アルンド市へ到着した一同は迎えに来た軍隊のトラックに乗り込み飛行場から警察署へと向かった。裏側から警察署に入り、荷物用のエレベーターに乗り込む。

 タレンティポリスの存在は上層部の警察や軍隊、異能者しか存在を知られていなかった。いや、知られないようにしていた。

 一般の人間が知れば恐怖を煽り、組織自体無くなる可能性があるからだ。また、異能者同士では一般の人間に能力を見られてはいけないという暗黙のルールがあった。このSNSが普及している世の中で能力を使用しているところが拡散されればこの世の中ではまともに外を歩いて生活ができなくなるからだ。そのため、能力の使用を一般の人間に見られた異能者はアサランド国へと逃げる者が多いのだ。

 タレンティポリスに所属していてもこの暗黙のルールは例外ではない。最大の注意を払っていても一般の人間に見られる可能性は零ではない。見られてしまったタレンティポリスはほとぼり冷めるまでの何年かの間、謹慎処分を受けたり、所属している部隊から外れてソロで暗躍する者や、整形など見た目を変えて活動する者など様々であった。そのためブリッドや翔などの目立つ武器を使用するタレンティポリスは警察内に武器を保管し、任務の度に取りに行くシステムをとっていた。

 一般の警察はグレード2の異能者は知っていても、タレンティポリスを知る者は上層部の者と限られており、タレンティポリスは隠れながら活動していた。

 トラックでタレンティポリス達を輸送した軍人は最上階にある今回の本部基地となる部屋に一同を案内した。街が一望できるほど見晴らしが良く、望遠鏡を使えば難民地が確認できた。

「ふん、遅かったな。異能者は移動にハングライダーを使用すればすぐ来れるのではなかったかな?」

 アルンド市の警察署のトップ、ジーム警視長が鼻を鳴らしながらこちらに話しかけてきた。

「はっ、この人数でハングライダーを使用すれば目立つため使用はせず来ました。遅くなり申し訳ございません」

 ナール総括も負けじと鼻で笑ってから言い返し、部屋の中にある椅子へと腰掛けた。部屋を見渡せば部屋の中には今回対応にあたったループス大将もいた。

「では、わらわたちがこんな辺境まで来るまでの間、何か変化なかったか教えていただけませんか、人間殿」

 飛行機や車での長旅に疲労しているナール総括は苛立ちを隠さずループス大将に目を向けながら問う。ループス大将はその態度にたじろぎながらもナール総括に始め、全員に聞こえるように今の状況を説明した。

「状況は変わってない。我ら軍隊と難民地は睨み合い、硬直状態だ」

「ほう、向こうに何か変わった様子は?」

「いや、ない……」

 自信無さげに話すループス大将にナール総括は盛大に溜め息をついた。なにか難民達の情報を掴むことや、戦況を好転させることなく何もしなかった軍隊に呆れたのだ。

 役立たずめ。

 そう思いを込めてループス大将を睨みつけたナール総括は今回任務についたタレンティポリス一人一人に目をやり、命令を下した。

「では作戦を開始する。タカラとマオはヘリや戦車を動かす準備を。オルビア達もトラックに乗り込み何かあった時のために準備しておけ。翔とワールの部隊はすぐ難民地へ迎え。なにかあればしゅんりは合図を送るのだぞ。では作戦開始!」

「はっ!」

 一同全員でナール総括に敬礼をし、行動を始める。しゅんり達は全員で警察署の一階まで非常階段を使って移動していた。警察や軍人達には全員難民地に向かったように見せるため途中までブリッドとミア、カミラと行動することにしたのだ。

「流石ナール様だ。今日もカッコいいぜ」

「ずっと思ってたけど、あのおばさんのどこがいいわけ? 私の方が魅了的じゃない?」

 そう言って、ブリッドにわざと谷間を見せつけてくるミアにブリッドは舌打ちをした。

「黙れビッチ。ナール様の悪口を言う奴は女であろうと殴るぞ」

「おお、怖い怖い」

 バカにしたような物言いに再度舌打ちするブリッド。任務中で無ければ殴りかかっていた。そんな様子にワールはクスクスと笑い、ブリッドに話しかけた。

「確かにナール総括は魅了的さ。綺麗な金髪に青い瞳。スタイルも抜群。なんだっけ、どこかの王族の末裔らしいじゃないか。気品もあり、素敵な女性だと僕も思うよ」

「おお、お前分かってるじゃないか! 俺、お前のこと気に入ったぜワール」

「そりゃどうも。男に気に入られても僕は少しも嬉しくないがね」

 ワールに肩を回し喜ぶブリッドにワールはゆっくりとブリッドから離れた。機嫌を良くしたブリッドはナール総括の話を続けた。

「本当にナール様は素晴らしいんだ。三十三歳という若さで総括を務め、かつあの美貌! 戦闘中も可憐に飛び回りながら戦う姿は惚れ惚れするぜ!」

「へー、ナール総括三十三歳なんだ。もっと若いと思ってた」

 しゅんりは驚きの余り声に出してしまった。ブリッドのナール総括に対する話を更に加速させてしまった。

「そうだぜ、ナール様は八月三十日生まれの乙女座。血液型はAB型で身長は百七十二センチメートル。趣味は料理で得意なのはナポリタンとパン作りで意外と女性らしい趣味なんだぜ! バスト九十、ウエスト六十二で……」

「ちょ、ちょ、ブリッドリーダー! お願いだからそこまでにしてくれ!」

「あん? なんでだよ」

 翔が止めに入るとブリッドは今まで機嫌良く話していたのが、周りの者が自身に対して引いた目で見ている現状にすぐ気が付いた。

「本当に気持ち悪い……」

 今まで黙っていたルルがボソッと呟いたのを聞き、ブリッドも一瞬イラッとしたが流石にやり過ぎてしまったかと反省し、一同に付いて行くよう階段を降りて行った。

 

 一階まで行き、裏口から外に出たところで監視に着いていた警官に敬礼した。一同はその後、角を曲がり二手に別れることにした。

「じゃあ、何かあればしゅんりは合図をくれ。すぐに駆けつける」

「了解しました、ブリッドリーダー」

 そう言ってからブリッド達は窓から再度、警察署内に潜入していった。しゅんり、翔、ワールはトラック一台を使用し、難民地へと向かっていった。

 それを見届けたブリッド達は再び非常階段へ向かい、階段を上がっていった。倍力化の能力をもつブリッドとルルにはなんてことなかったが魅惑化の二人には体力的にキツく、息が上がっていた。

「ねえ、疲れた。おぶってよ」

「はあ? なんでだよ。自分で歩けよ」

「あんたら倍力化と違って私らは非力な乙女なの、分かる?」

ミアは皮肉を混じりながらブリッドに訴えかけ、カミラは疲れ切ったのかその場にしゃがんでしまった。ルルはそんな様子の二人に溜め息を吐きながらカミラをおぶり、階段を登り始めた。

「おい、ルル! 勝手なことするなよ」

「なに? じゃあこのノロマな二人に合わして行動するの? 時間が惜しいんだからこうするのが得策でしょ」

「あら、賢い子ね。ほーら、抱っこー」

 そう言ってから両手を広げて甘えてくるミアに嫌気をさしながらブリッドは仕方なくおぶることにした。ナール様以外にこんなことしたくないのにと心の中でブリッドは呟く。

 ナール総括がブリッドにおぶられることなどあり得ないことなのだが、ブリッドはそう思いながらミアをおぶりながら再度最上階を目指した。

「やっと着いたー!」

「てめえはただおぶれれてただけだろうが」

 ミアを睨み付けながらブリッドはそう言い、周りに集中する。ここから出来るだけ誰にも会わないようにして諜報する必要がある。戦闘になった際、二人を守るのがブリッドとルルの役割である。

「で、魅惑化はどうやって諜報するんだよ」

「まあ、見ててよ」

 物陰から周りを見渡すミアは舌を舐めずりながら少し離れたところにいる軍人を見ていた。丁度一人で歩いており、こちらから背を向けている。

「いいねー、いいねー。イケメンじゃないー」

 三人に何も言わずふらっとその軍人に近付き話しかけるミアにブリッドとルルは驚いた。

 あんな堂々と軍人に話しかければ自分達がここにいることがバレてしまう。

「あんの、バカ!」

 どうすることも出来ず見守るだけの二人に対し、カミラは「大丈夫、見てて」と、小声で二人に言った。

 ミアは軍人と腕を組みながら廊下を進み、最上階の端の部屋へと一緒に入っていった。その後を三人は追い、部屋の前で立ち尽くしていた。

「何あの女、ムカつく……」

「ミアの奴め。中で何してんだ」

「見ない方がいいよ」

 ブリッドとルルはミアの勝手な行動に怒りを露わにしながらドアをゆっくり開こうとした。そんな二人にカミラは止めたが、二人はその制止を聞かずドアを開き覗き込み、そして二人は中の光景を見てカミラの忠告を聞かなかったことを後悔した。

「あんあん! いい! いいよー! もっとほら腰振ってー!」

「はあ、はあ……! こうかい⁉︎ ああ……、ダメだイクッ!」

 なんと二人は交わっていたのだった。ゆっくりと扉を閉じ、二人は暫くの間静止した。そしてルルはゆっくりとそこを離れ、「私、本部で待機するわ」とブリッドに言った。

「ちょ、待て待て! そんなの作戦になかっただろが!」

「ナール総括しかあそこに戦闘員いないから私が戻っても不自然ではないわよ。じゃっ!」

 ルルは倍力化の能力を使い、風のような速さでその場を去った。ブリッドもここから逃げ出したい気持ちでいっぱいだったが、魅惑化の能力しか持たない二人を置いて行くわけにも行かなかった。

 その後すぐミアは部屋から出てきて、「ちっ、早漏が」と呟いた。同じ男として同情しつつ、勝手な行動をとるミアに怒りをぶつけた。

「おい、てめえ。何勝手な行動してんだ」

「何が? これが魅惑化の私のやり方なの。なに、あんたの能力でこの中に潜む協力者探せるわけ?」

 そう言うミアにぐっと喉を詰まらせるブリッド。たしかに魅惑化についてブリッドは詳しくない。こういうやり方だと言われればそう従うしかない。

「……悪かったよ。ただ勝手に一人で行動はするな。せめて何か言ってから動いてくれ」

「ふん、分かったわよ」

 自身のやり方に文句を言われ。気分を害したミアであったが任務を遂行する責務を果たそうと再度署内を歩きだした。

「あ、おい! 何かあの男から情報掴めれたのかよ」

「いいえ、なーんにも。さ、次の男を探すわよー!」

 そう言い放つミアにブリッドは頭を抱えた。

 俺はこの女の行為を果たして何回見守ればいいのだろうか。

 



 難民地から三キロ程離れたところでトラックを停めた三人は周りに警戒しながら進んでいった。この辺り一帯はもともと住宅地帯だったのか、家やビルが立ち並んでいるが殆どが崩壊しており、身を隠せれる場所が殆どない。考え無しに近付けばすぐバレてしまうだろう。三人は立ち止まり、まだ形を残している民家に隠れることにした。

「この先がどうなってるか分からないね」

「そうだね、無闇に近付くのは危険だ。翔、難民地から程よく遠くて、女性が集まってる場所はないかい?」

「そんな都合がいい条件なかなかないと思うけど……」

 そう言いつつも翔は民家から顔を出して覗くことにした。

 翔は脳内でカメレオンの目だけをイメージする。するとスーッと翔の目は両側に離れていき、目の周りは深緑の鱗が広がっていった。

 カメレオンの目は単独で様々な方向を向き、三百六十度も見渡せる広い視野を持っている。目をカメラのレンズのように変えることで望遠鏡のようにズームして遠くを見ることができるようになっているのだ。その能力を活かして翔は様々な方向、難民地あたりを重点的に見渡していった。

 キョロキョロと目を動かして周りを見渡す翔にしゅんりは興味津々の様子で見ていた。

 翔と初任務であり、どのように獣化して戦闘するのかしゅんりは少し楽しみにしていたのだった。千年前には存在していた国々の中に"日本"というアジア系の種族がおり、翔がその日本人であることをしゅんりは噂に聞いていた。日本人は黒髪で黒い瞳の見た目が特徴的で、翔もそのような見た目をしているとしゅんりは思っていたが、改めて翔の容姿を見ると髪は黒いが瞳は少し青みがかかっており、真夜中の海を連想させた。

「ここから先、一キロ先に井戸がある。そこに女性三人が水を汲んでいるようだ」

「すごい、本当に見えてるんだね」

 目を爛々と輝かせてそう言うしゅんりに翔は苦笑した。先程から自分をじっと見つめてくるしゅんりに翔は恥ずかしくて堪られなかったのだ。

「一キロ先ならすぐ行けるだろう。翔、しゅんり、急ごうではないか」

 ターゲットが去る前に早く着こうと三人は砂に足を取られながらも一キロ先にある井戸に向かって走り出した。

 しゅんりと翔から少し遅れて井戸付近にあるレンガ調の崩れかけた壁まで辿り着いたワールはゆっくりと息を整えてから難民だろうと思われる女性三人に近付いていった。距離として約八十メートルだろうか、物陰からゆっくりと近付いてくるワールに三人の女性は身構えた。その瞬間、ワールから甘い香りが漂った。三人の女性はワールの魅惑化の能力により力が抜け、その場に座り込んでしまった。そしてワールを欲するように顔を熱らせ、うっとりした表情でワールを見つめていた。

 その様子を見ていたしゅんりは初めて見る魅惑化のその能力に驚き、そして恐怖した。

 自分は果たしてその能力をかけられた際、敵うことはできるだろうか。

 今回は味方に魅惑化がいたが敵に同じ能力の異能者がいれば恐ろしい結果になるかもしれない。そんなしゅんりに反して翔は女性三人が異能者の可能性もあるため、目を再びカメレオンへと獣化させ、四人の様子を見ていた。

 ワールは三人に何か質問しているのだろう、何を話しているかはっきり聞こえないが、口元が動いているのを見ながら翔は考察していた。その時、ワールから「なっ!?」と、驚く声が響いてきた。その瞬間、中心に座っている女性の手に銃が所持されていることを確認した翔は顔全体をカメレオンへと獣化させ、舌を長く伸ばし、遠くにいたワールをこちらへと引き寄せた。バーンと銃声が鳴り響くと中心にいた女性は自身の腕を撃ち、ワールの魅惑化の能力を自力で解いたのだった。

 それを理解したしゅんりは脚に力を込めて三人の元へ風を切るように走った。まずは銃を持った女性の顎に膝蹴りをし、怯んだ隙に右手で銃を奪う。その次に左側にいた女性に左手で頸へと手刀を入れた。右側にいた女性はしゅんりに飛びかかろうと向かってきたがしゅんりは下にしゃがみ、くるっと体を回転させて下から右側にいた女性を蹴り上げた。その時間約十秒。その間で三人を戦闘不可にしたしゅんりは細いワイヤーをポケットから出し、三人を拘束し始めた。

 しゅんりに駆けつけたワールは息を切らしながらしゅんりに「無駄だよ。そんなこと」と伝えた。

「無駄? それはどういうこと?」

 眉を顰めながら自身の行為を否定するワールをしゅんりは見る。ワールは青い顔をしながらしゅんりと翔に衝撃の事実を伝えた。

「彼女ら三人とも異能者だ、そんなワイヤーぐらいすぐ解くさ。それに彼女達だけじゃない。ここにいる難民全員、異能者だ」




 ブリッドとカミラは最上階から一つ下の階でとある部屋の前で待機していた。

 これで四人目か……。

 ブリッドは普段の戦闘の任務より疲労した顔で遠くを見ていた。ミアは自身のタイプの男を見つけるやいなや、魅惑化の能力を使い、手頃な部屋やトイレに入ってことに及んでいた。未だにその成果は見られず、ブリッドとカミラは情事の様子を嫌でも聞かされ続けていたのだった。

 自分はまだ成人もしているし、そういう行為も理解して経験もしている。だが、隣で俯いているこの少女はまだ十四歳。こんな状況、この少女には酷であり、トラウマになるのではないのかとブリッドは心配した。ブリッドに見られていることに気付いたカミラはゆっくりと顔を上げ、ブリッドを見る。自分と同様に疲労した顔しているカミラを見て、もう二人とも色々と限界が近いことを認識した。

「おい、大丈夫かー」

「ブリッドさんこそ大丈夫ですか。私は大丈夫じゃないですけど」

 大丈夫じゃないんかいと心の中でブリッドはツッコミ、カミラに疑問が湧いた。

 こいつ、本当に魅惑化の能力者なのか、と。

「魅惑化の能力者らしくないですよね、私」

「いや……、うん、まあ……」

 誤魔化す必要もないだろうと思いつつ、歯切れの悪い返事をするブリッドにカミラは自分自身を嘲笑して笑った。

「ちなみに言っときますけど、能力使えばわざわざセックスしなくても他者は操れます。あんなことするのはミアさんだけです。それに私は卒業したばっかだし、他の魅惑化の異能者って自己主張強い人ばっかだからまだ任務で能力使ったことないんです。これで納得いきました?」

そう言ってカミラは再び顔を伏せた。

 再び気まずい雰囲気が流れる中、聞こえるミアの喘ぎ声にブリッドは嫌悪感を通して吐き気を催した。最初は確かに他人の情事の声に男である自分は興奮したかもしれない。しかしこうも長時間に渡って聞かされ続ければ気持ちが悪くなってくる。

「やばい、俺限界……」

そう言って項垂れるブリッドにカミラは顔を上げ、「私は吐きそう……」と、小声でブリッドに伝えた。その言葉にギョッと驚くブリッドであったが、そんなブリッドに構うこと無くカミラは「う、うえっ!」と、えづき始めた。

 やばい! 

 こんなところで吐かれては困ると焦ったブリッドは咄嗟に両手でお椀を作るように合わせ、カミラの前に何故か差し出してしまった。カミラも普通ならそんな事しないであろうが、ブリッドの手に嘔吐物を吐き出したのだった。

「うえええっ……!」

「まじか……」

 自身の両手に嘔吐物が溜まっている様を見てブリッドはショックを受けた。まさか自分の人生の中で他人の嘔吐物をこの手で受ける日が来るとは思わなかった。カミラが吐き切った事を確認したブリッドはふらふらと男子トイレへと向かった。

「ちくしょう、ちくしょう。全部ミアのせいだ。ちくしょ……!」

 トイレに嘔吐物を流した後、何度も手を洗うブリッドは少し泣きそうになっていた。カミラを責めることは無く、ミアに憤怒していた。手にはカミラが吐いた時の感触が消えず、ブリッドは嘔気を我慢できず便器へと向かい、自身も嘔吐した。

「くそ、貰いゲロした……」

 嘔吐反射は止まらずにえづくブリッド。その時、周りに気を配る余裕のないブリッドは背後に近付く人物に気付くことができなかった。

「あのー、そこの青年。大丈夫?」

 その声にハッと後ろを勢いよく振り向く。痩せ細った軍人の服を着た男が後ろに立っていた。

 やばい、バレてしまったか! 

 冷や汗を垂らし、じっと相手の出方をみる。下級の者であれば任務内容もさほど知らないであろうから誤魔化すことは可能だ。しかし、階級が上であれば作戦内容は把握しているはずだ。大剣を後ろに担いでいて、一目で異能者の戦闘員だと分かる自分がここにいることを疑問に思うはずだ。そうすると諜報していることが自ずとバレてしまう。

「あらら、なにか悪い物でも食べました?」

 そう言って大剣を避けて背中をゆっくりと摩ってくる男にブリッドはゆっくりと息を吐いた。

 バレてはない様だな。

 異能者の自分に優しく接してくる男に疑問を持ちつつ、ブリッドはゆっくりと立ち上がり、距離を置いた。

「すまない、もう大丈夫だ」

「そうかい、それはよかった。でも顔色があまり良くないよ? 医務室へ案内しようか」

「ご親切にありがとう。でも本当にもう大丈夫だから。じゃあ俺は失礼するわ」

すぐに立ち去ろうとすると、男はブリッドの腕を掴んできた。ブリッドは驚きの余り咄嗟に手を勢いよく払ってしまった。倍力化の能力をもつ異能者は力加減を間違えて人間を傷付けてしまうことが多々ある。ブリッドはやばい、怪我をさせてしまったかと不安になり、男に駆け寄った。

「悪い! つい驚いて……。怪我はないか?」

「ああ、大丈夫だよ。流石異能者。力では敵わないね」

 やはり、異能者だとバレていたかとブリッドは顔を歪めた。

「そんな顔をしないでくれ。誰にも君がここで吐いてたなんて言わないよ」

 そう言ってブリッドに優しく微笑んでくるこの男にブリッドの警戒心が更に高まる。

 軍人らしかぬ痩せ細った体型。顔をこけて青白く、本当に軍人なのかと上から下へと不躾にブリッドは軍人を見た。そんなブリッドに軍人は笑い、「軍人らしくないかい?」と話しかけてきた。

「僕はね、基本は戦場には行かず、いつも本部で作戦を練っているんだ。非戦闘員さ、これでも頭脳派なんだ」

「そうか……。悪かった、ジロジロと詮索するように見てしまって」

 悪い人間じゃなさそうだな……。

 そう思い、少し警戒心が解けてきたブリッドに男はずいっとブリッドに顔を近付けた。

「ねえ、僕とお友達にならないかい?」

 突然の申し出にブリッドの思考が止まる。

 この男は今なんて言った?

「僕は君達のように能力を持つ異能者がだーいすきで、尊敬してるんだ! 僕は君達と仲良くなりたい! おかしいと思わないかい? こんな素晴らしい能力があるのに僕達人間が君達を蔑むなんて」

 両手を広げ、狭いトイレのなかでクルクルと踊りながら周りながらブリッドに語りかけるこの男は異様でブリッドは恐怖を感じた。

「こんな世の中はおかしい! さあ、僕と一緒に改革を起こさないかい?」

 そう言い、目を見開いて自身を見る男にブリッドは確信した。

 こいつが異能者の協力者、探し求めていた犯人だ! 

「ぐっ、何の真似だい?」

「何の真似かと? てめえが一番良くわかってんだろが。お前だろ? 難民地に異能者を送り込んだ犯人は」

 首元を掴み壁に押した倒したブリッドは男に質問する。男は「なんだ、バレバレだったったてことか」と言いながら不気味な笑みを浮かべた。

「何笑ってんだよ。今の状況分かってんのか?」

 ぐっと少し力を強め、ブリッドは男の首元を更に締め上げた。

「ぐぐ……、君は勘違いしてないかい?」

「はあ?」

 余裕のある表情を浮かべる男にブリッドは理解できずに眉を顰めた。

「この状況を見られたら困るのは君だと思うぞ? ここで僕が助けを求めて叫んだらどうなると思う?」

 男の発言にブリッドはハッと理解する。人間の方に非があっても、罰されるのはいつも異能者の方なのだ。

「てめえ異能者が大好きじゃあなかったのかよ。あれも嘘か? ああ?」

 卑怯な男の発言に怯む事なく反論する。

 どうにかしてこの男を丸め込むことはできないだろうか。黙って考え込むブリッドに男は潮笑うかのようにハハッと笑い始めた。

「無駄さ、無駄。僕が今回の内乱に加担していたとしてもだ、君にはそれを証明する証拠がない。僕が君に襲われたと言えば君はどうなるかな? それにだ、我々軍に伝えた内容と違う行動をしてた君のせいで他の異能者にも何か罰則が与えられるかもしれない」

「な、それは卑怯だろうが!」

「おお、おお、可哀想に。君達、異能者の立場は更に悪くなるだろう。そんな可哀想な異能者の君に提案が一つある」

 男はそう言って自身の首元を掴むブリッドの手を撫で始めた。気色悪い行動にブリッドは顔締め、手の力が少し抜ける。そんなブリッドに構わず男は提案を持ちかけてきた。

「僕達の仲間にならないかい? ここで無事にこの街を乗っ取ることができれば君を幹部として迎える約束をしよう。こんな生き辛い組織の中よりもこちら側にくれば自由に過ごせるぞ。僕は君の友として人間という立場を使いサポートすることを約束しよう」

男の提案に驚きつつ、答えはもう出ている。ノーだ。しかし、それをすぐに伝えると男は大声を出し、助けを求めるかもしれない。

 頭をフル回転させ、なにかいい方法がないか考える。そんな中、カツカツとトイレに向かって歩き、談笑しながらこちらに近付いてくる二人組の男の存在に気付く。やばい、このトイレに入られ、この状況を見られれば俺はもうタレンティポリスとしては生きていけないし、周りの異能者に迷惑がかかるかもしれない。

「さあ、時間がないぞ。さあ、どうする!」

 焦るブリッドを煽ってくる男に焦りが加速する。

 くそ、くそ! どうする! 

 とにかくトイレの個室へ連れ込もうと移動しようと男の腕を後ろに回し、片手で拘束し直した。叫ばないよう手を口元に持っていくと男はブリッドの手を強く噛んだ。

「痛っ!」

 噛んでくる男に驚きと痛みの余り口元を塞ぐ事に失敗した。その隙に叫ぼうと大きく口を開く男をみてブリッドは、「ああ、もう終わった。異能者である自分はどう足掻いても明るい未来なんてないんだな」と、この後起こる最悪な未来を想像していた。

 その瞬間、甘い香りがトイレの中に充満した。下半身が疼く感じと共に力が抜け、その場にブリッドと男は倒れるように座り込んだ。

「このゲス野郎が。白状しなさい」

 怒った表情をし、男に人差し指を向けながらカミラは魅惑化の能力を使用した。十四歳の少女に欲情している自分に嫌気をさしながらもブリッドは「俺にも能力かけんなよ」と、息を荒くしながら微かに残っている理性でカミラを睨み付けた。カミラもブリッドまでに魅惑化の能力を使う気は無かったが、まだカミラはコントロールが上手く出来なかった。

 ブリッドに近付き耳元で指を鳴らす。するとスーッと火照った体が冷めていくのが分かった。カミラがブリッドに魅惑化の能力を解除したのだ。

「カミラ、お前な……」

 ホッと安心し、溜め息と共にカミラに声をかける。

 こんな少女に欲情するなんて犯罪だ。

「お叱りは後で聞きます。それよりこの男ですね、協力者なのは」

「ああ」

 カミラの能力を諸に食らった男は壁にもたれながらハアハアと息を荒くして自慰行為をしていた。男の自慰をみて顔を顰めるブリッドに反してカミラは男に近付き、男の股間を勢いよく踏みつけた。

「ああん! ダメだよ、お嬢ちゃんんん!」

 顔を赤く染めて喘ぐ男にまた嘔気がしてくるブリッド。カミラは表情を一つも変えず無表情で男が射精する寸前で足を上げた。

「え、え、なんで……」

「私の質問に答えてくれたらイカしてあげる」

「答えます! なんでも!」

「じゃあ、まずは"お座り"しなさい」

 カミラの言葉に男は犬のように正座して手を前についた。その男の手をグリグリと踏みながらカミラは質問をし始めた。

「貴方は難民地にいる異能者の協力者なの?」

「はい、左様です!」

「協力者は軍に何人いるの? 目的は?」

「僕以外にあと三人います! 目的はこの都市を制覇し、四つの大国を異能者の為の国に改革することです!」

「なっ!?」

 男の発言にブリッドは驚き声を上げた。カミラはそれでいても冷静になれと自身に言い聞かせながら質問を続けた。

「異能者は難民地に何人いるの? その組織の本部はどこ? 首謀者は誰?」

 ここまでの大事ならそれなりの人数の異能者がいるかもしれない。カミラの質問に男は大きな声で笑い始めた。

「そんな面白いこと言ったからしら。質問に答えないで笑い続けるならご褒美はあげないわよ」

「いえ、すみませんお嬢ちゃん、いやご主人様! 何人なんて質問したからつい……。どうか、ご褒美は!」

 そう言って床に頭を擦り付け土下座する男に何人いるかの質問がそんなにおかしいのかと二人は首を傾げた。

「異能者は難民地にいる難民全員です」

「……ど、どういうこと?」

 男二人の対応を終えてやってきたミアは男の言葉に驚きながらこちらに近付いてきた。

「どういうもなにも。大国四つ相手するのにたかが数人の異能者で制覇できるはずもありません。こちらもそれなりの人数を用意しただけです」

「ま、待てよ、難民全員って、何人だよ!」

「ひゃ、百五十人だったかしら……」

 カミラの言葉に三人からドッと冷や汗が流れた。

 そんな大人数の異能者をたかが十数人の我らが対応できるのか。

「ブリッドさん、こちらは私とミアさんで対応します! この事を早くナール総括に!」

「わかった、ここは頼む!」

 ブリッドは足に力を入れて風の様な速さで本部へと向かった。

 勢いよく入室したブリッドに武操化のタカラとマオ、そして人間のループス大将とジームス警視長は驚いた。そんな二人に反してナール総括はゆっくりとブリッドを見た。

 なにか情報を掴んだのだろう。事態は悪い様だなと察した。

「ブリッド、報告せよ」

「協力者の一人を確保しました! 難民地にいる異能者の人数を把握しました!」

「何人だ?」

「難民全員です!」

 その言葉に部屋にいた全員に戦慄が走る。そしてその瞬間、難民地の方向から大きな爆発音と煙が空中に上がった。しゅんりからの戦闘の合図だ。

 ジームス警視長とループス大将はこの状況に「どういうことだ! どうなっている!」と騒ぎ始めた。そんな二人を無視してナール総括は天井へと目をやった。二人の人間にバレないように通気口に隠れていたルルは、天井から軽やかに降りてナール総括の前へと現れた。

「事態は予想以上に悪い。早急にブリッドとルルは難民地へ迎え。先に向かってた三人と戦闘を開始しろ。タカラはヘリを操って二人を輸送し、マオはトラックと戦車を操縦し戦闘部隊のフォローにあたれ」

「カミラとミアは下の階のトイレで協力者を尋問中です」

「分かった。そやつの回収はわらわがしよう。すぐ戻る、タカラ頼むぞ」

 そう言いナール総括は扉へと向かった。すれ違い間にブリッドとルルに「命令だ。死ぬな」といい、その場から消えるよう部屋から出て行った。

「はっ!」

 既にいないナール総括に対し二人は敬礼した後、ヘリに乗るため屋上へと急いで向かった——。

 

 

 

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