第四幕 聖女の秘密

第17話 開き直しは逆効果

 人間は、優しい言葉で自分を飾るもの、綺麗な仮面で本心を隠すもの。

 物心がついた時から、あの修道院にいた。

 魔女の呪いの記憶はあの修道院の記憶と一緒に始まったもの。

 私のような修道院に引き取られた女の子は十数人いた。

 その修道院はそれほど「聖潔」なところではなかった。

 シスターたちはお互いに微笑みを見ながらも、こっそり同僚の悪口をばら撒いた。

 子供たちの世話にもううんざりしたのに、あなたたちを我が子のように愛していると語っていた。

 そして、毎日も女の子たちに優しさと純真さの意味を教えていた。


 たまに裕福層の人が来る。

 その時の、「一番美しい心を持つ女の子」を養子に引き取る。

 養子になった女の子たちは、みんな、幸せに暮らしていると言われていた。


 私の「異常」に気付いた当初、シスターたちは私を諦めなかった。

「許し」の意味や、美しい宗教童話を聞かせて、彼女たちの「神」の存在を私に教え続けていた。

 でも、呪いの発作に連れて、やがて私が救えられないものだと分かった。

 体も心も、彼女たちの「神」の使いにならない。

 ほかの子供を汚させないように、私は祈祷室という名の廃屋に送られ、廃院に隔離された。

 最初は寂しかったけど、すぐ自由というものの甘味を知った。

 もう偽りの美しい童話を聞かなくていい、忌まわしさと哀れみが混じる目線に触れなくていい。

 その時から、あの場所を離れなければならない、自分の手と足で、自分の居場所を見つけなければならないことを知った。

 でも、修道院を離れる日は思いもよらない形で来た……

 ***


 檻を出ると、私たち三人は速やかに貨物の後ろに隠れた。

 この倉庫は暗い。檻のある壁に数個のランプしかついていない。

 ゆらゆらの火の光を借りて、ほかの檻を覗いた。

 さっきの騒ぎで外の状況を探ろうとする人もいる。一人の中年紳士は私たちの檻から出て、隣の檻にいる人たちに事情を説明し始めた。

 納得を待つ時間はなく、倉庫に海賊がいないと確認したら、私たちは動き出した。

 不思議に、藍の足取りは私よりも軽い。やはり彼の言ったように、体術に長けているのか。

 アルビンは眉をひそめて私のすぐ隣についている。

 彼から時々投げてくる意味不明な目線を全部無視した。

「扉の外に二人がいます」

 耳を錆び付いた扉に当てて、藍はそう言った。

「お二人、少し下がってください」

 私とアルビンは何歩を避けると、藍は厚い扉を何回も蹴った。

「なんのこと?」

「脱走か?!」

 さっそく扉が開けられて、二人の海賊は様子を見に入ってきた。

 藍は真正面から海賊たちを迎えて、驚いた二人に優しい微笑みをかけた同時に、両手の手刀でふたりの頸元を強く打った。  

 叫びを出す暇もなく、海賊たちはパタンと床に倒れ込んだ。


 藍は海賊の腰ベルトから鍵を探り出して、檻から出ていた中年紳士に渡した。

 それから雑物の中からロープを拾って、気絶した海賊たちをぎっしり縛った。

 さらに、海賊たちの靴を脱ぎ棄て、腐った匂いがする海賊たちの靴下を履き主の口に詰めて、海賊のボロ汚い服で奴らの頭を巻いた。

 最後に、海賊を高い貨物の山の中に放り込んで、ただ一本の狭い抜け道に貨物をいっぱい詰めた。

 身を翻す際に、どこから拾った数本の釘を中に投げた。

 テキパキ、効率的……

「どうかしましたか?」

 ぼうっとして見ていたら、藍は目を瞬いて私に聞いた。

「いいえ、なにもないです。はやく行きましょう」

 この人、繊細な外見と相応しくない強い力を持っている。

 そして、荷物整理の腕はすごいらしい……


「……お前」

 倉庫に出てまもなく、後ろのアルビンから声をかけられた。

「どこから来た?」

「サン・サイド島。皆も大体そうでしょ」

 振り向かずに適当に答えた。

 先頭を歩んでいる藍に続いて、周りの景色と物音に集中する。

 今の場所はまだ海賊船の下部、廊下が薄暗く、海賊もいないようだ。

「その前は?」

「前?」

「マルチンドに行ったことはあるのか?」

「失礼ですが、そのマルチンドというのはどこの町かしら」

「とぼけるな、お前の名前はフィルナ・モンドなんかじゃない、ルナ・マーズだろ」

 アルビンは焦ってきた。

 その適当な偽名を使って受けたあの仕事はもう終わった。

 振り返る時間も必要もない。

 こんなところで大声を出されるのが困るから、とりあえず話のペースをゆっくりして、アルビンの熱さを下げようとした。

「ああ、思い出しました。マルチンドというのは、エリザ王国の辺境にある小さな町ですね。どこかでそのあたりの面白い噂を聞いたことがあります。とある貴公子は、狩猟の時に暴れ馬に飛ばされて、崖の下に落ちました。命を拾ったけど、目が見えなくなって、言葉も話せなくなって、危うく継承権を失ったそうです。マルチンドで療養する間に、また強盗に遭って、危うく殺さるところでした。警察が調べた結果、馬の件も盗賊の件も、彼の親族が仕掛けたものでした。本当に、かわいそうなお坊ちゃまですね。体はちゃんと治せるといいけど」

「お前……やはり、お前だろ、ルナ・マーズ!」

 アルビンは怒鳴った。

 開き直しは逆効果のようだ……

「噂一つでご機嫌を損ないましたか? 申し訳ありません」

「ごまかすな! 俺は忘れない! お前の声、ホールでお前は声を聞いた瞬間、俺は知ったんだ!」

「お取り込み中すみません」

 藍は足を止めて、私とアルビンに振り返った。

「お二人の間で何があったのか存じませんが、話し合うなら、今の危機を解決してからしていただけないでしょうか」

「黙っていろ。お前に関係ないことだ」

 鼻から煙でも吹き出そうなアルビンと正反対、藍は優しい声と穏やかな微笑みで話を返した。

「確かに、今のところ、わたしと関係ないかもしれません。でも万が一、トラブルを招いて、そのせいでうちのお嬢様に会えなくなったら、その時初めて関係があると言っても遅いです」

「下僕にして随分生意気だな、カルロス家はどんなしつけをしたんだ」

「カルロス公爵様も姫様も寛大なお方です。陳腐なしつけをされたことはありません」

「お前ッ!」

 尻尾が踏まれた猫のようなアルビンは藍の襟を掴んで一発殴ろうとする勢いだったけど、藍は気軽そうに人差し指を口の前にかざして、ゆっくりと続けた。

「うちのお嬢様に会えるチャンスは目の前にあるから、とりあえず、協力していただけませんか?」

「!」

 藍の視線は横に向けた。

 二十歩先くらいの狭い廊下に、一筋の光が半開の扉から漏れている。

「その部屋に何かあるの?」

 部屋に人の気配があると気づいて、私は声をさらに低くした。

「そうです。妙な音を聞いたので、倉庫を出てからこの辺に向かったのです」

 倉庫を出てから? 

 まさか……

 倉庫を出てから少なくても5分以上歩いた。こんな詰め詰めの狭い船室の中、あんな距離であそこの部屋の音を聞いたというの?

 ネズミに近づける猫のように足取りを軽くして、私たち三人は半開の扉の前まで来て、部屋の中を覗いた。


 部屋の中に三人の海賊がいる。

 二人の雑魚と海泥隊長。

 二人の海賊の足元に、人が倒れているようだ。

 海泥は苦しそうな顔でベッドに腹ばいになって、お尻に手を当てて喚いている。

「いいてぇてぇ……」

「隊長、だめだ、何回殴っても起こさねぇ」

「水も何樽かけたけど、指一つも動かねぇんだ」

 雑魚の報告を聞いた海泥は喚きを止めて、必死に叫んだ。

「ちくしょうぉぉ、このフラカスめ! 絶対殺してやる!」     

 あの探偵少年のことか……運の悪さに関して、私といい勝負になるかもしれない。

「鞭、鉄棒、刀! あるものを全部出せ! 俺様はこの手で…」

 海泥は怒りに興奮する最中に、藍は扉をノックして、静かに部屋に入った。


「失礼ですが、ちょっと道を伺いたいと思います」

「……」

「……?!」

 海賊たちが状況を理解するまで五秒もかかった。

 藍にとって十分活躍できる時間だ。

 彼は雑魚の間に飛び込んで、手刀で人を気絶させる技を再披露した。

 続いて入ったアルビンはその機に乗って、呆気に取られた海泥の頸に短剣をかけた。

「命が惜しくないなら、叫んでもいいよ」

 脅迫を言い出したのは私のほうだけど――

 ブリストンの若旦那はただ目を大きく開いて海泥を睨みつけ、役に立つ言葉を一つも絞れなかったから。

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