第15話 魔女の呪い
サメの餌になるよりましだけど、海賊の捕虜になったことは、さすが喜べない。
周りを邪魔したくないのか、藍は囁きのような低い声で説明し始めた。
「船長と大部分の船員は海賊船に連れてこられました。客船は海賊がコントロールしています。うちのお嬢様はどうしても海賊船長と交渉したいと譲らなかったから、奴らに別のところで待たせているようです。一等船室の皆様はみんな海賊船に、数人一組で閉じ込められています。海賊たちは身代金でも要求するつもりでしょう。わたしたちのいるこの牢屋は大きな倉庫の中にあります。隣にもいくつの小さな牢屋があります。看守は倉庫の外にいます」
なるほど、これは、予言の「海賊船に乗せられる」の意味か……
「……あなたはどうしてここに?」
姫様が海賊と交渉しに行ったのに、藍の穏やかな笑顔から心配一つも見つからい。
「倒れたお嬢様を放といてはいけないとうちのお嬢様に言いつけられたので、ここに残りました」
「すみません……」
「謝る必要はありません。それより、お体の具合はいかがですか?」
「もう起きても大丈夫です。周りの様子を見たい……」
藍に支えられて起き上がると、両足から床に着いた実感が伝わった。
体の感覚がほとんど回復したようだ。
鉄柵の前まで歩いて、一本の鉄棒を軽く引っ張ってみた。
太さが指二本つくらいの鉄棒はチャランと音を立てた。
薄暗い光を借りて、牢屋の外に小山のように積んでいる貨物が見える。
なるほど、捕虜は貨物扱いだよね。
もう一度鉄柵を引っ張ってみた。古く見えるが、かなりか頑丈もののようだ。
錠のところを軽く触ったら、古い金属はチャリと小さな音がした。
「錠をこじ開けるつもりか、諦めの悪い女だな」
その不愉快そうな声を発されたのは誰なのか、言わなくても分かる。
「諦めが悪くて申し訳ありませんね。でも、もしもブリストン様は騎士となって、無力な私たちを安全なところまで導いてくれるのなら、頑張って開ける価値があるかもしれません」
「……」
口論での不利を認めたのか、ブリストンは挑発的な口調を少し抑えた。
「海賊船でも大人しくならないのか……まあ、勝手に頑張ってみろ」
大人しくして、サメの餌になるのを待つというの。
冗談じゃない。
「こんな時に、そのような言い方はやめてください。同じ囚われた身として、助け合わなければならないのに……」
窓の下に座っているある三十代後半の貴婦人は口を挟んだ。
「俺もオーロラ夫人と同意見だ」
貴婦人から二三歩離れたところの中年紳士も頷いた。
「これからのことを考えよう。姫様は交渉に行ったが、海賊に期待しないほうがいい。奴らには人間性がないんだ」
「……」
ほかの人に反発されて、ブリストンは口を締めてむっと壁に背中を寄せた。
私を含めて、牢屋にいるのは九人。男四人と女五人。
オーロラ夫人という貴婦人は二人の子供を連れている。その上、一人の老婦人がいる。
逸話によくある「海賊船大脱走」なんかを上演するのはほぼ不可能でしょう。
「アルビン、少し休んだほうがいいよ」
唯一の老婦人はブリストンの隣に座っている。
不機嫌の子爵末っ子に話しかけた。
「体は治ったばかりじゃないの、大事にしないと……」
「ああ、わかっている、叔母様」
アルビン、それは彼の名だ。
「お体の具合は優れないですか? わたしは医術に心得があります。よろしいければ……」
藍は静かな目でブリストンの顔を観察しながら、手を差し伸べた。
「それはどうも、実は、この前……」
「その東方人に話す必要がない。平気だ」
叔母に安心させるためか、ブリストンは目を閉じて安静になった。
不意に、「何か」が「足りない」と気づいた。
「そういえば……あのエルハルソン公爵の息子とかで自称する人はどこに連れられたのか知っていますか?」
「お嬢様と一緒にいたあの若い紳士ですか。申し訳ありません。ここに連れられた時の場面がちょっと混乱で、気づきませんでした」
「そうですか……」
あいつは大人しく閉じ込められるような人ではない。何かを起こそうとしているかもしれない。
牢屋は再び静寂に戻った。
波だけが疲れ知らずに音を奏でいる。
船はゆらゆらと進んでいるのを感じる。
体の疲労から判断すると、もう深夜二、三時の頃でしょう。
不安と疲労に苦しめられた乗客たちは、身なりと相応しくない壁に身を寄せて、うつらうつらと眠りに落ちていく。
疲れたけど、眠る気が全くない。
手につけているサファイアの指輪を撫でながら、これからのこととやるべきことを考えた。
「お嬢様、ちょっといいですか?」
突然に、藍は小さい声で私を呼んだ。
彼は静かに立ち上がって、片隅に行こうと目線で示した。
彼に付いてほかの人と少し離れた片隅に座ると、藍の顔に神秘そうな笑顔が浮かんだ。
「どうしましたか?」
「さっきのことですが……お体の具合はいかがですか? このままで本当に大丈夫ですか?」
近くで話すと、彼の声は一層小さくなり、耳元で息を吹くような囁きになった。
「もう大丈夫です。心配はいりません」
「『このままで』、大丈夫ですかと聞きたいのです」
このままでって……?
「『あんなもの』、今までよく耐えられてきましたね。感心いたします」
!!
そうだ、姫様の部屋から出る時に、彼は「その病気」のことを言った。
まさか、本当にそれを知っているの……
「甲板でお嬢様を攻撃するのは何なのかご存じですか?」
黒い瞳から不思議な光が見える。
今までの優しいと穏やかな光ではない。小さな棘のあるような光だ。
思わず手を拳に握った。
「雷でした。細い雷の光はお嬢様の体に纏っていたのです。抗える度に強くなって、お嬢様を気絶させるまで消えなったのです」
その時、彼は姫様のすぐ後ろに立っていた。
「そして、うちのお嬢様の部屋で来たのは、氷柱でした。六本もありました」
その黒い目は、今と同じように私を見つめていたのか……
「この二種類と別に、普段から、わけの分からない痛み、火傷や金創など様々な苦痛に襲われることもあるでしょう」
謎の答えを悟ったように、藍は躊躇いなく続けた。
その淡々とした口調に、少し寒さを感じて、手をもっと強く握った。
「わたしが知っている限り、これらは病気でも痛みでもない、一つだけ適切な名前があります」
その名を聞きたくない……
「『魔女の呪い』」
「……」
「もう歴史の残骸になったと思いました。まさか、まだそれに纏われる方がいらっしゃるとは」
やはり、藍はそれを知っている。しかも、私よりも詳しいのようだ。
「呪いの原因は不明、時間が経てば自然に治る人もいるし、死ぬまで纏われていた人もいます。体の苦痛は言うまでもありませんが、もっと大変なのは精神的なストレスでしょう。特に、今日のお嬢様のように、何度も人の前で倒れたら、いろんな意味で困ることになりますね」
そう、時間や場所、自分の意思と関係なく、いつでも醜態を晒される。
人は自分の認知範囲内で物事を考える存在。
呪いをかけられた理由は何であれ、本当は呪いじゃなくても、人々の目に映る私は「異常」なものだ。
たとえ素直に呪いのことを話しても、信じてくれるとは限らない。
呪いだと信じてくれても、わたしを忌々しい存在だと思うかも知れない。
だから、黙って耐えるのは最善な対応だ。
「いつから呪われたのですか?」
知らない。
物事についた時から、「呪い」に纏われらていた。
新月、半月、満月の日に必ず発作する。
そのほかの日もたまに発作する。
「呪いを解除する方法を探していますか?」
何のためにここにいると思う?
発作の時期を避けて行動したかったけど、事情があって、この船に乗らなければならなかった。
よりによって、こんなことに遭った。
「その痛みは、何かの『攻撃』によるものと言いましたね? 私を攻撃するものを見えますか?」
彼の質問に触れないことにして、私から質問を出した。
「ものと言うより、力やエネルギーのほうが正しいかもしれません。恐らく、その力はどこからお嬢様に送られたのでしょう」
「力の元は?」
「そこまでは知りません。魔女の呪いのことは、ほぼ本で読んだのです。たまたま、お嬢様が攻撃されたところを見たので、当ててみただけです」
「……」
たまたま、なのか……
「そういえば、うちのお嬢様に話したくないですか?」
「!」
「もうご存知でしょう。うちのお嬢様は不思議な治癒能力を持っています。あれは『天使の聖跡』と言われています。呪いを解けられるかもしれません」
本当は、試したかった。
サン・サイド島に行ったのも、そこでどんな病も傷も治せる奇跡があるという噂を聞いたから。
でも、ウィルフリードの計画に加担して、奴隷の件もあったから、姫様にどう切り出せばいいのかわからなくなって、躊躇っていた。
「もう随分時間が経ちましたね。うちのお嬢様を心配です。様子を見に行きましょう」
「?」
いきなり、藍は提案した。
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