第12 根に持つタイプ
「……それは鍵師の仕事じゃないだろっ!? そもそも、そういったのはお前の護衛にでも任せたらいいじゃないか!」
「そうね。けど……」
そうプレセアが言いかけた時。
「誰?」
突如、プレセアが扉の方へと鋭い視線と声を向けた。まるでこの場が凍りついたかのような、そんな冷たさと静けさが部屋に漂う。
それから少しして、プレセアが部屋の扉を開けた。
「……ミア?」
「す、すいません! 清掃をしに来ただけでやましい事なんて…!」
そう必死に告げるメイド服に身を包んだ一人の少女が、扉の前にいた。
赤毛の長い髪を結び、丸眼鏡をかけた、額にはそばかすのある少女。
オロオロと不安そうなその姿は、まるで小型の草食動物の様で、見ていて同情心が湧き始めた。
だってプレセア(大型の肉食動物)を前にして怯える小型の草食動物の様にしか見えないんだよ……。
「そう言えばもう清掃の時間だったわね。邪魔しちゃってごめんなさい」
プロセアはそう言うと、微笑む。
猫かぶりモードだ…。
なんて心の中でオレは呟きつつ、部屋を出た。
◇▢◇▢▢▢◇◇
このまま解放して貰えると思っていたが、そこまで現実は甘くはないようで…。
「………なぁ」
「何?」
「この状況は一体……」
「何って……食事をしてるだけじゃない。しかも、私の奢り。まぁ、感謝の印ってことで」
そう言って食事よりも三時のおやつと言った方が適している様な、フルーツと苺ジャム、それから生クリームがたっぷりと盛られたパンケーキをプレセアは口に運ぶ。
そして、オレの目の前にもプレセアが今食べている物と同じ物が置かれている。
まぁ甘い物は好きだ。
それに、こんな豪勢なパンケーキは初めてだった。
パンケーキを前にオレは無意識に呟く。
「皆に食わせてやりたいな…」
そんなオレの言葉に
「修道院の子達に?」
綺麗かつ丁寧なフォークとナイフ捌きでパンケーキを切って、口へと運ぶプレセア。
そんなプレセアに、オレはムッとして答えた。
「パンケーキなんて、滅多に食べれないだろ。こんなフルーツたっぷりの豪華なパンケーキなんて尚更な」
「根に持ってる、ってことがよーく伝わってくるわ」
「……当たり前だろ」
自分で驚くほど、低い声が出た。
でも仕方ないと思う。
なにせプレセアは、オレの大切な家族を見捨てようとしたのだ。
善の仮面を見繕って。
あの時危うく騙されかけたオレは、未だにプレセアを許せずにいる。
「許して欲しいだなんて思わない。けどね……馬鹿なぐらいお人好しな貴方に忠告してあげる」
プレセアはパンケーキに苺ジャムを塗りつけ、フォークで突き刺し静かに告げる。
その時だけ、まるで苺ジャムが赤い血の様に見えた。
「貴方が例え相手の事を本当に大切に思っていたって、結局いつかは見捨てられて終わりなの。誰だって自分が可愛いの。自分が一番なのよ」
人が変わったかの様なプレセアの口振りに、オレは戸惑う。
そんなオレに気づいたのだろう。
プレセアはハッと我に返り、小さく咳払いをする。
「……忠告はしたわ。だからそのお人好しもどうにかするべきよ」
そう言ってプレセアはまた一口パンケーキを口に運んだ。
オレもパンケーキを汚いテーブルマナーで食す。こんな事ならきちんと学んでおくべきだった。
恥さらしにも程があると思いつつ、だがパンケーキを憎むことも出来ない。
だって、本当に美味いんだよ、これ。
「話が逸れたけど、本題に入るわよ。ま、気づいているとは思うけど、私の金庫を誰かが開けようとした形跡が見られるの。だから今回、貴方に絶対に開けられない鍵を作ってもらったんだけど…」
「犯人を捕まえるまでは気が済まない…ってことか?」
「……まぁ、そうね」
「だったら尚更オレに頼る意味が分からない。オレのステータス見たから知ってるだろ? オレの戦闘力は皆無だ。何の役にも立たねぇよ」
「そんな事知ってるわよ。でもね? アルドーラを含む騎士達は、皆私を慕ってくれてるのよ。だから、知られたくないのよ。本当はお金に強欲な薄汚い聖女だって」
そう言って笑うプレセア。
けど、何だろう…この違和感は。
普段人前では猫かぶってる様だし、オレに犯人探しを手伝って欲しいと頼んできたのはまぁ、納得出来る。
しかし、何かがオレの中で引っ掛かるのだ。
「本当にそれが理由なのか?」
「……もちろん」
「でも」
「それよりも、食べるの遅い」
「え? は?」
プレセアが指差す先には、まだ皿いっぱいに残ったオレのパンケーキ。
一方のプレセアは、気づけば皿に乗っていたパンケーキの姿は綺麗に無くなってしまっていた。
それからプレセアは席を立ち、空いた皿の乗ったお盆を持って行ってしまった。
「食うのはぇよ!」
オレはパンケーキを頬張った。
………ほんと、美味いな。
レシピ、教えてくれっかな。
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