『ハート・オブ・シティ』 中の5号


 それは、つまり、言葉ではない、ある種の意思であり、光景であり、その微かな断片でもある。


 植物の場合は、それが、極めてはっきりしていた。


 葉や花は、大変明確に覚えているが、落ちてしまえば、それは、幹に蓄積はされてはいるものの、明確度や鮮明さは、やはり落ちてしまう。


 それでも、寿命の長い大木には、非常に古いほのかな記憶が残っている場合があるのだ。


 が、いま、あねがさばあは、近い日々の記憶を追っている。


 つまり、それは、はっきりした情報を得やすいということである。


 まして、自殺した桜の木となれば、たぶん、強烈なものである。


 しかし、それは、自殺かどうかの確認はできるが、動機は分からない。


 だから、全体的な情報も必要なのだ。


 『ふうん。やはり、桜の木の記憶は強いな。丘の頂上まで漂ってくる。』


 市役所は、丘の真下である。


 だから、公園も見下ろしていた。


 桜の木の下まで行かなくても、その光景が浮かんでくる。


 葉山真司は、深夜に、桜の木の下に来た。


 小さな公園には、LEDの街灯がひとつあった。


 その晩、桜の花は、かなり散ってはいたが、まだ、半分くらいは、残っていた。


 いまは、さらに、その半分になっているが、今年はやたら、天気が良かったから、わりあいに、長持ちしていた。


 さらに、今年は暖かくて、と、いうよりも、もう、初夏に近いくらいに、暑いのだった。


 『みんな、調子狂ってるなあ。異常気象というか、異常変動だよ。』


 あねがさばあは、つぶやいた。



 葉山は、首輪を、手近な枝に掛けた。


 それから、自らの首を、縄に掛けたのである。


 しかし、それでは、首吊りにはならない。


 すると、不思議な事が起こったのだ。


 桜の木を中心にして、周辺の地盤が、明らかに、少しだけ下がったようなのだ。


 『あらま。』


 あねがさばあは、驚嘆した。


 葉山は、首吊りになった。


 『これは、自殺か? 他殺か? 自殺幇助か?』


        🌸🌸🌸


 

       


 


 


 


 


 


 


 

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