青空は既に昏れて
第31話 “奴隷”と“剣闘”の都
——“奴隷”。
魔物に故郷を滅ぼされた者。賊の手により大黒柱たる父兄を亡くした者。理由があり、生きる希望を失った者達にとって“奴隷制度”とは、一つの“救済”である。
魔物や魔獣が普遍的な存在であるこの世界において、人類は絶対の存在ではない。勇者アルマやオリヴァといった突出した“個”は存在すれども、それは極々僅かのものでしかなく、生きとし生きる人類全てを守るには余りに希少過ぎる。
故に、希望を失った人々を一時的に守るために設けられたものこそが、“奴隷制度”である。
奔放な自由こそ認められていないが、多くの加盟国によって最低限の安全が保証される身分であり、しかしながら人類が未だ解決する術を持たない“闇”。それこそが“奴隷”であった。
——“剣闘”。
人類同士、あるいは捕獲した魔獣、魔物を相手に、肉体と武芸を用いて力を示さんとする“見世物”であり、これもまた一つの“救済”である。
脅威に対する己の弱さから目を背け、しかし他者よりも優れた武力を有する者。
故郷を奪い尽くす炎に魂を灼かれながらも生き延び、そして血を流し苦しんでいるのは己だけではないのだという安堵を求める者。
希望を失ったのではなく、絶望を知る者どもにとって、その心の“闇”から逃避する為の娯楽こそ、“剣闘”である。
“ウィーゼアルム”は“奴隷”と“剣闘興行”によってその名を轟かせた。モントメア王国では西方に位置する異端の都市であり、そこには国内のみならず近隣諸国から人々が、金、名声、愉悦を求めて足を運ぶ。
闇を知りながらも闇の傍らへと望んで身を置く人々が描くその有り様は、やはり欲望が渦を巻いていると言えるのであろう。
その欲望渦巻く都に、ただひたすらに“カレー”なる料理を求めて訪れた、三人と一頭の旅人達が居た。
「——うおー。でっかい、すっごい。」
一階、ないし二階建ての建築物が一般的なこの世界において、ウィーゼアルム中心部を埋め尽くす煉瓦造りの四階、五階建の建築物はそれだけで見る者を圧倒する外観を有しており、それを見た白髪の幼女——ツィツィは目を輝かせた。
行く先々の路面には丁寧に石畳が敷き詰められており、それを踏み締めるだけですらその費用と人手のかかり具合に驚かされるのだろう。
てしてしと細く小さな足で地面を叩くツィツィは興奮しているようで、両耳の上にある横に大きく跳ねた耳の様なくせっ毛は、上下に揺れて楽しそうな彼女の心情を物語っている。
「じんるいはすごいねー。……あー……こんなに、大きなたてものを作っちゃうなんて。ね、ぱぱ」
「何処の目線で語ってるんだよ、ツィツィは」
自身を“ぱぱ”と呼ぶ幼女の楽しげな姿に、苦笑いを浮かべるのは黒髪の青年オリヴァである。
エニスを出立した彼らは、二十日とかからずにウィーゼアルムに辿り着いていた。
——道中で羊飼いの村に寄っては、そこで勃発したツィツィ対羊達の熾烈な争いをククルカが諌めたり、“ゴブリン”と呼ばれる魔物に襲われた
人の良さそうな旅の商人は、オリヴァが一薙ぎでゴブリンの十数体を蹴散らす姿に驚きと感動を覚え、是非にと誘いの言葉をかけたのだが……やはりオリヴァとしては、あまりに強すぎる己の力に首を傾げていたりもした。
ともかく、“カレー”に一刻も早くありつきたかったオリヴァと、彼に付き従う自称メイドのシルヴィア。そして謎の白い幼女ツィツィと、商人が運ぶ荷の中の干し肉に興味津々なククルカは、その商人の誘いを受けて長い旅路を大幅に短縮したのだ。
——エニスと違い、ウィーゼアルムには外壁と門が備えられており、そこでククルカの“従魔登録”をシルヴィア名義で行った彼らは、一先ず宿を探す為に人の往来の多い正門通りを歩いていた。
「確かに圧巻の光景だな。まさかここまで栄えている都とはな」
「ウィーゼアルムは各国の貴族が金を落としていく為に税収が多く、それを積極的に街の発展へ用いる事で更に人を呼ぶ……そういう循環によってこの規模の都市を形成していると伺いました」
オリヴァの隣を歩くシルヴィアが、銀髪のポニーテールを揺らしながら、この都についての案内をする。英雄であれども爵位を有さないオリヴァに対し、彼女は他国であれど位の高い貴族の生まれである為、彼の知り得ない知識を多数有しているのだ。
ツィツィが行く先々で物珍しそうにはしゃぐ姿を見守りながら、シルヴィアの細やかな情報にオリヴァは耳を傾ける。
「貴族が金を、か。……それはやはり、“剣闘”を見に来ては宿泊し、そこで贅を尽くすからだろうか」
「それだけではありません。貴族がよく足を運ぶ土地という事もあり、服飾業や宝石業などの商いも盛んでございます。それになにより……やはり“奴隷売買”が」
「奴隷か……こうして華やかな表通りを歩いていると、そう気になるものじゃあないんだがな」
「後ろ暗い商い……というわけではありませんが、決して愉快なものではごさいません。“奴隷商館”もきっと、大通りから少し外れた場所に佇んでいるかと」
境遇で生き方が決まる事を好しとしないオリヴァにとっては、やはり“奴隷”というものの存在を理解はすれども好ましいとは思わない。
当然、奴隷という身分の人々が嫌いなのではなく、そういう人々を生み出してしまう世界を好まないのだ。
かといって己に何の権力があるわけでもないオリヴァは、せめてまだ幼いツィツィはその世界に関わることのない様にと、目の前で右へ左へとはしゃぎ回る白髪の幼子を見守っていた。
そしてなにより、そんな都市だからこそ、オリヴァの求めるものを有しているのだ。
「しかし、その貴族達を迎え入れる為に宿も発展して、世界の料理を楽しませる様になったというのだから、何とも言い難いのは確かだな」
「はい。“カレー”を提供した事があると噂の
「うぅん……一先ずは手頃な宿を探して、その後連絡をしてみようか。……また、シルヴィアに頼る事になるなぁ」
「
そうやって少しの間、街の景色を楽しみながら歩いていた一行は、大きな噴水を有する広場へ辿り着いた。
噴水の周囲には屋台や芸を披露する者と、それを楽しむ人々で賑わっており、この都市においては明るく朗らかな空気を醸し出している。
その広場に来て、早速反応を示したのはオリヴァの後ろについていたククルカだ。
クーシーという事もあり人目を集めてはやや辟易していた彼女だったが、屋台の内の一つが漂わせる良い匂いに誘われ、すっと鼻先をそちらへ向け始めた。
そしてククルカを見たツィツィも、その屋台に興味を示した様で、話をしていたオリヴァの下へ駆け寄ると、くいくいと服を引く。
「ぱぱ。くくと“あれ”……あー……くしやき? を食べてくる」
「ん、じゃあ買いに行くか?」
「んーん。おつかい、いってくる」
可愛らしくお小遣いをねだるツィツィに微笑みを浮かべ、オリヴァは小銭を彼女の小さな手に乗せる。そうするとツィツィは、ククルカを連れて一目散に目的の屋台へと駆けて行った。
「転ぶなよ! ……って、言う前に行ってしまったか。……あの様子なら、やはり連れてきて正解だったな」
「その様ですね。楽しそうです。流石は主様、お子さまの成長の助けに余念がない。私達は如何しますか」
「……正直、父親であると認めたわけじゃないんだが。まぁ、これも経験だな。ククルカがついて行ってくれたし、俺たちは何か芸でも見ていようか?」
“畏まりました”と言いつつ何故か距離を詰めて身体を触れさせるシルヴィアを連れて、あえて黙ってオリヴァは広場を見渡す。
十人十色の芸を披露する旅芸人がひしめく中、彼の興味を誘ったのは、“劇”を披露する一団だった。
「“寸劇”か! 見た事ないんだよな」
「古今の物語を役者が演じる見世物ですね。
「なるほど。どれ、演目は……ん?!」
簡単に用意された木製の舞台。その傍らに備えられた黒板を見て、オリヴァは思わず目を丸くする。
そんな黒髪の青年を見て、その一座の関係者と思しき茶髪の男が声をかけた。
「おお! そこの男前なお兄さん、うちの劇に興味がおありで?」
「え?! あ、ああ。どんな内容なのかと、思ったんだ」
オリヴァが興味を示した事を伝えると、その男は嬉しそうに、しかしあくまで営業向けの笑みを浮かべて応える。
「折角なら見て行ってくれよ! 今日は人気のある“聖女ヘレナのハイドラ退治”だ! 今話題の、あのオリヴァも主役に添えた話なんだぜ!」
“今話題の”。その謳い文句に、本人であるオリヴァはぐっと口を閉じて、楽しげに語る男性のあらすじに耳を傾ける事になった。
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