しゅんりは次の部署へと移動の手続きを終えてから警察署を出て、ある場所に向かって歩きだした。その建物の目の前でしゅんりはとある人物と会った。

「ルルちゃん……」

「しゅんり……」

 二年前に比べて大人っぽくなったルルは一瞬驚いた顔をした後、悲しげな顔をした。

「遅かったじゃない。あの子はずっとあんたに会いたがってわ」

「ごめん……」

 謝罪の言葉を述べるしゅんりにルルは「それはあの子に言ってあげて」と、言ってしゅんりに近寄った。

「あと一回残してあるから行きなさい」

 ルルはそう言ってしゅんりの前から去って行った。

「ありがとう……」

 しゅんりはルルの顔から嫌な予想が脳裏を過ぎりながら目の前にある建物、シャーロットが収監されている刑務所へと足を踏み入れた。

「やっと、やっと会えたわね」

 頬がかけ、げっそりとした風貌に変わったシャーロットがしゅんりを向かい入れた。

「ごめんね。なかなか戻れなくて……」

 余りにもの変わりようにしゅんりは動揺を隠せずにシャーロットに謝罪した。

「いいわよ。最後に会えてよかったわ」

 そう消え入りそうな笑顔で言ったシャーロットにしゅんりは「やっぱり」と、目からポロポロと涙を流した。

 重罪人のシャーロットが二年以上も死刑を逃れられたこと自体が奇跡なのだ。このままのらりくらりと死刑を無くすことは出来ないかと思ったりもしたが、それは叶うことはなかった。

「泣かないで。私はあなたの笑った顔が好きなの」

 透明な板の前でシャーロットは前のめりになりながら、しゅんりに向けて手を差し伸ばして板に手を当てた。

 触れ合う事ができないのだが、しゅんりはその手に重ねるように手を当てた。

「ああ、あったかい。やっとレジイナに触れられた」

 ふふっと消えそうな笑顔浮かべながらしゅんりを"レジイナ"と呼んだシャーロットにしゅんりは眉を寄せた。

「シャーロットちゃん……?」

「どうしたの、レジイナ? 相変わらず可愛いあなたを愛してるわ」

「シャーロットちゃん、私はしゅんりだよ」

 とうとう気が触れてしまったかと心配になったしゅんりは自身の名は"しゅんり"だと告げた。しかし、シャーロットは首を横に振った。

「お願い。"レジイナ"として私の話を聞いて……」

 目に涙を浮かべながら懇願するシャーロットにしゅんりは理由は分からないままだったが、素直にシャーロットのお願いを聞こうと決め、戸惑いながらも頷いた。

 そんなしゅんりにシャーロットはポケットから写真などを入れることことができるロケットペンダントと呼ばれるネックレスを出した。

「お願いがあるの。アサランド国のトリムという廃村と化した所があるの。そこは私の故郷なの。これを私だと思って埋めてきて欲しいの……」

 そう言ってシャーロットは後ろの警官にネックレスを渡した。

「お願い……」

「確かに」

 通常はそのような事は許さないのだが、警官はシャーロットのお願いを特別に許した。

「分かった。必ず、そのトリム村にそれを埋めてくるよ」

 しゅんりは涙を流しながらなんとか今できる満面の笑顔を浮かべてシャーロットの願いを聞くことにした。

「ありがとう、レジイナ。世界で一番あなたを愛してるわ」

 

 

 

 ブリッドは今すぐにでもしゅんりを追いかけて色々と話をきちんとしたいと思っていたが補佐という立場のために仕事が山程にあり、抜け出せないでいた。

 現に今も今回ウィンドリン国で行われる四大国合わせての会議が行われている真っ最中であった。一緒に会議に参加している上司であるナール総括は明日から極秘の長期任務に向かうことが決定しており、そのため明日からブリッドはナール総括がいない間は代わりに総括の仕事を全てこなしていかなければならない状況にあった。

 そして、誰もその極秘任務の内容は知らされておらず、ブリッドも知らずにいた。そして期限も告げられていない。これは責任重大だな、とブリッドは一旦しゅんりのことを忘れて会議に集中していた。

 滞りなく会議が進められていく中、今回初めて参加したチェングン国の獣化のオーロラ・フォスター総括はウィンドリン国の代表としてナール総括と共に参加している一條総括をずっと見つめ、そして目線が合えばウィンクをするなどの熱烈なアプローチを送っていた。

 会議中になんて不謹慎なんだとブリッドは心の中で憤怒しながら大人しくその様子を見ていた。

 会議終了後、オーロラ総括は真っ先に一條総括の元へ向かっていった。

「一条総括、初めましてオーロラと申します」

 握手を求めて手を差し出すオーロラ総括に一條総括もそれに答えるよう手を出して握手を交わした。

「初めまして、一條 翼翔だ。同じ獣化としてお互い頑張ろう」

「ええ、少ない獣化の異能者同士仲良くしましょう。今夜これからどうかしら」

 上目遣いで一條総括を誘うオーロラ総括に、その場にいた者はこんな時になにをと呆れながら見ていた。しかしそんな中、ある人物だけはその二人の様子に憤怒し、カツカツとヒールを鳴らしながら近寄っていった。

「オーロラ!」

 ナール総括はそう呼び捨て、見せつけるように一條総括の胸倉を掴んでオーロラ総括の目の前でキスをした。

「いいか覚えておけ。これはわらわの夫じゃ、手出しすれば殺す!」

 そう言い捨ててナール総括は騒然とする会議室から颯爽と退室した。

「そんな、嘘だろ……」

 ブリッドはそう呟いて机に勢いよく顔を伏せた。憧れの存在で、かつては本気で恋心を抱いていた女性は既婚者で、息子は自身と三つ程しか変わらないという事実を知ってショックを受けていた。

 くそ、ダブルパンチだ……。

 

 

 

 翔は指示されたバーに足を運んで扉を開いた。そして入ればすぐ見えるカウンターには見知った男が机に顔を突っ伏していた。

「ブリッド補佐、なんですか急に呼び出して。僕、酒飲めないんですけど」

 翔は既に酔い潰れているブリッドの右隣りに座り、頬杖をついてブリッドを見下ろすように見た。

「よお、息子」

「……息子って呼ばないでください」

 当初は警察署内はしゅんりが戻って来た事の話しで持ちきりだったが、それを上回る早さでナール総括と一條総括が実は夫婦関係にあったという話が一瞬で警察署内に伝わっていった。息子の翔にもその話はすぐ耳に届き、回りから色々と質問にあって嫌気をさしていたところだった。

「ちくしょう。お前はナール総括もしゅんりも手の中かよ。両手に花かよ」

 ブリッドは顔をゆっくり上げて翔をジロッと見た。

「ブリッド補佐、彼女いるんじゃなかったですっけ? 別にナール総括やしゅんりが誰とどうなっても関係ないでしょ」

「なになに、あんたたち恋敵? 面白いわね」

 鼻にピアスを開け、堅いのいい男はオネエ口調で二人の話に割り込んできた。

「マスター、聞いてくださいよ。ブリッド補佐ったら好きな女性二人もいて、それとは別に彼女も作ってんですよ」

「彼女じゃねえっつってんだろが」

「あれ、あんたシュシュちゃんと付き合ってると思ってたんだけど違うの?」

 マスターはシュシュ令嬢の事を知ってるのかと翔は知り、ブリッドを睨んだ。

「付き合ってはない……」

 歯切りの悪い返事をしたブリッドにマスターは汚物を見るような目でブリッドを見た。

「なに、本命二人もいるのにシュシュちゃんとセフレ関係を持ってたってこと?」

 事実を言われたブリッドはマスターの問いに答えずに手に持っていた酒を一気に飲み干した。

「うわ、何この男。引くわー」

 本気でそう言ったマスターに傷ついたのかブリッドは再びカウンターに顔を伏せ、「分かってるわボケ」と、呟いた。

「本当、最低ですよ」

「けっ、そういうお前はどうなんだよ。自分の実家に好きな女を二年間も囲ってたんだ。どうせ好き勝手に手を出しまくってたんだろ」

 ブリッドは翔にしゅんりをずっと外の世界と遮断し、自分の思うように扱っていたと半分本気で思っていた。自分なら二年も我慢するなんてことは出来ない。

 翔は二人から顔を逸らして、ブリッドの問いに答えずに無言を貫いた。

「おい、お前まさか……」

「え、嘘。二年もあったのに何もしなかったの……?」

 果たしてそれは男としてどうなんだと二人から無言の圧を感じて翔は泣きそうになった。「ええ、そうですよ。好きな女の子を二年間も独占してたのに何も出来なかった僕は意気地無しですよ!」

 翔は自暴自棄になって二人にそう告白した。それを聞いてマスターは口に手を当てて、「うわあ、ドン引きだわ」と、言った。

 嘘だろ、この男より更に僕は引かれたのか。翔はそう思い、先程のブリッドと同様にカウンターに顔を伏せた。

 ブリッドは今まで貶されたのを仕返すかのように翔に指を差して大爆笑した。

「あはは、ありえねえ! だからいつまで経ってもお前は童貞なんだよ!」

「な、童貞なんて決めつけるなよ!」

 真実であるが失礼な事を言うブリッドに翔は怒り、立ち上がってブリッドを見下ろした。

「いや、童貞臭すげえからお前」

「ええ、プンプン匂うわー」

 二人してそう言われて翔は目の端に涙を浮かべた。

 ちくしょう!

「そんな童貞君にプレゼントをやろう」

 ブリッドは財布からある正方形の小さな包みを翔に渡した。

「ほれ、ゴム。お前が使う日がいつ来るか分かんねえけどな!」

 ガハハハッと笑ってブリッドはいつの間にか注文した新たな酒をマスターから受け取った。

 翔はあまりもの侮辱に本気で怒った。そしてブリッドからその酒を奪い取り、飲めない一気に飲み干したのだった。

「童貞舐めんなよ! マスター、酒!」

 ガンッとカウンターにグラスを置いて翔はマスターを見て新たな酒を注文した。

「ほお、やるか童貞君よ?」

「やってやるよ、この色ボケ野郎」

 ブリッドと翔はお互いを睨み合いながら飲み比べの勝負のゴングの鐘がなった。

 ——次にそのバーに新たな訪問者、しゅんりとルルが来たのは深夜二時を回った頃だった。

 マスターはこの飲んだくれの二人を回収するよう二人の職場に連絡し、そしてたまたま警察署内にいたしゅんりとルルは二人を回収するよう警官に指示されてここまでやって来たのだった。

「本当、男ってバカね」

「マジでクソ迷惑の暴力色ボケ野郎だわ」

 しゅんりはルルの言葉に同意しつつ、思いつく限りの暴言をブリッドに向けて言った。

「ごめんねー、こんな男二人とも面倒見きれなくて困ってたのよ」

「こちらこそ迷惑かけて申し訳なかったです」

 しゅんりはそう言いながら翔の腕を肩に回して、半ば引きずるようにして運び始めた。

「え! 私がブリッド!?」

 翔より堅いが良いブリッドが自分が担当するのかとルルは不満を漏らした。

「絶対にその男になんて触れたくない。ルルちゃんよろしく」

 しゅんりは汚物を見るような目でブリッドを見て、そうルルに伝えた。

「痴話喧嘩に巻き込まないでよ……」

 しゅんりに聞こえない声でルルは溜め息とともにそう呟いてブリッドの腕を肩に回してしゅんりの後を追うようにバーから出た。

 そのバーは警察署から徒歩五分の位置にあるため、二人は警察署に運ぶことにした。

「ほら、翔君。しっかり歩いてよ」

「んん、僕はまだ飲めるぞ……」

「負けねえからな……」

「何言ってんだか」

 夢の中でもまだ飲み比べ勝負をしているだろう二人に呆れながら警察署にある各総括部屋のある廊下にまで二人は来ていた。

「あれ、どうしたんですか?」

 ちょうどブリッドを倍力化の総括部屋へ入れようとしたその時、そこにカミラがやってきた。

「酔っ払いの介抱。カミラちゃんは?」

「今日は夜勤で捕虜達の監視してたんです」

 たまたま夜勤中のカミラはそこを通って仮眠室へ移動しようとしていた真っ最中だった。

「あー、もうやだ! カミラ、よろしく」

 我慢の限界が来たルルはドサッとブリッドを廊下に落として後はカミラに任すことにした。

「え、そんな! 私一人じゃ運べないですよ!」

「じゃあそこに置いとけば?」

 ルルはそう言って手をヒラヒラさせながらその場を去っていった。

「じゃ、カミラちゃんよろしく」

 しゅんりも翔を引きづりながらその場から去って行ったのを見て、カミラは二人に絶望した。

 いや、どう考えても無理でしょうが!

 その後カミラはなんとかブリッドを引きずって目の前にある倍力化の総括部屋に移動させた。

「はあ、はあ、これが限界」

 カミラはブリッドをソファに頭を乗せて床に座らせるような格好をさせた。さすがにソファの上に寝かせるのは無理だと諦めた結果、そのスタイルにまで持っていくことにしたのだった。

 にしても、ムカつく男ね。

 カミラはそう思いながらすやすやと狸寝入りを続けるブリッドを見つめた。ここまでブリッドが酔う理由をカミラは噂ながらに全て知っていた。しゅんりと揉めたとか、ナール総括は実は既婚者だったなど今の警察署内はその噂で持ちきりだった。

 そして、部下にここまで世話になって恥ずかしさからか、既に起きてるのにまだ狸寝入りするプライドの高い男をなんで私は好きになったんだろとカミラは疑問に思った。

「バーカ」

 カミラはブリッドにそう言ってそっとブリッドの唇に自身の唇を重ねた。

 少しは私の事でも悩め。

 そう思ってカミラはブリッドにキスをして部屋から出ていった。

「……本当、今日はなんなんだよ」

 カミラが出て行ってからブリッドは頭を抱えて今日という日を呪った。

 しゅんりはそこから二つ奥にある獣化の総括部屋に入り、ソファにドサッと翔を寝かせてから向かいにあるソファに腰掛けた。

 くそ、面倒くさがらずにホテルとれば良かったと、仮眠室で一晩泊まろうとしていたしゅんりは後悔していた。

「んん、ここどこ……」

 翔はソファに寝かされた刺激でやっと目を覚まして周りを見渡した。

「おはよう。そしておやすみなさい」

 しゅんりは寝惚けている翔に怒りを露わにしながらそう言って頭をソファに押し付けた。

「痛い、痛い! ちょ、しゅんり待って!」

「何を待つの? 早く寝なよ」

 状況を今だに掴めない翔に容赦なく暴力を振るしゅんりに翔はバッと起き上がってソファに座り、しゅんりの両腕を掴んで動きを制して隣に座らせた。

「落ち着いてよ!」

「私は落ち着いてますよ、この酔っ払いが」

 しゅんりの言葉に翔は先程、ブリッドと飲み比べ勝負をしていたことを思い出して項垂れた。

「……思い出した。迷惑を掛けてごめん」

 僕は酔っ払って寝てしまい、しゅんりにここまで運んで来てもらったのかと翔は状況を把握して謝罪した。

「本当に酒は飲んでも飲まれるなだよ」

 はあ、としゅんりは溜め息をついて翔を見た。溜め息をつくしゅんりを伺うように顔を上げるとあまりの近さに翔は驚き、顔を赤く染めた。

「なに、顔を赤くして。お酒また回ってきた?」

 翔を心配するようにしゅんりはそう言って、再び翔を寝かそうとソファから立ち上がろうとした。しかし、それを制するように翔はしゅんりを掴んでいた手に力を込めた。

「ちょ、退くからもう寝なよ」

「……しゅんり、聞いて欲しいことがあるんだけど」

 急に真剣な顔をして見てくる翔にしゅんりは体に力が入った。

 この雰囲気、駄目な気がする。そう思ったが、翔がガッツリと腕を掴むため逃げることは出来ずにしゅんりは覚悟を決めて翔の顔を真っ直ぐに見た。

「うん、聞くよ」

 しゅんりの返事を聞いて翔は更に顔を赤く染めて辿々しく話始めた。

「こんな、酔って言うことじゃないと思うんだけど……」

「うん」

「僕ね、しゅんりと初めて試験で出会ったあの日から……」

「うん」

 自身の言葉に何度も頷くしゅんりに翔は一度深呼吸して言葉を続けた。

「ずっと、本当にずっとしゅんりのことが好きなんだ……」

「……そっか」

 翔の告白を聞いてしゅんりは嬉しいような、悲しい気持ちになった。優しくて、何かと庇ってくれ、心の支えになってくれた彼をしゅんりは兄のように親しみを持っていた。

 ブリッドに彼女がいると知り、しゅんりはついあんな態度をとってしまった。そして気付いたのだ。私、ブリッドリーダーが本当に好きなんだ、と。

「ごめん。……私、好きな人いる」

「うん、知ってる」

 翔はそう言って、しゅんりに微笑んだ。

「え……?」

「ブリッド補佐でしょ?」

 驚くしゅんりに翔はそう言い、しゅんりの腕を離した。

「このままじゃやり切れないなと思って、振られること分かってて告白したんだ。しゅんりを悩ませるようなことしてごめんね」

 翔はソファに全体重掛けて座り直し、しゅんりを見ずに窓へと目を向けた。

「私、翔君のこと気持ちなんにも知らずにいっぱい酷いことしてたかも。本当にごめんなさい……」

 しゅんりは翔が自身に好意を抱いている事を知らなかったとはいえ、彼にはたくさん甘えさせてもらっていたのだ。振られると分かっててその気持ちを抱えながら接するのはそれはとても辛いことだっただろう。

 しゅんりは罪悪感に駆られながら泣きそうになるのを耐えた。

「泣かないでよ。泣かしたくて言ったんじゃないんだ」

 翔は泣きそうになっているしゅんりの顎を優しく掬って顔を上げさせた。そしてしゅんりの額に翔はそっと口付けをし、ニカっとしゅんりに笑いかけた。

「な、な、なっ!?」

「これぐらい許してよ。ほら、これ以上僕に手を出されないうちに仮眠室に戻りなよ。今日はそこに泊まるんだろ?」

 しゅんりは顔を真っ赤に染めながら額に手を当てて、うんうんと頷いて勢いよく逃げるように部屋から出た。

「翔君のバカ……」

 心臓が飛び出そうなぐらいに心拍数を上げながらしゅんりは逃げるように仮眠室に戻って行った。

「少しは僕の事、意識してくれてるなら嬉しいかも」

 しゅんりの反応に翔は満足し、そのままソファに横になってそのまま眠りについた。

 

 

 

 しゅんりとルルは日がやっと登り始めた薄暗い早朝に刑務所の後ろにある火葬場に来ていた。

 パチパチと音を鳴らしながら燃えていくシャーロットだったモノを二人は眺めながら静かに涙を流していた。

「こんなところまで何の用ですか」

 しゅんりは振り返ることなく、しゅんりの元へやってきた人物、ホーブル総監に声をかけた。

「お前がこんなところまでに来てるからだろうが」

 そう言ってホーブル総監はしゅんりに飛行機のチケットと、しゅんりに新しいカードキーを投げ渡した。

 後ろ手で器用に受け取ったカードキーにはしゅんりの顔写真と新たな部署名が記されていた。

 世間にタレンティポリスが知れ渡ってからはカードキーには各々の顔写真と部署名が記されるようにデザインが変わっていた。

 その事を今知ったしゅんりと、それを横で見てしゅんりの新たな部署を知ってルルは驚きで目を見開いた後、声を出して泣き始めた。

「ルルちゃん……?」

 今までのルルから想像出来ない程、感情を曝け出す姿にしゅんりは驚いた。

 もともとルルは他人に興味がなかった。

 しかし、シャーロットに出会い、そしてしゅんりやタカラなど周りの影響もあって自分を出すことが出来ていた。

「もういやっ……! シャーロットもあんたも私を置いてどっかにいくのねっ!」

 うわあぁああんっと、子供みたいに声を上げて泣くルルをしゅんりはそっと抱きしめて一緒に咽び泣いた。

「バカ、あんたなんて大っ嫌いよ!」

「私は好きだよ。ごめんね、ルルちゃん」

 二人はシャーロットの遺体が燃え尽きるまで抱きしめ合いながら泣き続けた。

 

 

 

 ブリッドは二日酔いで辛い体に鞭を打って朝から仕事をこなしていた。

 タカラからしゅんりは当分は警察署で寝泊まりすると言っていたのを聞いていたため、昼にはしゅんりを探し出してきちんと話をし、自分の気持ちを打ち明けようと考えていた。

 一條の奴に取られてたまるか。

 ブリッドは焦りに焦っていた。早く、早く、早く昼になれ。

 昼休憩のベルが鳴り響くと共にブリッドは総括部屋から飛び出して仮眠室へ向かった。たまたま廊下の前方にマオが歩いているのを見て、しゅんりの所在を知ってそうだなと思ってブリッドは声をかけた。

「マオ、少しいいか?」

「ブリッド補佐、お疲れ様ですって、うわ、酒くさ」

「それはすまん」

 幾度となく朝から何人ものの部下に酒臭いと言われ慣れ続けていたブリッドはすぐに謝って開き直った。

「それより、しゅんりを見てないか?」

「しゅんり? さっきホーブル総監のとこにいたような?」

 ホーブル総監の部屋に入っていた人物の後ろ姿を思い出し、確かにあの特徴的な桃色の髪はしゅんりのはずだとマオは思いながらブリッドに伝えた。

「ホーブル総監? なんでだ?」

 ホーブル総監の元へ行く要件が思い付かずブリッドは質問するがマオは肩をすくめて「僕も知らないです」と、答えた。

「そうか。助かった」

 ブリッドは今度こそ逃さまいと急いでホーブル総監の部屋へと向かった。

「早くしゅんりと仲直りした方がいいですよ。しゅんり頑固だから時間掛ければかけるほど面倒ですから」

 マオはしゅんりを探すブリッドに的確なアドバイスを伝えた。

「ああ、サンキュ」

 後ろでにブリッドは手を振ってマオに礼を言って先を急いだ。

「にしても、まだ緊張すんな……」

 何度もホーブル総監の部屋に来たことあるブリッドでも、この部屋に入るのは毎回緊張していた。怒らせればすぐ発泡する上司で、しかも人間のホーブル総監をブリッドは苦手だった。いや、苦手じゃない奴はいないだろうなと考えながらブリッドは部屋の前でウロウロしながら入るタイミングを見計らっていた。

 よし、行くぞと心に決めた時、背後から「オーリン」と呼ばれ、ブリッドは驚いて振り向いた。

「ほ、ホーブル総監……」

「人の部屋の前でなにしておる。しかも酒臭いな」

 鼻を摘みながらこちらを睨むホーブル総監にブリッドは「すいません……」と小声で謝罪した。

「いや、しゅんりがここに来てないかと思いまして」

「しゅんりか。あやつならもう出発したぞ」

「へ? 出発?」

 思いもよらない言葉にブリッドは思わず声が裏返った。

「え、どこにですか」

「聞いておらんのか、アサランド国だ」

「はあ!? なんで!?」

 ブリッドはホーブル総監にそう言って詰め寄った。

「しゅんり至っての希望で所属部署を決め、本日から任務に向かったのだ。確か十分後の電車に乗ると言っていたな」

 腕時計に目をやりながらそう言うホーブル総監の言葉にブリッドはしゅんりの所属部署に気付いた。

「ちくしょうが、何考えてんだあいつ!」

 ブリッドはホーブル総監に礼も言わずに二日酔いで辛い体に鞭を打って駅に向かって走り出した。

 ブリッドはこの二年間、しゅんりが元の場所で以前のように仲間に囲まれながら働ける環境を作るために全力を尽くしてきた。

 絶対に死刑にさせまいと、悲惨で酷い任務をさせまいと頑張ってきたのだ。それなのにそれを無下にするかのようしゅんりはブリッドが選んで欲しくなかった選択をしたのだ。

「アサランド国での任務って、どう考えても暗殺部だろ!」

 四大国が協定を結ぶ際、「各国からタレンティポリスを必ず一人は常に潜伏させ、エアオーベルングズを暗殺し、他国に潜伏するのを防ぐこと」という条定が一つあった。後にこの条定通りアサランド国に潜伏するものを"暗殺部"と呼ばれるようになったのだった。

「はあ、はあ、どこだ……」

 ブリッドは電車が出発する予定の一分前に駅に着いた。人がごった返すホームで探して歩き回るがどこにもしゅんりの姿が見当たらなかった。

 まもなく、電車が出発します。危ないので——。

 駅のアナウンスと共に閉まるドアにブリッドは焦ってホーム内を走り、電車の中にしゅんりがいないか探したが、無惨にも電車は走り出してしまった。

「しゅんりの馬鹿野郎ーー!」

 周りの目を気にせずブリッドはそう走り出した電車に向かって叫んだ。


 

 

「ん?」

 誰かに呼ばれたような気がして社窓の外に目を映す。

「いるわけないか……」

 どんどんと早くなる景色はホームから立ち並ぶビル街とリーシルド警察署をしゅんりに映した。

「バイバイ」

 しゅんりはそう呟いて、窓から映る景色から目を離して敵の住処、アサランド国に向かって行った。


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