翌日、生徒達が待ちに待っていたオープンデイの準備期間に入った。

 オープンデイとは外部の者を構内入れて様々な催し物を出し、周りの地域の人との交流や新たな入学生の勧誘を目的とした祭となっている。そして一週間授業は無しとなり、その準備期間に当てられることとなっている。

 しゅんり達のクラスは何をするか揉めに揉めた。男子達は思春期らしい意見で女子達にメイド服やナース服などを着たコスプレ喫茶なるものを提案したりし、それをしゅんり筆頭に女子が反対したりと荒れに荒れた結果、女子もコスプレするが、男子も女装してコスプレをすることとなり、なんとか収束した。

 しゅんりはよくある黒のメイド服に白いエプロン、そして白のニーハイソックスに黒の丸みのあるパンプスを着用し、ルルはスリットの入った赤いチャイナ服に同じ赤のパンプスを着用することとなった。

 着々と準備は進んでいき、あっという間に一週間は過ぎて本番当日となった。

 シャーロットと数人の女子生徒の手先が器用な者達は男子を中心に化粧を施したりする役割と回ることとなった。

「しゅんりちゃん、本当に可愛いわー」

 シャーロットはうっとりした顔でしゅんりのヘアメイクを担当し、しゅんりの長い髪はツインテールにして、レースの付いたカチューシャをつけて化粧を施されていた。

「うう、恥ずかしい……」

 プライベートでは制服以外でスカートなど着用しないしゅんりにとってはヒラヒラのワンピース状のこの格好が恥ずかしくてたまらなかった。

 だからコスプレなんて嫌だっていったのに……。

 男子も女装すると言い出した途端、女子の大半がこの案を了承したのだ。

 結局、お互いのコスプレ姿が見たいだけのこの喫茶店のメニューはお粗末な物で、市販のお菓子にジュースを紙コップに入れて出すという簡単な物となっていた。

「やばーい、しゅんり可愛い」

「ねえ、写メ撮っていい?」

「ルルちゃん、チャイナ服似合ってる! アジア系の血入ってるの?」

 しゅんりだけじゃなく、細身のスタイルの良いルルの周りにも生徒達は群がってきていた。

 こんな事したくないのにと、しゅんりとルルは顔を出来るだけ伏せながらこの恥ずかしい時間をなんとか耐えようとした。

「皆さん、そろそろ開店の時間ですよ。さあ、準備なさい」

 ワイワイ騒ぐ生徒達にバートン先生は相変わらず冷たい表情でそう言った。

 バートン先生を怒らせたら大変だと知っている生徒達は即座に持ち場に入り、準備を始めて行った。

 しゅんりは慣れない給仕の仕事に一生懸命に努めていた。

 タレンティーズ学園ではこのような催し物など無く、任務だと分かってても初めての経験に加えて、二度とないこのイベントを心から楽しんでいた。

 それはルルも一緒で、柄になくこんなことしてるなんてバカみたいと、思いつつもしゅんり同様に二度とないこの経験を楽しんでいた。

 相変わらずビシビシと刺さってくる男子の目から難なくと逃げつつ、しゅんりとルルの休憩時間となった。

 本当はしゅんりとルルはシャーロットととも一緒に休憩に入るつもりだったのだが余りにも客が多く、シャーロットは少し遅れて休憩に入ることとなってしまった。

 二人ともシャーロットと折角のオープンデイを周れないことを残念に思いつつも財布を握り締め、全力で色々な催し物を周る事にした。

「ルルちゃん。こんな機会ないんだがら、今日だけは全力で遊ぼう」

「あったり前よ。私、射的してるところ行きたいわ。あんた、景品根こそぎ取ってよ」

「ガッテンデイ!」

 しゅんりとルルはコスプレ衣装を着たまま目的地まで早足に向かうのだった。

 能力を使用しなくても命中率九割以上のしゅんりは見事に欲しい景品を根こそぎ取り、そして気になった食べ物はその場ですぐに買い、しゅんりとルルは両手で食べ物を持ちながら校内を周っていた。

「ねえ、オーリン先生。こっち!」

「もう、次は私のクラスに来てくれる約束だったんじゃん!」

「ちょ、待てって、お前ら」

 キャッキャッと黄色い声と聞き慣れた声が聞こえて来たなと、思った二人はある教室を廊下の窓から覗いた。

 そのクラスはカラオケという歌を歌った人間の歌唱力に採点をする機械を使用して、九十点以上とればお菓子の景品、九十五点以上とれば二千イェン分のオープデイで使用できるチケットを景品としていた。参加費は三百イェンとしており、まあまあキツめの設定となっていた。

「俺はやんねーぞ」

「そんな事言わずに。女子はオーリン先生の歌聞きたいみたいだし? そうだ、オーリン先生、九十点とれなかったら罰ゲームしてくれるなら参加費いらないですよ?」

 ブリッドが女子生徒にモテている事が気に入らないであろう、男子生徒の一人がそうブリッドに提案した。

「罰ゲームはどうしようかー」

「尻字とか良くねえ?」

 男子達は口々にそれが良いと言い、ブリッドにマイクを無理矢理渡しそうとした。

「おい、俺はやらないって……」

 そうやってブリッドは批判するが、男子生徒やブリッドの歌声を聞きたい女子生徒は一緒になって「やーれ、やーれ、やーれ!」と、コールした。

「へー、面白いことになりそう。動画撮ってやろ」

「マジで音外したら笑ってやる」

 そう言ってしゅんりとルルも周りと同じようにブリッドにコールした。それをブリッドは聞き慣れた二人の声に気付いて廊下に目をやった。

 こちらを助ける訳なく、他の者と同様にニヤニヤしながらコールしてくるしゅんりとルルにブリッドはカチンと来て男子生徒から乱暴にマイクを受け取って曲を機械に入れ込んだ。

 流行りのバラード曲を入れたブリッドはゆっくりと深呼吸してから歌い出した。

 普段の横暴なブリッドから想像できない程に綺麗に澄んだ声で歌う姿に生徒達は息を呑んだ。

 失恋した男性を描いたその曲は悲しみを語った後に前向きに生きていこうと決意するという歌詞の内容であり、中にはブリッドの歌に感動して泣き出す女子生徒もいた。

 歌い終わった後、九八点と高得点を出したカラオケの画面に勝ち誇った顔をしたブリッドを見て男子生徒は悔しさから苦虫を噛んだような顔をする者や、驚きの余りに動けない者もいた。

 キャーキャーと黄色い歓声を受けるブリッドはしゅんりとルルに「どうよ」と、ニヤニヤと見てきた。そんなブリッドにしゅんりとルルは静かに中指を立ててからその場を去るのだった。

「なにあれ、ムカつく」

「本当にね。尻字見たかったわ」

 思い通りにならなかった二人は早々に教室から離れてオープンデイを楽しもうと再び歩き出した。

「あ、あのホーブルさん!」

 男子生徒がしゅんりを呼び止めた声に二人は同時に振り返った。

 顔をピンク色に染めたその男子生徒はしゅんりに話したい事があると裏庭に来て欲しいと誘ってきた。

 折角のオープンデイだし断ろうとした時、ルルが勝手に「いいわよ、行ってきなさいよ」と、返事した。

 おいおい何言ってくれてんの。

 そう驚くしゅんりを尻目にルルは一人でささっと構内を周り始めた。ルルはいちいちしゅんりの告白タイムに構ってたら時間が勿体ないと判断したのだ。しゅんりはそんなルルに裏切り者めと、恨めしく思いながら勇気を出して話かけてきた男子生徒の言うままに裏庭まで付いて行くことにしたのだった。

「初めて見た時から好きになりました!」

「ごめんなさい」

 チラチラとメイド服を着るしゅんりの胸や大腿を見てくる男子の告白に即答で断った。

 男子生徒は「そ、そっか。なんかごめんね……」と、言ってしゅんりの前から去って行った。

 どの男も私自身を見ずに体目当てな事に嫌気をさしつつ、早くルルを探そうと思った時、嗅ぎ慣れたある匂いにしゅんりは気付いた。

「オーリン先生、学校内禁煙なんですけど」

「硬い事いうなよ、メイドさん」

 裏庭で隠れてタバコを吸っていたブリッドはしゅんりにそう言ってタバコの煙を吹きかけてきた。

「げほげほっ。本当にあり得ない!」

「さっきの仕返しだ」

 ブリッドは先程のカラオケの件の事を言って、再びタバコに口を付けた。

「本当にムカつく奴」

「そりゃどーも。お前は相変わらずどこ行ってもモテモテで良かったじゃねーの」

「どこが? 困ってるんですけど」

「なんとも贅沢な悩みだこと」

 俺はそれを利用するけどな、と思いながらブリッドは周りを見渡した。

「おら、さっさと戻れ。俺と話をしてるところ誰かに見られたらどうする」

「勝手に人の告白見といて何それ。へーへー、行きますよーだ。バーカバーカ」

 しゅんりはそうブリッドに暴言を吐いてから校舎内に戻って行った。

「お前だけには言われたくねえよ」

 ブリッドはそう一言呟いてからタバコの火を消して自身も校舎に戻るのだった。

 校舎に戻ったしゅんりは一人ということもあって色々な男子生徒に一緒に回ろうという誘いを受け続けていた。

 誘いを断ることも疲労していたその時、クイッとスカートの端を誰かに引っ張られた。

「しゅんりちゃん、こっち」

 驚きつつも振り返るとそこには小声で話かけてくるシャーロットがいた。

「休憩とれたの?」

 何故かしゅんりもシャーロット同様に小声で返事した。

「やっとね」

 シャーロットはスクールバッグを手に持っており、そこからある鍵を取り出してしゅんりに見せた。

「秘密の場所に案内してあげる」

 ニコッと笑いかけてくるシャーロットにしゅんりは首を傾げながら、大人しく付いて行くことした。

「わあ! この学校、屋上なんてあったんだね」

「本当は立ち入り禁止なんだけど、鍵借りてきちゃった」

 てへ、と舌を出すシャーロットにしゅんりは意外だなと驚いた。

「ふふ、意外って思ってるでしょ?」

「え、顔に出てた?」

「うん。しゅんりちゃんってお顔だけで何考えてるかバレバレ」

 そうなのか。気を付けないとなと、しゅんりは頭を掻きながら少し反省していた。

「そんなにバレバレ?」

「うん、バレバレ」

 ふふっとシャーロットは笑いながらしゅんりに近寄り、グイッと顔を近付けた。

「私ね、しゅんりちゃんの事、ずーっと前から好きよ?」

 顔を赤く染めてそう言うシャーロットにしゅんりは面食らって固まった。

 どう考えてもシャーロットの"好き"という言葉が友人としての"好き"には聞こえなかったからだ。

「そ、それはどういう……」

「性的に好きってこと」

 スッとシャーロットはしゅんりから離れてニコッと笑いかけた。

 やっぱりそうかと思いながらまだこの学園に一か月しかいないため、"ずーっと"という表現が引っかかりながらしゅんりは返答に困った。しゅんりも優しいシャーロットが好きだ。しかし、しゅんりの"好き"は友人としての"好き"なのだ。

「シャーロットちゃん。私もシャーロットちゃんのこと好きだけど、友達としての好きなの」

「うん、知ってる」

 しゅんりはシャーロットのその言葉に分かってて告白してきたのかと、驚いて目を見開いた。

「ごめんね。これが最後かもしれないから言っておきたかったんだ」

 そう言ったシャーロットは唇に自身の手を当ててからしゅんりに手を向け、いわゆる投げキッスというものをした。

 シャーロットの行動にしゅんりが首を傾げた時、体の奥からじわじわと熱いものが込み上げてきた。

 ゾゾっと背筋に何か通るような感覚と股間辺りがジクジクと疼く感じがして徐々に息が上がって来たしゅんりは力が抜けてその場に座り混んでしまった。

 まさかシャーロットは異能者で、これは魅惑化の能力か!?

「はあ、はあ……」

 い、息がまともにできない! 

 こんなに魅惑化の能力をまともに受けると苦しいのかと、しゅんりは自身の意思とは関係なしに目から涙を流し、紅潮した顔で目の前で立つシャーロットを見上げた。

「ふふっ、欲情したしゅんりちゃんも可愛いわね」

 舌で自身の唇を舐めてシャーロット自身も欲情し、しゅんりを今すぐにでもめちゃくちゃにしたい気持ちを抑えた。

 シャーロットはしゃがみ混んでしゅんりの両膝を撫でた。

「うっ、触らないでっ……!」

 少しの刺激でも感じてしまうしゅんりは後退りしようと両足を曲げて地面を蹴った。

「もう、逃げちゃダメじゃないそうだ、しゅんりちゃんパイパンのこと気になってたわよね。今からしゅんりちゃんの毛を剃ってあげる」

 そう言ってシャーロットは自身の鞄から剃刀を取り出した。

「な、何するの!?」


「動いたら駄目よ? 女の子のデリケートなところはすぐ切れちゃうんだから」

 シャーロットはそう言ってしゅんりの頬にキスをして更に魅惑化の能力を強めた。

 しゅんりはシャーロットの能力に更にかかって足の力が入らず、だらんと足を広げてしまった。シャーロットはそんなしゅんりからスカートの中に手を入れてパンツをゆっくりと脱がしていった。

「うっ……!」

 布が少しでも擦れる刺激にもしゅんりは感じ、なんとか声を殺してはあはあと息をすることしか出来ずにいた。

「しゅんりのアソコも可愛いわ。もともと薄いのね」

 ジョリ、ジョリとシャーロットはしゅんりの股間を舐め回すように見ながら剃刀で優しく陰毛を剃毛し始めた。

 その刺激にまたもやしゅんりはビクビクと足を震わせ続けることしかできなかった。


 ——同時刻、マルーン学園の向かいにあるビルからタカラとトビーは望遠鏡からしゅんりとシャーロットの様子を見ていた。

「え、ええ!? ちょ、え、どうなってるの!」

 しゅんりとシャーロットの行為にタカラは困惑してトビーとしゅんり達を交互に見ながら大声を出した。

「な、なんでしょうか……。しゅんり君が男子嫌いなのは知ってましたが、まさかそういう事だったとは知らなかったですね……」

 しゅんりが同姓を好きだったのかと勘違いするトビーはこれ以上は見てはいけないと思い、二人から目を逸らした。

「いや、しゅんりがそうなんて聞いてませんから! あんなの無理矢理でしょ!」

「でも倍力化の能力を持つしゅんり君ですよ? 嫌なら拒否するでしょう?」

 確かにそうかもしれないと思ってタカラは言いかけた言葉を飲み込んだ。

 でも万が一、相手が異能者の可能性も零ではないと思ってタカラは見てはいけないと思いつつもしゅんりとシャーロットの行為を見守る事にした。

 シャーロットは綺麗に剃れたしゅんりの股間を見て、頬を赤く染めた。

「はあ、綺麗……。本当にまだ処女なのね」

 うっとりとした顔でしゅんりの股間を見た後、シャーロットはその場で立ち上がって自身のパンツも脱ぎ始めた。

「しゅんりちゃんびっくりしないでね。こんなの入れてるけど私の趣味じゃないから」

 そう言ってパンツを脱ぎ捨てたシャーロットの下腹部にはなんとサソリに羽が生えたタトゥーが刻まれていた。

 そのタトゥーを見たしゅんりは少しだけ意識を戻し、自身の胸元のボタンを数個外して、谷間に隠しておいたアンティーク調の銃を取り出した。

「エアオールベルングズ!」

「チッ、タレンティポリスだったのね!」

 しゅんりは風を銃から出してシャーロットを遠くへと飛ばそうとした。しかし、魅惑化で既に操られているしゅんりは全力で能力を使えずにシャーロットをその場に座らせることしか出来なかった。

「もう、理性なんてなくさせてあげる!」

 シャーロットは更に自身のフェロモンを更に出してしゅんりを完璧に操ろうとした。

 しゅんりはそのままシャーロットの能力に溺れ、手に持っていた銃をその場に落としてしまった。

「怪しい気はしてたけど、まさかタレンティポリスだとは思わなかったわ。てことはルルちゃんもグルかしら?」

 そう言ってシャーロットは鞄からあるスイッチを出した。それはシャーロットが約七ヶ月間かけてゆっくりと仕掛けてきた爆弾の起爆スイッチだった。

 学園内のあらゆるところに合計六つ仕掛けてある。学生や教員だけではなく、外部からも人が来る今日に爆破する予定だったのだ。

 まあ、こんなの本望じゃないけど組織の命令だから仕方ないから恨まないでね。

 そう心の中でシャーロットは思いながらそのスイッチを躊躇う事なく押した。

 しかし、何処かで爆破した音は一向にも聞こえず、シャーロットは何度もボタンを押し続けた。

「なんで! なんでよ!」

 イライラしながらシャーロットは勢いよくスイッチを地面に叩き落とした。

「ははっ、爆弾は全部で六個だったってことね」

 イライラしたことによってシャーロットの魅惑化の能力が緩んだしゅんりはそう言って、ニヤッと笑いかけてやった。

「意外とやるじゃない。おバカさんのくせに本当に強運とセンスがあるところ変わってないんだから」

 私の何を知ってんだと思いながらしゅんりはシャーロットを睨みつけた。

「いいわ。爆弾がなくても貴女を操って学園内で暴れさせてやる」

 シャーロットは魅惑化の能力を強め、しゅんりの腕を引っ張り上げて屋上から出ようとした。

 ——向かいのビルにいたタカラとトビーもシャーロットがエアオールベルングズだとしゅんりと同時に気付いた。トビーは処理はしておいたが、起爆スイッチで爆弾が稼働する可能性もあると踏んで、武操化の力を使って六つある爆弾に意思を移して起爆できないようにしていた。

 そしてタカラは震える両手で銃を握りしめていた。

「バーリン君、君ならできます。落ち着いて敵を見なさい」

「はい!」

 タカラはシャーロットの動きを見ながら銃の引き金を引いた。




 約一か月半前。

 もう時間がないのに一向に武強化の能力を取得できないタカラと、同じく部署にいるブリッドとしゅんり、ルルは頭を悩ませていた。

 タカラはやっと銃から銃弾と小さな氷を出せる程にまでなっていたが、向かいにあるビルからマルーン学園まで届くまでの威力は出せずにいた。

 どうしたらいいか四人で悩んでいた時、タカラ達のいる部屋が突然バッと開かれた。

 驚いて四人は扉を開けた人物に目をやると、そこには顎髭を生やし、茶色の髪をオールバッグに纏めた中年の男性、トビーの弟子で武強化の総括でもあるムハンマド・ドゥー総括がいた。

 ムハンマド総括は武強化として強いのはもちろん、銃だけでなく剣に砲弾、弓など様々な武器を強化できる持ち主であった。彼の才能に憧れて様々な異能者が武強化の部署に来るが彼からまともに教われる者は少なかった。その理由として彼はとても……、そうとっても無口だったからだ。

「あ、お疲れ様です。ムハンマド総括……」

 予想外の訪問者にブリッドは困惑しつつ上司であるムハンマド総括に挨拶をした。

 そしてこちらを無表情で見てくるムハンマド総括を四人は前のめりになって彼の言葉をジッと待った。

 一分程待ったところで、ムハンマド総括の口がゆっくりと開いた。その後も二十秒程待った所でムハンマド総括は「あ……」とだけ言ってまた口を閉じた。

 なんじゃそりゃあ! 

 そう四人は前のめりになっていた体がガタッと前に崩れた所で更なる訪問者がやって来た。

「もうムハンマド総括、一人で言ってもどうせなにも言えないんだから待ってくださいって言ったじゃないすか」

 上司に舐めた口を聞くこの男、武強化の補佐であるケイレブ・アボッドはそう言ってムハンマド総括の肩に腕を置いた。

 そんなケイレブ補佐にムハンマド総括は眉を顰めた。

「あー、やめろって? はいはい」

 ケイレブ補佐はそう言ってズカズカと部屋に入ってソファに座るしゅんりの隣にドカッと座った。

「おう、相変わらずええ体してんね。ほら何ボサっとしてんだ。上司様がこんな狭苦しいとこに来てんだ、茶でも出せよ」

 ケイレブ補佐のセクハラ発言に一発殴りたくなる気持ちを抑えてしゅんりはブリッドがいつも入れてあるコーヒーマシンからコーヒー二つをカップに注ぎ始めた。

「すみません。配慮できずに」

 そう言ってブリッドはソファから立ち上がってムハンマド総括に座るように促した。ムハンマド総括はブリッドの言葉にコクッと頷いてソファに座った。

 しゅんりは砂糖を十杯入れたコーヒーをケイレブ補佐に、何も入れてないコーヒーをムハンマド総括に渡した。

「おう、ありがとさん……。うわ、くっそ甘っ!」

 ケイレブ補佐がキッと睨むが、しゅんりは知らぬが顔で口笛を吹いた。

 そんな二人を無視してムハンマド総括はゆっくりとタカラを指差した。

「え? 私ですか?」

 ムハンマド総括の来た理由が自分だと驚くタカラにムハンマド総括はケイレブ補佐に目をやって通訳をするよう目で訴えた。

「トビー・ラミレスからあんたが武強化の修行してるって聞いてな。このムハンマド様直々に修行をつけてやろかってお誘いに来たってわけさ」

 ケイレブ補佐の通訳に不満気な顔をしつつもムハンマド総括はコクッと頷いた。

「そ、そんな、わざわざムハンマド総括の手を煩わすなんて」

 タカラがそう謙遜するとムハンマド総括はフルフルと顔を横に振った。

「気にすんなってさ。それにムハンマド総括は昨日で長期任務終わったばっかりで当分暇がある。有り難く修行受けとけ」

 ケイレブ補佐の言葉の後にムハンマド総括はタカラに手を差し伸ばした。

 タカラはこんな光栄な事はないと思い、ムハンマド総括の手を取って握手を交わした。

「こんな嬉しいことはないです。是非お願い致します」

 そのタカラの様子に普段無表情のムハンマド総括は優しく微笑んだ。珍しいその表情に一同が驚いた後、ムハンマド総括はスッと表情を戻してしゅんりへと手招きした。

「え? 次は私ですか?」

 しゅんりはムハンマド総括の近くに寄ったがまだ手招きする動作をやめない様子にしゅんりは首を傾げた。

「なになに、ふむふむ。倍力化を取得したんだ、武強化の部署に来ないかってさ」

 何故か分かるケイレブ補佐の言葉にムハンマド総括はコクコクっと二回頷いた。

 約一年半前、タレンティーズ学園の卒業生にとても優秀な武強化の生徒がいると聞き、前々からムハンマド総括はしゅんりを是非自身の部署にと希望を出していた。しかし、倍力化の能力を訓練せずにグレード2を取得したと聞いた途端、ナール総括はホーブル総監直々に倍力化の部署へ入れるようにお願いし、ムハンマド総括の知らないところで決定されていたのだ。

 ムハンマド総括はいつかしゅんりを自身の部署に入れて立派な武強化のタレンティポリスに育て上げたいと考えていたのだった。

「それはダメです。こいつは俺の弟子ですから」

 今まで黙っていたブリッドはそう言ってしゅんりを自身の背に隠した。

 四十代の中年の男性とは思えない仕草で頬を膨らまして怒るムハンマド総括にケイレブ補佐は大爆笑して、「まあ、ゆっくりと勧誘していきましょう」と、言った。

 ブリッドのその行動にしゅんり、タカラ、ルルはびっくりしつつも話は終わり、二人は部屋から退室した。

 しゅんりはドキドキする胸に手を当てて首を傾げてブリッドを見上げた。

「なんだ?」

 不思議そうに見てくるしゅんりに今度はブリッドが首を傾げた。

「いや、別に……」

 歯切れの悪い返事をするしゅんりを不思議に思いつつブリッドは甘ったるいコーヒーを片付けたりしていた。

 タカラはその後二週間、トビーとケイレブ補佐の通訳の元、ムハンマド総括の元で武強化の修行をすることとなった。

 まだグレードの試験はしてないが、後もう少しでグレード3が取得出来そうになったタカラは修行を続けつつ、今回の任務に挑んでいた。

 そして、タカラが弾いた銃からは拳程度の大きさの氷が形成され、凄まじい速さでシャーロットに向かって発射された。

「うがあっ!」

 それは見事にシャーロットの右足に当たり、じわじわと右足は氷漬けにされた。

「ちくしょう! 仲間が隠れているのね!」

 シャーロットはしゅんりに氷を壊すように命令し、しゅんりは拳に力を入れて氷を壊した。

「ダメ! しゅんりが完璧に操られてる!」

「魅惑化ですか、厄介ですね」

 そう言ってトビーはすぐ様にブリッドとルルに連絡した。

 その知らせを聞いた二人は急いで屋上へと向かい始めた。

 タカラはその間も氷を連射するが、魅惑化で操られたしゅんりは銃で風を出したり倍力化の力でその氷をことごとく壊してシャーロットを守った。

「くそ、悔しいけどしゅんりの方が上手だわ!」

 タカラは指から糸を垂らすイメージをして、しゅんりのアンティーク調の銃を使用できないよう制御し、再び氷の銃弾を降らせた。しゅんりは再び銃から風を出そうとするが、出ないことに気付いてすぐにシャーロットの腰を掴んで横に飛んでタカラからの攻撃を避けた。

「ここに長居する必要はないわ! しゅんりちゃん行くわよ!」

 シャーロットはしゅんりが武強化の能力が使えなくなったのを気付き、攻撃を避けながら屋上から出るためドアを開けて校舎内に入った。

「くそ、逃げられた!」

「急いで学園に入りましょう!」

 トビーはそう言ってタカラの手を引いてエレベーターを目指した。

 お願いしゅんり、私達が着くそれまで保って!タカラはそう強く思いながら走って学園を目指した。

 たまたま三階にいたブリッドは急いで屋上へと繋がる階段を登っていた。

 もうすぐで屋上に着くというその時、しゅんりの手を引く女子生徒を見つけた。

 確か彼女はシャーロット・ヘイズ。しゅんりとルルが一番慕っていた女子生徒じゃなかったか、と思いながらブリッドは二人に駆け寄ろうとした。

「来ないで!」

 シャーロットはこちらに迫ってくるブリッドにそう言ってしゅんりを盾にしながら、アンティーク調の銃の銃口を自身の頭に当てるように命令した。

「一歩でも動いて見なさい。しゅんりちゃんに自分自身を打つように命令するわ」

 ブリッドは虚な目で自身の頭に銃口を当てるしゅんりを見て、動きを止めた。

 お互い睨み合って動けずにいた時、しゅんりはその間で心の奥底にまだ残っていた自分の意識が何か言っている事に気が付いた。

 うるさい。今、私はご主人様の命令を聞くのに忙しいんだ。

 そう訴えるが自身の意識がギャーギャーと騒ぎ出した。

 何がご主人様よ! それよりも私、今パンツ履いてないの! 階段の下にブリッドリーダーいるの分かってる!?

 自身のその言葉にしゅんりはハッと意識を戻し、魅惑化の能力を自力で解いた。

 虚だった目に光が宿ってくるしゅんりに気付いたブリッドは二人に駆け寄ろうと動いたその時、しゅんりは「み、見ないで! 来るな!」と、ブリッドに向かって叫んだ。

「な、魅惑化を解いた!?」

 意味の分からないことを言うしゅんりと驚くシャーロットを無視して、それでも来ようとするブリッドにしゅんりは後ろにいたシャーロットの腕を掴んで背負い投げをし、ブリッドに向かって投げつけた。

「きゃー!」

「ぶわ!」

 ゴンッと鈍い音をして倒れる二人を見てからしゅんりはその場に座り込んでスカートの裾を抑えた。

「ブリッドリーダーのバカ! 来ないでって言ってるじゃんか!」

 涙目でそう言うしゅんりに事情の知らないブリッドは自身の上で伸びるシャーロットを見て溜め息を吐いた。

 訳が分からないが、とりあえず任務は成功したようだ。

 その後ルルとタカラ、トビーの三人とも合流し、シャーロットを他の生徒や教員達に見られないようにして警察署に身柄を受け渡し、シャーロットは身内に不幸があったとして、家庭の事情で急遽転校したという設定とした。

 そしてその一週間後にしゅんりとルルは親の転勤に合わせて隣国のザルベーグ国へと引っ越すという設定で、ブリッドはまだ更にその後一週間後に教育実習期間を終えてからこのマルーン学園から去ることとなったのだった。

 

 

 

 しゅんりとルルがマルーン学園から去る前日、ブリッドは夕陽が差す屋上に出向いてタバコに火をつけた。

「おい、そこの不良。ここは立ち入り禁止だ」

 屋上の端に座り、宙に足をぶらぶらさせながら柵に寄りかかるように座っていたしゅんりはブリッドの声に振り返った。

「おい、そこの先公。学校は禁煙ですよ」

 相変わらず生意気な奴だなと思いながらブリッドはしゅんりの隣に座って同じく足を宙に放り出した。

 しばらく沈黙が続いた後、しゅんりはブリッドの横で啜り泣き始めた。

「……だから俺は言ったはずだぞ、情を移すなと」

 ふーっ煙を吹いてブリッドはそう言ってしゅんりを見た。以前、数学の補習をしていた時のことを指して言うブリッドにしゅんりは顔を顰めた。

「分かってる。でも、でも、友達だと思ってたのに……」

 そう言って子供のように咽び泣き始めたしゅんりを見てブリッドは胸が締め付けられた。

 なんて愚かで純粋な少女なのだろうか。

 ブリッドはタバコの火を消してからしゅんりの後頭部に手を置いて自身の胸元にやり、無言で頭を撫でてからその額にそっと口付けをした。

 この純粋で可愛い十五歳の少女が泣き止みますように。

 そう願いを込めながらブリッドはぎゅっとしゅんりを抱き締めるのだった。

 ブリッドの行動に一瞬驚いたしゅんりであったが、その行為に甘えてしゅんりは顔をブリッドの胸元に擦り付けてから抱きしめ返した。

 この人の温かみに身を委ねて今はキリキリと痛むこの胸をとにかく癒したい。

 しゅんりはシャーロットの事を思いながらブリッドの胸の中で啜り泣き続けた。

 

 

 

 暗くじめじめとした地下にある個室。

 警察署から少し離れた所にある施設の地下には犯罪を犯した異能者を収容する刑務所があり、面会室にあるパイプ椅子にしゅんりは座っていた。

 小さな穴が点々と空いてる透明な壁の向こうには以前とは雰囲気が全く異なるシャーロットが座っていた。

 お下げにしていた髪はおろし、優しそうな目をしていた顔はいやらしい顔に変わっており、しゅんりを舐め回すように見ていた。

「嬉しいわ、こんな陰気臭い所まで来てくれるなんて。相変わらずしゅんりちゃんは可愛いわね。ああ、ダメだわ。しゅんりちゃんを見るとあの日の事を思い出してしまうわっ!」

 そう言ってシャーロットは顔を熱らして目をうっとりとさせ、しゅんりを見ながら自身の乳房を手錠をされた両手で揉み始めた。

「おい、五百七十八番! 勝手な事をするならすぐに戻すぞ!」

 監視の女性警務官はそう言ってシャーロットに銃口を突きつけた。

「もう、分かったわよ……」

 スッと表情を戻してシャーロットは両手を上げた。

「もうしないわ。ほら、愛しのしゅんりちゃんとの面会時間もそんなにないんだからやめてよ」

 シャーロットはそう言って時計に目をやった。

 重罪人のシャーロットは一度の面会につき、十分しか時間を与えられてないのだ。

 女性警務官はシャーロットを睨みつつもスッと離れた。

「ふふっ、しゅんりちゃんも同じ顔ね。実は昨日はルルちゃんが来てくれたのよ? ずっとだんまりしてて時間が来たらさっさと帰っちゃったけど」

 シャーロットの言葉に今まで黙ってたしゅんりは驚きいて思わず「えっ……」と、声が出た。

 確かにルルもしゅんり同様にシャーロットがエアオールベルングズと分かってショックを受けていた。しかし基本、人に興味を持たないルルがわざわざシャーロットに面会に来るなど予想はしていなかった。

「本当に二人を見てると胸が痛むわ。私だってしたくてこんなことした訳じゃないのよ? 生きる為よ。同じ異能者なら分かるわよね?」

 悲しそうな顔で笑うシャーロットにしゅんりは言葉が出なかった。

 たまたま自身はこの国いて、タレンティポリスに所属していることで犯罪を犯さずにいてるが、この国から逃亡したり、もしアサランド国で生まれ育っていたらシャーロット同様にエアオールベルングズに入って犯罪を犯していてもおかしくないのだ。

「……それでも、沢山の人を殺したことは変わりないよ」

 しゅんりはそう言ってポロポロと涙を流した。

 シャーロットに同情しているのか、はたまた自身もそうなっていたかもしれないと思って悲しいのか分からないが涙は止まることはなかった。

 シャーロットはしゅんりの綺麗なその涙を眺めながらしゅんりに触れたくてたまらない気持ちを抑え込んでいた。

 ああ、なんて愛しいのかしら。

 シャーロットはあの時、本当はあのまま魅惑化の能力で操って、しゅんりを連れて一緒にアサランド国に帰るつもりだった。まさかしゅんりがタレンティポリスだったなど知らず、予定は狂ってしまったのが残念だわと思いながらその日の面会は終了した。

——同時刻。ルルとタカラは部署で一緒に報告書を作成していた。

 終始暗い顔でソファに座ってパソコンのキーボードを打つルルを見て、向かいのソファに座るタカラはどう声をかけたら良いのか悩んでいた。

 そこまで長い時期一緒にいた訳でもないし、妙に大人びたルルはしゅんりと違って扱い辛いところがあった。それに友だと思って親しんでいた者がまさか敵であったとショックを受けているのだ。どう関わり、どう声をかけるのが正解なのかタカラは悩んでいた。

 ナール総括から聞いた話によるとシャーロットはとても優秀な魅惑化の異能者らしく、こちらの拷問や魅惑化の能力をかけて操ろうとするが全て返り討ちに合い、加えては男女関係なくシャーロットの魅惑化にかかっては彼女は警官とヤリまくっているらしい。

 そのためシャーロットから情報を得るのはとても困難を要し、処刑はまだまだ先になりそうと聞いている。

 しかしだ。だからまだシャーロットは死なないからとか簡単に言えないし、ましてやこの状況を何も知らんぷりで接するのはなーと思っていた時、ルルの頬に一筋の涙が溢れた。

「え……」

 驚くタカラにこれ以上涙を見せまいとルルはパソコンを乱暴にテーブルに置いてから自身の膝を抱きしめるようにして顔を伏せて啜り泣いた。

 タカラはルルの隣に移動してパソコンの画面を見た。丁度シャーロットの名前を打ち込んでいた途中であったようで、ルルはシャーロットの事を思い出して泣き出してしまったようだ。

 タカラは胸が締め付けられ、しゅんりにいつもしているようにルルをそっと抱きしめて頭を撫でた。

 驚いてこちらを見上げるルルの涙をタカラは親指で拭ってから一度頷いた。

 我慢しなくていいのよと声を出さずに伝えてタカラはルルを再度ぎゅっと抱きしめた。

 大人びてるからと言って大人なわけではない、ルルだってまだまだ子供なのだ。

 ルルはそんなタカラに素直に甘えて泣き続けた。

 

 

 

 こうしてウィンドリン国に潜む一人のエアオーベルングズを捕らえた四人の潜入調査は死者を出すことなく無事に終了したのだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る