難民の全員が異能者だと知った三人は衝撃の余り数分の間、思考が止まっていた。異能者はもともと人口の0.0002%の確率でしか産まれない。そんな少ない人数の中、ここに百五十人も集まっている。翔もしゅんりも異能者との戦闘は経験していたがそんな大人数を相手したことなかった。

「いや、止まってる場合じゃない。銃声を聞いてこちらに人が集まって来てる」

 こんな止まっている場合ではない気付いた翔は目だけカメレオンに獣化をして周りを見渡した。難民に扮していた異能者達がこちらに向かってきていた。

「すまない。驚きの余り能力の使用を止めてしまって操りきれなかった」

 顔を歪めて謝罪するワールに「それは仕方ないよ」と、しゅんりは声をかけた。

「それよりどうせ場所がバレてるなら本部に合図を出してもいいかな。そのあと何処かに隠れて応援を待つのがいいと思う」

「そうだな、しゅんり頼めるかな」

「分かった。二人とも耳を塞いでて」

 しゅんりは空に向かって銃を向けて大きな音ともに風を巻きげた。しゅんりの武強化は弾がなくても銃弾だけでなく風を噴射することができた。

 その間に翔は脚をカエルへと変化させ、両脇に二人を抱えて飛びながら場所を移動した。ここから約二キロ先にビルが三棟ほど立ち並んだ場所があり、隠れるには適した場所だと判断してそこを目指していた。あと少しの所で少し先に人影が見えた。もともとなにかの銅像だったのか、崩れている岩影に隠れる。三人で隠れるには小さすぎてこのままではバレると察した翔は服を脱ぎ始めた。

「二人とも出来るだけ小さくなって。ワール、僕の服持ってて」

 翔と同級生のワールは今から翔がすることを察し、翔から服を受け取りながら体を小さくするためその場にしゃがんだ。

「な、な、なな、翔君!?」

 突然脱ぎ始める翔に男の裸を見たことないしゅんりは動揺しながら両手を顔に覆い、指の隙間から翔を見ながら赤面した。ズボンに手を掛けた時、指の隙間からちゃっかりこちらを見ているしゅんりに気が付いた翔も顔を赤くした。

 いや、いきなり脱ぎ出した僕が悪いか……。

 そう思いながらしゅんりの目元へ手を覆い、「お願いだから目を瞑っててね」と、声をかけた。

「は、はい!」

 手を閉じてしっかり目を閉じたしゅんりを確認して翔は今度こそ裸になった。人型のまま全身をカメレオンと化して大きな尻尾も活用して二人を隠し、体を岩の色と同調する。近くで見ない限りバレないであろう。ワールは尻尾と胴体の間の隙間から覗いて近づいてくる異能者の様子を見ていた。

「おい、敵はあっちか」

「ああ、急ぐぞ!」

 走り去っていく異能者を見届けてから数分間身を潜める。ちらっと目を薄く開いて翔は異能者が向かっていったことを確認する。こちらからは異能者の姿が見えない。

「もう行ったみたいだね」

 スーッと人型に戻った翔はワールから服を受け取って服を急いで着ていった。

「流石だね翔。獣化はしたいとは思わないが異能者の中で一番万能な能力じゃないかい?」

「そりゃどうも。しゅんり、急にごめんね。もう目を開けていいよ」

 ワールの褒め言葉なのか、皮肉なのか、そんな言葉に素っ気なく答えた翔は服を着終わってからしゅんりに声をかけた。

「は、はい!」

 顔を手で覆ったまま立ち上がったしゅんりは勢いよく歩きだした。

「しゅんり、そっちは!」

「はう!」

 方向をまともに把握しないまま歩いたしゅんりは岩に勢いよく顔をぶつけてしゃがみ込んだ。

「しゅんり、大丈夫!?」

 駆け寄ってきた翔を下から見上げるように見たしゅんりは更に顔を赤くして顔を伏せた。

 しゅんりは孤児で父親という存在を知らず、また男からいやらしく見られてきたしゅんりは男性から一歩距離を置いてきていた。そんなしゅんりは男性の裸に免疫があるわけ無く、翔の裸を間近に見て動揺していたのだ。

「うう、ごめんなさい……」

 そんな顔を真っ赤に染めたしゅんりを見て恥ずかしさでいっぱいになった翔としゅんりが悶絶している中、ワールはなんてウブな奴らなんだと、呆れていた。

「恥ずかしがるしゅんりもキュートで僕は好きだが、今はどうか冷静になってくれ」

 その言葉で二人は頭を切り替えた。そうだ、今はそんな事をしている場合ではない。

「ご、ごめん。とにかくビルに向かおう」

「う、うん」

 できるだけ翔を見ないようにして再度翔に抱えられながら目的地へと移動した。

 隠れながら移動し、なんとかビルまで移動した三人は中に入って最上階へ目指した。屋上まで到着した三人は下の様子を見た。先程銃声が上がった場所には何十人もの異能者達が集まっており、更にその向こう、アルンド市から戦車やトラックが向かってくるのが見えた。

「とりあえず応援が到着したら私達も戦闘開始だね」

「そうだね、その前にワールはトラックに避難してもらおう」

「そうして欲しい。足手まといにはなりたくないからね」

 そう言っていつもふざけた事を言っているワールの顔は真剣そのものであった。冷や汗がタラリとワールの顔に流れる。いつも向かう任務とは危険度とは明らかに違う。二人ぐらいであれば男も操れるワールだったがこんな百五十人もいる異能者から魅惑化の能力で操って自身を守る自信はない。

「しゅんり、ワールに女性から奪った銃を渡して」

「え、わかった……」

 少し驚きながらしゅんりはワールに銃を渡す。ワールも戸惑いながらこれを使う事がないことを祈りながら受け取った。学校では能力の内容関係なしにある程度の学、体術、武器の使用などは習った。その中には当然銃もあった。ワールもある程度銃を使用出来たが一般的な技術であり、実際に使いこなす自信はなかった。

「はあ。こんな事になるとはね」

 銃を撫でながらワールは溜め息をついた。しゅんりと翔るも同様に同じ事を思ってなかった。

「私達、生きて帰れるかな」

「そんな事言うなよ、絶対生きて帰るんだ」

 しゅんりの弱気な言葉に翔は怒気を少し含んだ。そんな翔を二人は見る。強い目をしている翔に二人は弱気になっていた気持ちを奮闘させた。

 そうだ、生きて帰るだ。

「無事に帰ったらご飯でもどうだい? 美味しいパエリアのお店があるだ」

「いいね。ぜひ行きましょう、三人で」

「……しゅんり、その三人を強調するのはなんでなんだい?」

「しゅんりはワールと二人になりたくないんだろ」

「ふふ、翔君正解」

 ワールはそんな二人に「酷いなー」と言って笑った。

 そうだ、絶対に生きて帰るんだ。

「楽しそうだな、俺も一緒に連れてってくれよ」

 自分達三人と違う声が聞こえて勢いよく振り返る。毛むくじゃらで大柄な男が大きく口で弧を描くように笑っていた。男は三人と目が合った瞬間、手に持っていた大きな棍棒をビルの屋上に叩きつけ、大きな音ともにガラガラとビルは崩壊していった。翔はワールを引き寄せて横抱きにし、しゅんりは銃を下に向けて風を吹かせて落下の衝撃を和らげ、三人は無事に着陸した。

「……まさか、男にお姫様抱っこされる日が来るなんて思ってなかった」

「そんなこと言ってる暇ないぞ、ワール」

 三人の周りにはゾロゾロと人集りができていた。その人数、約三十人だろうか。他の異能者のグレードは分からないがあの大柄な男は棍棒を一振りしただけでビルを崩壊させた力があるところをみて確実にグレード3だ。そして、とても強い。

 しゅんりと翔はワールを挟んで背中合わせになる。ワールを避難させてから戦闘する予定は狂った。

「しゅんり、僕がここをなんとかする。ワールを連れて逃げてくれないか」

「それはだめだよ!」

「そうだぞ、翔。それは自殺行為だ」

 翔の判断に二人は反論する。そんな三人を待つ事なく大柄な男は三人に攻撃する。高くジャンプしながら棍棒を振り落としてきた。しゅんりはワールの腕を掴んで左に飛んだ。その先で他の敵が二人に向かってきた。しゅんりは銃から風を吹かせ、敵を蹴散らす。翔は大柄な男が振り落としてきた棍棒を腰に刺していた剣を使って受け止めた。脚をカエルにし、バネの様に跳ねて棍棒を押し込んで距離を置いた。

 軽やかに体を舞いながら銃で敵の脚や腕を打ち、近接近に持ち込まれればグレード2をもつ倍力化の能力も使って闘うしゅんりは敵を次々に戦闘不能にしていった。流石しゅんりは強いなとワールールは手に銃を持ちながらしゅんりが敵を倒す様を見て見惚れていた。

 翔は大柄な男と棍棒と剣を交えながら交戦していた。大柄な男のパワーに負けじと翔は飛び跳ねながら間合いを取り、カエル特有の長い脚で蹴りを入れ、徐々に大柄な男の体力を削っていた。

「ちくしょう。なんだよ、間合いのとり方が難かしいな! てめえら何見てんだ、かかれ!」

 激しい二人の交戦に参戦出来ずにいた周りの異能者も大柄な男の声とともに翔に向かってきた。翔は蛇へと獣化を変え、地面を掘り身を隠した。

「卑怯者! 出てこい!」

 翔は敵の足音や声に皮膚に感覚を研ぎ澄ましていた。蛇は聴覚が優れていない分、蛇は骨や筋肉などを通じて内耳に伝わり、音を感知している。蛇は地面を歩く獲物の振動や草が当たるわずかな音にすらも反応出来る生態を持っているのだ。一箇所に敵が出来るだけ集まるのを待ち、服を腰に巻いて上半身裸になり、全身をカエルにして勢いよく地上へと飛んだ。背中に毒を分泌させて体を回転させて出来るだけ敵と接触するようした。

「う、うがあ!」

「熱い! 熱い!」

 悶えながら死んでいく敵を静かに翔は見た。カエルは自身で毒を生産できない。毒を持つ生物を食し、体に蓄え、敵を攻撃するのだ。この日の為に翔は毒となる生物を食し、蓄えてきたのだ。カエルの毒はゾウ一頭をも殺す力がある。人間なんて簡単に死ぬことができる。

「ハハハッ! やっぱり獣化はすげーなー!」

 大柄な男は大声で楽しそうに笑った。奴には当たらなかったのか。一番倒しておきたかった相手を仕留められずに翔は顔を顰める。

 さあ、どう倒そうか。

 お互い奮闘しながら戦うしゅんりと翔。戦闘能力としては高い二人であったがこの人数の異能者を相手するのは厳しい戦況にあった。ワールを庇いながら戦っていたしゅんりであったが、ワールが近付く敵に気付き発泡したが、目の前の敵に邪魔され、微かに外してしまった。

「ワールさん! 逃げて!」

 叫ぶしゅんりにワールは銃を構え、再び発泡する。しかし普段使わないワールの銃弾は外れた。

 しゅんりは急いで目の前の敵を蹴り上げてワールに駆け寄った。

だめだ、間に合わない!

 そう思った瞬間、ワールに迫った敵はクルッとワールに背を向けて他の敵に攻撃し始めた。

「え?」

「しゅんり! 僕だって自分の身は守れるさ! さあ、気にせずに存分に闘ってくれ!」

 ワールは敵に魅惑化の能力を使用して周りの敵を攻撃させていた。そんなワールの言葉で安心し、しゅんりは周りの敵に攻撃を仕掛けていった。

 とにかくここをなんとか応援くるまで耐えないといけない! 

 三人は強くそう思い戦闘を続けた。

 ワールが操作していた敵は他の敵に殺され、敵に殴られてその場に倒れてしまった。そして、それとほぼ同時にしゅんりは倍力化であろう敵に蹴り飛ばされてしまった。翔は大柄の男と一騎討ちの戦闘で二人のフォローに回れずにいた。

 やばい、二人のとこに行けない!

「おいおい、余所見とは余裕じゃねえか!」

「黙れよ、おっさん!」

 翔が剣を振り翳して距離を置いて引こうとするが迫って来て振り切れなかった。しゅんりとワールの周りに敵が迫っていくのを見て翔は唇を噛んだ。好きになった女性一人守れない自分に嫌気がさした。

「しゅんりー! 逃げろー!」

 翔はしゅんりに向かって叫ぶ事しかできなかった。

 その瞬間、頭上でヘリが止まり、誰かが降ってきた。

「待たせたな、ガキ共」

「さあ、お片付けでもしましょうか」

 降って来たのはブリッドとルルだった。ブリッドは大剣を勢いよく振り回してしゅんりとワールの周りにいた敵を蹴散らした。その空いた空間を瞬間移動するようにルルは走り、敵に蹴りや拳を当て戦闘不能にしていった。グレード3の倍力化の力はグレード2のしゅんりとは比べ物にならないぐらい破壊力があり、そして速かった。

 その様を見ていた二人にブリッドは「なにしてんだ! 早くその色男連れてけ!」と、喝を入れた。しゅんりはその言葉でワールを連れて近くにあったトラックへと乗り込んだ。

「オルビアさん!」

 そこには療治化のチームのオルビア達がいた。

「しゅんり! 貴方怪我ない?」

「私は大丈夫です。それよりワールさんを見てください!」

 口から少量吐血したワールは咳き込みながらその場に座り込んだ。

「分かった。彼の治療にあたるわ」

「お願いします!」

 オルビアはワールに手を当てて、どこを損傷したまず把握しようとした。その後、損傷部分に必要な治療法をイメージした。片手に点滴と薬剤を持ちそれをワールの損傷部分、腹に勢い入れた。物理的にナイフ等で刺した訳ではなく、透き通すように直接損傷部分に薬剤を通したのだ。

 療治化の能力はあらゆる医療機器の機能を使い、どこが悪いか把握し対象者の体に手や薬剤を流し込んで早く治すよう治癒力を高める事ができる。オルビアは手をレントゲンのようにし、脳内で画像を浮かび上げ、損傷部分に直接薬剤を入れた。そしてワールの治癒力を倍速で早めて治療にあたっていた。

 

 

 

 本部ではタカラとマオがヘリと戦車を操り敵を倒していった。

 武操化は脳内でイメージし、それを機械などに伝えて操作する。タカラは手から糸を出して操り人形の様に操るような映像を脳内にイメージして手を動かしていた。そしてマオはいくつものテレビの前にキーボードを置いて操作している自分を想像していた。能力者全員同じにないしろ、何かを想像しそれぞれ機械を操作していた。マオはチラッと横にいるタカラをみた。自分の十歳年上のタカラは武操化の能力をもつ異能者としてとても有能であった。マオはトラック二台、戦車三台操るのが限界だが、タカラはヘリ一台、戦車を八台を楽々と操っていた。流石タカラリーダーだとマオは思い、タカラを尊敬の眼差しで見ていた。

「マオ、そんなベビーフェイスの可愛いお目目で見ても今はお菓子あげないよ。任務に集中しなさい」

「そ、そんな僕、お菓子をねだりたくて見てたわけじゃないです!」

 茶色のサラサラとした髪をし、十五歳の少年にしては小柄で可愛いらしい顔をしているマオをタカラはいつもからかっていた。口調はいつも通りだが冷たく言い放つタカラにマオは反論しつつも再度集中した。

 僕が失敗すれば現場に向かっている仲間の命を左右するかもしれない。

 そう思いながらマオは再び脳内のテレビの前に戻り、キーボードで操作し始めた。

 その横でカミラが率先し協力者を炙り出し、三人の軍人をナール総括とミアとともに尋問に掛けていた。

「ほう。そちらはわらわ達、異能者のために改革しようとしたと」

「そうです! ね、話したでしょ? ご褒美ください!」

「黙れよ、クズが」

 カミラは男に蹴り上げて黙らせた。

 その様を見てループス大将は顔を青くした。自分が率いる隊に裏切り者が三人もいたのだ。どんな処分が待ってるのだろうか。そんなループス大将にナール総括は潮笑った。

「そんな器だからこんな失態が起こったのでしょう、ループス大将。今わらわ達異能者は命をかけて戦っている。それを参戦して一緒に戦おうとする意思のないそちは大将などと今後名乗らないことだな」

 そう言ってナール総括は窓から戦況を見渡した。

「死ぬんじゃないぞ」

 そう小声でナール総括は呟いた。




 ワールをオルビアに任せたしゅんりはトラックから出て戦況に戻った。

 急いで翔達の元へ向かって走ってる途中、銃声と共に右耳に痛みが走る。

「つっ……!」

 掠れただけで済んでよかったと思い、周りを見渡す。大柄な男が破壊したビルの両横にはまだビルが建っている。左側のビルの上階にキラリと光るものが見えた。

 やばい、狙撃されてる。

 このままではこちらの戦況は不利になる。しゅんりは近くにいたブリッドに向かって走り出し、声をかけた。

「ブリッドリーダー! 私をビルに向けて投げてください!」

 しゅんりの声にブリッドは振り向き、ビルを確認する。その時、次はブリッドに向かって発泡された。瞬時にブリッドは銃弾を避けて方向を確認した。

「しゅんり、乗れ!」

 大剣を横に下ろしてしゅんりに差し出したブリッド。ブリッドの意図を把握し、しゅんりは大剣に向かって飛び乗った。

「オラー!」

 ブリッドは大剣を振り上げてビルへとしゅんりを飛ばした。自分のところへ飛んで来るしゅんりに向かって敵は再度発泡する。しゅんりは自身の銃から風を出してクルッと体を半転させながら銃弾を避けて敵のいる部屋の窓へと突っ込んだ。

「死ねー!」

 そう叫び、しゅんりに向かって敵は銃から炎を出した。武強化でグレード3に匹敵する勢いで迫ってくる炎をしゅんりは押し込むように銃から風を吹いて対抗した。しゅんりから出る風は竜巻を起こし、炎を巻き込んで渦となる。中央は空洞ができ、敵の姿を確認できた。敵は自分と同じくらいの年齢の少女であった。悲しい気持ちになりながらしゅんりは脚に力を入れて渦の中へ勢いよく飛び込む。

「なっ!?」

 しゅんりの行動に驚いた少女は逃げようと一歩後ろに下がるがしゅんりの方が速かった。少女にしゅんりは飛びかかり、馬乗りになった。その際頭を強く打った少女は意識が朦朧となり全身の力が抜ける。しゅんりはその隙に敵の銃を奪い、左手で両手を拘束し、右手で少女の額に銃口を当てた。しゅんりは少女を打つ気は毛頭ない。ただ大人しくさせるための行動だ。

「あなた、グレード3? どうしてこんなことするの?」

「殺せ……」

 しゅんりの問いは少女には届かず、自身を殺せとしゅんりに伝えた。

「こ、殺さない。このまま拘束させてもらう。私達の本部に来て」

 徐々に鮮明になる意識の中、少女はしゅんりの言葉を聞き、そして考える。拷問にかけられて最終殺されるだけなのではないかと。

「ふざけるな、お前ら人間の犬に捕まってみろ。私をボロ雑巾みたいにしてから殺すんだろ。いいから殺せ」

「そんなことしない! 私達はそんなことしないよ!」

「信用できるか! 人間が私達異能者をどのように思い、扱ってくるかお前も知ってるだろ! いいから殺せ! 殺せ! 殺せ!」

 しゅんりは自身の下で殺せと願う少女に銃をもつ手が震えた。しゅんりは彼女をうつ伏せにし、頸に手刀を入れた。しゅんりには少女を殺す勇気が出なかった。ナール総括、タカラリーダーの顔が脳裏に浮かぶ。しかし頭を振り二人の言葉を無視した。

 大丈夫、拘束して本部に連れて帰ろう。グレード3の少女は何か知っているかもしれない。

 自身の考えを正当化し、ポケットに入っていたワイヤーで一時的に少女を拘束した。オルビアのいるトラックには異能者専用の拘束道具があったはず。少女であればワールの魅惑化は効果あるはずだ、本部まで無力化して運べるだろう。しゅんりは少女を横抱きにし、再度オルビア達のいるトラックに向かった。

 

 

 

 ブリッドとルルは集まってくる大人数の難民の相手をし続けていた。

「ちくしょう、虫の様に湧いて来やがる!」

 悪態を吐きながらブリッドは目の前の敵三人を大剣で切り裂いた。グレード2の異能者が大半を占めているなか、数人のグレード3が中にはいた。ルルは同じ倍力化のグレード3らしき人物と交戦している真っ最中だった。見る限りルルの方が優位であり、そろそろ片付くだろう。問題なのは翔の相手をしている大柄な男。特に訓練されてない普通のグレード3であれば獣化の能力を持ち、実力のある翔であればすぐ片付けるだろう。それがいまだに出来ないということはリーダークラス、もしくはそれ以上の可能性がある。ブリッドは早く翔の元へ向かい応戦したいが数が多すぎて駆けつけられずにいた。

 

 

 

 翔は下半身をカエルに獣化させながら大柄な男と交戦を続けていた。ブリッドやルルのおかげで周りに他の異能者はおらず、一対一の戦いが出来ていた。敵のパワーに圧倒されつつも剣を使い、翔はカエルの長い脚で対抗していた。

 この百五十人程の異能者の中で俺が一番強いと大柄な男は自負していた。こんな若造ぐらいすぐ殺せるとも思っていたのだ。だが、実際どうだろうか。獣化した翔との間合いは通常の人間とは異なり、カエルのように伸びた脚で飛び跳ねたと思えば長い脚で蹴られ、翔に大柄な男は押されていた。

 だから獣化は嫌いなんだよ!

 そう思い、渾身の力を振り絞り翔に向かって棍棒を振り落とした。瞬時に翔はその攻撃を見切り、体を蛇へと変えた。こちらに攻撃を仕掛けることにより無防備になった大柄な男に翔は巻き付き、首元へ噛み付いた。カエル程ではないが猛毒をもつ蛇。大柄な男程の大きな獲物であれ、体を痺らせることは可能だ。

「どうだ、もう動けないだろう」

「たく、よ……。相変わらず、獣化には敵わねえな……」

 朦朧とする意識の中、男は呟く。

 あいつにも一回も敵わなかったな。

 大柄な男はある人物を思い浮かべて意識を手放した。

 翔は大柄な男が動かないことを確認してから蛇の獣化を解いた。

「久々に死ぬかと思った……」

 そう呟きながら、この大柄な男からなにか情報を掴めそうだと思い、トラックに向かって大柄な男を引き釣りながら歩き出した。


 

 

 しゅんりはビルから飛び降り、トラックに向かって走り出した。

「オルビアさーん! 開けて! この子を拘束して欲しいの!」

 トラックに着く直前にオルビアに向かいしゅんりは叫んだ。その声が聞こえたオルビアはトラックの扉を開ける。既にワールの治療は済んでいる様子だった。

「しゅんり、その子は?」

「多分武強化のグレード3です。何か知ってるかも!」

 あと一メールでトラックに着くとこで会話をする二人。オルビアが異能者専用の拘束器具を探そうトラックの中に戻ろうとした瞬間、少女は目を覚ました。

「うおおお!」

「なっ!?」

少女はしゅんりの腕の中で暴れ、拘束されたまま地面に着地した。急いで再び抱き上げようとした時、トラックの後輪が浮遊し始めた。

「この子、武強化だけじゃない! 武操化も持ってるんだわ!」

 再び手刀を入れようと後ろ手に回ろうとするしゅんり。そんなしゅんりに少女は「動くな!」と叫んだ。

「動いたらエンジンを車の中で流して爆破させてやる!」

「やめて! そんなことしたら貴方も爆発に巻き込まれる!」

「知るか!」

 少女は残った力でトラックを武操化した。

 くそ、他の異能者が操っているのか、思い通りに動かない! 

 少女は苦戦しながらトラックを浮遊させ続けた。

 ——場所は変わり、本部ではマオが必死に少女の武操化を止めようとしていた。

「くっ、この距離じゃ限界が……!」

 武操化の能力は遠距離でも操作できるのがメリットだが、遠ければ遠い程、武器や機関と能力者との結びつきが弱くなる。敵の少女の方が圧倒的に距離は近く、一台しか武操化してないため、向こうの方が有利であった。

「マオ、他の武操化を解いていいからその一台に集中してちょうだい! 他は私が武操化する!」

 タカラの言う通りマオはその一台のトラックだけに集中する。

 僕だってやれば出来るんだ! 負けない!  

 現場ではしゅんりは動けないでいた。

 どうしよう、オルビアさんと療治化チーム、ワールさんが! 

「ぐ、ぐわあ!」

 硬直状態であったが、急に少女がうめき始め、砂に顔をつけるように倒れ込んだ。その瞬間、トラックの浮遊も収まる。少女はマオとの武操化の戦いに負けたのだ。

「しゅんり、今よ! 打って!」

 オルビアの声で銃を構えるしゅんり。少女はしゅんりを見て笑った。

「さあ、殺せよ」

「こ、こ、殺さないよ…」

「また武操化してやろうか?」

 もう力尽きてできるわけないのにしゅんりを脅す少女。しかし、しゅんりはその言葉にぐらつく。

 今、この子を殺さなければ仲間が殺される。

 はあはあと息が上がり、目の前がチカチカする。

 殺さなきゃ、殺さないと。でも、でも……!

「何やってんだバカ!」

 ぐちゃりという音ともにしゅんりの目の前で少女の頭が飛んだ。ブリッドが急いで駆けつけて少女の頭を大剣で切り飛ばしたのだ。全身に少女の血がしゅんりに飛び散る。グワングワンとしゅんりの頭の中で警報が鳴り始めた。

「お前、殺されたいのか!」

 そう叫ぶブリッドの顔越しに後ろの光景が目に入る。死体の山と血を吸って真っ赤に染まる砂。ブリッドの怒る声を遠くに聞きながらしゅんりはその場で跪いた。

「しゅんり! どうかしたのか!」

 大柄な男を引き釣りトラックに向かってきた翔は大柄な男を放り、しゅんりに駆け寄った。しゅんりは自身の腕を抱きながら震え、呼吸が荒くなっていた。翔は近寄ってしゅんりの体を上から下まで確認するように見たが、血まみれだがしゅんり自身には怪我がないようだ。その事に一安心しながら翔はしゅんりを抱き上げてトラックに運んだ。

「ちっ、甘ちゃんどもが……」

 しゅんりとしゅんりを心配する翔の様子に怒るブリッド。ブリッドはすぐに戦闘を続けるルルの元へ戻っていった。

「オルビアさん、しゅんりの様子が……」

「大丈夫、ただのフラッシュバックよ」

 オルビアはそう言い、翔からしゅんりを受け取り、療治化を使って精神を落ち着かせようとした。何のフラッシュバックなのか気になったが、翔は意識を無くしたままの大柄では男を再び引き釣り、トラックに乗せて異能者専用の拘束器具を装着させた。

「本当にその器具だけで大丈夫かい?」

「一応、蛇の毒も効かせてるけど、自分で解くかもしれない。ワール、男一人なら魅惑化できるよね? もしもの時は頼むよ」

「趣味ではないが仕方ない。わかった、やろう」

 ワールの返事を聞いてから翔はトラックを出た。横目でチラッとしゅんりを見る。目を見開き震える姿に胸を痛める。

 僕はしゅんりを守れなかったということか……。

 しかし、生きてるだけでよかったと思い、再び戦いへと翔は向かった。

 

 

 

 タカラとマオが戦車やヘリで応戦しているが、異能者三人に対し、百五十人の異能者を相手するのには限界があり、さらに翔は大柄な男との戦いに大分疲労していた。もともと獣化させる事自体、体力を大量に消費するのだ。体力に自慢のあるブリッドも息が上がり、目の前が歪むように見えてきた。お互い限界が近いなと目線を送り合う二人。そんな時、後方でルルの叫び声が聞こえた。

「ぐああ!」

 敵の弓がルルの大腿に貫通していたのだった。

 やばい、武強化がいる! 

 翔は急いでルルの元へ駆け寄り、ルルを担ぎながらその場から離れた。大柄な男が崩したビルへと避難していく二人を追うようにブリッドも二人の元へ駆けつけた。

「ルル、大丈夫か?」

「大丈夫なわけないでしょバカ。本当嫌になる……」

 顔を歪めながら返答するルル。額には滝のように汗をかいて息が上がっていた。翔は腰に巻いていた服を破きルルの大腿に巻いて止血をしていた。

 その様子を見ながらブリッドは考える。このままでは三人ともやられてしまう。しゅんり達を乗せたトラックはタカラ達の操作でなんとか今は敵から逃げ切れているがそれも時間の問題だろう。

「このまま三人殺られるわけにはいかない。翔とルルはトラックに乗り込んで本部へ戻れ。俺が援護する」

「な、ブリッドリーダーを置いていけと……?」

 翔は唖然しながらブリッドを見る。

「ああ、一人でも多く生き残らせなきゃいけない。多分今後こんな戦闘がもっと起こる可能性がある。その時のために戦力は残して置きたい」

 そんな、ブリッドを見殺しにする様な事、翔には出来ないた思い、ブリッドに反論した。

「それなら僕が残ります! ブリッドリーダー程の倍力化の能力者なんてそうそういない!」

「それ言うなら獣化の方がレアだろうが。お前の方が生き残る価値がある」

「なら、二人で残りましょう! その方が……」

「そんなお話している暇は無さそうよ」

 ルルは崩れたビルの隙間から戦地を見る。続々とこちらに敵が向かって来ていた。

「ちっ、行け! 一条!」

「嫌です!」

「てめえな! 大人の言う事ぐらい素直に聞けボケ!」

「僕とブリッドリーダーは三つしか違わないです! それにあんたそんなできた大人じゃないでしょう!」

「んだと! 後でぶん殴ってやる!」

「ええ、是非!」

 そう生き残ると約束した翔は再びカエルに獣化し、ブリッドは大剣を手にした。ルルは近場にあるビルの残骸を手にして敵へとなけなしの力を振り絞り投げた。二人はルルの攻撃に続いて敵へと向かおうとした瞬間、当たり一面が暗くなった。

「なに!?」

 三人は驚きながら頭上を見上げる。三人の上空には鳥が飛んでいた。しかしただの鳥ではない、とてつもなく大きく、炎を纏っていた。それはまさに伝説のあの生き物を具現化させた様であった。

「不死鳥……?」

 ルルは首を傾げながら呟いた。なんでそんなお伽話にしか出ないような生き物が自身の前にいるのか理解が追いついていなかった。

「やばい、巻き添えを食う! 二人とも逃げましょう!」

 翔は今後起こる事を察知して二人を抱えて走り出した。

「おい、待て! 俺は自分で走れる!」

「もう降ろす暇もないです!」

 必死に逃げる三人の上空には次にタカラが武操化するヘリがやってきた。梯子を下ろされたのを見て翔は二人を梯子に向けて投げた。

「きゃあああ!」

「てめえ、なんか言ってから投げろボケ!」

「いいから早く上がって!」

 何とか三人は梯子に掴まりヘリに上がる。不死鳥より高く飛んだ瞬間、不死鳥は大きな鳴き声をあげ、体から炎を更に再生し地上へと降らせた。

「こう言うことね……」

 ルルは翔があんな慌てて逃げた理由を理解した。あそこにいては自分達も巻き添えを食らうからだ。

「もうこんなに離れてるのにまだ熱いな。噂通り、一条総括の獣化の強さは俺達とは比べもんにならねーな。息子としてはどうよ?」

 戦地から無事に離れられて安心したブリッドは翔に話し掛ける。翔は戦地に舞いながら炎の雨を降らす父を見る。一条 翼翔よくとは鳥類の獣化を得意とする異能者だ。翔とは歴が違うのもあるが獣化を極めた一条総括は伝説の生き物でさえ獣化できる達人であった。

「恐ろしいと思います」

我が父ながらその力は強大で自分はいつになってもそこまで出来る自信はないと翔は父の獣化を見る度そう思っていた。

 一条総括の獣化のおかげで戦況は一変し、タレンティポリスの勝利へと幕を降りたのだった。

      

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