訓練六日目。

 明日に試験を控えた二人は残された時間の中、必死に訓練していた。

 このままでは試験に合格できるかどうか半々ぐらいだな、と感じていたブリッドは焦っていた。防御もまあまあ出来てきてはいるし、反撃もできてきてきてる。ただ、しゅんりには隙が多い。そこをつかれれば折角得た防御もまともに使えずにダウンだろう。

 ブリッドの焦りを感じ、しゅんりもブリッドから繰り出される攻撃に必死食らいついた。今まで本当に血反吐を吐く程頑張ってきたのだ、それに付き合ってくれたブリッドにも結果で恩返しをしたいと考えていた。

 さすがのしゅんりも何時間も及ぶ訓練に疲れ、昼前には体力が尽きて倒れた。

「お前、本当にブリキのおもちゃみたいに倒れるな」

 ブリッドは息を切らし、腕で軽く汗を拭きながら意識を無くしているしゅんりに声をかけ、ベンチに寝かせた。

 その後、ブリッドはタバコを吸いに訓練所を出た。昨日から翔が会議室からこちらに来るのを見たブリッドは、あいつに会うのはめんどくさいからなと思いながら地下から出て、一階に上がって警察署の裏側にある人気がいない外に出た。木や草が生い茂り、余り手入れされてないだろうこの場所は隠れてタバコを吸うにはうってつけの場所だった。

 十分後、しゅんりはハッと目を覚まして周りを見渡した。ブリッドがいないことに気が付いたしゅんりは訓練所を出てブリッドを探しにいった。いつもなら二度目するしゅんりだったが、試験を明日に控えて焦っていた。早く訓練しないと、ブリッドリーダーどこなの!

 しゅんりは地下を隈なく探してブリッドがいないことに更に焦り、一階を他の警察官に見られないよう隠れながら探し歩いた。

「あ、いた」

 窓からブリッドがタバコを吸っているのを見つけたしゅんりは窓から上半身を乗り出してブリッドに声をかけた。

「いーけないんだ、いけないんだ。ナール総括に言ってやろー」

 ニヤニヤしながら幼児の様に歌うしゅんりにブリッドはタバコの煙を吹きかけて黙らせた。

「けほっ、けほっ、本当に言ってやる!」

「おー、勝手にしろ」

 咳き込むしゅんりを見てブリッドはあっけらかんと返事した。

 そんな時、しゅんりは背後に気配を感じて振り返った。

「……あ、猫だ。ブリッドリーダー、猫だよ。見て見て」

「あのな、警察署に猫なんて……」

 いるわけないだろ、そう言おうとしたブリッドは黙った。本当に目の前に猫がいたからだ。

「可愛い。おいで」

 しゅんりはしゃがんで手を猫に差し出した。腰をくねくねと猫独特の歩き方をしながらしゅんりに近付く猫を見て、ブリッドは窓から警察署に入り、猫の首元を掴んで持ち上げた。

「ああ! もう少しで触れたのに」

「お前な、野良猫なんて簡単に触るなよ。引っ掻かれたりしてバイ菌入ったら腫れたり、下手したら死ぬこともあるんだぞ」

「出た、お母さん」

「はいはい、勝手に言ってろバカ」

 敢えて大袈裟にそうしゅんりに言ったブリッドはにゃーにゃー騒ぐ猫をゆっくりと窓から外に下ろした。

「もう迷い込むなよ」

 そう言って手を離したブリッドに怒った猫はブリッドの手の甲を引っ掻いた。

「いてっ」

 痛みに顔を歪めるブリッドを見てしゅんりは先程ブリッドが言っていた言葉を思い出した。

 真っ赤に腫れて、下手したら死ぬ……。

「な、しゅんり、引っ張んな!」

 しゅんりはブリッドの静止の言葉を聞かず、ブリッドの手を引きながら急いで会議室へと向かった。

「ジャド総括、助けて!」

 周りの視線も気にせずしゅんりは会議室のドアを勢いよく開けるとジャド総括の元へと向かった。

「おう、どうしたんだ」

 冷静に対応するジャド総括はしゅんりを上から下まで見て、しゅんり自身に何も変化が見られず首を傾げた。

「ブリッドリーダーが、ブリッドリーダーが!」

 はあはあと息を切らしながら必死に話そうとするしゅんりにジャド総括は落ち着けと宥めた。

「おい、しゅんり! まさかこんな事の為にジャド総括に依頼するつもりか!」

「だって! ブリッドリーダーが言ったんじゃないの! 猫に引っ掻かれたら死ぬって!」

 ブリッドの嫌な予感は的中した。こんな擦り傷をあのジャド総括に治療するようしゅんりは依頼するつもりなのだ。

「お前な……。本当にすみません、退室します」

 ブリッドはしゅんりの腕を引いて会議室から出ようとした。

「まあ、折角来たんだ。兄ちゃん、傷見してみな」

「ありがとうございます、ジャド総括!」

 周りからの痛い視線にブリッドは早く退室したかったが、ジャド総括のその言葉としゅんりの本当に心配そうにする視線に負けて、ブリッドは大人しくジャド総括の横に座った。

「あんな、兄ちゃん。あんま弟子を心配させんじゃねえよ。あと体調管理はしっかりしてやれ」

「はあ……。弟子ですか」

 しゅんりに聞こえない小さい声でブリッドにそう言いながらジャド総括はブリッドの手を治療した。

「ああ、弟子だろう。兄ちゃんは師匠なんだから」

 師匠か……。柄じゃないなと思った時、ブリッドの手の甲にあった傷は綺麗に治っていた。

「ジャド総括、本当にありがとうございます!」

「お前さんは師匠思いで偉いな。ほら、キャンディいるかい?」

「師匠! かっこいいですね。あ、やった! 貰います」

 満面の笑みでキャンディを頬張るしゅんりにブリッドは頭を抱えた。本当にガキすぎる。

「なんじゃ、しゅんりはあのジャドも手懐けたのかのう」

 ナール総括は三人の様子を物珍しい物を見るように見ていた。しゅんりが大人に懐き、そして手懐ける様はよくあったが、あの気性の荒いジャド総括にまで心を許させるとはと驚いていた。

「あんなのただの餌付けですよ」

 翔は自分も昨日しゅんりに食べ物を渡そうとしたのを棚に上げてジャド総括を睨んでそう言った。

「ごほん、会議開始してもいいですか?」

 司会者の言葉でブリッドはしゅんりの腕を引いて早々に会議室から「本当にすみませんでした」と、申し訳なく思いながら言い、退室した。

 

 

 

 その後、訓練は夜の十時まで続いて終了した。やれる事はやり切れたとブリッドとしゅんりは思い床にお互い寝転がりながら上がる息を整えていた。

「これで訓練は終わりだ」

「はい……」

 終わり。そうこれで訓練は終わった。しゅんりはこの訓練が終わることをずっと待ち望んでいた。しかし、いざ終わると不安でいっぱいになった。

「明日、あの爺さんの試験に合格できるか?」

 ブリッドのその問いにしゅんりはすぐに返事出来ずにいた。あの暴君のベニート総括を納得させる程の戦いを明日しなきゃいけない。ベニート総括の攻撃はブリッドの比にならないぐらい破壊力があるだろう。それが自分が耐える自信があるかと言えば正直ノーだ。ブリッドでさえ、訓練中の攻撃は全て手加減してこの痛みだ。

「……や、やってみせます」

「返事おせー……」

 予想通りと言えばそうだが、しゅんりもブリッド同様自信なんてなかった。

「でも」

「ん?」

 そう言ったしゅんりにブリッドは顔だけ横に向けてみた。しゅんりは引き攣らせた笑顔をブリッドに見せて親指を立ててグッドサインを出した。

「全力でやります。見ててください」

 明日の事を考えると怖くて少し震える手で強気に見せるしゅんりにブリッドは心を打たれた。ブリッドは起き上がり、しゅんりの頭を優しく撫でた。

「ああ、見てやる」

「はい、お願いします。し、師匠……」

 小さい声でそう言ったしゅんりは顔を真っ赤にしてブリッドから視線を外した。しゅんりの中でブリッドは母親から師匠へと昇格したようだ。

 ブリッドも照れ臭くなって、しゅんりから顔を背けて荷物をまとめ出した。

「おら、明日に向けて休むぞ」

 明日、会議最終日は昼過ぎまでとなっており、その後ここでしゅんりの倍力化のグレード3の試験が行われる。

 しゅんりは体力を少しでも回復させてるため、昼過ぎまで休憩させてからにここに来させ、ブリッドは午前から会議に参加する予定となっていた。

「あと十分、休憩しません?」

 疲労と緊張で動きたくないしゅんりはブリッドに休憩を要求した。

「はあ、仕方ないな……」

 ブリッドはまだ横になるしゅんりの前に背を向けながらしゃがんだ。

「今日だけだからな」

 振り向いてしゅんりを優しい目で見てくるブリッドの背にしゅんりは勢いよく飛び乗った。

「うわ、お前な。そんな元気あるなら歩け」

「やーだ」

 しゅんりはブリッドにおぶられながら泊まっているホテルへと帰ることにした。

 人の温もりに癒されながらしゅんりはそのまま眠りに付き、寝息を立てた。そんなしゅんりにブリッドも満更でもなく、頬を緩ませながらしゅんりを起こさないようにゆっくりと歩いた。

 

 

 しゅんりが次に目を覚ましたの日が大分高く上がった頃だった。

 部屋の中にあるテーブルにはブリッドからの「これで飯食って体力つけろ」と、書いてあるメモと一万イェンが置いてあった。しゅんりは目を輝かせてお金を握り締めた。よし、これでお肉食べようと決めてしゅんりは身支度を始めた。

 しゅんりが目覚めた頃、会議では今まで決まってきた事柄を最終確認していた。

「皆様、お疲れ様でした。本日で緊急会議は終了となります。本日はその最終確認として今まで決まった事柄をまとめていきます」

 司会者はそう言い、部屋を暗くしてからプロジェクターをつけ、スライドを映し出した。

 内容としては六つにまとまっていた。

 一、四大国は協定を結び、国同士のみならず個人同士の争いも禁止とし、個人的な協力関係も禁止する。違反行為をした場合、他国総出でアサランド国同様、敵と見なし、処罰を与える。

 二、アサランド国に任務に行く際は必ず一人は他国のタレンティポリスと共に駆り出すこと。

 三、各国からタレンティポリスを必ず一人は常に潜伏させ、エアオーベルングズを暗殺し、他国に潜伏するのを防ぐこと。

 四、総括出席の会議は通常一年に一回であったが三ヶ月に一回に変更する。

 五、他国が大打撃受け、緊急要請を出した際、見返りを求めず必ず救出に向かうこと。

「そして、あの捕虜から聞き出した一年後にあるアサランド国についてです」

 フリップから聞き出せたことは主に三つだった。仲間同士の証で体のどこかに翼の生えたサソリのタトゥーが刻まれていること。そして二つ目はお互いのメンバーを把握していないこと。上の人間は把握しておらず、使いの者が現れて指示をその時々で出しているようだ。フリップのように捕虜にされることを見越しての対策だろう。敵ながら天晴だ。そして三つ目。フリップは今から一年後に行われるエアオールベルンクルズの実力派が集まる会議に招集がかかっていた。

「一年後、アサランド国で行われる会議で敵を一網打尽にして、戦力を大幅に削りたいと思います。第一優先は敵の殲滅。第二優先は再び捕虜として捉えることです。各国、能力が被らないように総括率いるチームを作成し、敵を殲滅します。ウィンドリン国からは倍力化のナール総括と魅惑化のルビー総括が出席。ザルベーグ国から療治化のオユン総括。そしてワープ国は武強化のジャド総括、獣化のキルミン総括。チェングン国は武操化のテーオ総括、育緑化のハンソン総括の合計七人の総括が任務にあたることで間違いないでしょうか」

「ああ、異論はない」

 一條総括の声に他の者も頷いて同意した。ブリッド同様、久しぶりに会議に参加したルビー総括は手を挙げ、司会者に質問した。

「総括率いるチームって一体何人呼べばいいのかしら。異能も私の能力に合わせた者を呼べきなの?」

「大体五から六人に納めてくれ。そうだな、能力を合わせてもいいが、そのチーム一つで敵と戦える戦力は欲しいから、自分の能力を活かせれるチーム作りでもしてくれたらいいと思うぜ」

 ジャド総括は丁寧にルビー総括に返答し、納得したルビー総括は「ありがとうん」と言い、ジャド総括にウィンクした。

 そんなルビー総括に目をやっていたブリッドはルビー総括とふと目があった。ルビー総括はブリッドを見るや否や、ブリッドを睨んでからふいっと視線を外した。

 俺、ルビー総括を怒らすことしたか? と、身に覚えのない行動をされてブリッドは面を食らっていた。

「ワシは納得いかんぞ。なんでワシは不参加なんじゃ」

「ホセ爺様、何度も説明したでしょう」

 オユン総括は溜め息をつきながら不満を述べるベニート総括に説明し始めた。

「ホセ爺様は頭に血が上ると冷静にならないからよ。今回は大人しく我が国、ザルベーグ国を守ってください」

「そうですね、暴れるなら自分の国だけにしてください。それに戦力を平等に分けたのは残された自国の民を守るためでしょう」

 テーオ総括は眼鏡を中指で押しやりながらベニート総括に冷たく言い放つ。

 二人に言われてベニート総括は頬を膨らませた。

「なんじゃい、二人して。年寄りをいじめて楽しいか」

「何言ってんだ、爺ちゃんが一番他人をいじめてるじゃんか。な、今回は大人しくしてろって」

 孫で補佐であるヴァンスに宥められてベニート総括はやっと渋々納得した。

「では、皆さまが納得されたところで緊急会議は終了します。一週間と長い期間お疲れ様でした」

 司会者の言葉で四大国の総括出席の緊急会議は終了した。

 

 

 

 会議終了後、ウィンドリン国のタレンティポリスと賭けに参加した者は訓練所へと向かった。ドアを開けると既にしゅんりは到着しており、ストレッチをしていた。

「あ、皆さん、お疲れ様です!」

 緊急でガチガチに固まりながら敬礼をするしゅんりにブリッドに近付いた。

「おう、お疲れ。休めたか?」

 ブリッドはしゅんりの体の様子を見ながら声をかける。ジャド総括の言葉を素直に受け取り、ブリッドなりにしゅんりを普段より眠らせ、食事代も多く渡し、万全の体制を取らせたつもりでいた。

「はい、ありがとうございました!」

 しゅんりはなんとか笑顔を作りブリッドに見た。そんなしゅんりにブリッドは乱暴に頭を撫でた後、何も言わずに他の者がいる場所へと戻った。

「では、ベニート総括。しゅんりの倍力化の試験、頼むぞ」

 ナール総括はベニート総括へ試験を開始するよう声をかけた。

「あいよ。さあ、お楽しみの時間だ」

 ベニーの総括はジャケットとネクタイを取り、しゅんりの前に出て不敵な笑みを浮かべた。

「この一週間楽しみにしてたぞ、小娘。退屈させるなよ?」

「ええ、必ずや楽しませて見せますよ」

 ベニート総括の圧に圧倒されながらもしゅんりはベニート総括に向かって走り出した。

 皆が見ている中、しゅんりの倍力化、グレード3昇格への試験が開始された。


 

 

 しゅんりはベニート総括に向かって走り、堂々と殴りにかかった。以前のしゅんりと比べればスピードもパワーも上がっているが、ベニート総括からすれば遅く、軽い攻撃であった。ベニート総括は軽々と片手でしゅんりの拳を受け、反対の手でしゅんりの腹目掛けて拳を向けた。その瞬間、しゅんりは腹に力を込めてベニート総括の攻撃を敢えて受け、ベニート総括の腕を掴んで砲丸投げのように投げ飛ばした。

 腹に力を込めていたが、まあまあの打撃を受けたしゅんりは歯を食いしばってその場になんとか立ち続けた。しゅんりの精一杯の攻撃であったが、ベニート総括は華麗にくるりと宙で回転し、床に着地した。

「最初から捨て身の技か。なんじゃ、短期決戦にしようとしてるのか? つまらないのう」

 それじゃ面白くないとベニート総括は不満を述べた。

 真っ向からじゃダメなら隙を見つけるしかないとしゅんりは思い、足に力を込めてベニート総括の周囲をグルグルと周り始めた。

「ほっほっ、錯乱させる作戦か」

 まともに取っ組み合いをすればすぐにダウンさせられてしまうと考えたしゅんりなりの作戦であった。ベニート総括の背後に回った時、しゅんりは右足に全力の力を込めて、ベニート総括の頭部を蹴りにかかった。よし、入る! そう思った時、ベニート総括はこちらを振り返ることなく、しゅんりの右足を掴み、床に叩きつけた。

「かはっ……!」

「先程のお返しじゃ」

 予想だにしたなかった攻撃に防御は間に合わず、しゅんりはまともに攻撃を受けた。

「ほれ、逃げないと、拳がくるぞい」

 顔目掛けて落ちてくる拳にしゅんりは右へぐるりと回転しながら避けてから立ち上がり、ベニート総括と距離を取った。

 結構やばいかも。しゅんりはそう思ったが落ち着こうと深呼吸をした。落ち着け、落ち着け。ベニート総括の行動に目を離さず、次どこに攻撃が来るかしゅんりは見ながら、防御の耐性に入った。攻撃の後はベニート総括であっても必ず隙はできる。そのタイミングを見計らうのだ。

 硬直状態が続いた後、ベニート総括はしゅんりに向かって真っ向から向かってきた。しゅんりはベニート総括から目を離さず、次来る攻撃の箇所を見定める。

 顔面に向けて拳が振りかざされるのを見て、しゅんりは両手に力を入れて腕が振り落とされるタイミングを見計らっていた。後、十センチで来る! そう思った時、しゅんりの額に強い衝撃を受けた。

 ベニート総括は振りかざした拳はフェイクであり、しゅんりに頭突きを食らわしたのだった。

 しゅんりは一瞬、頭が真っ白になり、そのまま力が抜けて前に倒れた。

「もうお終いじゃ。瞬時に額に力を込めれたのは褒めてやろう。しかし、これじゃグレード3はやれんな」

 ぐわんぐわんと頭の中が鳴る中、ベニート総括の言葉が聞こえた。グレード3はやれない、か……。

 しゅんりは消えかかっていた意識をその言葉でハッと戻し、目の前にいたベニート総括の足を両手で掴んで床に倒そうと引いた。

 しゅんりの意識が無いと油断していたベニート総括はぐらりの床に倒れかかったが、寸前の所で後ろ手で床に手を付き、起き上がってしゅんりを見た。

 しゅんりを見た表情は先程まで楽しんでいた老人の顔ではなく、冷たい無の表情であった。油断していたとは故、隙をつかれたことでベニート総括の怒りを買ってしまったようだ。

 ふらふらしながらも立ち上がったしゅんりにベニート総括の攻撃が次々とやってきた。

 しゅんりはなんとか必死にその攻撃を避けつつ、タイミングを見計らっていた。左から蹴りが来る! しゅんりは左全身に力を込めてベニート総括の左足にガシッとしがみついた。手刀でベニート総括の足へと攻撃しようとした時、ベニート総括はしがみつくしゅんりをそのまま左足で持ち上げ、そのまま壁に向かって蹴り飛ばした。

「ぐはっ……!」

 まともに大打撃を受けたしゅんりは床に倒れ込み、息をする事さえ精一杯の状況であった。

 さすがに無理だったか、と周りが諦めた時、ベニート総括はしゅんりの左足を両手で持ち、木の枝の様に膝に足をかけてポキッと折ったのだった。

「うわあああ!!」

 これは今まで大怪我する事なく任務をこなしてきたしゅんりにとって味わった事ない強烈な痛みだった。ブリッドは敢えてしゅんりに痛みを与え、攻撃を受けることに慣れさせていたが、流石にこの痛みに耐えさせるまでの訓練はしてこなかった。それは誰もが予想してなかっただろう、ベニート総括がわざわざ受験者の足を折るなんてこと。

「ホセ爺様! さすがにやりすぎです!」

「こんな試験終わりだ! やめさせろ!」

 オユン総括とジャド総括が声を上げ、中止を訴えた。

 翔は余りの衝撃に固まってしまい、一條総括とナール総括は今にもベニート総括へ掴みかかりそうだった。

「黙れ。これでどの道終わりじゃ」

 ベニート総括はその場でもがき苦しむしゅんりを冷たい目で見た後、しゅんりから背を向けて歩き出していた。

「ああ、終わりじゃな」

 ナール総括はしゅんりの元へ駆け寄ろうとした時、ブリッドがそれを片腕で制した。

「なにしておる、ブリッド。邪魔をするな」

 ブリッドを睨むナール総括にブリッドは怯むことなく、ナール総括に返答した。

「試験はまだ終わってねえ」

 ブリッドはしゅんりの目を見た。まだ、あいつは諦めてない。何度も俺に向かって、諦めずに攻撃してきたあの目をまだしてる。

 何を言ってるのかとその場にいる皆がそう思った時、しゅんりは右足でなんとか立ち上った。

「うおおおお!」

 しゅんりは大声を上げながら右足に力を込めて飛び、ベニート総括へと掴みかかった。

 しゅんりとベニート総括はお互いの手を掴み、押し合いをするよう向い合った。

「諦めるもんかー!」

 右足に残っていた力を込め、ベニート総括を押し続けるしゅんり。ベニート総括からすればこんな力、指一本で押せる強さなのに中々手が離せずにいた。

 毎朝、会議が始まる前にナール総括に報告に来る度にしゅんりの傷は増えていた。こんな不条理な賭けのネタにされつつも必死に訓練を頑張る姿や師を思って必死になる姿をこの場いる全員見ていた。それは試験官となるベニート総括も同様である。

 あちこち体は痛み、そして足を折られ、痛いであろう。意識だっていつ飛んだっておかしくない。それでもしゅんりは必死にベニート総括に食らいついていた。

 ベニート総括は力を抜いて後ろへと倒れ込むようにその場に座った。

「うわっ」

 ふっと相手側の力が抜け、しゅんりもそのまま一緒に前へ倒れてしまった。

 ベニート総括はそんなしゅんりを受け止めてぎゅっと抱きしめた。そしてなんと頭をゆっくりと撫でてきた。

「なっ……」

「よーく頑張った。しゅんり、合格じゃぞ」

 そう言ってベニート総括は初めてしゅんりの名前を呼び、倍力化のグレード3への昇格を認めたのだった。

「え? え?」

 しゅんりは突然の事で混乱している中、ナール総括がパン、パンと手を叩き、拍手をした。

「良くやった! しゅんり、良くやったぞ!」

 それを合図に試験を見守っていた者全員、拍手し、しゅんりに対して激励の言葉を口々にしていった。

「お前さん、良くやった!」

「すごいわー、さすがしゅんりねん」

「しゅんり、すごいよ! おめでとう!」

 周りからの激励にしゅんりはやっと試験に合格したのを実感した。

「あ、合格したのか……」

 それを自覚した途端、しゅんりの力は抜け、全身をベニート総括に体を預けた。翔はしゅんりのその姿を見て駆け寄ろうとした時、既にブリッドはしゅんりの元へと着いていた。

「しゅんり、良くやったな」

「えへへ、偉い?」

「おう、偉い偉い」

「じゃあ抱っこ……。もう歩けない……」

 しゅんりはブリッドに甘えるように両手を広げた。

 ブリッドはふっと笑いながらしゅんりを優しく横抱きにして、ベンチへと寝かした。

「あ、やばい。やばいです、痛い痛い痛い!」

 体中から出ていたアドレナリンが引いて来た頃、しゅんりは体の節々の痛みと左足の激痛を感じ始めた。

「ダメ! 死ぬ、死ぬ! 痛い痛い!」

「痛いと思うから痛いんだ。痛くないって思え」

「無茶言わないでよ! 痛い、痛い、痛い、痛いー!」

 痛みに騒ぐしゅんりにブリッドは冷たく言い放つとしゅんりはヒートアップして痛いと更に叫び始めた。

「おら、騒ぐな。俺が治してやるから」

 痛い、痛いと騒ぐしゅんりにジャド総括はオユン総括と共にしゅんりの元に向かい、治療に取りかかった。

「総括二人に治療してもらうなんて本当に贅沢だわ」

「そう言ってやんなって。お前さんとこの爺様がわざわざ骨折ったんだろ」

 ジャド総括はそう言ってクイッと顎をベニート総括に向けて動かした。

「私もあれは予想外です」

 溜め息を吐きながらジャド総括に返事するオユン総括にしゅんりはたまらず声をかけた。

「ねえ、まだ痛いです!」

「あのね、そんなすぐに治らないわよ。最低歩けるようになるまで後三十分は掛かるわ」

「三十分!? あー、ダメです。もうダメです……。誰か、手を、手を……」

 五歳児のように痛みに耐えれず誰かの手を求めるしゅんりに側で見守っていたブリッドは溜め息を吐きながらしゅんりの手をぎゅっと握った。

「これでいいか?」

「うう、うん、うん……」

 コクコクと頷くしゅんりと呆れながらもしゅんりを優しく見るブリッドを見て、まるで保護者だな、と思いながらオユン総括とジャド総括は笑いながら治療を続けた。

 しゅんりとブリッドの距離がこの一週間で近くなりすぎてる様子に翔は嫉妬に駆られながら見ていた。

 そしてベニート総括もその様子を見ながら不満そうに溜め息を吐いた。

「うーむ。物足りないないのう」

「あんなにわらわの部下を痛め付けておいて、物足りないとはおぬしは悪魔か」

 ナール総括はベニート総括を睨みながらそう声をかけた。

「よう言うわい。このワシに試験を依頼したナール、お前も相当の悪だぞ。うーむ、悪魔どころか魔王じゃな」

 確かにナール総括はしゅんりの甘いところを矯正しようとあえてベニート総括に試験を依頼したが、ここまで痛め付けろなんて言ってないと思いながら少し反省した。確かにこの爺さんに手加減すると言うことを期待したわらわが甘かったか。

 そんな二人の会話を聞いていた一條総括は何を思ったのか、ベニート総括に新たな依頼をした。

「うむ。ならもう一人、倍力化の試験を受けてくれないか」

「もう一人? それは誰じゃ」

 一條総括の言葉にその場にいたナール総括とベニート総括は首を傾げた。

 一條総括はしゅんりとブリッドを睨みながら見ている翔の首元を猫のように持ち上げ、ベニート総括に向かって放り投げた。

「うわあ! 父さん、何を!」

「獣化するなよ」

 動揺する翔に反して新たな試験者を見たベニート総括は満面の笑みを浮かべて、こちらに飛んでくる翔に殴りにかかった。翔は咄嗟に両手を前に組んでそれを防御した。

「どういうことだよ!」

 いきなりの暴行に怒る翔にベニート総括は翔に話しかけた。

「坊主、お前が次の倍力化の受験者じゃ。そうじゃのう、このワシに一発食らわせたら倍力化のグレード3をやろう」

 もともと倍力化のグレード2を持っていたしゅんりが一週間訓練しても一発もベニート総括に攻撃できることがなかったのに、それを合格の条件にしたベニート総括はそう説明した後、翔へと攻撃を次々に仕掛けていった。

 試験が突然開始されたことに周りの者は再び驚いて静まり返り、二人の様子を見ていた。

 ブリッドも翔とベニート総括を見ながら、確かにあいつ倍力化の能力あるよな、と思い出していた。

 先日、一條総括に机に叩きつけられた時も擦り傷で済み、前回の任務ではルルとブリッド二人を担いで走り、更にはヘリコプターの梯子に向かって投げたのだ。倍力化のグレード3程の実力を既に持っていてもおかしくない。

 いきなり始まった試験に翔は戸惑いながら必死にベニート総括の攻撃を避けていた。先程試験を受けたしゅんりの怪我の具合を見て、生半可な気持ちでいたら大怪我で済まない可能性もある。

 そんな事を考えていた翔はベニート総括に隙を見せてしまい、腕を掴まれてしまった。

 やばい! 

 そう思った時、一週間前に孫のヴァンスにやられた事を瞬時に思い出した。

 確か、こうだったはず。翔はあの時のヴァンスを思い出しながら重心を低くしてベニート総括の脚を蹴った。

「うおっ」

 驚きながらよろめくベニート総括に翔は覆い、床に押し倒した。そして顔目掛けて拳を下ろした。

「なっ!?」

 寸前の所で翔は一度拳を止め、ベニート総括の額にコツンと軽く当てた。

「へへ、爺さん、僕の勝ちだ」

 敢えて攻撃を止めたことと、一瞬にして床に倒された事にベニート総括はもともと短気の性格もあり、血が頭に上って冷静さが無くなった。

 上に乗る翔を蹴り飛ばし、ベニート総括は座り込む翔に殴りにかかった。

 余りのスピードと勢いに翔は驚きで動けずにいた。

 やばい、死ぬかもしれない! そう思った瞬間、目の前に誰かが翔を守る様に前に出てきた。

「邪魔するな、青髪の!」

「爺さん、落ち着けって」

 翔を助けに来たのはブリッドだった。

 両手を交差し、ベニート総括の攻撃を受けたブリッドにベニート総括は唸るように声を出した。そんなベニート総括に声をかけた後、ブリッドは一瞬にしてベニート総括の背を取って羽交締めにして、ベニート総括の暴走を止めた。

「離さんか、無礼者!」

「はいはい、ベンチまでお連れしますよー」

 ベニート総括の抵抗に構わずブリッドはそのままベニート総括を抱き上げて他の総括がいるところまで連れて行った。

「もうホセ爺様ったら、子供相手に大人気ないですよ!」

 オユン総括はしゅんりの治療を続けながらベニート総括に一喝を入れた。

 オユン総括の言葉に暴れいたベニート総括は反省したのか、ブリッドに抵抗することなく、大人しくなった。

「な、だって、だってのう、ワシだって……」

 そして都合良く、か弱い年寄りの様に振る舞い始めるベニート総括に周りの者は溜め息を吐きながら、また大怪我する者が出なかったことに安堵した。

 翔はベニート総括に蹴られた腹を抑えながらブリッドに近づいた。

「ブリッドリーダー、ありがとうございました」

「おう、腹は大丈夫か?」

「ええ、あと少ししたら痛みも落ち着きそうです」

 翔はまだベンチに横になって治療を受けているしゅんりに近づき、手を差し出した。

「しゅんり、倍力化のグレード3おめでとう。僕もなんとか取得できたよ。お互いこれからも頑張っていこう」

 爽やかな笑顔でしゅんりに向かって握手を求める翔にしゅんりは複雑な気持ちでいた。

 私、こんなボロボロで、ベニート総括にまともに攻撃できなかったのに、翔君はそこまで怪我することなくベニート総括に一発攻撃できたんだよね……。

 そう思いながらしゅんりは痛む体をゆっくりと起こしてベンチに座った。そして、翔の手を取ろうとした時、ポロッと涙が一筋流れた。

「え、しゅんり?」

「うっ……」

 困惑する翔の手を取ることが出来ず、次々に涙が出てくるしゅんりはまだ痛む左足を引きずりながら走って訓練所を出た。

「おい、まだ治ってないぞ!」

 ジャド総括の言葉に振り向く事なく走り去るしゅんりに翔は「え、なんで、なんで……」と一人で動揺していた。

 ブリッドはそんなしゅんりを見て、溜め息を吐きながら追いかけていった。

「しゅんりは何故泣いてるんだ?」

 そう言い首を傾げる一條総括に周りの一同は溜め息を吐いた。

「本当、親子揃ってデリカシーがないのですね」

 オユン総括は先程までしゅんりがいたベンチを見ながら呟いた。

「本当におぬしは昔から変わらぬおバカさんじゃな」

 ナール総括は一條総括に呆れて笑いながらそう言い、タバコを吸いに訓練所を出た。

 近くの自販機にもたれながら右手にタバコ、左手にコーヒー缶を持ちながらナール総括はぼーっと煙の流れを見ていた。タバコの煙がくらりと揺れたのを見て、その原因となる人物にナール総括は目を見やった。

「やだわ、まだタバコなんて吸ってるの。師範が嫌がるでしょ」

 ルビー総括はナール総括の横に並んで立ち、形の良い唇をいやらしく上げた。

 師範、そうルビー総括は一條総括のことを呼んでいた。彼の名を出せばナール総括がタバコを消すと思ってそう言ったルビー総括に眉を上げてナール総括は睨んだ。

「ふん、黙れ。それより、なにか成果はあったのか」

 ナール総括のその言葉にルビー総括は頭から猫の耳をピコっと生やし、様々な方向に耳を動かした。周りに誰もいないと判断したルビー総括は小声で話した。

「貴方のとこの馬鹿に途中、邪魔されたけど、ちゃんと調査は済んだわ。まあ、ワール国に攻め入る作戦とかはあったけど、アサランド国との繋がりなどはなかったわ」

 他三国と戦争してきたザルベーグ国。今回の事もアサランド国と共同、もしくは利用して戦争を仕掛けてきたのではないかと踏んでルビー総括にこの一週間の間、この警察署内を調査させていたのだった。

「空振りだったか」

「そうかしら? 白だと分かったんだから、少しは信用なるんじゃない?」

 ルビー総括は今回、調査した事でザルベーグ国に対してそこまで警戒する必要も無くなり良かったと思っていた。

「まあ、師範と貴方はあの時のお返しができずに残念でしょうけど」

 十八年前のザルベーグ国との戦争の事を言うその言葉にナール総括はムッとしながら二本目のタバコに火を付けた。

「そんなこと考えておらぬ。それに師範などと呼ぶな、戯け」

「なになに、自分は獣化の異能取得できなかったから私にジェラシー? あらあら相変わらず可愛いわね、ナール。今夜私とどう?」

「離さんか、馬鹿者」

 ナール総括の顎を掬いながらニヤニヤと見てくるルビー総括にイライラしながらナール総括は顔を横に振って抵抗した。

 その時、ルビー総括はこちらにやって来る足音に気が付き、猫耳を直してナール総括に二回瞬きして合図した。

「臭いと思ったら貴方ですか、ナール総括。ここは禁煙ですよ」

 オユン総括はタバコを吸うナール総括にそう話しかけながら近寄った。

「なら喫煙所を作ることだな」

 あっけらかんとそう言うナール総括にオユン総括は溜め息を付いた。そして、次にルビー総括を見ながら話しかけた。

「そういえば、この警察署に猫が出るそうですね」

「……あら、そうなの。誰か餌付けでもしてるのかしらん?」

 オユン総括の言葉に二人は顔に出さないように平常を装った。

 以前、ブリッドが猫に引っ掻かれたとしゅんりが騒いでいた事を言っているのかと思い、ナール総括は心の中で舌打ちした。あの戯けどもが。

「さあ? それならいいですけど。今回、会議で決まった内容はちゃんと把握されてますか?」

 こちらを疑いの目を向けるオユン総括にナール総括はタバコの煙を横に吐いて、「一、四大国は協定を結び、国同士のみならず個人同士の争いも禁止とし、個人的な協力関係も禁止する。違反行為をした場合、他国総出でアサランド国同様、敵と見なし、処罰を与える」と、返答した。

「ええ、そうです。お忘れなく」

 オユン総括はそう言ってその場から離れていった。

「見逃してくれたのかしら」

「さあ、どうだろうな」

 協定を結んだ所で、お互い根っこから敵であることは変わらないなと思いながらナール総括はコーヒー缶にタバコを捨てた。

 

 

 

 

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