3
会議は午後七時まで行われた。
お互いの短所を突き合いながら行われていたため、対して発展することなく初日の会議は終了した。あれから会議室に戻った翔は父である一條総括にベニート総括が危害を加えにいように張り付くようにして立っていた。それを喜ばしく思っていた一條総括は終始にこやかな表情をしており、周りは呆れた表情をしていた。
「僕、訓練所に戻るから父さんは周り道せずにすぐにホテルに戻ってよね!」
会議が終わった瞬間、父である一條総括にそう言い、翔は会議室から急いで訓練所へ戻って行った。
「それは俺のセリフだと思うんだが……」
一條総括の言葉は息子の翔に届く事なく、ナール総括はそれを見て微笑んでいた。
走って訓練所に戻るとブリッドとしゅんりの姿が見当たらず、翔は訓練所内を探し始めた。だが、すぐに二人は見つかった。
ベンチの上にしゅんりは眠っており、ブリッドのジャケットが掛かっていた。そしてベンチの下に座り込んでブリッドはタバコを吸っていた。
「しゅんりは……」
「寝てるだけだ」
翔に目を向ける事なく返事するブリッドにムッとしながらしゅんりの顔を上から覗く。気持ち良さそうに寝息を立てて寝るしゅんりに翔はホッと安心し、胸を撫で下ろした。そんな翔を横目で見ながらブリッドは翔に話しかけた。
「お前さ、他に方法ないかとか言ってたよな」
「ええ、言いました。というかここ禁煙です」
「細けーこと言うなよ」
ブリッドを睨みながらそう翔は返事した。十五歳の女の子に乱暴な扱いをするブリッドに翔は納得いってなかった。
ブリッドは翔がしゅんりに好意を持っていることを知っており、翔がここまで憤怒する理由も理解していた。ブリッドはタバコの火を消し、隣に座るよう床を軽く叩いて翔に指示した。翔はそんなブリッドの言う通り、少し距離を置いて隣に腰を下ろした。
「俺の卒業試験はな、ここザルベーグ国だったんだ」
「だったらなんなんですか?」
ぶっきらぼうにそう言う翔にブリッドは、お前、好きな女のことになると余裕なさすぎだろ、と思い笑った。明らか馬鹿にされてると理解した翔は顔を顰めた。余裕もないし、しゅんりを守ることができない自分の力不足さは重々承知していたため反論できなかった。
「まあ、落ち着けって。試験担当者があの爺さん、ベニート・ホセだったんだよ。あいつ、試験内容変えてやりたい放題に暴れ始めて、受験生の手足ぼきぼきに折ったり、瀕死状態に追いやったりとかして大変だったんだよ」
「なっ……」
ベニート総括の暴君さに翔は言葉を失った。ブリッドはそんな翔の反応を見つつ、話を続けた。
「そん時、俺とその場にいた他のタレンティポリス達でなんとかあの爺さんを止めたって訳だ。俺はそんとき肋骨三本やられた」
卒業したてといはいえ、倍力化として有能と有名であり、強いブリッドでさえ重症を負ったことを知った翔は勢いよく立ち上がった。
「なら、余計にこんな試験、中止すべきだ!」
「できるわけねーだろうが、馬鹿」
ブリッドは憤怒する翔を見てタバコに再度火をつけた。
「そんなこと……!」
「じゃあ、お前止めて見せろよ。総括共が総出で賭けてんだ。俺達は拒否する権利なんてねえよ」
ブリッドは立ち上がって翔に近付き、タバコの煙を吐いて翔の顔にかけた。
「けほけほっ」
「だったら、しゅんりが怪我しないよう強くするのが俺の役目だ」
翔を睨み、ブリッドは胸倉を掴んで更に言い放った。
「次、邪魔してみろ。後々、後悔すんのはお前だぞ」
ブリッドの言葉に固まって動けなくなった翔を見てブリッドは満足したのか、翔から手を離して付けたばかりのタバコを消して、しゅんりを横抱きで抱き上げて歩き出した。
「え、しゅんりをどこに連れていくんだよ」
「今日はもうこいつ無理だ。ホテルに連れて帰るんだよ」
「僕も付いていく」
「はいはい、どうぞお好きに」
にやっと笑ってブリッドは後ろから付いてくる翔と共にホテルへと戻ったのだった。
しゅんりはカーテンの隙間から差す日差しによって目を覚ました。ゆっくりと起き上がり周りを見渡す。ホテルのベッドの上に寝ていたみたいだが、ここに戻ってきた記憶がない。うーん、なんで記憶ないんだろうとしゅんりは腕を組んで昨日のことを思い出そうと考えた。
昨日はタレンティポリスの総括が出席する緊急会議に行って、それから……。
「思い出した。私、ブリッドリーダーと訓練してたんだった」
翔達が訓練所から退室した後、ブリッドリーダーと訓練していたが、ブリッドの攻撃を再度まともに食らって意識を無くしたのだ。その後どうやって戻ってきたか思い出せないが、分からないものは仕方ないとしゅんりはすぐに諦めた。
「うう、体が痛い……」
這うようにしてなんとか洗面台に行ったしゅんりは自身の顔を見て悲鳴をあげた。右目の周りがパンダのように真っ青に染まっていたのだ。
「もう最悪!」
あの野郎、絶対仕返ししてやる!
そう心に決めたしゅんりはシャワーを浴びていつもの服を着た。
「ふはははっ! ひー、ひー」
会議室に到着したブリッドとしゅんりは前日の訓練の成果をナール総括に報告していた。右頬を腫らしたブリッド、右目を青く染めたしゅんりの二人の顔を見るなりナール総括は我慢することなく、二人を指差して爆笑した。
「ガルシア、笑いすぎだぞ」
「ひーひー、すまない、二人して顔を腫らしておるから、ついっ……」
一條総括の制止を聞いてなんとか笑いを堪えようとするナール総括であったが、目には涙が浮かんでいた。
「ナール様聞いてくれ、これはこいつが卑怯な手を使ったからこれは出来たのであって……」
「でも私がブリッドリーダーを攻撃したのは事実です」
この怪我は正当のものではないことを訴えるブリッドに対してしゅんりは胸を張りながらナール総括に報告した。
「てめえ、なにドヤってんだよ! 汚い手を使いやがって!」
昨日の出来事に対しまだ怒っていた事柄を堂々と言い張るしゅんりにブリッドは両頬を思いきりつねった。
「いひゃい、いひゃい! ひゃかやりょう!」
「いてー、ほんにゃろう!」
しゅんりも負け時とブリッドの頬に手を伸ばしてつねり返した。その二人の様子を見てナール総括は喜んだ。
「ほおほお、仲良くやっているみたいで安心、安心」
うんうんと頷き、満足そうな顔をするナール総括に対し二人そろって反論した。
「仲良くなんかない!」
「仲良くなんかねえ!」
綺麗に声を揃える二人に再びナール総括は笑い始めた。それを見て二人はお互いを睨み合いながら訓練所に向かって歩き出した。
「いいですか、いつか貴方をぶっ飛ばしてやりますから」
「ほお、それは楽しみだな、この腰抜け。この俺様に啖呵を切ったこと後悔させてやる」
言い合いをしながら歩く二人を見てナール総括は本当に安心していた。前任務にてブリッドはしゅんりに対して怒りの感情しかなかったが、今はしっかりと面倒を見ている様子であった。そしてしゅんりもブリッドのことを少しずつであるが信用してきてるようだ。
次に心配しないといけないのは二人に付いて行きたいのを我慢しつつ、父の近くで待機しているこやつだなとナール総括は翔に目をやった。
一條総括はそんな翔の肩に手を置いて、「行きたいなら言ってもいいんだぞ」と声をかけた。翔は悩みの原因であるベニート総括に目をやると、なんとベニート総括は大人気なく翔に対し中指を立ててきたのだった。
あんの糞爺!
翔は今すぐにでも殴りに行きたい気持ちを抑えて父親の前に立ち、ベニート総括を睨んだ。その様子を見て、胸をに熱いものが込み上げてきた一條総括はたまらず翔の頭を撫でた。
「な、父さん何すんだよ!」
「お前がこんな親想いに育ってくれて俺は嬉しい」
「おー、翔よ、よしよし」
「恥ずかしいから二人ともやめてくれ!」
一條総括とナール総括の二人から頭を撫でられ顔を真っ赤に染める翔に重々しい空気の会議室であったが少し和んでいた時、テーオ総括がハンソン総括を連れて入室したところで会議二日目が開始された。
訓練所では早速、しゅんりとブリッドは訓練を開始していた。
昨日とは異なり、しゅんりはいつものショートパンツにTシャツとラフな格好をしているためブリッドに何度か攻撃を仕掛けることが出来ていた。しかし、ブリッドはそれを軽々しく避け、しゅんりに何発か拳や蹴りを当てていた。
「うっ……」
「なにまともに食らったんだ、防御しろ、防御」
「そんなこと、言われても……!」
必死にブリッドからの攻撃を避けつつ返事するしゅんり。ブリッドなりに手加減しているつもりだが、一発一発の攻撃はしゅんりにしたら重かった。
埒が開かないな、そう思ったブリッドは一旦攻撃を止めた。それを見て休憩かと思ったしゅんりはその場に座り込み、上がった息を整え始めた。
「おい、なに休憩してんだ。立て」
「えー」
「口答えすんな」
口を尖らせるしゅんりの頭を軽く叩き、無理矢理しゅんりを立たせたブリッドにしゅんりは「本当に乱暴……」と呟いた。それを敢えて無視したブリッドは自身の腕を体の前に持っていき、守る姿勢をした。
「いいか、ここに目掛けて一発殴れ」
「え? いいんですか?」
「いいから早くしろ」
目を爛々に輝かせて嬉しそうに返事したしゅんりは遠慮なくブリッドの腕目掛けて一発拳をぶつけた。
「いったー!」
「ふん、ざまあ」
くっくっとブリッドは笑いながら手を痛めるしゅんりを見る。ブリッドの腕がとても硬くなっていたのだ。
「なんか鉄でも入れてるんですかそれ」
「んな訳ねーだろ。力込めて防御してんだよ。おら、お前もやってみろ」
そんなこと急に言われてもどうすればいいか分からないしゅんりは戸惑いながらも腕を前にして自身の体を守るようにしてみた。
「お前、速く走ろうとする時に足に力を込めるだろ。それを腕にやってみろ。筋肉を凝縮して固めるイメージだ」
「うーん、うーん、こうかな……」
ブリッドの言う通り、腕になんとなく力を込めてみる。それを見たブリッドはしゅんりの腕目掛けて拳をぶつけた。
「いっ!」
「そんなに力入れてねえぞ」
余りの痛さに蹲るしゅんりにブリッドはそう声をかける。まだまだ防御としては弱いみたいだ。
「ブリッドリーダー、痛い!」
「お前の力の込め方が弱いからだ。ほら、出来るまでやるぞ」
出来るまで私は何発も殴られなきゃならないのかと、絶望を感じながらしゅんりはブリッドに無理矢理立たされ、防御の訓練が再開された。
「よし、なんとか形になったな」
「うう、地獄……」
一時間、ブリッドから殴られ続けてしゅんりの腕が真っ赤になった頃、なんとか防御が出来てるだろうと言われる程度に腕を硬くすることが出来ていた。
「じゃあ次は俺が色々なところに攻撃を仕掛けるから瞬時に防御しろ」
ブリッドはそう言うとしゅんりから距離を取ると、再度攻撃を仕掛けてきた。
心の準備ができてなかったしゅんりは焦りながらブリッドの攻撃をなんとか避け続けていた。
「お前、避けたら意味ないだろうが」
「もうだめ、休暇! 休憩させて!」
「お前が倒れたら、休憩だ!」
鬼のようなブリッドのその言葉と共にしゅんりは足を掴まれ、壁に向かって飛ばされた。
「うわあ!」
「背中に集中しろ!」
ブリッドの言う通り、急いで背面に集中してみるが間に合わず、しゅんりはまともに衝撃を受けた。
「かはっ、こほこほっ」
「まだだ、出来るまでやり続けるからな」
咳き込むしゅんりの前に立ち、こちらを見下ろしてくるブリッドにしゅんりはたまらず目に涙を浮かべた。
あれから約二時間訓練は続き、やっと休憩を貰えたしゅんりはブリッドに借りたお金でパンを買って自販機の横で頬張っていた。
タレンティポリスの存在は一般人には知られておらず、警察も上層部に所属する者しか存在は知られていなかった。今回は軍事機関について話し合うため関係者が一週間会議するため、地下にある会議室を借りるという名目でしゅんり達は警察署に立ち入る事ができていた。そのため堂々と職員食堂や自販機なども使用できた。しかし、ウィンドリン国の方が規約が厳しく、警察署に出勤時は地下にあ限られた自販機で食料を調達するか外で食べるようにしていた。
ブリッドは外で優雅にランチするみたいだったが、しゅんりはお金を借りてる立場であるといことと、口の中が切れて硬いものは食べることができないため、質素にパンで済ましていた。
「あらら、しゅんりじゃない。こんなとこでなにしてるのん?」
「あ、お疲れ様です」
腰をくねくねさせながらこちらに歩いて来たのは魅惑化のルビー総括であった。
「やだ、可愛いお顔が傷だらけじゃない。貴方みたいに可愛いくて素晴らしいお胸を持ってる子がこんな野蛮なことするのは本当に勿体ないわ。今すぐ私のところに来なさいな。手取り足取り魅惑化の能力教えてあげるわよん」
ルビー総括はしゅんりの目の周りをそっと撫でながら魅惑化の部署へ移動するように勧誘した。ルビー総括はしゅんりの容姿を大変気に入っており、しゅんりを見かける度、自身の所へ来るよう毎度勧誘していた。
「はは、私そういうの苦手で……。ご遠慮しておきます」
性的な物や、自身にあからさまに好意を向けてくる男性に苦手意識のあるしゅんりはいつもルビー総括の誘いを断ってきた。初恋すらまだのしゅんりにとって魅惑化はハードルが高いと感じていたのだ。
「んー、残念。気持ちが変わったならいつでも来て。私は待ってるからん」
ウィンクしながら投げキスをしゅんりにしたルビー総括はまた腰をくねらせながら歩き出した。それを見てしゅんりはふと思った。
「あれ、ルビー総括、会議は?」
会議に出席せずふらふらと警察署を歩いているルビー総括を見てしゅんりは首を傾げた。
——同時刻、カミラはザルベーグ国の魅惑化にフリップの監視を代わってもらっていた。
やっと、休める……。ボーっとする頭でカミラは悶々と思いながら、今回この会議に付いて来たことを後悔していた。
この休憩はザルベーグ国の魅惑化がカミラを不憫に思い、フリップの監視を代わってくれたものだった。上司であるルビー総括は本当に自由人で、カミラにフリップの監視を任せて常にふらふらと仕事せず、どこかにほっつき歩き回っていたのだ。なんであんな適当な人が総括に慣れたのかしらと疑問に思いながら教えられた仮眠室に向かって歩いていた。
確かこの角曲がって直ぐだとか言ってたわよね。ボーっとする頭で角を曲がった時、カミラは誰かとぶつかった。
「ぶっ……!」
「うお」
ぶつけた時に少し痛めた鼻に触れながらカミラは目線を上にやって相手に謝罪した。
「ごめんなさい、ボーっとしてました」
「いや、俺こそすまなかった」
そう言って謝罪してきた人物を見てカミラは安心した。
「なんだ、ブリッドさんか」
「なんだってなんだよ」
タバコを口に咥えながらムスッとした顔をしたブリッドを見てカミラは、ははっと乾いた声で笑った。そんなカミラの様子を見てブリッドは眉を歪めた。
「お前、顔色悪すぎだろ。休めてんのか」
「いや、やっと休憩貰えて仮眠室に向かってたところです」
少しやつれた顔をしていたカミラにブリッドはルビー総括の事を思い浮かべて納得した。ルビー総括はまともに仕事しないという噂があったからだ。ブリッドは近くにあった自販機でスポーツドリンクを買い、カミラに渡した。
「いや、そんな悪いですよ」
「いいから素直に受け取れ、この前のお礼だ。前の任務では助かったからな」
じゃあな、ちゃんと休めよと言いながらブリッドはカミラの頭をポンポンと軽く撫でて去っていった。
そんなブリッドの行動にカミラの心臓は鼓動が早くなり、顔が熱くなる感覚した。
「何これ……」
カミラは自身の変化に動揺しながらペットボトルを強く握りしめて落ち着かせようとした。
ブリッドによるしゅんりの訓練は二日目から四日目まで防御を取得するための訓練に時間を費やしていた。
避けてばかりでは敵に隙を見せるだけとなり、一方的に攻撃を受け続けて反撃することは困難だが、攻撃を上手いこと防御できれば、反撃に出れることを学んだしゅんりは徐々にブリッドに攻撃を繰り出せるようになっていた。相変わらず傷も増えるし、口の中も切れてまともな食事出来ず、鬼のような訓練であったがしゅんりの気持ちは少し余裕が出来てきた。
ブリッドもそんなしゅんりを見て、訓練の時間を増やしていた。
「うう、もう無理……」
まだまだだやれると思っていた所でいきなりしゅんりはその場に倒れ込んだ。
「おい、俺はまだ休憩とは言ってねえぞ」
「ブリッドリーダー、一生のお願いです……。休憩を、休憩を……」
「お前、昨日もそんなこと言って一時間寝たじゃねえか」
お前の一生は一体何回あるんだとブリッドは呆れながらそのまま寝てしまったしゅんりを抱き上げ、ベンチに寝かした。
しゅんりを起こさないようにブリッドは訓練所を出て、近くにある自販機でコーヒーを買って一服をすることにした。お気に入りのジッポライターでタバコに火をつけ、タバコを吸う。頭がスーッと冴えてくる感じを味わいながら壁に保たれて頭を預けた。
「ブリッド、訓練の方はどうじゃ?」
ボーっとしていたブリッドはこちらに近付いてきていたナール総括に声がかかるまで気が付くことが出来ず、驚いてタバコを後ろに隠した。
「お疲れ様です、ナール様。あいつは今、エネルギー切れで寝てます」
「ふふ、隠さんでもよいぞ。翔から聞いた通り、ハードな訓練方法してるようだな。あのしゅんりがエネルギー切れとはな」
ナール総括は内ポケットからタバコを出し、口に咥えてブリッドに向けてタバコを見せた。
「ほら」
「ナール様、ここ禁煙ですよ」
「おぬしがわらわに言うのか」
ブリッドはナール総括のタバコに手を合わせながらジッポライターで火をつけた。そのブリッドの行動と言葉が一致しない様子にナール総括はふふっと笑った。
二人並んでタバコを吸いながらブリッドは少し歓喜していた。ナール総括が喫煙者だと知っていたが、その姿は見たことがなかったからだ。
自身より低い位置にあるナール総括の横顔に見惚れながらブリッドは煙を吐いた。相変わらず美しい。
「どうじゃ、しゅんりはグレード3へと上がりそうか?」
「あいつ……。しゅんりは正直、訓練する前からグレード3程の実力はあります」
「そんなことわらわだって知っておる。だからわらわの部署へと呼んだのじゃ。わらわが聞きたいのはあのベニートの奴の試験に合格できるかと聞いておる」
ブリッドの言葉に眉を歪めながら見上げてくるナール総括にブリッドはじっと見ながら返答を考える。正直、しゅんりが合格できるかどうかはあの暴君、ベニート総括を試験中にいかに楽しませれるかにかかっているとブリッドは考えていた。そのため攻撃をまともに受けて倒れれば試験など合格することはあり得ないし、しゅんりが大怪我する可能性もある。ブリッドはそれを考えて防御の訓練に時間を費やしていたのだ。今それが形になってきており、打たれ強くもなってくる。百パーセントいけるとはまだまだ言えないが、希望が見えてきた所だった。
もう少し時間があればなと思いながらブリッドはコーヒー缶にタバコを入れ、ナール総括に向き合った。
「必ずしゅんりをグレード3にして見せます。あんたの為に」
「わらわの為? しゅんりの為ではなく?」
今のブリッドはしゅんりをブリッドなりに可愛いがり、大事に育てているようにしかナール総括には見えていなかった。わらわの為か、と。ナール総括はふふっと笑いながら短くなったタバコを吸った。
「今はしゅんりの為もあるかもしれない。でも俺はナール様、あんたの為の俺でいたい」
「そうか」
ブリッドの言葉を聞いてナール総括はすっかり短くなったタバコをブリッドの持つコーヒー缶に捨てて、ブリッドに背を向けて歩き出した。
「俺は……、あんたのことが好きだ」
「知ってる」
ナール総括はブリッドの告白に顔だけ振り返り、意地悪そうな笑顔を浮かべながらそう一言だけ返答した。
それから一切止まることなく廊下を歩いて小さくなっていくナール総括を見て、ブリッドは再びタバコに火をつけて二本目を吸い始めた。
一時間後、ブリッドはしゅんりを叩き起こして訓練を再開していた。初日に比べて上達したしゅんりはブリッドの腹に蹴りを一発与えることができた。少し顔を歪めたブリッドに心の中にガッツポーズしたのも束の間、ブリッドに足を掴まれ、投げ飛ばされていた。
「へへーん、そう簡単にもうやられませんよーだ」
体制を変えて壁に足を着き、クルッと空中で回転して床に着地した。その時、たまたま壁に掛かっていた時計に目が行き、しゅんりは指を差して大声でブリッドに伝えた。
「あー! 終電!」
「え?」
しゅんりの言葉に時計へと目を向けたブリッドも声を上げた。
「あと五分しかねえじゃねえか!」
ブリッドは荷物をすぐまとめて、しゅんりを担いで走り出した。警察署の裏口から出て、最寄り駅まで通常十分かかるか、かからない程度である。疲労で早く走れないしゅんりを担いで走るブリッドもそれなりに疲れており、頑張って走ったが目の前で終電は行ってしまった。
「マジで最悪だ……」
「おわっ!」
しゅんりを地面に落としたブリッドは既に遠くに行き、小さくなっていく電車を見て呟いた。遠方から来た三国に用意されたホテルは一緒にならないようバラバラに用意されていた。ウィンドリン国のために用意されたホテルは警察署から三駅離れた場所にあるところに用意されていた。
まあ、歩いて帰れない距離でもないし、運良くあれば途中でタクシーでも拾うか。ブリッドはそう考え、地面に座り込むしゅんりを無理矢理立たそうとした。
「歩いて帰んぞ」
「もう無理……」
しかし、しゅんりは疲労でもう起き上がることが出来なかった。
「無理じゃねえよ、ほら立てって」
「ブリッドリーダー、おんぶ……」
「はあ? 何言ってんだ」
しゅんりの我儘に呆れながら再度立たせようとした時、駄々を捏ねる子供のようにしゅんりはその場に大の字に寝転んでしまった。
「やだ! もうここで寝る!」
「おまっ、なにしてんだ、恥ずかしい!」
「こちらとら毎日毎日、ボコボコに殴られて、体痛いし、しんどいし、口の中痛くてご飯まともに食べれないし、もう疲れたの! もう歩けません!」
ギャーギャー騒ぐしゅんりに駅員もこちらを伺うよう見てきて、ブリッドは頭を悩ました。
ふと目の前で神々しくライトがついている建物に目がいく。明らか高さそうだが今は選んでいる余裕はないようだ。
「わかった! わかったから、ほら行くぞ」
ブリッドのその言葉にしゅんりは勢いよく起き上がり、ブリッドに両手を広げて「おんぶ!」と声を上げた。イラッとしたブリッドはしゅんりの頭を叩きいてからしゅんりの腕を引き、駅前にあるホテルへと向かった。
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