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重々しい空気の中、四大国のタレンティポリス、総括出席の緊急会議が始まった。
会議内容は四大国の中央にあるアサランド国について話し合うこととなっている。アサランド国から襲撃を受けたのはウィンドリン国のみならず、他三国もほぼ同時に襲撃を受けていた。
「皆様ご存知の通り、我ら四大国に対し、アサランド国から戦争の火蓋を切られました。それをお互いどう協力し、どう対応していくかこの一週間で決めていきたいと思います。まずはお互いどのような被害が出て、どう対応したか報告していただきます」
「なら、開催地である我が国、ザルベーグ国から報告しようかのう」
司会者の言葉に一番に声を上げたのは白髪に長い顎髭を生やした老人、倍力化総括のベニート・ホセ総括だった。
「我が国にある警察署を五ヶ所爆破された。ここは爆破寸前に爆弾をワシが上空に飛ばしたため無事であったが、死者含め負傷者はえーっと、何人じゃったかのう」
「千五百六十二人ですよ、ホセ爺様。本当に私たち療治化総出で対応してもどうにもならなかったわ」
悔しげに顔を歪めながら療治化総括のオユン・ナイダンがベニート総括に変わって被害状況を報告した。
「そうすると今ザルベーグ国の警察機関はまともに機能してないということか、へー、ふーん、そうかー」
ダンディな顔を緩ませてニヤニヤとした顔をしながらそう言ったのはワープ国の武強化総括、ジャド・ベルナール総括だった。表上は協定を結んでいる四大国であったが裏では争い、時には戦争することもあった。ザルベーグ国とワープ国はつい三年前まで戦争しており、いま冷戦状況にあった。
「なんちゅう顔をしとるんじゃ、ジャド坊。今なら我が国、ザルベーグ国を堕とせるなどど思っていたとしたら勘違いするんじゃないぞ。その鼻っ面を今すぐ折ってやろうか」
「俺はもう四十五だぜ、坊はやめてくれよ爺さん。それにそんな物騒な事考えてねえよ」
ベニート総括は未だにニヤニヤとした顔を浮かべるジャド総括に襲い掛かりそうな勢いであった。それをオユン総括は「ホセ爺様、落ち着いて下さい。会議中ですよ」と宥めていた。
「やだわあ、物騒な人達ね。ねえ? ふぁんふぁん。ふふふ、そうよね、ふふふ」
チェングン国の育緑化総括、ハンソン・グランチェ総括は誰もいない所に向かって話し掛けて笑っていた。そんな不気味な様子にしゅんりはギョッとし、横にいるブリッドを思わず見た。ブリッドもハンソン総括の様子に不気味さを感じていた。
育緑化は急速に植物を成長させたり、植物を動かしたりできる能力であり、自然の保護や食物の育成などに主に関わっている。獣化程ではないがその能力を得る事は困難で全体的に少ない。そして育緑化の異能者は霊とか妖精が見えるなどと噂されている。それを今ここで説明するのはな、と思ったブリッドはしゅんりにしか聞こえない声で「気にすんな、知らんふりしとけ」と伝えた。ブリッドの言葉を聞いてしゅんりは見てはいけないものを見てしまっただけ、知らない、見てない、何も聞いてないと机に視線を移した。
「えーと、では次にジャド総括、ワープ国の被害状況を報告お願い出来ますか」
ハンソン総括の奇怪な行動のおかげでベニート総括とジャド総括の言い争いが収まったことに感謝しつつ、司会者は次にジャド総括にワープ国の被害を報告するよう伝えた。
「ああ、そうだな。ワープ国では一時的に国全体を停電された後、政府のパソコンをハッキングされた。武操化がすぐそれを止めて犯人を突き止めてくれたおかげですぐにこの俺様が敵をこれでバーンっと撃って一旦解決だ。ただ、敵にどこまで情報を見られ、全員仕留められたかはまだ不明、今調査を続けてる段階だ」
ジャド総括は自身の銃を見せ、ワープ国の現状を報告した。ジャド総括の報告が終わったことを確認した司会者は会議を進めた。
「なるほど、ありがとうございます。では次は……」
「あ、じゃあ次チェングン国の被害を報告しましょうか」
「そうですね、テーオ・ロメオ総括お願い致します」
未だに架空の存在に話しかけるハンソン総括ではなく、司会者は武操化のテーオ・ロメオ総括に話すよう指定した。ハンソン総括をチラッと見てからテーオ総括は掛けている自身の眼鏡を中指で軽く押してから話し始めた。
「我が国、チェングン国は緑が豊かである事が自慢であり、全土国約六割が森に囲まれております。それを仇に取られ、大規模な森火事を起こされました。ハンソン総括の育緑化中心に火事の収束を優先に動いた後、犯人を突き止め抹殺しました。急いでいたのもあり、犯人についてはまだ調査できておりません。あと、ハンソン総括は今回のことで心に深い傷ができており、今まともに会話することは困難なため、我が国についての質問は全て俺にお願いします」
「じゃあ何で連れて来たんだよ」
ジャド総括の言葉にその場にいた全員の者が心の中で頷いた。会議に参加できない者を連れてきて何も進展しないことに加え、今現に会議の妨げになっている。
「いや、俺も止めたんですが、どうしても来たいと言って……」
「うおおおお! あの悪魔共め、この私があいつらを毒殺、絞殺、圧殺、撲殺してやる! 楽に死ねると思うなよ、ファッキングー!!!」
今まで妖精に話しかけ、花畑のような世界にいたハンソン総括は涎をたらし、目を真っ赤に染めて怒りを露わにしながら急に中指を立てながら地獄の世界に降りた悪魔のような声で叫び始めた。
「ハンソン総括、落ち着いて、ほら、お外でお紅茶でも飲みましょう」
「やめろ、離せー! 今すぐあいつらをファックして内臓ぐちゃぐちゃにしてから肥料にしてやるー!」
付き人として来た女性に連れられてハンソン総括は汚いスラングを吐きながら会議室から退室した。スラングを言い叫ぶハンソン総括についブリッドはしゅんりの、一條総括は息子の翔の両耳を塞いだ。
「ちょ、父さん! そんなことされても聞こえるから! 子供扱いするなよ!」
「何言ってんだ、お前はまだ子供だろう」
父親に対する愛情を煩わしく思い翔は反論した。その反面、しゅんりは自身の耳を塞ぐブリッドの手の上に自身の手を重ねて目を瞑った。
あの人怖い、怖い!
ふるふる震えるしゅんりを横目に見てナール総括はブリッドの行動に少し感心しつつ、呆れもした。誰にでも甘やかされ、可愛がれるのはしゅんりの特権だが、これではこの会議にブリッドを連れて来た意味がない。
「ほお。ブリッド、意外じゃのう。おぬしでもしゅんりが愛おしく感じるか」
「ち、違いますよ。子供に対してこうするのは大人として当然ですから」
「それではしゅんりをこの会議に連れ、おぬしに教育係として連れてきた意味がないのだが?」
ナール総括の呆れた顔を見て、ブリッドはナール様はタカラ同様にしゅんりを甘やかすな、厳しく指導しろという事を求めているってことかと察し、しゅんりの耳から手を離し、こちらをすがる様に見てくるしゅんりからブリッドはなんとか目を逸らした。
ブリッドのその様子にナール総括はジッと見た後、司会者に話しかけた。
「最後にわらわ、ウィンドリン国について報告したらよいか?」
「ああ、そうですね。よろしくお願いします」
ナール総括は司会者から返答が来てから先日にあった事を話した。
「ニュース見たわよ、あの幻の生物、不死鳥現るってね」
オユン総括の言葉にジャド総括は笑い混じりで一條総括に話しかけた。
「おいおい、まさか獣化して移動したのかよ。それはどうなんだよ」
「時は一刻も争っていた。それにあの姿が一番早く移動できる」
「こちらを非難するではない。おぬしらにはできてないことをこちらはしておる。わらわ達は捕虜として敵を捕まえ、ここに連れて来ているんだ。文句を言うならなにか情報を渡すことだな。なあ、ジャドよ」
「……ふん、悪かったな。わかったから早く捕虜だせよ」
機嫌を悪くしつつもジャド総括の同意に他の総括も頷き、ナール総括は携帯で他の部屋で待機していたルビー総括に連絡し、その後すぐにルビー総括は妖艶に左右に腰を動かしながら会議室に入室した。
「ハーイ、皆様ご機嫌よう。こんなむさ苦しいところにルビー様が来たわよん」
「はいはい、ルビー様よ、それが捕虜か? さっさとそれ外して話させろよ」
ジャド総括は捕虜、フリップに付いている口枷を指して言った。その姿を見て思春期真っ盛りの翔は顔を赤くした。なんて卑猥な物を付けさせてるんだっ……!
その様子にナール総括はニヤニヤと笑いながら翔を見た。
「翔は愛いのう」
「……バカにしないでください」
ナール総括の言葉に翔は消え入りそうな声で反論した。
「ブリッドリーダー、あれなんなんですか?」
しゅんりは見た事ない口枷になんで翔があんな反応するのか分からず、ブリッドに質問した。
「ガキは知らなくていいやつだよ」
素っ気なく返答したブリッドにしゅんりはムッとしつつも大人しく黙った。
ルビー総括の後ろにはカミラが付いて来ており、カミラは勢いよくフリップから口枷を外し、頭を踏みつけた。
「いい、暴れたりしたら容赦しないわ。貴方が今知ってること全て話しなさい」
フリップは意識が朦朧としている中、カミラの指示を脳内に入れた。フリップの中で今カミラは主人であり、洗脳されていた。
俺が知ってる事、話せってか。
「俺、は、元タレンティポリスだ。任務にしくじってアサランド国に行った……」
フリップの言葉に会議内が騒めく。なんと、敵に元味方がいたのだ。
「で、貴方は今何処に所属しているの」
「エアオールベルングズ……」
「それが貴方が所属する団体ね、目的は?」
「目的……」
「そうよ、目的」
カミラの質問を聞き、フリップは微かに残っていた理性で考える。何で俺はエアオールベルングズに入り、何をしたかったのか。
三十年程前、まだ十代であった俺は荒々しくであったが偉そうな人間の指示で同じ異能者を制圧して人間の安心できる環境を維持していた。それを誇りに思い、全力を尽くしていた。たった一回だけ、一回だけの失敗で俺はウィンドリン国に居れなくなりアサランド国に逃げた。異能者だと思って殺した奴は人間だったのだ。タレンティポリスは俺を守ることなく死刑判決を出した。牢に入った俺はなんとかして逃げた。あれ? 何で逃げれたんだっけ……。目の端に映っていた男にフリップは目線を向けた。
ああ、友よ……。
「翼翔……」
「フリップ……」
フリップは一條総括を見て目に涙を浮かべた。はは、俺は何処で何を間違えたんだろうな。
「質問意外喋らないで。貴方達の目的は?」
カミラはフリップの頬を足で叩き、魅惑化の能力を強める。甘い香りにフリップの残っていた理性は消え失せた。
「目的……、それは異能者のための世界を作るため、人間を支配し、殺す……」
フリップの言葉にその場にいた者全員、息を呑む。それはこの世界にいるたった0.0002%の異能者のために全ての人間を支配し、殺すというのか。それは余りにも残虐すぎる。
「こんな有能な能力を持った我々を蔑む人間に鉄槌を与えるのがエアオールベルンクズだ……」
静まり返る会議室にルビー総括は手を叩き、フリップを讃賞した。
「うん、素晴らしいわ! やり方そこ間違ってなければ私もそのエアオールベルンクズに入りたいわ。でもね、やり方を間違った貴方達が世界を支配する権利はない。私達は今まで通り人間に蔑さまれることになろうと人間とこの世界を守るわ」
「その通りだ。フリップ、お前は間違ってしまった。同情するが、もう俺はお前を助けれない」
そう言う一條総括の言葉はもうフリップには届くことはなかった。
——カミラによってフリップを退室させた後、再び話し合いが行われた。
「では、四大国間でこの現状を打破するため協定を結びたいと思います」
「協定? 既に結んでいるじゃないですか」
テーオ総括は司会者の言葉に疑問を投げた。それに対し、ベニート総括は鼻で笑った。
「俺はなにかおかしい事を言いましたか?」
「ああ、おかしいぞ、おかしい。そんな協定など無いに等しいではないか。今回結ぶ協定はそうでは無い。約束を破ればあの浅ましいアサランド国同様、残った国々でチリになるまで八つ裂きにしてやるという協定を結ぶのじゃ」
ベニート総括の言葉にそれぞれの総括はそれをお前が言うのかと顔を歪めた。
「お言葉ですがベニート総括、その言葉のちのち自分の首を絞めたりしませんかね」
テーオ総括の言葉にベニート総括は目を細めた。ザルベーグ国が戦争をしてきたのはワープ国だけではない。ザルベーグ国は代々、倍力化の総括が率先して他の三国と幾度となく戦争を繰り返してきた武装国なのだ。
「同意じゃ。わらわは十八年前の事、忘れてはおらぬぞ」
「だまれ、小娘め。ワシだってそこにいる化け物の事は忘れておらぬ。あの忌まわしき不死鳥とやらに我が軍は壊滅寸前まで落ちたのじゃ」
ナール総括は腕を組み、今にもこちらに飛び込んできそうなベニート総括とお互い睨み合った。ベニート総括は次に一條総括に目を向け、いやらしく笑いかけた。
「おい、化け物よ。おぬし、あの不死鳥とやらになった後、最低一週間は獣化できぬと聞いたことあるが本当かのう」
「本当だ。今、俺は獣化はできない」
ウィンドリン国一の力を持つ一條総括が今、無力であることを知ったベニート総括は声を高々に上げて笑った。
それに対して翔はその場で立ち上がり、父を守るように手を広げた。
「おい爺さん、父に手を出すようなら僕が相手になってやる」
「ほお、小童。このワシとやり合うつもりか」
「翔、座れ」
父の言葉を無視し、楽しそうに笑うベニート総括を翔は睨み、声を荒げた。
「ああ、そうだ。父に手を出すようなら容赦しない!」
「翔、落ち着け」
「来いよ、爺さん」
翔のその言葉に机に乗り上げたベニート総括を見て一條総括は翔の頭を掴み、机に叩きつけた。
「翔君!」
メキメキと音を立てて真っ二つに割れた机に叩きつけられた翔にしゅんりは駆け走り、肩を抱いて翔を起こした。
「いてて……」
擦り傷を少し負った翔は一條総括を睨んだ。そんな翔を無視し、一條総括はベニート総括へと声をかけた。
「ベニート総括、我が息子が大変失礼した。どうも俺が大好きなファザコンに育ってしまったみたいだ。これに面して許してくれないか」
言葉ではベニート総括に許しを請う一條総括であったが、その様子は明らかに憤怒していた。
獣化だけでなく倍力化も使いこなす一條総括に周りの総括達も唾を呑み、この緊迫した場面を静かに見守っていた。
そんな時、一條総括の隣に座っていたナール総括が立ち上がり、手を叩いた。
「はい、一旦この話は中断しようぞ。こんな話ばかりでは鬱々するだろうと思い、わらわから提案がある」
突拍子もない話をし始めるナール総括を一斉にその場にいる者は見た。その事を確認したナール総括は翔に寄り添うしゅんりを無理矢理立たせ、後ろから抱き寄せた。
「ここに倍力化のグレード2のしゅんりというわらわの可愛い部下がおる」
「え、ナール総括?」
「ふふ、黙っておれ」
困惑するしゅんりはナール総括を見て声をかけるがそれをナール総括が人差し指をしゅんりの口元に持って行き、黙らせた。
「この者は特に倍力化の訓練せずにグレード2を取得した武強化の異能者だ。この会議が行われる一週間でグレード3まで昇格させようと思っておる」
ナール総括の言葉に部屋にいる者が騒めいた。中には無理すぎる、そんな短い期間でできるわけないなどという言葉も聞こえた。それを無視し、ナール総括は話しを続けた。
「皆知ってる通り、グレードの昇格は年に一度、卒業試験とともに行われておる。だが、異例もある。その能力を持つ総括に特別にグレードの昇格を許可された時じゃ」
「それならお宅で勝手にやればいいだろ。なんでわざわざ今すんだよ」
ジャド総括はナール総括に意見した。それに対し、ナール総括は溜め息をついた。
「分かってないのう。こんな時だからこそ一興を用意したのじゃ。それにわらわが自身の部下に許可下ろしただけじゃ面白みがない。グレード昇格の試験をベニート総括、おぬしに頼みたい」
「ナール総括!?」
「ナール様!?」
しゅんりとブリッドは同時に驚き、ナール総括の名を呼んだ。そして翔は勢いよくナール総括の前に出て反論した。
「ナール総括、しゅんりをなんだと思ってるんだ! おもちゃじゃないんだぞ!」
「翔、次は机だけでなく、床にも口付けするか? おぬしは黙っておれ」
手をポキポキと鳴らして冷たく言い放つナール総括に翔は息を呑んだ。それを見たナール総括は再び笑みを浮かべ、しゅんりの後ろから両手を出し、胸を強調するよう寄せた。
「やだ、ナール総括!」
「どうじゃ、このわらわの可愛い部下と一週間後遊んでやってくれぬか?」
しゅんりの抵抗を無視してナール総括はベニート総括に問いかけた。
「ふふ、ふふははっ! 良かろう、その試験、ワシが請け負うぞ」
ベニート総括は大きな声で笑い、昇格試験を受けたことを見てナール総括は満足したように頷いた。それに対して同じ国の総括であるオユン総括は険しい顔をしてこの試験を否定した。
「私は反対です。たった一週間で特に訓練してない異能者がグレードを上げるなんて無謀すぎます。その程度の訓練で厳しいホセ爺様の許可が降りるはずないわ」
「わららの部下を舐めるなよ、そこのアマ。ならばどうだ、賭けようではないか」
「賭け?」
下品な言葉に顔を歪めたオユン総括はナール総括に問いかけた。ナール総括は満面の笑みを浮かべながら、しゅんりから離れて自身のカバンから札束を出して机の上に置いた。
「ここに百万イェンある。わららはしゅんりが一週間でグレード3になることに賭ける。これでわらわが本気だということが分かっただろう? どうだ、他の者も賭けるか?」
ナール総括の言葉に驚きの余り、しゅんりとブリッドは口が開いて閉じれなかった。
タレンティポリスとまでになるとそれなりの給料は出る。もともとグレード3を使用できる異能者が少ないこともあるが、命をかけて働く仕事内容に加えてと、人間に反論させないようにとの判断であると考えられている。
それであってもそんな大金を賭けるナール総括に驚く二人に反して、他国の総括や補佐、付き人のタレンティポリスは賭けに賛同し、次々にお金が集まっていった。
「ワシも賭けれるのか、ナール総括」
「そなたは当の本人だから無理だ」
「それじゃ、面白ない。なにか褒美がないとな」
ベニート総括は賭けに乗れないことに不満を漏らした後、しゅんりの隣にいるブリッドに目がいった。
「その青髪の。ワシはお前と会ったことあるか?」
突然話しかけられたブリッドは驚き、ベニート総括を見てすぐ顔を顰めた。
ああ、会ったことあるとも。
苦い思い出を思い出すブリッドに反してベニート総括は満面の笑みを浮かべてナール総括に提案した。
「その小娘がグレード昇格しなかった場合、あの青髪とやらせてくれないかのう」
「ほお、何故?」
「青髪の卒業試験、ワシが担当してのう。それはそれは楽しい試験じゃった。どれほど成長したか見たくてな。どうせその小娘はグレードは上がらんからな。楽しみをワシにくれ」
唇を舐めずるベニート総括にブリッドはその時のことを思い出し、そしてしゅんりを軽く見たことに怒り手を強く握りしめた。ああ、この賭けに乗ってやるとも。
「舐めんなよ、この糞爺。絶対にしゅんりのグレードは俺が上げさせてやる。俺も賭けるぜ、三百イェンだ!」
バンっと勢いよく机を叩きながら高々とブリッドは宣誓した。こんな糞爺にまた負けてたまるか。
「それは面白い。お前が小娘の訓練を担当するのか。ほーほー、楽しみじゃ」
「皆の者、楽しんでくれてわらわは嬉しいぞ。ベニート総括、訓練所あるだろう、此奴らに貸してやってくれんか」
「いいだろう。おい、案内してやれ」
「分かったぜ、爺ちゃん」
後ろで待機していた青年はベニート総括の指示のもとブリッドとしゅんりを訓練所へ案内しようと入口に向かった。ブリッドは混乱の余り動けてないしゅんりを猫のように首元を掴み、誘導した。
「おら、時間がねえんだ、行くぞ」
「や、ちょ、待って!」
いきなり引っ張られたしゅんりは慣れないヒールで必死に付いていった。
そして入口に立った時、ブリッドは会議室を見渡し、その場にいる全員にいやらしく笑いかけた。
「あんたらがしょうもない会議している間に俺はこいつを倍力化のグレード3にして、世界を守るヒーローにしてやるわ。どうぞ、ちんけで愉快な一週間を過ごすことだな」
そう捨て台詞を吐いたブリッドはしゅんりを引っ張りながら退室した。
「僕も付いて行く!」
翔はしゅんりのことを案じて咄嗟に三人に付いて行ってしまった。
「あーあ、翔の奴、行ってしまったぞ」
「うん、青春だな」
残念そうに翔の背中を見ながらナール総括は一條総括に声をかける。誰が見ても明らかにしゅんりに恋していることは皆知っていた。そして父親である一條総括もそれは知っており、息子の恋を心ながらに応援していたのだった。
青年の案内でしゅんり、ブリッド、翔の三人は地下にある訓練所に到着していた。道中しゅんりは明らかに憤怒しているであろうブリッドの背中を見ながら困惑していた。自身が教える異能者が絶対グレード3へと昇格できないと言われ、気分を害することは容易に想像できる。しかし、三百イェンも賭け、あそこまで怒るなんてしゅんりには理解できなかった。
「着いたよ。こんな時だ、今はここを使う奴はいないだろうから一週間好きに使っていいよ」
他三国に対し、ザルベーグ国の被害は大きく、タレンティポリスのほとんどは事態の収拾のため動いていた。そのため訓練所を使用する者はいない。理由はともあれ、今の二人には好都合であったことに複雑な気持ちになりながらしゅんりは訓練所を見渡した。
全面コンクリートで作られており、冷んやりとしていた。端にベンチがいくつか置いてあり、壁には銃や棍棒、剣などの武器が吊るされており、奥には倉庫と思われる扉があった。
通常、倍力化の訓練は岩や重りを使ってどれだけの重さを持ち上げられるか、脚に力を込めて早く移動できるか、飛べるかなどど、身体計測を基本行って判断される。あの倉庫にその道具があるかもしれないと考えていた時、ブリッドはスーツのジャケットと靴を脱ぎ、ネクタイを取ってボタンをいくつか外した。
「おい、お前も身軽な格好しろよ」
「え? あ、着替えは……」
「そんな時間ねえっつってんだろうが、今すぐやんぞ」
ブリッドはワイシャツの腕を捲り、しゅんりにも準備するよう再度促した。
「う、わかりました……」
確かに時間は惜しい。
しゅんりはヒールとジャケットを渋々脱ぎ、ブリッドに向き合った。
「お前、あとホテルに帰ったら金返せよ」
ブリッドは自身の金で買ってあげたしゅんりのスーツを見てそう言った。それを聞いたしゅんりは顔は引き攣りながらブリッドを見た。
「一週間後でもいいですか? そしていくらかお金貸してください」
「はあ!? お前まさか財布ごと家に忘れたのか!」
「はい、そうです!」
悪びれ無く、胸を張ってそう言うしゅんりにブリッドは額の上に血管を浮かせた。
「堂々と何抜かしてんだ!」
ブリッドは声を荒げながらいきなりしゅんりに向けて拳を振り下ろしてきた。
「ちょ、ブリッドリーダー! これ訓練ですか!? 何か重りとか使うんじゃないの!?」
「んな面倒臭いことするか。俺がお前をぶっ倒し続けた方が早い!」
次々に向けて来るブリッドの攻撃をなんとか避けるしゅんりを翔は止めようと出ようとした。しかし、それは青年によって止められた。
「な、何すんだよ! 離してくれ」
「いやー、それは不粋ってもんよ。それにあの訓練方法一理あるぜ。あの兄ちゃんは重りにもなるし、測定器にもなる」
確かにそうかも知れないがこんな野蛮な訓練をしゅんりにさせるなんて、僕は耐えられない!
青年の手を振り解こうとした翔は青年の腕を捻り上げようとした。それを瞬時に把握した青年は腰を低くし、翔の脚を蹴り飛ばした。
「うわ!」
見事にひっくり返った翔は上からニヤニヤと見下ろしてくる青年を見た。
「あんたのそのいやらしい顔、あの爺さんにそっくりだな」
「褒め言葉として受け取るぜ。俺は爺ちゃんの孫で倍力化の補佐、ヴァンス・ホセだ。なあ、獣化の補佐君、これ以上俺とやり合ってあの二人の邪魔をするのと、訓練を見守るのとどっちがいい?」
翔は青年、ヴァンスの言葉を聞き、その場に大人しく座った。ヴァンスの言う通り、二人の訓練を見守ることにしたのだ。
「いい子、いい子」
ヴァンスの子供扱いする言葉にムッとした翔だったがヴァンスを無視してしゅんりとブリッドを見た。
しゅんりは相変わらずブリッドからの攻撃を避けることしか出来ずにいた。自由に動いて反撃したいがしゅんりは短いスカートを着用しており、下手に動けば下着が見えるかもしれないと危惧していた。せめて、会議室にあるもともと着ていた服に着替えさせて欲しい。しかしそう言っても今のブリッドは顔を縦に降らないであろう。
「おら、何やってんだ、反撃しろ、よ!」
「うっ……!」
ブリッドはしゅんりの後ろに周り首元を腕でホールドした。息が苦しいとしゅんりはブリッドの手を叩いて訴えるがブリッドの拘束は解かれることなく強くなっていった。力が抜け、その場にしゃがみ込むしゅんり。ブリッドに背を預けるぐらい力が抜けてきた時、しゅんりの中で沸々と怒りの感情が出てきた。
なんで、私はこんな理不尽な攻撃を受けてるんだろう。総括達には楽しみのネタにされるし、下手したらあのお爺さんにボコボコにされるかもしれない。ていうか、なんでブリッドリーダーにこんな痛い思いさせられなきゃいけないわけ?
しゅんりはどうにかしてブリッドに仕返ししたいと考えた。そして仕返し方法を思い付いたしゅんりは訓練所の入口を指して、なけなしの声を出した。
「あ、ナール総括!」
「え、ナール様?」
ブリッドの視線が入口に向いた瞬間、両手を床に付き、反動をつけて後ろにいるブリッドに向けて右脚を蹴り上げた。
「隙あり!」
「うっ!」
ブリッドの右頬に見事にしゅんりの蹴りがクリーンヒットした。その瞬間、しゅんりが危惧した様に見事にヴァンスと翔に下着が露わになった。
「おお、白のフリフリ」
「見てない、僕は見てない!」
ヴァンスはしゅんりの可愛らしい下着を見ていやらしく笑った。それに反して翔は心の中でしゅんりに謝罪しながら顔を真っ赤にして顔を伏せた。
「てめえ、卑怯だぞ!」
「やめてって腕叩いたのにやめてくれなかったからよ! バーカバーカ!」
「ふざけんな!」
その言葉と共にしゅんりの目の前にブリッドが現れた。まさに瞬間移動したかのように一瞬で移動したブリッドはしゅんりの顔に向けて拳を振りかざした。弧を描くよう吹き飛び、しゅんりは床に倒れ込んだ。
「しゅんり!」
起き上がらないしゅんりを見て翔はしゅんりの元へ駆け寄り、上半身を抱き上げた。
「ふあ、チカチカ……すりゅう……」
「しゅんり、しゅんり、僕が分かる?」
翔の声はしゅんりに届くことなく、その後すぐにしゅんりは翔に抱き上げられたまま意識を失った。
「ちっ、こんなんで伸びやがって。おい、お前、水かなんか買ってきてくれ」
「えー、俺?」
面倒くさそうな顔をするヴァンスにブリッドは小銭を投げ渡した。
「うっせえな、タダで見学できると思うなよ。さっさと買ってこいよ」
「お釣りはもらうからねー」
ブリッドからお金を受けとったヴァンスは面倒臭そうにしながら訓練所を出た。翔はしゅんりの頬を優しく叩き、声を掛け続けていた。その様子を見てブリッドは舌打ちをした。
「なんですか?」
「ああ? 言わねえでも分かるだろ」
「こんなの野蛮すぎる。他に方法はないんですか」
ブリッドの舌打ちに反応し、この訓練方法に翔は異議を申し立てた。ブリッドがどうしてこの方法を取ってるかなにも分かってない翔にブリッドは更に苛立って、翔からしゅんりを奪い取り、床に寝かせた。
「ちょっ……」
「あいよ、買ってきたよー」
翔がブリッドの行動に文句を言おうとした時、訓練所にヴァンスがペットボトルに入った水を三本買って戻ってきた。
「ああ、助かった」
ヴァンスが一本こちらに投げて寄越したペットボトルを無事に受け取ったブリッドはキャップを開けて、逆さまにしてしゅんりに向けて水をかけた。
「おら、起きろ」
「ぶふっ、けほけほ!」
「あんた、本当にいい加減にしろよ!」
しゅんりに対してとことん乱暴に扱うブリッドに翔は我慢できずブリッドの胸倉を掴み、殴り掛かろうとした。それを見たヴァンスは翔を後ろから羽交い締めにしてそれを阻止した。
「どうどう! 獣化の補佐君、落ち着つきなよ」
「これが落ち着いてられるか、離せ!」
暴れる翔を見てブリッドは溜め息をついて、翔に対して手をしっしっとひらひらとさせた。
「もういいからお前、会議に戻れ。邪魔だ」
「絶対に戻らない!」
「でも、戻らないと君のお父さん、俺の爺ちゃんにやられるかもよ?」
後ろからヴァンスに言われて翔は顔を後ろにやる。ヴァンスは困った顔をしながら翔に話しかけた。
「いや、孫の俺が言うのもあれだけど、あの爺ちゃんすぐ理性無くなるからさ、なにかきっかけあればあんたの親父さんにすぐ噛み付くぜ。一回暴れ始めたら俺は止められないからね」
ヴァンスの言葉に翔は暴れるのをやめた。今、父は獣化ができない状態にある。倍力化をグレード3を所有していると言っても、それ一本でやってきたあのベニート総括に勝てるかと言われれば、ほぼ負けは確定だった。
「翔君、私は大丈夫だから会議に戻って一條総括を守ってあげて」
意識を取り戻したしゅんりは翔にそう言い、ゆっくりと立ち上がった。
「ほら、もう大丈夫だから」
フラフラとしながらもしゅんりは翔を心配させまいと振る舞った。明らかに大丈夫ではない状況だが、しゅんりのその行動を見て翔は尾を引かれる思いをしながら入口に向かって歩き出した。
「わかった。しゅんり、無茶はしないでね」
「翔君、ありがとう」
翔に続いてヴァンスも会議室に戻って行った。自分を唯一心配してくれる翔が居なくなって心細くなったしゅんりであったが、これ以上翔に心配させまいと訓練に集中することにした。
「おう、やれるか」
「……やれます。あ、でも髪べちゃべちゃ」
水に濡れて顔に張り付く自身の髪が訓練に邪魔になると思ったしゅんりは床に落ちていたブリッドのネクタイに目がいった。
「ブリッドリーダー、これ借ります」
「あ?」
ブリッドの承諾を得る前にしゅんりは勝手にブリッドのネクタイをリボンのように扱い、髪を一つ結んだ。
「よし!」
「よし、じゃねえよバカ!」
どんどん図々しくなってくるしゅんりにブリッドは頭を叩いた。
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