第24話 好奇心は看板娘を

 看板娘ヴァネッサが運んできた料理は、大蒜にんにくの食欲を誘う良い香りを漂わせている。


 カレーで頭を満たされているオリヴァではあるが、その食欲を唆る香りと、盛り付けられた海老の見ただけでわかる美味の予感に興味をそそられていた。



「美味そうだな……これは?」


「カレーじゃなくてゴメンだけどね。当店自慢の看板料理、海老の大蒜牛酪炒めガーリックシュリンプでごぜーます。食べたこと、ある?」



 オリヴァが首を振って彼女の言葉を否定すると、彼女は“元々は東の島で出来た最近の料理なんだよ”と語り始める。


 船乗りの話を聞いて店主が再現した料理は、大ぶりな海老を大蒜、橄欖油オリーブオイル、柑橘果汁で出来た調味液に漬け込み、その後牛酪バターと絡めて炒めたものだ。


 その話を聞きつつも、豊かな香りに食欲が沸き立つのを感じたオリヴァは、早速突き匙フォークを手にした。


 そうして口に運んだ海老は、殻に包まれつつもほぐれる様な柔らかな食感と独特の甘味と旨味を口一杯に広げ、まるで海老が舌の上で踊っているかの様な光景をオリヴァは錯覚する。



「……美味いな……調味液が、海老の旨味を一段階も二段階引き上げている様だ……!」


「でしょ? あとこれ、林檎の果汁。気になる大蒜の残り香がだいぶマシになるし、二日酔い対策にもなるから」


「完璧だ……完璧な組み合わせだ!」


「女の子連れなら、気にしちゃうよね。……それから、カレーの話なんだけどさ。親父から聞いたんだけど、この国で食べられる場所が有るんだって」


「なっ、本当か!!」



 オリヴァが思わず突き匙を置いて立ち上がりその手を取ると、ヴァネッサは“お、おぅ”と驚きながら狼狽える。



「どこで食べられるんだ、教えてくれ!」


「あ、あー……ごめん、そこまではわかんなかった……」


「な、そ、そうか……ありがとう、教えてくれただけでも嬉しいよ」


「ま、まぁねー。……それよりほら、目の前の御馳走を食べなよ」



 少女に促されて席に着くと、オリヴァは再び突き匙を手に取り、改めて料理へと意識を向ける。


 カレーに精神を支配されつつあるものの、美味なものは美味と伝え、感謝して食べることこそその食に携わる全てへの報恩であると考えるオリヴァは、シルヴィアの分を取り分けた上で食を進めた。


 カレーについての手がかりを得られたとあれば、後はその情報を集めるなり、精査するなりを行えば、遠くない未来にカレーを食する事が出来る。そう思えば、オリヴァは迷う事なく料理へと手を伸ばしていった。


 その迷いのない食べっぷりにヴァネッサは満足しつつ、青年の大柄な体格、黒髪に黒目、そして何より目立つ額から疾る傷痕に興味を示す。



「ねー。もしかしてだけどさ、おにーさんって……名前、“オリヴァ”だったりする?」


「……ん……んん、あぁそうだ」



 皿に添えられたパンに乗せて食すと美味いと気付き頬張っていたオリヴァは、急に尋ねられた己の名にやや遅れて返事をする。


 数ヶ月前であればその答えには窮する所ではあったが、今の彼にはもう呪いは存在しない。故にオリヴァは躊躇うことなく答えた。


 するとヴァネッサは、ただでさえ明るい顔色を一層花開くように綻ばせてその返事を喜び始める。



「へー! あんたがあの“不滅”かー!」


「……この辺りでも、知られているのか?」


「アタシはほら、そういう話を集めやすいんだ。傷だらけになってまで戦うなんて、おかしな人も居るもんだなーなんて失礼な事、



 ここから近くはないが、大陸的には遠くないオルドー村ではオリヴァの事を知る者はいなかった。


 もしやすると危ういところだったのではと彼がそう尋ねると、少女は“アタシくらいじゃないかな、あと船乗り連中”とその話の出元を聞かせてみせた。


 彼女もまた、オリヴァが浴びた“愛憎反転”の影響を受けていた。言葉通りついこの間までは、船乗りが話す彼の話を怪しいものだと話半分に聞いていた少女であったが、今日になって実際目にしてみると、なんとも“いい感じ”の青年ではないか。


そう感じたヴァネッサは、話を聞きつつ料理を楽しむオリヴァを、角度を変えつつ観察し始める。



「ふんふん。ほー、へー……いいねー」


「……あまり店員が客をじろじろと眺めるのは、教育がなってないっていうんじゃないか?」


「まぁまぁ気にしないでよ!」



 今日が初対面ではあるが……ヴァネッサは既にオリヴァのことが気に入りつつあった。


 あの邪竜討伐に幼馴染の為と赴き、世界を東から西へと股にかけ、様々な魔物を討ち倒し、そうして目的を果たした英雄の青年。


 現在の生活に不満がある訳ではないが、エニスの外の世界に興味を抱くヴァネッサとしては、是非ともその英雄譚を聞いてみたかった。


 それにオリヴァという青年自体にも好感が持てる。優れた体格に精悍な顔つきの、この手の男どもに多い自信過剰な素振りは見られず、しかも酒場自慢の料理をこれ程まで美味しそうに食べてくれる。


 傷だらけの顔には一瞬怯んだが、感情表現は思いの外豊かで、なんとも親しみが持てそうだ。


 そう思ったヴァネッサは、“これはお近づきになるしかないね”などと考えて、座るオリヴァの隣に歩み寄ると、肩を組んでからその柔らかく反発する身体を押し付けて、にこやかに笑いかけた。


 ……彼女の名誉の為に語るのであれば、決して色仕掛けのつもりではない。健康的な色気を持つ彼女ではあるが、至って親しい相手にする仕草のつもりだった。



「気に入ったよ! いい男じゃん!」


「あ、ありがとう、でいいのか……?」



 急な褒め言葉にオリヴァは戸惑うが、ヴァネッサはその態度にも満足げに頷いてみせる。


 兎にも角にも話が聞きたい。ともすれば隣に座っている物静かな美女は勇者一行の誰かなのかもしれない。銀髪となると騎士達を率いた“戦乙女”と名高いシルヴィアだろうか。そうなれば更に旅の話だけではなく、騎士達の話も聞くことができるだろう。


 そう考えたヴァネッサは、いよいよ我慢が出来そうになかった。


 年頃の少女が持つ健全な好奇心を前にして、ヴァネッサは胸のときめきを抑えきれず、いっそ夕食でも共にしないかと誘おうと決心した。



「謙虚だねぇ、おにーさん。いや、オリヴァさんかな? どうかな、おねーさんも一緒に、こ」



 ……しかし、それ以上の言葉は続けられなかった。


 ここでようやく、ヴァネッサは気づいてしまったのだ。


 隣に居る銀髪の、この店には相当にそぐわないメイド服姿の美女。


 シルヴィアの紫色の瞳が。


 ただ、じぃっと自身を、見つめている事に。

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