幕間 カランデュラ

第33話 カランデュラ

「隊長、一体いつまで待てばいいですか?」

 待ちくびれた新米船員は上司に質問した。

 海賊船は目の前にあって、すでにボロボロにやられたのに、警備船が攻撃を一切止めて、ただゆっくりとその後ろについている。

 理不尽だ。

「次の信号が来るまで」

 ローランド海上警備隊、シーホース号の隊長は感情の込めていない声で答えながら、望遠鏡で海の向こうの様子を観察する。

「あれはなんの信号ですか? 入隊前の研修で教えられたことはないです」

「隊長階級になってから初めて知るものだ」

「海賊船一匹のくせに、三つの最高級警備隊を同時に出動させるなんて、大げさじゃないですか」

「あの信号はそう言った以上、ほかの選択肢がない」

「こうして待っているのもあの信号の指示ですか?」

「そうだ。あの信号は共和国最高指令に等するもの。従わなければならない」

「ハァ? それを出したのは一体何者? どこの王侯貴族ですか?」

「知らん。身の安全のために、知らないほうがいいことはたくさんある」

 若い船員は隊長の答えにかなり不満足だが、理性は好奇心を凌いだ。

 ここで、年長者の忠告を聞いたほうが正しいと判断した。

「霧……?」

 新米船員は待ちに戻ろうとしたら、海賊船の方向から白い霧が浮かび上がった。

 まもなく、霧が晴れて、意外なことが発生した。

「消えたっ!?」

 隊長も思わず驚きの声をあげた。

 さっきまで霧に囲まれていた海賊船の姿が消えた。

 客船だけがゆらゆらと警備隊に向かってくる。


「向きを西に変えて、もうしばらく様子を見ろ!」

 いくら探しても海賊船が見つからなかったので、やむを得ず、隊長は命令を変えた。

「隊長、ホーク隊からの連絡があります。客船の人を救いあげました。ただいま事情聴取をしています」

「やはり待つしかないのか……」

 ホース隊の隊長は一溜息をした。

 つまらない待機はまだ続きそうだ。

 けど、思ったよりも早く変化が訪れた。

「隊長! 救命ボートはこちらに向かっています! 一般人が乗っているようです!」

 頭の上から、海賊船の方向を監視する船員の声が届いた。


 救命ボートに若い女性一人と若い男性二人が乗っている。

 灰色髪の少女、東方人顔の青年、そして金髪の青年。

 三人とも整えた服を身にまとっていて、容姿端正で、海賊に見えない。

 船長は命令を下して、彼らを船に迎えた。

 客船の人だと分かったら、船員は三人を休憩室に案内した。

 灰色髪の少女と東方人顔の青年は黙って船員について行ったが、金髪の青年は隊長に挨拶をしに来た。


「ご苦労様」

 !!

 青年の一言で、経験豊富な警備隊長が分かったのだ。

 この人は、警備隊を呼び出した人だ

「いいえ、任務随行しただけです……」

 隊長はしゃきっと背中を伸ばした。

「真夜中に呼び出して、本当に申し訳ない。緊急な事態なので、あなたたちに頼むしかない」

 隊長の気付きの良さを見たら、金髪の青年は満足そうな表情で続けた。

「こっちの指示通り、攻撃力をきちんとコントロールしてくれたのね。おかげさまで、一般人の被害はほとんど出なかった。さすがローランド最優秀な海上警備隊」

「お褒めをいただき、光栄です」

「オレのことをウィルフリードで呼んでいい」

 隊長の引き締めた顔に対して、青年は優しい笑顔で名乗った。

「上陸したら、事情聴取をするだろう」

「はい、そういうルールになっていますが……」

「あの二人に聞かなくていい」

 ウィルフリードは一度少女と東方人青年が入った船室の方に視線を向けた。

「あのお二人……なぜ……」

 口から疑問がでた瞬間、隊長はひどく後悔した。

 謎の権力者の前に、「服従」以外のことは禁物だ。

 きっと、好奇心過剰な新米船員から悪い影響を受けたんだ!

 幸い、ウィルフリードはそれを気にせず、さりげなく返事をした。

「あの女性はオレの古い友人。もう一人……彼は変なことをすると思わないが、あなたたちの身の安全のために、触らないほうがいいだろう」

 先ほど新米船員に言った言葉は、そのまま隊長に返された。


「隊長、どうしたんですか? あの人と何を話しましたか?」

 案内から戻った新米船員は隊長の様子を見て、困惑した。

 いつも冷静で生真面目な隊長は帽子を手に握って、冷や汗を掻いたようだ。

「……なんでもない」

 そう言いながら、隊長は更に強く帽子を握った。

「あの金髪の紳士、なんかすげぇーオーラがあるみたい。どこの偉い貴族ですか……」

「偉い貴族よりずっと厄介なものかもしれない……」

 隊長は独り言を呟いた。

 ローランド最高級海上警備隊の隊長を務める彼は、幾多の王侯貴族と対面したことがある。けど、ウィルフリードのような一言で彼に冷や汗をかかせる人は初めてだ。

 国の要人でもないのに、「国家最高指令」に等する命令を使う。もしかしたら、ウィルフリードは国の最高階級を凌ぐ存在かもしれない。

 国王、王族、議会の傲慢な権力者たちよりも恐るべき存在といえば――隊長の記憶の中で、一つの曖昧なイメージがあった。

 何年前、外国との連合演習の打ち上げの宴で、某国親王は酒の興に乗って口を滑った。

 とある国境を超えるあやしい組織は、勝手に国の事務を干渉し、強引的に身元不明の「エリート」たちを国の決策層に入れようとしている……

 その組織の名は、確か……

「カランデュラ」…だっけ?

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