二章 緊急会議と訓練

 しゅんりは電車のホームのベンチに座り、空を見上げた。綺麗な青空に反してしゅんりの心中は晴れていなかった。

 あの後、急いで本部に戻り、緊急会議がある隣国ザルベーグ国へと向かうべく、一条親子、ナール総括にしゅんり、ブリッドの五人は電車に乗って飛行場へと向かっていた。

「しゅんり、良かったら食べるかい?」

 鬱々とした気持ちで空を仰ぐしゅんりに翔は売店で売っていたしゅんりの大好物のワッフルを渡した。

 体を休める暇もなく移動する五人は疲労でいっぱいであった。特にしゅんりは心身共に疲労し、明らかに元気がなかった。いつもなら遠慮するなり、感謝を述べるしゅんりだが、無言で翔からワッフルを貰って口に含んだ。サクッとした生地とザラメの食感にバニラエッセンスのいい匂いをするワッフルにしゅんりは薄らと涙を浮かべた。今、優しくされるとすぐ泣きそうな程しゅんりは限界であった。

「しゅんり……」

 俯くしゅんりの頭に触れようとした翔であったが寸前のところで止める。しゅんりは好意を示してくる異性に触れられるのを極度に嫌がるのを知っているからだ。僕はしゅんりに対して非力だな、と思い触れようとした手を握る。情け無い気持ちでいっぱいになっていた時ブリッドから声がかかった。

「おい、お前らさっさと電車乗れ。来たぞ」

 その声にしゅんりは急いでワッフルを頬張り、翔と共に電車に乗車した。その後しゅんりは窓から見える景色を見ながら考える。学校では専攻しなくても倍力化のグレード2を取得し、武強化の能力については同世代の中では自分が一番使いこなし、異能者として群を抜いて強いと自負していた。しかし、そんな自分であってもたった一週間で倍力化をグレード3にする自信はなかった。しかも今現在、自分は万全の状態でもない。そして一番不安なのは目の前に座るこの男だった。

「ああ? 見てんじゃねーよ、腰抜け」

 自分を睨みつけながら腕を組むこの男、ブリッドであった。あの事があってから明らかに当たりが強くなったこの男に胸が痛み、怖いとすら思った。そう、私が悪い、今の自分にはなにも言い返す権利はないのだ。

「あんた本当にやめなよ。しゅんりだって反省してる」

「へー、本人から聞きてーなー。おい、なんか言えよ、しゅんり」

 しゅんりを保護するよう弁解する翔にブリッドは突っかかる。また二人が私のせいで言い合うのかとしゅんりは俯いた。

「おぬしら止めんか、騒々しい」

呆れた顔をしながら通路を挟んで隣の席に座るナール総括が言い合いを止め、餓鬼共がと小さく呟き、頬杖をつく。

「はっ、申し訳ございません」

 ブリッドは椅子から降りてナール総括の前へと跪いた。その姿を見たナール総括の前に座る一条総括はブリッドに対して親指を立ててグッドサインを出した。

「若いな。いいぞ、血の気がある奴、俺は好きだ」

 そんな一條総括にブリッドは顔を引き攣らせながらなんとか笑みを作った。

「あ、ありがとうございます」

「だが、電車は揺れて危ない。席に戻りなさい」

ブリッドの頭をポンポンと一条総括は撫でて、席に戻る様に促した。なんとも言えない気持ちになりながら素直に席に戻ったブリッドは翔を見る。

「……言っていいか?」

「言わなくていいです。ああいう人なんです」

 恥ずかしい気持ちにかいなまれながら翔は顔を俯いた。ああいう恥ずかしいことを平気でする父に翔はいつもこんな気持ちにさせられているのだ。

「わらわの頭は撫でてくれぬのか?」

「そんな歳ではないだろお前」

 小さい声で甘えるナール総括に一条総括は素っ気なく返事した。そんな二人の会話は三人に聞こえる事はなく、会議が行われるザルベーグ国へと五人は無事に到着した。

 一週間宿泊するホテルに到着したしゅんりはベッドに横になりながら会議が始まる時刻まで資料に再び目を通していた。

 会議はザルベーグ国の首都、マリン市の警察署の会議室で行われる。四大国それぞれに七人の総括が就任しており、今回はアサランド国から襲撃を受け、対応した部署の総括が代表して会議に出席することとなっている。

 本国、ウィンドリン国からは一條総括、ナール総括、そして魅惑化のルビー総括の三人。今回、ルビー総括は前任務で捕まえたフリップを連れてくるため別ルートでこちらに向かって来ることとなっている。ウィンドリン国から見て北側にある国、チェング国では育緑化のハンソン・グランチェ総括、武操化のテーオ・ロメオそ総括の二人が出席する。続いてウィンドリン国から北東側にあるワープ国からは武強化のジャド・ベルナール総括の一人、そして今回来たザルベーグ国は倍力化のべニート・ホセ総括、療治化のオユン・ナイダン総括の二人の総勢八人の総括が集まる。表上、お互い協定を結んでいる四大国は一年に一度、総括同士が集まり会議している。しゅんりは一度だけ学生の頃、学生の代表としてその会議を見学しに行ったことがあった。その時の会議は重々しく、お互いの悪いところを突き合っていた印象があった。そこに私も行くのかと気持ちが更に沈んだ時、ノックの音が聞こえた。はっ、もうそんな時間かとしゅんりは急いでショートブーツを履き、いつも着ているナイロンジャケットを身につけた。

「ごめんなさい、もうそんなじ、かん……」

「いや、少し早いけど早めに行こうって話になって。しゅんり、待つから着替えておいで」 

 部屋の前にはキチッとスーツを着込んだ翔はいつものショートパンツにブーツ、そしてTシャツにナイロンジャケットとラフな服を着込んでいるしゅんりにそう声をかけた。翔の後ろには翔同様に正装した一條総括とナール総括、そして少しスーツを着崩して着込んでいるブリッドがいた。

「え、と……。その、服……」

「え? 僕変かな?」

 しゅんりの様子がおかしいことに気が付いた翔は自身の着ているスーツを確認する。そんな二人のやり取りを見たブリッドは察した。

「お前、まさか、正装用意してないのか?」

「何を申しておるブリッド。そこまでしゅんりは馬鹿ではないだろうに」

ナール総括の言葉にしゅんりは冷や汗がばっと出てくる。ブリッドリーダーの言う通りです。私、馬鹿みたいです。

「えへ、えへへ……。すみません」

「マジかよ……」

絶句する四人を見てしゅんりは自身の着ているジャケットを持って、「これじゃダメですよね?」と上目遣いで見た。流石のしゅんりのその愛らしい表情でも今回は誤魔化すことはできず、ブリッドはしゅんりの頭を叩いた。

「ダメに決まってんだろバカ!」

 

 

 

 女性物のスーツが売られている店に来ていたブリッドは試着室の横で待機していた。

 イライラしながら腕時計を何度も見ながら試着室越しにしゅんりを睨んだ。ナール総括から「今回しゅんりの教育係はおぬしだからな、任せた」と言われ、ブリッドはしゅんりのスーツの購入に付き合わされる事となったのだった。確かに倍力化のグレードを上げるように言われたがここまで世話するとは聞かされてなかったぞ。あの時付いていくなんて言わなければ良かったとブリッドは本気で後悔していた。そしてイライラする理由はもう一つあった。適当に選べば良いのにしゅんりはあれはやだ、これはやだと服を選んでいたのだった。今もだ、試着室で店員と「こんなの嫌です!」と揉めていた。怒りの頂点に達したブリッドはカーテンの向こうにいるしゅんりに声を荒げた。

「しゅんり! もう時間ねえんだ、なんでもいいから早く決めろ!」

「決めれるなら決めてますよ! 胸が、いや、これ露出多いですって!」

「いやいや、お客様、そんな良い物持ってんだから出していきましょうよー、ほらお着替え完了!」

 楽しそうにしゅんりを着せ替え人形として遊ぶ店員にも限界が達したブリッドは勢いよくカーテンをあけた。しゅんりはスリットの入ったタイトな黒のスカートを着用し、大きくV字に広がった白のシャツの上に黒のジャケットを着用していた。

「ちょ、着替えていたらどうするんですか!」

「着替え完了って言ってただろうが」

 批判するしゅんりに悪気なく言うブリッドにしゅんりは顔を真っ赤にして怒った。

 確かに四大国の会議に正装が必要だと知らなかった私が悪いけども、これはデリカシーがなさすぎる!

「彼氏さん、どうですか? セクシーでしょ?」

 彼氏じゃねえからと、そう言おうかと思った矢先、店員はしゅんりの胸を両手で押し、胸の谷間を更に強調してブリッドに見せた。

「おお」

 しゅんりに興味のないブリッドであったが流石の迫力に声を上げた。そんなブリッドの様子に更に顔を赤くしたしゅんりは胸もとを両手で隠し、「やめてー!」と叫んだ。

「お願いします、ワイシャツに着替えさせて!」

「でも、ワイシャツだったらボタン取れそうなぐらいパツパツだったじゃないですかー」

「男物もあるでしょ! それください!」

 胸元が強調される今の服装に不満のしゅんりは店員にまた違う服を要求し始めた。これ以上は遅くなれば本当に会議に間に合わないなと思ったブリッドはしゅんりの手を引き、レジに向かった。

「おい、もういいだろ。行くぞ」

「なっ!? ダメです、ダメです!」

「うっせえな、時間ないんだよ。さっさと払え。店員、勘定」

「はいはーい」

 手際良くレジを打つ店員と上から睨んでくるブリッドに反論出来ず、しゅんりは涙目になりながらもともと来ていたナイロンジャケットから財布を出そうとポケットを探った。

「ん? あれ……」

「おい、早くしろよ」

「いや、あの、その……」

恐る恐るこちらを見てくるしゅんりを見てブリッドは嫌な予感がした。こいつ、本当の馬鹿なのではないだろうか。

「……お前、まさか財布忘れたのか」

「えへ、えへへへ……」

 ブリッドは天を仰ぐように天井を見た。おいおい、俺はこんなバカの面倒を一週間見なきゃいかないのか。

 

 

 

 ブリッドのお金で買ったスーツを着用したしゅんりは必死にブリッドに着いていこうと慣れないヒールで走りって警察署に向かっていた。しかし、あと半分くらいというところでこちらに遠慮せず走り続けるブリッドに我慢出来ずに声をかけた。

「ブリッドリーダー、待ってください! ヒールだから上手く走れないの!」

「ああん? 誰のせいだと思ってんだこのバカ」

「いだ、いだい、いだいー!」

 余りの苛つきにブリッドはしゅんりの頬を思いっきしつねった。ブリッドは痛がるしゅんりに少し苛つきを減らして考えた。このままでは本当に遅刻してしまう。ブリッドはいきなりしゅんりを抱き上げてから横に抱え、走り出した。

「ちゃんと捕まれよー」

「な、な、な! 降ろしてください! パンツ見える!」

「知らねーよ、そんな短いの選んだのはお前だろうが」

「私じゃない! 店員さん!」

「へいへい」

 騒ぐしゅんりを無視してブリッドは警察署に向かって街中を走り続けた。本当、うるさい餓鬼と女は苦手だ。街の行く人にジロジロと見られながらしゅんりとブリッドは無事、会議までになんとか警察署に到着した。

 会議開始まであと一分というところでドアが開き、ブリッドとブリッドに横に抱えられたしゅんりが入室した。

「ふー、セーフ」

「うげっ」

 会議室に着くなり、ブリッドは床に荒々しくしゅんりを落とすように降ろした。

「ちょ、ブリッドリーダー! しゅんりになんてことするんだ!」

 翔は席から立ち上がりしゅんりに駆け寄り立ち上がらせた。「へいへい、すんませんでしたー」と心のない言葉を吐きながらブリッドはネクタイを軽く緩め、席に着いた。

「遅かったではないか。セーフどころかほぼアウトじゃのう」

「ナール様、大変申し訳ございません。しゅんりの馬鹿があれはやだこれはやだと服装に文句言いやがったせいで遅くなりました」

「本当はこんな格好も嫌でした!」

「知るかバーカ。早く座れ」

 反論するしゅんりにブリッドは自身の右横に空いた席に座るよう指示した。既に座っている四大国の総括、そしてその補佐に当たるであろうタレンティポリス達の視線が自身に集まっていることに気が付いたしゅんりはブリッドの言うように大人しく席に着いた。

 それを見た司会者であろう男性はマイクのスイッチをいれ、話し始めた。

「では、全員揃ったみたいなので、緊急会議を始めたいと思います」

    

    

    

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