第五幕 悪党VS悪魔
第21話 再会
「どうしてここに?!」
思わず声をあげた。
彼は必ず何かをすると思ったけど、堂々と船長室にいるのはさすが思いにもよらなかった。
「しばらくですね、お嬢さん」
微笑みを顔に、ウィルフリードは私に近づいてくる。
本当の身分は海賊だとか、実は船長だとか、ベタロマンスみたいな展開を言ったら、この場でその顔を殴ってやる。
「無事でよかったです」
「ここで何をしているの?」
とりあえず、彼を問い詰める。
「何を?」
ウィルフリードは少し首を傾けて、ピンっと来たように目が光った。
「ああ、そういうことですね。ご心配なく。僕は客船に潜入した海賊ではなく、まして海賊船長でもありません。貴女たちと同じ、普通の乗客です」
普通の定義はズレてるじゃない……
「ここにいるのは、ただあの方と――」
ウィルフリードは後ろの黒い影に振り向いた。
「世間話をするためです」
あの人――?!
再びあの黒い影に目を向けたら、ちょっと驚いた。
さっきまで黒い影のように見える男は、今は――
「普通の、人間?」
「嫌だな、お嬢ちゃん、海賊だって普通の人間だぞ。ほら、余分の頭も尻尾もないんだ」
戯れの口調、人間の声で返事した……
「あなたは、船長なの?」
「あたりまえじゃん、ここ、船長室だぞ」
船長はへらへらと笑った。
思ったより若い青年。
半分の顔を覆う短い髭に、お酒の痕がまだ残っている。服装が乱れていて、だらしない様子。
声と目で判断すると、年はカンナとあまり変わらない。
さっきの黒い影は錯覚なの?
「お嬢ちゃんは青石をくれる人?」
観察の途中、船長はいきなり前に進んで、血管の浮き出る手を私の顔に伸ばした。
「違います」
!
船長より早く、ウィルフリードは私の前に移動して、私の代わりに船長と対面になった。
「こちらのお嬢さんは、僕の――『あれ』です」
あれ……?
!!
「あれ」の意味を悟った途端に、拳を飛ばす衝動が胸を走った。
「誰があんたの……」
「『あれ』って……?」
姫様はその言葉の意味がわからないように、首を傾げた。
「なるほど。モンドお嬢様とあのお方との関係について、全然気づきませんでした。お嬢様、客船でわたしたちは余計なことをしたのかもしれません」
藍は一度私の方を見てから姫様に返事をした。
「えっ、どういうこと……?」
「よく考えてみてください。ヒーローはヒロインを助けるのは物語の定番です。本来なら、あのお方はモンドお嬢様を助けて、ブリストン様と口論でも決闘でもして、見せ場を独占するはずです。そして、そのような出来事によって、二人の関係は進展します。ですが、お嬢様は手を出したせいで、そのような進展がありませんでした。モンドお嬢様の体調が崩れた時も、わたしたちは彼女を無理矢理に部屋に引き止めたせいで、二人の関係の進展するチャンスがなくなりました。結局、『あれ』という中途半端な関係になってしました」
わけが分からない……どこの空想話……それでなんの説明になるの……
「な、なるほど!そういうことですね!」
でも、姫様は何か悟ったように、目を光らせた……
「申し訳ありません。わたくしの勝手な行動で、お二人の関係を『あれ』に止まらせてしまいました。お詫びいたします」
「……」
姫様は慌てて私に謝った。
ウィルフリードを殴る衝動を必死に抑えているのに、事情をこれ以上ややこしくしないでくれる……?
「ちょっと、彼女は『あれ』か『これ』かの話をする場合じゃないでしょ?」
カンナは藍の訳の分からない話に構わず、不機嫌そうに人差し指で船長の肩を突いた。
「まだよっぱらってんの? あんな素性の知らない女に手を出すんじゃねぇよ」
「でも~青石と共に、『あれ』をもらっても悪くないと思うよ、カンナ姉さん」
「……」
誰のことを話していると思っているのよ、クソ海賊ども……
ウィルフリードのために用意した拳は、海賊の顔にも分けたくなった。
「ロード、このお嬢さんと二人きりで話したいから、ちょっと失礼します」
ウィルフリードは私が投げた痛い目線を見ないふりをして、船長に話した。
「どうぞ、俺が欲しいのは青石だけだ」
そう言った船長――ロードは、目線先を姫様と藍に向けた。
鋭く、危険で、欲深い目だ。
カンナは両腕を抱え、唇を噤んでロードを見つめている。
「わたしの後ろへ、お嬢様」
藍は小さく震えた姫様を後ろに隠れた。
「青石の件が終わったら、また一緒に話そうぜ、ウィル先生」
ロードは一度振り返って、にっこりとウィルフリードに言った。
……ウィル先生?
いつの間にか海賊船長に先生と呼ばれる身分になったの?
「では、行きましょう」
淡い微笑みを口元に、ウィルフリード私に手を伸ばした。
「どこへ?」
「もちろん、ほかの人のいないところへ。言ったでしょう。二人きりで話をしたい」
「私は話したくない。ここに残るわ」
そう言ったら、ウィルフリードは身を屈め、私の耳元で囁いた。
「何を心配しているの? 姫様、それとも青石?」
!?
「オレは保証する。あなたの欲しいものはここにない」
「おい」
いきなり、カンナの声が割り込んだ。
「ロードと何を話した?」
海賊姉貴は真剣そうにウィルフリードに問を掛けた。
「別に、世界各地の見聞を聞かせただけです」
カンナはへらへらと姫様に自己紹介をしているロードの方を覗いた。
「でも、彼の様子は随分落ち着いたみたい……」
「言ったでしょ。僕は彼の『狂気』を抑えられます。しばらくの間だけど」
ウィルフリードの手に一点の光がきらめいて、彼はそれをカンナに見せた。
光ったものは一つのペンダント。
「!」
金色の、百合の花……!?
「どうしてあんたはそれを……!?」
言葉は頭を通らずに口から走った。
「僕のものですから。どうかしましたか」
淡々とした口調で彼は聞き返した。
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