだ、くせえ!」

 それはカルビィンがウィルグルにいたずら目的でビールを入れていた水鉄砲だった。

「なんだ? 水じゃねえの?」

「くっせ、くっせ! なんだよ、腐ってんのかこの水!」

「それはビールだな」

 事情を知っていたジャドにそう言われたレジイナは「マジでふざけんなよっ!」と、暴言を吐きながらタバコの吸い殻で汚れきった水道から水を出して顔を洗い始めた。

「じゃあ、どう潜入するか話し合うか」

 うるさいのがいなくなったと言わんばかりに話し始めるブラッドにレジイナは殺意を湧かしながら、鼻につく匂いを取ろうと顔を必死に洗い続けた。

「ぶるるるるっ!」

「うわ、水を飛ばすなっつーの」

 犬の様に体を震わせて、髪の毛の水気を飛ばすレジイナにジャドはそう言いながら奥の部屋からタオルを取ってきた。

「レジイナ。最近、獣化を直しきれてねえんじゃねえのか?」

「え、もしかして耳とか出てる?」

 濡れた頭やお尻を触ったりして、獣化してないか確認するレジイナだったがそれらしきものは出ていなかった。

「あれー?」

「性格とか動作のこと言ってんだ。制御できてないんじゃないか?」

「そんな事ないと思うけど……」

 獣化は高度な技術がいるのに加えて、精神的に安定してなければ危ない能力である。

 獣化を使用した者の中には性格自体その獣に近付いてしまったり、姿形がそのままになって元に戻らなくなった者もいる。そうなるためには自身の自我を強く持ち、精神を高める必要があるのだ。

 まあ、こんなとこいてストレスが溜まるのは仕方ねえけどな、と思いながらジャドはレジイナをジッと見つめた。

「ん、もしかして鼻?」

 顔を見てくるジャドにまさか鼻が獣化したのかと思ったレジイナはつんつんと自身の鼻を触って確認した。そんなレジイナをどうしたものかとジャドが考えていた時、ウィルグルとカルビィンが戻ってきた。

「悪い、長引いた」

「いいさ。そこまで話は進んでねえ」

 レジイナがいる会議はいつも何かしらの理由で進まない。ウィルグルとカルビィンはレジイナを見て、「まあ、そんなことだろうと思ったさ」と、思いながらウィルグルはソファに座るブラックの横に座り、カルビィンは先程のレジイナと同じようにテーブルの上に座った。

「よし、全員揃ったし会議を再開すんぞ」

 ジャドはそう言いながら全員の顔を見てから会議を再開させた。

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