五章 逃走
1
ぽかぽかと暖かい春の陽気に包まれる昼下がり。
ファミレスのひと席にぎゅうぎゅう詰めに座りながら齢十六、十七歳程の少女七人がワイワイと賑やかに各々の話をしていた。
その中の一人のしゅんりは濁った緑色のジュースを満足気にストローで吸って飲んでいた。
「うげえ。何その色」
隣に座る紺色の髪を長く伸ばした華奢な少女、ルルはしゅんりの手にあるジュースを見て顔を顰めた。
「いつも色んなジュース混ぜて楽しんだよ、こいつ」
真向かいに座る黒髪のショートヘアの少女、フィービーがしゅんりの代わりにルルの問いに答えた。
「今回はメロンソーダと紅茶とコーラを混ぜたの。結構おいしいよ。ルルちゃんも飲む?」
ずいっと自身の飲んでいたジュースをルルに渡そうとするしゅんりにルルは「いらないわよ、気持ち悪い」と、辛辣な返答をした。
「酷い……」
そう言ってしゅんとするしゅんりに一同苦笑いをした。
「にしてもルルが来るなんてどういう気持ちの変化なの? 何回誘っても断ってたのに」
ニヤニヤと笑いながそう問いかけたのはルルの横に座るマチルダだった。
「たまたまよ、たまたま。暇だったから来てみただけ」
「えー、行きたそうな顔してたじゃん」
「そんな顔してないわよ! 余計な事言うな!」
ルルちゃんはツンデレなんだからーと、しゅんりがからかう姿にきゃっきゃっと他のメンバーも笑い、しゅんり達がいる席はとても賑やかだった。
二、三ヶ月に一度、しゅんりの同期であるタレンティズ学園を卒業した女子メンバーは女子会と名して定期的に集まり、お互いの近況を報告し合っていた。
不定期な休みや長期任務などで全員が毎回集まれるわけではないが、できる限り集まろうと各々時間を作っていた。
「そーいえばー、マオ君はー?」
しゅんりの真向かいの窓際の席に座る緑髪をふわふわと長く伸ばしたアリスは特徴的な伸びた言い方をしながらしゅんりに質問した。
「今いるチームすごく忙しいみたいで今回は来れないみたいだよ」
「え、マオ? 私、女子会って聞いてたんだけど」
横で聞いていたルルは驚いたように皆に質問した。
「あれは女子みたいなもんよ」
「てかもう女子」
ルルの真向かいに座るポピーとジェシーはそう言って各々頼んだパフェやパンケーキを口にした。確かに可愛らしい見た目をしているが、男子なのに女子扱いされるマオにルルは可哀想にと思った。
「ああ、そうだ。しゅんり、お前この前これの2を取ったんだって?」
フィービーはそう言ってパソコンのキーボードを押す振りをしながら質問した。あえて"武操化"とは口に出さずにそう言ったフィービーにしゅんりは「うん、そうだよ。ちなみにマオもこれの2を取ったよ」と、手を銃の形をしながら返答した。
「なにそれ、バケモンじゃん。卒業して二年で三つ会得したってこと?」
「む。バケモノは酷いよ」
ジェシーの言葉にしゅんりはそう言って頬を膨らませた。
「私ら2かしらしたらそうなのよ。羨ましい限りだわ」
ポピーはジェシーに同意したところで、次はアリスに目をやった。
「アリスは3に昇格したんでしょ? おめでとう」
「ありがとー」
めでたく育緑化のグレード3に昇格したアリスはこてんと首を傾げながら笑顔でそう返答した。そんなアリスに一同は「相変わらず可愛いなあ」と、心の中で思った。
「なんかアリスちゃんって妖精さんみたいだよね」
「えー、そうかな? ふふっ」
アリスはそう言いながら窓の外に目線を向けながらふふっと笑った。
何処か掴み所がなく、ふわふわと笑うアリスは皆を癒す係だった。
「あ、そういえば私、皆に報告と相談があるんだけど」
ニヤニヤと笑いながらそう言ったマチルダに皆が目を向けた。
「え、なになに」
「さあ、なんだと思う?」
「変に勿体ぶると聞かないわよ」
なかなか言わないマチルダにルルはそう辛辣に返答し、「もうルル様はせっかちねー」と、からかうようにマチルダは言った。
「まあまあ、聞いてくれたまえよ。私、彼氏できた」
その報告にしゅんりとルル、そしてフィービーにポピーはマチルダを凝視した。
「わあ、おめーでとおー」
「私らから第一号じゃね? おめでとう」
アリスとジェシーはそう言ってぱちぱちと拍手した。
「か、かかか彼氏!?」
「お、落ち着くのよ、しゅんり!」
しゅんりとルルが動揺してる中、ポピーとフィービーはそんな二人をバカにしたように笑った。
「なによ。余裕そうに笑うあんた達だって彼氏いないくせに!」
「いやー、いないけどあんたら二人を見て何故か安心したわ」
「そうね。その様子だと私らの方が彼氏を作るの早そうだもの」
しゅんりとルル、そしてフィービーとポピーはマチルダに彼氏できたことに置いてけぼりの気持ちからか、お互いを貶し始めたことにジェシーは「おいおい、マチルダは相談があるって言ってんだから聞けって」と、諭した。
「そ、そうね。それより相手はどんな人よ」
ルルはそう言って隣りに座るマチルダに目をやった。
「ハリソン」
告げられた人物に次は全員が驚いて「ええー!」と、声を上げた。
「うるさい、うるさい! 店員に見られてるから」
口に人差し指をあててシーッとするマチルダから一同揃って店員の顔を伺う。それでなくてもワイワイと騒がしいしゅんり達は店員から良い目で見られてなかった。
「ご、ごめん。いや、ハリソンってあのハリソン?」
「そうよ」
そう言ったマチルダに皆、脳内でハリソンを思い出した。
倍力化グレード2を有するハリソンは今刑務所で警備の仕事をしている。度々シャーロットに会うために刑務所に足を運んでいるしゅんりとルルは何度かハリソンとも会っていたが、昔からおちゃらけた事ばかり言ってふざけ倒していた元気さは卒業しても現役で、会えばいつもしゅんり達をからかって来ていた。
それに反してマチルダは療治化を使う異能者で何事にも冷静に考える性格であり、クラスが別なのにわざわざからかいに来るハリソンに「根拠は? それはどういう経緯からそんな考えになるのか答えてちょうだい」と、いつも冷たくあしらっていた。それに今はマチルダは療治化のグレード3を得るために大学院に通い、日々研究と勉学に追われている。卒業してから接点無さそうな二人がどうして付き合うことになったのか、興味津々な皆の視線に気付いてマチルダは付き合うこととなった経緯を話し始めた。
「刑務所に収容されている持病持ちの受刑者の治療をする実習があったの。そこで久しぶりに会っていきなり告白されたの。なんか勢いでオーケーを出したのがきっかけよ」
「あれか、わざわざマチルダをからかいに行ってたのも好きな子をいじめたくなるってやつ?」
「逆に論破されてたからいじめれてなかったけどね」
ポピーの言葉にマチルダはそう答えたあと、「それで相談よ」と、本題を話し始めた。
「そんなハリソンだからさ、お互い売り言葉に買い言葉でなかなか進展しなくって困ってるの」
ふーっと溜め息を吐くマチルダに「わあ、想像できちゃうー」とアリスはふふっと笑いながら言った。
「ちなみにどこまで進んでるのよ」
「ま、まあ、ハグとか……」
「とか? あとハリソンとなにしたのよ」
次々と来る質問にマチルダはモジモジしながら「ほ、ほっぺにちゅうとか、頭なでなでとか……」と、顔を真っ赤にしながらボソボソっと答えた。
「こ、この前のクリスマスにはプレゼントもらったぐらい……」
マチルダのその言葉にある人物を思い出したしゅんりは咥えていたストローから思わず息を吐いて、コップの中をブクブクと鳴らした。
「あんた、行儀悪いわよ」
話を邪魔するようにブクブクと音を鳴らしたしゅんりをルルはギロッと睨んだ。
「ごめん」
そう謝りつつも、考え事をしつつまたコップの中をブクブク鳴らし続けるしゅんりにルルは思わずコップを横から奪い取った。
「もう!」
「おーおー、今日はマオの代わりにルルがしゅんりの保護者かー?」
「やめてよ、こんなやつの保護者なんて勘弁だわ」
そんなルル達の会話をスルーし、しゅんりは「はーい」と、手を挙げた。
「おお、学園一モテモテだったしゅんり様からアドバイスがあるのかしら?」
マチルダがニヤニヤしながらそう言ったとき、しゅんりは「それは恋人以外の人とやったらおかしい?」と、質問に質問を返した。
「はあ? どういうこと?」
「いや、だから、その……。付き合ってないのにハグしたり、頭撫でてもらったり、おでことか、ほっぺにちゅうされるっておかしいのかなって……」
しゅんりの質問に一瞬止まった一同であったが、ポピーが「ああ、分かった」と、閃いたように言った。
「それ、マオのこと? 二人とも仲良いのは知ってるけどスキンシップ多すぎよ、それ」
「なんだー、マオ君かー。しゅんりちゃんに実は彼氏いたかと思ったー」
ポピーとアリスのその言葉にルル以外のメンバーは納得したように頷いた。
「いや、うん……。まあ、いいや」
そう諦めたように言ったしゅんりは残っていた自身のワッフルを口にしたのを横でルルは見ながら「まさか、ね……」と、とある人物を思い浮かべていた。
——時計の針が五時を差した頃。
夜勤がある者もいるため解散した一同は帰路についていた。
しゅんりとルルは本日非番のため、同じく寮に帰る道を一緒に歩いていた。
珍しく無言なしゅんりをルルはジーッと見ながら先程のスキンシップが多い相手はまさかブリッドではないかと考えていた。
確かに誰の目から見ても二人の距離は近い。二人は付き合っているなんて噂もあったりするが、ブリッドがああ接するのもしゅんりだからだと周りもそう思って見ていた。だからまさかそんな事をする愛柄だとも思ってもみなかったルルは「部署内で恋愛されたら気まずすぎるわよ」と、複雑な心境を抱いていた。
「ダメだ。もやもやする」
今まで黙っていたしゅんりは突然そう言って、今まで来ていた道とは反対方向に走り出していった。
「ちょ、どこに行くのよ!」
「訓練所! 体動かしてくる!」
走って警察署にいきなり向かい始めたしゅんりを見てルルは「これはほぼ確定なのかしら……」と、一人で呟いたのだった——。
ブリッドは昼食後の一服にと喫煙所でタバコをいつも通り吸っていた。一本吸い終わり、喫煙所から出て右に曲がる。そのまま真っ直ぐ行き、二つ目の角を曲がれば自身がリーダーを務めるチームの部屋へと着く。
二つ目の角に差し掛かった時、ブリッドはかすかに感じる気配に気付き、ポケットからコインを取り出して振り返る事なく一つ目の角に隠れるとある人物に向けてコインを弾いて投げた。
「あうっ!」
「よっしゃ、クリーンヒット!」
見事に目標に当たったことを確認したブリッドは嬉しそうにそう言い、そのとある人物の元へと向かった。
「痛いよ、ブリッドリーダー」
ムスッと拗ねた顔でコインが当たった額を撫でるしゅんりにブリッドは「悪い、悪い」と左手を顔の前に持ってきて謝った。
「いや、こんな綺麗に当たるとは思ってなかったもんでな」
「この馬鹿力……」
頬を膨らませながらそう言いながらしゅんりは自身を攻撃したコインをブリッドに返した。
ブリッドはデーヴの件があってからしゅんりに尾行の修行をつけてた。
大まかなことができたところで今は実践するのみとなり、ブリッドは自身をターゲットにして、不意打ちで攻撃を当てれたら合格させようと条件を出していた。
それは勤務内のみとし、しゅんりは出勤する度に任務が別の場所にならない限りは何かと隠れてブリッドに一撃を与えようと日々努力していた。
「にしてもまだまだだな。全然気配を消せてない」
「んー、まだダメなの?」
ヒリヒリとまだ痛む額を撫でながらなかなか上手くいかないことに落ち込むしゅんりにブリッドはずいっと顔を近付けた。
「悪い。そんなに痛むのか? ちょっと見せてみろ」
そんなブリッドの行動にいつもなら素直に見せるしゅんりだったがあのクリスマスの日以降、何故かブリッドが近付くと反射的に逃げてしまっていた。
「だ、大丈夫!」
「ならいいけどよ……」
最近しゅんりが自分を避けてるようで密かに悲しんでいたブリッドは少し傷付きながらもそう返答した。
「相変わらず二人とも仲良さげだのう」
そんな気まずい雰囲気の二人を知って知らずか、ニヤニヤとそれを見ていたナール総括は二人に話しかけた。
「べ、べべべつに仲良くなんかないですっ!」
ムキになってそう言ったしゅんりにブリッドは心の中でガーンッと鳴らしながら「お疲れ様です……」と、ナール総括に挨拶をした。
「まあ、そんなことより話がある。ブリッド、しゅんり、タカラとルルも連れて会議室へ来い」
ナール総括はニヤニヤした顔から真剣な顔つきになって二人に指示した。
「あ、はい。任務ですか?」
「そうだ。アサランド国についてのだ」
ナール総括の言葉に二人は顔を硬らせた。
「了解致しました。二人を連れて行くぞ」
ブリッドはしゅんりにそう声をかけて先に歩き出した。そしてしゅんりは慌ててブリッドを追いかけて、タカラとルルを呼びに自身のチームの部屋へと急いだ。
——会議室に着くと既にホーブル総監、ルビー総括と五人の部下にあたるタレンティポリス、そしてジェイコブのチームとオリビアがいた。
「マオ、オリビアさん!」
「しゅんり、タカラリーダー!」
二人の登場にマオとオリビアは歓喜し、四人はお互いの目を合わせて手を繋いだ。
「また、この四人で仕事ができるわね」
「戻れるチャンスかも」
「本当に私のせいでごめんなさい。今度こそ挽回してみせます」
「しゅんりのせいじゃないよ。また四人で頑張りましょう」
お互いにまたこの四人で仕事できることに歓喜しつつ、そして覚悟を決めた。今回の任務は前回より難易度は高く、今後の戦争の行方を左右させる重要な任務だ。四人は顔を引き締め、ルビー総括、ナール総括、そしてホーブル総監の順に見た。
「ふん、同窓会はもう良いか? おい、クラーク、ガルシア、会議を始めろ」
ホーブル総監は四人を鼻で笑い、早く会議を始めるようルビー総括とナール総括を急かした。
「わかりましたわ。では二ヶ月後にあると予定されてるアサランド国で行われるエアオールベルングズの会議について話しをするわん」
ルビー総括は魅惑化の補佐のリオ・バールにホワイトボードのペンを投げ渡して話を始めた。
「今、アサランド国に潜伏中の子の話によると、十ヶ月前にフリップから聞いた情報と変わらず会議は開催される予定よん」
"フリップ"という名前を聞いてしゅんりは顔を伏せた。かつて一條総括と同期で同じくタレンティポリスとして働いていた先輩。そしてそのタレンティポリスから守られることなく捨てられて敵国へと逃亡した捕虜だ。既にフリップの死刑は行われ、もうこの世にいない。死刑内容は一條総括至っての希望で二人での決闘だったと聞いている。わざわざそれを選ぶ一條総括、そしてそれを許したホーブル総監に一時期はタレンティポリス内でそれは話題になっていた。
「そして、参加するメンバーは私達と同じように七つの異能別に一人ずついる見たいよん。そして何人か手下は連れて来ると聞いているわ。そしてその会議が行われる場所は……」
ホワイトボードに次々と書かれていく内容にあるホテル名が書かれた。
「ブルースホテル。アサランド国内では一等級のホテルよ。貸し切りで行われるらしく、なんともこんな時にパーティでもするみたいねん」
ブルースホテル。それが今回の戦地になる場所にしゅんりはゴクリと唾を飲み込んだ。
「出席者は七人のエアオールベルングズ、そしてその手下と出資者。この前、ナールのとこで捕まえた社長さんいたでしょん?」
以前、デーヴがあの犯行に至る際、指示を出していたある会社の社長を捕まえたんだよなと、しゅんりは思い出した。
「アサランド国だけでなく他の国の権利者を巧みに誘っては資金集めしてるみたい。その出資者のいわゆる接待パーティーよん。あの社長さんを私ら魅惑化が操って、そのパーティーに潜入するわ」
「それは私の役目よ」
魅惑化のミアはルビー総括の横に立ち、胸を張ってそう言った。相変わらず露出の多い服を纏ったミアはその社長の愛人として出席する予定らしい。
「質問いいですか」
ブリッドはルビー総括に向かって手を挙げた。
「ふん、なによん」
ルビー総括は顔を顰めながらブリッドの質問を許した。相変わらずルビー総括から嫌われたままのブリッドは「やりづれえ」と、思いながらルビー総括に質問した。
「まさかこの大人数で潜入するのですか。それにしては悪目立ちします。他の国の総括達もいるのでしょう」
ブリッドの質問は誰もが思っていた事だった。ルビー総括は今から言うわよといい、会議室に何故かあるピアノとトランペットに目をやった。
「パーティーに潜入するメンバーは社長さんの愛人として入るミアでしょ。そして私とナール、カミラ、そして貴方、ブリッドよん」
「ええ、俺っすか⁉︎」
初めて聞かされた事実にブリッドは驚きの余り声を上げた。
ルビー総括は驚くブリッドに少し機嫌を良くしたのか、ふふんっと笑った。
「ブリッド。おぬし、歌上手いだろ」
「いや、そんなには……」
ナール総括の言葉にそう言って謙遜するブリッドにしゅんりは「なにを言う」と思いながら睨んだ。以前潜入調査した学校で得意気に歌って見せたブリッド。何故ここで謙遜する必要があるのだろうか。
「お前な、睨まずに助けろよ」
「絶対やだ」
小声で助けるブリッドから顔をフイッとしゅんりは逸らした。
そんな二人に気も止めずにナール総括はピアノを、ルビー総括はトランペットを奏で始めた。なんと今回はナール総括とルビー総括、そしてカミラとブリッドが演奏者としてパーティーに参加するというものであった。
元々ナール総括はある有名な王族の一家の娘として生まれ、ある程度の教育を受けており、ピアノなどの楽器を演奏できた。ルビー総括に至ってはたまたま趣味でトランペットを吹いていたため、この作戦が計画されたのだった。
「次はカミラ、ほら少し歌ってごらんなさい」
「は、はい……」
恥ずかしそうにしながらカミラは胸の前で手を組んで目を閉じた。
ナール総括はとあるバラード曲を弾き始めた。有名な失恋をテーマにしたその曲をカミラは綺麗な声で歌い始めた。
「すごい……」
その綺麗な歌声にしゅんりは心を奪われた。
「ほら、ブリッド。デュエットだ」
「え、そんな急に……」
間奏の途中でそうナール総括に言われ、ブリッドは戸惑った。
「ブリッドさん、ほら」
顔を少し赤らめながら上目遣いでカミラに見られ、ブリッドは溜め息をつきながら歌い始めた。
「ムカつくけど上手いわね」
「本当にムカつきます」
カミラと綺麗にハモリながら歌うブリッドにタカラとしゅんりはそう言いながら二人の歌声を大人しく聞いていた。
「すごいわー。いけるわねん」
「はあ……」
ブリッドは演奏者として潜入すること分かったが、まだ納得してなかった。
「俺とカミラにミア、そして総括二人が潜入することは分かりました。その他は?」
「急かすな。ただ歌うだけではないだろうに」
「というのは?」
ナール総括はニヤッとブリッドに笑いかけ、カミラの肩に手を置いた。
「カミラは歌う時、会場に向けて軽く魅惑化の力を出させる。ブリッド、おぬしはそれにかからぬように我慢せい。そして、敵の油断ができた頃に二曲目でルビーが演奏する際、敵の異能者のみ魅惑させて一刀両断する」
「が、我慢⁉︎」
以前、カミラに魅惑化の能力をかけられたことをブリッドは思い出した。またあれにかけられなきゃならないのか!
「ごめんなさいねん。うちのカミラ、すっごく広範囲に強く魅惑させられるんだけど、まだ分別できないの。でも軽ーく魅惑するだけだから我慢できるわよん」
意地悪な顔をしたルビー総括はブリッドにそう言った。
「我慢て、そんなこと!」
「おー、できるできる。てことで、今からブリッドはカミラの魅惑に耐えれるように訓練だ」
ナール総括のその言葉にブリッドは絶望した。なんて過酷な訓練なんだ。ガクッと肩を下ろすブリッドにタカラとしゅんりは指を差して笑った。
「そしてタカラはわらわたちのマネージャーとして一緒に潜入する。監視カメラや照明など上手いこと操作して撹乱させよ」
「分かりました。お任せ下さい」
「あと、戦闘が始まればカミラとミラは出資者共を魅惑化させて操作し、避難させよ」
「分かりました」
そしてだ、とナール総括はしゅんりとマオ、オリビアに目をやった。
「おぬし達は外で待機し、しゅんりは外へ脱出した者を仕留めてもらう。マオはホテル付近の監視カメラなどから監視し、しゅんりに素早く伝達しろ。オリビアはホテルの一室でオユン総括と待機し、負傷者出た際は出てきてもらう」
ナール総括のその言葉に三人は敬礼し、「了解しました」と、返事した。
「育緑化のハンソンはホテルに運ぶ花や生花をする名目で潜入。ジャドは近くのビルからこちらを狙撃して援護。テーオはホテル内のパソコンを遠隔で操作し、獣化のキルミンはしゅんり同様外で待機する。必要あればこちらに加勢する予定だ」
国同士で動くというより、他国同士で力を合わせて戦う作戦となっていた。そのことにしゅんりは少し不安になりつつ、ホテル内にいるメンバーの少なさも気になった。
「本当はもっとホテル内に潜入させたかったが、これが限界だった。戦闘するのはわらわとルビー、そしてブリッドが主になる。魅惑化の二人はタカラ一人で悪いが護衛してもらう。なんとかして守ってくれ」
出来れば非戦闘員の二人を守る人員をもっと入れたかったがそれは出来なかった。待機組になったしゅんりはその事実に歯痒さを感じていた。私もその中に入れたら守れる自信があるのに。しかし、容易にホテルへ潜入してしまえば作戦が敵に知られるリスクがあるためそれができないことは理解していた。
「二ヶ月後、アサランド国に潜伏する。それまで怪我のないように努め、スケジュール管理を各自しておけ。では、また何か変わったことあれば報告する」
そう言ったナール総括にまだ呼ばれてなかったジェイコブのマオを抜いたチームメンバーとルルは「ちょっと、待ってよ」と、声をかけた。
「私達はなにをすればいいわけ?」
「おお、そうだった」
自分達が忘れられてたことにムスッとなりながらもルル達はナール総括からの指示を待った。
「我が国からもまだエアオールベングズに出資してる奴らがいる。それをまたジェイコブ達には見つけ出して欲しい。そして尾行、捕獲はジェイコブとルルが主にしろ」
「オーマイガ……」
ジェイコブはそう言って顔を片手で覆った。またあの地道な作業と膨大な監視カメラの映像を見続けなきゃいけないのか。しかも今回は倍力化をチーム内で唯一持つ自身は指揮をとりながら実践にも向かわなきゃいけないのだ。
ルルは自分だけエアオールベングズの会議への任務につけれなかったことに不満に思いつつも「分かったわ」と、渋々了承した。
ナール総括は全員に指示を出し終わった後、座って黙って聞いていたホーブル総監に目をやった。
ホーブル総監はゆっくりと椅子から立ち上がり、集まったタレンティポリスの顔を一人一人見やった。
「異常者共、命令だ。死ぬなよ」
そう言い捨てたホーブル総監は会議室から退室した。思っても見なかった言葉にその場にいた者全員は固まった。
「今、死ぬなって言った?」
オリビアが第一声にそう言った。
あの冷酷でタレンティポリスの命なんてどうにも思ってない男がまさか我ら異能者の命を案じたというのだろうか。
「ああ、聞き間違いかと思ったぜ」
オリビアの言葉にブリッドは同意した。しゅんりは聞き間違いじゃないと分かった途端、会議室を出て走り出した。廊下をゆっくりと歩いていたホーブル総監を見つけて目の前に立ちはだかった。
「不躾な小娘め。なんだ」
相変わらず冷たい表情でこちらを見下ろすホーブル総監の圧を感じつつ、しゅんりはホーブル総監の目を真っ直ぐと見た。
「あ、あの、頑張ります! 必ず敵を殲滅して見せます!」
敬礼して目を真っ直ぐ見て来るしゅんりにホーブル総監は口の端を少し上げた。
「はっ、せいぜい無様に舞え。期待している」
カツカツと足音を軽快に鳴らしながらホーブル総監は地下から地上階へと戻って行った。
「はー、緊張した」
しゅんりはホーブル総監が乗って行ったエレベーターを見た。
あんな感じだけど、本当はいい人なんだよなと、思いながらしゅんりは会議室へ戻ろうと歩き出した。
「てめえ、何してんだよ」
急に走り出したしゅんりをブリッドは迎えに来ていた。
「ホーブル総監に頑張るって言ってた」
「はあ? 酔狂な奴」
ブリッドのその言葉にしゅんりはムッとしながらも一緒に会議室に戻ろうとした。目の前で歩くブリッドの背中を見ながらしゅんりは考えた。
一年前に比べたら確かに以前に比べて断然に出来る能力も増えて強くはなった。でもまだまた足りない。体力面もだけど、精神面をもっと強くならなければ今回の任務では足手まといになるかもしれない。
しゅんりは目の前で歩くブリッドの服を摘むんで引っ張り、足を止めた。
「うお、どした?」
驚きつつも振り返り、ブリッドはしゅんりの顔の高さに合わせて屈んだ。
近くなった距離に顔に熱が集まるのを感じながらしゅんりは顔をフイッと横に向けながらブリッドにお願いをした。
「ブリッドリーダー、任務まで時間あるし、訓練つけてよ……」
ボソボソとそう言って顔を伏せるしゅんりに不思議に思いながらブリッドは「無理だ」と、返答した。
「えっ、なんで」
パッと顔を上げて悲しそうな顔をするしゅんりに申し訳ないと思いながらもブリッドは溜め息を吐いた。
「俺だって訓練があるのは知ってんだろうが」
「ああ、歌か……。ちぇっ」
口を尖らせそう言うしゅんりは拗ねる様に床を蹴った。
ブリッドはこれから任務のない日は毎日カミラと魅惑化の能力を耐える訓練をしなければいけないのだ。ブリッドだってしゅんりと訓練してた方がいいに決まっている。まだまだ若く、性欲旺盛な自分がそのような地獄の訓練に耐えれるのかブリッドは不安でいっぱいだった。
「あんた達、なにここで突っ立ってんのよ」
ブスッとした顔で腰に手を当てながらそう声をかけてきたのはルルであった。仕事だし、個々の能力に合わせて任務を振り分けされたことは分かってても、自分だけ仲間外れされたようで拗ねていたルルは明らかに機嫌が悪かった。
「おお、閃いた」
手の平の上に握った反対の手をポンっと置いたブリッドはそう言って、「ルルに相手してもらえ」と、しゅんりに言った。
「なるほどなるほどー」
「はあ? 何の話?」
首を傾げるルルを置いてしゅんりはブリッドの提案に納得したのか、ルルの手を引いて訓練所へと向かった。
「へ? なによ、どこにいくのよ」
訳も分からず訓練所へと向かうしゅんりにルルは戸惑いながらも着いていった。
「いやー、任務まで訓練したいから付き合ってよ、ルルちゃん」
「はあ⁉︎ 嫌よ!」
「そういうと思った!」
どうせルルが嫌がると分かっていたしゅんりは訓練所の前でそう告げて、部屋の中にルルを放り投げた。
「ふっざけんじゃないわよ! この雌牛!」
クルッと華麗に降り立ったルルは額に血管を浮かせながらしゅんりに悪態を付いた。
「はあ⁉︎ 雌牛⁉︎」
余りの言いようにしゅんりは拳を握ってルルに向かって行った。
「遅い!」
倍力化のみ持つルルからしたらしゅんりの攻撃は遅く見えたのか、体を横に向けて避けた。そんなルルにしゅんりはニヤッと笑い、頭を思いっきし後ろに向けてそのまま至近距離にいたルルに頭突きをかました。
「いってえ!」
「いったいわね!」
お互い硬化していたがまあまあダメージを受けた二人はそのまま火がついたように攻撃を繰り出して取っ組み合いを続行した。
「まあ、一安心と」
ブリッドはそんな二人の様子をしばらく見てから訓練所を出た。
「はあ、俺もそっちが良かった……」
しゅんりとルルを羨ましく思いながらブリッドは魅惑化の能力を耐えるという、未知の訓練があることを嘆きながら廊下をとぼとぼと歩くのだった。
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