2
しゅんりとタカラはナール総括の言われた通り、鉄の塊に向かって武強化で攻撃を続けていた。
能力の使いすぎで疲労が強くなってきた時、ちょうど時計の針が昼休憩の時間を指しているのを見た二人は自身達の部屋へと向かって休息を取ろうと移動した。
部屋の前に着くとブリッドとルル、そして聞きなれない男性の声が聞こえてきてしゅんりとタカラは疑問に思い、お互いの顔を見た。まさか任務かなにかかなと、思ったタカラはドアをゆっくりと開いて覗くように部屋を見渡した。
ブリッドは自身の席に着き、ルルは子猫を膝に乗せながらソファに座っており、その隣にはスーツに白衣を着用した黒髪をオールバックにし、メガネをかけた三十代くらいに見える男性が座っていた。
「ん? これが新人か?」
しゅんりとタカラを見た男性は二人を品定めするかのように上から下まで見てきた。
「なんですか。失礼ですよ」
しゅんりはその男性にそう言って胸を両腕で隠して睨んだ。
「失敬。別に性的な意味で見てない。知性のかけらのない奴らだなと思って見ていただけだ」
「失礼なことには変わりないじゃない。ムカつくわ」
そう言ってしゅんりとタカラは二人揃って銃を手に取り、その男性に向けた。
「あははっ! やっぱりあんたいいわね!」
「やめろ二人とも。この人はこういう捻くれた言い方しかできない奴なんだ」
ルルはツボに入ったのか声を上げて笑い、ブリッドは溜め息を付いた。
「捻くれた? 私は事実を述べただけだ。そこの二人、悲観することはない。私ほど天才で素晴らしい頭の持ち主はそうそういないためそう見えただけだ。気にすることはない」
悪びれもなくそう言う男性に更にルルは更にケラケラと笑った。
ジッと睨むようにしゅんりとタカラはブリッドに目を向け、「紹介する。俺のチームのもう一人のメンバーのネイサン・カーター、療治化だ。確かに腕はすごいぞ。今はクランクラン病院で医者をしつつタレンティポリスとしてうちに所属している」と、説明した。
「おい、ブリッド。八十四パーセントあっているが十六パーセント違う。まず、私は腕がいいのではない。どんな手術も成功する神の手を持つ天才だと言うことだ。そして、確かにクランクラン病院で私の天才的な能力を用いて治療を行っているが、正しくは医者として働いていない。私は院長の変わりに執刀する裏の医者だ。ゴーストドクターとでも命名するとしよう。そしてかつてはこのチームの元リーダーだったということを付け加えて説明できれば百点だな」
両腕を組んでふんっと鼻息を吐いて、「さあ、私を褒めてもいいんだぞ」と、言いたげにこちらを見る男性、ネイサンにしゅんりとタカラは苦虫を踏んだような顔をした。こんは変な奴が同じチームでかつ、元リーダーだったのか。
「で、その天才様は何か任務があって御出勤されたのでしょうか?」
未だ入り口で立っていたタカラは部屋の中に入り、ネイサンと距離を空けてブリッドの横に移動して、壁に寄りかかりながらこの男がいる理由を聞いた。そしてしゅんりはタカラに続いて部屋に入り、自身のロッカーを開いた。
「いや、ない」
ネイサンの変わりに困った顔でそう言うブリッドにタカラは眉を歪めた。
「おお、ないさ。私は忙しい身にあるが若い諸君だけでは不安だからな。こうやって我がチームへ足を運び、様子を見にきたのだよ。この私に会えたことを感謝すれば良い」
「わーい、レアキャラに会えたー」
棒読みでそう言ってしゅんりは鞄から財布を出して、今日は外でご飯を食べて帰りに子猫のエサでも買おうと準備し始めた。
そんな時、ノックする音とともにドアが開き、そこにはしゅんりとタカラの元メンバーであるオリビアが立っていた。
「やっほー。今日しゅんりとタカラいるって聞いてやって来たんだけど……」
明るい声でそう言っていたオリビアだったが、ネイサンと目があった瞬間からあからさまに嫌な顔をした。そんなオリビアにスクッとネイサンはソファから立ち上がり、「やあやあ、オリビア君じゃないか」と、言いながら近付いていった。
「うーわ、最悪。ネイサン、あんたなんでここにいんのよ」
顔を歪めてそう言うとオリビアは近付いてくるネイサンから逃げるように移動し、タカラの横にピタッとくっついた。
「ははっ、君に言われたくないね。ここは私のチームだ」
「あっそ」
「で、平々凡々な療治化の君はなんの用かね。まさか私に用かい?」
「あり得ない。私はタカラとしゅんりに用があるのよ」
そう言ってオリビアはネイサンを睨みつけながらしゅんりとタカラの腕を引いて部屋から出て行った。
「あ、あいつらに今日の予定について話せれなかった」
「ネイサンのペースに飲まれたら無理よね。どうせ昼休憩終わったら戻ってくるんだから良くない?」
この天才すぎる私から逃げるとは、と言いながら今だに自身に酔い続けるネイサンを横目にブリッドとルルは話し、二人も昼休憩に入ることにしたのだった。
「あーもー! 本当に最悪だわ」
プリプリと怒りながらオリビアはグサっとフォークでステーキを刺しながらそう言った。
「ネイサンさんは確かに不愉快な人だけど、なんでそんなに怒ってるの?」
「そうよ。何か昔にあったの?」
警察署近くの公園にある小洒落たカフェでランチしながら二人はオリビアの相当怒っているその様子に疑問を持った。
「あいつと私は同じ大学だったのよ。学年違うのになにかと私に突っかかってくるし、馬鹿にしてくるし、本当に最悪なやつなの」
そう言ってズズーっと音を立ててスープを飲むオリビアを見ながらタカラは先程のネイサンの言動を思い出す。
しゅんりとタカラが来てもソファから立ち上がることはなかったが、オリビアがきた途端に立ち上がり、自身に用があるのかと聞いていた。
まさかなーと、思いながらタカラは自身のパスタを口に含んだ。
「へー、大学かー。いいな」
しゅんりは大学に通っていたオリビアとネイサンが羨ましく思いそう言った。以前の任務で少しの間だけだったが久しぶりに学生というのも楽しんでからしゅんりはスクール生活に憧れを抱いていた。
「良くないわよ。あそこ卒業して十四歳でハイスクール通ってないのに、飛び級扱いで医大に行かされて毎日研究の日々よ」
毎日徹夜でレポート書いてた時は気が狂いそうだったわと、オリビアは悲壮な顔をした。
それはキツそうだなと、しゅんりとタカラは二人揃って顔を歪めた。
「ごちそうさまでした! 私、ペットショップに行ってきます!」
「え? ペットショップ?」
オリビアの疑問を聞く間も無くしゅんりは自身のランチ代のお金を置いて颯爽と走って目的地へと急いだ。
「しゅんりは若いわね。食後に走るなんて」
オリビアはそう言って食後のコーヒーを飲んだ。しゅんりぐらいの年の時は先程行った通り勉強の日々で青春なんてものはなかった。そして六年経って大学を卒業してから療治化として勤務し、早十三年。時が経つのは早いものだ。
「あ、そういえばペットショップって?」
オリビアはしゅんりが行っていた言葉を思い出しタカラに質問した。
「そうそう。しゅんりが子猫を拾ってきて、飼い主が見つかるまでチームで飼うことになったのよ」
「まあまあ。なんとも相変わらずな」
しゅんりらしい行動に少し和んだオリビアはタカラと共にカフェを出て警察署に戻ることにした。
休憩終了ギリギリに警察署に戻ったしゅんりは段ボールで昼寝をする子猫を上からそっと覗いた。
しゅんりのマフラーの中で丸まって寝る子猫に安心しつつ、トイレやエサ、おもちゃに水飲み場などを周りに設置していった。クリスマスグッズに猫用品に侵食されつつある部屋にブリッドは頭を悩ましながら部屋にいるしゅんり、タカラ、ルル、ネイサンに本日の仕事内容を伝えることにした。
「今日、うちのチームには任務が入る予定が今のところない。そのためグレード2用に研究された銃の使用の模擬テストを俺らとジュリアン総括と行う。俺とルル、ネイサンが銃を使用し、問題がないか細かくテストする。そしてしゅんりとタカラは先程同様に武強化の訓練だ」
おら行くぞーと、気の抜けた声を出してブリッドは部屋へと出て訓練所へ向かった。
それに続いてタカラ達が続いていく中、しゅんりは子猫をもう一度見てから「お昼寝しててね」と、小声で話しかけてから四人を追った。
ジュリアン総括の指示の元、順調に模擬テストが行われるなか、ルルが使用していた銃がオーバーヒートを起こした。勝手に発泡し、しゅんり達が使用していた鉄の塊に当たった。二人が幾度も攻撃を仕掛けていたため崩れかけていたそれは破片が弾けるようにとれ、ネイサンに向かって飛んでいった。
「ネイサンさん、危ないっ!」
療治化のネイサンは異能者は自身を守る能力がない。そう思ったしゅんりは足に力を入れてネイサンに向かって走り出した。
間に合えっ!
ネイサンの前に立ち、盾のように両手を広げたしゅんりの予想とは違い、ネイサンはその場でジャンプしてわざわざ鉄の破片に向かっていった。
「何をっ……!」
何をしているのかと声を上げたその時、ネイサンは右手で鉄の破片を掴んで握り潰した。
「ふんっ。舐めた真似をする」
そう言ってネイサンはしゅんりを睨みながら手を広げて、かつて鉄であったものを粉々にして床にサラサラと落とした。
「あ、あはは。倍力化も持ってたんですね……」
驚いたのもあるが余計なお世話だったのかと少し恥ずかしい気持ちに駆られたしゅんりは赤らめた顔を俯かせた。
「ここ数年、あの女が統括してからうちの部署は倍力化の比率は減っていってるらしいが、我らは倍力化の部署だ。能力を得てない方が恥だと思うがいい」
ナール総括が倍力化の部署を任されてから彼女を憧れて入る異能者が増えた。そしてナール総括自体も有能な者を増やし、倍力化にこだわらずバランスよくチームを組むようにしていた。それを良く思う者もいれば、思わない者もいて当然であり、後者だったネイサンはタカラを見てから鼻で笑った。
タカラは「ブリッド。売られた喧嘩は買っていいわよね?」と、ポキポキと手の関節を鳴らした。ブリッドが止めに入ろうとしたその時、「ダメに決まっておるだろう」と言って、テレポートを使ったと思わせる程の速さでナール総括がネイサンとタカラの二人の間に突然現れた。
「わらわは安心しておぬしらに頼み事もできぬのか?」
ネイサンがいると聞き、様子を見に来てよかったと思いながらナール総括は溜め息をついた。
「これはこれは最年少で総括になったナール殿ではないか」
敢えて"ナール殿"と呼んだネイサンに頭にきたナール総括であったが、ここは抑えなければと思い、自分より少し上にあるネイサンの顔を睨んだ。
「ネイサンよ、自分より下のものをからかうのが趣味らしいな。おぬしほどの優秀な者なんだ、少しは大人になってくれんか? おぬしが手がつけれん奴が暴れる前に」
ナール総括が顎を右にクイッとする先にはあからさまに怒りをあらわにしているブリッドがいた。ナール総括の意図を分かったネイサンは横目でブリッドを見てから「おお、怖い」と、言って肩をすくめた。
「はあ、ジュリアン。あと頼むぞ」
「ええー! ナール、行っちゃうの!?」
騒動に巻き込まれないように物陰に隠れていたジュリアン総括の言葉を無視して、ナール総括は訓練所から出て行った。
「……ブリッドリーダー、大丈夫?」
「……ああ。大丈夫だ」
しゅんりの伺うかのような言葉に「俺はこのチームのリーダーだ。冷静になれ」と、思いながら、ブリッドは模擬テストを続行するよう指示した。
あのブリッドだ、ナール総括のことになったらすぐ怒り狂うのかと思っていたしゅんりとルルはそんなブリッドの様子に意外だなと思いながらジュリアン総括の元で仕事を続けた。
就業時間一時間程、早めに銃の模擬テストは終了した。
部屋に戻るなり、しゅんりとルルは仕事を放って猫の飼育について詳しく記載されてるマニュアル本を読んでいた。
「へー、顔や手を舐めてくる仕草は愛情表現なんだって」
しゅんりはルルにそう伝えた後、子猫に向かって手を差し出して見せた。
子猫はしゅんりの手をクンクンと匂ったあと、フイッと顔を背けてからクリスマスツリーに向かい、飾りつけてあるベルで遊び始めた。
「えー、なんでー」
「朝あんなに乱暴なことするからよ、おばかさん」
ルルはしゅんりをバカにしてニヤニヤと笑いながら次はルルが子猫向かって手を差し出した。
「にゃっ」
子猫はルルの手を除きこんだ後、フイッとしゅんり同様に顔を背けた。
「ぷぷー! ルルちゃん嫌われてるー」
「あんたに言われたくないわよ!」
ギャーギャー言い合い始める子供二人に大人三人はまだ勤務時間なんだけどなと、呆れながら見ていた。
そろそろ注意すべきかと考えていたブリッドの机の上に軽やかに子猫はソファから飛び乗ってきた。
「んにゃあ、んにゃあ」
猫はブリッドの肩に手を乗せてペロペロと顔を舐め始めた。
「ちょ、くすぐってえ」
少し困ったように言うが満更でもないのか、笑みを浮かべて猫の後頭部を撫でるブリッドの姿にしゅんりとルルはプクーっと頬を膨らませた。
「見てなさい! こっちには猫じゃらしがあるわよ!」
「なっ! 私にはこのネズミのおもちゃがあるよ!」
しゅんりとルルが子猫に相手してもらう為に必死に誘惑するがそれを無視して子猫はブリッドの手に甘噛みしたり舐めたりと甘えに甘えていた。
そんな子猫の様子に「きーっ!」と、怒る二人にブリッドは困った顔をした。
「にしてもあんたすごいわね。なにか猫が好きなフェロモンでも出してるの?」
「猫は賢いからな。本能的に守ってくれそうな者を理解しているではないのかね」
ブリッドに関心するようにタカラはそう言い、ネイサンはそう分析し、「お子ちゃまには猫の世話が早いということさ」と、言って鼻で二人を笑った。
そんなネイサンに目掛けてしゅんりとルルは同時に手に持っていた猫のおもちゃを投げ、一悶着が起こる事になったのだった——。
なんやかんやあった勤務後。定時で帰れたしゅんりとルルと子猫は薄暗い部屋に用意されたパイプ椅子に座りながら透明な板の先にいる人物に今日のことを話していた。
「でね、意外と落ち着いててさ。怒り狂ってナール様! ナール様って言うと思ってたのに」
「まあ、あいつも成長するってことよね」
「にゃんにゃん」
「あとね、ネイサンさんが代わりに手術してあげてたお偉いさんが一か月旅行に行くからうちのチームに毎日来るって聞いてタカラリーダーが嫌な顔してて、また揉めそうになってね」
「にゃお、にゃお」
「あのタカラの顔はウケたわ。ブリッドは知ってたみたいで苦い顔してたし」
「にゃっにゃっ」
「ちょ、ちょっと待ってくれるかしら」
シャーロットは二人の話を中断して当たり前かのようにいる目の前にいる猫を指差した。
「当然のように連れてきているし、なんか相槌打ってくるし、この猫はなに?」
以前の任務でエアオーベルングズのメンバーとして捕らえられたシャーロットは現在、警察署近くの刑務所の地下深くに重罪人として収監されている。そんなシャーロットは定期的に友人のように何度も面会に来てくれる二人の話は基本、どんなにも突拍子もない話でも中断させずにいつも聞いていた。しかし、さすがに今回は止めずにはいられなかった。
後ろで見張りにいる警官は驚いて固まって二人の様子を見ていた。いや、注意しなさいよと、思いながらシャーロットは時計に目をやった。重罪人のシャーロットには面会は一回十分しか時間は設けられておらず、面会の回数も月に二回と限られていた。
貴重な一回を猫に取られそうになっていることにシャーロットは少し絶望的な気持ちになっていた。
ああ、私の唯一の癒しの時間なのに!
「そうそう、子猫を拾ったの!」
「刑務所にアニマルテラピーとかどうかと思って提案に来たの。どうかしら?」
そのルルの言葉の後、二人はシャーロットの後ろに立つ警官に目をやった。
「……面会終了だ」
そうなると思ったわよ! そう思ってシャーロットは力が抜けて顔を机に伏せた。
「え!? まだ六分あるよ!」
「そうよ! 納得がいかないわ」
「持込み禁止物を持ってきたからだ」
そう言われて二人は別室にいた警官に連れられて刑務所を出されてしまった。
「あの……」
「なんだ」
機嫌が悪いのか、仏頂面の警官にシャーロットは恐る恐る質問した。
「これ、ノーカンよね?」
「まさか。一回分としてカウントする」
「オーマイガ……」
シャーロットの癒しの時間はたった四分で終了したのだった。
その晩。しゅんりは朝に宣言した通りチームの部屋で寝泊まりするためにソファに仮眠室にある布団を持ってきて広げていた。
そんな様子を仕事があると嘘を言ってわざわざ残っていたブリッドは朝のしゅんりの猫の扱い方を見て、自身も今夜は部署に泊まろうかと考えていた。しかしだ、以前ザルベーグ国であった会議にて同じホテルの一室に泊まった時、周囲にあられもない疑いの目を向けられた時のこともある。ここはしゅんりを信じて子猫を任し、自分は帰るべきだろうかと悩んでいた時、視線を感じてブリッドは自身の机の下からこちらを見上げてくるしゅんりに目を向けた。
「なんだ?」
「いや、忙しそうだからなにか手伝えないかなって」
今日は任務もなかったのにリーダーというのはこんなにも大変なのかと心配しつつ、何か手伝えないか純粋にそう思って提案したしゅんりにブリッドは少し心を痛めつつ、「いや、こいつに任せれない」とも思った。
「お前、まともに事務仕事できたことあったか?」
「いや、ないけど。やればできる子っていつも褒められて生きてきたからできると思うよ!」
えっへんと胸を張るしゅんりにブリッドはそれを言った奴は誰だよ、と心の中で責めた。
「そうかい。でも、今日はこれで終わるから俺は大丈夫だ。それよりもお前は子猫の世話は一人でできるか?」
当初の不安を隠さずそう言ったブリッドにしゅんりは「大丈夫!」と、元気に返事した。
信用できねえ、と思いつつブリッドも二人で同じ部屋に一晩一緒にいる方が問題だと結論つけた結果、自身が持っている猫の知識をしゅんりに伝えた。
普段、仕事の時はメモを取らないくせに、こういう時はメモを取りながらブリッドの話を真剣に聞く姿に少し悲しくなりながら、ブリッドは帰り支度を始めた。
「お前、俺ら明日非番だけどずっとここにいるのか?」
「ううん。日中はマオと出かけるけど、その間は翔君が見てくれるって。夕方には帰ってくる予定」
「へー、そうかい。まあ、早く飼い主見つかればいいな。俺も明日知り合いに聞いてみるわ」
ブリッドは翌日の予定を思い浮かべてしゅんりにそう伝えた。
「え、いいの!? ブリッドリーダーありがとう!」
目をキラキラさせて感謝を述べるしゅんりにブリッドは少しほっこりしつつ、部屋を暖かくしてちゃんと布団を被って寝るようにと、母親のような事を言って部署を後にしたのだった。
「ふふっ。ブリッドリーダーってやっぱり優しいよねー」
ダンボールの中、しゅんりのマフラーに包まれながらすやすやと眠る子猫を撫でてからほかほかとした気持ちになったしゅんりは早々に眠りについたのだった。
リーシルド市のメインストリートにあるカフェのテラス席にブリッドは座り、ボーっと通行人を見ながらコーヒーを飲んでいた。
ブリッドが来ていたカフェは今、チョコメニューに力を入れており、店内は若い女性で賑わっていた。そんな雰囲気の中、ブリッドは向かい席で手を頬に当てて、「んーっ! 美味しい」と、満面の笑みでチョコパフェを食べる男、デーヴ・サーバルを軽く睨みながら見た。
カフェモカのような色の髪は太陽に当たって透き通ってキラキラとし、白い肌に緑色の目をして可愛らしく甘い顔立ちをしたデーヴはブリッドとは真反対な雰囲気を醸し出していた。
「ん? ブリッドもやっぱり欲しくなったのか?」
自身を見てくるブリッドに勘違いしたのか、デーヴはスプーンに一口分のパフェを乗せて、ブリッドにあーんとスプーンを差し出してきた。
「やめろ! 見られてるだろが」
男二人で来ているだけで物珍しい顔で見られているのに、可愛いらしい顔立ちの男が目つきの悪い男にあーんと食べ物を渡すなんて悪目立ちにも程がある。
先程からチラチラと色々な角度から見られて辟易してきたところでブリッドは文句を言った。
「なんで男の俺と来るんだよ。女誘え、女」
「俺はブリッドと違って遊ばないんだよ。今は彼女いないし、一人で来る勇気ないしさ。それに誰かさんは何故か寂しいのか最近すごく遊びに誘ってくるし」
"寂しい"というワードにブリッドは肩をビクッと震わせた。
以前の任務で友人だと思っていたエアオーベルングズの少女を思って泣いていたしゅんりを見て、ブリッドは無性に親友であるデーヴに会いたいと思うことが増えていた。
タレンティポリスは命を賭けた任務が多い。いつ会えなくなるか分からない状況で友人に会いたくなる気持ちになってもおかしくはない。だが、ブリッドがそれを素直に言える訳なく、恥ずかしい気持ちを誤魔化すように「寂しくねえし、バーカ」と、子供じみた返事をして濁すのだった。
「ま、俺も優秀な友人のブリッドに会えて嬉しいさ」
「優秀だなんてやめろよ」
スッと表情を暗くしてブリッドは顔を伏せた。
デーヴ・セルッティは倍力化のグレード2を取得しており、人間の警官の元で勤務していた。自由に能力を使用は出来ず、グレード2の異能者は人間に逆らわないようにして働くことがルールとなっている。卑下されている異能者が人間と同じ場所で働いている環境は明らかに良い待遇ではないだろうとブリッドは容易に想像できていた。
そんな状況にブリッドは心を痛めていた。自身ではどうすることもできないが、どうにかできないものかとデーヴを思う度にブリッドは考えていた。
「そんな顔をして欲しかった訳じゃないんだ。ブリッド悪かったって。それに三ヶ月後にあるグレード試験の前にさ、ちょっと訓練付き合ってくれよ」
「当たり前だ。いつでも言えよ」
異能者のグレードの試験は基本、タレンティーズ学園の卒業試験と同じ三月に行われ、卒業生以外も試験を行われている。
グレード2である警官は基本、この試験に毎年受けてグレード3を取得し、タレンティポリスとなることを目指していた。
そして今年はその試験会場は当国であり、倍力化の試験はナール総括が行う。自国だからといって審査を甘くするわけはないが、いつもより希望が何故か見えてくるものだ。ブリッドは今年こそデーヴがグレード3へ昇格するよう心から願っていた。
「俺も早くそっちへ行きたいよ」
「お前ならいけるさ。去年もあと少しだったんだろ?」
「まあね」
「期待してるさ。そうだな、上がったら俺のところ来れるよう推薦しといてやる」
ブリッドはそう言ってデーヴをチラッと見た。デーヴは少し驚いた顔をした後、「ははっ、ブリッドが上司か。いいね」と、満面の笑みを浮かべた。
「ああ、こき使ってやるから覚悟しとけよ」
「お手柔らかにリーダー」
雰囲気も和やかになった時、デーヴがそういえば、と言っていやらしくニヤニヤと笑いながらブリッドを見た。
「な、なんだよ」
「いや、お前のとこに入ったらあの噂の未成年彼女が見れるのかと思ってさ」
「はあ!? ふっざけんな! あんなクソガキが彼女なわけないだろうが」
あいつはなこんなことして、ああして、こうフォローしなきゃいけなくてだな、とツラツラと話し始めるブリッドに変わらずニヤニヤとデーヴはブリッドを見ながら、「こいつ、いつ手を出するんだろうな」と、勝手に予想し始めていた。
「ぶえっくしょん!」
しゅんりはマオと目当ての場所を目指しながら歩いていた時、盛大にくしゃみをした。
「あーもう、しゅんりったら」
マオはそう言いながら隣で鼻水を垂らすしゅんりにポケットティッシュを渡した。
「ごめん、ありがとう」
しゅんりはマオからティッシュを受け取って鼻水を拭いた。
「しゅんり、寒がりなのになんでマフラーしてないの」
「いやー、諸事情……」
しゅんりはそう言って、子猫が丸まって寝たり、噛んだり、舐めたりしてぼろぼろになった自身のマフラーのことを思い出していた。
もうあれ使えないだろうから新しいのを買わないなと思いながら、いつも着ているナイロンジャケットのフードを被って、首元の寒さを少しでもマシにしようとした。
うーっと言いながら寒そうにするしゅんりを見ながらマオは「今日は結構暖かいのに……」と、思いながら太陽を見た。日差しが心地よく降ってきており、今日はいわゆるお出掛け日和だった。
「もうすぐ着くよ。ほら」
「やったー! 早く行こう! 待っててね生クリームモリモリチョコフォンデュカフェモカ!」
先程まで寒がっていたのが嘘かのように呪文のようなドリンクメニューを言いながらしゅんりは目的地であるカフェが見えたしゅんりはマオを置いて走り出した。
「ちょっと待ってよ!」
しゅんりに遅れないようにとマオが走り出したその時、店の前でいきなり止まったしゅんりの後頭部に勢いよく鼻をぶつけてしまった。
もうなんなのかとマオが文句を言おうとした時、しゅんりは「うげえ」と、目の前にいた人物を見て顔を歪めた。
「うわ、なんでお前ここにいんだよ。あと上司に"うげえ"はやめろ」
ビシッと指差して注意するその人物、ブリッドはいつも通りにしゅんりに注意した。
「なんでここにいるのかって聞きたいの私の方ですー」
テラス席から店内を見渡しながらしゅんりはそう言ってブリッドとデーヴに目をやった。男二人でこの店にいる二人は明らかに悪目立ちしており、今までチラチラと二人を見ていた女性陣達はしゅんりの登場にあからさまに楽しくなさそうな顔をした。
「しゅ、しゅんり、失礼だよ!」
「なんで? マオ、それにブリッドリーダー噂みたいに怖くないからビビらなくて大丈夫だよ」
「俺、怖がられてるのか……」
プルプルとブリッドに怖がるマオにしゅんりはそう言ったことで当の本人にその噂が知られた瞬間だった。軽くショックを受けてるブリッドをよそにデーヴはニコッとしゅんりに笑いかけた。
「はじめまして、俺はデーヴ・サーバル。ブリッドとは学生の頃からの友人さ。君が噂のブリッドの彼女かい?」
「彼女!? ち、違います!」
「へー、そうなんだ。でも今は、かな?」
「だから違うってば、違う!」
しゅんりはデーヴのからかいを本気で否定するそんな中、マオは自身が怖がられてるという噂にショック状態のブリッド小声で話しかけた。
「あ、あの、ブリッドリーダー……」
「ああ? なんだよ」
ギロっとした吊り目の目に見られたマオは心の中でヒッと、声を上げながら「しゅんりのことなんですけど……」と、話し始めた。
「最近、私達親友だよねとか、隠し事ないよね、とか聞いてくること多くて何かあったのかなって思ってて、心配なんです……」
こちらに怖がりながらもしゅんりを思って自身に聞いてくるマオに、いい友達を持ったなと、思いながらブリッドは小声で「うん、うんと返事しといてやれ」と、返答した。
基本、任務の内容は上が周知した方がいいと判断したもの以外は口外してはいけないとルールがある。変に任務内容を言って混乱を招いたり、個人情報保護法にも違反する可能性があるからだ。そこを配慮した上でマオに詳しく話せないためそう返事した。
自分と同じように友人に会いたがったり、確認している行動に恥ずかしい気持ちになりながらブリッドはギャーギャーとデーヴのからかいを本気で受けてるしゅんりに注意した。
「しゅんり、少しは落ち着け。デーヴもあんまそいつをからかってやるな」
「はーい、はい。ごめんね、しゅんりちゃん」
「……へーいへい。分かりましたよー」
ブスッとした顔でそう返事したしゅんりにははっと笑ったデーヴはブリッドに聞こえないように「少しは素直にならないといつかブリッドを他の女に取られちゃうよ」と、耳打ちした。
ブリッドリーダーが取られちゃうとかどういう意味かと首を傾げたしゅんりは自分達が周りから注目の的であり、大半の女性達の視線がブリッドやデーヴに注がれているのを気付いた。
見た感じ優しそうで顔立ちも良いデーヴが女性からモテるというのは容易に想像できるがその反面、ブリッドのこの危なげな雰囲気に惹かれる女性も多かった。
なるほど、ブリッドリーダーはモテモテなのか……。
そう始めて気付いたしゅんりは更に気分を悪くしてしまった。
「そんなの知らないもん……。マオ、学校行こう」
「ええ!? 生クリームモリモリチョコフォンデュカフェモカ飲みに来たんじゃないの!?」
「ブリッドリーダーのせいで気分変わった! あっかんべーだ!」
下瞼を人差し指で少し下ろして舌を突き出してブリッドとデーヴにお見舞いした後、しゅんりはマオの手を引いて母校であるタレンティーズ学園へと向かって行った。
しゅんりは以前の任務後からマオに武操化の能力を、マオにはしゅんりが武強化を教え合ってお互い訓練をしていた。タカラに教わればいいのだが、タカラはタカラで武強化の訓練に忙しくしていたため、マオとゆっくりと訓練することにしたのだった。
「なんだその呪文のような飲み物は……」
「嵐のような子だったね」
颯爽と去って行ったしゅんり達を見て呆気に取られたブリッドに比べてデーヴは「あーあ、からかいがいがあったのに」と、悪びれもなく残念がっていた。
「はあ、疲れた……」
「疲れた? 嬉しかったくせに」
しゅんりを見た途端、少し表情が柔らかくなったことに気付いたデーヴはニヤニヤしながらブリッドを見た。
「んだよ、次は俺か?」
デーヴが人を小馬鹿にすることを好む性格であることを知っているブリッドはデーヴを軽く睨んだ。
「まさか。ブリッドをからかって遊ぶのはさすがにないよ。やり飽きた。ただ、親友としての助言をしようかと思ってさ」
「なんだよ……」
どんなことを言って自身をからかおうとしてるのかと身構えたブリッドにデーヴは両手を組み、そこに顎を乗せてニコッと微笑みながらブリッドを見た。
「あの子、あと二年でもしたら今以上に男はほっとかなくなるよ? 早く首輪を付けなておかないとスルッとブリッドから逃げるから気をつけなよ」
なんだそりゃ、と思いながらブリッドは盛大に溜め息を吐いた。
「あのなあ、俺とあいつはそんな関係じゃねえって何回言わすんだよ」
「素直になりなよ、見てたらすぐ分かる」
急に笑みを消して真剣な顔をしたデーヴは更に、「俺もいつまでもブリッドにそんなこと言える関係でいれないかもしれないんだ」と、ブリッドに伝えた。
「な、それはどういう意味だ……?」
意味深であり、友人関係が無くなると伝えているのかと不安になったブリッドは不安気な表情を浮かべた。
そんなブリッドにブフッと吹き出して笑い出したデーヴにブリッドは更に困惑した。
「いや、大丈夫、大丈夫! そんな悪い意味じゃなくて、俺が次の試験でグレード上がったらお前は俺の上司になるからさ、こんな軽口を叩けなくなるかもって話だから」
笑いを堪えながらそう言うデーヴに安心したブリッドは力を抜いた。
「おま、本当にそういう冗談やめろよな」
「いやあ、なんでも馬鹿正直に受け止めてくれるブリッドはやっぱりからかいがいがあるよ。いつまでもそのままでいてくれよ」
笑っていたかと思えば次に寂しそな表情をするデーヴにブリッドは困惑しつつも、「やはり、グレード2として警官を務めるということは大変なのか」と、一人勝手に納得していた。
「何かあれば相談乗るぞ」
「それはこっちのセリフさ。ブリッド、お前は遊んでばかりで真剣に恋をしたことないだろう? 最近までは上司を狙い、そして次に部下に手を出せず仕舞いだろ?」
真剣に心配したのにまだからかってくるデーヴにブリッドは少しムスっとした顔をした。
「けっ。軽口叩けるのは今のうちだけだからな。覚えとけよ」
そう言ってブリッドは一服と、言ってタバコを持って喫煙所へ向かった。
「本当に今のうちだけだな……」
暗い顔をしながらそう呟いたデーヴは人間には見えない速さでブリッドの鞄に手を伸ばした——。
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