『ハート・オブ・シティ』
やましん(テンパー)
『ハート・オブ・シティ』 上
朝1番に出勤した彼女は、職場の目の前の公園の大きな桜の木に、人がぶらさがっているのを見つけた。
🐾🐾
『これは、誰なんだい?』
赤血一郎警部補は、まだ若い、
『むかし、こちら側の会社に勤めていた、葉山真司さんという人みたいです。しかし、退職したのは、もう、かれこれ、15年も昔でして、いま、ここの支店に、この人を知ってる人は、すでにいないみたいです。いまは、無職。66歳です。妻あり、子供はなし。』
『確認した? 職場のなか。』
『ええ。6人しかいませんから。ただ、支店長は、たぶん、知ってるらしいですがね、いま、北海道に出張してます。すぐ、こちらに、向かうとのことですが。東京本社の人事担当者には、あちらの本署で、事情を聴いています。』
『ふうん。支店長は、確かめた?』
『出張してたのは、確かですね。裏はとりました。』
『そう。自殺かなあ。やはり。』
『そうでないという痕跡は、まるでないです。目撃者は、今のところありません。真っ正面は、市役所。となりは、裁判所。こっちは、図書館。民家はないですね。でも、他の人がいたらしき形跡はまったくなし。本人の足跡のみです。こっちは、裏口で、外向きの監視カメラはなないです。道の向こうのコンビニが1番近いです。まあ、一応近場のカメラは、すべて解析中ですが。写っているという話しは、まだ、来ません。まず間違いなく、ここまで歩いてきたらしいです。でも、くつもぞうりも履いてない。変ですがね。しかし、やはり、裸足で歩いてきたようですよ。自宅は、歩いたら1時間くらい。車も自転車もない。ただ、まだ、やり方がわからないんです。足場もない。なにか、仕掛けをしたんでしょうか。まあ、おっつけ、わかりますよ。たぶん。もう、回収しますよ。遺体。』
『そうか。わかった。おいら、他の用があるから、ここは君に任せた。』
『わかりました。』
警部補は、目の前の市役所に向かった。
老人が、市役所内で、ひと暴れしたらしい。
『やれやれ、どうなってる。』
このところ、意味不明の自殺や、店舗や役所で暴れたり、暴力を振るったりする事件が多発していた。
とくに、目を付けられていた、という人たちではない。
みな、動機も、意味も良くわからない。
本人たちも、まあ、今みたいに、自殺した人はとにかく、さっぱりと、分かっていないらしい。
どうやら、たまたま、その気になったらしい。
『宇宙人が乗り移るわけもなし。薬物は見つからない。脅迫もされてない。闇バイトな訳もない。なんなんだ。流行か?』
警部補は、やたら、でかい市役所の3階の環境課に上がった。
彼は、部下の面倒見は良いのだが、上司をあまり敬わないとして、上層部からは煙たがられていた。昇進試験も受けたがらない。
しかし、本人には、あまり出世願望はない。
いや、昔は、まあ、あった。
いまは、独り身で、財産もなく、なんにもない。
だから、特に張りきる理由もない。
それにしては、優秀ではあったらしい。
『蒲倉市警察の、赤血です。』
『あ、どぞ、こちらでし。』
担当者は、応接室に警部補を案内した。
そこには、60歳くらいの男性が座っていた。
『こほん。蒲倉市警察の、赤血です。あなた、暴れたの?』
赤血、という名字は、いささかの、迫力がある。
警察官一家である。
父も、祖父も、兄弟姉妹も、みな、警察官であった。
警察官でないという環境は、警部補にはあり得なかったが、そいつが、ひどく、嫌でもあった。
父も祖父も、署長になった。
母は、事務方の幹部をしていた。
『暴れたす。』
男は、素直に認めたのだ。
これも、いつものことだ。
『なんで、です?』
『さあ。そうしたかったからす。理由は、さあ。わからないです。脳がそう命じたから、かな。』
『脳がねえ。』
これまた、いつもの話しだ。
みんな、そう言うのである。
『でも、なにか、腹が立つ理由とか、あったでしょう?』
『ない。なにも、用もなかったし。』
『はあ。用もなく来て、暴れたりしたの?』
『まあ、そうでしな。』
『はあ。怪我人は?』
担当者は、答えた。
『それは、ないですな。』
『このひと、なにさしにきたの?』
『いやあ。まったく、分かりません。』
『でも、あなた、わざわざ、なんで、環境課にきたの?』
『まあ、たまたま。脳がそう命じたから。』
『脳がねえ。』
警部補は、やはり、お手上げである。
医師の診察でも、今のところは、さっぱり分からないのだ。
それぞれ、何らかの痛いとこや、多少の不調はあっても、特に、それに関わるような病気とは、みな、思えない。
『意味不明だね。』
警部補は、つぶやいた。
『まったく。』
市の担当者も、本人も、うなづいたのだ。
🐾🐾🐾🐾🐾
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