第16話 帰れる場所
海賊を呼んで粘ってみれば、姫様のところに行けるかもしれないが、藍の口調はあまりにも気軽だった。
「どうやって」と聞く前に、藍はニッコリと私に微笑んだ。
「先ほど、ブリストン様に開錠のことを聞かれた時に、お嬢様は『頑張って開ける価値があるかもしれません』とおっしゃいましたね。もしかしたら、本当に開錠できますか」
そんなに期待されたら、否定すると多少申し訳ない気分だ。
この檻の錠は古いタイプ。開けるのは難しくない。
「でも、外には海賊が……」
「ご心配なく、わたしにお任せ下さい。お望みであれば、必ずうちのお嬢様のところにお連れいたします」
今晩に限って、自信家が多いと思った。
けど、心配しているのは海賊だけではない。
「……」
ひそかに牢屋にいる他の人を見まわした。
彼たちにどう説明すればいいの?
私たちだけが抜け出したら、ここに残る彼たちはどうなるの?
藍は私の躊躇いを見抜いたように、言葉を続けた。
「皆様はもう大変疲れているから、ちょっとくらいの音で目が覚めません。それに、わたしたちは仲間を捨てて逃げるのではありません。老人や子供連れで何もできないでしょ。全てが終ってから迎えに戻ります」
少しためらったけど、藍の話で我に返した。
優柔不断の場合じゃない、欲しいものは目の前にあるかもしれない。
私は姫様に確認しなければならない。
その力で、魔女の呪いを癒せるかどうか。
耳の後ろから金属線で作られた髪留めを取って、一本の針金に直した。
鉄柵の隙間に手を通し、針金を鍵の穴に挿す。
藍は音がでないように、隣で鉄柵を抑えてくれた。
針金をゆっくり回して、錠の構造を確かめる。
それから針金を回収、形を調整、もう一度試す。
海賊船のボロ牢屋の錠は精密なものではない。大した手間をかけずに順調に開けた。
「お見事です」
成功を告げる小さな音を聞くと、藍は微笑んだ。
「さあ、行きましょう」
もう一度ほかの人の様子を確認してから、静かに扉を開いた。
「やはり逃げるつもりか」
……その時、あの面倒な人はまた声を上げた。
こいつ、寝たふりをしただけでしょう。
ブリストンの声で数人の乗客も目を覚めた。寝ぼけた目で私と藍を見ていて、何が起きたのかまだ理解していないのようだ。
でも、どう思われても、説明や弁解をするつもりはない。
時間の無駄だ。
「初めからお前たちが怪しいと思った。やはり自分たちで逃げるつもりか。海賊から逃られる自信があるのか? それとも、なにか『別の道』でもあるのか?」
本当にいい加減にしろ……この世間知らずのお坊ちゃま……
私を何度邪魔したら満足なの……
「こんなに時間が経っていて、交渉の結果が出たはずだ。よい結果がなくても、悪い知らせがあるだろう。けど、あの姫様は戻らない。もしかすると、海賊の条件を呑んで、青石で自分の自由を交換して逃げたのでは?」
人の善意をなんだと思った。
「あの東方人は彼女の下僕だから、一緒に逃げるのも当然だが」
「アルビン、少し落ち着いて、きっと何か事情が……」
アルビンの叔母が止めようとしたが、彼は構わず、理不尽な言葉でどんどん私を問い詰める。
「お前は? どうやって彼らにくっつけたのか?」
「ホールで助けられたとはいえ、人に擦り寄せるスピードは随分速いな」
「それとも類は友を呼ぶということか? 彼らはお前と同じ、自分さえ助ければ他人はどうでもいい人間だから?」
こいつ、何が分かる……
「どいつもこいつも、優しいお姫様だと? 『戦争犯の娘』だろう。綺麗なのは外見だけ、血の色は誰も知らない!」
「黙りなさい、アルビン!」
大きい声で彼の名を呼んだ。
そして、鋭い目線でその怒りの顔を睨みつける。
「その声を治したのは、人を傷つけるためなの?」
「!!」
ブリストンは二の句を接げなくなった。
他の人はただ困惑そうな顔でこちらの状況を見ている。
今の話の意味は、アルビン・ブリストンと彼の叔母しか分からない。
三ヶ月前まで、彼は何も見えない、何も話せない世界で生きっていたんだ。
「あ、あなたは……」
ブリストンの叔母は私に話をかけようとした。
させないように、早速話題を逸らした。
「失礼しました。ただ、ブリストン様の言葉に納得できません。一人で逃げるチャンスなら何度もありました。でも、姫様は全員を助けるために何度も海賊に交渉しました。奴隷も諦めないあの姫様は、私たちを見捨てるはずがありません」
「俺もそう思うが」
ある若い紳士は頷きしながらもため息をついた。
「時間が随分経った。海賊は姫様を害しないなど言ったが、そのうち気が変わるかも知れない」
「うちのお嬢様を心配していただいて、ありがとうございます」
藍は軽く一礼をして、扉に手をかけた。
「実は、わたしも同じようなことを心配していて、もうじっとしてはいられません。試して開錠してみたら、運良く開けました」
「でも、牢屋から抜け出しても、外には海賊だらけですよ」
オーロラという貴婦人の顔に希望と憂いが同時に浮かんだ。
「わたしたちの目的は脱走ではなく、うちのお嬢様に会うことです。海賊に見つけられても、命の危険はないでしょう。お嬢様の安全を確認するのはわたしの『任務』です。しかし、皆様は危険に冒す必要がありません。こちらのモンドお嬢様は、『姫様に助けられたから、どうしても一緒に行きたい』とおっしゃったので、やむを得ず……」
藍の穏やかな声と説明を聞いたら、ほかの人は少し納得した表情になった。
「海賊の目的に心当たりがあります。それを姫様に伝えたいです」
完全に納得させるために、私も嘘をついた。
「本当か?!」
若い紳士を始め、皆の目に光が煌めいた。
「ええ、交渉の切り札になるかも知れません」
「しかし、やはり危険すぎます。海賊は人間の心がないから、万が一……」
子供連れの女性は子供たちの頭を撫でながら、小さな声で呟いた。
「わたしは体術に自信があります。海賊数人程度の相手なら、モンドお嬢様を守られます」
女性はしばらく藍の微笑みを見つめていて、やがて肩を下した。
藍の微笑みも声も、人を安心させる力があるようだ。
「どうぜ行くなら、俺も一緒だ」
アルビンは言葉を発した途端に、また皆に注目された。
藍は困りそうに返答した。
「申し訳ございませんが、お二人を同時に護衛するのは難しいです……」
「お前の護衛はいらない」
そう言いながら、アルビンは袖から一本の短剣を取り出した。
海賊は乗客たちの所持品をチェックしていないようだ。
姫様以外の捕虜に興味はないのか。
「あの姫様に交渉ヒントを伝えたい、それはお前の理由だろ」
アルビンはまた私の方に向けた。
「なら、俺の理由は、皆のために状況を確認することだ。万が一お前たちが戻ってこなかったら、俺は状況を皆に伝える」
視線で藍の意見を求めたら、頷きを返された。
「勝手にしなさい」
身を翻して、牢屋の扉に歩み出す。
「お姉ちゃん……」
その時、背後から幼い呼び声が届いた。
さっきまで母の胸元に寝っていたピンクの洋服の女の子はいつの間にか目が覚めて、まっすぐ私を見つめている。
「家に帰るの?」
「……」
「マリちゃんも、帰りたい……」
女の子の前に引き返して、身を屈め、その小さな頭を優しく撫でた。
「大丈夫、きっと帰れる」
大丈夫。
あなたは帰れる場所がある。
そう信じれば、きっと帰れる。
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