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ふわふわとする浮遊感がしたと思ったら背中に冷たい感触が伝わった。
しゅんりは薄らとある意識の中、「ああ、またブリッドリーダーの攻撃で倒れてベンチに寝かされたのか」と、訓練中に自身はまた倒れたのかと把握した。
しゅんりは今現在、倍力化のグレード3を得るためにザルベーグ国でブリッドに訓練をつけてもらっていた。
その後、すぐに意識を再び失った。次に目を覚ますと、ベンチに眠るしゅんりの前で床に直接座り、携帯を触りながらタバコを吸うブリッドの後頭部が見えた。
ヤバいっ、また気を失ったまま寝てしまってた!
早く起きないとブリッドに「いい加減に起きろっ!」と、また怒られてしまうと思ったしゅんりは勢いよく体を起こした——。
「ブリッ……!」
「よお。起きたか、レジイナ」
目の前にいた人物、ウィルグルを見てレジイナは言いかけた言葉を飲み込んだ。
「ぶり? なんだそれ」
ウィルグルは先程まで読んでいた本をパタンと閉じ、タバコの火を消して床に座っていた体を起こした。
それを見てレジイナはウィルグルが座れるようにスペースを空けて座り直した。
「ぶり? ブリトー? お前、あんなにおえおえ言ってたのに腹が減ったのか?」
「なんでもない……。気にしないで」
なんでこんな時まであの人の夢を見るのかと自身の女々しさに嫌気がさしつつ、路地裏であった任務後、意識を失ってウィルグルにここまで連れてきてもらったのかとレジイナは理解した。
所々破れ、タバコの火で焼けた跡が目立つ黒の革張りのソファで気まずい雰囲気の中、二人並んで座って少し経った頃、ウィルグルが「まあ、お前強いんだからもう少し精神的に強くなりゃ最強さ」と、レジイナを慰めるように言った。
「ありがとう……。いや、ごめんなさい」
「まあ、今回は弱い奴で良かったけど、次は頼むぞ。俺は育緑化しかないし、普段は戦闘より死体処理の役割ばっかやってんだ」
ウジウジすんな、と言ってウィルグルはレジイナの肩をポンッと叩いた。
「うん……。分かった、ありがとう」
レジイナはなんとか無理矢理笑ってウィルグルを見た。そんな哀愁漂うレジイナの顔を見て何を思ったのか、ウィルグルは自身の顔をゆっくりとレジイナに近付けていった。
「ちょ、待て待て」
「ひゃんだよ」
レジイナはそんなウィルグルの顎を片手で押さえて、自身のファーストキスを守った。
そんなレジイナの手から顔を振って拘束から解かれたウィルグルは「そんな雰囲気だったろ?」と、レジイナに言ってから再度、顔を近付けてきた。そんなウィルグルから逃げるようにレジイナは後ろにのけぞってウィルグルからの口付けを全力で拒否をした。
「雰囲気!? ばっかじゃないの!」
「いいじゃんか、減るもんじゃねえし」
「そういう問題じゃない!」
お互い軽く取っ組み合いをした後、手を組んであーだーこーだ言い合いをしていた時、ノックが三回、二回した後にアジトのドアが開いた。
「……何してんだ、お前ら」
ジャドはアジトに戻ってすぐ、言い合いしているレジイナとウィルグルを見て溜め息を吐いた。
「あのなあ、そんな元気あるならヘルプ出すなよ……」
ウィルグルは気を失ったレジイナをアジトに運ぶため、ジャドに人質の解放をお願いしていたのだ。
「いやー、お礼に少しくらいちゅーさせてくれないかと思ったんだが、嫌がられて困ってたんだよ」
「そんなもん嫌に決まってる!」
ジャドは「頭痛え……」と、呟いてからレジイナの腕を引いてソファから立ち上がらせ、自身の背中に隠した。
「ガルルルルッ!」
「こんな小娘で遊んでやるな。あと、レジイナも威嚇すんな」
ジャドはそう言ってウィルグルとレジイナに頭を軽く小突いて黙らせた。
「ちぇっ。つまんねーの」
「はあ。それより、お前なんだその服」
「服?」
レジイナはジャドに指差された先を目に追って、自身の胸元を見た。
「きゃーっ!」
ワイシャツのボタンが取れて大胆に開いた胸元に気付いてレジイナは悲鳴を上げて、腕で胸を隠した。
「おいー、言うなよ。せっかくの目の保養だったのに」
「うっせえ。で、なんでこうなった?」
ジャドは「まさか、お前か?」と、睨みながらウィルグルを見た。
「おいおい、違うって。敵にやられたんだろ?」
同意を得るためにウィルグルはそう言って、レジイナに目を向けた。レジイナは顔を真っ赤に染めた顔をうん、うんと縦に動かしながらウィルグルに同意した。
「敵に服を掴まれてボタンが弾け飛んだの……」
どうしよう、替えのワイシャツは家だよ。
そう悩んでいたレジイナにジャドは「お前、そのままでいろ」と、とんでもない事を言った。
「えっ!? なんでっ!」
「お前の武器になる。確かにお前が強いのは分かるが、この仕事は強いだけじゃやってけない。女を武器にした方が有利になることもあるだろ?」
こんな破廉恥な格好をしろと言うのかとキッと睨んだレジイナに怯むことなくジャドは「それにいつボタンが弾け飛ぶかハラハラしてたんだ。お前のその胸にあったサイズのシャツなんてなかなか無いんだろ?」と、あっけらかんに言ってのけた。
「そうだな。お前が"女"としてやってくれた方が潜入しやすいし、敵に隙が作りやすい」
ウィルグルも当然のように同意したのを見て、レジイナは「そんなあ……」と、落胆した。
翌日からレジイナは嫌々ジャドの言う通りにワイシャツのボタンをいくつか外して、胸をはだけさせた着こなし方をした。
いやらしい目で更に見てくるウィルグルとカルビィンに嫌気をさしたが、今までキツキツだった胸元が解放されて過ごしやすくはなったレジイナは「まあ、我慢するか」と、なんやかんやで受け入れることにした。
それからレジイナは敵の前をわざわざその格好で歩いて路地裏に誘導してから拘束したり、その場で殺したりなどして着実に成果を出していた。
今だに敵を殺した時は気分が悪く、クラッとすることもあるが、それも数をこなせばこなすほどそれも少なくなってきた。
慣れって怖いな……。
レジイナはそんな自分に恐怖しつつも、暗殺部として順調に成長していった。
順調に任務をこなして、レジイナがアサランド国に来てそろそろ三ヶ月経どうしていた頃。
ジャドは封筒を四つ持ってアジトに来た。
「よお。全員いるな」
ジャドはそう言ってからウィルグル、カルビィン、そしてレジイナに封筒を一つずつ渡した。
「なにこれ?」
レジイナは電気の光に向けて封筒を上げ、中身を透かして確認しようとした。
「そんなことせずに開けろよ。今回の日程と飛行機のチケットが入ってんだよ」
カルビィンはそう言って封筒を開けて中身を確認していた。
「飛行機のチケット?」
首を傾げるレジイナにウィルグルは呆れた顔をしながら説明した。
「お前って本当に何も分からずにうちに入ってきたよな。あのな、暗殺部は三ヶ月に一回は一週間の休暇をとって母国に滞在するルールがあんだよ。その時に三ヶ月分の報告書を提出するのと、暗殺部の精神的フォローをするためなんだと。まあ、そんなの表向きだけどな」
「表向き?」
「いつもこの知らせは突然に来て日程を決められている。まあ、俺ら暗殺部が敵さんに裏切ってないかの確認みたいなもんだ」
「……こんな環境で命張ってるのに信頼されてないんだね」
レジイナは顔を悲しそうな顔をしてそう呟いた。
「まあ、これをしているから今まで裏切った奴はいねえんだ、やる事はやらんとな。それに今月は定例会議ないんだから喜べよ」
カルビィンはそう言ってタバコに火をつけてニヤニヤしながらレジイナにタバコの煙を吹きかけた。
「ゲホッ、ゲホッ! ちくしょうっ! このドブネズミ!」
「おう、やるか? ワンコロ」
「やってやるよ!」
レジイナはそう言って、ポンッとネズミに獣化して逃げたカルビィンを捕まえようと躍起になった。
この環境、そして暗殺部のメンバーと慣れてきたレジイナはカルビィンとウィルグルによくからかわれ、そして「いい加減しろ!」と、ジャドに叱られるというルーチンを繰り返していた。
今回もジャドに注意されながらもバタバタとカルビィンを追いかけながらレジイナは先程カルビィンが言っていた定例会議がないことを心から喜んでいた。
一ヶ月前にあった定例会議もジャドと裸を確認し合い、ジャドの気遣いもあって事なき終えたが、レジイナの心は少しずつ消耗していた。
この環境で疲れ切った心を癒す時間ができたことと、定例会議がない事を心から喜んだレジイナは久しぶりに食事が美味しいと感じたのだった。
まず初めにカルビィンが一週間、母国のザルベーグ国へ一週間帰還することとなった。
行き帰り合わせれば九日間いなくなるカルビィンは「俺が居なくて寂しいだろうがいい子にお留守番しろや、ワンコロ」と、言いながらレジイナの背中をいやらしい触ってきた。
「ぶっ殺してやるっ!」
「おお、怖い怖い」
逃げるようにアジトから出ていくカルビィンを追いかけようとしたレジイナをジャドは止めた。
「ジャドっ!」
「帰ってきたら俺が説教してやるから落ち着けって。ほらお前、この後すぐにウィルグルと合流する予定だろ?」
「ちっくしょ。覚えておけよ……」
もともと褒められたものではなかったが、更に口が悪くなるレジイナにジャドは苦笑しながら仕事に向かうレジイナを再度促し、任務へと見送った。
その後、問題なくカルビィンが帰り、ウィルグルが母国のチェングン国へ。そして三番目にレジイナが母国であるウィンドリン国へ帰る時がいた。
「いいか、レポート忘れてないか?」
「……忘れてないよ」
何かと忘れ物が多いレジイナにジャドが確認してきてレジイナはなんかデジャブだな、と呆れながらレポートが入った封筒をジャドに見せた。
「おいおい、あんなのレポートと呼んでいいのかよ」
「感想文の間違いじゃねえのかー?」
レジイナの支離滅裂なレポートにそういちゃもんをつけるウィルグルとカルビィンにレジイナはキッと睨みつけた。
「こんなの建前でしょ? それに分かればいいじゃない」
この会話もデジャブを感じると思いながらレジイナは「ふんっ!」と、言いながら顔を逸らしてそのままアジトから出て電車から飛行機に乗り移ってウィンドリン国を目指した。
一晩かけてウィンドリン国に到着したレジイナはたった三ヶ月ぶりなのに目にじわっと涙を貯めて、生きて帰って来れたと、感傷に浸った。
そしてリーシルド市にある警察署に向かい、誰にも見つからないようにそーっとタレンティポリスをまとめる上司のホーブル総監の部屋へと向かった。
非常階段を使って無事にホーブル総監のいる階へと到着したレジイナは曲がり角から目的地を睨みつけながら、ここからどう向かおうかと考えていた。
タレンティポリスが世に認められてから総括部屋はホーブル総監の部屋と同じ階に移動した。
非常階段の横にあるエレベーターから左に曲がって順に武操化、武強化、倍力化、療治化、獣化、育緑化、魅惑化と並び、廊下の最も奥にホーブル総監の部屋がある。
今はナール総括が育休中なため、高確率で倍力化の総括部屋にブリッドがいることを予想してレジイナはなんとしても彼と会わないでホーブル総監にさっさとレポートを渡して、マオかルルの家にでも避難しようと考えていた。
もうあれだな、レポートを手に持ってそのままガバッと部屋に入って置いてこよう。
レジイナはそう思って鞄からレポートが入った封筒を手に持ってから、ポンッと狼の耳を生やして前方に集中して聴力を高めた。その瞬間、レジイナは真後ろに誰かがいるのを気配に気付いた。
誰だっ!?
後ろを振り返ろうとしたが既に遅く、ガシッとレジイナは後頭部をその誰かにギリギリと掴まれてしまった。
「しゅんり、久しぶりだな」
「ひいっ! ぶ、ブリッドリーダー……」
痛みに耐えて首を後ろに回すと、そこには額に血管を浮かしながら怖い顔で笑うブリッドリーダーがいた。
最悪な事態になった……。
レジイナはなんで後ろからブリッドリーダーがいるのかと疑問に思い、エレベーターから右にある廊下へと目を向けると喫煙所があった。
そこか!
レジイナはそう気付いて、建物の構造を理解出来てなかった自身に後悔した。
レジイナはどうしてもブリッドと会いたくなかった。
一つ目の理由としては、レジイナを死なせないように改革を起こしたブリッド達を裏切るように暗殺部へ行ったことを怒られると分かっていたからだ。
そして二つ目は、あのシュシュという女とブリッドが付き合っているという噂だ。それは実質レジイナが失恋したのも同然であり、これ以上傷口に塩を塗るような真似をしたくなかったからだ。
「お前には言いたいことがたーくさんあるんだ」
ブリッドが満面の笑顔でレジイナにそう言った。こういう時は大抵、ブリッドが本当に怒っている兆候だ。
「わ、私はないし、忙しいのっ! そう、忙しい! このレポートをホーブル総監に渡さないといけないの」
だからこの手を離して、そう言ってブリッドの手を退けよう頭を振るが一向にブリッドの手は離れることなく、どんどんと力が強まって行った。
「い、いいいいっ!?」
「俺がまず内容を確認してやる。とりあえず部屋に来い」
そう言ってブリッドはレジイナの手からレポートを奪い取った。
「んなっ!?」
そしてブリッドは片手でレジイナを腰に担いだ。
「ちょっ!」
ザルベーグ国で何度も乱暴に担がれたあの時の様に自身を乱暴に扱うブリッドにレジイナは「離せーっ! 離せ、この野郎っ!」と、手足を動かして暴れて抵抗したが、倍力化の真の力を使いこなすブリッドには敵わなかった。
「うげっ!」
倍力化の総括部屋に到着するなり、レジイナはブリッドに乱暴に床に落とされた。
「この野郎っ!」
「ふんっ! 受け身もまともに取れないならさっさと暗殺部を辞めてまえ」
なんだとと、言い返そうとしたがレジイナはキッとブリッドを睨んで「それよりもレポート返して!」と、声を上げた。
「お前の支離滅裂な文章を確認してやろうとしてんだろうが」
ブリッドは恩着せがましくそう言って、総括部屋の立派な椅子に座ってレジイナのレポートを机に広げて内容を確認し始めた。
「はあ……」
もっとレポートの書き方ちゃんと教えるべきだったか、そう後悔しながらブリッドは半分読んだとろで溜め息を吐いた。
ブリッドの反応が予想通りだったレジイナはムスッとしながら、自身が書いたレポートを読むブリッドを睨み続けながら腰に手を当てて立っていた。
「ん、レジイナ・セルッティ……?」
最後に記載された知らない名前を見てブリッドは首を傾げた。
「なによ」
不満気にブリッドの反応に返事するように言ってレジイナは腕を胸の下に組んだ。
「お前、レジイナっつうメンバーの文をパクったのか?」
文章が下手なのは分かってたがこんなズルをするんなんてと、ブリッドは失望していた。
「違う。"レジイナ"は私」
「はあ? お前は"しゅんり"だろ?」
何を言っているか理解出来ずにブリッドはレジイナを見た。
「違う」
「何が違うんだ?」
「だ……、いやもう、いい」
説明しようとしてレジイナはやめた。
こんな奴に説明する必要はない。さっさと用を済ませてこの男の前から消えたい……。
「もういいでしょ。早くレポート返して!」
「いいや、レポートを返すのはまだだ。俺は話があると言ったろ」
「そ、そんなの聞きたくない」
顔を逸らしてレジイナは唇を噛んだ。
もう早くこの部屋から出たい。
「いいや、聞け。俺はお前が死刑宣告されたあの日から、お前を死なせない為に……」
レジイナは真剣な顔で自身を見ながら話し始めるブリッドの声を遮断させようと両手で両耳を塞いだ。
「やだっ! 聞きたくないっ!」
「俺はお前に元の場所で生きて欲しくてだなっ!」
それでも聞こえるように声を張り上げるブリッドを見たくなくてレジイナは次に目を閉じた。
「黙れっ! 黙れ黙れ黙れ黙れ黙れっ!」
叫ぶように否定するその姿にブリッドは思わず立ち上がってレジイナの目の前まで行き、耳を防いでる両手を無理矢理に外した。
「俺はお前のこと本当にあっ……」
頼む、聞いてくれ。
この言葉を言うために頑張ってきたブリッドは必死にレジイナに愛の告白をしようとした。しかし、それはレジイナに伝わることなかった。
やだ、やだやだやだやだっ! 聞きたくない!
レジイナは自身の手を掴むブリッドの手を勢いよく振り払った。
「いっ!」
「あっ……」
予想外の反撃にブリッドはレジイナに叩かれ、赤くなった手を見た。
「わ、わざとじゃ……」
わざと傷付けるつもりじゃなかったのに。
そんなレジイナの声はブリッドに聞こえなかった。
「……いってえな。やんのか、ああん?」
余りにも自身を否定する様子にキレたブリッドはそう言って目の前にいるレジイナをギロッと睨んだ。
そうだ。無理矢理にでもボコボコにしてこいつをここに留まらせてやろう。
ブリッドはもうどんなに嫌われてもいいと思った。それでもいいからどうしても彼女をアサランド国に戻したくなかった。
迫力あるブリッドの顔に一瞬、怖気付いたレジイナだったが「なんで私がここまで責められなきゃいけないの」と、思ってキッと下からブリッドを睨みつけた。
あんなに騒がしかった二人に少しの間、沈黙が続いた。
外からヒューッと風がなった音がゴングの合図かのように二人同時にお互いの顔に拳をぶつけた。
「ぐっ!」
「ガハッ!」
ブリッドは右に吹っ飛び、ゴンっという大きな音ともに壁にめり込んだ。
「なんだっ!」
隣から武強化のケイレブ・アボット補佐の驚く声がした。
そしてレジイナは左へと飛び、壁を突き破って療治化の部屋まで吹っ飛んだ。
「なあー!? 俺の部屋の壁がっ!」
療治化のアイザック・ペレス総括はレジイナが飛んできたのも驚いたが、自身の部屋が破壊されたことをなによりも悲しんで叫んだ。
レジイナはすぐ立ち上がって足に力を入れた。倍力化を極めたブリッドに力で負けるのは目に見えている。しかし、スピードならレジイナもブリッド同様、もしくは少しは速く動き回れる自身はあった。
スタミナもブリッドリーダーより劣るけど、速さなら勝てる可能性がある!
レジイナは自身が出せる最大限のスピードを出してブリッドに蹴りにかかった。
しかし、この二年で成長したのはレジイナだけではなかった。
「遅いっ!」
「んなっ!」
更に倍力化を更に高めたブリッドはレジイナの足を掴んで床に叩きつけた。
「っ……!」
声も出ないくらいの衝撃にレジイナは一瞬意識を飛びそうになったのをこらえて立ち上がり、その場でジャンプして天井に足を着いて上からブリッドへと再び襲いかかった。
次々とレジイナが攻撃が仕掛けてくるのを交わし、レジイナを拘束しようとするブリッド。レジイナはそれをまた交わして逃げ、そしてまた攻撃を仕掛ける。
これを繰り返していて数分しか経ってないのに関わらず、総括六人に加えて補佐何人かが倍力化の部屋に集まってきた。
「さっきから言い合いしてるから嫌な予感はしてたよっ! ちくしょうっ! また俺の部屋があああっ!」
療治化のアイザック総括は二人の戦闘より自身の部屋の崩壊を嘆き、そして再びレジイナが療治化の総括部屋に新たな穴を作って転げていくのを見て叫んだ。
「いけー! やれー! しゅんり、いいぞやり返せ!」
ケイレブ補佐はそう言って再び立ち上がってブリッドに向かっていくレジイナを上司である武強化のムハマンド・ドゥー総括と一緒に応援した。
「なに応援してんのよん! ちょっと、しゅんりとブリッド補佐やめなさいよん!」
不謹慎なケイレブ補佐とムハンマド総括にそう言って、ルビー総括はいつも出さないよな大声を上げて二人を静止させようとフェロモンを出した。
「嘘っ!?」
「うーん、ぜーんぜん、効いてないーねー」
今の殺気立った二人に魅惑化の力が効かない様子に育緑化のジョシュア・ルー総括は呑気にそう言いながら右手に持っていたマグカップに入れたコーヒーをズズーッと飲んだ。
「なにを呑気にコーヒーを飲んでおるんだ。あいつら止めないとだろ」
一條総括はそう言ってジョシュア総括を嗜めた。
「じゃー、いーちーじょーが行けば?」
「む、行きたいのは山々だが、俺は倍力化の真の力を使えない。ブリッド補佐にやられてしまうのがオチだ。ぐううう、ガルシアがいればな……」
「な、なら倍力化を持ってるタレンティポリスを集めましょう! 複数人かかればいけるでしょ? 今から放送を鳴らすわ!」
武操化のジュリアン・ヒューズ総括は武操化の力を使って警察署の放送を鳴らした。
『緊急! 緊急! 倍力化グレード3保持者は急いで倍力化の総括部屋に来てっ! ブリッド補佐としゅんりを止めてっー!』
二人は周りで騒ぐ周りの者に気付かない程にお互いに集中していた。
くっ、これが最後の力かも。これでぶっ倒してやる!
ちくしょう、なんちゅうスタミナだ。これでダウンさせてやる!
お互い、この一発で仕留めてやろうと拳を向けた時、レジイナは背後からトーマスに羽交締めにされた。そしてブリッドは一條総括に羽交締めにされ、右腕を息子の翔、左腕はジェイコブ、そして足をルルが膝をついて必死に止めた。
「うおおおおっ! 離せええええっ!」
「暴れんなよ、しゅんり!」
トーマスは更に力を込めてレジイナをぎゅっと後ろから抱きしめるように拘束した。そして後ろからしゅんりが暴れる度にぷるんぷるん揺れる胸を見て「おお……」と、不謹慎にも呟いた。
「てめ、トーマス! しゅんりのどこ見てんだっ! 目を瞑れ! ていうかしゅんりに触んなっ!」
「お前、状況分かってるう!? 頼むから分かってくれよっ!」
トーマスはそう言ってブリッドに声を張り上げた。
「てめえらも俺から離れろよっ!」
「ブリッド補佐、落ち着け!」
「そうですよ、ブリッド補佐!」
一條親子の言葉を無視して四人から拘束を逃れようとするブリッドにジェイコブは焦った。
「や、やめろ、お前らしくない……!」
「俺らしいってなんだよ!」
「本当に落ち着きなさいよ! そうだわ、後でチョコでもワッフルでも買ってきてあげるから動かないでよっ!」
「うっせえ! いらねえから離せっ!」
ブリッドは全力を出して徐々に四人からの拘束を解いていった。そんなブリッドにレジイナも対抗してトーマスの拘束を解こうと、ブリッドに傷をつけまいとあえて使わなかった獣化を使用して牙、耳、手足を狼にと変化させていった。
「ガルルルルッ! 離せ、この変態モジャモジャ野郎っ!」
「トーマス、てめえ覚悟しろよっ!」
「なんか標的変わってません!?」
標的が自身に変わったことに冷や汗が流れたトーマス。レジイナとブリッドの拘束がもう少しで解かれそうになったその時、バーンという銃声と共に二人の間に銃弾が飛び、部屋の窓がパリーンと割れた。
「おい、そこの異常者二人。死ぬ覚悟できてるか?」
部屋全体が一気に静まり返る。
レジイナは瞬時に獣化を解き、ブリッドは冷や汗をダラダラと垂らしながら部屋の入り口を見ると、こちらに銃口を向けるタレンティポリスをまとめる上司であるホーブル総監がいた。
マジで殺されるっ!
そう恐怖した二人。レジイナはなんとしてもここから脱出しようと思い、自身を拘束するトーマスの局部を後ろ足で蹴り上げた。
「お、俺の息子があああっ!」
悶絶するトーマスを無視してレジイナは割れた窓に向かって走り出した。
「おお!?」
「きゃあっ!」
「ブリッド補佐!」
「動くなっ……!」
しゅんりが行ってしまうと思ったブリッドは力を込めて四人からの拘束を一気に振り解いた。
「待て、しゅんり!」
ブリッドの制止の声にレジイナは窓に片足をかけたまま、顔だけブリッドに向けた。
「あ、いや、その……」
お前のこと好きなんだ、そう言いかけてブリッドは今更ながら冷静になり、大人数が周りにいる事に気付いて言葉が詰まった。
「何?」
顔をパンパンに腫らしたレジイナはキッとブリッドを睨みながら、最後に話を聞いてやろうとブリッドの言葉を待った。
「そ、その……。そうだ、胸元締めなさい! なんてはしたない格好してんだ!」
言いたいことはそんなことじゃないのに変なプライドが邪魔したブリッドはそう言ってしまった。
ブリッドのその言葉にレジイナは犬が毛を逆立てるように髪を一瞬立てて怒った。
私はあんたからしたら何をしようが、いつまで経っても子供なのかっ!
「私は子供じゃないっ! あんたにそんなこと言われる筋合いないわっ!」
レジイナは中指をブリッドに立ててから窓から身を出して、総括部屋から地上へと降り立った。
「お前、ここを何階だと思ってんだ!」
上階から身一つで落ちるレジイナを心配してブリッドは窓から身を乗り出した。
レジイナはスーツの内ポケットからアンティーク調の銃を出して下に向けて風を出した。まるでヒーロー物のジェットのように後ろ手に持って風を一定に出し、ゆっくりと地上に降り立つ姿にブリッドは思わずホッと全身の力を抜いた。
降り立ったレジイナは周りにいる人間にジロジロと見られているのを気にせずに、自身を窓から見下ろすブリッドに再び中指を立ててから全速力で逃げるように走り去って行った。
やばい、逃げられる!
ブリッドはそう思って自身も窓から身を出してレジイナを追いかけようとした時、カチャと自身の頭に何かを突きつけられる感覚がして動きを止めた。
「オーリン。なに逃げようとしてるんだ?」
「いや、逃げようなんて……」
恐る恐る振り返ると般若のような顔をしたホーブル総監と勢揃いの総括達が自身を睨んでいた。翔とルルは呆れた顔をし、トーマスに至ってはまだ自身の股間を蹴られたダメージに悶絶していた。
「はははっ……。いや、すみません……」
両手を上げて降参のポーズを取りながらブリッドは冷や汗をダラダラと流しながら謝罪した。
「すみませんで済んだら警察なんていらないっ!」
その場にいた者からそう同時に言われてブリッドはそのまま項垂れることしか出来なかった。
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