6
地下内を探しても見つからないしゅんりにブリッドは頭を悩ました。あんな怪我をしておいて逃げ足が早いのはすごいな、と少し感心しながら考える。そしてブリッドは地下を出て、自分がタバコを吸っていたあの場所に向かった。
窓を開けて周りを見渡すと近くにある草陰から桃色の後ろ髪を見つけた。
「おい、なにべそをかいてんだ」
ブリッドのその言葉に草陰はカサッと動いた。草陰からこちらを伺うように見て来るしゅんりにブリッドは安堵した。
「手間かけさせんな、馬鹿」
ブリッドは窓から外へ降りて、しゅんりの横に座った。
ブリッドを見たしゅんりは既に赤くなった目を潤ませ、再び泣き始めた。
「泣くなよ……」
ガキと女に泣かれるとどうしたらいいか分かんねえ。
そう思いながらブリッドはしゅんりが泣き止むまで待つ事にし、タバコに火をつけた。
ブリッドが二本目のタバコを半分吸った所でしゅんりはゆっくりと顔を上げた。
「臭い……」
「なら泣き止め」
第一声それかとブリッドは呆れながらしゅんりを見た。
「私だって、泣きたくて……」
話し出そうとすると再び泣きそうになるしゅんりは深呼吸しながら涙を堪えた。
「悔しいんです……。私、一生懸命訓練したのに、大してなにもできなかったのに、翔君、あんな一瞬で……」
そう言って再び顔を伏せるしゅんりにブリッドはタバコを口に咥えて、しゅんりの頭を乱暴に撫でた。
「頭ぐちゃぐちゃ! 最低!」
ばっとこちらを向くしゅんりにブリッドはふっと笑った。
「頭ぐらいどうとってことないだろうが。既に顔はぐちゃぐちゃなんだから」
そう言ってしゅんりの目元を親指でなぞった。そんなブリッドに再び涙を流すしゅんりの頭を次は優しく撫でて、ブリッドはしゅんりに話しかけた。
「しゅんり、本当に悔しいなら俺のチームへ来い」
「え?」
思っても見なかった言葉にしゅんりは涙が止まった。
「俺のチームにタカラが新たに入ったらしいし、それにもともも他と掛け持ちしながら働く奴もいて人手不足だったんだ。しゅんり、俺の下で働け。もっと強くしてやる」
ブリッドのその言葉にしゅんりは首を縦に振って、再び泣き始めた。
「おま、また泣くのかよって、うおっ」
困ったように笑うブリッドにしゅんりは抱きついた。
ブリッドは本当に親になった気分だわ、と思いながらタバコの火を消して、しゅんりが泣き止むまで頭を撫で続けた。
しゅんりが泣き止み、訓練所に戻って来た頃にはナール総括、一條総括、翔しか残っていなかった。
「遅かったのう。落ち着いたか?」
「あ、はい……。申し訳ございませんでした」
札束を数えながら声をかけてくるナール総括にしゅんりはブリッドの背に隠れながら返事した。
「ブリッド、お前の分だ」
しゅんりが倍力化のグレード3になる賭けで一番多く賭けたブリッドには札束が五つ渡された。
「わらわも、もっと賭ければよかったのう。しゅんりに賭けとったのはわらわとおぬしとジャドだけだった」
「そうすか……」
元より多くなった金額に素直に喜べないブリッドはベンチに置いていた荷物に雑に直し、ブリッドはナール総括に声をかけた。
「他の総括達はもうお帰りに?」
「ああ。おぬしらがめそめそ泣いてる間にさっさっと帰りおったわい。ジャドは先程までいたんだがな」
「先程っていつまでですか!」
ジャド総括の名前が出てしゅんりはナール総括に質問した。ジャド総括にはちゃんとお礼を言いたかったのだ。
「十分もないな。まだ走ったら間に合うかもしれないな」
ナール総括のその返答を聞いてしゅんりは勢いよく訓練所から出た。
痛い足を必死に動かして警察署の裏口から出て、周りを見渡す。
いない……か。
ジャド総括が見つからなかったことにしゅんりは顔を俯かせた。ちゃんとお礼を言いたかったのにな……。
地面を見ながら落ち込んでいたしゅんりは自分の影以外の物が重なったのを見て、顔を上げた。
「おう。お前さん、ひでえ顔だな」
笑いながらそう言ったのはジャド総括だった。
「あ、ジャド総括……」
「ん?」
いきなり現れたジャド総括に驚きながらしゅんりは一瞬思考が止まった。
「ジャド総括、本当に飛行機の時間が間に合わないです」
ジャド総括の補佐であるだろう人物にそう言われたジャド総括はわかったと言い、去り際にしゅんりの頭を撫でた。
「良いもの見せてもらったぜ、しゅんり。なにか困ったことあればこのジャドに言いな」
手をひらひらさせながら遠くなっていくジャド総括にしゅんりは「ありがとうございました!」と声を上げ、頭を下げた。
ジャド総括は振り返ってしゅんりを見てふっと笑って、迎えに来ていた車に乗っていった。
ザルベーグ国の緊急会議から三日後。
無事に帰還したしゅんりを除いた六人は本国であるウィンドリン国で休息も取る暇なく警察署で勤務していた。ルビー総括とカミラがいる魅惑化は一年後にあるアサランド国での作戦についてフリップから他に情報が得られないか尋問にかけていた。
会議に参加していたナール総括と一條総括は他の総括、ホーブル総監含める警察機関、政治などに関わる人間に今回の事を報告し、ブリッドは他のタレンティポリスに伝達して回り、翔はその補助をしていた。
ただ、怪我が治りきっていなかったしゅんりの容体はほぼ完治してあり、数日あれば治るだろうという判断のもと自宅、タレンティポリスの寮で休息していた。
「暇だ……」
部屋にはテレビも無く、携帯も所持していないしゅんりは暇を持て余していた。
いつもは同じ寮にいるマオの部屋でテレビ見るか、共同のロビーでテレビを見ていた。しかし、マオも今回の会議の事や任務で忙しく、ロビーにいれば噂が回ったのか、今回取得した倍力化のグレード3の試験の事や会議のことをひっきりなしで寮にいる者に聞かれる始末だった。
そのため、しゅんりは自身の部屋に篭るしか方法はなかった。
可愛いらしい家具と大量の人形に囲まれている部屋の中でしゅんりは再び眠りにつこうと目を閉じた。
そんな時、トントンとドアをノックされる音でしゅんりは目を開けた。
ドアを開けると元同じチームのメンバー、マオがビニール袋を下げて部屋の前にいた。
「しゅんり、遅くなったけどお帰り。怪我したんだって? ご飯ある?」
大きいビニール袋から見える食べ物にしゅんりはお腹の音を鳴らした。そういえば、適当に部屋にあるお菓子とかでここ数日済ましていたため、ちゃんと食べてなかった。
「ご飯ない。欲しい……」
よだれを垂らしながらビニール袋を見るしゅんりにマオはふふっと笑いながらしゅんりの部屋へと入った。
マオは自身が用意したご飯としゅんりの大好物のワッフルとチョコをガツガツと食べる様子を見ながら考えていた。
あの怖いと下の者からは恐れられ、ナール総括に酔狂のブリッドリーダーに訓練をさせられ、そして良い噂のないザルベーグ国のベニード総括に試験を受けたと聞いていたため、もっと大怪我をしていると思っていたがそこまで大して怪我も大きく無く、食欲があるしゅんりの様子にマオは安心していた。
「ん? マオ、どうしたの?」
じっとこちらを見て来るマオにしゅんりは口の周りを汚したまま首を傾げた。そんなしゅんりにマオは笑いながらしゅんりにティッシュを渡した。
「いや、元気そうでよかったと思って」
「ん、ありがとう」
しゅんりは素直にマオからティッシュを受け取り、口の周りを拭いた。
しゅんりとマオは学生の頃から仲が良く、親友だとお互い思っていた。
学校ではクラスは倍力化のみのクラスと、武強化と武操化のクラス、そして比較的割合の少ない育緑化、獣化、魅惑化、療治化をまとめた三クラスとなっていた。
しゅんりとマオはずっと同じクラスで、正反対の性格だった二人は必然的に仲良くなり、二人で行動することが主だった。
マオは周りの男子に比べると成長が遅いのか、幼く見えることやよくドジを踏み、周りに馬鹿にされてきたことコンプレックスを持っていた。そしてカリスマ的に人気があり、自身を決して馬鹿にしゅんりに憧れを抱いていた。
しゅんりはそんなマオのことをベビーフェイスで可愛いと思いつつ、マオが嫌う事を知ってて声に出すことはなかったし、マオを同期として頼りにし、一緒に頑張っていきたいと信頼していた。
「あ、そうだ。マオ、これいくらだった? えーと、財布財布……」
しゅんりはマオから貰ったご飯代を変えそうと財布を探した。
「いいよ、お見舞いなんだから気にしないで」
「ありがとう! 今度パンケーキ食べに行こ。お返しするよ」
女の子らしくスイーツ好きのしゅんりの誘いにマオは「うん、楽しみにしてるよ」と頷き、しゅんりと約束した。
そしてふと、しゅんりは何か忘れてるような気がすると考えた。お金、んー、お金……。
「はっ! ブリッドリーダーにお金借りてたんだった!」
お金を返すと約束してたのを思い出したしゅんりは思わず声に出した。そしてその事を知ったマオは驚愕した。
「あの怖いブリッドリーダーからお金借りたの!? 大丈夫なの、それ……」
サッと顔を青くするマオにしゅんりは首を傾げた。
「え、怖くないよ。あ、確かに噂ではそうか……」
確かに訓練する前はブリッドに苦手意識あったなと、ついこの間のことなのに遠い昔の事のように思い出した。
「え? そうなの?」
「うん、すっごく優しいの」
あの一週間のことを思い出してしゅんりは少し顔を赤らめながらマオに話した。
「なんかね、私が辛い時はぎゅーって抱きしめて頭を撫でてくれるの。ご飯も奢ってくれるし、疲れたときはおんぶしてくれて」
「へ、へー……」
マオは今まで自身に好意を持つ男に敵意剥き出しだったしゅんりがこんな顔を赤らめて、恋する乙女のように話してくる様子に困惑した。
まさか、しゅんりの初恋に僕は対面しようとしてるのか!? どうしよう僕、恋愛経験ないよ!
そう思いながらしゅんりの次の言葉を待ち、マオはどう返答しようか考えていた。
「ブリッドリーダーって、なんかね」
「うん、なんか……」
モジモジしながら言い溜めるしゅんりにドキドキしながらマオはしゅんりの言葉を待った。
「お母さんみたいなの」
きゃっ、恥ずかしいと顔を両手で隠すしゅんりにマオは驚いて力が抜けた。
「お母さん?」
「うん! ドラマとか漫画とかでしか知らないけど、お母さんみたいなの!」
そう言うしゅんりにマオは安心したような、しないような気持ちになり、最終的に納得した。
しゅんりは孤児であり、親の愛情など分からないまま成長した。もともと愛らしい顔や性格で周りの大人からちやほやされながら育ったこともあり、精神年齢は低く、マオも多々フォロー入れることもあった。
まだ恋とか恋愛は分からないのかと勝手に納得しつつ、しゅんりにブリッドが好意があれば可哀想だな、と思って溜め息をついた。
「そうか、お母さんね。よかったね、信用できる人で」
「うん! ブリッドリーダーがチームに入ってもっと強くしてくれるって言ってくれたの。私、もっともっと強くなるよ! お互い頑張ろうね」
ぎゅっと両手でマオの手を握るしゅんりを直視出来ず、マオは顔を少し伏せながら「う、うん……」と返答した。
タカラチームが解散してからマオは違うチームに移動し、仕事をしていた。そこでマオは色々と奮闘しており、この仕事向いていないなと挫折していたところだった。
「あ、そうだ。ナール総括からしゅんりに伝言があったんだった」
ここに来た一番の目的を思い出したマオはしゅんりにナール総括からの伝言を伝えた。
「しゅんり、明日十三時にナール総括の部屋に来るようにってさ」
「えー、なんだろ。仕事かな」
まだ本調子ではないんだけどな、と左足を撫でるしゅんりにマオは「ごめん、内容は聞いてないんだ」と言い、立ち上がった。
「え? もう帰っちゃうの?」
寂しそうな顔でしゅんりはマオを見上げた。
「ごめん、仕事の合間で来たんだ。もう行かなきゃ」
「そっか……」
しゅんと項垂れるしゅんりに苦笑しながらマオは小指をしゅんりに突き出した。
「はい、約束。パンケーキ行こうね」
「うん!」
小指をお互い絡ませて約束をしたマオは今度こそしゅんりの部屋から退室した。
翌日、しゅんりは警察署に出勤し、ナール総括の元へ向かっていた。部屋の前に着くと既にブリッドは既に着いており、壁にもたれながらしゅんりを待っていた。
「おう、お疲れ。体の調子はどうだ」
「ぼちぼちです」
しゅんりを見つけたブリッドはそう質問し、しゅんりの体調を気遣った。ブリッドはそう返事するしゅんりが回復しつつある事に安堵した。
「あ、ブリッドリーダー。お金借りてた分、返します」
財布を取り出してそう言うしゅんりにブリッドは確か貸してたなと思い出した。
「いらね。お前の賭けで勝ったし、いいよ」
「おお、ラッキー」
少しも遠慮する事なくそう言うしゅんりにブリッドは苦笑しながらナール総括の部屋をノックし、しゅんりと共に入った。
「ナール様、おつかれ様です」
「おお、来たか。時間ぴったりだな」
ナール総括は書類から目を離して、二人を見た。時間通り来たことに関心しつつ、並んで立つ二人の前にナール総括も立った。
「しゅんり、倍力化のグレード3への昇格おめでとう。わらわも誇らしいぞ」
「ありがとうございます!」
ナール総括に褒められ、素直に喜んだしゅんりは満面の笑みで礼を言った。
「そして、ブリッド。よくしゅんりをここまで仕上げた。褒めて遣わすぞ。そうだな、一つだけおぬしに褒美をやろう。なんでも一つだけわらわができる事をしてやるぞ」
自身の唇に人差し指を当てて、ブリッドを上目遣いで見ながらナール総括はブリッドにそう言った。
「な、なんでも、ですか……」
「そうじゃ、なんでも」
語尾にハートマークが付きそうなぐらい甘い声でそう言うナール総括にブリッドはクラッとした。
「えー、私は?」
「おぬしにはない。これは前の任務の罰じゃ」
ブーブー文句言うしゅんりの声を流すように聞きながらブリッドの脳内である二つの事柄を天秤にかけていた。
それはなんだ。一夜を共にするとかも聞いてもらえるのか? いや、そんな、都合の良いことはないだろう。でももしいけるなら……。
そう脳内をピンク色に染めながらブリッドはぐるぐると考えた。
しかし、既にナール総括にお願いしたい事はブリッドの中で決めていた。
「ナール様、しゅんりを俺のチームに入れさせて下さい」
「へ?」
思っても見なかった言葉にナール総括は目を丸くした。頬にキスなどの可愛い願いなら容易に叶えようと考えていたのに、自身と関係ない願いを言われてナール総括は驚いた。
「いや、もし二つ叶えてもらえるなら、俺はあんたとその……、一夜を共にとか……」
しゅんりに聞こえないように小声でモジモジとそう言うブリッドにナール総括はブリッドの額を軽く中指で弾いた。
「いたっ」
「戯け、そんなも事を叶えるわけなかろう」
いやらしい願いを言うブリッドに呆れながらナール総括は溜め息を付いた。相変わらず気持ち悪い奴じゃ。
「でも、まあ。しゅんりの件はわかった。おぬしのメンバーがちと多くなるが許そう」
通常ひとチーム、四から五人で形成されている。ブリッドのチームにしゅんりを入れると六人になるがいいだろうとナール総括は了承した。
「ありがとうございます。必ずや、こいつを立派なタレンティポリスへと仕上げます」
「ああ、期待しておるぞ。手続きはわららがやっておく。もう良いぞ」
ナール総括はそう言い、席に戻っては再び書類へと目を通し始めた。
「よろしくお願いします。おら、行くぞ」
ブリッドはナール総括に一礼した後、しゅんりと共に部屋から退室した。
二人が退室した後、ナール総括は一人でふふっと笑みをこぼした。
「もともと、しゅんりはブリッドのとこに入れるつもりだったんだが。ふむ、面白いことになりそうだな」
このたかが一週間で成長していく二人を見て、ナール総括は今後二人がどうなるか楽しみだなと考えた。
ナール総括の部屋から出て、ブリッドは悶々とやっぱり、自分の欲望のままナール総括が欲しいと言えば良かったかもと女々しく考えていた。しかし、しゅんりにチームに来いと言った手前、それも出来ないしと頭を悩ましていた時、後ろを歩いていたしゅんりに服の端をクイッと掴まれた。
「ん、なんだよ」
振り返るとしゅんりはブリッドから顔を逸らして顔を赤らめていた。
「あの、その……、ありがとう。ブリッドリーダー」
小声でしゅんりはそう言って、顔を俯かせた。内容は聞こえなかったにせよ、ブリッドがナール総括に好意を持っている事をしゅんりは知っており、それよりも優先して約束を守ってくれたブリッドにしゅんりは心から感謝し、なんか照れ臭かったのだ。
そんなしゅんりの様子にブリッドもバッと顔を赤くした。そのなんとも愛らしい行動にブリッドは心拍数が早まった。
落ち着け、こいつはまだ子供だ、落ち着け……。ゆっくりと息を吐いて、この高鳴る気持ちを誤魔化すようにしゅんりの頭を乱暴に撫でた。
「うわっ」
「おら、行くぞ。早速だが任務が入ってんだ」
早足で前を歩くブリッドにしゅんりもその言葉を聞いて付いて行った。
「え、今からですか!?」
「なんだ? まだあんよが痛いから無理でちゅーなんて言わねえよな?」
バカにするように言うブリッドにしゅんりはムッとしながら睨んだ。
「舐めないで下さい。そんなの私一人でお茶の子さいさいなんですから」
「おーおー、そうか。ならマッハで終わらすぞ」
しゅんりの背中をぽんと叩き、ブリッドはしゅんりと二人で任務に向かうのだった。
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