『ハート・オブ・シティ』 中の1号

 

 警部補は、まあまあのマンションで開業している、『あねがさばあ』を、訪ねた。


 彼女は、たぶん、まだ、四十代というあたりである。


 その名前の由来は、『なんとなく。』だった。


 『名前に必ず意味が必要ですか?』


 そう、警部補は、尋ねられた。


 『まあ、分かりやすいだろ?』


 『あたくしの仕事は、分かりにくい方が良いのです。』


 『はあ。そうですな。』

 

 本名は、松村映子さん。

 

 名門松村家の親戚には当たるらしいが、『気にしてない。』のだそうである。

 

 とくに、宣伝もしていないが、依頼者は、けっこうあるらしい。


 この世界にある、『環境の意思』『無機物の意思』『植物の意思』、とか、そうしたものを探求し、依頼者にアドバイスする、『アトモスフィーリング・コンシャスネス・アドバイザー』とかを、やっている。


 しかし、自称、探偵でもある。


 警部補の、元、妻である。


 かなり、むかしの話だ。


 10年以上前である。


 当時は、警察事務員だった。


 『またまた、いまの事態にお困り?』


 『いや、様子を見にきただけさ。』


 『小桜公園で自殺があった。市役所で、暴れた人がいた。』


 『もう、出回ってるか。』


 『そらもう。しかも、環境意思が、伝えて来ているわ。』


 『きみ、それは、やめたまえ。』


 『あら。ほんとだもの。真実こそが、あなたの追及するものでしょう?』


 『それは、そうだがね。』


 『困ってる、と、書いてある。』


 『どこに?』


 『困ると、鼻がひくひくするから。』


 『なら、言うな。』


 『まあ。冷たい言い方ね。らーめん食べにゆこうか。『まんだら定』。』


 『ああ。あそこの個室なら。』


 『まあ、何をするつもり?』


 『ばあか。らーめん食べるんだ。』


 あねがさばあは、シベリウスの『トゥオネラの白鳥』を、止めた。


 

      🦢 

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