七章 レジイナ・セルッティ

 季節は秋になり、日中は暖かい気候に包まれているが夜は冷えるようになってきた。

 無精髭を生やし、不衛生な身だしなみをした男はタバコを口に咥えたまま裏路地に入り、「ういっぷ、小便、小便」と言い、体を寒さに震わせながらズボンのチャックを開けた。

「ふいー、間に合った……」

 外で用を足し、自身の咥えるタバコから出る煙をボーっと眺めていると、その煙に絡まるように漂う他のタバコの煙に気付き、男は路地の奥に目をやった。

「わお、姉ちゃん。こんな夜更けに一人でタバコを吸うなんて寂しいねえ」

 パンツタイプのスーツを見に纏い、ボタンをいくつか外して豊満な胸を強調させるように着こなした若い女は壁にもたれながらタバコを一人で吹かしていた。

「げへへ、よく見ると可愛いじゃねえか。おじさんと一発やらねえか?」

 女の同意とは関係なく、犯すつもりで男はズカズカとその女に近寄っていった。女はそんな不躾な男にタバコの煙を顔に吹きかけて男と距離をとった。

「けほけほ、このアマ!」

 思わぬ攻撃に男は激怒し、男は女を睨みつけた。女はそれに全く怖気付くことなく、男を上から下まで見た後、「いいよ」と、声をかけた。

「はあ?」

「だから、おじさんに犯されてあげてもいいって言ったの」

 思わぬ返答に男はニヤニヤと笑いながら女に再度近付いた。

「へへ、じゃあそのデカイおっぱいを見せてもらおうかな」

「見せてやってもいいけど、先におじさんが裸になったら脱いであげる」

 とりあえず早く行為に及びたい男は女の言う通りにすぐさま服を全て脱いだ。

「ほら、おじさんの裸だぜ。満足かよ」

 貧相な身体つきに似合わず胸元にあるいかついサソリに翼が生えたタトゥーを彫ってあった。そんな男の裸を見て、女は口の端を上げ、ぺっとタバコを吐き捨ててからカツカツとヒールを鳴らせながら、男に近付いて首元に顔を近付けた。

 結構やる気じゃねえかと思い、男は女が自身の首元を舐める刺激を心待ちにして静止した。

 しかし次の瞬間、思っていた快楽的な刺激ではなく、首には激痛が走った。

「なあっ!?」

 驚いて目を見開くと視点はぐるっと回転し、犯そうと思っていた女が口元を真っ赤に染めながら自身を見下ろしていた——。


 

 

 女は血を口から吐き出し、スーツの裾で口元を拭った。

「おうおう、また派手に殺したな」

 ウィルグル・ロンハンはそう言って、廃墟ビルの二階から緊急時に応戦するために一緒に待機していた男と共に女の元へと降り立った。

「騒がれずに殺ったんだからいいじゃない」

 女は顔だけ狼に獣化して噛み殺した男に目をやりながらそう言った。

「片す俺の身になってくれよ」

 ウィルグルは路地裏に生えていた雑草を長く伸ばして男、エアオーベルングズの死体を処理し始めた。

「うう、何度見ても酷いなそれ」

「お褒めの言葉ありがとう。こうやって少しずつ育てておけば、いざという時に役立つもんよ」

 人の死体で育てた小人が操作する植物は強く、倍力化を簡単に取り押えれる程の力を得ることができるらしい。

「ぐへへへ、ニンゲンのオニクおいしい」

 よだれを垂らしながら男の遺体を植物に喰わせる小人を見て、女は顔を顰めた。

「まあ、グレード2のお前にはできねえわなー」

「バカにすんなよ。本気出せばすぐにでもグレード3になれるから」

 自身をバカにしてくるウィグルに女はそう言って唾を吐き捨てた。

「そうだぜ。こいつは今、療治化グレード1に武操化はグレード3並の実力はある。お前なんかすぐにガブリと殺られるぞ」

「ジャド総括のおかげ。本当にありがとう」

「総括じゃねえ。もう引退したんだからジャドでいいっつってんだろ、しゅんり。いや、レジイナだったな」

 ジャドはそう言い直して、女に目をやった。

「ごめん、つい……」

 そう言って女、レジイナ・セルッティは顔を伏せた。

 ジャド総括、いやジャドはレジイナが暗殺部に入る二年前に総括を引退し、暗殺部に入ってアサランド国に潜入していた。レジイナはそんなジャドからアサランド国で面倒を見てもらいつつこの半年間仕事をこなし、レジイナは元々あった才気を生かし、エアオーベルングズによる他国の被害件数を約十パーセント以上も減らしていた。

「おら、そんな血をダラダラ垂らしてたら目立つ。それ脱いでこれ羽織れ」

 ジャドは血に汚れたスーツを脱ぐようにレジイナに命じ、自身の着ていたトレンチコートを渡した。レジイナはそれを無言で頷いて受け取り、二人の前で堂々と服を脱いで下着姿になった。

「うひょー、相変わらずいい体してんな」

「見てんじゃねえよ、下衆が」

 しゅんりは血に汚れた服をウィルグルに投げ渡し、ジャドから受け取ったトレンチコートを着て、フードを深く被った。

「見ても減らないからいいだろ? それよりもレジイナ、今夜どうだい?」

 ウィルグルは酒を飲む仕草をしてレジイナを飲みに誘った。

「今日はジャドが賭けに負けたからこいつの奢りだぜ。あいつら二人も来るしよ」

 この場にいない暗殺部一人と情報屋のことを指してウィルグルはジャドを見た。

「私、十八歳で未成年なんだけど」

「あんなにスカスカタバコ吸っといて何言ってんだよ。それにここにそんな法律はねえ」

「あんたらの副流煙で肺が真っ黒になるより自分で吸って肺を真っ黒にしてやるわ」

 レジイナは酒の味は嫌いなんだよな、と思いながらジャドを見た。

「おい、長話は終わりだ。レジイナ、夕方までにはアジトに来い。それまで部屋で休んでおけ」

「分かった。後はよろしく」

 レジイナはジャドのその言葉に甘えて、その場でビルの屋上までジャンプし、ビルとビルの間を飛びながら今住んでいるアパートまで向かった。レジイナは器用に開けておいた窓から自室に入って、早速シャワーを浴びた。

 頭からシャワーを浴び、排水溝に自身に付いていた敵の血が流れていくのを見ながら、レジイナは今月は何人殺したかな、と考えていた。

 この世に異能者という存在を認めさせてから、異能者の人口がぐんと上がった。今まで隠して生きてきた者たちが自ら異能者だと名乗りを上げるようになったのだ。それでも人口のまだ0.05パーセント程度だった。

 そうだとしても計算が合わないのではと疑問を持つぐらいの人数をレジイナ達はアサランド国でエアオーベルングズを暗殺してきた。

 絶対、もっといるはず。本当はもう人口の大半を異能者が埋めているのではないか。

 そう考えたところでしゅんりは思考を止めた。考えたところでやる事は変わらないのだ。

 必要最低限しか置いてない簡素なレジイナの部屋のベッドの上は銃の置き場となっており、もっぱら床にひいたシーツの上でレジイナはいつも狼のように丸まって寝ていた。

「疲れた……」

 レジイナはタオルで軽く体を拭いてそのまま何も着用せずシーツの上に寝転んだ。

 今だに携帯を所持していないレジイナはいつも事前に待ち合わせ場所と時間を決めてから現場かアジトに向かうか、ジャドがこの部屋に迎えにきてもらってから任務に向かっていた。今日は夕方に向かわなければならないなと、窓から差し込む朝日に照らされながらレジイナは眠りに落ちた。

         

         


 レジイナはアサランド国に足を踏れたあの日のことを夢で見ていた。

 ——しゅんりはホーブル総監が用意してくれた飛行機のチケットで無事にアサランド国へ到着し、指定された場所へと向かっていた。

「んーと、喫茶店、喫茶店と……」

 しゅんりはカツカツと黒のパンプスのヒールを鳴らし、大翔にもらったパンツタイプのスーツのポケットに手を入れながら周りを見渡した。

「ここかな?」

 集合場所に記された場所はここかと思い、喫茶店に入ろうとしたその時、急に伸びて来た手に強引に引っ張られてしゅんりは裏路地連れ込まれてしまった。

「ぐへへへ。姉ちゃん、俺と遊ぼうぜ」

 スーツの上から目立つ豊満なしゅんりの胸元をニヤニヤと見ながらこちらに近寄る男にしゅんりは背筋にゾゾっとした虫唾が走った。

 治安が悪いとは知っていたが、アサランド国はこんな真昼間から堂々と襲われるところなのか。

 にしても、しゅんりが簡単に裏路地に引っ張り込まれたということは相手は倍力化を有する異能者だということはすぐに分かった。

 さて、こんな真昼間に周りにバレずにどう処理しようかと悩んでいた時、しゅんりと男の周りにモクモクと煙が充満した。

 まさかこのタイミングで火事か!?

 そう思ったが明らかに火事のような煙ではなく、タバコの匂いが周りに充満しているようだった。

 視界が見えなくなってきたことに焦ったしゅんりは耳だけ獣化し、周りの音を必死に拾う。

 こんなにタバコ臭ければ鼻は効かないだろうし、全て獣化するにはこの真昼間にはデメリットが多すぎると判断した行動だった。

「ぐがっ! がはっ!」

 微かに聞こえる男の呻き声にしゅんりは恐怖した。このタバコの煙は相手の男からではなく、第三者の仕業だと気付いたからだ。

 逃げるのが得策だと思ったしゅんりが足に力を入れようとした時、周りに漂っていた煙がサーッと集合して大きな手の形を作り出した。そしてしゅんりが逃げないようにその手はしゅんりの体を包み込み、そして声を上げさせないように口元を人差し指にあたる所で防いだ。

 初日で死んでたまるもんかと、しゅんりが倍力化を全力で出して抜け出そうとしたその時、第三者である異能者がしゅんりの目の前に現れた。

「まだまだだな、しゅんり」

 自身の名前を呼んだダンディな中年男性を見て、しゅんりは驚きの余りに目を見開いて固まった。

「お前、背伸びたか?」

 サーッとタバコの煙が消え去り、拘束が解かれたしゅんりはその人物に向かって、「ジャド総括……?」と、なんとか声を出した。

「久しぶりだな」

 そう言ってジャド総括が差し出された手をしゅんりは驚きながらも、なんとか握り返すのだった。

 その後、ジャド総括は男を処理した後、しゅんりをとある廃墟ビルの地下へと連れて入っていった。

 そしてジャドは総括は到着した目的である部屋のドアを三回ノックし、少しおいてから二回ノックしてから部屋に入った。

「おう、新人連れてきたぞ」

 ジャド総括に紹介されつつ部屋に入ると、そこはお世辞にも綺麗とは言えない部屋だった。

 部屋内にはゴミが散乱し、一応設置してあるキッチンは既に喫煙所と化して大量の吸い殻が捨てられ、タバコの匂いで充満していた。また、黒の革張りのソファも所々破れ、テーブルの上もそこで食事を取りたいと思わせる品物ではなかった。

 そんな汚らしい部屋には既に男二人がいた。

「噂通りの爆乳じゃん」

 モジャモジャとうねった髪を一つにまとめ、そばかすが目立つ顔に黒縁眼鏡をかけていた男はヒューッと口笛を吹きながらしゅんりを値踏みするようにジロジロと見た。

「言っただろ? 前は髪も長かったんだが短くなってんな」

 以前、しゅんりを見たことがあるかのように言ってきた銀髪を後ろに流した小麦肌の大柄な男はしゅんりを見て、自信の唇を舐めた。

 性的対象として見られていると気付いたしゅんりはジャド総括の後ろに隠れるように立ち、「ヴヴヴヴッ」と、歯を立てて唸った。

「おい、てめえら。今日から仲間になる奴を犯すなんて真似はやめろよ。あと、しゅんりも牙を隠せ」

 ジャド総括の制止の言葉としゅんりの威嚇に怖気付いたのか、男二人は焦りながら「まあまあ、仲良くやろうぜ」と、しゅんりに声をかけた。

「このモジャ男がチェングン国のウィルグル・ロンハンで育緑化を使える。そして銀髪男がザルベーグ国のカルビィン・ロス、獣化を使用できる。そして、俺は……」

「ジャド総括は武強化と療治化を使えるんでしょ?」

「惜しいな。武操化も使える」

 それは知らなかったなと思いながら目の前に立つジャド総括をしゅんりは見上げた。

「ちなみにお前さんは武強化と倍力化、そして獣化もとったんだろ?」

「惜しいな。育緑化と武操化のグレード2も持ってるよ」

 自身の真似をしながらそう言ったしゅんりにジャド総括は「ははっ、これは一本とられたな」と、笑った。

「おいおい、五つも使えるとかバケモノかよ」

 いつぞやか言われたことのあるその言葉にしゅんりはカチンとしてウィルグルを見た。

「そういうあなたはバケモノを育ててるみたいね」

 しゅんりはウィルグルの肩に乗った小人に目をやった。

 育緑化はグレード3程になれば相棒として小人を常に連れ歩くことができる。ウィルグルも例外ではなく小人を連れていたのだが、明らかに様子がおかしかった。

「ぐへ、ぐへへへ。ニンゲン食べたい。ニンゲンのオニク……」

 まるで中毒症状に犯されたようによだれを垂らし、焦点が合わずに息を荒くする緑色の恐竜のような姿をした小人の様子にしゅんりは顔を顰めた。

「おーおー、それは言わないルールだぜ」

 口に人差し指を持っていき、シーっと言ってウィルグルはニヤッと嫌らしい笑みを浮かべた。そんな二人のやり取りに育緑化の能力を持たない二人は首を傾げた。

「それよりもデカ乳娘。今夜相手してやるから空けとけや」

 ジャド総括に言われたにも関わらず、いやらしくしゅんりを誘う男、カルビィンを睨んだ時、しゅんりはふと思い出した。

「思い出した。あなた、キルミン総括の補佐の人じゃなかった?」

 しゅんりが初めて殺人を犯したアサランド国での任務、ブルースホテルでの出来事。キルミン総括がそうしゅんりに声をかけてきた側で「俺も混ぜてくださいよー」などと、いやらしい目で見てきた男がカルビィンだったとしゅんりはこの時、気付いた。

「やっと思い出したか」

 わざわざ思い出させる為にそう言ったのかと安心したのも束の間、カルビィンはしゅんりに近寄っていきなり胸に向かって手を伸ばしてきた。

 危険を察知したしゅんりはカルビィンの手を持ちって後ろに捻り、「これ以上すると折るよ?」と、脅した。

「落ち着け、お前ら。カルビィンも久しぶりに雌を見たからって興奮すんな」

 ふーっとジャド総括は吸っていたタバコから煙を出し、先程と同じように手の形を二つ作って二人を離した。

「おいおい、ちょっとした冗談だっつーの」

「にしてはやりすぎだ」

 ジャド総括に再度注意を受けたカルビィンは「分かったよ」と、言って後ろに下がってしゅんりから距離を取った。

 そんなカルビィンの様子を見てしゅんりはここのボスはジャド総括なのかと理解した。

「とりあえず、しゅんりの仕事は明日からだ。お前の家も一室用意してある。連れてってやるついでに周りも案内してやるから来い」

 埒が明かないと思ったジャド総括はしゅんりを連れて早々に部屋から出ることにした。

「分かった」

 そう言ってジャド総括の後を追いかけたしゅんりを今だにいやらしい目つきで見てくる二人に嫌悪感を抱きながら、逃げるようにしゅんりはアジトから出たのだった。

「しゅんり。お前が喧嘩っ早いのはわかった。だが、奴らを殺すなよ」

 殺してはいけないが殺す前までは痛めつけていいのか、そう勝手にそう解釈したしゅんりはニヤッと笑った。

「ジャド総括、どこまでいいの?」

「……お前さん、そんなキャラだったのかい? ちなみに俺は今"総括"じゃない。ジャドと呼び捨てにしてくれ」

 面白い事になりそうだとジャドは思い、どこまでにしようかと考えてからニヤッとしゅんりに笑い返した。

「俺が治せる範囲だな」

「りょーかい」

 意気揚々と答えるしゅんりに久しぶりに楽しい気持ちになったジャドは行きたいところあれば何処にでも案内すると伝えた。

「じゃあ……」

 しゅんりはアサランド国で一番行きたい、いや行かなくてはならない場所をジャドに伝えた。

 

 

 

 そこに着くと人の気配は無く、廃墟と化した家や病院、そして学校など立ち並び、村全体が廃村となっていた。

 枯れ果てた噴水の淵に立ち、しゅんりは周りを見渡した。

 なんだ、この胸が締め付けられる感覚は。

「何だって、こんな所に用があんだ?」

 しゅんりを乗せて運転したバイクを適当に止めてから来たジャドは不思議に思いながら、辺りをキョロキョロと見渡すしゅんりに声をかけた。

「実はエアオーベルングズで捕まった友人にこれを故郷に埋めて欲しいってお願いされたの」

「はあ? 友人?」

「任務中に仲良くなったんだけど、実は敵だったっていう子なんだけどね……」

 暗い顔でそう言ったしゅんりにこれ以上の追求はやめようと思ったジャドは「で、それをどこに埋めるんだ?」と、質問した。

「どこ?」

「ああ。この村のどこに埋めるんだ」

「はっ! 考えてなかった!」

 たった今、それに気付いたしゅんりは驚き、そしてどうしようどうしようと慌て出した。

「お前さんな……。ほれ、その埋めるもんを見せてみろ」

 物によるな、と思ってしゅんりからネックレスを受け取ったジャドはそれがロケットペンダントだという事に気付き、ヒントはないかとその蓋を開けた。

「んん? シャーロット・ヘイズ、レジイナ・セルッティ、五歳の誕生日、か?」

 所々削れてる所がありつつも、彫られた文字をなんとか読んだジャドは中にあった写真としゅんりを交互に見た。

「これ、お前さんかい?」

「……え?」

 ジャドの言ったことを一瞬、理解出来なかったしゅんりだったが、ジャドが向けて見せたロケットペンダントの中にある写真をしゅんりは初めて目にした。

 そこは幼いシャーロットの姿と、桃色髪の女の子が写し出されていた。

「レジイナ……」

 確かにシャーロットは自身のことをそう呼んだ。そして写真には桃色髪の女の子が写し出され、横にはレジイナ・セルッティと刻印されている。

「はっ!」

 しゅんりはまさかと思い、噴水を背に右に曲がって走り出した。

 確か、ここを曲がればあるはず!

 無くなったと思っていた記憶が次々と呼び戻され、しゅんりはとある廃墟の前でその足を止めた。

 そこは赤い屋根が特徴的なごく普通の木造の家だった。郵便ポストの汚れを手で拭う。"セルッティ"と書かれた文字を見てしゅんりの鼓動はドクドクと八切れそうなぐらい波を打った。

 しゅんりは呼吸が荒くなり、目の前がチカチカするも勇気を出して、その家のドアを開いた。

「お前さんな、俺はそんなに速く走れねえんだぞ」

 はあはあと息を切らしながら来たジャドを無視してしゅんりはゆっくりと室内を見渡した。

「けほけほ。何だってこんな埃っぽいとこに入ってくんだ」

 しゅんりの様子がおかしいと思いつつも、ジャドは何も言わないしゅんりに着いて回った。

 居間にあたるであろう場所には木造の棚が置いてあり、そこには写真立てがいくつも並べられており、そこには桃色髪の男性と白髪の綺麗な女性の結婚式で撮ったであろう物や、赤ん坊を抱き上げている家族写真が飾られていた。

「あった……」

 そう言ってしゅんりはシャーロットが渡してきたペンダントにあった写真と全く同じ写真を見つけて、目から涙を溢した。

「これ、まさか……」

 ジャドはそう言ってポロポロと涙を流すしゅんりに目にやった。

「私、ここの家の子だったの……」

 十三年ぶりに本当の自分を思い出したしゅんりはそう言って、写真を抱きながらその場に座り込んで泣き崩れた。

 なんで忘れてしまっていたのだろう。

 両親を目の前で殺されたショックで全てを忘れていた。

「な、んでもっと早く、早くっ……!」

 なんでもっと早く思い出せなかったのか。

「ごめ、んねっ……、シャーロット。忘れててごめんなさいっ……!」

 どうしてかつての親友を忘れてしまってたのだろうか。

 ——しゅんりは泣き腫らした目でシャーロットというエアオーベルングズが住んでいた家に行き、そこにネックレスを埋めて手を合わせていた。

 たまたましゅんりは当時、助けられた異能者によってウィンドリン国へ連れて来られたが、そのままこのアサランド国にいればシャーロット同様にエアオールベルングズの仲間になっていたかもしれない。

 運命ってのは時には残酷だな。

 しゅんりの背中を見ながらジャドはそう思ってた。

 しばらくしてからしゅんりはジャドの運転するバイクに乗って、自身の生まれ育った故郷を後にするのだった。

 

 

 

 その後、しゅんりは自身をレジイナと名乗り変えてジャドの指導の元、暗殺部としての仕事を教えてもらいながら尾行など簡単なものから始めていった。最初は危うこともあったものの、持ち前のセンスを活かしてなんとかやって来れていた。

 レジイナが暗殺部に来てから一ヶ月が経った頃、四人全員揃って定例会議をすることとなった。

 会議をするもんだと思っていたレジイナは、男三人があそこの風俗は良いぞや、この後は飲みに行くかなどの話で盛り上がっているのを見てげんなりしていた。

「ねえ、今日は会議をするんじゃないの?」

 一向に始まらない会議にレジイナがそう痺れを切らしたのを見て、ウィルグルとカルビィンはニヤニヤと笑った。

 なにかおかしいことを言ったのかと、首を傾げたしゅんりの予想を遥かに超える行動を二人はいきなりし始めた。

「な、なななんで服を脱いでるの!?」

 いきなり服を脱いで裸になる二人にレジイナは動揺を隠せず、声を上げた。

 ジャドが止めに入るかと思いきや、ジャドもそんな二人を止めず入らず、じっと二人の裸を観察し始めた。

 なに!? なにが起こってるの!?

 困惑するしゅんりを置いて、二人はお互いの裸を見合ってから服を再び着用した。

「まあ、こういうことだ」

「わ、わわわかんないよ!」

 顔を真っ赤にして慌てふためくレジイナの様子に三人はガハハッと笑っており、そんな三人にレジイナは頬を膨らませて三人を睨むことしかできなかった。

「悪かったって。これは月に一度、お互いの体にタトゥーがないか確認してるんだ」

「タトゥー?」

「お前さんだって知ってるだろう。敵さんはなんともご丁寧に体のどこかにサソリのタトゥーを入れてるってことは」

 最もわかりやすく、バレる原因であるタトゥーは彼らにとっては誇り高いもので必要不可欠なものであった。それを彫らないエアオールベルングズはいない。そのため、相手に寝返ってないか暗殺部には月に一度、それを確かめることを"定例会議"と、名していた。

「さあ、次はレジイナだぜ」

 はあはあといやらしく息を荒くするウィルグルとカルビィンに身の危険を感じたレジイナは冷や汗をダラダラと流した。

「おーっと、お前達じゃなくてそれは俺がやる」

 そう言ってレジイナを守るように二人に立ちはだかったのはジャドだった。

「おいおい、ジャドさんよ。流石のお前でもそりゃずるいぜ」

「なんだ? レジイナを一人で犯すつもりか?」

「バカ言え。子供でもいればそれぐらいになる小娘に勃つか。命令だ、レジイナに手を出したら殺すぞ」

 ドスを効かせてそう言ったジャドに二人はゴクッと唾を飲んで「分かったよ」と、渋々納得した。

「奥の部屋、覗くなよ」

 ジャドはそう言ってしゅんりの腕を引いて奥の部屋へと誘導した。

 バタンと、扉が閉まってすぐに物置部屋と化している部屋の中でジャドは自身の服を脱ぎ始めた。

「わりいな。流石の俺でもこのルールは変えられない。頑張ってくれ」

 レジイナは恥ずかしさで目に涙を浮かべながら覚悟を決めて、先程二人がしてたようにジャドの体を観察した。

 まずは首、胸、腕、脇、背中と上半身を見てからレジイナはひっくひっくと嗚咽を上げながらジャドの下半身を目にやった。大腿、下腿、そして足の裏。

「意外とな、陰部やケツにもタトゥーを彫ってやつもいるぞ」

「分かった……」

 レジイナは初めて見る男性器に嫌悪感を抱きつつもしっかりとジャドの隅々まで観察した。その後すぐに服を着終えたジャドはレジイナに声をかけた。

「次はお前さんだ」

 レジイナはジャドの言う通りに手をカタカタと震わせながらゆっくりとワイシャツのボタンを外していった。

 ゆっくりながらも着実に脱いでいくレジイナをじっと見てくるジャドをできるだけ目に映さないようにして、ブラのホック、そしてショーツも脱いでレジイナはジャドの前で裸になった。

「よし、すぐ終わらせてやるからか」

 ジャドはそう言ってしゅんりの周りをぐるっと一周した後、レジイナの大きな乳房を自身で捲らせた。

「よし、次は足の裏。最後に股だ。開け」

 レジイナは体を震わせながらその場に座って足を開き、いわゆるM字開脚をして自身の陰部をジャドに見せた。

「オーケーだ。服を着ていいぞ」

 後ろに振り返ってレジイナが着替えるのを待つジャド。最大限に気を使ってくれてるのを分かっててもレジイナは初めて見た男の裸と、そして自身の裸を見られたショックや恥ずかしさや悲しみ、色々な負の感情に犯されながらポロポロと涙を流し続けることしかできなかった。

 ——その翌日の夕方、しゅんりは目を晴らした顔でアジトに顔を出した。

「よお。行くぞ」

 レジイナを見て、先に着いていたウィルグルはソファで読んでいた本から目を離してそう言った。

 ジャドはカルビィンと敵だと思わしき人物の尾行に行っており、レジイナは初めてジャド以外と仕事することとなっていた。

 昨日までなら自身をいやらしく見てくるウィルグルと仕事なんて嫌だと思っていたが、昨日の定例会議でお互い裸を見せ合ったジャドと顔を合わさないで済んでレジイナは心の底から安心していた。

「今日も尾行?」

「今日も? お前まだ尾行しかしてねえの?」

「……まだ敵を確定してないって言われてたから」

 責められているような気がして、しゅんとしたレジイナにウィルグルは頭を掻いた。

 えらい甘ちゃんに育ててんだな、ジャド。

 そう呆れつつもウィルグルは目当ての男がいつも行くバーにレジイナと共に向かった。

「私、未成年だけど……」

「この国に飲酒法はねえよ」

 そう返事してウィルグルは店に入り、レジイナの腰を抱いてバーのカウンター席まで歩き出した。

 一瞬、ムッとしたものの、これは仕事、セクハラじゃない。我慢しろと、レジイナは自身に言い聞かせ、ウィルグルの腕を解かずに我慢した。

 ウィルグルは席に着いてすぐ、適当に酒とレジイナにはオレンジジュースをバーテンダーに頼んだ。

 バーに来て酒を飲まないレジイナをバーテンダーは怪しむように見てきたが、そんなバーテンダーをウィルグルは無視しつつ、携帯の画面を反射させて目当ての男を監視した。

 奴はいつも一人なのにテーブル席で飲む。

 今日もいつも通りの行動をしている男を見ながら、バーテンダーの視線が強くなって来たのでウィルグルは更にレジイナの腰を更に強く抱いた。

 いちゃいちゃしやがってと言いだけな顔をしてバーテンダーはレジイナとウィルグルから離れた席にいる客の接客をしに離れていった。

 女の新人が来ると聞き、足を引っ張るだけかと思ったが案外使えるなと思い、ウィルグルはレジイナをチラッと横目で見た。

「お、怒んなよ……」

 鬼の形相でこちらを睨んでくるレジイナにウィルグルは冷や汗を垂らしながら少し力を弱めた。

「後で覚えとけよ……」

 小声でそう言ったレジイナにウィルグルの背筋にヒヤッとしたものが走ったところで目当ての男は会計をして店から出て行った。

 トントンとレジイナの腰を人差し指で叩いて合図し、レジイナはウィルグルを置いて店を先に出て男を尾行し、そんなレジイナにウィルグルは自身のパートナーである小人を肩に乗せた。

 レジイナは敵を尾行しながら、肩に乗る小人に目をやった。

こうやって私の居場所を把握してるのか。

 小人は道端で生えてる雑草から花をぽんっぽんっと咲かせて道標を作っていた。敵が育緑化だったらアウトだが、そうでなければ使える技だな、とレジイナが感心していた時、肩の上で座る小人が、「ぐへ、ぐへ、オッパイ、オッパイ、オイシソウ。ヤワラカソウ」と、言いながら肩から胸を上から覗く姿を見てレジイナはげんなりとした。

 あれか、飼い主に似るってやつか。

 こんな子になってしまって可哀想にと嘆いていたその時、尾行してた男は裏路地にいたとある人物と会い、ボソボソと話し始めた。

 レジイナはパッと狼の耳を生やし、その会話を聞こうと更に倍力化で聴力の力を高めた。

「……だ。ああ、約束の金をくれ。ワープ国出身の人間を五人拘束してある。次はどうしたらいい?」

「それを使ってワープ国に警告文を送る。そこから我らの教えを全国に伝え、同志を集める。騒ぐようなら、人質にはなにしてもいい。ただし、殺すなよ?」

「分かった。奴らはこの地下にいるが遊んでいくかい? いい女いるぜ」

「ほお」

 なんともゲスい会話にレジイナが怒りを沸々とさせていた時、小人が耳元で「ご主人もうすぐクル」と、レジイナに教えた。

 後方に狼の耳を向け、レジイナはウィルグルの息遣いを聞き取った。

 そこの角を曲がるとこか。

 距離がもう五十メートルも離れてないと知ったレジイナはウィルグルを待たずに足に力を入れ、一瞬にして敵の間に立った。

「だれっ!」

 "誰だお前"と、男が言い切る前にレジイナは男の頸に手刀をかまして気絶させた。そして反対の手でレジイナはもう一人の男の口に手を当てて、ぎりぎりと骨を軋ませながら握った。

「声を出さないで。私の指示無しに喋れば容赦しない」

 レジイナの圧倒的強さに男は震えながら何度も頷いた。

「お前なあ、俺が来るまで待てよー」

 小人の言う通り、すぐに到着したウィルグルはそう呆れつつも、「噂通り強いな」とも感心もしてた。

「ウィルグル、この地下に人質がいるみたい。皆ワープ国の人で、ワープ国に警告文送るつもりだったみたい」

「おい、それは本当か?」

 ウィルグルはレジイナに顔を掴まれている男に聞いた。

 うん、うんと力の限り頷く男にウィルグルは「他になにか知ってることは?」と、更に質問した。

 目に涙を浮かべながら必死に顔を横に振る男にウィルグルはニコッと笑いかけた。

「分かった。もう死んでいいよ」

 それは一瞬の出来事だった。

 レジイナの手中にいた男は目の前に突然姿を現したあるものにムシャムシャと喰われていった。

「おい、そいつも残さずに喰えよ」

「ぐへへ、ゴチソウ、ゴチソウだ」

 今までレジイナの肩の上にいた小人は一瞬にして、道端に生えている雑草を生やしまとめ、ラフレシアに似てる大きな花を作り出した。そのラフレシアはなんと男二人をムシャムシャと楽しそうに食し始めたのだった。

 ボキボキと人間の骨を折る音が響く路地裏。そんな空間にレジイナは体を震わせてその場に座り込んだ。

「え? おい、大丈夫か?」

 まさか知らぬ間に敵にやられたのかと心配になったウィルグルだったが、冷や汗を流し、まるでなにかに恐怖するかのように震えるレジイナを見て、溜め息をつきながら頭を掻いた。

「なにお前。人を殺し慣れてねえの?」

 呆れつつ質問して来たウィルグルにレジイナは返事が出来ず、次には「おえっ、おえっ」と、えづき始めた。

「吐くな、飲み込め。ここに俺らがいた証拠を残すな」

 ガシッとウィルグルはレジイナの口を押さえて吐くことを許さなかった。レジイナはそんなウィルグルに目に涙を浮かべながらも、なんとか戻ってきた嘔吐物を飲み込んだ。

「お前、マジでいいわ。先にアジトに戻ってろ」

 冷たい目でレジイナを睨みつけながらウィルグルはそう言って、敵の血でさえも残さないように小人にをして証拠を全て消そうとした。

 レジイナはそんなウィルグルに「ごめん……」と、絞り出した声で謝罪し、アジトに向かってふらふらと歩き出した。

 ブルースホテルの時はなにも起こらなかったのに再び震え出す自身に嫌気をさしながら、なんとかしてレジイナは路地裏から出ようと、震える体を自分の腕で抱きながらなんとか歩いていた。

「いたぞっ!」

 後ろから聞こえたその声に振り返った時には遅く、レジイナは男三人に囲まれてしまっていた。そして男の一人はグイッとレジイナの胸元を荒々しく掴んだ。そして、今にも張り裂けそうだったワイシャツのボタンはその衝撃で簡単に弾け飛び、レジイナの胸元大きく開かされたが、そんな事を気にする事なく、男はレジイナの顔を近距離で睨みつけた。

「お前みたいな小娘が俺の仲間を殺ったってか? ふざんなよ!」

 ゴンっと鈍い音を立てながらレジイナの頬を思い切り男は殴り、レジイナはそれに抵抗することも出来ずにそのまま地面に倒れた。

「な、なんだよ。こいつ弱いのか?」

「いや、そんなことなかったんだが……」

 隠れて先程の様子を見ていた男はレジイナの先程と違う様子に動揺しつつも、「チャンスだ! 今殺るぞ! もう一人、奥に敵がいるんだ」と、仲間に指示を出した。

 レジイナはそんな三人の会話を聞きながら、「ああ。死ぬのか……」と、ボーっとビルとビルの間にある狭い夕暮れの空を見ながら死を悟った。

「死ねないな……」

 いや、死ねない。このしゅんり、いやレジイナの命はもはや自分だけのものではないと思っていた。ウィンドリン国の仲間や日本でこの命を助けてもらったのだ。

 簡単には死ねない。まだ恩返しできてないじゃないか。

「うわっ!?」

「なんだ、このツルは!」

 レジイナは倒れたまま、目の端に映った雑草の側で座っていた金髪の小人にをした。妖精は「分かったわ」と、微笑みながら歌い、雑草を長く伸ばしてレジイナを守るように囲んだ。

「ふっざけんな! こんな草、直ぐに突き破ってやる!」

 しかし、育緑化グレード2程の力しか持たないレジイナの雑草の防御は一人の男によって簡単に突き破られた。

 今だ。

 レジイナは真正面から雑草を突き破ってきた男一人に向かってアンティーク調の銃を突き付けた。

「もう死んで」

 そう言ってレジイナは男の額目掛けて風を細く出した。

 細く出された風は銃弾より威力が強く、倍力化であろう男の頭を簡単に貫通した。

「マックス!」

 仲間の死を目の前で見た男二人が一斉にレジイナに銃を向ける。

 レジイナは自身を守ろうと妖精に雑草のバリケードを強めてとした。

 しかし、レジイナがお願いしたことより更に大きく成長していく雑草にレジイナは目を張った。

「隙だらけだぜ!」

 しまった! 

 そう思ったその時、雑草は一瞬にして大きな花、ラフレシアを二つ生やした。

「なっ」

 そう敵が声出した瞬間、二人ともそのラフレシアにガプッと丸呑みにされてしまった。

「嫌な予感程、当たるもんだな。おい、怪我はないか?」

「げぷっ。ムナヤケ、ムナヤケ」

 後ろを振り返るとウィルグルは腰に手を当てながらこちらに歩いてきた。先程レジイナがお願いを出した小人の横にはウィルグルのパートナーの小人が大きく膨らんだお腹を撫でていた。

「ははっ……」

 レジイナはそんな二人に安心したのか、そのまま意識を失って後ろに倒れたてしまった。

「ちょっ、おまっ!」

 ウィルグルは急いで駆け寄り、なんとかレジイナが地面に着く前に体を支えた。

「ええ……。俺、倍力化ないのに……」

 この女を抱き上げてアジトまで戻らないといけないのかと、ウィルグルは溜め息をついた。

「ちくしょう。後で礼しろよな」

そう言ってウィルグルはなんとかレジイナを横抱きにし、ふらふらとしながら歩き始めたのだった。

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る