四章 友

 しんしんと冷える早朝。

 しゅんりは自身から出る白い息を見ながら寮から徒歩十分ほどの遠さにある職場、警察署の地下にあるタレンティポリスの部署に向かっていた。

 お気に入りの裏地がモコモコしているナイロンジャケットに白いもふもふのマフラーの下にはウサギの絵が描かれている大きめのパーカーを着用し、下半身はデニムのショートパンツを着て生足を曝け出してショートブーツを履いていた。上は温かそうなのに下は寒そうなアンバランスな格好をしたしゅんりは両手をポケットに入れながら走っていた。

 それは昨日、いつも遅刻ギリギリか数分遅れてくるしゅんりにブリッドが説教をかましたところであり、今日は一番乗りしてギャフンと言わしてやるとしゅんりは張り切って本日は早起きをしていたのだ。

 ふふふ、これで今日は文句を言わせないでやる! 

 そうニヤニヤと笑いながら走っていた時、しゅんりの視界の端にあったゴミ捨て場にある段ボールがガサガサと動いてるのが目に入った。

 勝手に動く段ボールにしゅんりは思わず驚いて足を止めた。変わらずガサガサと動く段ボールに恐怖し始めた時、中から「にゃあ」と可愛いらしい鳴き声が聞こえてきた。そっと近付いて段ボールを開けるとそこには両手程の大きさの小さな真っ白な毛をした子猫がいた。

「にゃあ、にゃあ!」

 しゅんりを見るや否や、尻尾をピンと立てて必死に鳴く姿にしゅんりは「こんな可愛い子を捨てるなんて酷い」と、悲しそうな顔をした後、自身のマフラーを取って猫にふわりと巻きつけた。

「寒かったよね、もう大丈夫。温かいところに連れてってあげる」

 しゅんりは再び段ボールの蓋を閉じてから胸に抱えて小走りで警察署を目指した。

 しゅんりはそーっと誰にも見られないように隠れながら自身のチームの部屋を目指した。

 しゅんりの住む寮はペット不可のため、この猫を保護するにはチームの部屋内に隠して飼うしかないと考えていたのだった。

 運良く誰にも会わずに済んだしゅんりは始業時間四十分程前のまだ誰も来ていない部屋に入った。クリスマスカラー一色に染まった部屋内にはロッカーの横にクリスマスツリーが飾らせており、その下に猫を隠した。十二月に入った途端、しゅんりは家にあるクリスマスグッズを少しずつ持ってきては、ブリッドに注意されても無視して部屋内を飾りつけていたのだった。

 そっと段ボールの蓋を開けてしゅんりは中を確認した。マフラーにくるまってすやすやと寝る子猫を見てしゅんりはほっと胸を撫で下ろしてからなにか食べ物がないか探り始めた。

 ブリッドとタカラは常にここではコーヒーを好んで飲んでおり、コーヒーメーカーの周りにあるお菓子などを探った。

「お、これいいかも」

 コーヒーフレッシュを三つ程手に持ってしゅんりは再び段ボールで寝る子猫に向かった。

 これもミルクだし飲めるよね、と思って蓋を開けようとした時、いきなり部屋のドアが開いた。

「うわ!」

「おお、今日は早いな」

 始業時間四十分前に出勤してきたのはなんとブリッドだった。

「ぶ、ブリッドリーダーも早いね……」

「まあ、リーダーなもんで仕事がたんまりとあんだよ」

 そう言いながらブリッドは真っ先にロッカーに向かい、ジャケットやマフラーなどを直し始めた。

 やばい、そこに来たらバレる!

 そう思って、しゅんりは急いで段ボールを背にして隠すようにその場に座り込んだ。

 ブリッドはそんな変な行動をするしゅんりをじとっと見た。そんなブリッドの視線に気付いてか、しゅんりは口笛を吹きながらあからさまにブリッドからの目線を外した。しゅんりはいつもなにか誤魔化そうとする時、目線を外すか口笛を吹く。

 何か隠してんだな、と気付いたブリッドはしゅんりの前に来て、その場にしゃがみ込んだ。

「何隠してんだ?」

「な、何も!」

 あははと乾いた笑い声を上げたしゅんりにブリッドはニコッと満面の笑みを浮かべた。

 不気味なその笑顔にしゅんりは恐怖を感じつつもなんとか笑みを絶やさないよう努力した。

「怒らないから言ってみろ。な?」

「それ絶対怒るやつだよね!」

 そう声を上げたしゅんりにブリッドは背に隠してあるだろう何かを取り上げようと手を出した。

 それを目に捕らえたしゅんりは瞬時に右手で阻止した。

「何も隠してないんだよな?」

「か、隠してないよ!」

「ならその手はなんだ! 次はなんだ? サンタのぬいぐるみとか持ってきたんじゃないだろうな!」

 徐々にクリスマスカラーに染まりつつある部屋に我慢の限界にきたブリッドは今度こそはそのツリー諸々全て持ち帰らそうと考えていた所だった。これ以上増やさせてたまるか、とブリッドはしゅんりに覆いかぶさって後ろに隠してあるだろう物を探し始めた。

「ぶわっ!」

 ブリッドの胸に顔が押し潰されながらしゅんりは片手でブリッドの胸を押し、反対の手で段ボールを守って対抗した。

「いい加減に隠してるやつを出しやがれ!」

「そっちこそいい加減にして!」

 朝っぱらからギャーギャーと騒いでいた時、ドアが再び誰かによって開かれた。

「朝から元気ね。今度は何よ、あ……」

「あらまあ……」

 次にやって来たのはタカラとルルであった。

 側から見れば抱きしめ合っているように見えるしゅんりとブリッドを見て二人は固まった。

 二人の様子にしゅんりとブリッドも不思議に思って止まった。

「お、お邪魔しました……」

「朝からお盛んね」

 そう言った二人に勘違いされていることを理解した二人は同時に叫んだ。

「ち、違うから! 行かないで!」

「そうだ! 違うから行かないでくれー!」

 しゅんりとブリッドの必死に叫んだ時、しゅんりの後ろでゴソゴソと子猫は暴れて「にゃあ、にゃあ」と、鳴き始めた。

「……なんか聞こえたんだけど」

「猫?」

 タカラとルルの言葉にしゅんりは寒いはずなのに冷や汗がぶわっと吹き出してきた。

「にゃ、にゃあ?」

 こちらを見下ろしてくるブリッドにしゅんりは見上げながら両手を軽く握ってクイッ下に向けては猫の真似をして誤魔化そうとした。

「誤魔化されるかボケ!」

 パンッと気持ちいいくらいいい音を鳴らしてブリッドはしゅんりの頭を叩いた。

 

 

 

 しゅんりはそのまま床に座らされ、膝の上に段ボールに入った猫を抱きしめていた。

「捨て猫?」

「うん。寮じゃ飼えないからここで隠しながら飼おうと思って……」

 タカラの質問にしゅんりはしゅんと覇気なく返事した。

 腕を組んでしゅんりを見下ろしながらブリッドはドアを指差した。

「元あったところに戻してきなさい」

「なっ! この人でなし!」

 再び子猫を捨ててくるように言うブリッドにしゅんりは噛み付いた。

「なにが人でなしだ。責任持てないくせに拾ってきたお前の方が悪い」

「そうね。それはブリッドの方が正しいわね」

 ルルはそう言いながらしゅんりの隣にしゃがみ込み、自身の長い髪を手に持ってひらひらさせながら子猫と遊び始めた。

「ルルちゃん!」

 まさかの裏切り発言にしゅんりは涙を浮かべた。

「うう、タカラリーダー……」

 うるうるとした目で見てくるしゅんりにタカラはうっ、と胸を痛めた。そんな可愛い目で見るなんてずるいわよ、と思いながら正直ブリッドと同じ意見などと言いたくても言えなくなってしまった。

「猫、飼ってください……」

「ごめんなさい、私のマンションはペット不可なのよ……」

 しゅんりのお願いを聞きたい気持ちがあるものの、タカラも現実的に飼えないため正直にそう断った。

「あう……。ブリッドリーダーは?」

「俺も無理だ。それにペット可だとしても動物飼う責任は持てねえよ。長期任務だっていつ入るか分からねえんだ」

 ブリッドの正論にしゅんりは更に落ち込んだ。うう、どうしろと言うのだ。こんな可愛い子を寒空の下にまた戻すなどと出来るわけない。

「じゃあこれはどうかしら。この子猫を飼ってくれる人が見つかるまでここで飼うっていうのは?」

 タカラはルルの髪の毛で遊ぶ子猫の頭を撫でながらブリッドに提案した。

「あのなあ。それにしても誰が世話するんだよ」

 はあ、と溜め息を吐くブリッドにしゅんりは「私、ここに寝泊まりする!」と言い始めた。

「ならいいんじゃない? 長期任務に当たれば他の奴に餌やりぐらいお願いしたらいいし」

 マルーン学園の件があってからしゅんりの肩をよく持つようになったルルにブリッドは再度溜め息をついた。

「お願い、ブリッドリーダー……」

 手を組んでうるうると見上げえて懇願してくるしゅんりにブリッドもタカラ同様に心の中でうっ、と心を打たれた。

「……俺が許可を出せる立場じゃないからな。自分でナール様に交渉してこい」

 ブリッドの言葉にしゅんりはぱあっと顔を明るくさせて、子猫の脇の下を持って抱き上げた。

 ぶらぶらと足を宙に投げ出された状態で抱き上げられた子猫は驚いたのか「うにゃ!?」と鳴き声を上げた。

 そんな事に気付かずにしゅんりは「ナール総括のところに行ってくる!」と、部屋から勢いよく飛び出していった。

「待て! そんな抱き方はダメだ!」

「あ、私も行く!」

「え、じゃあ私も」

 ナール総括の部屋へと向かって走るしゅんりを追いかけるようにブリッド、タカラ、ルルが続いてバタバタと朝から慌ただしく廊下を走っていった。

 その四人の様子と子猫を見て出勤してくるタレンティポリス達は驚き、目を見開いた。

 しゅんりからしたらゆっくりだが、子猫にしたらとても早いスピードで階段を上がっていった。そして角を曲がったとこでとある人物としゅんりはぶつかりそうになった。

「おお、危なかった。ごめんなさい」

 子猫クイッと横に動かしてぶつからないようにしたしゅんりは顔を上げて、その人物を見た。

「あら、しゅんりじゃないん。というかその猫は何……?」

 しゅんりを見てルビー総括は笑みを浮かべてすぐ驚いた顔をした。しゅんりに抱かれている子猫はぐたーっと疲れた顔をして小さくにゃあっと鳴いた。

「やっと追いついた! 猫抱いて走るなバカ!」

「あいた!」

 ブリッドはしゅんりの頭を叩いてから、目をぐるぐる回して力が抜けている子猫を見てため息をついた。

「なんでここに猫がいるのよ」

 まさか拾ってきたのかしら、と腕を組みながらルビー総括はしゅんりを見下ろした。

「捨てられてたのを拾ったんです。ルビー総括、猫を飼いませんか?」

 やっぱり、と思いながらルビー総括は困った顔で笑った。

「もう、そういうところもしゅんりらしいけどこんなところに連れてきちゃダメじゃないん。それに私は飼えないわ」

 総括という立場で帰れない日もしばしばあり、ブリッド同様にいつ任務があるか分からないから無理だと判断した。

「そうですか……」

 しゅんと落ち込むしゅんりの表情にうっ、とルビー総括は胸を痛めた。

「本当に申し訳ございませんでした。ほら、しゅんりも謝れ」

 ブリッドはそう言ってしゅんりの頭を無理矢理下げさせ、自身も頭を下げた。

「ふん、貴方に謝れる筋合いないと思うけど?」

 ブリッドからあからさまに顔を逸らして鼻を鳴らすルビー総括にブリッドは心の中で溜め息をついた。

 十か月前のザルベーグ国での会議の際、警察署にいたあの黒猫がルビー総括だったという事実はあの後ナール総括に聞き、ブリッドは謝罪はしたがルビー総括は自身をバイ菌扱いされた事を未だに怒っていたのだ。

 やりづれえ!

 そう思いながらブリッドはルビー総括から目を逸らした。

「や、やっと追いついた……!」

 ハアハアと息を荒くしてタカラはやっと二人に追いついた。そんなタカラの後ろをゆっくりと着いてきたルルはタカラの背中を摩りながらルビー総括を見た。

「ルビー総括、猫は如何ですか?」

「ルル、今お断りしたところよ。ごめんなさいねん」

 ルビー総括はルルにも丁寧に謝った所でぐたっとする子猫に目をやった。その視線に気が付いたしゅんりは子猫をぬいぐるみみたいにぎゅっと抱きしめた。

「うぎゃあ! にゃあ!」

 しゅんりの行動に子猫は嫌がるようにそう鳴き声を上げた。

「うふふ、喜んでるー! うりゃ、うりゃ!」

 子猫の気持ち知らずにしゅんりは子猫に頬擦りをし続けた。

「嫌がってんだよ、離してやれ!」

 そう言ってくるブリッドにしゅんりはぷうっと顔を膨らませてルビー総括を見た。

「そんなことないもん! ねえ、ルビー総括。猫科に獣化できますよね? この子と会話できませんか?」

 獣化は獣に化けるだけではなく、獣を操ったり、簡単な意思疎通をすることが出来る。以前、翔から聞いており知っていたしゅんりはルビー総括の目の前にグイッと子猫を持ち上げて、この子猫と会話できないかとお願いした。

「会話まではできないけど、ある程度意志疎通はできるわよん」

 わざわざ獣化しなくても分かるわ、と思いながらルビー総括はニコッとしゅんりに笑いかけた。そんなルビー総括にしゅんりは子猫がなんて思ってるかワクワクしながらルビー総括の言葉を待った。

「その手を離してって言ってるわ」

 ルビー総括の言葉にしゅんりはガーンとショックを受けた。その時、しゅんりの拘束の力が緩んだ隙に子猫はスルッとしゅんりから逃れた。

「にゃおーん、にゃおーん」

 しかし子猫は逃げることなく、すぐ隣にいたブリッドの足にスリスリと体を擦り付けた。

「うお、なんだお前」

 驚くブリッドに構わず猫はブリッドの足に手をかけて器用に登ってきた。

「ムカつく」

「本当にね」

 そんな子猫に頬を緩めて抱き上げるブリッドにしゅんりとルビー総括はそう言って睨みつけた。

「あんた、扱い方が上手いわね」

 右手でお尻を抱え、左腕で子猫の手を乗せて安定した抱き方をするブリッドにタカラは関心するように言った。

「まあ、実家にいた時は猫を飼ってたからな」

 そう言ったブリッドは悲しそうな顔で笑った。何か家族とあったんだろうな、と思いながらタカラとルルは何も言わずにゴロゴロと喉を鳴らす子猫に目をやった。異能者が人間から異質だと毛嫌いされ、家族と離れて暮らす者は少なくないのだ。

「ルビー総括、子猫は今度なんて言ってるの?」

 ルルはしゅんりをニヤッといやらしく笑いかけてからルビー総括に質問した。そんなルルの質問にふんっ、とルビー総括は顔を逸らした。

「言いたくないわ」

 ルビー総括はブリッドを睨みつけてから、「じゃあ行くわねん」と、その場を去った。

「あんた、ルビー総括に何したのよ……」

 あからさまにルビー総括を怒らせてる様子にタカラとルルはじとっとブリッドを見た。

「まあ、色々あんだよ……」

 含みがある言い方をするブリッドに二人は「まさか、ルビー総括にまで手を出したのか、こいつ」と思った。ナール総括に好意あることは皆周知してることであり、明らかに年上好きのブリッドだから有り得るな思ってタカラとルルは同時に溜め息をついた。

「なんだよ」

 二人の様子にブリッドは睨んだ。

「いや、睨みたいのはこっちよ」

「ブリッド、大概にしなさいよ。そんなんじゃナール総括はあんたに見向きしないわよ」

「はあ? なんの話だよ……」

 見えない話に困惑した時、ブリッドは柑橘系の香水の匂いが漂ってきて後ろを振り返った。

「この匂いはナール様!」

 え、気持ち悪いと思いながらタカラとルルが振り返るとナール総括がこちらに向かって歩いて来ていた。

「朝から何しとるんだ、おぬしらは」

 ナール総括は朝から騒々しく集まる四人に呆れながら目をやり、ブリッドの腕の中にいる子猫に気が付いてその歩みを止めた。

「なんで猫がいるのだ……」

 予想外の光景にナール総括は目を見開いた。そんなナール総括にしゅんりとルルがブリッドの腕の中にいる子猫に手を向けて、「猫は如何ですか?」とナール総括に話しかけた。

「はあ?」

 またまた予想外な話にナール総括は素っ頓狂な声を上げた。

 そんなナール様も可愛いな、と頬を緩めながらブリッドは事の経緯を説明した。

「ほお、そんなの駄目に決まっておるだろう。元あった場所に戻せ」

「そんな! お願いします、新しい飼い主見つけるまでなんです……」

 ナール総括なら良いと言って貰えると思っていたしゅんりはそう驚いた後、目を潤ませてナール総括に懇願した。そんなしゅんりにうっ、とナール総括は心を痛めながら「いや、許したら駄目だ」と、心を鬼にした。

「駄目なものは駄目だ」

「そこをどうにかお願いできませんか、ナール総括」

 五人ではない声が聞こえ、一同は声がする方へ顔を向けた。

「翔じゃないか」

「おはようございます」

 翔は巻いていた黒のマフラーを取りながらしゅんりの隣に立った。

「寒空の下にこのか弱い子猫をもう一度捨てるなんて非道なことをしゅんりにさせないで下さい。僕も飼い主を見つけるのを一緒に探すのでどうかお願い致します」

 そう言って翔はナール総括に向かって頭を下げた。

「お、お願いします!」

 齢十八歳とは思えない程落ち着いて対応する翔にその場にいる全員感心しつつ、しゅんりは翔に続いてナール総括に頭を下げた。そして二人してナール総括を見上げて子犬のような目で見た。

「うう、ずるいぞ。翔……」

 ナール総括は翔のその愛らしく見える顔に負けて溜め息をついた。

「分かった。飼い主が見つかるまで良しとする。しかしだ、他の者に迷惑をかけたら即、捨ててくるように!」

 翔の懇願によって子猫を部署内で保護することを許されたことにブリッドはムッとした。ナール総括は以前から獣化を持つ翔になにかと甘いのだ。嫉妬に駆られてブリッドは翔を睨みつけた。その視線に気付いた翔は困った顔をした後、しゅんりに向き合った。

「しゅんりのそういうどんな相手にも優しくできるところは素敵だと思うよ? でも今回はナール総括が許してくれたけど、本当は職場に子猫を連れてくるなんてダメなんだからね」

「う、ごめんなさい……」

 今までどんなに怒っても素直に謝罪してこなかったのに、翔のその言葉にすぐ謝るしゅんりにブリッドは更に翔を強く睨んだ。そんなブリッドに腕の中にいた子猫は何かを察したのか、ペロペロとブリッドの顔を舐め始めた。

「ははっ、くすぐってえな」

 そんはブリッドと子猫の様子にナール総括は困った顔で笑った。

「ほら、子猫を早く部屋に戻せ。他の者にこれ以上見られたら、わらわの立場が悪くなる」

 もう大分見られたからもう遅いのではないかと思いながら四人は自身達の部屋へと戻ろうとした。

「あ、そうだ。ブリッドとしゅんり、それにタカラは後で訓練室に来い。良いもの見せてやるぞ」

 ニヤッと笑ってそう言うナール総括に四人は首を傾げた。質問する暇も無く、ナール総括はカツカツもヒールを鳴らしてその場を去って行った。

「翔君、ありがとう! これで子猫の飼い主探しできるよ」

「どういたしまして。もし飼い主を見つけたらどうしましょうか? ブリッドリーダーに連絡すればいいですか?」

 翔のその提案にブリッドはふんっと鼻を鳴らして部署へと向かって歩き出した。

「勝手にしろ。おら、戻るぞ」

 嫉妬に駆られたブリッドは翔に鼻を鳴らしてから一人先に部屋へと戻って行った。

「なにあれ」

 ブリッドの態度を理解できずにしゅんりは首を傾げた。

「気にしなでいいよ。ほら、ナール総括に呼ばれてるんだからしゅんりも行かないと」

「そうだね。翔君、よろしくね!」

 ニコッと微笑みかけてくるしゅんりにきゅんっと胸を鳴らしながら翔はしゅんりに手を振った。

 今日もこれで仕事頑張れるぞっ、と思いながら翔はルンルン気分で父のいる総括室へと向かって行った。

        

 

 

 子猫をルルに任せてしゅんり、ブリッドとタカラは訓練室へと向かった。

 訓練室に着くとそこには人三人分程の大きさがある鉄の塊が運ばれており、ナール総括だけではなくムハマンド総括と、黒髪を長く伸ばし、前髪を真っ直ぐ整えている武操化の総括であるジュリアン・ヒューズ総括は白衣を着用してパソコンを操作しながらこの場にいた。そして奥に立つホーブル総監を三人は見つけた。

「ふん、こやつらも呼んだのか」

「お、おはようございます……」

 ホーブル総括がいるとは思っていなかった三人は顔を強張らせながらなんとか挨拶をした。

 鉄の塊を見て不思議そうな顔をする三人にナール総括はふふんっと得意気な顔をしながらムハンマド総括からある物を受け取った。

 それは銃なのだが、少し大ぶりで銃口が十センチメートルほどあった。ナール総括がスイッチを押すとそれはウィーンと機械音が鳴り、徐々にスライド部分が赤く光り出した。そしてピンッと鳴り出したその時、ナール総括はニヤッと笑ってから鉄の塊に銃口を向けて引き金を引いた。

 銃からはキュインという音共にレーザーのような青い閃光を放って鉄の塊に当たり、大きな火花を散らしながらゆっくりと穴を開けていった。

 二十秒程経った時、シューンという音共に銃からレーザーは消え、熱気から煙に包まれていた鉄の塊はゆっくりと晴れていき、大きな穴が空いて貫通しているのを確認できた。

「ふん、成功だな。上に報告しておく」

 ホーブル総監はそう言って訓練室を去っていった。

 穴の空いた鉄の塊を見てしゅんりとブリッド、タカラは呆然として見た。

 カラクリ混じりのその銃は下手したら子供向けの戦隊モノにあるおもちゃのようなデザインをしており、まさかそんな威力があるのかと驚きを隠せずにいたのだ。

「ほお、成功か」

 ナール総括はそう言って銃を撫でた。

「まあ、私の技術の賜物ね。ナール、撃ってみてやりにくさとかないかしら?」

 ジュリアン総括はそう言ってナール総括から銃を受け取った。

「そうじゃな。わらわはなんとも思わんが、少し重いかもしれんな」

「確かに。そこの貴方、これ持ってみて」

「え、私ですか!?」

 ジュリアン総括に指を差されたタカラは驚いて、知らぬ間に横にいたムハンマド総括に目をやった。

 マールン学園の任務から部署は違うがなにかとタカラの面倒を見てくれていたムハンマド総括は無表情のまま、タカラに親指を立ててグッドサインを出した。

 こんな恐ろしいものを私が持つのかとドキドキしながらタカラはナール総括からその銃を受け取った。

「どう? 重い?」

「お、重いですね……」

 片手では持てずにタカラは両手で銃をなんとか構えて持って見せながらジュリアン総括に返事した。

「まだ改良が必要だな」

「あーん、また研究室へ戻らないとね。ムハンマド、また付き合ってくれるかしら?」

 はあ、と溜め息をつきながらジュリアン総括はそう言ってムハンマド総括に声をかけた。

 ジュリアン総括の言葉にムハンマド総括はうんうんと二回頷いて、二人は銃をタカラから受け取ってから訓練室を去って行った。

「ナール総括、あれはなんなんですか?」

 今この場で見せられたあの銃についてタカラは質問した。

 しゅんりは大きく開いた穴を見てワクワクし、ブリッドは恐怖を交えた目線でナール総括を見た。

「ああ、説明しとらんかったな。今、この戦争に向けてグレード2の者向けに作っておる銃だ。これが上手くいけば我々グレード3だけでなく、グレード2を加えてこの戦争に立ち向かう。もしかしたら優位に立てるかもしれん」

「すごい! すごいですー!」

 しゅんりは目を爛々と輝かせ、大きな穴の開いた鉄の塊に再び目をやった。

「ちなみにあの鉄の塊はどれほどの硬さがあるんですか?」

 確かにあれ程の大きさの鉄に穴を開けれるのはすごいことだが、なにか基準を設けているだろうと思ったブリッドはナール総括に質問した。

「ああ、あれはおぬしだブリッド。覚えておらぬか?」

 ナール総括の言葉にブリッドはギョッとし、確かマルーン学園の任務前に身体測定といい、何度も硬化させられていたことを思い出した。

「可哀想……。ブリッドリーダー、死んじゃった」

「本当、ブリッドは即死ね」

 しゅんりとタカラはふざけて手を合わせ始めた。

「あれは俺の硬化をモデルにしただけで俺じゃねえからやめろ! 縁起の悪い!」

「ぎゃーぎゃー騒ぐでない」

 ナール総括のその言葉にいつも通り怒ろうとしたブリッドは口を止めた。その様子をニヤニヤとしたしゅんりとタカラの二人を見てナール総括は溜め息をついた。

「本当におぬしらは……。それよりしゅんりとタカラ。あの銃と同じ威力を出せるか?」

 ナール総括はしゅんりとタカラを呼んだには理由があった。あの銃を作るにあたってデータを取るためと、それと同等、もしくはそれ以上の能力がこの二人にあるか興味があったのだ。ナール総括の言葉にしゅんりはうーん、と腕を組んで考え、タカラは勢いよく首を横に振った。

「む、無理です! 私にはそんな力ありません!」

「そうなのか? ムハンマドは次の試験ではおぬしをグレード3に昇格させると申しておったぞ」

 ナール総括のその言葉にタカラは驚いて目を見開いた後、盛大に溜め息を吐いた。修行をつけてもらいながらあの無口なムハンマド総括の言いたいことをなんとなく理解できるようになっていたが、重要なことは伝えようともしないし、いつも通り口に出さないことにタカラは呆れた。

 そんなタカラの様子にナール総括は首を傾げてからしゅんりに目をやった。

「どうだ、しゅんり。おぬしはできるか?」

「できるか分からないけどやってみます」

 しゅんりはそう言ってから腰に挿している愛用のアンティーク調の銃を手に取り、鉄の塊へと銃口を向けた。

 しゅんりは一度、深呼吸をしてから銃の引き金を引いて風を巻き起こした。できるだけ細くして威力を高めて鉄の塊へと当てる。キュイイインと金属音が鳴り響き、火花が散る様子にブリッドとタカラはジッと見た。徐々に空いてくる穴だったが威力が弱いようだった。そのためしゅんりは両手で銃を握り、更に風の力を強めた。しゅんりの額から汗が一筋垂れたその時、鉄の塊はしゅんりの銃から出される風力に押されて転がり始めて訓練室の壁に大きな音を立ててぶつかった。その衝動で少しグラっと室内が揺れ、ブリッドとタカラは思わずその振動に「うわっ」と、声を上げた。

「残念だったな、しゅんり」

 それを見ていたナール総括はそう言ってしゅんりを見た。

「ブリッドリーダーがもう少し踏ん張ってくれたら穴は開けれましたよ」

 ブスッと拗ねた顔をしながら鉄の塊を"ブリッド"と、しゅんりは呼んだ。先程から自分をからかうしゅんりにブリッドは流石に我慢出来ず、「だから、あれは俺じゃねえ!」と、軽く頭をこづいた。

「あいたっ!」

「ほら、おぬしらまた騒ぐでない。しゅんりにタカラ。あれはおぬしらの好きにして良い。そしてブリッドはわらわと来い。あの銃の強化に付き合ってもらう」

「分かりました」

 ブリッドはそう言って部屋から出ようと歩き出したナール総括に着いて行った。

 置いていかれたしゅんりとタカラは目を合わせて溜め息を付いた。これに穴を開けれるように修行しろと言うことかと察した二人は渋々、銃を手に取って鉄の塊に向けて攻撃することにした。

 ブリッドは明らかに機嫌が悪いですよと、言いた気な顔をしながらナール総括の後を付いていた。いつもならうざいほどに話しかけてくるブリッドが無言なのに気付いたナール総括は後ろを振り向いて、その様子を見てクスッと笑った。

「ナール様、俺はなにも面白いことなんてしてねえすよ」

「いや、おぬしがそんなに感情豊かになっていく様が面白くてな」

 ナール総括であっても馬鹿にされている様子に更にブリッドは機嫌を悪くし、舌打ちをした。

「俺は元からこんなんなんですよ」

「いやいや、なにを言う」

 初めて面識をもって顔を見合わせた時、冷たい顔をしてこちらを睨んできたブリッドを思い出してナール総括は再び笑った。

「ふん、ナール様には分からないですよ。毎日毎日、あんなクソガキに怒っても反省せずに悪戯したり反発されてる俺の気持ちなんて」

 いつも大人びた態度をとるブリッドらしくなく、二十歳そこそこの若者らしい拗ね方にナール総括は声を出して笑った。可愛いらしいところもあるではないか。

「それはおぬしがしゅんりを"叱る"のではなく、"怒って"いるからだろう」

 ナール総括ほその言葉にブリッドは理解出来ずに首を傾げた。そんなブリッドにナール総括はある人物を思い浮かべながら説明した。

「おぬしがいつもしゅんりにしているのは感情任せに怒って怒鳴っているから響かんのだ。相手のことを思い、わかりやすく伝えるのが叱るだ。そこを履き違えておるからお互い成長さんのだぞ」

 ブリッドはナール総括のその言葉に足を止めてジッとナール総括を見た。

「なんじゃ?」

「それは今、俺はナール様から叱られてるっことか?」

 ムスッとした顔でそう言ったブリッドにナール総括はあははっと笑った。

「おぬしはなにも悪いことしてないだろう。これは上司としてわらわからのアドバイスじゃ、アドバイス。おーおー、拗ねるでない」

 自身を子供を諭すかのような言い方で話しかけるナール総括に更に気分を悪くしたブリッドはナール総括を追い越して先に目的地の研究室へと早歩きで向かった。

 おぬしもしゅんりと変わらぬ子供だな、と溜め息を吐いたナール総括はゆっくりと歩いてブリッドの後に続いて歩いた。

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