第6話 大損害
「これで漸く集中して作業が出来るな」
そう言って大きく背伸びしたのは、ルカが勤めていた鍛冶屋の店主のゲイル。
今日もまた彼は店へと寄せられた仕事をこなす為店へと向かった。
しかし
「一体どうなってるんだよ……」
「お、俺にだって分かんねぇよ!?」
「とにかく中を早く確認しましょう!」
店へ向かう途中、数人の職員の鍛冶師達が妙に騒いでいる姿をゲイルは見つけた。
一体何事だと思い、店の前へと急いだ。
そして目の前に広がる光景に、思わずゲイルは声を上げた。
「おい! 何だこの店の有様は…!?」
ゲイルの声に職員達は次々に顔を逸らし始める。
なにせ店の扉が豪快に突き破られ、店内はグチャグチャに荒らされた、何とも酷い有様だった。
間違いなく盗賊の仕業だろう。
今までこの店が盗賊に襲われた事など無かった。この街にはいくつか鍛冶屋があるが、どの店も一度や二度と言わないくらい、何度も盗賊の被害にあっていた。
それに対してゲイルの店だけはここ一年全く盗賊の被害にあった事が無かった。
しっかりとした防犯対策がしてあるのだろう、この店になら任せられる……と多くの依頼が寄せられる様になったのもこの一年であった。
「そうだ…! 城からの依頼はどうなった!?」
ゲイルは我に返るなり、そう声を上げた。
従業員が一人、ゲイルの声でドタバタと武器庫へと向かった。
そして
「………空っぽです」
そう顔を真っ青にして従業員は言った。
ゲイルは床に散乱していた箱を蹴り飛ばし、頭を勢いよく掻きむしる。
しかし、何故こんな大事な時期に盗賊の被害にあってしまったんだ。ここずっと盗賊の被害になんてあっていなかったのに……。
そうゲイルが頭を更に掻きむしった時だった。
『店長。最近盗賊の被害が多発してます。店の防犯対策はオレに任せて頂けませんか?』
『店長! 昨晩、盗賊が店に忍び込もうとしていました。なのでまた念の為に錠前を新しく変えておいたので、それの鍵を渡しておきますね』
なんて言ってゲイルへと鍵のついたリングを手渡してきたルカの姿が頭の中に浮かんだ。
とは言っても、ゲイルがその鍵を使用して店、武器庫、材料庫の開閉なんて一度たりともした事は無かった。
そう言うものは全部……ルカに任せきっていたからだ。
一番朝早くに店に来て、全ての雑務をこなしていたルカ。
殆どの従業員はルカの準備した材料で、ただ依頼された武器を作る。そして作った武器はルカが武器庫へ運び、管理をしていた。
盗賊が他の店を荒らし、自身の店だけが助かった事などこれまで何度もあった。
しかし、ルカの防犯対策があったからこそ、この店の評価が上がっていた事に漸くゲイルは気がついた。
そんな時だった。
「あらあら。思った以上に酷い有様ねぇ…」
「………キャロル?」
「えぇ。久しぶりね、ゲイルさん」
キャロルと呼ばれた女性は、紺色の美しい長い髪の毛をなびかせながらゲイルの前に立つと小さく微笑んだ。
そんなキャロルを、ゲイルは訝しげに見つめる。
「どうして此処に居る?」
「忘れ物をしたから取りに戻ったのだけど………ちょっと遅かったみたいねぇ」
キャロルは柔らかな口調でそう言うと、店の床に転がっていた錠前を手に取った。
彼女は元々この店の従業員だった。
けれど、ルカが入社するのと同時に突然キャロルは店を辞めてしまったのだ。
「………わたしの忠告、守らなかったんですねぇ?」
「忠告?」
「あら? まさかお忘れに?」
キャロルは少し驚いた様子だった。
けれど、どこか納得した様に話を続けた。
「でも……覚えていたらこんな事になってませんものねぇ。私、このお店を辞める際に言ったじゃないですか。『私の代わりの存在となる子を雇ったから大切にするんですよ』って」
そう言われてみれば……と、ゲイルは思い返す。
確かキャロルがこの店を辞めると退職届を出しに来た時に、そんな事を告げられた気がしてきた。
因みにキャロルは鍛冶師として店に雇われていた訳では無い。
彼女はこの店の警備員として雇われていた。
警備の仕事内容がルカが行っていた店の防犯対策で、彼女の場合は魔法結界を張ってそれに務めていた。
「貴方は腕の良い鍛冶師だったからこそ期待して、私の代わりに相応しい子を残したのに………残念です」
キャロルはそう言うと、パチンと指を鳴らす。
そうすれば箒が姿を現した。
キャロルはその箒に腰掛ける。
そんなキャロルに、ゲイルは声を上げた。
「おい! 何処に行く気だっ!?」
「何処って…。用事が済んだので帰ろうかと。忘れ物も、どうやらもう此処には居ない様ですし」
そう言ってキャロルが自身の白い手を見つめる。
そこに握られていたのはルカの作った錠前だった。
「何もかも無くなってしまいましたね、ゲイルさん。けど、貴方が招いてしまった失態です。反省することをオススメします」
「俺が招いた失態…? それに何だその全てを知っているかのような口振りは……」
「わたしには全てお見通しなのですよ。そして取り敢えず今言えることは、宮廷鍛冶師としてのお話は確実に無くなるでしょうね」
そう言ってキャロルは小さく微笑んだ。
長い前髪から覗く鮮やかな赤い瞳が微かに細められ、そんな瞳と目が合えばゲイルの背筋に何かが走る…。
それからキャロルの乗った箒が静かに宙へと舞い上がり、街から飛びさっていった。
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