あれからしゅんりは一晩かけてハングライダーで飛び、アサランド国から自国であるウィンドリン国へと逃げ戻っていた。

 もう火傷した右側には感覚はなく、ハングライダーを持つ手にも力が入らなくなってきた。そして自身の銃を落としたまま拾えず、持って来れなかった事にしゅんりは絶望していた。

「ダメだ、死にそう……」

 どこに向かっているか分からないまま、しゅんりは体力の限界を迎えそうになりながら人影が見えない森に降り立って休息を取ろうとした。

 木にもたれて、飛びそうになる意識をなんとか保った。とりあえず休まなければならない。どこか隠れるところはないかと辺を見渡したその時、ガサガサと誰かが近付く音がしてしゅんりは警戒した。

「はあ、やっと追いついたわん」

 草陰から出てきたのはまさかのルビー総括だった。

「る、ルビー総括……」

 驚きと安心した気持ちでしゅんりはそのまま座り込んだ。

「どうやって……」

 しゅんりは人間から隠れながらなんとかここまでやって来たのだ。そう簡単に見つからないはずだ。

「ネコ科の嗅覚を舐めないで頂きたいわねん」

 自身の鼻を指差してそう言ったルビー総括は背負っていたリュックから水と食糧、ハングライダーの替えの電力をしゅんりに渡した。

 しゅんりはそれを何も言わず受け取り、頬張るように食糧に手をつけた。

「しゅんり、これからどうするの」

「とりあえず、人気がいないところで身を潜めます」

「それで?」

 それはそうするしかないのだが、具体的なプランを言わないしゅんりにルビー総括は首を傾げた。

「……えーと」

「まさかのノープラン?」

 目を逸らして俯くしゅんりにルビー総括は溜め息をついた。

「まあ、そんなところだと思ったわよん」

 ルビー総括はポケットから綺麗なターコイズブルーの丸い石をしゅんりに渡した。

「これは?」

「このまま南東の方向にハングライダーで二日ぐらい飛べば日本に着くわよん」

「ニホン?」

「師範、いや一條総括の故郷よん。日本はウィンドリン国の南東の端に位置するんだけど存在事態隠してるの。基本、部外者が入らないようにバリアーを張ってて、これがあれば入れるようになってるわ」

「なんでそんなことを?」

 そんなにして隠す理由が気になったしゅんりはルビー総括に質問した。

「まあ、色々あるのよん。それに日本は外の文化から切り離されてるからテレビとか携帯を持っている人は少ないの。貴女の存在はそう簡単にはバレないはずよん」

 存在がバレない……。やはり、あそこにいた人間は携帯で撮っていたのか。

「私の存在はやっぱり拡散されてるってことですね……」

「……今、ナール達が全力を尽くしているわ。とりあえず落ち着くまで隠れてなさいん」

 事情を詳しく話さないルビー総括にしゅんりは分かっていたが絶望して顔を伏せた。

「貴女のお陰で私達タレンティポリスと一般市民からは死者が出てない。誇らしいことをしたのよ。胸を張りなさいん」

「……はい」

 ルビー総括のその言葉に返事しつつもしゅんりは顔を上げる事が出来なかった。

「とりあえず、ハングライダーの新しい電力と食糧を渡しておくわ。一條総括には連絡済みだから。私もそろそろ逃げないといけないから行くわねん」

 ルビー総括はそう言ってハングライダーの電力と食糧が入ったリュックをしゅんりに渡してから猫に獣化し、走り去って行った。

「ありがとうございます……」

 もういないルビー総括にそうお礼を言って、しゅんりはリュックを背負い、ハングライダーの電力を交換した。

 しゅんりはそれからルビー総括の言う通りに南東に向かって飛び、日本を目指した。

 時々鳴るパトカーと人間に怯えながらしゅんりは広大な森に到着した。そろそろ到着するはずだが、ここら一帯は森しか見えず、人里などは見当たらなかった。

 しゅんりは飛びそうになる意識の中、空中を飛んでいた時、ハングライダーからカスカスッと鳴り、グラっとバランスが崩れた。

 やばい、電力が無くなったか!

 しゅんりは空中では何も出来ずそのまま落下した。

「ガハッ……!」

 木である程度クッションになったが、あの高さから落ちたしゅんりはそのまま意識を失った。

 

 

 

 翔は任務先でアサランド国で起こったニュースを見て驚いた。

 あんな大きな任務だ。何かがあってもおかしくはないが、テレビの画面にはハッキリとしゅんりが映っていた。アサランド国の有名ホテルにて異能者が一般市民を殺害し、爆弾を持って逃走。たまたま近くにいた人間がニュース番組に動画を提供したらしい。その時、一緒にいた父の携帯が鳴った。

「ルビーか」

「ルビー総括から!?」

 今しゅんりはハングライダーで人間から逃走しており、まだ捕まってないらしい。日本でしゅんりをこの状況が落ち着くまで保護して欲しいというルビー総括からの依頼だった。

「翔、今すぐしゅんりの保護へ向かえ。俺はこの任務から離れられない。今から向かえばちょうど日本辺りで鉢合う筈だ」

「分かった。父さん、ありがとう!」

 翔は急いで任務先から日本、故郷に戻るために飛行場へと急いだ。

 日本に帰るにはいつも近くの街まで飛行機で行き、日本人のために設備された施設でハングライダーをレンタルしていた。

 日本は自然に囲まれて他の街から切り離されていた。そのため、基本移動手段はハングライダーを使用し、物の物流には車が通れないため馬を使用していた。

 翔はいつも通りハングライダーを借りて、人に見られないように空中を飛んで日本へ向かった。

 日本に着いた翔は急いで実家に向かった。

「じいちゃん、じいちゃんはいるか!」

「なんじゃ、急に帰ってきて騒がしい……」

 腰が曲がり、白い顎髭を長く伸ばした老人は久しく帰った孫を見て顔を顰めた。

「しゅんり、外人の桃色の髪をした女の子は来てない⁉︎」

「はあ? 部外者は日本に入れないのは重々お前は分かってるだろう」

「来てないんだね! 分かった!」

 翔はしゅんりがまだ日本に来てないことを知って、急いで森に戻った。

 上空から見下ろしても木で覆われてしゅんりを探せないと思った翔は地上に降り立って、地面に手をついた。

 森の中にいる爬虫類達に翔は心の中で念じかけ続けた。

「桃色の可愛い女の子を探し出して連れて来てくれ」

 翔が念じが通じたのか、隠れていた爬虫類達は森の中をしゅんりを探す為に動き出した。

「しゅんり、待ってて」

 絶対、しゅんりは僕が守る。

 翔はそう強く願って爬虫類達に念じかけた。

 ——しゅんりはカサカサと周りが騒がしくなった事に気が付いて目を覚ました。

「な、なっ!?」

 しゅんりの周りには大量の蛇がいて、中には体長二メートルは超えるだろう大きなものもいた。

 しゅんりはこの状況に恐怖し、急いで逃げようと立ち上がろうとしたが、足に力が上手く入らずそのまま地面に伏せた。

「く、くそ……」

 しゅんりは力の入らない自身に怒りの感情が出てきた。こんなに弱っているのだ、捕食対象として見られている。そう思ったしゅんりはいつも腰に差している銃へと手を伸ばした。しかし、そこにはホルダーのみで重要な銃はなかった。

「はは、終わった……」

 銃を落としたままだったことを思い出したしゅんりは笑った。私もここまでか……。

 しゅんりはそんな絶望の中、今まで関わってきた人達の事を思い出していた。

 学生の頃から一緒にいて笑い合ったマオ。何かと私を気にかけてくれる優しい翔君。姉のように面倒を見てくれたタカラリーダーとオルビアさん。冷たいようでなにかと一緒にいてくれたルル。そして厳しくも優しいナール総括。

「うっ、ブリッドリーダー……」

 しゅんりは目から涙を流しながらブリッドの名を口にした。いつも自身をバカにしたり、怒ったりと暴力的な人だが、重要な時は助けに来てくれ、そして優しく抱きしめて頭を撫でてくれた。

「く、そお、死にたくない……!」

 しゅんりは残った力を振り絞って立ち上がって歩き出した。

 なんとしても生きて帰るんだ!

 そんなしゅんりの行動も虚しく、体調二メートルある蛇に全身を絡め取られた。

 そして、ゆっくりとしゅんりを運ぶように蛇は動き出した。

「や、やめろ! 離せ!」

 しゅんりは抵抗するが弱っている今の状況では蛇には全く効かなかった。

「し、死にたくない、死にたくないっ……! 助けて、助けてブリッドリーダーッ!」

 力の限りにしゅんりはそう叫んだ。

「しゅんり!」

 まさか、ブリッドリーダー!?

 声のした方を振り返ると、そこにいた人物を見てしゅんりは驚いた。

「か、翔君!?」

「良かった! 見つからないかと思ったよ」

 翔は蛇に心の中で念じて、しゅんりの拘束を外させた。

「この子達は僕が念じてしゅんりを探させたんだ。安心していいよ」

「わ、私……」

「大丈夫だよ。もう大丈夫だから」

 しゅんりは翔のその言葉に安心して意識を手放した。翔はいきなり倒れるしゅんりを急いで抱えて、そのまま日本にある実家へと向かった。

 次にしゅんりが目が覚めた時、見た事のない作りの部屋だった。

 独特な草のような香りがする床の上には薄いマットレスが直接置かれており、そこにしゅんりは寝ていた。服は着替えさせられており、バスローブの様な形の薄い生地の服を着ていた。そして誰か治療してくれたのか右腕と腹部、左足には包帯が巻かれ、顔の右側には大きなガーゼが貼られたいた。

 しゅんりはゆっくりと立ち上がり、山や鳥の絵が書かれたドアの様な物の前に立った。

 こ、これは押すのか、引くのか。

 ドアノブもなくどうやって部屋を出ようかと迷っていた時、不思議なドアは右にスライドされ、目の前には翔がいた。

「うわ!」

「おお、目が覚めたんだね」

 しゅんりは驚きの余り声を上げた。

「体調は大丈夫かい? 着替えと治療はここに来ているお手伝いの百合ゆりさんがしてくれたんだ」

「百合さん……」

「そう。酷い火傷だったけど、うちの薬草を使ったから跡は残らないよ。今の日本には療治化がいないから時間がかかるのは申し訳ないけどね」

「いや、ありがとう。本当にありがとう」

 しゅんりは翔にそう礼を言って深々と頭を下げた。

「やめてよ。困った時はお互い様さ」

「こんなお尋ね者の私を置いてもらって、なんて言ったらいいか……」

「この日本でテレビ持ってる所は本当に一軒か二軒ぐらいで、外の情報はなかなか入って来ないからそれについては安心していいよ」

 翔の言葉にしゅんりは安堵した。ルビー総括が言ったことは間違いではなかったようだ。

「翔や。お嬢ちゃんは目が覚めたのかえ」

 老人の低い声が聞こえてしゅんりはスライド式のドアに目を向けた。

「うん、目が覚めたよ」

「うむ、入ってよいかね?」

「あ、はい……」

 その質問にしゅんりは咄嗟に返事した。するとドアを横に開け、入って来たのは腰が曲がって白髭を長く伸ばして、しゅんりと同じ作りの紺色のバスローブのような服を来た老人だった。

「どうも初めまして。ワシはこの日本を統治している一條 大翔やまとだ。よろしく」

「しゅ、しゅんりと言います。その、治療などありがとうございました」

「うむ、しゅんりというのか。良い名前じゃな」

「ありがとうございます」

 老人、大翔は緊張しているしゅんりの前に膝を折って四角く座った。

「なに、かしこまらんで良い。怪我が治るまで居なさい」

「本当に感謝します」

「ところで、どのような事があってそんな大怪我をしてわざわざここに?」

 ただの怪我であれば近くの病院なりなんなりに行けばいい。それをわざわざここ、日本にまで治療しに来た理由を大翔はしゅんりに問うた。それにここには部外者が入らないような仕掛けになっている。どうやってここまで来れたのか疑問に思った大翔にしゅんりが素直に人間に異能者だと知られたことを話そうとした時、翔が遮るように大翔に話しかけた。

「しゅんりは前々から獣化に興味があったんだ。たまたま近くで任務してて怪我したんだけど、療養を兼ねて長期休暇もらってここに修行にと僕が誘ったんだ」

 しゅんりはどうしてそんな嘘を付くのかと驚きながら翔を見た。

「ほお、獣化に興味を。なんとまあ珍しい」

「そうなんだよ、しゅんりはなんでも興味を持って好奇心旺盛なんだ」

 目を細めてこちらを見る大翔にしゅんりはなんと言っていいか分からずに顔を伏せた。

「そうか、なら怪我が治ったらワシが直々に修行をつけてやろう」

「良かったね、しゅんり。じいちゃんはもともとタレンティポリスにいた獣化の総括なんだ。他にも育緑化、倍力化が使えるんだよ」

「育緑化も。すごいですね」

「ほっほ、ありがとう。ここいら一体の森の管理と畑は大概ワシが栽培しとる。食べたい野菜があればいいなさい。育ててやろう」

 そう言って大翔が部屋から退室した後、しゅんりは嘘を付いた翔を睨んだ。

「いや、じいちゃんは昔ながらの考え方の人なんだ。あの事を知ったらしゅんりが追い出させられると思って……」

 申し訳無さそうにそう言う翔にしゅんりは何も言い返す事が出来なかった。嘘を付いたことは許せないが、それはしゅんりを思っての行動だったのだ。

「……隠せばいいの?」

「う、うん。あ、でも嫌なら獣化の修行しなくていいよ。やっぱり思ってたのと違うかったとかなんでも言えばいい」

「そんな失礼なこと出来ないよ。やるには本気でやるよ」

 しゅんりはそう言って、罪悪感に苛まれながら翔に促されて再び眠りに付いた。

 次に目が覚めるとお手伝いさんの百合さんが食事を運んでくれた。

「ごめんなさいね。洋食とか分からないから和食になったけど、お口に合うからし」

「はい、すごく温かくて美味しいです」

 食べたことのない味にしゅんりは人の温かみを感じながら食べていた。ただ、二本の棒で食べる方法が分からず、雛鳥の様に百合さんに食べさせてもらっていた。

「ふふ、しゅんりちゃんは可愛いわね。すごくモテるでしょう?」

 百合は可愛いらしいしゅんりを気に入ったのか、その後も甲斐甲斐しく世話をした。まだ傷が痛み、風呂が入れないしゅんりの為に百合は体を拭いてから再び傷の手当てをした後、夜には自宅に帰って行った。

 百合を玄関で見送り、しゅんりは部屋に戻ろうとした時、大翔と廊下で鉢合わせした。

「あ、大翔さん……」

「おじいちゃんで良い。それよりかしゅんり、その手は大丈夫か?」

 約三日間ハングライダーに乗っていたしゅんりの手は豆だらけだった。

「あ、はい。我慢できる痛みです」

「ほっほっほっ。我慢せんで良かろうに。おいで、薬を塗ってやろう」

 大翔は高らかに笑い、しゅんりを自室へと招いた。

「ほれ、少し染みるが良く効くからな」

「ありがとうございます」

 シワシワの温かい手で優しくしゅんりの手を優しく包むように薬を塗る大翔にしゅんりはジワっと目に涙が浮かんだ。

「どうした、痛むか?」

「はい、痛い、です……」

 しゅんりは自身の左胸、心臓がある部分を強く握り締めた。こんなにも良くしてくれている人達に嘘までついて、ここに居座わろうとする自分はなんて浅ましく、酷い奴なんだと心が痛んでいた。

 しゅんりは大翔から距離をとって床に顔を擦り付けた。

「ごめんなさい。私は嘘を付きました」

「……ほお、どんな嘘だ」

 大翔は目を薄めながら声を低くし、しゅんりに質問した。

「私は獣化を取得するためにここに来たわけではありません。人間に異能者だとバレてここまで逃げてきました」

 しゅんりは翔に隠すように言われたことを無視して大翔に事実を伝えた。

「何故、嘘を付いたんだ?」

「何故……」

 それは翔君が言ったからと言おうとしてやめた。翔が言った後に素直に言えば済む話だ。それを言わなかったのは……。

「生きたかったから……」

 異能者としてバレてしゅんりは任務を放り出して、逃げなくてはいけないと強く思いってあの場所から逃げた。そして、森の中で蛇に囲まれた時にも強く思ったこの感情が本当の自分の気持ちだと気付いた。

「死にたくないです。私には今、何処にも行けるところがありません。お願いです、こんな卑しい私を日本に置いてください!」

 しゅんりは大翔にポロポロと涙を流しながら懇願した。

 そんなしゅんりを大翔は冷たい目で見下ろした。そして床の間に飾っていた刀を鞘から取り出し、しゅんりの髪を持って顔を無理矢理に上げさせた。

「ぐっ……!」

「じいちゃん何してんだよ!」

 しゅんりが部屋にいないことに気付いた翔はしゅんりを探しにたまたま大翔の元へ来ていた。そして大翔がしゅんりの髪を乱暴に持って引っ張り上げる姿を見て翔は叫んだ。

「来るな。来たら分かるな?」

 大翔はこちらに来ようとする翔に見せつけながら刀をしゅんりの喉元へ持って行き、翔の動きを制止させた。

「頭おかしいだろ、何してんだよ!」

「翔君、いいの……」

 しゅんりは抵抗することなく、大翔を見上げた。

 ああ、こんな私は生きる価値も無い。死んで当たり前なのかもしれない。

 そう思って虚な目をするしゅんりのその言葉に翔は言葉を失った。

 何がいいんだよ!

「しゅんり、何故人間に異能者だとバレたと思う?」

 大翔の問いにしゅんりはその時の状況を思い出す。人間がホテルの前まで来てて、敵が爆弾を持っており、どうすることも出来ずに目の前で敵を殺したのだ。

「己の力不足だと思わんか?」

 大翔の言葉にしゅんりはハッと目を見開いた。どうする事も出来なかった訳ではない。自分の今の実力ではどうにも出来なかっただけなのだ。

「強く、なりたい……」

「どう強くなりたい?」

 どう強くなりたいのか。誰も傷付けさせずに、そして何よりも。

「皆を守れる私になりたい……!」

「がははっ!」

 大翔はしゅんりのその言葉を聞いて笑った。そしてしゅんりに向かって素早い速さで刀を振り下ろした。

「しゅんりー!」

 翔はしゅんりの名を呼んですぐ駆け寄ったがそれは遅く、しゅんりは上から引っ張り上げられる力が無くなり床に伏せた。

「日本もな、テレビや携帯が徐々に普及されつつあり、テレビを持つ家は増えている。今の容姿のままでは目立つ上にすぐに知られる」

 大翔はそう言ってしゅんりの長い桃色の髪を一刀して短く切ったのだった。

 しゅんりはまだ繋がっている首に手を持っていき、ゆっくりと深呼吸した。

「なに考えてんだ、この糞爺!」

 翔は床に倒れるしゅんりを抱き起こしながら大翔に暴言を吐いた。

「何を言うんじゃこのクソガキ。どうせお前が勝手にあんな嘘言ったんだろ、大馬鹿者め」

 大翔は翔の頭を刀の柄で小突いてから刀を鞘に納めた。

「そ、そうだけど!」

「これ以上、言い訳するようなら孫であろうと容赦せんぞ」

 低い声でそういう大翔に翔は反論出来ずに黙った。

「翔、しゅんりの髪を整えてやれ。弟の愛翔まなとによくやってるからできるだろ」

「そんな女の子のなんて切ったことないよ。それに百合さんの方が……」

「いいから早うやらんか。うじうじうるさい奴じゃ」

 大翔はしゅんりの切った髪をまとめてゴミ箱に捨てた。

「しゅんり、手荒な真似をしてすまんかった。お前の素直な気持ちが知りたかったんだ。この老いぼれのことを許してもらえんかね?」

 腰を下ろし、しゅんりと同じ目線でそう言う大翔にしゅんりは頷いた。

「私こそ申し訳ございませんでした。許すもなにも大翔さんのした事を私が責める権利などありません……」

「そうかしこまらんで良い。しゅんり、お前は今日からワシらの家族のようなもんだ。状況が落ち着くまでいつまでも居ても良いし、本当に獣化を学びたいなら修行をつけてやる」

「あ、ありがとうございます……!」

 しゅんりは大翔のその言葉に再び泣き始めた。

「おーおー、しゅんりは泣き虫なんじゃのう」

 大翔はしゅんりの頭を優しく撫でた。自分が泣かした癖にと、翔は隣りで大翔を睨んだ。

「そういえば、テレビは何処の家が買ったんだよ」

 周りの国々から閉ざされている日本にテレビを置くのは持ってくるのもだし、電波を引くのに一苦労だ。そのためわざわざ置く家も少ないし、テレビのある家にみんな群がる。何処の家がテレビを購入したかでしゅんりの行動を制限しなくてはいけない。

「どこって、お前さんは視界が狭いのう」

 そう言って顎を前にしゃくる大翔にしゅんりと翔は後ろを振り返った。

「な、な、いつの間にテレビなんて買ったの!」

「翔、テレビ買ってくれてありがとうのう」

 大翔の部屋にはテレビが設置されており、なんと翔の口座から勝手にお金を引いて買ったと大翔は言った。

「また勝手に僕のお金使ったの⁉︎」

「だって今までワシが稼いだ金はもうこの国の維持に使っちゃったもん」

 日本はウィンドリン国内にある街であるものの、政治的には独立しており、ほとんど時給自足の生活をしている。しかし、全くお金が必要ではないわけではなく、タレンティポリスとして働く者は大半を日本に住む人々と街の運営の為にお金を寄付していた。そのため翔に残るお金は一般サラリーマン並みの収入しかないのだ。そんな少ししかない翔のお金を大翔はいつも勝手に使用していたのだった。

「もんじゃないだろ、気色悪いな!」

「ふふ、ふふっ」

 ギャーギャーと祖父に文句を言う翔を見てしゅんりは思わず笑ってしまった。

「うんうん、女の子の一番の化粧は笑顔じゃ。ほら、これ以上夜遅くなる前にしゅんりの髪を整えやれ」

「ちくしょう、父さんに言うからな……」

「へーへー、どうぞ」

 翔は大翔を睨みながらしゅんりの腕を引いて風呂場へ向かった。

「ごめんね。僕そんな流行りの髪とかに切れないんだ」

「ううん、そんな事ないよ。翔君、ありがとう」

 しゅんりは翔によって髪を短くまとめてもらった。少年のように短くなった髪にしゅんりはショックであったが、黒髪が多いこの日本では桃色の髪は目立つ。ショートであれば帽子でも被れば誤魔化せるだろう。

 風呂場の鏡で自身の髪を見ていた時、鏡の端に映った人影に驚いてしゅんりは振り返って風呂場の入り口を見た。

「あれ愛翔。まだ寝てなかったのか」

 翔は入り口にいる子供、弟の愛翔を見てそう言った。愛翔と呼ばれた七、八才程の少年はしゅんりを睨みつけた。

「こいつ誰」

「あ、しゅんりって言います。今日からお世話になるね……」

 あからさまに怒りを露わにしてこちらを見てくる愛翔にしゅんりは面を食らった。

「愛翔、そんな態度失礼だぞ」

「うっせ、兄ちゃんの嘘つき! 次帰ったら俺の勉強見てくれるって約束してたのに、このおっぱい星人の事ばっか世話しやがって!」

「あ、こら愛翔!」

 愛翔はそう言い捨てて風呂場から走り去っていった。

「お、おっぱい星人……」

 ここ数日色々あったけど、これは結構上位にいくぐらいショックだ……。

 そう思いながらしゅんりは自身の胸を持ち上げた。

「ご、ごめんね、しゅんり。まだ甘えたな奴なんだよ。許してやってね、ね?」

 ショックで放心状態のしゅんりに翔はその場をなんとか納めよう努力していた。

「うん……」

 しゅんと効果音が出そうなぐらいショックを受けてるしゅんりに翔は屈んで顔の高さを合わせた。

「しゅんり、ようこそ日本へ」

「へへ、ありがとう」

 そう言って翔に日本に向かい入れられたしゅんりはお礼を言って、やっと安心できたように微笑んだ。

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