終幕 動き出した運命

第34話 本当の契約者

「お嬢様――!」

「藍!?」

 駆けつけたその人の姿を見たら、目を丸くした。

 姫様と合流した藍は、姫様と一緒に迎えの馬車に乗ったはず。

「お嬢さん、前の占いは、まだ最後の一言が残っているよ」

「!」

 サッと、占い師の女は私の額に指さした。

 すると、釘づかれたように動けなくなる。   

 女は目を閉じて、呪文を唱えるように言葉を紡いだ。

「暗闇を歩み続け、光のあるところに辿り着けないかもしれない、そんなあなたに残された唯一の道…いいえ、そんなあなたはーー闇を照らす力がある」

 !?

「じゃ、これで仕事完了~最後の一言を言えなくて、ずっともやもやしてたわ~」

 女は意味の分からない言葉を残して、私が聞き返す前に逃げるように走り去った。


 闇を照らす力……

 一体、どういう意味……?


「ここにいましたね」

 占い師の代わりに目の前に来たのは、相変わらず微笑んでいる藍だった。

「私にまだ何か用がありますか?」

「船で言ったでしょ――青石をお嬢様に任せる件です」

 !?

「あの時、青石のことを考えていただきたいと頼んだけど、いかかですか?」

 あれは口任せの冗談じゃなったの?

 とにかく、もう少し詳しく聞いてみる。

「いきなりそう言われても……何か理由でもありますか?」

「いきなり、ですか?」

 藍の笑顔に、少しずるい感じのものに変わった。

「青石目当てに船に乗ったのではありませんか? 盗賊の『三日月』さん」

 !!

 心臓は小さく跳んだ。

「盗賊の三日月? なんのことですか?」

 心臓の鼓動を抑えて、冷静に聞き返した。

「ご自分でそう名乗ったのではありませんか?」

 確かに、姫様が人質にされた時、私はケンに自分のことを「盗賊の三日月」と名乗った。

「まさか、あの時の話を本当に信じていたの……」

「あの時の言葉は姫様を救うための嘘ーー普通なら、誰でも思うでしょう。でも、お嬢様は嘘をついていませんでした」

 藍は私の言葉を遮って、自己流の分析を続けた。

「副船長が発表した犯罪者リストの中に、三日月の名前はありませんでした。嘘をつくなら、リストにある名前を使ったほうがより説得力があるでしょう。お嬢様は三日月の名前を使った理由は、緊急事態のせいで深く考える余裕がなく、つい本当の『名前』を使いましたーーという可能性が最も高いとです」

「サン・サイド島で、三日月の噂を聞いたこともあります。騒ぎで人々の心を波乱するのが得意そうです。あの犯罪者リストも、青石を手にするためのカモフラージュでしょう。お嬢様の演技、腕、メンタル、どれも三日月の名にふさわしいと思います」

「お嬢様は青石が欲しいと気付いたのは、客船でお嬢様が海賊に捕らえられた時——命にかかわっているのに、青石を渡してはいけないように姫様を説得しました。青石のことときたら、冷静沈着なお嬢様は格別に積極的になります。海賊船で、姫様の代わりに人質になるまで頑張りました」


「……それはどうしたの?」

 そこまで観察されたら、否定しても意味がない。

 彼の言ったことはほぼ真実。

「三日月」、それは私のもう一つの名前。

 ウィルフリードはなぜあのリストのことを認めたか分からないけど、それは私が出したものだった。

 でも一つだけ、藍の言ったことと違う。

 別に青石目当てではなかった。

「魔女の呪い」を治療する方法を求めて、伝説中のお宝物や秘術を探し続けている私は、ただあらゆる可能性のあるものを試したかった。

 サン・サイド島でどんな病も治癒できる奇跡があると聞いて、そこに駆けつけた。

 情報を収集して、カルロス家の「秘宝」のことまで辿り着いたけど、その屋敷を調べる前に、姫様は秘宝を持って大陸に帰ることを知った。

 慌ててあの客船まで追いかけたら、昨日の有様だった……

 結局、病を治癒できるのは青石ではなく、姫様の能力――「天使の聖跡」だった。しかも、その天使の聖跡は魔女の呪いに全く効かなかった。

「結局、私は何もしませんでした。通報しても証拠がありませんよ」

 藍はそんなことのために来たのではないと分かっていても、思わず警戒な言い方を取った。

「通報だなんて、とんでもないです。ここに来たのは、お嬢様に質問したいだけです」

 藍は片手を自分の胸に当てて、ゆっくり、はっきりと続けた。

「わたしはあなたの正体に気付いたように、あなたももう気づいたのでしょうーー青石はここにあります。どうして何もしなかったのですか?」

 藍の言い方は曖昧で、私が「気付いたあのこと」は正しいかどうか、まだ断言できない。

 けど、青石はもうどうでもいい。

「……私が必要なのは青石ではなく、魔女の呪いを解けるものですから」

 淡々と返事をした。

「本当に、それだけですか? わたしから見たあなたは、力が必要です。自分の無力さを憎んでいるのではありませんか? その目を見れば分かります。強くなりたいと、必死に訴えている目です」

 藍の笑顔も言葉も、刺々しい。

 これこそ、優しくて、神秘な仮面を被っている彼の本当の姿なのか……?

「まさか、姫様の天使のような優しさに感化され、不正な手段を諦めて、苦しみを耐える道を選びましたか?」

「うるさい、それは……」

 青石に関して、私はもうどうでもいい。

 でも、姫様にとって、「それ」は何よりも大事なものだと分かった。

 そのうえに、私は姫様より「力」を持つ資格がない……

「やはり、姫様に気にしていますねーーおかしいです」

 !!

 目を逸らそうとしたら、いきなり顎が掴まれて、強制的に藍の目線に向かせた。

「契約に相応しい美しい目を持っているのに、その卑劣感はどこからのものですか?」

 心の警戒線が踏まれたように、反射的に藍の手を打ち払った。

「あなたと関係ない話よ。青石なんか欲しくないから、ここでさよならだ」

 身を翻して足を踏み出した。

「嘘つき」

 藍は一歩早く、私の左腕に巻いたハンカチーを引き剝がした。

 破られた袖の下、手頸の裏にある「印」が光に晒された。

 真っ黒で、三日月が王冠を囲む図形で構成された丸い印だ。

 藍はわたしの左腕を持ちあげて、宣言した。

「これこそ、青石の本当の契約者の印です」

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