第20話 二つの契約

「藍!」

 姫様を軟禁する部屋の扉を破ると、姫様は藍に飛び込んで、彼を強く抱きしめた。   

「モンドさんもご無事ですね、よかった」

 私の様子を確認したら、姫様はまた一安心。

 この部屋は、海賊臭いと汚いところが変わらないが、テーブル、椅子、ベッド、布団から飲用水まで全部揃っている。先ほどの牢屋と比べたら、もう最上級と言える。

「でも、どうしてここに?」

「ご心配なく、脅迫や乱暴などお嬢様のお気に入らない方法は全く使っていません。頑張って一人の海賊を説得して、協力をもらいました」

「ありがとう、藍。あなたならきっと大丈夫と信じています」

 姫様は感動の中に浸して、藍の話をちっとも疑わなかった……

 確かに、藍は乱暴なことをしなかった。軽い一撃で海賊を倒しただけだ。

 確かに、脅迫もしなかった。「親切」でとある海賊を死ぬほど怖がらせて、協力をもらっただけだ。

「看守はいないですか?」

「ええ、いませんよ。全員の解放と、青石が欲しい理由を教えることを条件として交渉してみたけど、船長に合わせてくれませんでした……ずっとここで返事を待たせていたの……」

「カタッ」

 木扉が壁にぶつかる音は、藍と姫様の会話を断ち切った。

「あっ……え……」

 扉の外に立っているのは海賊ではない。

 茶色肌の若い女だ。

 小さいウェーブの黒髪に、グレイ色の粗布のワンピース。

 手に食べ物のトレーを持っている。

 姫様に食べ物を運びにきたのでしょう。

「えっ?!」

 驚いた女は後ろに振り向いて、また部屋の私たちへ向けた。そしてもう一回後ろへ、もう一回部屋内へ――

 外に誰かがいる!

 さっそく扉の前に駆けた。

 黒肌の大男は、部屋の扉から数歩離れたところに立っている。

 客船で姫様に庇われたあの奴隷!? どうしてここにいる、まさか……

 私を見たら、男は身を反して走り出した。

「上に気をつけて!」

 試してそう叫ぶと、男は一度止まって天井を見上げた!

 何も見つからない男は、再び重い足音を立てて逃げ去った。

 ……

 やはり、ウィルフリードの言った通り、彼は私たちの言葉がわかっている。

 だとしたら……

 最初から、客船は海賊たちの掌に踊らされていた。


「殺人はただの後始末でしょう。そのる前に、彼はすでに帆に小細工をしました。海賊船の追撃を成功させるために……」

「そうかも、しれません」

 姫様真っ青な顔を見て、思わず視線を横に向いて、最後の言葉をかざした。

「そんな、そうでしたら、わたくしは……」

 姫様の体が硬くなり、目の焦点が散らした。

 大男の後を追って部屋を出た女が残したトレーの上に、海でなかなか見かけないお菓子や果物が盛っている。

 多分、その男は姫様に感謝するために女に送らせたのでしょう。

「わたくしは、何も知らなくて、彼を……」

 姫様の唇は小さく震えている。

「姫様……お嬢様のせいではありません。あの時、彼はすでに成功しました。お嬢様は騙されて、可哀想な罪人に同情を寄せただけです」

 慰めの言葉をかけたいけど、どう話せばいいのかわからない。

 あの男の嘘を見抜かなかったけど、人を疑うことも知らない姫様にとって、その同情自体は間違っていない。

「お嬢様が彼を庇うことに納得できませんでしたけど、お嬢様のお話も最ものことで……」


「本当に、ここをどこだと思ってるの?」

 不愉快な挨拶と共に、真紅の女海賊は部屋の入り口に現れた。

 その後ろに二人の雑魚海賊が従っている。

「こんなに悠々と雑談して、観光地に勘違いしてるんじゃない?」

「……」

 危険の匂いを感じ、警戒を高めた。

「下がるがよい」

 雑魚にそう言いつけると、カンナは扉を閉めてゆっくりとこっちに歩いてきた。

 私と視線が合った一瞬、目尻を吊り上げて微笑みを見せた。

「や、お嬢さん、よく生きているのね」

「おかげさまで」

「そこの使用人さんも、ここまで来られるとは、見どころは顔だけじゃないようだね」

 カンナは余裕そうに細い杖を弄んでいる。

 アルビンたちと倉庫の状況に気になるけど、彼女が何かを言い出す前に、黙ったほうが良さそうだ。

「言いたいことがあれは、さっさと言ったらどう? わざわざと雑魚を払ったのは話のためでしょ? まさか、船長の秘密決定でも持ってきたの?」

 そのもったいぶりに気に入らない。話の続きを催促した。

「お前――」

 カンナは細い杖の先で私の顎を上げた。

「よそもののくせに、よく喋るんじゃない?」

 無言でその無礼な杖を払った。

「まあ、はっきり言って、お前の言った通り、あたしたちは青石以外にも欲しいものがある。しかも、姫様の納得がないと、どうしても手に入れないものだ」

「それで、姫様に条件を相談しに来たの?」

「口の減らないお嬢さん、名前は?」

「フィルナ・モンド」

「月のお嬢さん、言葉の遊びはまた今度ね。用があるのはそっちの方だ」

 カンナは私の前を通り、姫様に向かった。

 姫様は警戒しそうに後退ると、藍は二人の間に入った。

「さって、姫様、青石譲渡の条件について話しましょう」

「条件なら、既に申しました。全員の自由と青石が欲しい理由を教えていただければ、青石をお渡しします」

「『お渡し』だけじゃ足りないのよ。『譲渡』と言ったでしょ?」

 カンナは手を横に振った。

「譲渡、ということは……?」

「もちろん、所有権を譲渡することよ。姫様から――青石との契約を解除してもらうのよ」

「えっ?!」

 姫様の口から短い驚嘆が漏らした。

 失態に気づいた姫様はすぐに手で口を遮った。  


 譲渡?青石との契約……? 


「青石との契約……なんのことですか……?」

 姫様の声は震えている。

「あら、まだ知らないふりをするの? 甘いお姫様だね」

 カンナはやいやいと嘆いた。

「青石についてもう調べ済みと言ったでしょ? 青石を使えるのは、契約者だけだ。元の契約者は契約を放棄しない限り、次の所有者は石を持っていても使えない。姫様を殺すという手もあるが、契約者を殺すと青石に呪われる噂もあるし。もともと怪しいもんだから、これ以上面倒なことになったらまじごめんだ。念のため、姫様に頼むわ」

 怪しいもの? 青石の力を信じないなら、どうしてこんなに手間をかけるまで奪おうとするの?

「……青石は契約者を選びます」

 姫様は手を胸に握って、少し強めな口調で返事した。

「誰でも契約者になれるわけではないです」

「知っている。かまわん」

「自信がありそうね、契約者の用意はもうできたの?」 

 隙を見て、彼女たちの会話に割り込んだ。

「あなたたちのような海賊の中で適切な契約者がいると思わないけど」

 カンナは眉で皺を作って、不機嫌な目つきで私を睨んだ。

「関係ない人間は黙ったほうがいい、お前自身のためだ」

「私自身のために、黙るわけにはいかないと判断しただけだ」

 負けないように、強い目線とカンナと張り合う。

「伝言するより、姫様の希望通り、船長に合わせてあげたほうが速いじゃないの? 遠まわしのやり方は海賊に似合わないわ。ひょっとして、何か『別の事情』でもあるの?」

「っ!貴様、何がわかる!!」

 !

 少しだけ挑発のつもりで言ったら、カンナはいきなり私の襟元を掴んだ。

「……何もわからないよ。わかっていたら、こんな海賊船に乗せられることもないでしょう」

 カンナの怒鳴りから殺気を感じた。

 ごっそりと右拳を握り、親指をサファイアーの指輪の下に置いた。

 カンナの表情が強張っている。

 さっきまで余裕がありそうな緋色の目に、暗い炎が潜んでいるように見える。

 どうやら、この姉貴海賊は、沈着冷静を演じていただけ。

 心の中で何か強い感情を抑えているようだ。

「青石との契約について、補足したいことがあります」

 カンナとの対峙に集中する意識は、藍の声に呼び戻された。   

「藍……?」

 姫様は何かを言おうと声をかけたが、藍は躊躇わずに進んで、私のカンナの隣に立てた。

「青石の契約は、『生者契約』と『至死契約』二つの種類があります。生者契約の場合、いつでも解約できるけど、至死契約の場合は、文字通り、死ぬまで解けることができません。そして、その契約者が死亡した時点で、青石は全ての力を失います。次の契約者の資格を持つ人が現れない限り、永遠に普通の石のままです」

「ふん、そうなの?」

 カンナは私を放して、藍に向けて鼻で笑った。

「それじゃ、使用人さん、姫様はどっちの契約なの?」

「これはわたしが答えられる質問ではありません」

 見返りのように、藍の顔にも意味深い微笑みが浮かび上がった。そして目線を海賊から逸らし、後ろにいる姫様に向けた。

「藍……」

 姫様は困惑そうに藍を見返す。

「それじゃ、やすやすと姫様に手を出せないね。万が一、彼女の契約は至死契約で、あたしたちの中で資格を持つ人もいなかったら、タダ働きになるんじゃない?」

「そのとおりです」

 藍は満足そうに頷いた。

「嘘上手」

「嘘かどうか、試す勇気はありますか?」

「どいつもこいつも、食えないやつ……!」

 独り言のように、カンナは一度歯を食いしばって、悔しそうに吐いた。

「青石って、青石って、あんなもん、一体なんの魔力が……」

「魔力なんかはありません!」

 姫様は慌てて声をあげた。

「世界を動かす力、どんな願いも叶えるなんて、全ては噂による誤解です。本当にそのような力があれば、言われなくても人々を助けに行きます! でも、青石は、本当にお守りのようなものだけです。あなたたちが想像している道具ではありません……どうか信じてください!」

「……」

 カンナは目を細くした。

 藍と姫様の言葉の真偽を考えているでしょう。

「青石の力もわからないのに、どうしてそんなに欲しがっているの?」

「黙れ!」

 私の質問に刺激されたみたい、カンナは杖を私の方に一振りをした。

 届かない距離だから、避けなかった。

「それが欲しいのはあたしじゃない!」

「あなたじゃない、どういう意味……?」

 確かに、海賊の行動を決めるのは船長だ。

 だとしたら、船長はどうして直接に姫様に会わないの?

 価値のない客船を襲うまで手に入れたいものが目の前にあるのに、会いに来ない。

 何か会えない理由でもあるのか……

「どうやら、足を運んでもらうしかないようだな――」

 固執なこの三人に対して手を尽くしたのか、カンナは言葉を変えた。

「よく聞け」

 カンナは杖の向きを変えて、姫様に指した。

「望み通りに船長に合わせてやる。ただし、何があってもわからない。覚悟しとけよ」


 ***


 ここは海賊船の船長室。

 錆びた金属と塩苦い海水が混じる匂いが満ちている。

 海賊にも羨望されるところがあるというなら、「自由」と「野性」くらいでしょう。でも、この部屋の中で、自由も野性も感じられない。

 重苦しく、息を止めるほど胸に迫る空気だけだ。

 部屋の真ん中にある大きいな机の上に、たくさんの紙、小石、道具などが散らばっている。床は古本、金属やゴミなど雑物に覆われ、足を置くところはほとんどない。

「?!」

 机の向こうに、人型の黒い影が佇んでいる。

 いいえ、正確的にいてば、日に焼けた肌を持つ体格のいい青年だ。

 壁に並んでいる灯のおかげで、この部屋はとても明るい。なのに、なぜか、あの人だけが黒い影のように見える。

 この不気味な雰囲気が漂う部屋と相応しくない唯一の存在は、黒い影のすぐ隣に立っている人――

 陽射のような金髪に、豪奢な服装の青年。

 ウィルフリード……?!


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