第4話 報酬


「こちらが報酬です」



そう言って聖女様が差し出したどっしりとした重みのある茶袋。

オレはそれを受け取ると、恐る恐るとその中を開けてみる。


中には目を疑う程の金貨の数。

恐らく、一生遊んで暮らせる程にはあると思う。


けど……



「あの…報酬は孤児院の解体を中止にする……では駄目でしょうか?」


「……貴方はお金よりも孤児院の解体を防ぎたいという事ですか?」


「はい。あそこは妹や弟達にとって無くてはならない場所なんです。漸く傷ついた心が少しずつ癒えて、皆楽しく毎日を過ごしています。だから…そんな妹や弟達を離れ離れになんてさせたくないんです」


「……貴方は本当に面白い人ですね」



聖女様は微笑む。

そんな笑顔がとても愛らしくて…オレは思わず魅入ってしまった。


本当に聖女様は優しくて素敵な女性なんだな、とオレは改めて思う。

かっこ悪い所ばっかり見られていたから少しは見直して貰えただろうか。


今回の依頼は元々そのつもりで引き受けた仕事だった。

こんな大金を報酬で貰えるとは思ってもいなかったが、お金よりも修道院の方がオレにとって大切なのだ。



「すいません。ちょっと席外しても?」


「あ、はい。全然大丈夫ですよ」



そう言って聖女様が席を立つ。

もしかして上司に話をつけに行ってくれたのか?


オレは期待で胸がいっぱいになる。



それから暫くして隣の部屋から声が微かに聞こえてきた。

その声は何処か聞き覚えのある声だった。



「はぁ……仕事をこれ以上増やさないで欲しいのに何なのよあの男は。金貰ってさっさと帰ればいいじゃない」



聞き間違いだよな…?


鍵師と言うだけもあってオレはかなり耳が良い方だ。

けど……聞き間違いだと思いたかった。

だってこの声は……。



「大体孤児院の一つや二つ解体くらいしたって別にいいじゃない」



その言葉に気づけばオレは部屋を飛び出して、その声が聞こえた部屋へと飛び込んでいた。


部屋には勿論鍵がしてあった。

物凄く簡単なシリンダー錠だったので、容易く開けれた。


声の主はオレの登場に酷く困惑していた。



「聖女様。鍵師を舐めないで下さいよ。ダイヤル式の鍵を開ける時もあるから耳は良いんです」



本当は聞き間違いだと信じたかった。

だって聖女様は怪我したオレに無償で手当してくれた。いつも優しい笑顔で接してくれた。



だから本当は聞き間違いであって欲しかったんだが……。



聖女様はこれまでのあの優しい笑顔を浮かべないまま、腕を組んで淡々と話し始めてしまった。


オレに現実を突きつける様に。



「……勝手に入って来るだなんて貴方一体何のつもり? 不法侵入で訴えてもいいのよ」


「訴えるなら訴えて別にいいよ。けどオレはただ……アンタの言葉を撤回させたくて此処に来たんだよ」



オレの言葉に聖女様…いや、プレセアが表情を固くする。


女の子に怒りを向けるのは気が引けるが……こればかりは許せない。



「孤児院の一つや二つ? あそこは身寄りのない子供達のたった一つの居場所なんだ! オレだってそうだった! 友達が出来て皆毎日楽しそうに生活してる。そんな子供達を離れ離れにしないで欲しいんだ。漸く皆、深く傷ついた心の傷を癒しつつあるんだ……だから!」



つい感情的になってしまったその時だった。



「お話の途中の様ですが、少しだけよろしいでしょうか?」



突如後ろから聞こえてきた綺麗なソプラノの声。


弾かれる様に振り返ると、そこには桃色の髪をした女の子が一人立っていた。

薄い桃色のドレスに身を包んだ、可愛らしいその女の子プレセアとはまた違った系統の美少女だった。



と言うか…この美少女は一体誰なんだ?


目を見張るオレをお構い無しに、プレセアが前に出る。



「レティシア様、何故此処に!?」


「プレセアが遅いから迎えに来たんです。そしたら大きな声が聞こえて来て慌てて駆けつけたんですよ」



レティシア…という名の女の子はプレセアと親しげに話す。

もしかしたら彼女も聖女なのか?

いや、だったら聖女の制服を身に付けている筈だ。

けど彼女は淡い水色のドレスに身を包んでいる。とても聖女には見えない。



まるで物語から飛び出て来たような可憐さと儚さのある可愛い子だな……なんて見蕩れていると



「鍵師様……いえ、ルカ様。この度は保管庫を開けて下さり、誠にありがとうございました。正式な場では無くて申し訳ないのですが、父に代わって今お礼を告げさせて下さい。改めて、誠にありがとうございます」



そう言って深々と頭を下げられた。



「いや、オレはただ開けただけなんで…!」



実際にオレは本当にただ開けただけだ。

でも……こうして感謝されるのは嬉しいな。

なんて少し頬が緩んでいると



「いたっ…!! 何するんだよっ!?」



突然頭に痛みが走った。

何故かオレはプレセアに殴られていたのだ。



「あんた頭をもっと垂れなさいっ! 頭が高いのよ!!」


「はぁ!?」



最初は優しくて素敵な聖女様と思っていたがそれはオレの勘違いだったのかもしれない。

本性を表したかと思えば、今度は拳が飛んで来た。


なんて危険な聖女だ…。



「プレセア。鍵師様に無礼な態度はお止めなさい。それに貴方、先程も無礼な態度をとっていましたよね?」


「っ…それは!」


「鍵師様。この度は私の部下が失礼な態度をとったこと深くお詫び申し上げます」


「いや、貴方が謝らなくても……って私の部下?」



レティシアさんの言葉に首を傾げれば



「自己紹介が遅れましたね。私の名前はレティシア・クラリス・フィーリア。このフィーリア王国の第二王女です」



王女……様!?

オレは咄嗟に身を反らす。

だってあまりにも身分が違い過ぎる。


あまりの恐れ多さにオレは無意識に項垂れてしまった。


そんなオレの反応に王女様が小さく笑う。



「そう怯えないで下さい。私はただ貴方に感謝しているだけなんですから」


「感、謝……ですか」


「はい。だってあの保管庫を開けて下さったのですから」



王女様の笑顔に心が締め付けられる…。

やっぱり感謝されるっていいな……なんて、頬が緩んだ。





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