アサランド国内で一等級のホテル、ブルースホテル。いつも賑わう街中にそびえ立つそのホテルはいつもと違う雰囲気が漂っていた。

 それもそうのはず。本日はある御得意様の貸切でパーティーが行われる予定で他の客はおらず閑散としていた。

 そしてその周りに立つ何棟ものビルの屋上には獣化のキルミン総括達とその部下にあたる者が二人、ジャド総括達と部下の武強化の四人がホテルを囲む様に見下ろし、その一つにマオはいた。キルミン総括の部下にあたる男がマオの護衛にあたり、マオはホテルの入り口とホテル周辺の監視カメラをパソコン越しから見ていた。

 マオはブルースホテルの真正面に、そして右手にある商業ビルにはテーオ総括がワンフロアを三ヶ月前から貸切り、五人体制でパソコンを通じてホテル内の管理システムをハッキングし、ホテル内の設備をいつでも操作できるよう待機していた。地上では魅惑化のリオとベラがハングライダーで空中を飛びながら一般市民がここいら一体に近寄らないよう能力を巧みに使って追い払っていた。簡単な指示なら広範囲にできるらしく、ふわっと自身のフェロモンを軽く流しながら二人はぐるぐるとホテル周囲を周っていた。そしてキルミン総括のビルの屋上にいる者とは別の部下三人としゅんりでホテルを四方向で囲んで地上で待機していた。

 しゅんりはホテルの裏口付近にある電柱に身を潜めていた。インカムから聞こえるマオの確認事項を聞きながら、「ブリッドリーダーは大丈夫かな」と、思いながらホテルを見上げた。

 同時刻、ブリッドはカミラと共にホテルの廊下を歩き、今回の戦場となるパーティー会場へと向かっていた。

「はあ、苦しい」

「あ、緩めたらダメですよ」

 ブリッドは慣れないタキシードを着こなし、首元が締まって苦しいとタイを少し緩めた。それを見たカミラは背伸びして緩められたタイを直した。

「ああ、すまない」

「い、いえ……」

 カミラは赤く染まった顔を見られないよう顔を伏せた。そしてチラッとブリッドの姿を見て心の中で悶絶した。

 はあ、なんて格好良いのかしら。もうずっとこのままでいて欲しい。まだ本番前なのに魅惑化の能力が出そうになるのをなんとか堪えてカミラは前を歩くブリッドについて行った。

 こんな姿、あいつが見たらまた大爆笑するんだろうなと、ブリッドはしゅんりと別行動だったのを良かったと思いつつ、不安にも思っていた。

 幸も不幸か、しゅんりは任務でまだ誰かを殺したことがなかった。別に敢えて殺人を犯す必要もないのだが、また十ヶ月前のアルンド市とデーヴの時と同様にフラッシュバックを起こしてもブリッドにはしゅんりの元へ駆け寄る余裕が今回はないのだ。

 そんな事を考えながら歩いていた二人の前に女性が向こうから歩いてくるのが見えた。

 黄色の露出度が高めなパーティードレスを着こなす女性はこちらを見向きもせず堂々と歩いていた。

 ブリッドとカミラは誰がエアオーベルングズか分からないこの状況に警戒しながらゆっくりと歩きながら向こうの出方を見た。相手の顔を横目で見て驚きの余りにブリッドは思わず足を止めてしまった。

「ブリッドさん?」

 突然止まったブリッドにカミラは声をかけた。まさか、敵の能力に罹ったのかとカミラは自分達の少し後で立ち止まっている女性へと目をやった。

「ブリッド?」

 女性はそう言いながらこちらを振り返った。

「あれれれ? ブリッドリーダーじゃーん」

 その女性、シュシュはブリッドを指差して笑った。

「あはは、全然雰囲気違うから気付かなかったわー。なに、この丸っこい眼鏡? だっせー!」

 肩を揺らして大爆笑するシュシュにブリッドは頭を抱えた。もう二度と会いたくないと思ってた奴にここまで馬鹿にされ、すぐにでもこの場から逃げたくなった。

「いやー、父様に無理矢理言われて嫌々でも来て正解だったわー」

 そう言いながらシュシュはブリッドに近寄った。

「ねえ、ねえ、ブリッドリーダーさん。何か言ったらどうなのよ」

 意地悪くニヤニヤと笑いながらブリッドの腕に自身の腕を絡め、シュシュは胸を押し当てながら上目遣いでブリッドを見た。

「お願いだ。その呼び方やめてくれ」

 そんなシュシュにブリッドは本気でそう懇願した。

「なによ、"リーダー"って呼んでっておねだりしたのは貴方じゃない。なに、それとも五万イェン男とでも呼びましょうか?」

「本当にすみませんでした。"ブリッド"でお願いします」

「どうしよーかなー」

 人差し指を口に当てて悩むフリをするシュシュから離すようにブリッドの腕をカミラは引っ張った。

「大変申し訳ございません。私達これから仕事があるので」

「仕事? ああ、そう言うこと。貴方、もしかして今からある演奏の出演者?」

「そうです。ブリッドさん、行きましょう」

 カミラのその行動にブリッドは助かったと思って素直に先に歩くカミラに着いて行った。

「ふーん、あの子ではないみたいね」

 ブリッドのことを"ブリッドさん"と呼ぶカミラを見てシュシュはそう呟き、可哀想にとも思った。カミラがブリッドを想っていることを察したシュシュはそう思い、「あ、私もか」と、一人で自身を潮笑った。

 カミラは早歩きで会場に向かった。あの数分で分かったことが二つあった。

 あの女性とブリッドは絶対に肉体関係があったこと。そして、ブリッドリーダーと呼ぶようおねだりしたと言っていたことで、ブリッドが好意を抱いている女性がナール総括ではなく本当はあの人、しゅんりだったという事だった。

「おい、カミラ。そんな急がなくても大丈夫だぞ。転けるぞ」

 黒の裾の長いドレスを着ているカミラを案じてそう言うブリッドをキッとカミラは振り返って睨んだ。

「な、なに怒ってんだよ……」

「別に!」

 カミラはそう言って会場へと先に向かっていった。

「もう、なんなんだよ……」

 そう呟いてからブリッドはカミラの後を追って会場へと入っていった。

 

 

 

 しゅんりはインカムから聞こえるブリッドの歌声で作戦が開始されたことを気付いた。

 演奏組でインカムを使用しているのはタカラのみであった。演奏者として出ているため目立つ立場にある。インカムをつけているのを気付かれないように配慮した結果、会場でインカムを付けているのはタカラと育緑化で花屋として潜入したハンソン総括達、そして他の部屋で待機している療治化達だった。

『ほお、倍力化の男が歌うって聞いてたが、大丈夫か? こんなお綺麗な声で歌う脆弱な奴、すぐに殺されるぜ』

 聞こえる歌声から普段のブリッドは確かに想像できないかと、思いながらしゅんりはインカムから聞こえるキルミン総括の声を黙って聞いていた。

『女みたいな奴じゃねえの?』

 キルミン総括の補佐にあたる男がバカにしたような声でそう言い、キルミン総括もガハハっと笑った。

『女みたいな奴だったらみんなで裸にして遊んでやろうぜ。おい、両刀かそういう趣味ある奴は俺までに声をかけてくれ』

 下品な事を平気でインカム越しに全員にそう言うキルミン総括にしゅんりは顔を歪めた。作戦時、一番大柄で頭に毛がなく丸くまとめて髭を長く伸ばしたキルミン総括はしゅんりと初めて会った時、いやらしい目でしゅんりを見て、「おい、デカ乳娘。今夜相手してやるから空けとけよ」と言い、続いて小麦肌の大柄な補佐の男も「俺も混ぜてくれよ」などとふざけたことを言ってきたのだ。

 しゅんりはそう言う奴の事は基本相手せず黙って睨むように徹底していた。そう、いつもそうしていたのにしゅんりは我慢出来ずに他の総括達がキルミン総括を咎めている中、「黙れ、糞が」と、インカムにスイッチを入れて暴言を吐いた。

『おい、誰だ』

 先程と打って変わって声を低くさせた声でそう言うキルミン総括に怯まず、しゅんりはキルミン総括に伝えた。

「いいか黙って聞け、この下衆野郎。ブリッドリーダーに少しでも触れてみろ。このデカ乳娘がてめえの顔面を二度と見れねえようにしてやる」

 手の関節をポキポキと鳴らしながらしゅんりは自身の頭上を見上げた。丁度しゅんりが身を潜めている電柱の真後ろにある商業ビルの屋上にキルミン総括はいた。

 短気のキルミン総括は今すぐにでもビルから降り立ち、しゅんりを犯してやろうかと思い動き出した。

『おいキルミン、動くな』

 インカムからはジャド総括の声が聞こえた。

『今暴れんなよ、作戦がパーになるだろうが。俺に引き金を引かせないでくれ』

『あん? このガキの肩を持つのか?』

 キルミン総括は遠い位置からこちらに銃を向けるジャド総括を睨んだ。

『言ってるだろ、作戦をパーにする気かと。今度、俺が女を用意してやるから落ち着けよ』

 確かにここで暴れるのは愚の骨頂だな。

 キルミン総括はジャド総括の言う通りにし、しゅんりから目を離した。

『素人女でよろしく』

『無茶言うなよ。お前みたいなの相手できんのはプロだけだよ』

 そう言って、ジャド総括は殺気をまだ放つしゅんりを見て、なんだ、やっぱりお前さんら付き合ってんじゃねえかと、思いながら心の中で笑った。

 三人のやり取りを聞きながらその場にいた者はハラハラしていた。そしてタカラ、マオ、オルビアはしゅんりの行動に驚いていた。

 あのしゅんりがあんな事を言うなんて。そしてブリッドを思ってああ言ったしゅんりにマオは確信した。

 なんだ、しゅんりはブリッドリーダーのことが好きだったのか。そうすればいつも感情を剥き出しにして、キス未遂のことをあんなに悩んでいたのも納得した。

 タカラはこの事を知らずに歌い続けるブリッドを見て、「これ、知ったら喜ぶだろうな」と思い、一人微笑んだ。

 無事に歌い終わり、会場の出席者に程よくカミラの魅惑化が効いているのを見てタカラは小声でインカムに向かって話かけた。

「今、第一作戦終了。第二作戦に移行します。すぐ動けれる様に待機してください」

 とうとう始まる。

 ブリッドは舞台袖に引っ込み、隠していた大剣を出して来る時に向けて待機した。

 ——ぽろん。ぽろんぽろんと静かな室内にゆっくりとピアノの旋律が響き渡る。

 三拍子経ってププーッとルビー総括がトランペットを奏でた。

 ブリッドは目を凝らしてルビー総括を見る。ルビー総括の演奏するトランペットのベルから空気が微かに歪んだように見えた。ルビー総括は器用に敵の異能者、エアオールベングズを標的にしてトランペットから出る音に魅惑化の効果を乗せてばら撒いた。ただ能力を広めればすぐに敵に察知されるためそうしたのだろう。

 ふらふらと揺れる敵が出てきたところでナール総括が立ち上がって、ピアノを両手で鍵盤を押してダーンッと鳴らす。

 それを合図にブリッドは舞台袖から勢いよく出て、舞台下にいた敵を一気に大剣で切り裂いた。

 それに続いてタカラは銃から氷を出して一本の道を作った。ブリッドはその上を器用に素早く滑りながら敵が魅惑化の能力から覚める前に次々に斬り殺していった。

 そして戦闘員をフォローするように育緑化を使ってハンソン総括は持ってきた観葉植物を器用に動かしていた。

 それを上手く利用し、植物を足場にして飛び回りながらナール総括は敵の頭を掴んで次々に首をへし折っていき、一瞬で片をつけていった。また、ルビー総括はドレスを脱ぎしてて黒豹へと獣化して、植物の影に隠れながら敵を引っ掻き、そして噛み殺したりしていった。

「カミラ! ミア! こっちに出資者達を誘導して!」

 戦闘が激しくなりつつあるこの場で唯一非戦闘員の二人と出資者を守らなければならないタカラは必死に二人に指示を出して出資者の保護に当たっていた。

 このホテル一番の広い会場が二階にある。そこへ向かう途中でホテルのスタッフも魅惑化してそこに収容する作戦となっていた。

 順調に事が運んで後は部屋の外へ出席者を出すところだという時、バリーンと部屋にある大きな窓ガラスが派手に割られた。

「イッツ、ショータイムッ!」

 そう声を張り上げながら窓を割って部屋へ侵入してきたのは隣のビルにいたキルミン総括とその補佐だった。キルミン総括は部屋へ降り立つ前に大型のネズミに獣化し、ドンっと辺りを響かせながら着地した。

「いやあっ!」

「きゃあっ!」

 その衝撃でカミラとミアの集中力が一瞬切れた。

「ヤバいわ!」

 カミラとミアはお互い顔を見合わせてから急いで魅惑化の能力を再度出す。なんとか出資者達が騒がずにいてくれたことを安心したのも束の間、魅惑化の能力にかかっていたエアオールベングズ達が数人、ルビー総括の魅惑化から解けてしまった。

「こっちに来る!」

 タカラは自身達の方に向かってくる異能者に気付き、銃から氷を広く張ってバリアを作った。

「はっ! うっすい氷だこと!」

「これから分厚くすんのよ!」

 相手は倍力化のグレード3のようで、タカラは氷を突き破られないよう氷を急いで分厚くしようと力を込めた。

 これでも武強化の試験、ぶっちぎりの成績でグレード3になったんだからね! 

 そう心の中で思いながら相手の攻撃を必死に防いだ。

「カミラ、早く誘導するわよ!」

「わかりました!」

 タカラが防御してくれている間に急いで誘導し、部屋から出資者を出し終えた時、カミラは黄色のドレスを着た女、シュシュがいないことに気付く。

「はっ! どこ⁉︎」

 カミラは後ろを振り向くと、ちょうどタカラの真後ろにシュシュが座り込み、恐怖で震えて動けずにいた。

「へへ、ヒビが入ってきてんぞ」

「ぐうううう! ちきしょうが!」

 タカラの後ろでシュシュは氷のバリアが割れていく様に恐怖で目に涙を浮かべた。

 どうしよう、私死ぬの!?

 そう思ったその時、シュシュの目に大剣を持ちながら敵をなぎ倒すブリッドが目に入った。

「ぶ、ブリッド……」

 そう名前を呟いた後、シュシュは自身が出せる声を精一杯に張り上げて、「ブリッドリーダー、助けてえええ!」と、ブリッドに助けを乞うた。

 それと同時にタカラが放つ氷がバリンと粉々に割れる。

 ああ、死ぬ……。

 そうタカラとシュシュが同時に思った時、目の前にいた敵が真っ二つに切り裂かれた。

「はあ、間に合ったな」

 敵の血飛沫を浴びながらブリッドはそう言ってシュシュを見た。

「うう、ブリッド……」

 安心したのか、目からポロポロと涙を流しながらシュシュはそう言った後、緊張の糸が切れてそのまま気を失って床に倒れた。

「あんたね、もっとスマートにやりなさいよ」

 タカラは瞬時に銃から氷で傘を作って、血の雨を被らないように防御しながらブリッドに文句を言った。

「いいじゃねえか。便利なその魔法で汚れなかったんだ」

 そう言う問題じゃないわよと、文句を言いたいし、この女性はあんたの何なのよ、などと言いたい気持ちを抑えてタカラは「はいはい」と言って、こちらに駆けつけてきたカミラと一緒にシュシュを移動させようと両方から腕を持って担いだ。

「タカラ、頼みがある。出資者達を一階のエントランスに移動させてくれ。あの暴れっぷりじゃ、もしもの時に逃がせれる自信がない」

 ブリッドは顎をクイッとしてキルミン総括を指した。

「たしかにそうね。インカムで皆には報告しとくわ」

「頼むわ」

 ブリッドは無事にタカラ達がこの戦場から出て行ったのを見届けてから再び、戦闘に戻った。

 

 

 

 ——ブリッドは床に流れる大量の血を見て、しっくりこねえなと、考えていた。

 ルビー総括の魅惑化が効き、総動員で動いたといってもあっけなく終わったこの状況にブリッドは疑問を持った。時間にして三十分と経っていない。余りにも簡単すぎる。

 ブリッドはこんな状況でも笑っていた敵二人を、出資者達の避難を終わらせて戻ってきたタカラが投げ寄越した拘束具を使用して捕虜として捕らえた。捕虜に聞こうにも今は意識を失っており、現在は拷問をかけることは不可能だった。

「どうした、浮かない顔をしよって」

 綺麗なドレスを血で汚したナール総括はブリッドにそう声をかけた。

「いや、何かある気がして……」

「ほお。何か、か……」

 ブリッドの勘は良く当たるからなと、ナール総括は考えた。

「おいおい、余り勘繰るなよ。さっさと終わらそうぜ」

 周りで戦う味方のことを考えずに暴れまくっていたキルミン総括はブリッドにそう言った。そして上から下まで舐めるようにブリッドを見て溜め息をついた。

「お綺麗な声で歌う男がどんなのか楽しみにしてたが、期待外れか」

 いきなり不躾な言い方にブリッドは顔を顰めた。しかし、大きなネズミに獣化していたキルミン総括の姿を思い出してブリッドは声をかけた。

「キルミン総括。獣化は獣に化けるだけではなく、獣を操ることも出来ると聞いたことがありますが本当ですか?」

「ああ、獣化できる獣はある程度操れるぜ。それがどうした」

 今それを問うブリッドにキルミン総括は首を傾げた。

「ホテル内にいるネズミを操って探ってもらえないでしょうか」

 こんな大きなホテルだ。ネズミぐらい大量にいるだろうとブリッドは踏んでキルミン総括に依頼した。

「ああん? 一端の若造が俺様に命令か?」

「まさか。お願いをしています」

「ほお」

 怖気ずにそう言うブリッドにキルミン総括はニヤッと笑った。

「いいぜ。だが、お前が捕らえた捕虜は俺に寄越せ。手柄は俺達ザルベーグ国が貰う」

「ええ、結構です」

「な!? それは認めんぞ」

 勝手に捕虜の主導権を許したブリッドにナール総括は止めに入った。

「今は手柄がどうかと言う時ではなく、そんなの関係無しにこの場を抑える為にお互い協力し合うべきです。ですよね、ナール様?」

 上司であるナール総括にブリッドはそう言ってその制止を止めた。

「ふん、好きにせい。お前の勘は当たるからな、任せる」

 その正論にナール総括は言い返せず、ブリッドに丸投げした。

「おい、あともう一ついいか?」

 捕虜の件だけではなく、こちらに更に条件をつけようとするキルミン総括にブリッドは片眉を上げた。

「あの桃色髪のデカ乳、お前のか?」

「……俺の弟子ですが、何か?」

 しゅんりの事かと思い、ブリッドは返事した。

「あの女、一晩貸せよ。生意気なあの口ひん曲げさせてやる。ああ、でも悪いようにはしないぜ。なに、少し遊んでやるだけだ」

 いやらしい顔でそう言うキルミン総括にブリッドは殺気を放った。

「……あいつに少しでも触れてみろ。その下衆汚い顔をズサズサに切り刻んでやる」

 ブリッドのその言葉にキルミン総括は一瞬カチンと来た。しかし、師弟揃って同じ事を言う姿に笑いが込み上げてきた。

「ガハハッ! いいぜ、面白え。お前達気に入ったぜ」

「は、はあ……?」

 いきなり笑い出すキルミン総括にブリッドは面を食らった。なにが面白いのか、そしてお前達となにを含んでいるのか分からずキルミン総括をブリッドは不思議に思って見た。

「しゃーねえから捕虜の件だけで良しとしてやるよ」

「……では、お願いします」

 捕虜の件がなくてもやれよ、と思いながらブリッドはキルミン総括が床に手をつく姿を見た。

 キルミン総括は深呼吸して意識をホテル内にいるネズミやゴキブリなどに問いかけ、その数秒後にはパーティー会場にネズミ、ゴキブリなどの害虫が集まってきた。

「うわっ、寄るな!」

 ナール総括は鳥肌を立てながら走り、ステージへと急いで避難するように登った。

「ひでえなあ、おい」

 キッとナール総括を睨むキルミン総括の前を立ちはだかるようににブリッドは立ち、頭を下げた。

「俺の上司が失礼を。どうか続けて下さい」

「へーへー、分かりましたよ」

 パンっとキルミン総括が手を叩くとサッとパーティー会場から害虫達は出ていき、ホテル内を詮索し始めた。

「本当、師弟揃ってハラハラさせるわよね」

「はあ? 何のことだ」

 タカラはインカムを手に持ち、ブリッドに声をかけた。その意味を理解出来ずにブリッドはタカラからインカムを受け取った。

「タカラ、なにか小さな変化は感じないか?」

「いや、感じない。それにテーオ総括が見てるのだからシステム的には変わりないはずよ」

「それは分かってる。なんでもいい、小さな変化でもいいから探ってみてくれ」

「……分かったわ」

 タカラはそう言ってホテル内で自身が届く範囲で探り始めた。

「テーオ総括、ブリッド・オーリンです」

 ブリッドは次に隣のビルにいるテーオ総括にインカムで連絡を取った。

『ああ、あの会議の。どうしましたか?』

「今、こちらにいる武操化にもさせてますが、ホテル内でなにかおかしな点がないか探っていただけないでしょうか」

『もう戦闘は終わったと聞きましたが?』

「俺の勘違いなら良いのですが、何か腑に落ちなくて……」

 はっきりとしない指示にテーオ総括は疑問に感じたが、あのしゅんりを一週間で倍力化のグレード3へと仕上げたブリッドにテーオ総括は信頼をしていた。

『まあ、君が言うならやりましょう。何か分かればすぐ連絡します』

「助かります。よろしくお願いします」

 テーオ総括と会話が終了した時、『ブリッドリーダー!』と、しゅんりの声が聞こえた。

『何かあったの!? 私、そっちに……』

「来るな。持ち場を守れ」

 テーオ総括とブリッドの会話から何かあったと思ったしゅんりは居ても立っても居られず、ブリッドに声をかけた。しかし冷たく言い放つブリッドにしゅんりは『でも……!』と続けようとした時、ブリッドは溜め息をついた。

「まだ何もないし、捜査中だ。それにお前の役目は逃げ出した敵を捕らえる重要な役目だ。それを間違えるな」

 ブリッドのその言葉にしゅんりは言い返せずに黙った。

「マオ、聞こえてるか」

『はい』

「敵がまだ潜んでいる可能性がある。入り口付近やホテル周囲の監視カメラを変わらず見ててくれ。なにか変化あればすぐに連絡しろ」

『了解です』

「あと、リオ補佐、ベラはマオの指示で敵がいればすぐに向かって下さい。あと出来るだけホテル周囲にいてもらえると助かります」

『分かった』

 一通り指示終えたブリッドはもう一度周りを見渡す。パーティー会場に何かあるかもしれないとブリッドは思い、会場内を詮索し始めた。

 暫くしてキルミン総括の元へ一匹のネズミが駆け寄り、まるで話しかけるように手をバタつかせてチューチューと鳴き始めた。キルミン総括は驚きに目を見開かせた後、会場内で詮索するブリッドに声をかけた。

「おい、若造ビンゴだ。来い」

 嫌な予感程当たるよな、と思いながらブリッドはキルミン総括の後に続いた。

 キルミン総括の指示のもと、ブリッドと武操化のタカラはホテルの電気室へ向かった。

「えーっと、ここか?」

 ネズミにキルミン総括は話しかけ、チューチュー鳴くネズミにうんうんと頷きながら奥にある段ボールに手をかけた。

「おら、これだ」

「なっ!?」

「やっぱりなんかあると思ったぜ」

 段ボールにはタイマー式の爆弾が仕掛けられていた。残り二十二分、四十五秒と差すタイマーに三人はゴクッと唾を飲み込んだ。

「俺の国でやられた爆弾と一緒だ。こんな見てくれだが爆発力はすごいぞ。ここいら一体は簡単に燃え上がる」

 キルミン総括の言葉にブリッドは考えた。

「俺達はホイホイと向こうの罠にかかったってことか」

「そういうことだな。敢えてこういうパーティーがあると言いふらし、俺達四大国の戦力を大幅に削ろうとしたんだろう」

「まんまと引っかかったってとこか」

 そりゃ、相手は簡単にやられるわけだ。わざわざ死ぬと分かってて、強い奴を寄越す訳がない。

「なに納得してんのよ! 爆弾どうにかしなくちゃでしょ!」

 妙に落ち着いている二人にタカラは焦りながらそう声を上げた。

「おい、なに声を上げてんだよ」

「いや、上げるでしょ!」

 こんな異常事態に動かない二人に焦って何がおかしいのか。声を荒げる自身に何も言わずに見てくる二人を見てタカラは、まさかと嫌な予感がした。

「おい、女。早く爆弾止めろよ」

 やっぱり、そう来たか!

 武操化の私がなぜ呼ばれたのか考えればすぐ分かることだった。

「そんな、爆弾なんて触ったことないわよ!」

 タカラは今まで爆弾処理をしたことがなかった。以前の学園へ潜入調査した時も爆弾処理はトビーに任せて、「いつか練習しないとな」と、先伸ばしていたままだったのだ。

 あの時、トビーさんに教わっておけば良かったと本気で後悔していた時、ブリッドが肩に手を置いた。

「タカラ、俺はお前が武操化として優れていると思ってる」

「なに、急に……」

 いつもお互い売り言葉に買い言葉で喧嘩ばかりしていた。そんなブリッドにそう言われてタカラは面を食らった。

「タカラ」

 真っ直ぐにこちらを見るブリッドにタカラは覚悟を決めた。

「分かったわよ! 失敗しても文句言わないでよ!」

「そうなったら言う暇なくドボンだよ」

 そう言うブリッドの言葉を無視してタカラは覚悟を決めて爆弾の解除をするため集中した。

 爆弾に集中するタカラを他所にキルミン総括の元に新たなネズミが続々と来た。

「おい、今のところ四つも爆弾が見つかったぞ」

「わかりました。テーオ総括に応援を頼みましょう」

 ブリッドは即座にテーオ総括にインカムで応援を要求した。テーオ総括は二つ返事で部下一人を残してこちらに向かってこちらに来ることとなった。

『ブリッド、事情は分かった。わらわたちはどうすれば良い?』

 会場で待機していたナール総括はハンソン総括から借りたインカムでブリッドに声をかけた。

「そうですね。出資者達とホテル内のスタッフの避難を優先に行いましょう。ミアとカミラ、ルビー総括は出資者をテーオ総括達が借りているビルに避難させて下さい。そしてハンソン総括達、育緑化はビル全体を植物でできる限り覆ってください。万が一爆発が防げなかった時、被害を最小限に抑えましょう。俺はタカラの爆弾の処理が終了次第、そちらに戻ります」

『分かった。すぐに取り掛かる』

 インカムで聞こえる状況にしゅんりは胸が締め付けられた。こんな時に私は何もできないなんて……。今すぐにでもホテルに向かいたくなる気持ちになった。しかし、"お前の役目は逃げ出した敵を捕らえる重要な役目だ。それを間違えるな"と、そう言ったブリッドの言葉が脳内に過ぎった。

「ちくしょうっ……」

 しゅんりは自身の銃を手に持って握り締め、歯痒いこの気持ちに耐えた。


 

 

「はあああ、できたわよ……」

 残り九分三十秒とタイマーが差した所で爆弾のタイマーは消えた。

「良くやってくれた、タカラ」

「ふん、こんなのお茶の子さいさいよ」

 余りの恐怖と爆弾を処理出来た安心感でタカラはその場に座り込んでしまった。

「ああ、そうだな」

 ブリッドはそう言いながらタカラに手を差し伸べた。タカラはそんなブリッドに微笑み、手を取って引っ張り上げられてなんとか立った。

 ブリッドはインカムで爆弾が解除出来たことを報告した。

『ブリッド君。こちらも解除完了しました』

「テーオ総括、ありがとうございます。あといくつですか」

『言われたところは僕達の所で全て完了しましたよ』

『ブリッド、会場に一つあったぞ。すぐに来い』

 これで終わったかと思った所でナール総括から連絡が来た。

「了解しました。タカラとすぐに向かいます」

『僕達もすぐに向かいます』

『ああ、頼むぞ』

 ブリッドはタカラを背に乗せて急いでパーティー会場に戻った。

 会場に着くとナール総括は爆弾をある死体の上に置いていた。

「死体を探って正解だった。こやつ、自爆する気だったらしい」

「間違って胴体切ってたら終わりでしたね」

 ブリッドの言葉にその場にいた者はゾッとした。自分達はいつ死んでもおかしくない状況だったということだ。

「とりあえず、取り掛かります」

 タカラはすぐに爆弾に集中し始めた。

「遅くなりました。僕もすぐに取り掛かります」

 テーオ総括はパーティー会場に到着し、タカラと共に爆弾の解除に取り掛かった。

 その場にいた全員がその二人に集中するように見ていた。

 そんな中、捕虜として捕らえられた二人はゆっくりと目を覚ました。目の前の光景を見て、生きていたという安堵を感じた後、任務が失敗したのかと焦った。そして自身の胸元にある物の音を耳に澄まして聞き、カチカチとなる音に一人は安心した。そして味方に目をやって一緒に拘束を解こうともがき始めた。

 二人とも倍力化の能力を持っており、バレないようにゆっくりと拘束具に力を入れた。魅惑化がいれば敵わないが、倍力化からしたらこんな異能者用の拘束具であってもコツを知っていれば簡単に外される。

 拘束が取れた二人はそーっとパーティー会場から出ようと歩き出した。

「やったー! 解除できた!」

 タカラのその声に捕虜となっていた二人は思わず驚いて手に持っていた拘束具を落としてしまった。

 ガシャンと音が鳴った方向に一切に目線が向く。

「く、来るな! 来たらすぐに爆破させるからな!」

 そう脅しをかける二人を気に留めることなくブリッドはすぐに駆け寄った。実現実行する勇気の無かった二人は爆弾を持ちながら逃げ出した。倍力化の能力を持つ敵は速かった。でも全力出せば追いつけれると思ったブリッドはタカラを再び背に担いで走り出し、ナール総括も一緒に二人の後を追っていった。

 捕虜となっていた二人はホテルの螺旋階段になっている中央に飛び込み、一気に一階まで降りた。そしてエントラスを通り、ホテルの裏口を目指した。

 しゅんりはハラハラしながらホテルの裏口で待機していた。そんな時、マオからインカムで連絡が来た。

『爆弾を持った二人が裏口に向かってる!』

「なっ!」

『わかった、そちらに向かう!』

 マオの言葉にしゅんりは驚き、近くにいたであろうリオ補佐はハングライダーで急いでこちらに向かっていた。

「あれー、このホテルなんかおかしくない?」

「なにあれ、木とか生えてんじゃん」

 今から敵を捕らえなくてはいけないと言う時に人間がこのホテルの前に来てしまっていた。

 やばい、ホテルを警戒する余り、そこが疎かになってしまっていたか!

「ほら、写メ写メ」

 写真を撮り始める人間にしゅんりは焦った。人間の前で能力を使うのは異能者の中でタブーになっているのだ。

「うおおおお!」

 早くリオ補佐が来ることを祈っていたがその願いも虚しく、敵が裏口の入り口付近まで敵が迫ってきていた。

 しゅんりは迷っていた。人間を先に遠くに避難させるべきか、人間の前で能力を使うべきか。

 悩んでいる時、しゅんりは敵の後ろを走ってくるブリッド、タカラ、ナール総括の三人の存在に気が付いた。

「え、なに、なんか事件?」

 ホテルに携帯を向ける人間にしゅんりは三人の存在が世にこのままバレてしまうと思った。そんなことがあれば三人は今まで通りに生活できなくなる。

 その時、ナール総括に言われた言葉がしゅんりの脳内で再生された。

 "いつか、おぬしが本当に守りたいものが見つかればよいな"

 しゅんりは三人に目を向けた。タカラリーダー、ナール総括、そして、ブリッドリーダー。

 しゅんりは銃を手に取り、ホテルの入り口に向けて打ち、入り口を崩れさせて中が見えないように封鎖した。

「ぐえっ!」

 敵の一人は崩れ落ちたコンクリートに押しつぶされてそのまま即死した。しゅんりは足に力を入れて、スピードを上げて敵に向かい、爆弾を持つ敵の腕を蹴り上げて奪った。

「うおおお! この女!」

 爆弾を取られた敵はしゅんりに拳を振り下ろした。しゅんりはその攻撃を即座に避け、両手が塞がっていたしゅんりは銃では間に合わないと思い、手から銃を落として敵の顔を片手で掴んで壁に勢い良くぶつけ、顔面をグシャッと粉々に潰した。

 しゅんりは真っ赤に染まる手を見つめながら放心状態になった。

 初めて行った殺しは一瞬だった。

「きゃー! 異常者よ! 異常者だわ!」

 ホテルの写真を撮っていた二人にしゅんりは指を差された。その声になんだ、なんだと人が集まりつつあった。

「爆弾、爆弾よあれ!」

 そう叫ぶ声にしゅんりはハッとした。タイマーを見るとあと一分と表示されていた。

「しゅんり!」

 自身を呼ぶ声にしゅんりは顔を上げた。しゅんりを呼んだのはハングライダーに乗ったリオ補佐だった。しゅんりはハングライダーをリオ補佐から奪ってその場で両足に力を入れて飛び、ハングライダーの電力を入れた。

 確か、十ヶ月前にベニート総括は爆弾を上空に投げ飛ばして爆破させたと言っていた。

 しゅんりは高々に飛び、残り十秒の所で腕を大きく振って上空に爆弾を投げた。

 ドオン! 

 ととてつもなく大きな爆発音が一体に鳴り響いた。

「ぐっ……!」

 爆風と熱風によりしゅんりは右側に火傷を負いながら飛ばされるように近くのビルの屋上に転がり落ちた。

「しゅんりー!」

 マオはハングライダーで気を失って倒れるしゅんりの元へ飛んで駆け寄った。

「しゅんり、しゅんりっ!」

「……ま、マオ?」

「そうだよ! しっかりして!」

 右側半身に火傷を負い、手は血で真っ赤に染まるしゅんりの体をマオは抱き寄せた。

「くっ、あれは使えないか……」

 しゅんりはリオ補佐から奪ったハングライダーを見てそう呟いた。熱にやられてハングライダーの羽の半分は燃えて、もう飛べる状態ではなかった。

「マオ、ごめん。これ貰うわ」

 しゅんりは右半身の痛みに耐えながら立ち上がり、マオが乗ってきたハングライダーを手に取ってた。

「待って、どこに行く気!?」

「とりあえず、逃げなきゃ。人間に見られたの……」

 しゅんりはフリップのことを思い出していた。人間に異能者だとバレたら異能者の行くつく先は容易に想像がつく。

「どこに!? そんな怪我でダメだよ! とりあえずオルビアさんの所へ行こうよ。僕が、僕がしゅんりを守るから!」

 マオは飛び立とうするしゅんりを後ろから引き留めるため抱きしめた。

「マオ……」

 しゅんりは決意が揺らぎそうになった時、こちらへ向かってくるパトカーとヘリコプターの音に気が付いた。

「ダメだ、マオもバレてしまう……」

「しゅんり、行かないでっ!」

 しゅんりはマオを振り解いて一言、「ごめん」と、言って飛び立った。

「しゅんりー!」

 マオが叫ぶように自身を呼ぶ声を聞いて、しゅんりは胸が締め付けられながら、今まで守ってきた人間の脅威から逃げる事しかできなかった。

 

 

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