第21話 二つの契約

「青石との契約……なんのことですか……?」


姫様の声は震えている。


「あら、まだ知らないふりをするの?甘いお姫様だね」


カンナはやれやれと嘆いた。


「青石についてもう調べ済みと言ったでしょ?青石を使えるのは、契約者だけだ。元の契約者は契約を放棄しない限り、次の所有者は石を持っていても使えない。姫様を殺すという手もあるが、契約者を殺すと青石に呪われる噂もあるし。もともと怪しいもんだから、これ以上面倒なことになったらまじごめんだ。念のため、姫様に頼むわ」


怪しいもの?青石の力を信じないなら、どうしてこんなに手間をかけるまで奪おうとするの?


「……青石は契約者を選びます」


姫様は手を胸に握って、少し強めな口調で返事した。


「誰でも契約者になれるわけではないです」


「知っている。かまわん」


「自信がありそうね、契約者の用意はもうできたの?」 


隙を見て、彼女たちの会話に割り込んだ。


「あなたたちのような海賊の中で適切な契約者がいると思わないけど」


カンナは眉間で皺を作って、不機嫌な目つきで私を睨んだ。


「関係ない人間は黙っていろ、お前自身のためだ」


「私自身のために、黙っているわけにはいかないと判断しただけだ」


負けないように、強い目線とカンナと張り合う。


「伝言するより、姫様の希望通り、船長に合わせてあげたほうが早いじゃない?遠まわしのやり方は海賊に似合わないわ。ひょっとして、何か『別の事情』でもあるの?」


「っ!貴様、何がわかる!!」



少しだけ挑発のつもりで言ったら、カンナはいきなり私の胸倉を掴んだ。


「……何もわからないよ。わかっていたら、こんな海賊船に乗せられることもないでしょう」


カンナの怒鳴りから殺気を感じた。


ごっそりと右拳を握り、親指をサファイアーの指輪の下に置いた。


カンナの表情が強張っている。


さっきまで余裕がありそうな緋色の目に、暗い炎が潜んでいるように見える。


どうやら、この姉貴海賊は、沈着冷静を演じていただけ、心の中で何か強い感情を抑えているようだ。


「青石との契約について、補足したいことがあります」


カンナとの対峙に集中する意識は、藍の声に呼び戻された。   


「藍……?」


姫様は何かを言おうと声をかけたが、藍は躊躇わずに進んで、私とカンナの隣に立てた。


「青石の契約は、『生者契約』と『至死契約』、二つの種類があります。生者契約の場合、いつでも解約できるけど、至死契約の場合は、文字通り、死ぬまで解けることができません。そして、契約者が死亡した時点で、青石は全ての力を失います。次の契約者の資格を持つ人が現れない限り、永遠に普通の石のままです」


「ふん、そうなの?」


カンナは私を放して、藍に向けて鼻で笑った。


「それじゃ、使用人さん、姫様はどっちの契約なの?」


「これはわたしが答えられる質問ではありません」


反撃のように、藍の顔にも意味深い微笑みが浮かび上がった。そして目線を海賊から逸らし、後ろにいる姫様に向けた。


「藍……」


姫様は困惑そうに藍を見返す。


「それじゃ、やすやすと姫様に手を出せないね。万が一、彼女の契約は至死契約で、あたしたちの中で資格を持つ人もいなかったら、タダ働きになるんじゃない?」


「そのとおりです」


藍は満足そうに頷いた。


「嘘上手」


「嘘かどうか、試す勇気はありますか?青石のことはともかく、姫様の御父上のことも、もちろんご存じでしょう」


「どいつもこいつも、食えないやつ……!」


独り言のように、カンナは一度歯を食いしばって、悔しそうに吐いた。


「青石って、青石って、あんなもん、一体なんの魔力が……」


「魔力なんかはありません!」


姫様は慌てて声をあげた。


「世界を動かす力、どんな願いも叶えるなんて、全ては噂による誤解です。本当にそのような力があれば、言われなくても人々を助けに行きます!でも、青石は、本当にお守りのようなものだけです。あなたたちが想像している道具ではありません……どうか信じてください!」


「……」


カンナは目を細くした。


藍と姫様の言葉の真偽を考えているでしょう。


「青石の力もわからないのに、どうしてそんなに欲しがっているの?」


「黙れ!」


ついに切れたように、カンナは杖を私の鼻先に向けて一振りをした。


届かない距離なので、避けなかった。


「それが欲しいのはあたしじゃない!」


「あなたじゃない、どういう意味……?」


確かに、海賊の行動を決めるのは船長だ。


だとしたら、船長はどうして直接に姫様に会わないの?


価値のない客船を襲うまで手に入れたいものが目の前にあるのに、会いに来ない。


何か会えない理由でもあるのか……


「どうやら、足を運んでもらうしかないようだな――」


頑固な私たち三人に手を尽くしたのか、カンナは言葉を変えた。


「よく聞け」


カンナは杖の向きを変えて、姫様に指した。


「望み通りに船長に合わせてやる。ただし、何があってもわからない。覚悟しとけよ」




***




ここは海賊船の船長室。


錆びた金属と塩苦い海水の匂いが満ちている。


海賊にも羨望されるところがあるというなら、「自由」と「野性」くらいでしょう。でも、この部屋の中で、自由も野性も感じられない。


重苦しく、息が止まるほど胸に迫る空気だけが漂っている。


部屋の真ん中にある大きいな机の上に、たくさんの紙、小石、道具などが散らばっている。床は古本、金属やゴミなど雑物に覆われ、足を置くところがほとんどない。


「?!」


机の向こうに、人型の黒い影が佇んでいる!


……いいえ、よく見てみれば、日に焼けた肌を持つ体格のいい青年だ。


壁に並んでいる灯のおかげで、この部屋はとても明るい。なのに、なぜか、あの人だけが黒い影のように見えた。


この不気味な部屋と相応しくない唯一の存在は、黒影の男のすぐ隣に立っている人――


陽射のような金髪に、豪奢な服装の青年。


ウィルフリード……?!


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