第8話 熱弁


「こちらがルカ様の仕事部屋となります」



そう言って王女様に案内された部屋に、オレは思わず言葉を失った。


いや、『宮廷専属鍵師』という役職を与えられたとは言え…まさかこんなに広い工房を貰えるなんて想像していなかった。



オレに与えられた部屋は大きく分けて四つあった。

一つ目は自室。まぁ、所謂寝床。

二つ目は工房。道具も既に揃っていた。

しかもかなり質の高いもの。

三つ目は倉庫。これだけ広ければ、材料も錠前も難なく保管できる。

四つ目はカウンターや、テーブル席の置かれた部屋。……此処は取り敢えず、書斎にでもするか。



「案内、ありがとうございました」



オレがそう言えば、王女様が一通の封筒をオレへと差し出した。


……一体何の封筒だ?


オレはそれを受け取り、封筒に書かれた文字を見て目を見張った。



「パーティーの招待状……ですか」


「はい。保管庫を開けて下さった御礼として、明日パーティーを開催する事に決まったんです。おとう……では無く、国王様がただいま仕事の為、この国には居られません。明日の早朝に帰ってこられる予定ですので明日の夜、パーティーを開催することになりまして……ルカ様?」


「え、はい!」


「顔色が優れないようですが……大丈夫ですか?」



王女様が心配そうにオレの顔を覗き込む。



近くで見ると本当に可愛い………じゃなくて。



オレは庶民。

パーティーなんてオレには関係ない話だった。


煌びやかなシャンデリアと、豪勢な食事。

会場に招かれる多くの客人は、そうそうたる顔ぶれの者ばかりで、オレなんて場違い過ぎる人間だと現実を突き付けられるに決まってる。


それにパーティーと言えば、一番最初に思い浮かぶのが社交ダンス。


………踊れる訳が無いんだよなぁ。



それとフォーマルな衣服。


………着たこと無いんだよなぁ。



と言うかそもそも持ってない。

こんな見窄らしい服じゃパーティーには参加出来ないし……ここは不参加でいくか。



「あ、衣服はこちらで準備致しますのでご安心を」



え…? もしかし…心を読まれた?



「でもオレ、パーティーとか参加した事ないですし。気が重いと言うか……」


「今回のパーティーは保管庫の存在を知っている限られた人数のみで行う小規模なパーティーなので御安心下さい」



それはつまり、あの保管庫の存在を知っているのはごく一部…と言う事か。


オレはあの中身を知っている。

だからこそ、ごく一部の人間しか知らない……知られてはいけない理由が分かった。



「そう言えば、プレセアから早速仕事を任されたとか」


「あ、はい…。でも、どうしてご存知なんですか?」


「プレセアからルカ様にお願いしたい事があると聞いていたので。そして、プレセアが頼んだお願いも、把握済みです」



薄々思っていたが、やはりプレセアと王女様はかなり親しい関係の様だ。



せっかくこんなに良い工房を貰ったんだ。早速プレセアに頼まれた仕事に取り掛かろう。

そう思い、工房の作業台へと向かうと。



「………あの」


「はい?」



丸い瞳を瞬かせる王女様。


…………用事済んだよな?

何故部屋から出ていこうとしないんだ?



オレは不思議に思い、王女様を見つめる。

そしてハッとしたように、慌てて王女様は言葉を紡ぎ始めた。



「その、すいません! お仕事の邪魔をしようと思ったわけでは無くてただ、興味があって……」


「興味……ですか?」


「はい! その、鍵師の方と会うのは初めてで。それに、普段錠前や鍵に触れる機会なんて滅多にないので興味があって……。それでルカ様がよければなのですが、見学をさせてくれませんか?」



鍵に錠前に……興味がある?


今まで鍵師なんて必要ない存在だと、嘲笑われることばかりだったのに……。



興味を抱いてくれた事が……本当に嬉しかった。



「是非! 是非、見学して行ってくださいっ!! 錠前と鍵の魅力を王女様に全身全霊でお伝えします!!」


「ありがとうございます! 凄く嬉しいです」



王女様はそう言って微笑んでくれた。


まさか王女様が錠前と鍵に興味を抱いてくれるとは………。



じんわりと目頭が熱くなるのを感じながら、オレは王女様に鍵と錠前について熱く語った。



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