ホテルへ入ってブリッドは後悔した。

 五つ星かと思う程に豪華な内装であり、ホテルマンからはこちらを伺う様な目線が送られた。訓練後でボロボロになっている二人はこのホテルにいるには異様なのだ。

「二部屋用意してくれ」

「大変申し訳ございません……。ただ今一室しか空いておりません」

 申し訳無さそうにそう言うホテルマンにブリッドは絶望を感じた。本当にしゅんりをおんぶして三駅分を歩いていかなければならないのか。

「いいです、一部屋で。お願いします」

 躊躇なくそう言うしゅんりにブリッドは目を開いた。年頃の女の子が男と同じ部屋に泊まることを簡単に了承するものではない。

「な、何言ってんだ。キャンセルだ、キャンセル」

「もうダメ……、ここで寝る」

 フロントに寄り掛かっていたしゅんりはそう言ってずるずると下にしゃがみ込もうとした。それを見てブリッドは「分かった! 分かったからやめろ」と、しゅんりの首元を掴んで立たせた。

「すまねえ、一部屋用意してくれ」

「ダブルベットですが本当によろしいですか?」

「いっ……、わかった、それでいい」

 俺はソファで寝るか、と決めてブリッドはホテルマンの指示通り名前と住所を記載した。しゅんりも別用紙にブリッド同様に記入してカードキーをホテルマンから貰った。

「あ、お嬢様。フルネームで書いてもらえますか?」

 お嬢様と呼ばれたしゅんりは首を傾げて用紙を見た。

「え、フルネームですよ?」

「いえ、その、ファミリーネームも記載してくれますか?」

 ホテルマンは戸惑いながら空欄部分を指差してしゅんりに伝えた。それを見てブリッドは自身のファミリーネーム、オーリンとしゅんりの名前の右横に書き足した。

「あ、お客様!」

「こいつ、俺の妹なんだよ」

 ブリッドはそう言ってフロントから離れようとした。それを制止するようホテルマンがこちらを探るように「え、全然似てないのですが……」と、声をかけてきた。

「異母兄弟だ。詮索すんな、金はちゃんと払う」

 そう言ってブリッドは次こそしゅんりを連れて部屋へと向かった。

 しゅんりは孤児であり、ファミリーネームを持っていなかった。異能者にはよくある話で、自分で決めたファミリーネームを申請を出す者がほとんどであったが、しゅんりはしたいファミリーネームもないし、面倒くさがって"しゅんり"という名前だけで今まで生きてきた。住まいは学校寮、そして今はタレンティポリスが用意した寮に住み、携帯などは契約できないため所持していなかった。

「お前な、そろそろファミリーネームつけろよ」

「別に困らないし、面倒くさいからなー」

 なにも考えずそう返事するしゅんりにブリッドは頭を抱えながら、「俺が今困ってるんだけど」と、溜め息を吐いた。

 なんで困るんだろう?

 そう疑問に思いながらしゅんりはフロントから借りたカードキーで部屋を開けた。

 内装はフロント同様に豪勢な作りであり、ソファもあった。

 しゅんりはそのソファに倒れ込んですぐに寝ようとした。

「しゅんり、ベット使え」

「え、ブリッドリーダーがベット使っていいですよ」

「うっせー、ガキは大人の言うこと聞け。あとシャワー先浴びてこい」

 しゅんりはブリッドの言葉にそのまま甘えることにして先にシャワーを浴びにいった。

 ブリッドはホテルに付属されている冷蔵庫から水を出して飲みながら携帯を見た。覚えのない電話から何度も着信が来ており、メールも来ていた。

「ああ、一條か……」

 メールにはしゅんりとブリッドがホテルに戻って来てないことに気付いた翔がナール総括からブリッドの連絡先を聞いて連絡してきていた。

「あいつ、しゅんりのストーカーだな」

 ブリッドは呆れながら、軽く目を閉じてしゅんりがシャワーから出てくるのを待った。

「お先でしたー」

「おうって、お前……」

 髪を乾かすことなく、バスローブを身に付けたまましゅんりはそのままベットへと倒れ込んだ。胸元は軽く開いており、しゅんりの豊満な胸につい目が行きながらブリッドは悶々とした気持ちをなんとか抑えた。

 落ち着け、俺。相手はただ胸が大きいだけのガキだ。

 ブリッドは洗面台からドライヤーを持ってきてしゅんりへと投げ渡した。

「おい、風邪ひくぞ。髪乾かせ」

「ええ、だるい。あ、ブリッドリーダーが乾かして?」

 眠たい目を擦りながら上目遣いで見てくるしゅんりに残った理性をフル活用してブリッドは目を逸らした。

「俺はお前の母ちゃんか」

「異母兄弟なんじゃなかったですっけ?」

「ああ、はいはい。妹よ、ちゃんと髪乾かせよ。俺はシャワー浴びてくるからな」

 ブリッドは頭を切り替えようと敢えて冷たいシャワーを浴びてバスローブに着替えた。

 部屋に戻るとしゅんりは頭を乾かすことなく、ドライヤーを抱えながら既に寝ていた。

 布団を掛けることなく、足も胸元も広げて寝るしゅんりにブリッドは溜め息を吐きながらしゅんりを起こさないようにそっと布団を掛けてやった。

 このままでは間違いが起きてしまうと判断したブリッドはバスローブから服に着替え、部屋を出てフロントへと向かった。

 フロントにあるコーヒーメーカーからコーヒーを入れ、ソファの横に立ててあった新聞にブリッドは目をやった。今夜は寝れそうにない。ここで過ごそうとブリッドは考えていた。

 新聞には今回、アサランド国からの襲撃によるザルベーグ国の被害状況が主に掲載されていた。今回、緊急会議の開催所がここに選ばれたのはアサランド国から追撃された際、総出で対応するためだろうとブリッドは考えていた。ここまで大打撃を与えた国だ、追撃して今度こそ落とそうと敵が動き出す可能性がある。その時、各国から総括とその補佐となるレベルの異能者が集まっているのだ。そんな簡単に向かうもこちらに手出しはできないだろう。

 真剣に新聞を読んでいたブリッドの前にある女性が向かいに座った。

 金髪のロングヘアーで青い瞳に白い肌、少し露出度の高い服装を着込んでおり、ブリッドより年上だと思われる女性だった。

 ブリッドに向かい、ウィンクしてくる女性にブリッドは少し考える。

 そういえば、最後に抜いたのいつだっけ。

 前任務からバタバタ続きで自身のプライベート時間がなく、自己処理する暇もなかった。

 ブリッドはそれ程顔が整っている訳でないが、そういう類いの女性からはモテていた。

 逞しい筋肉に身を包み、キリッとした鋭い目つき。髪は短髪で清潔感もあり、それとなく危ない男の雰囲気を漂らせていた。

 新聞を元あった位置に戻してブリッドは女性に軽く頷いた。それを見た女性はブリッドの腕に手を絡ませ、自身の泊まっている部屋へと案内したのだった。




——女性を組み敷き、腰を振りながらブリッドはナール総括とその女性を比較していた。

 ナール様同様に金髪で青い瞳をしているが、ナール様より色素が少しどちらも薄い。

「いいよ、もっと奥、奥付いて、ああん!」

 多分、ナール様はこんな下品な声を出さず、透き通るような綺麗なあの声で上品に喘ぐんだろうな。

 女性の首元に顔を埋め匂いを嗅ぐ。甘ったるい香水の匂いに顔を顰めながらナール様の香水はもっと上品な柑橘系だったなとブリッドは思い出していた。

 大きい声で喘ぐ女性に嫌気を差したブリッドは自身の口で女性の口を塞ぎ、腰の動きを早めた。

「んん! んー!」

 苦しそうに喘ぐ女性を無視して奥をガンガンと突きながらブリッドと女性は同時に果たした。

「はあ、はあ……」

 ああ、全然満たされない。



 

 ブリッドは女性と行為を済ませた後そのまま寝てしまい、翌朝自身の携帯のアラーム音で目を覚ました。

「おはよう。よく眠ってたわね」

「ああ、そうだな……」

 女性は既に起きており、シャワーを浴びていたのかバスローブを身につけて髪は濡れていた。

「貴方すごく素敵だったわ。是非、またお願いしたいから連絡先教えてくれない?」

 チュッとリップ音を鳴らしながらブリッドの頬にキスをする女性の肩をブリッドは軽く押して、ベットから出た。

「悪いな。俺は一度寝た女と二度は寝ない主義なんだ」

「あら、残念」

 ふふっと女性は笑い、服を着るブリッドを止めることなく見送った。

 しゅんりのいる部屋に戻り、シャワーを浴びながらブリッドは性欲はスッキリしたがモヤモヤした気持ちでいた。別にこんなことは初めてではない。気持ちとは裏腹に下半身は誰でもいいから抱きたいと訴えてくるし、こういう行為を悪いとは思ってはいない。しかし、ナール総括に好意を抱いてからブリッドはいつもこんな気持ちに駆られていた。

 シャワーを終え、ベットに目をやるとまだ気持ち良さそうに眠るしゅんりがいた。そろそろ起こすか、そう思ってブリッドはしゅんりの肩を揺らして声をかけた。

「おい、起きろ。そろそろ行くぞ」

「ん、あと十分……」

 ブリッドに背を向けてまた寝ようとするしゅんりに少し苛立ち、無理矢理布団を剥いでしゅんりを叩き起こした。

「いいから起きろ! 警察署にもどるぞ!」

 しゅんりはブリッドの大きな声でハッと目が覚め、起き上がった。そして自身のお腹に手を当ててブリッドを見ながら起きて第一声、ブリッドにこう伝えた。

「お腹空いた!」

 

 

 

 二人は早々にホテルをチェックアウトし、近くにあった喫茶店でモーニングをしていた。コーヒーに食パン、サラダとゆで卵とスタンダードなメニューを頼むブリッドに反してしゅんりはプリンアラモードと呼ばれる、プリンとフルーツ、ホイップクリームなどが乗っているパフェのような物を食べていた。

「あーん、美味しい!」

 ここ最近、柔らかいパンや、ゼリー飲料水ばかり食していたため、まともな物を食べることができてしゅんりは感激していた。

「お前、朝からよくそんなもの食えるな」

「昨日言ったじゃないですか、まともに食べれてないって」

「金はちゃんとやってんぞ。無駄遣いしてるんじゃないだろうな」

 まさか食に金を使わずに何か変なことに使ったのではないかと疑いの目を向けるブリッドにしゅんりはムッとなりながら反論した。

「無駄遣いしてません。誰かさんのせいで口の中切れて硬いもの食べれないんです」

「へーへー、そうですか」

 自身を非難するしゅんりにブリッドもムッしながらゆで卵の殻をとっていた。

 こんなにも良くしてやってるのに皮肉を言われる筋合いはないと思うんだがな。

 ブリッドの中でしゅんりは大人しめの少女で、異能者として有能な奴だという認識があったが、ここまで濃く関わってしゅんりのイメージが大きく変わっていた。

 こうも慣れると図々しく、我儘な奴だとは思ってもなかったな。

 しゅんりもブリッドがゆで卵の殻を取る姿を見ながら考えていた。タカラやオリビア、そしてナール総括などの大人にしゅんりは基本甘やかされてきたが、ここまで厳しく接してくる人は今までいなかった。ブリッドは今までしゅんりにとって関わったことない人種であり、厳しくもあり、時にはこうやって世話をしてくれている。しゅんりは腕を組んでうーん、うーんと考え、そしてパッと浮かんだ。

「お母さんだ」

「はあ? 急になんだよ」

「ブリッドリーダーって、ドラマとか漫画に出てくるお母さんみたい」

 しゅんりの言葉にブリッドは呆れて溜め息をついた。

 誰がお母さんだ。

「隙あり!」

「あ、おい!」

 しゅんりは綺麗に剥けたゆで卵をブリッドの手から奪い取り、口に放り込んだ。

「美味しいー!」

「てめ、こら! それに卵の取りすぎだ」

「……ほら、お母さんじゃん」

 しゅんりの言葉にブリッドも何故か納得してしまった。

「俺、まだ二十歳なんだけどな……」

 そう呟いて、ブリッドは残りのコーヒーを飲み切った。

 

 

 

 警察署に到着した二人はナール総括へ訓練の進捗状況をしに会議室へ向かった。

 会議が開始される十分前に到着すると、出席する者は既に全員揃っていた。

 翔は会議室に入室した二人を見てすぐ駆けつけた。

「しゅんり! 昨日ホテルに帰って来ないから心配したんだよ」

 心配でよく眠れなかった翔の顔は疲労しており、それを見たしゅんりは不思議そうに首を傾げた。

 なんでそこまで心配してくれるんだろ?

「えと……、ありがとう、大丈夫だよ。昨日は駅に近いホテルにブリッドリーダーと一緒に泊まったから安心して」

 笑顔でそう言うしゅんりに翔は固まった。

 ブリッドリーダーと一緒にホテル?

「え、一緒って、部屋は別だよね?」

「ううん、空いてなかったから一緒の部屋だったよ」

「てめ! ちょ、黙ってろ!」

 あっけらかんとそう言うしゅんりと、しゅんりの口を急いで塞いだブリッドに会議室にいる全員が二人に注目した。

「しゅんり、ブリッドリーダーに酷いこととか変なことされてない!? 大丈夫!?」

 自身の肩を揺らしながら必死に問う翔に動揺しながらしゅんりはブリッドの手を口元から外して返答した。

「そんなことされてないよ。ブリッドリーダー優しかったし」

 ヤサシカッタ?

 翔は思考がフリーズし、その場で静止した。

 知らない間に二人はあんなことやこんなことをする関係になっていたの……?

「ほっほっ、お盛んじゃのう」

「いやー、お二人さんはそういう関係だったのね」

 ベニート総括とジャド総括は珍しく顔を見合わせニヤニヤしながらそう発言した。

「ち、違う! 誤解だ! 俺としゅんりはそういう関係じゃない!」

 周囲に誤解を招くような発言をするしゅんりにブリッドは焦って訂正した。しかし、そんなブリッドの言葉を誰も信じることなかった。

 そしてナール総括も、昨日告白してきた男が未成年の少女に手を出したと思い、ブリッドを睨み付けた。

「ナール様、違う! 誤解だ!」

 いや、確かに別の女性と寝ているが、しゅんりとは寝てない! 

 未成年には手を出してないと心の中で思いながらナール総括に誤解を解くためブリッドはナール総括に近寄った。

 そんなブリッドにナール総括は冷たい声でブリッドがこれ以上近付かないよう言い放った。

「だまれ、この獣。さっさとわらわの前から消え失せろ」

 

 

 

 会議室を後にした二人は今日も訓練をしていた。ふらふらとおぼつかない足取りでしゅんりと訓練所に向かったと思ったらブリッドは昨日より激しくしゅんりに攻撃を仕掛けてきた。完璧に八つ当たりになるが、理由が分からないしゅんりはブリッドの攻撃をひたすら受けていた。

「ブリッドリーダーのバカ……」

 せっかく治りかけていた傷がまた増え、しゅんりは自販機に寄りかかりながらゼリー飲料水を食していた。

「あ、しゅんり……」

「ん、翔君?」

 余りのショックと既に獣化できるようになった父を置いて翔は会議室から出て、休憩と託けて廊下をふらふらと歩いていた。

 丁度同じように休憩していたしゅんりと会った翔はしゅんりと目線を合わさないようにして近寄った。

「えーと、休憩? 怪我大丈夫?」

「ううん、もうボコボコにされて最悪」

 血の味がするゼリーを吸いながらしゅんりは翔に返答した。

 翔はそんなしゅんりになんとか勇気を振り絞って昨夜のことを聞くことにした。

「しゅんり、昨日のことなんだけど……」

「昨日?」

「そう、ブリッドリーダーが優しかったってどういう……?」

 苦しそうな顔をしながらこちらを見てくる翔に疑問を持ちながらしゅんりは返答した。

「いや、一室しか取れなかったけど、ブリッドリーダーは私にベット譲ってくれたり、シャワー先に使わせてくれたりしたから優しかったって言ったの。朝だってご飯奢ってくれたし」

「え、てことは二人は付き合ったりとかは……」

「え、付き合う? なんで? ありえないよあんな暴力男」

 しゅんりの言葉を聞いて翔は舞い上がるような気持ちになった。

 なんだ、勘違いか! 

 苦しそうな顔から笑顔になった翔に更に疑問を感じながらしゅんりは残っていたゼリーを飲み切り、容器をゴミ箱に入れた。

「それ、まさかお昼ご飯?」

「うん、そうだよ」

 しゅんりの食事内容に翔は心配した。こんなハードな訓練をしているのにそれだけでは身が持たないだろう。

「しゅんり、休憩何時まで? お昼食べに行こうよ。お金なら僕出すし」

「いや、いい。口の中切れててあんま食べれないの」

 口の中を開けて見せてくるしゅんりにこんなに傷付けてるブリッドに対して翔は沸々と怒りが出てきた。

「酷い、僕が言ってやる」

「いいよ翔君。私がブリッドリーダーをけちょんけちょんのボコボコに今からしてやるから」

 手を握り締めて震わすしゅんりは明らかに怒っていた。明らかに今日は訓練というより、一方的な暴力でしかなかったからだ。

「ほー、俺をけちょんけちょんか。やれるもんならやってみやがれ!」

「いひゃい、いひゃい!」

 ブリッドはしゅんりの後ろへ近寄り、頬を思い切りつねった。顔に傷を覆っているしゅんりにはその些細な攻撃でさえ激痛を感じた。

「お前のせいでナール様に睨まれたんだぞ!」

「なんで私のせいなんですか! それに睨まれてるのはいつものことでしょ!」

 言い合いしながら取っ組み合いを始める二人に置いてけぼりの翔は見ていることしか出来なかった。そんな時、翔の肩に誰かが寄りかかってきた。

「……なんですか、ヴァンス補佐」

「いや? 父親が獣化できるようになった途端、ボイコットする息子を見に来ただけだよ」

 ニヤニヤした顔をしながらこちらを見てくるヴァンスの腕を振り解いて翔はヴァンスから距離を取った。

「にしてもお二人さん、昼間からお熱いね」

「なにがだ! いいか、俺とこいつはそんな関係じゃねえぞ!」

「まあ、どっちでもいいけどね」

 取っ組み合いをするブリッドをヴァンスは茶化してからしゅんりを上から下までいやらしい目で見た。そんなヴァンスにしゅんりは取っ組み合いを止めて、今までいがみ合っていたブリッドの背に隠れた。

 あの目、私が嫌いな目だ。

 性的にいやらしくこちらを見てくる男性に対してしゅんりはいつも敏感に感じ取り、警戒していた。

「そんな警戒しないでよ。今日はスカートじゃないのかと思ってただけだよ」

「……なんでですか」

 スカートなんて普段履かないしゅんりは初日の事を思い出した。初日は確かにしゅんりはスカートを着用していた。そしてこの男、ヴァンスが訓練所まで案内してくれたのだ。

「いや、可愛い白のパンツをまた見れるかと思ったけど、残念残念」

 年下の少女をいじめたいのか、そう言ってきたヴァンスにしゅんりは初日の訓練の日を思い出した。まさかブリッドに攻撃を仕掛けたあの時、下着が見えていたのだと知った。しゅんりは恥ずかしくて着ていたナイロンジャケットを強く握り締め、顔を真っ赤に染めた。そして、その場にいた翔にも目をやった。翔もあの場にいたのだ。まさか翔にも見られてないかとしゅんりは翔を見たのだ。

 翔はあの時のことを思い出し、顔を赤らめながらしゅんりの目線に必死に否定した。

「見てない、見てない! 僕はしゅんりのフリルのパンツなんて見てない!」

 そう発言した後、翔は後悔した。ヴァンスは白としか言ってなかったのだ。なのに翔はしゅんりのパンツがフリルだと発言したのだ。

「へえ、フリル」

 そう呟いたブリッドにしゅんりは更に顔を真っ赤にした。

「みんな、大っ嫌い!」

 そう捨て台詞を吐いたしゅんりは全速力で訓練所に戻って行った。

「獣化の補佐君っておバカさんだね」

「お前、本当にバカだな」

 二人に罵倒された翔だったが否定出来ず、その場で項垂れることしかできなかったのだった。

 

 

 

 五日目の訓練を終了したしゅんりは一服すると言ったブリッドを待ちながらベンチに座ってスポーツ飲料水を飲んでいた。本日の夕食がこれだけかとしゅんりは口の中の痛みに耐えながら飲んでいた。今日は昨日のこともあり、早めに訓練が終了しただけいいかと心の中で自身を慰めていた。

 ガラッと音がして、ブリッドかと振り向いたら予想外の人物がいた。

「ジャド総括?」

「おー、覚えてくれていて嬉しいね」

 ジャド総括は訓練所を見渡しながらしゅんりに近寄った。

「どうしたんですか?」

「いや、俺はお前さんに三十万イェン賭けてんだ。訓練の進捗状況見に来たんだよ。今日は終わりか?」

 ほとんどの人がベニート総括に賭けてると思ったしゅんりは驚いた。

 何故、この人は私に賭けたのだろうか。

「ええと。今日は訓練はもう終わってて、ブリッドリーダーの戻りを待ってるとこです」

「そうか、そうか。彼氏の帰り待ちか。邪魔したな」

 そう言うジャド総括にしゅんりは顔を真っ赤にした。

 ブリッドリーダーが彼氏!?

「か、か、彼氏!? あんな暴力男、彼氏じゃないです!」

「え、でもお前さん、昨日ホテルに一緒に泊まったんだろ?」

「部屋が一緒だっただけです! 別々に寝ました!」

 ジャド総括の言葉にしゅんりでもブリッドが何故、機嫌が悪かったのを把握した。私とブリッドが一夜を共にしたとみんなに勘違いされていたのだ。

「違うんです、言葉の綾です……」

 顔を更に赤く染めて弁解するしゅんりにジャド総括はガハハっと笑い、しゅんりの横に座った。

「分かった、分かった。そんな照れなさんな」

「うう、恥ずかしい……」

「ま、俺はお前さんたちがうつつを抜かさず訓練に集中して欲しいからな、安心したわ」

 そう言って笑うジャド総括にしゅんりは先程思った疑問をぶつけた。

「なんで私に賭けたんですか?」

「俺があの爺さんに賭けるなんてあり得ねえよ。俺はお前さんがあの爺さんに一発かますとこ見たいと思って賭けたんだ」

 そういえば、ベニート総括は色んな人に嫌われていたなと思い、しゅんりは残っていたスポーツ飲料を口にした。

「いっ……」

 口の中の傷に染みてしゅんりは思わず声を出した。それを見たジャド総括は心配そうにしゅんりを見た。

「ん? どした?」

「口の中が切れて痛いんです」

 口を開いて見せるしゅんりにジャド総括はしゅんりの頬に手を当てて、口の中を覗き始めた。

 ——会議終了後、翔はコンビニでアイスやゼリーなど、今のしゅんりが食べれそうな物を買いって訓練室に向かって行った。昼間の事を許してもらうための詫びの品としてと、しゅんりの栄養状況を考えてのことだった。前者の方が意味合いは大きいが、しゅんりが少しでも体力を回復できれば正直どちらでも良かった。

「お、一條。会議は終わったのか」

 タバコの匂いに身に纏ったブリッドと翔は遭遇し、顔を顰めた。

「ブリッドリーダー、ここ禁煙」

「知るか、んなこと」

 あっけらかんとそう言い放つブリッドに翔はしゅんりはどこにいるか問うた。翔の持つビニール袋とその中身をチラッと見てブリッドはふっと笑った。

「訓練所だ。もう今日は終わったからな、あとは好きにしろファザコン」

「な、僕はファザコンじゃない! というか、あんた本当にしゅんりに何もしてないだろうな」

「未成年に手を出すかバカ」

 言い合いしながら二人は訓練所に着き、ドアを開いた。すると、しゅんりとしゅんりに顔を近付けて頬に手を当てるジャド総括の二人に目がいった。

「なっ!」

「うわあ! しゅんりー!」

 驚きの余り、二人は声を出してしゅんりとジャド総括を指差した。それに気付いた二人はチラッと入口にいる翔とブリッドを見てからまたお互いを見合った。その後すぐにジャド総括はスッとしゅんりから顔を離し、頭をポンポンと撫でた。

「ほら、口の中どうだ?」

 ジャド総括から感じた温かい感覚は療治化のオルビアによくしてもらっていた治療の感覚に似ていた。しゅんりは手に持っていたスポーツ飲料水を一口飲み、感動した。

「痛くない!」

 しゅんりは顔をぱあっと明るくし、入口で騒ぐ翔と驚きの余り固まるブリッドに口の中を見せた。

「見て見て、口の中が治った!」

 しゅんりとジャド総括がキスしていると勘違いした翔とブリッドはしゅんりのその様子を見て安心した。もしいれば父親と同じくくらいの年齢になるジャド総括に手を出されてるのではないかと思って心配していたのだ。

「これでご飯が食べれるー!」

 喜んで飛び跳ねるしゅんりにジャド総括は近付いた。

「なんだ、お前さん。まともに食ってなかったのか」

「口の中が痛くて余り食べれませんでした」

 辛そうな顔をしながらそう言うしゅんりにジャド総括は可哀想になと思った。

「そうか、そうか。ならこの近くに上手いステーキ屋を見つけたんだ。連れてってやるよ」

「驕りですか?」

 そう食らい付くしゅんりにジャド総括は娘がいたらこんな感じかなと思いながら頭を撫でながら「おう。好きなだけ食え」と、返答した。

「やったー! あ、二人ともおつかれさまでーす」

 上機嫌のしゅんりは二人にピースをしてジャド総括の後について行ってしまった。

「それ、食べるの協力しようか?」

「……お願いできますか」

 余りにも不憫な翔にブリッドはそう声をかけて、二人はホテルへと戻っていくのだった。

 

 

 勢いよくステーキにかぶりつくしゅんりを見てジャド総括はふっと笑った。

こんなになるまで放置してたあの兄ちゃんは師匠としてはまだまだだな、と思いながら自身もステーキに口をつけた。

 久しぶりに食べる肉にしゅんりは周りの目もくれずひたすら口に放り込んでいった。

「おいおい、そんなに急がなくても肉は逃げねえよ」

 ハムスターのようにパンパンに頬を膨らますしゅんりにジャド総括は堪えられず笑いながらしゅんりに水を渡した。しゅんりは素直にジャド総括から水を受け取り、口の中にある肉と共に一気に飲み干した。

「美味しいー!」

「それはよかった」

 しゅんりの笑顔に満足気に頷くジャド総括は奢りがいのあるしゅんりに笑いかけた。

「ジャド総括、本当にありがとうございます。今は一文なしですが、いつかこの恩返します」

「いいってことよ。お前さんがあの爺さんとの賭けに勝って返してくれ」

「わかりました、頑張ります!」

 そう言ってしゅんりは皿に残っていたステーキをまた食べ始めた。

 ジャド総括は賭けの話が出てから部下にしゅんりのことを軽く調べさせていた。

 学生時代、学校内では人気があり、学はなかったが武強化の能力は群を抜いて成績優秀。専攻してない倍力化の能力もグレード2を難なく得ており、卒業してから一年にしては優秀なタレンティポリスだと聞いていた。どんな少女かと思っていたが、異能者と豊満な胸を省けばどこにでもいるただの十五歳の少女だった。

 ジャド総括はしゅんりと同じ武強化として興味がますます出てきた。

「お前さん、武強化はグレード3だったよな」

「はい、そうです」

「同じ武強化として興味があってよ。お前さんの得物、見せてくれよ」

 しゅんりとジャド総括が座る席は半個室になっており、木の壁が座席と座席の間に立っていた。しゅんりはそのため周りを気にすることなく、腰に巻きつけたホルターから銃を取り出し、ジャド総括に見せた。

「なんだこれ、見ないデザインの銃だな。何年もんだ?」

 白のアンティーク調のしゅんりの銃はジャド総括でも見たことない代物だった。

「分からないです。助けてくれた人にもらったんです」

 おじさんのことを思い出し微笑むしゅんりにジャド総括はふーんと返事し、銃を手に持ち観察した。

 本当に見ないデザインだ。丁寧に手入れはされているようだが結構使い古されており、これをまだ使用するしゅんりがすごいなと思っていた時、ジャド総括は遥か昔にある記憶が過ぎった。あれは、いつだ? もう俺が二十歳になるぐらいの頃、これに似た銃を見たような……。

「この銃は誰からもらったんだ?」

「名前も顔も覚えてなくて……。まだ五歳になるかならないかぐらいの時だったので」

 暗い表情になったしゅんりにジャド総括はこれ以上聞くのはやめようと決めた。異能者には他人に話したくない過去を持っていることなどよくある話だ。そしてジャド総括も人に言えない過去を持っていた。

「そうか。ありがとうな、銃返すわ」

「いえ」

 しゅんりはジャド総括から銃を受け取り、ホルターに銃を直した。

「私も気になってることがあって、聞いていいですか?」

「いいぞ」

「ジャド総括はなんで療治化を使えるんですか?」

 療治化は会得するには相当時間がかかる能力であった。大概の療治化は医学の知識を得るため医大に通うのがスタンダードな流れになり、会得するまで相当な時間がかかる。しゅんりはそんな時間のかかる能力をわざわざ武強化を会得しているジャド総括が使えることに疑問を持ったのだ。

「俺はな、何度も戦争を経験してきたんだ。仲間が目の前でたくさん死んでいくのを見てきてよ、俺がこの場で助けられたらなと思ったのがきっかけだな。あとは俺に療治化の才能もあった。そんだけよ」

 基本、療治化のみ使用できるタレンティポリスは戦場から離れて待機することが多い。そのため、戦場では負傷してすぐ治療することができない環境に多くあった。

 しゅんりはそんなジャド総括の話を聞いて、ジャド総括に憧れを抱いた。

 私もこんな素敵なタレンティポリスになりたい。一つの能力を磨き続けるのも大事であるが、やはりいくつか異能を使えれば沢山の人を救える可能性が大きくなる。

「こんな感じでいいか?」

「はい。とても素敵な話ありがとうございます。私ももっと精進していきたいと思いました」

 目を爛々に輝かせながらこちらを見るしゅんりに少し照れながらジャド総括は残っていたステーキを口に含んだ。

 そして話が一段落したところでしゅんりはメニュー表を口元を隠すように持ち、ジャド総括を上目遣いで見た。

「どうした?」

 しゅんりの行動に疑問を持ったジャド総括はしゅんりに問いかけた。

「えへへ、パフェも食べていいですか?」

 愛らしい笑顔を浮かべておねだりするしゅんりにジャド総括は絆され、顔を縦に振った。

「いいぞー、たんと食え」

「やったー! 店員さーん!」

 手を挙げて店員を呼ぶしゅんりにジャド総括は銃や療治化の話のことも忘れて赤ワインを口に含んだ。

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