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タカラは十一年前に卒業した母校に向かって歩いていた。
異能者を育成する学校、タレンティーズ学園。六歳から十四歳までの生徒を対象とし、卒業時にグレードの試験を行い、その階級に合わせて就職先までサポートする、いわゆる教習所みたいな場所だ。
一般学と異能者の授業、異能学は半々と言ったところで、少ない授業時間の中で無理矢理にハイスクールまでの範囲を教えていた。
異能学より一般学の方がスパルタだったわよね、と思いながらタレンティーズ学園に足を踏み入れた。
十一年も経てば変わるもんね、と周りを見渡しながらタカラは職員室のドアを開いた。
「ん? どちら様?」
見た目三十代ぐらいの女性はタカラを見て首を傾げた。
「タレンティポリス、倍力化部署のタカラ・バーリンです。ラミレス教員はこちらにおりますでしょうか?」
女性はトビーの名前を聞いて「ああ、貴女のことね」と言い、応接間まで案内してくれた。
「ラミレス先生は今は生徒の相談に乗ってるはずよ。終わるまでここで待っててちょうだい」
「ありがとうございます。こちらで待たせていただきます」
タカラは女性にお礼を言ってからソファに座り、トビーが来るのを待った。
学生の時は応接間など入ったことはなく、物珍しくキョロキョロと周りを見渡した。
すると、応接間の本棚には今までここにいた卒業生の卒業アルバムが綺麗に陳列されていた。
「おお、懐かしいわね」
タカラは自分の卒業アルバムを見て、懐かしい気持ちになった。
「にしても、十一年も経てば変わるもんね」
しみじみと年取ったなと思いながら近くにある鏡に映る自分を見る。老けたな、と悲しい気持ちに駆られていた時、応接間のドアがノックされた。
「バーリン君。私、ラミレスです」
「あ、はい」
タカラの返事を聞いてトビーは応接間の扉を開いた。
「お待たせして申し訳ない」
「いえ、大丈夫です」
そう言ってタカラは本棚に卒業アルバムを直した。
「バーリン君は、十一年前の卒業生なんですね」
トビーはタカラが直したアルバムの年代を見てそう言った。
「はい、そうです。にしても十一年経てば学園内も変わるもんですね」
「そうですね。僕は今から十年前から非常勤でここに勤めているから丁度君が卒業した翌年からいます。それでも色々と変わったと思いますね」
トビーはそう言いながら六年前の卒業生のアルバムを手に取った。
「これがオーリン君ですよ」
「うわ、相変わらず目つき悪いなー」
ぷぷぷと幼き頃のブリッドを見て、タカラは笑った。
そしてページを捲っていくと、何処かしらにもブリッドは写っていた。
「確かに人相は良くないかもしれないですが、クラスメイトからは人気があったんですよ? 倍力化の中では主席で卒業。一般学も常に上位にいましたから。ただ、サボり癖があったのが難点でしたけどね」
トビーは懐かしそうにアルバムを見ながらページを捲っていった。
「なんかムカつきますね」
顔を歪めてそう言うタカラにトビーは笑いながら、「そう思われながらも慕われるのが彼のいいところですね」と、微笑みながら言ってアルバムを元の位置に戻した。
「では行きましょうか。今日は放課後に武強化の訓練室は誰も使う予定がありませんので思う存分訓練してもらって大丈夫ですので」
タカラはそう言いながら応接間のドアへ向かうトビーを見て「気が重いな……」と、思いながらとぼとぼとトビーの後に続いた。
タレンティーズ学園には異能別に七つの訓練室がある。そして、タカラは学生の頃は使用する事なかった武強化の訓練室へと足を踏み入れた。
部屋の中は人型の的が横に四つ並んでおり、鋼を使用した頑丈な仕切りがされていた。
その十メートル程離れた位置にタカラは銃を手に持ちながら武強化についてトビーから説明を聞いていた。
「では、武強化について説明していきます。この前、武強化と武操化は性質的に似ているとお話したのは覚えていますか?」
「はい、覚えてます」
タカラはそう返事した。確かに武操化を持つ異能者は武強化も使える者が多い。
「武強化は手に持つ武器を強化して使用します。銃弾がなくて弾を出せるし、しゅんり君のように風を出せる者もいます。ちなみに、僕は炎と氷です」
そう言ってトビーは内ポケットから銃を取り出し、的に向かって約三センチ程の大きさの氷の固まりを撃った。
氷がその的に当たるとその位置からジワっと広がり、的は氷に包まれていった。
それを見届けた後にトビーは次に炎を銃から出して氷を溶かした。
「このように武強化は異能者がイメージしたあらゆる物質を出すことができます。では、武操化はどうやって操作するのでしょうか?」
なんか授業を聞いてる気分だわ、と思いながらタカラは手に持たされた銃を構えて、的に向けて一発撃った。しかし本当に持つだけで、引き金は引く事は無く発泡したのだった。
「その機器の構造、システムを理解し、それを動かすように脳内で指示します」
「そうですね。自分の意思と機器をリンクさせて動かします。言い方を変えれば、自分の思考をその機器に移す、と言ったところでしょうか」
まあ、そうとも言えるなと思いながらタカラはトビーの言葉に頷いた。
タカラはいつも機器を操る時、自分の指示を指から垂らした糸から伝達させて機器を操り人形のように操作するイメージをしていた。
確かマオは目の前に幾つものテレビ画面があって、それをキーボードで操作している様子をイメージしてると言っていたな。
「ここでの武操化と武強化の違いとしては物質を作り出せるか、出せないか。一度に幾つも操れるか、操れないかだと思います」
「はい。武操化では物質を新たに再生できません」
「でも、その機器を理解して操るということは同じだと思いませんか?」
トビーの言葉にタカラはんーと、考えた。
確かにその機器について理解して操る、使用するという意味では同じかもしれない。
「では、それがどちらもできたらどうなると思います?」
トビーはそう言って訓練室にある弾の入ってない銃を床に三つ並べた。
そしてトビーは指揮者が指揮するかのように存在しない指揮棒を右手に持って、メロディを奏でるように腕を動かし始めた。
すると、床にあった三つの銃はスーッと空中に浮いて、的に向かって炎と氷を音楽を奏でるようにリズム良く発射し始めた。
「す、すごい……」
タレンティポリスに十一年勤めてタカラは色々な異能者を見てきた。しかし、こんなに巧みに、そして美しく武操化と武強化を操る異能者は見てきたことはなかった。
「どうです? どちらも使えると弾切れやガソリン切れに気を使うことなく使えてコスパがいいと思いません?」
タカラに振り向いてニコッと笑いながらそう言ったトビーにタカラは鳥肌が止まらなかった。
そらからタカラはトビーが学園に勤務の時は学園の訓練室で修行した。
やはり、武操化と武強化は性質的に似ており、威力は全然ないにしろタカラは銃からイメージした弾をふわっと発射できるようになった。
修行してみて思ったのは脳内で操る時に思考のスイッチを切り替えるのが大事だと思った。武操化をする時は機器に自分の思考を移して操るのだが、武強化を使用するときは自分の思考はその機器に移さずに、出したい物体をイメージして、機器の中で作り出して発射しなくてはいけない。
タカラはよくある脳のトレーニングをしている気分になっていた。そして、武操化と武強化のどちらも使おうとするといつもタカラは思考がパンクしてこんがらがっていた。
「駄目だ、もうなんにも考えられない……」
タカラは訓練室に端に座り込んで、眼鏡を外して目頭を押さえた。
トビーは明日も授業があるため既に帰っており、タカラは一人で学園に残って訓練をしていた。
もういい時間ね、と思いながらタカラは腕時計に目をやった。
十時二十一分と針が指してるのを見てタカラは溜め息を吐いた。
「はあ、帰ろ……」
潜入調査まであと二週間を切ったが、まともに銃から弾を発泡できておらず、タカラは焦っていた。
こんな短期間で新しく異能を取得させようなんて無謀なんだよ糞が、と心の中でブリッドを罵倒しながらタカラは携帯からライトを出して暗い廊下を歩いて入り口を目指していた。
いつも帰る頃には学園内には誰もおらず、昔からいる公務員は見回りなどせず、自身の部屋でテレビを見てるだけなどど、教師だけが愚痴を言っていたのを知っていた。
その為いつもシーンと静まり返るこの時間に少し恐怖しつつも、物音さえ一つも立たないこの状況に安堵していた。
物音がないってことは何もいないということ。そう、お化けもいないってことだ。
べ、別にお化けなんて信じてないし? と、一人で心の中で言い訳していた時、コツ、コツとゆっくりとこちらに歩いて来るような足音が聞こえてきた。
「あ、あははは。気のせい、気のせいよ」
タカラは額から冷や汗を流しながら足早に学園の入り口を目指した。
するとタカラに合わせてその足音も早くなり、こちらに徐々に近付いて足音が大きくなってきた。
やばい、やばい、やばいって!
タカラはお化けと思わしきその足音から逃れるように走り出した。そしてその足音もタカラと同じように早くなってきた。
「おい、何逃げてんだ……」
「きゃーっ! お化け!」
タカラは肩をお化けに掴まれ、咄嗟に手に持っていた携帯でそのお化けに向けて振り落とした。
「……え、ブリッドじゃんか」
「じゃんか、じゃねえよバカ!」
ブリッドはそう言って、タカラの携帯で頬を打たれた痛みに耐えながら睨みつけた。
「あははは! ダメー! ひい、ひい、お腹、お腹痛い!」
「ぷぷ、いい年して二人とも何しるのよ」
翌日、自身達の部署で勉強していたしゅんりとルルはブリッドの腫れた頬について疑問に思い、二人から事情を聞いて笑い転げていた。
「笑い事じゃねーつーの!」
ブリッドはそう言って二人に声を上げるが二人には何も効果なく、笑い続けていた。
「いや、もう、本当にすみません……」
タカラは申し訳無さそうにそう言ってブリッドに謝った。
「あー、もう分かったから。ほら、練習行ってこい」
しっしっと猫でも払うようにブリッドはタカラに手を振った。
ブリッドは武強化の訓練をしているタカラを労うためにと、わざわざ学園にまで出向き、タカラを飲みに誘おうとしていたのだ。
しかし、タカラがブリッドをお化けだと勘違いしてブリッドの頬に一発お見舞いした為、飲みに行かなかったのだ。
「おい、夜八時に迎えに行く。わかったな、俺が行く。お化けじゃないからな」
「わ、分かったわよ」
もう打たないわよ、と思いながらタカラはタレンティーズ学園に向かって行った。
「いいなー。私もご飯奢ってよ、ブリッドリーダー」
「奢りなら行くわよ」
いつも通りしゅんりはブリッドにそう甘え、珍しくルルは目をキリッとさせてそう言った。
「黙れ、ガキども。飲みに行くってんだ。酒だ、酒」
「ねえ、しゅんり、こことかどうかしら?」
「わあ、美味しそう! あ、チョコフォンデュあるじゃん!」
ブリッドの言葉を無視してワイワイとルルの携帯でお店を探す二人にブリッドは溜め息を吐いた。そして、ブリッドは白紙のルーズリーフ二枚に数字の問題を十問書いて二人に渡した。
「なにこれ」
ルルは即席のテスト用紙を見て顔を顰めた。
「二人で八割以上取れたら連れてってやる」
ブリッドの言葉にルルは項垂れた。そんなの無理でしょ、と思いながら「よし、やってやる!」と、張り切るしゅんりを見た。
「はい、一人八割で」
「却下だ」
ルルの提案は速攻で拒否され、はいスタートというブリッドの合図でテストは開始された。
「なにこれ、無理ゲーじゃん……」
ルルが十点満点中九点取る中、しゅんりは三問しか正解できなかった。
くそー! と悔しがるしゅんりを見てブリッドはニヤニヤと笑いながら見るのだった。
タカラはブリッドに連れられ、警察署近くのバーのカウター席に座っていた。
バーにはクラシックの音楽が流れて照明は程良く暗くされ、観葉植物やピアノなども置いてあり、とてもシックな雰囲気が漂っていた。
「あんた、二十歳よね?」
「ああ、それが?」
二十歳の男が来るバーではないし、生簀がない男だわ、と思いながら女口調で話す堅いのいい男、店のマスターからタカラは酒を受け取った。
「ブリッドちゃんはいつものね」
そう言ってブリッドはハイボールを受け取って飲んだ。
タカラの視線の意図を理解したのか、マスターはふふっと笑った。
「ブリッドちゃんにはこの店の雰囲気似合わないよねー」
「マスター、そりゃ酷くねえか?」
ブリッドは顔を顰めてそう言い、その横でタカラはうんうんと無言で頷いた。
「トビーさんがブリッドちゃんをこの店に連れてきたのがきっかけよ。お姉さんの疑問は解けたかしら?」
マスターのその言葉にタカラは納得した。
「疑問が解けました。ありがとうございます」
二人の会話を聞いて、ブリッドは少し拗ねた気持ちになった。
「んだよ、俺がここの常連なのは変わりないだろ?」
「ふふ、そうね。貴方目当てに来る女性客も増えて私は売り上げが上がって有難いわよ」
「へー」
そう言ってタカラはマスターの言葉にニヤニヤとしながらブリッドを見た。
「なんだよ……」
「別にー」
ここで遊んでる訳ね、と思いながらタカラは手に持っていたカクテルに口を付けた。
二人からニヤニヤと笑われて気まずくなったブリッドはごほん、とわざと咳払いした。
「で、どうなんだよ。あと二週間で武強化は出来そうか?」
「ちょ、ブリッド、あんた!」
マスターの前で堂々と言うブリッドにタカラは動揺した。人間の前で自分が異能者だとバラしているようなものだったからだ。
「大丈夫よー。私、異能者に偏見ないから」
「そういうことだ。で、どうなんだよ?」
一人で動揺して馬鹿みたいじゃない、と思いながらタカラは上手くいっていない訓練のことを思い出して、ブリッドから目を逸らした。
「……まあ、まだ二週間あるし、頼むわ」
あまり上手くいってないことを悟ったブリッドはそれ以上タカラに追求しなかった。
沈黙に耐えかねたタカラはブリッドにトビーの話題を振ることにした。
「トビーさんはすごいわね。あんな綺麗に武強化と武操化を操る異能者は初めて見たわ」
「だろ? 先生はすごいんだぜ!」
ブリッドはそう言って目を爛々に輝かした。
「本当は総括になるって話があった程の腕前があるんだぜ。今の武強化の総括、ムハンマド総括は先生の弟子だし、リーダーになったのも当時二十二歳で最年少だったんだ。知ってるか? あの有名な……」
妙にいつも大人ぶっているブリッドらしからぬ言動にタカラは驚きつつも頬が緩まってきた。本当にトビーさんの事を慕い、尊敬するブリッドに「可愛い所もあるじゃんか」と、ほっこりした気分になっていた。
そんなタカラに気付いたのか、ブリッドは徐々に冷静になって頬掻きながら「悪い……」と、言ってハイボールを飲み干した。
「いいよ、続けて?」
今までリーダーとして気を張ってきたブリッドはタカラのその言葉に何かストンと降りた気がした。
二十歳になってすぐに学生の頃から慕っていたトビーともう一人がリーダー職を辞めてほとんど他の仕事にかかりっきりになり、ブリッドはルルと二人で忙しなく任務を過ごしてきたのだ。でも今はしゅんりもいるし、リーダー経験のあるタカラもいる。
頼っても、いいんだよな……。
「先生は俺にとって一番の理解者で、勝手に親のように慕ってる大事な人なんだ。本当は教員の仕事に集中したいだろうけど、俺の存在が先生をタレンティポリスに引き止めてしまってるかもしれない」
異能者はその奇妙な能力故か、身内からも見放されることが多々ある。
タカラもそうだし、細かくは分からないが、今の言動から見るにブリッドもそうだったのだろう。
トビーは物腰がとても柔らかく、そして教え方も上手い。ここ二週間程見てただけでも分かる。トビーは本当に生徒から人気もあり、生徒と真摯に向き合って、一人一人大事にしている。
ブリッドが引き止めてる原因か分からないが、組織も彼を手放したくないだろう。
「まあ、あんたのせいか分からないけど、組織的には欲しい人材よね」
タカラもトビーの能力を見て、タレンティポリスに集中して欲しいと言いかけた程だ。でも生徒と話すトビーを見て言うのをやめたのだった。
「トビーさんが羨ましいわあ。私も誰かに尊敬さーれーたーいー」
マスターはそう言って二人の後ろに向けてウィンクをした。
疑問に思った二人は後ろを振り向くとそこにはトビーが頬を軽く染めて照れ臭いのか、頭をぽりぽりと掻いていた。
「いやはや、恥ずかしいです」
トビーはそう言ってタカラの横に座った。
「……俺、帰っていいっすか?」
あまりの恥ずかしさにブリッドは両手で顔を隠しながらそう言った。
「オーリン君、駄目ですよ。今日は僕の奢りなんで飲んでください」
ふんふんと鼻歌を歌いそうな程に上機嫌にトビーはそう言った。
「先生、どこから聞いてたんですか……?」
恐る恐るそう聞くブリッドにトビーは「さあ、どこからでしょうね」と、言ってマスターから酒を受け取り、一口飲んだ。
そんな二人を見てタカラはポカポカと温かい気持ちになり、店内のクラシックの音楽に耳を傾けながらお酒を飲むのだった。
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