——昼過ぎ。

 ブリッドは警察署付近にある公園のベンチに座り、とある人物を待っていた。

 隣にはすやすやと眠る子猫がダンボールの中、しゅんりのマフラーに包まれながら呑気に昼寝をしていた。

「こっちの気も知らないで……」

 はあ、と溜め息を吐きながらブリッドは待ち人を思いながら空を見上げた。

 あのデーヴがまさか俺のカードキーを盗み、かつタレンティポリスの部署に侵入して開発途中の銃を盗むなど信じたくもないし、そして全力でそれはあの場で否定した。だが、冷静になると昨日のデーヴの様子は明らかにおかしい点は多々あった。最後は誤魔化していたが引っ掛かる点は多い。

 万が一、そう万が一だ。あいつが本当に俺のカードキーを盗み、事に運んでいたのならどうするべきだ。監視カメラの映像をマオらが分析すれば自ずと顔はバレるだろう。彼らを欺き通すことは正直不可能だ。ここは素直に自首させるべきか、もしくはアサランド国へ……。

「あー、ちくしょう……」

 最悪なプランしか思い浮かばず、ブリッドはぐしゃぐしゃと自身の頭をかき乱した。

 俺らしくない。冷静に、そう冷静に考えろ。それにデーヴがしたと決まった訳じゃないじゃないか。

「早いなブリッド。どうした、深妙な顔をして」

「デーヴ……」

 ブリッドの待ち人。そして親友であり、今回の事件の容疑者が姿を現した。

「ん?」

 男にしては綺麗な顔立ちでこてんと不思議そうに首を傾ける姿にブリッドは肩の力が抜けた。

 昨夜、あのようなことをした男がこんな表情をするだろうか。いや、ないなと思ったその時、ブリッドは普段鞄を持ち歩かないデーヴが丁度あの銃が入るであろうトートバッグを手に持っているのが目に入って一瞬時が止まった。

「おーい、ブリッド。なんだよ二日酔いか?」

 お前、昨日ベロベロに酔ってたもんな、とケラケラと笑うデーヴにブリッドはなんとかハハッと力なく笑った。

「ああ、そうなんだ」

「おいおい。最年少のリーダーさんよ、しっかりしてくれよっとじゃなくて、そんなことより子猫を引き取りに来てくれた親子を紹介するよ」

「初めまして」

 ニコッと柔らかそうな笑みを浮かべながらデーヴの後ろにいた女性はブリッドに笑いかけた。

「……どうも」

 なんとか愛想笑いをしてブリッドが返事するとタタっとその女性、母親と手を繋いでいた六歳程の少女はブリッドの横にいる子猫に駆け寄った。

「わあ、可愛い! この子本当にもらっていいの?」

 目をキラキラさせながらそう問う少女にブリッドはぽんぽんっと優しく頭を撫でた。

「ああ、頼む。こいつを幸せにしてくれ」

「分かった! うーんと、うーんと可愛いがるね!」

 わーいと喜ぶ少女に母親はありがとうございますと頭を下げた。

「デーヴさんには本当にお世話になってます」

「いえ、警官として当たり前のことをしているだけです」

 ピシッと敬礼してみせたデーヴに少女も真似をして同じように敬礼をしてみせた。

 程なくして親子は子猫を連れて家に戻る道を歩き出した。

「お兄ちゃん、またねー!」

 大きく手を振ってこちらを振り返る少女にデーヴは満面の笑みで手を振りかえした。

「お前、ちゃんと警官やってんだな」

「む、失礼な。これでも近所では結構人気なんですけど」

 パトロール中によくおばさま方にお菓子貰えるんだ、と得意げに話すデーヴはタレンティポリス、そして人間に反抗意識があるようには見えなかった。

「まあ、俺があれだって知ったらみんなどう接してくるか分かんないけどね」

 そう言って一瞬暗い顔をしたデーヴにブリッドは顔を背けた。

「それは俺ら全員抱えなきゃいけない暗黙のルールだ。隠し通さなきゃいけない」

「……ブリッドならそう言うと思った」

 そう言ってデーヴはブリッドにニコッと満面の笑顔で笑いかけた。

「な、なんだよそれ」

「他意はないよ。お前、そろそろ戻らないと休憩終わるんじゃね?」

「ああ、そうだな。お前は?」

「俺は非番だから散歩して帰るよ。近くまで一緒に行くか?」

「……俺は一服してから戻るわ」

 ブリッドは少し考えてからデーヴの誘いを断った。

「りょーかい。じゃあなー」

 ひらひらと手を振ってブリッドの前から去るデーヴを目を細めながらブリッドはジーッと見た。耳に力を込めて、デーヴが歩く足跡を聞きながらブリッドはタバコに火をつけた。

「暇潰しに報告書を書く暇はねえみたいだな」

 デーヴが何か隠し事をしている時、わざとなにもなかったかのように満面の笑みでニコッと笑う癖がある。

 ブリッドは最初否定していたものの、デーヴが犯人だと確信へ変わっていた。この後デーヴを尾行して何かしらの証拠を掴む。そしてブリッドは最善の方法で解決しようと覚悟を決めたのだった。

「あと、あれどうすっかな……」

 チラッと横目でブリッドはアスレチックの遊具からひょこっと覗かせる桃色の頭に目を向けた。

 まさか、あいつあれで隠れてるつもりなのだろうか……。

 ナール様の部屋にいる時から他にも誰かの気配を感じるなとは思っていたがまさかしゅんりだとは思わなかったなと、考えながらブリッドはタバコの煙を吐き出した。尾行するならしゅんりよりルルの方が適しているし、もっと気配を隠し、上手く尾行出来るやつなど沢山いる。

「あえてってやつか……」

 抑止剤としてあえてしゅんりを選んだだろう。そう考えながら意地悪な顔を浮かべているだろうナール総括を想像しながらブリッドは的確な判断だな、素晴らしい考えだと心の中でナール総括を褒め称えた。

「まあ、尾行の見本とやらを見せるか」

 ブリッドはタバコの火を消して、公園から離れて裏路地に入った。周りに誰もいないことを確認してからブリッドは足に力を込めて一瞬で高く飛び、寂れたビルの屋外に設置されている非常階段へと降り立った。そしてそのまま屋上へと向かい、デーヴの足跡から推測し、向かっただろう行き先へと目を向けた。ググッと眉間に皺を寄せて目に力を込める。翔みたいに何か獣化して動物並みの聴力や視力まで得られないが、倍力化の異能者は人間よりは様々な所を強化できる。倍力化に特化した異能者は特にそれが優位に出来る。

 ちなみに倍力化の能力を最初に得た異能者は他の異能者のように他の能力を得ることは難しい。しかし、しゅんりのように後から倍力化を得たものより遥かに倍力化の力は強く、五感を高めることが可能なのだ。

 それを群を抜いて得意とするブリッドがデーヴを見つけるなど、いとも簡単な作業だった。

 ブリッドは聴覚を倍力させしゅんりの場所も特定した。

 なんて言ってるかまでは分からないが慌てている様子でなんとかこちらに向かってきているようだった。

——一方、ブリッドの言う通り、しゅんりはブリッドがいるビルに向かって全速力で走っていた。

「は、速いって! 置いていかれる! やばい!」

 見失ったらもう見つけることはできないと焦ったしゅんりは隠れることを忘れて必死にブリッドに食らいつこうとしていた。

「あいつ、戻ったら尾行について教えるか」

 そんな余裕があればな、と思いながらブリッドは足に力を込めて横のビルへと飛んだ。ただ飛ぶだけではない。テレポートしたかと思うぐらい誰にも目に留まらないスピードで移ったのだ。

 ビルとビルを飛ぶ姿など人間に見られたらお終いだ。一回、一回、周りに集中し、かつ飛び終わればすぐしゃがむなどして隠れる。丁寧に行いつつ、確実に相手に瞬時に近付いていく。あいつ付いて来れてるかな、とブリッドは親友だけでなく弟子の心配もし、忙しく考えを巡らせてい。

「はっ! 消えた! どこだ!」

 頭上をキョロキョロとしてしゅんりは周りを見渡す。

「あわわわわ! どうしよう! どうしよう!」

 しゅんりは周辺を走り回り、半泣きになりがら尾行していることなど忘れて「ブリッドリーダーどこー!」と、声を上げながら迷子の子供のように辺りを彷徨うことしか出来なかったのだった。

 

 

 

 夕陽が指す頃。

 あの作業を何度も繰り返し、ブリッドはこの街で最も高いであろうビルの屋上にたどり着いた。

 そこはブリッドとデーヴが働くリーシルド市の警察署本部の屋上。ヘリコプターが着陸可能な程に広い屋上にヒューっと音が鳴るほど強い風が二人に当たった。

「あれれ? タレンティポリスはホーブル総監の許可がなければ警察署には入れないんだけど?」

「まあな。でも俺はいまホーブル総監のカードキーを持ってるから出入り自由だ」

「ホーブル総監のカードキー?」

「……なんで俺が総監のカードキーを持ってるか分かるだろ?」

 屋上から屋上へ渡ったので今回はカードキーを使用していないのだが、わざわざブリッドはデーヴに"自身のカードキーを使用していない"と伝えた。タレンティポリスは基本地下にある部署か、ホーブル総監の部屋に繋がるエレベーターでのみ行動を許され、許可が下りなければ上階へ上がることは許されない。逆を言えばタレンティポリスと認められた者しか地下には入れない。その両方を自由に行き来できるのはタレンティポリスの頂点に立つ人間、ホーブル総監のみであった。

 うーん、と考える仕草をしてからハハッとデーヴは笑った。

「お前が自分のカードキーを持ってないってことは分かるけど、流石にホーブル総監のを持ってるなんて想像つかなかったよ」

 流石ブリッド。期待されてるんだね、と悲しそうに笑ってデーヴはとある物をブリッドに投げ渡した。

「……なんでこんなことした」

 ブリッドはデーヴから受け取った自身のカードキーを見ながら問いかけた。その問いかけを聞いてからデーヴは屋上の端へと移動し、柵へと寄りかかった。

「なんで、か。お前本気で言ってんの?」

 そう言ったデーヴは今まで見た事ない程の冷たい表情をしながらブリッドを睨みつけた。

「グレードが3じゃないだけで俺らグレード2は半ば強制的に人間の警官の奴隷だ。こんな組織で何も考えずにいられるわけないだろ?」

 そう言ってデーヴはトートバッグからあの開発途中の銃を取り出した。

「自首しろ。今なら俺が間に立ってなんとかしてやる」

「おいおい、流石のお前でも無理だ。分かってんだろ? それにもう引き返せない」

 デーヴは右手で銃を持ち、左手で自身の上半身の服を捲り上げた。

「お、お前っ!」

 デーヴの左胸にはサソリに翼が生えた真っ黒なあのタトゥーが刻み込まれていた。

「エアオールベルンクズ。俺ら異能者にとって目指すべき世界を創造する組織の証だ。ブリッド、お前も知ってるだろ?」

「知ってるもなにもお前! それと戦うために俺らがどんだけ命を賭けてんのか分かってんだろ! それにその銃だってその為に作られてるんだ!」

「そうだな。だが、こんなのいらないしむしろ邪魔だ。エアオールベンクズの意志によって世界は変わる」

「な、なんでそうなるんだよ……」

 あんなにも頑張ってグレード3になるため必死に訓練してきたじゃないか。この異能者という運命に立ち向かっていこう、支え合っていこうと学生時代語り合ったじゃないか。あんなにもお前、ちゃんと警官として市民を守ってたじゃないか。なんで俺は今までデーヴの本当の気持ちを理解し、支えれなかったのだろうか。俺は親友の何を見ていたのだろうか……。ブリッドは脳内で何故、何故と疑問を巡らせ、最終的に自身を責め始めた。

「噂では倍力化のグレード3の身体にも穴が開くらしいな」

 デーヴはクルッと手の中で銃を回転させ、そんなブリッドに向かって銃口を向けた。

「一発試すか?」

「……本気か?」

 余りのショックにブリッドは生きた心地がしなかった。いや、もう生きれないかもしれない。この銃から閃光が放たれば俺は死ぬだろう。

「本気かも?」

 ニコッと満面の笑みで笑ったデーヴはチラッとブリッドの後ろに目を向けた後、躊躇なく引き金を引いた。ウィーンと機械音が鳴った瞬間眩い光と共に一本の閃光が放たれる。

 ああ、俺は死ぬんだな、と諦めたその時、目の前が桃色に染まった。

「ブリッドリーダーのバカ! なんで逃げないの⁉︎」

 目の前には自身の銃から出す風力と、デーヴが打った閃光がぶつかって巻き起こる風に髪をはためかせながらブリッドを背に守るしゅんりがいた。

「何やってんだ! お前まで巻き込まれるぞ、逃げろ!」

「嫌だ! 絶対嫌だ!」

 ブリッドリーダーを死なせるもんか!

 そう心の中で強く念じながらしゅんりは手に持つ銃から更に強い風力を出す。

 バンっと弾ける音ともに両者から放たれる攻撃が相殺されたその瞬間、デーヴは寄り掛かっていた柵を持って勢いよく飛び、自身の身体を宙へと投げ出した。

 この高さで落ちれば倍力化のグレード3なら重症ながらも生き永らえるだろう。しかし、グレード2なら即死だ。

 しゅんりは瞬時に足に力を込めてデーヴに向かって飛び、同じ様に宙に身体を投げ出した。

 自分がクッションになればデーヴは死なない。いや、死なせるもんか!

 右手でデーヴの左腕を見事に掴んだしゅんり。それを見ていたブリッドもなんとか行動に移し、しゅんりの着ているナイロンジャケットの左袖を掴んだ。

「お前ら動くなよ!」

 柵に寄りかかりながらブリッドはなんとか二人ともコンクリートの上に叩き付けられるのをなんとか阻止した。しかし、ブラブラと大人二人分の重さを支えるナイロンジャケットの袖はキシキシと音を鳴らして今にも千切れそうで、二人とも引き上げるのに困難を要していた。

 しゅんりも服が脱げそうなのを阻止する為に袖のなかでなんとか服を掴み、落ちないように試行錯誤していた。

「何やってんだよ! お前ら師弟揃ってバカなのか⁉︎ 俺を離せ!」

 デーヴはまさかしゅんりが自身を助けようと動くとは思っておらず、今の現状に焦り、そして二人を怒鳴った。

「何やってんのかなんて私が聞きたいです! 攻撃をブリッドリーダーから少しずらしたでしょう! あのままだったらブリッドリーダーの片腕しか飛ばなかったですよ⁉︎ 下手くそなんですか⁉︎」

「分かってるならあえて俺を見殺しにしろよ! 本当に空気読めない子供だな!」

「空気にどうやって文字書いて読むんですかー? 大人ならちゃんと説明しろやオラッ!」

「揚げ足取るのが本当に子供だな! おいブリッド、お前どういう教育してんだよ!」

「お前ら状況分かってんのか! ちょっと黙れ、そして暴れるな!」

 二人が幼稚な言い合いを大声を上げるだけでもグラグラと揺れてしまう。

 ブリッドの声にしゅんりとデーヴはムッとなりながらも黙ったのを見たブリッドは「はあ……」と、溜め息をついた。

 ちゃんとしゅんりの腕を掴んでいれば余裕で二人を引き上がらせていたがいかんせん、少しでも動けば袖が千切れそうな様子だとそれもできない。ブリッドはしゅんりの袖を右手だけでそっと持ち、なんとか左手でしゅんりの腕を掴もうと腕を伸ばす。

「ちっくしょ……。あと少しだ。頼む……」

 身体をギリギリまで前のめりになるブリッドを見てしゅんりは「あっ」と、思い出したように声を上げた。

「そういえばインカムでナール総括に屋上にいるって報告したからもうすぐで来るかも」

「お前、そんな重要な事早く言えよ……」

 力が抜けそうになるのをなんとか耐えながらブリッドはしゅんりにそう言った。つまりはこのまま大人しく待てば無事に二人は助かるということだ。

 そう安心していたのも束の間、「うぐうあああっ!」と、しゅんりの悲鳴が下から聞こえてきた。

「いい加減に離してくれないかな」

「デーヴ! やめろ!」

 ブリッドが目を離した隙にデーヴは隠していた小型の折り畳み式のナイフで自身を掴むしゅんりの腕を刺していた。

「ちきしょうっ……! 離すもんか! 絶対離すもんかっ!」

「いいから離せ! このままだとお前もここから落ちるんだぞ! グレード3だって当たりどころが悪かったら死ぬんだ。全能な能力じゃないんだぞ!」

「分かってる! 分かってるけど絶対に死なせないっ!」

「この分からずや!」

 更に深々としゅんりの腕にナイフを挿し込むデーヴ。唸り声を上げながら耐えるしゅんりだったが出血が大量に流れ出し、デーヴを掴む手が少しずつ下に、下にへと滑っていく。

「頼む! デーヴ本当にやめてくれ! わざわざ死ににいくな!」

「俺はさ、俺達異能者が生きやすい世の中になるきっかけになれればって思ったんだ」

「ああ、分かった。話を聞いてやる! あとでゆっくり聞くからその手を止めろ!」

 ギリギリと力を込めてしゅんりの腕を深く刺すデーヴに止めるように声をかけるが、デーヴは止まらない。

「俺、お前とこの世の中変えていこうぜって学生のに頃青臭い話してたよな。今思えばあり得ないって思ってたんだ。でも、ほんの少しの可能性でもいい。賭けをしたかったんだ。だけど逆にお前を騙すようなやり方しかできなかった。悪かったなブリ……」

 デーヴが"ブリッド"とそう名を言おうとしたその瞬間、しゅんりの懸命な努力は報われずに血で滑った手から腕は離れてデーヴは屋上から真っ直ぐと下に落ち、一瞬の速度でコンクリートへと直撃した。

「いやあああああああっ!」

 そんなデーヴの姿を目にしたしゅんりは混乱し、叫び、錯乱した。ブリッドはそんなしゅんりをなんとか急いで引き上げた。

 しゅんりははあはあ呼吸が早くなり、過呼吸となる。ブリッドはしゅんりのダラダラ流れる血も止血せねばと思いながら、自身も放心状態で動けずにいたその時、フワッと風に乗るような速さでナール総括の姿が目の前に現れた。

「すまない」

 そうブリッドに一言伝えた後、ナール総括はポケットからハンカチを出してしゅんりの腕に巻き付けて応急処置を施し、姿勢を前屈みにして背中を撫でてなんとか落ち着かせるように声をかけ続けた。

 程なくしてタカラとルル、そしてネイサンが到着し、一同は屋上から一度撤退した。

 

 

 

 それから十日経過し、ブリッドのカードキーと銃盗難事件は無事に落ち着き始めていた。

 あの後、コンクリートに叩きつけられたデーヴの身体はバラバラとなり弾けたが、奇跡的に二次災害には起こらず、身元不明の自殺者としてニュースになった。それも一週間という流れで既に世の中には忘れ去られようとしていった。

 そしてジェイコブとマオの活躍により、デーヴと共に侵入した者は同じくグレード2の武操化の警官で、エアオールベンクズに融資するとある企業の社長からの命令によって行動したと供述したことにより、事の顛末を知ることができた。そしてジェイコブ達が休む暇を惜しんで追いかけていた任務がたまたまその社長であり、その真相を掴んで一気に二つの任務が解決するという奇跡が起きていたのだった。そしてしゅんりのデーヴによって傷つけられた腕の傷はネイサンによって無事に治療された。

 ——ブリッドは警察署の地下二階にある喫煙所で手に持つタバコの煙の流れをボーっと眺めていた。

「入るぞ」

「……ナール様」

 ブリッドは虚な目でナール総括を見た。いつもなら嬉しそうに話しかけるブリッドも今はそんなことをする余裕は無く、そのまま顔を俯かせた。

「すまなかったな」

「ナール様は何も悪くないっすよ……」

「いや、わらわがもう少し的確に対応しとれば……」

 ナール総括はそう言ってあの日のことを思い出し、何度も悔いた。

 ブリッドがカードキーを失くしたと報告あった際、怒鳴りつけるのではなく、どこで失くしたのか、もしくは何かあったのではないかとすぐ気付ければ良かった。ブリッドを一人で行動させずに慎重に犯人を探せば良かった。ホーブル総監に許可など貰わずに屋上へと強行突破していれば間に合ったかもしれない。もっとああすれば、こうすればと考えれば考える程、最善の方法があったのではないと後悔しかなかった。

「それを言うなら俺もそうっすよ。なんで俺は、あいつのこと分かってやれなかったんだって……」

 そう言いかけてブリッドはタバコの火を消してそのまま無言で喫煙所から出て行った。

 そのままブリッドは仕事を放って片手に花束を持ち、ホーブル総監から借りたままのカードキーを使用して屋上へと足を踏み入れた。

 夕陽が差し、オレンジ色に染まる屋上に立ってあの日のことを思い出す。ブリッドはデーヴが落ちた場所の柵の前に座り、そっと花束を添えた。

「おい、まだ俺を尾行しろって命令されてるのか?」

 ブリッドは振り返らずに屋上のドア付近で隠れているしゅんりに声をかけた。

「されてないけど……」

 そう言ってしゅんりはレジ袋を持ちながらブリッドの横に座った。

 ブリッドは自身の横に座ったしゅんりを横目で見た。カタカタと小さく震えながら、真冬にも関わらず、うっすらと額に汗をかいていた。

「……怖いなら来んなよ」

 人の死に人一倍にトラウマがあるしゅんりがこの場所に来るのはとても勇気がいただろう。今も恐怖で体が震えているしゅんりにそう言ってブリッドは顔を伏せた。

「こ、こわ、怖くないし……」

 カタカタと震えながら精一杯に強がって見せたしゅんりは、「だって、心配なんだもん……」と、思いながらチラッと虚な顔をするブリッドを見た。

 デーヴに銃を向けられ発泡されたあの瞬間、ブリッドは一歩も動かずにそのまま死ぬことに抗っていなかった。もしかしたらデーヴを追って死ぬかもしれないと心の底から心配してしゅんりはこの場に勇気を出して来ていた。

「お前、どうやってここに来れたんだよ」

 ブリッドのその言葉にしゅんりは、先程にあった出来事を思い浮かべた。

「ホーブル総監に、ブリッドリーダーが屋上に行くのを見たって言ったら連れて来てくれた……」

「なんだそりゃ」

 ホーブル総監の考えてること本当に分かんねえな、と思いながらしゅんりに目をやると、レジ袋からチョコレートのお菓子をいくつか花の横に添えていた。

「なんでチョコなんだよ」

「だって、チョコのパフェ食べてたから……」

 しゅんりが初めてデーヴに会ったあの日、デーヴはチョコのパフェを満面の笑みで美味しそうに食べていたのをしゅんりは覚えていたのだった。

「ハハッ、そうそう。あいつ男のくせに昔っから甘いもんが好きでな。嫌だっつってんのに、女だらけの店に付き合わされれるし、学生時代もチョコのお菓子ばっかり食べててさ……」

 デーヴのことを思い出しながら自然と笑いながら話した自分にふと気付いてブリッドは黙った。そして自分の意思とは反してポロポロと目から涙が溢れてきたのだった。

 何度も一人で泣いたのにまだ泣き足りねえのかよ、と自身に呆れ、そしてしゅんりの前で泣く自分を情けなくて恥ずかしかったが涙は止まらなかった。

 片手で顔を覆いながらポロポロと声を殺しながら泣くブリッドにしゅんりは驚いてそのまま固まってしまった。

 自分はよく泣く癖に他人に泣かれたら際、自身はどうしたらいいのか分からないのだ。少し考えてからしゅんりはゆっくりと膝立ちになり、風になびくブリッドの髪の毛をそっと撫でた。

 そんなしゅんりの行動に驚いたブリッドは涙で濡れた顔を上げてしゅんりを見た。

 いつも自分が何かした時、ブリッドは頭を良くポンポンと撫でてくれていた。それは褒める時、そして慰めてくれる時などシーンは様々だった。だからしゅんりもブリッドの頭を撫でようと考えて行動したのだった。この状況で頭を撫でるというか行為は間違っていたのかと不安になったしゅんりだったが、涙で濡れたブリッドの顔を見てそんな不安は消えた。

 どんな相手であれ、どういう方法であろうとしゅんりがブリッドを心配し、慰めようとした事自体は間違っていないのだ。

 しゅんりは目に涙を薄らと浮かべながらブリッドを上から覗くように見て、いまできる笑顔をブリッドを見せた。夕日にあたり、少しオレンジ色に染まるそんなしゅんりの笑顔はブリッドから見てとてもキラキラとし、そして美しく見えた。

 ブワッと更に涙が溢れてきたブリッドは恥などを捨てて、しゅんりをそのまま強く抱きしめ、そしてその胸に顔を埋めて声を出しながら泣いた。そんな強いブリッドの抱負にしゅんりは苦しさを感じつつも、泣き続けるブリッドの頭を優しく撫で続けたのだった。

 どれほど時間が経ったのだろうか。ほとんど日が落ちかけた時、ブリッドの涙はようやく止まった。

 ブリッドは恥ずかしながらもゆっくりと顔を上げて、未だに頭を撫で続けているしゅんりを見上げた。静かに一緒に涙を流し続けていたしゅんりの頬には涙の流れた跡があり、それを見たブリッドの胸になにか熱いものが流れてくるような感覚がした。そしてブリッドは座ったまま首を伸ばしてしゅんりの顔に顔を近づけてその濡れた頬にそっと唇を当てた。

 そのまま抑えが効かなくなったブリッドは次は額に、そして瞼の上、鼻先にと何度もしゅんりの顔に口付けを落とした。

 ブリッドの目に薄ピンク色のふっくらとした唇に目が入ったその時、しゅんりからクスクスとした笑い声が聞こえてきた。何故笑っているのかとブリッドが疑問に思って顔を上げると、「ブリッドリーダー、猫みたい」と、しゅんりは笑いながらそう言った。その時、カチンと何故かブリッドは頭にきた。

 ブリッドはしゅんりの首元に目線を向けてそのまま噛み付いてやった。

「いったたたたたっ!」

 いきなり首元に噛み付いてくるブリッドの行動と痛みに驚いたしゅんりは力いっぱいにブリッドを押した。ブリッドは素直にその抵抗を受け入れてしゅんりから離れてその場に立った。

「ありえない! なんで噛むかな!?」

 血出てないよね、と不安になりながらブリッドが噛んできた首元をそっと触って確認する。そんなしゅんりにブリッドはフンッと鼻を鳴らした。

「俺は猫らしいからな」

「はあ? 訳わかんない!」

 そんなしゅんりの疑問を無視してブリッドは屋上から出ようと歩き出した。そんな後ろ姿を見てしゅんりは沸々と怒りという感情を湧き立たせ、自身から離れていくブリッドを急いで追いかけた。

「こんの野郎っ!」

 バカバカバカッと暴言を吐きながら不満をぶつけるしゅんりにブリッドはシャーッと猫のフリをしてふざけ倒した。

 いつも通りに言い合いをしながら二人はデーヴがいなくなった屋上を後にするのだった。

 

 

 

 その後、ブリッドはしゅんりの怒りの言葉に、はいはいと言いながらホーブル総監の部屋へと向かってた。

「そういえば用事あるんだった。私、先に戻ってる」

「待て待て、頼むから一緒に来てくれって」

 ホーブル総監の元へ向かうと分かった途端、先に戻ろうとしたしゅんりの腕を無理矢理引いてブリッドはホーブル総監の部屋のドアを叩いた。

「ちょ、一人で行きなよ!」

「頼むって。流石にここまで無断でカードキー借りてたのを一人で返す勇気ねえんだって」

 小声でそう言い合う二人の間にバンっという破裂音とともに何かがヒュウッと通った。目の前のドアには二センチメートル程の穴が開き、恐る恐る振り返ると後ろの壁には銃弾の跡が刻まれていた。

 恐怖で固まる二人の目の前でゆっくりとドアが開き、銃をこちらに構えて立つホーブル総監が向かい入れた。

「覚悟はできてるだろうな、オーリン」

 こちらを睨みつけながらそう言うホーブル総監にブリッドは顔を青くしながら「ははっ……」と、乾いた声で笑うことしか出来なかったのだった。

 あの後ブリッドは盛大にホーブル総監からお叱りの言葉をもらい、そのついでかのように何故かしゅんりも説教を食らった。

 納得いかない顔を浮かべながらしゅんりはブリッドを睨みつけ、二人はとぼとぼと歩きながらチームの部屋へとやっと戻ってこれたのだった。

「ああ! 遅かったじゃないの!」

 部屋のドアを開けるとそこにはサンタの帽子を被ったタカラが二人に声をかけた。

「お前、なにしてんの……」

 柄にもないことをするタカラにブリッドは驚きながら質問した。

「なによ、いいじゃない。今日はクリスマスよ?」

 恥ずかしそうにそう言ったタカラから目を離して部屋を見渡すと、部屋の中はしゅんりが以前飾り付けたものよりも更に豪勢なクリスマスの飾り付けをされており、ルルもサンタの帽子をかぶっていた。ネイサンに至っては彼のキャラに合わないだろうに、サンタのコスプレをし、何故か上にいつもの白衣を着用していた。

「あのなー。お前ら仕事はどうした、仕事は」

 いつも通りの調子でそう言うブリッドにタカラは「はあ……」と、溜め息をついた。

「あのねえ、ここ数日まともに仕事に手がつかなかった奴が何言ってんのよ。リーダー業務は最近私がやってたのよ?」

 タカラの言葉にギクっとしたブリッドはその後反論出来ずに「すまねえ……」と、タカラに謝罪の言葉を入れた。

「まあ、良いではないか。ここは天才な私の奢りだ、さあ、盛大にクリスマスを祝おうではないか」

 キャラじゃないなーと、しゅんりとブリッドは思いながらも、メンバーなりに二人を慰めようとしたいるのだと理解し、そのまま素直にしゅんりとブリッドは部屋に入った。

「あらあら、もう始まっているのですね」

 次に来た訪問者はトビーだった。

「先生!」

「ラミレス先生!」

 トビーの訪問にしゅんりとブリッドは声を上げて喜んだ。そんな二人にふふんっと得意気な顔をするタカラにブリッドは「頭上がんねえな」と、思った。

「わお、なんじゃこりゃ」

 更に来た訪問者、オリビアは部屋の中を見て驚きの声を上げた。

「あー、来た来た。こっちこっち」

 オリビアはタカラの呼びかけでソファに座らされた。

「え、私アウェイなのでは?」

 自身だけチームのメンバーではないことに気付いてオリビアは気まずそうな顔をしてタカラを見た。

「そんなことないさ。ここは私の奢りだ。同じ療治化として楽しむといい」

 タカラの代わりにそう返事したネイサンはオリビアにワインボトルを見せた。

「おお、良いワインじゃない」

「これを知っているのかい? それにこれは君の生まれた年のワインさ。三十三年ものだよ」

 なんともキザなことするな、とタカラとルルが顔を合わせた時、ふと「オルビアって三十三歳だったんだ……」と、知った。

「人の年齢バラすなこのエセサンタ野郎!」

 近くにあったクッションをネイサンに投げながらそう叫ぶオリビアにワイワイと騒ぐ一同とは反対に、しゅんりは窓際に立って外を眺めていた。

「雪……」

 真っ暗な夜空からポツポツと落ちてくる初雪を見ながらしゅんりはデーヴのことを思い出していた。

 彼は間違ったやり方をしていたが自分達、異能者の為に何か革命を起こそうとしていたことは間違ってはなかったのではないかとしゅんりは思っていた。

 立場が違えばしゅんりもそうしていたかもしれない。

 そんな沈んだ気持ちになってきたとき、しゅんりは寒さにくしゅんっとくしゃみをした。

「おい、窓側寒いだろが」

「うん……」

 ブリッドにそう話かけられたしゅんりであったが、窓の外から目を離さず返事した。ブリッドは先程のことで気まずい気持ちになりつつもしゅんりの側から離れようとしなかった。

 ブリッドは窓から近い自身の机の下から紙袋を出し、包装を静かに開け、中の物を取り出してしゅんりの首元にそっと巻きつけた。

「え……?」

 自身の首元に巻きつけられた物、マフラーに手をやって驚いた顔でしゅんりは隣に立つブリッドを見上げた。そんなしゅんりの反応に顔を少し赤くして「やるよ」と、ボソッと言ったブリッドは逃げるようにワイワイとする一同の元へと向かっていった。

 マフラーを手にしたまま固まったしゅんりはじわじわと顔が赤くなる感覚がした。

「なにこれ……」

 そう一人で呟いた後、そのまま顔を隠すようにブリッドから貰ったマフラーに顔を埋めるのだった。

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