いつもの食卓には出ないような洋食、ナポリタンが夕飯に出てきた。大翔、愛翔、しゅんり、百合のいつものメンバーに加えてたまに帰ってくる翔と、しゅんりが日本に来てから始めてナール総括と一條総括がその場にいた。

「母ちゃん、食べさせてくれよ」

「おやおや、愛翔は赤ちゃん返りか? 愛いやつめ」

 ナール総括は器用に箸でパスタを絡めて、右隣に座る愛翔に食べさせた。

「ガルシア、俺にも」

 一條総括は左隣に座る妻のナール総括にそう言い口を開いた。

「なに子供の前で甘えておるのだ。恥ずかしい」

「向こうでは夫婦だというのはいつも隠しておるだろう。こんな時ぐらい良くないか?」

「ふふ、仕方ないのう」

 親と子供の前でイチャイチャし始める両親の姿に翔は恥ずかしさでいっぱいで頭を抱えた。

「本当に嫌になる……」

「えー、羨ましいけどな」

 両親のいないしゅんりはそんな夫婦二人の姿を羨ましそうに見ていた。

「一條総括とナール総括が夫婦なんて知らなかったなー」

「まあ、隠しておるからな」

 母親としての役目を放置し、"あの光景"を守るためナール総括はタレンティポリスとして生きることを決めていた。一條総括と夫婦だと言えば何かと仕事へ支障が出るだろと判断した結果、隠す事にしていたのだった。

 この時、しゅんりはだからナール総括は日本に給料を寄付してるためタワーマンションに住まずにアパートに住んでるのかと一人で納得していた。

「あれ? でもナール総括、今何歳だっけ?」

「今年で三十六歳じゃ」

 翔は今年で二十歳になった。そうなると十六歳で翔を出産したことになるのか。

「いいなー、若いお母さんかー」

 そう言ってしゅんりは翔を羨ましそうに見た。

「まあ、若いね」

 苦笑しながらそう言うと翔は器用に箸でパスタを食べ始めた。

「一條総括は何歳なんですか?」

「俺か? 俺は五十一歳だ」

「わー、すごい十五歳も離れてるんだー」

「当時、一條総括はわらわのチームのリーダーをしておったんじゃ」

「へー、それでそれで」

 興味心身に二人の身の上話を聞くしゅんりに翔はどう考えても当時十五、六歳と未成年の母に手を出した父は犯罪だよなと思っていた。

 食事終えた後、しゅんりは屋根の上に登って、ナール総括と共に夜空を見上げていた。

「しゅんり、来週には試験じゃな」

「はい、受かるかどうか心配だけど、皆が私をどんな風に見てくるかの方が心配です……」

 しゅんりは今、タレンティポリスが自身をどう処分し、かつ皆がどう扱ってくるか不安で仕方なかったのだ。

「案ずるな。ブリッド中心に今おぬしを万全の状態で迎えれるようにしてある。皆おぬしに会いたがってるぞ」

 ナール総括のその言葉にしゅんりはジワっと瞳を潤ませた。

「二年経っても相変わらずおぬしは泣き虫じゃのう」

 ナール総括はそう言って困ったように笑った。

「う、ごめんなさい……」

 しゅんりはなんとか泣き止もうと鼻を啜った。

「しゅんり。わらわな、もともと何不自由ない生活をしておったんだがな、異能者と言う事が知られて家を追い出されたんじゃ」

 急に身の上話をし始めるナール総括にしゅんりは顔を向けて黙って聞き始めた。

「もうそりゃあ絶望したさ。この世の全て恨み、入ったタレンティポリスでもそりゃあ、荒れに荒れたさ。そんな時、一條総括、翼翔に助けられてわらわはその命だけでなく、心も救われてこんな可愛い息子と娘にも出会えた」

「娘?」

 ナール総括と一條総括の子供は翔と愛翔の息子の二人のはず。そう思ってしゅんりは首を傾げた。

「ここにな、いるんじゃよ」

「え、おめでたなんですか!」

 ふふ、と笑いながらナール総括はお腹を撫でた。

「翔には来るなと言われておったが、報告がてらおぬしに会いに戻って来たんじゃよ。腹が目立ってきたからの、来週からわらわはここにしばらくおる。無事に出産したらすぐ仕事に復帰するから待っておるのだぞ。しばらくはブリッドに任せるから安心しろ」

「あ、ブリッドリーダー……」

 久しぶりに聞いたその名にしゅんりは胸がときめいて、顔が淡く桃色に色付いた。

「ふふ、しゅんりはブリッドが好きなんじゃなー」

「なっ! あんな暴力男、別に!」

「隠さずとも良い良い」

 意地悪くそう言うナール総括にしゅんりは頬を膨らませた。

「しゅんり。おぬしは何のために戦う?」

 約二年前にした質問を再びナール総括はしゅんりに問いかけた。

「わらわらな、愛する夫とその子供達が幸せに暮らすためにこの光景を守ろうと戦っている。おぬしは何のために戦う?」

 ナール総括のその質問にしゅんりはもう迷うことはなかった。

「私は大切な人を守るために戦う」

 真っ直ぐした目でそう言うしゅんりにナール総括は満足気に頷いた。そんな二人のもとに突然、鷹が飛び降り立った。

「ガルシア、体が冷えてはお腹の子に影響する。早く家の中に戻れ」

 ナール総括に声をかけた鷹、一條総括は体を更に大きくさせてナール総括を背に乗せた。

「ついでだ。少し、空を飛んで欲しいのう」

「む。少しだけだぞ」

 そう言って鷹、一條総括はナール総括を乗せて羽を広げた。

「しゅんり、おぬしはどうする?」

「もう少し、この光景を目に焼き付けておきます」

「そうか。おぬしも体が冷えぬうちに寝るんだぞ」

 そう言って二人は屋根から飛び立ち、星が瞬く夜空へと飛び立って行った。

「しゅんり、まだ寝ないの?」

「あ、翔君」

 なかなか戻って来ないしゅんりに翔は痺れを切らして屋根上までやって来た。

「うん、もう少し日本を見ておこうかなって」

「そうか……」

 目の前の上空で飛行する両親を見ながら、しゅんりと二人で過ごせるのもこれで最後かと翔は思い耽っていた。

 もう一週間しないうちにしゅんりは日本から出てリーシルド市、タレンティポリスに戻る。約二年間、しゅんりを自分のテリトリー内に置いていたがそれも終わりを迎えようとしていた。

 何度もしゅんりに告白しようと翔は思ったが、脳裏に浮かぶのはあの人、ブリッド補佐のことだった。どうしても日本にしゅんりが来た時、「助けて、ブリッドリーダー!」と叫んだあの一言が忘れられずにいた。

 どう考えても負け確定なんだよな。

 それに加えて、勇気がまだ出ないというのも事実であった。

「いいなー。私も一條総括の背中に乗って飛びたいー」

 羨ましそうにそう言ったしゅんりに翔は「残念だけど無理だよ」と、返事した。

「父さんは母さんしか乗せないって決めてるんだ。俺や愛翔でさえも乗せてくれないんだ」

「愛だね」

「そうなのかな?」

 自分の親ながら恥ずかしいな、と思いながら翔はしゅんりを真っ直ぐと見つめた。

「しゅんり、またいつでも日本に来ていいよ」

「え、いいの?」

「いいよ。ほら僕達、もう家族みたいなもんだからさ」

 そう言って微笑む翔にしゅんりは心が暖かくなった。

「翔君、本当にありがとう。私を助けてくれて。日本に来た時も修行中に辛い時もずっと支えてくれて」

「うん」

「なんか、翔君のこと勝手に私……」

「うん、勝手に?」

 モジモジしながら言葉を詰まらせるしゅんりに翔はドキッとした。

 これはもしかすると、もしかするんじゃないか⁉︎

「お、お兄ちゃんみたいに思ってて、助けられたの。本当にありがとう」

 ……ああ、完全に終わった。

 翔はそうショックを受けながらもなんとか平常心を装って「どういたしまして」と、返事した。

「さあ、もう寝よう。明日も修行でしょ?」

「うん、そうだね」

 翔はしゅんりと共に家に戻り、部屋の前まで見送った。

「何してるの。ナー、いや母さん」

 自身の部屋の前で立つ母親にそう言って、翔は少し怒った顔をした。

「誰にも二人の関係知られたくなかったんじゃないの? しゅんりがいるから来ないでって言ったのに」

「まあ、しゅんりなら良いかと思ってな。いやはや、二年間もしゅんりを独占しておったのに成果がなかった息子を励まそうと来たのにそんなに邪険にされるとは、ママは悲しいのう」

 うう、と嘘泣きをする母親に翔は、「はあ」と、溜め息をついた。今まさに振られた同然なことがあったのだ。そっとしておいて欲しい。

「お、翔。降りてきたか、来い」

「ちょ、父さん離してよ!」

 一條総括は突然現れては翔を無理矢理横抱きにして自室へと運んだ。

「兄ちゃん、遅いよー」

 そのには四つ布団が並べられ、愛翔が眠たそうに目を擦っていた。

「なにこれ」

「なに、家族五人揃って一緒に寝ようと思っての」

「なに恥ずかしいこと……。え、五人?」

 一人多いことに気付いて翔はナール総括を見た。

「ふふ、できちゃった」

 お腹を撫でながらそうカミングアウトした母親に翔は「ええー!」と、叫んだ。

「賑やかだなー」

 ワイワイと騒ぐ四人の声を遠くから聞きながらしゅんりは穏やかな気持ちで眠りに着くのだった。

 

 

 

 試験三日前。

 しゅんりは日本へと逃げて来たときに着ていた服を着ようと奮闘していた。

「うぐぐぐっ……!」

 ショートパンツのジッパーが閉じれず、かつブラジャーからは乳首が収まらなかったりと、服が小さくなっていた。

「ふ、太っちゃった……?」

 成長しただけなのだが、しゅんりはそう解釈してショックでそのまま座り混んでしまった。

「しゅんり、着替え終わった?」

 襖の前にいる翔に声をかけられてしゅんりは「まだ開けないで!」と、言って先程まで着ていた寝巻きに着替え直した。

「あれ? 寝巻きのままじゃないか」

「うう、翔君……」

 目の端に涙を浮かべてぐずるしゅんりに慌てふためく翔にしゅんりは「太っちゃって、服入らなくなっちゃった……」と、訴えた。

 そんなしゅんりを上から下まで見て、翔は二年前に比べて身長も伸び、更に豊満になった乳房に目をやった。

 軽く頬を染めながら翔は「成長しただけだよ。身長伸びたもんね」と、しゅんりに声をかけた。

「……そうなの?」

「そうだよ。しゅんりは太ってなんかないさ」

 翔は昔、子供の時に着ていた服をしゅんりに貸そうかと考えていたそんな時、大翔がやって来て、しゅんりに紙袋に入ったある物を渡してきた。

「しゅんり。ワシから獣化の修行を頑張った褒美と、グレード3合格のプレゼントじゃ」

「じいちゃん。まだ試験を受けてすらないよ」

「何言っとんじゃ。合格なんて確定しとる。ほれ、お前のサイズに合えばいいんじゃがな」

 しゅんりは大翔にお礼を言って、紙袋を受け取った。

「大翔じいちゃん、ありがとう! 着替えてくるね!」

 そう言ってしゅんりは再び襖を閉めて着替え始めた。

「なんでスーツなの?」

「お祝いの服には良くないか?」

 しゅんりはパンツスタイルのリクルートスーツを着て、なんとか胸元のボタンを全部閉めて出てきた。

「む、胸が苦しいけど着れたよ」

 苦しそうにそう言って今にもボタンが弾け飛びそうなワイシャツを指差したしゅんりに翔は赤くなる顔を隠しながら「それはよかったよ」と、なんとか返答したのだった。

 

 

 

 ——試験当日、しゅんりは堂々と獣化の試験官の前に現れた。

「おう、待ってたぜ。デカ乳娘」

「そうですか、この下衆野郎」

 今年の獣化の試験官であるキルミン総括は相変わらず下品な言葉でしゅんりを向かい入れた。

「ファッキュー! 舐めた口聞いてんぞ落とすぞ」

「舐めてんのはそっちでしょ。見てな、私の獣化」

 しゅんりはキルミン総括に怖気ことなく狼に獣化し、見事に獣化のグレード3を取得したのだった。

「しゅんり、おめでとう! 獣化のグレード3に加えて育緑化のグレード2まで取得するなんてすごいよ!」

「ありがとう、翔君。翔君について来てもらって心強かったよ」

 しゅんりは試験後、ウィンドリン国の警察署を目指して移動していた。

 二年ぶりのウィンドリン国は周りの風景は特に大きく変わってなかった。懐かしいなと周りを見渡していた時、街中にある街頭テレビに映っている人物にしゅんりは驚いて前を歩く翔の背を叩いた。

「ちょ! しゅんりなにっ」

「あ、あれ! あれ!」

 しゅんりはテレビに映り、「君もこの香水を使えば女子にモテモテ!」と、宣伝文句をいうテレビに映る彼を指差した。

 まあ、驚くのも無理ないか、と思いながら翔はしゅんりに説明した。

「ワールだよ」

「いや、え、え、え!?」

 ワールさんなのは分かるわ! 

 そう思うしゅんりに翔は「さあ、行くよ」と、警察署に真正面から入っていった。

「え、裏口から入らないと!」

 いつも人間から隠れてきたしゅんりは翔の行動に驚きを隠せずにいた。

「まあ、話すと長いけど、タレンティポリスや異能者の存在を隠さない世の中に変わったのさ」

「いや、そこ詳しく!」

「まあ、そうだよねー」

 どこから話そうか翔が迷っていた時、しゅんりはぐーっと腹の虫が鳴った。

「き、聞こえた?」

「ごめん、聞こえた」

 恥ずかしくて死ぬ! 

 しゅんりはそう思って顔を隠した。今更そんなこと隠すことかなと翔は思いながらしゅんりを警察署の食堂に行くかと提案した。

「食堂に行っていいの⁉︎」

 リーシルド市の警察署のオムライスは絶品だと前々から噂に聞いており、しゅんりはいつか食べてみたいなと思っていたのだ。

「いいよ、行こうか」

「やったー! オムライス、オムライス」

 そう歌いながら食堂に向かうしゅんりに相変わらず元気だなと翔は苦笑した。

「うううー、美味しい!」

 しゅんりはオムライスに口にして絶賛した。そんなしゅんりは周りの様子を気にする事なく食べ続けていたが、食べ終わる頃にはその異変に気付いた。

「なんか、見られてる気がする」

「まあ、しゅんりは有名人だからね」

 翔のその言葉にしゅんりはショックを受けた。やっぱりタブーを犯した異能者はそれなりの報いを受ける仕組みになっているのか。

「いや、悪い意味じゃないよ。しゅんりはエアオーベルングズから皆を救ったヒーローとして有名なんだよ」

「ヒーロー?」

 しゅんりはそんなことになっているとは知らずに首を傾げた。

 そんな二人にとある警官は近付いて、「君があのブルースホテルのヒーローかい?」と、話しかけた。

「え、ヒーローだなんて……」

「すごい、本物だ。会えて嬉しいよ」

 しゅんりに警官は手を差し出して握手を求めてきた。

「そんな、大それた者じゃないです……」

 しゅんりはそう言いながら恐る恐る警官の手を握り返した。

「そうだ、よかったらこれ食べてくれ。ここの食堂、プリンも絶賛なんだ」

「ええ、いいんですか!」

 しゅんりは目を輝かせながら警官からプリンを受け取った。

「君の今後の活躍に期待しているよ」

「プリン、ありがとうございます!」

 しゅんりはそう言って警官に敬礼し、プリンに口をつけた。

「あまーい、美味しいー!」

 そんなしゅんりの幸せそうな顔を見てい翔に「いいでしょー」と自慢げな顔をしてしゅんりはプリンを見せつけるように食べた。

「んー、卵の取りすぎかな」

「……なんか前にも言われた気がする」

 翔のその一言にしゅんりはスッと笑顔を消し、前にも同じことを言われたなと思った。

 その後、しゅんりは翔と共にエレベーターに乗り、上階に移動した総括の部屋の前へとやって来た。

 タレンティポリスが世に認められてすぐ、地下にあった総括の部屋はホーブル総監の部屋と同じ階に移動した。

 そして地下にある元総括の部屋は補佐に与えられ、その他の部屋はそのまま機能していた。

「やっぱり駄目! 今日は無理!」

 倍力化の総括の部屋の前に来て逃げようとするしゅんりの首元を掴んで翔はそれを阻止した。

「ここまで来て何を言ってんだよ」

「駄目、怖すぎる!」

 皆が自身を見てどんな反応するか怖気付いたしゅんりは翔の手から逃げようと足掻いた。

「ほーら、諦める」

「うわっ!」

 翔はドアを開けてしゅんりを無理矢理に部屋の中へと入れた。

「おい、誰だノックもなしにって、しゅんり……」

「……ブリッドリーダー」

 部屋の中には机に座り、書類を手に持ったブリッドがいたのだった。

          

     

     

  

 ブリッドは突然開いたドアに不躾な奴だなと少し怒りを露わにしながら「おい、誰だ」と声をかけようとして、その言葉は止まった。

 髪は短くなっているものの、二年前と変わらないしゅんりの姿があったのだ。

「……ブリッドリーダー」

 向こうも驚いたように自身の名前を呼んだ。

 ああ、何度会いたいと思っただろうか。

 日本という場所に乗り込もうかとしたぐらい会いたくて、会いたくてたまらなかった人物が急に目の前に現れて、ブリッドは今すぐにでも彼女に抱き着き、頭を撫でたくなる気持ちをなんとか抑えながらしゅんりの前にへとゆっくりと歩いて出た。

「大きく、なったな」

「えへへ、三センチ伸びたよ」

 嬉しそうに自身を見上げるしゅんりは変わらず白くて綺麗な肌をしていた。マオから大火傷をしていたと聞いていたが綺麗に治っているらしい。少し伸びた身長に、更に大きくなった胸……。

「はいはーい。本当に身長伸びたよね、しゅんり」

 翔なブリッドの目線の先に気付き、しゅんりの前に立って視線を遮った。

「あんた、どこ見てんだよ」

 翔はしゅんりに聞こえないよう小声で睨みつけながらブリッドにそう声をかけた。

「別に」

 フイッと視線を逸らすブリッドに翔は変わらず睨み続けた。

「ちょっと、しゅんりが帰って来たんだって⁉︎」

 バタバタと慌しい足音と共にタカラとオリビアが部屋にやって来た。

「タカラリーダー、オルビアさん!」

「しゅんり!」

 二人はしゅんりを見るや否や飛びつくように抱き着き、再会を喜んで泣き始めた。

「もう、このお馬鹿さん!」

「うう、ごめんなさい……!」

 良かったな、とブリッドと翔もそんな三人に思わず貰い泣きしそうになった。

「しゅんり……」

 次に部屋に来たのは栗色の髪をし、スラッとした高身長のアイドルのような青年だった。

「えーと……」

 どちら様ですか? 

 そう思いながらしゅんりはその青年を上から下まで見てハッと気付いた。

「もしかしてマオ!?」

「そうだよ、酷いなあ」

 すぐしゅんりに気付かれなかった急成長したマオは苦笑しながらしゅんりの元へと近付いた。

「しゅんり、僕はあれからずっとあそこでしゅんりを止められてたらってずっと後悔してた。本当に無事でよかったよ」

「マオ、ごめん。本当にごめんね……」

「僕こそごめんね」

 マオはそう言い、しゅんりをそっと抱き寄せた。しゅんりもマオの背に手を回し、二人して再会を喜ぶように泣き合った。

「良かったわ」

「うん、良かった良かった」

 タカラとオルビアはそんな二人を見てハンカチで涙を拭いていた。

「はいはーい、お二人さんそろそろ離れようね」

「ほら、マオも泣き止もうな、な?」

 ブリッドと翔はしゅんりとマオを引き離し、マオに圧をかけ始めた。

「本当にあの二人、しゅんりの事になるとどうしてああなるのかしら」

「一條君がしゅんりを囲ってからブリッド、一條君に敵意剥き出しだもんね」

 タカラとオルビアは二人を呆れるように見ながら四人に聞こえないように話をした。

 翔は固くなくにしゅんりと他の者とコンタクトをとらせまいとこの二年間独占し、それにブリッドは幾度となく怒り、二人は揉めて来たのだ。

 正直、半年経った頃にはしゅんりはこちらに戻れる程の状況になっていたのだが、獣化の修行してるからとしゅんりに何も連絡出来ずにいたのだ。

「しゅんり、お前に渡したいものがあるんだ」

 ブリッドは思い出したようにそう言ってさら一旦しゅんりから離れて、引き出しからとある物を出した。

「私の銃!」

「ああ。慣れてないから上手くできてたか分かんねえけど、一応定期的にメンテナンスはしてある。最終調整は頼むわ」

「あ、ありがとう、ございます……」

 しゅんりはブリッドから銃とメンテナンス道具を受け取り、胸に抱き寄せた。

 ブリッドリーダーの匂いがする……。メンテナンス道具のカバーから匂うタバコと香水の匂いにしゅんりの顔は軽く赤く染まった。

「なに私達、出て行った方がいい?」

「そうね、どうする?」

「出ましょうか。翔君、行こう」

「絶対にい、や、だ」

 タカラとオルビア、マオはそう言って出ようとするが翔は固くなくにそこを動こうとしなかった。そんな時だった。

「おーい、ブリッド。彼女が来てんぞー」

 そう言いながらトーマスがやって来たのだった。

「彼女じゃねえ! トーマス!」

「あれ、しゅんりじゃん! お前、戻ってきたんだな!」

 ブリッドの言葉を無視して空気を読まずに部屋へとズカズカと入り、トーマスはしゅんりの肩を叩いた。

「トーマスリーダー。彼女って……」

「ああ、うちに出資してくれてるシュシュ令嬢だよ。すげー美人なんだぜ」

 羨ましいよなーとトーマスはしゅんりに笑いかけ、その言葉にしゅんりは手に持っていた銃を落としそうになった。

「はは、彼女。へー、彼女」

 しゅんりはジロッとブリッドを睨み、「失礼します」と、言って部屋を出た。

「ちょ、ちょっと待て、しゅんり!」

 慌ててしゅんりを追いかけるブリッドにトーマスは「何だ、あいつ」と、呟いた。

「このバカ!」

「本当にあり得ないですね」

「だから素人童貞なのよ」

 オルビア、マオ、タカラはそんなトーマスに暴言を吐いたのだった。

「しゅんり、待てって、勘違いだから!」

「勘違い? へー、でも勘違いしてても私には関係ないし」

 早歩きでブリッドから逃げるしゅんりはそう言い、エレベーターに乗ろうと下に行くボタンを押した。

「いや、話を聞けって」

「なんで? 聞く理由ないし」

「あのな……」

 固くなくにこちらを向こうとしないしゅんりにブリッドはどうしようかと迷っていたその時、目の前のエレベーターの扉が開いた。

「やだ、ブリッドリーダーいるじゃない。探してたのよ」

「シュシュ……」

 目の前で開いたエレベーターには今噂してたシュシュ本人がいた。なんていうタイミングなんだとブリッドは頭を抱えた。

 しゅんりは目の前にいる女性、シュシュを睨むように上から下まで見た。クリーム色の綺麗な髪を伸ばし、白くて綺麗な肌。豊満な胸を強調するかのようなその容姿にしゅんりはそういう女が好みなのかと、シュシュを睨んだ。

「あら、初めて見る子ね」

「どうも、初めまして。しゅんりです」

 不躾に睨んで来るしゅんりを見てシュシュは、「ああ、この子ね」と細く笑んだ。

「初めましてー、シュシュ・パウエルと言いますー」

 シュシュはしゅんりに見せつけるようにブリッドの腕に自身の腕を絡ませて胸を押し当てて見せた。

「へー、シュシュさんですか。そうですか」

 しゅんりはそう言って、開いたままにしてたエレベーターに乗った。

「おい、待て! 話しを……」

「黙れ、ファッキュー!」

 しゅんりは中指を立ててブリッドの言葉を遮ってエレベーターの閉まるボタンを押した。

「おい、そんな言葉どこで覚えた! 教えた覚えねえぞ!」

 ドアが閉まる直前、ブリッドはそう言ってエレベーターのボタンを押すが間に合わず、しゅんりは下の階へと行ってしまった。

 ブリッドはぷぷぷと口を抑えて笑うシュシュをジロッと睨みつけた。

「いや、急に親みたいな事言うから、ついっ……」

 シュシュはブリッドの言葉に笑い、指を差していた。

「マジでお前、ありえねえ……」

 分かっててああいう行動をしたシュシュにブリッドは怒りつつも怒鳴ることは出来なかった。

 それもそのはず。今までシュシュを良いように扱ってきたのだ、それを咎める権利はブリッドにはない。

「あのさ、もうこういうのやめにしないか、俺達」

 まさに悪い男の象徴のようにそう言い放つブリッドにシュシュは悲しそうに笑いかけた。

「本命が帰ってきたから、私はお払い箱ってことね」

「いや、すまねえ……」

 素直にそう言う彼にシュシュはブリッドの胸倉を掴んで顔を寄せて無理矢理に唇を重ねた。

「おい!」

 シュシュの肩を引き離し、怒るブリッドにシュシュは微笑んだ。

「いいじゃない。これが最後なんだから」

「シュシュ……」

「惨めに縋るなんて事はしないわ。さよならブリッド補佐」

 シュシュはそう言ってブリッドの前から立ち去ったのだった。

 ——しゅんりはエレベーターから降りて、ドスドスと足音を立てながら警察署内を歩いていた。

 あー、ムカつく、ムカつく、ムカつく!

 しゅんりは誰が見ても分かる程に怒りを露わにしていた。あの有名なしゅんりが帰ってきたと署内で噂が回っており、誰しも声をかけたいと思っていたが、怒りながら歩く様子のしゅんりにみんなは怖気付いて遠巻きに見ることしか出来ずにいた。

「ふん、相変わらずはしたない奴め。何をしてるんだ、しゅんり」

「はあ?」

 はしたないと罵った人物にしゅんりは低い声でそう返事し、その人物に目をやった。

「わお、ホーブル総監……」

「なんだ、化け物みたいに言いよって」

 相変わらずこちらを睨みつけるように見てくるホーブル総監は久しく帰ってきたしゅんりを上から下まで見て鼻で笑った。

「ふん、異常者は丈夫で良いな」

「ホーブル総監も相変わらずお元気でそうでようございました」

 いつもならそんな売り言葉に買い言葉をしないしゅんりであったが殺気立っていたためそうふざけて返した。

「口が達者なのは変わらんな。で、部署はどうする? お前は今、何処にも所属してないからな。人手は一向に足らんのだ。さっさと働いてもらいたいもんだな」

 いつ帰省するか分からないしゅんりは倍力化の部署から一旦外されていたのだ。

「ホーブル総監、それについてお願いがあります」

 先程までふざけていたしゅんりは態度を一変し、真剣な眼差しでホーブル総監の目を真っ直ぐに見た。

「……もう、決まってるんだな。来い、手続きしてやる」

 余りにも真っ直ぐ見てくるしゅんりに内心驚きつつも顔を出さずにホーブル総監はそう言ってしゅんりを自身の部屋へと案内したのだった。

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