第10話 礼拝堂


「こちらが礼拝堂です」



そう言って王女様が浮き足立った足取りで城の敷地内の東側にそびえ立つ、白い建物へと入って行く。


オレは置いていかれないよう、そんな王女様に着いていくが……。



「あの、王女様」


「はい。なんでしょうか?」


「オレ達、凄く目立ってません?」



オレの言葉に王女様は丸い瞳を瞬かせる。


もしや気付いてなかった…?


案外鈍感な王女様に、オレは苦笑を浮かべる。



オレ達へと集まる数々の視線。

それは全て、礼拝堂にいた聖女様たちからのものだった。



「聖女様ってこんなに沢山いらっしゃるんですね」


「正しくは彼女達は見習い生ですね。見習い生は聖女をめざし、日々この礼拝堂で訓練を受けています。しかし、ここに居る子達全てが聖女になれる訳でも有りません。聖女というのは狭き門なのですよ」


「では、聖女になれなかった見習い生の方々どうなるんですか?」


「修道院のシスターとして働く人がほとんどですね。中にはこれまでの当たり前だった生活を望んだ人も勿論居ました」



じゃあ、シスターは元々聖女の見習い生だったのか。

初めて知る事実にオレは驚きつつも、そう言えばシスターは治癒魔法が使えていたことを思い出す。とは言っても滅多に使う所は見た事が無かったが…。



王女様は、見習いの……言わば聖女候補達一人一人に頭を下げながら礼拝堂の奥へと進んでいく。


オレも王女様を見習って、一人一人に頭を下げながら歩を進めて行った。


こんなに沢山見習い生はいるのに、聖女になれるのはごく一部なのか。

どんな道も茨の道……なんだな。



聖女になれば、左うちわの生活が保証されるし、何より皆から感謝される。

しかし、その道のりはオレが想像している何倍も険しい道のりなのだろう。



「あ! プレセアが居ますよ!」



礼拝堂の奥……透き通った美しい水が流れ、沢山の花が咲き誇る温室の様な場所にプレセアは居た。



「プレセア!」


「レティシア様、どうしてここに…!?

ま、まさか! また部屋を抜け出したのですか!?」



ん? また部屋を抜け出した…?



「それとも……そこの鼻の先を伸ばした男に誘拐されたんですか?」


「おい…誰が鼻の先を伸ばした男だって?」


「自覚しているのならレティシア様から今すぐ離れなさい。近いのよ距離が」



そう言ってプレセアはオレと王女様の間に割り込んできた。


密着してた訳でも無いのにここまで言われてしまったら普通にショックだった。

だから次二人と話す機会があった時は、一メートル距離をこれからは保とうと心に決めた。



「それで……レティシア様。確か今はピアノの練習の時間でしたよね? なぜ此処に?」


「え……なんで知って…」



王女様の顔色が真っ青に変わっていく。



まさか……王女様。



「練習サボったんですか?」



オレの言葉に王女様は勢いよく目を逸らす。

どうやら当たりらしい。


まさかこの道案内はピアノの練習をサボるためだったのか……?


突如突きつけられた悲しい現実に、オレは目頭が熱くなる。

親切な人だと思ってたのに………。



「ルカ様誤解です!! 私は本当に錠前と鍵に興味があってそれで…!」


「レティシア様。貴方が好奇心旺盛で、何事にも関心を寄せるその態度はとても素晴らしいものだと私も思っています。しかし、ピアノの練習を放置するのは如何なものかと思います」


「うっ………」


「まぁ、そちらの人がレティシア様を誘拐したと言うのなら見逃して差し上げますが」



おい、オレを巻き込むなよ。


視線でプレセアにそう語るが、口元を緩めて微笑まれるのみ。

本当は全部分かっている癖に敢えてオレに当たってくるのは、一体何故なんだ?



「ルカ様は悪くありません…! 悪いのは私なのでルカ様は誘拐犯なんかではなくて…!」


「何を当たり前のことを言っているんですかレティシア様。彼は加害者ではなく、紛れもない被害者です。さぁ、お部屋まで送って差し上げるので行きますよ」


「…………はい」



扱い慣れてるなぁ……。


なんて、遠目で見ていると



「何してるのよ、早く行くわよ」


「え?」


「え? じゃないわよ。ここは礼拝堂よ。何処の誰かも分からない奴が居たら皆が不安がるでしょ!」



あ……そっちの意味でか。

一緒に帰ろう……的な意味かと一瞬思ってしまった自分が恥ずかしくて思わず目を逸らす。



オレはこうしてまた心に深い傷を負ったのだった。


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