第3話 鍵師


「ルカさん。おはようございます。起きてください。到着しましたよ」



耳元で響く優しくて暖かい声。

肩を揺さぶられ、オレは重たい瞼を開ける。

まだ完全に覚めていない頭と、あやふやな視界。


けど、一つだけ確かなのは…



「あ、おはようございます。よく眠れましたか?」


「え……あ、はい」



オレが聖女様の肩を枕にして眠っていたと言うこと。

そしてオレの目の前でまるで天使のような愛らしい笑顔でオレを起こしてくれた聖女様に恥ずかしさを通り越して見蕩れてしまっていた。


…だからだろう。

起きた瞬間、オレは首根っこを掴まれて馬車から引きずり降ろされた。



「お前!! 聖女様が許可されたとは言え、聖女様の肩を枕にして眠るなど身の程知らずにも程があるぞっ!!」



目覚めたばかりの頭にキーンと響く怒鳴り声。

その声の主は、スラリとした背丈と青い鎧越しからでも分かる鍛えられた肉体に蜂蜜色のサラサラな髪をした男。


正直に言って妬ましいほどのイケメンだ。

そんな男の名はアルドーラ。

聖女様の専属の護衛だとか。



「アルドーラ。それ以上彼に対する無礼な行動は慎みなさい」


「しかしこの者は聖女様の肩を枕にし、呑気に寝ていたんですよ!?」


「別にそれぐらい構いませんよ。それに……気安くそう彼に触れると今度は返り討ちにされますよ? 」


「……そうですね。これ以上は辞めます」



聖女様の言葉にアルドーラが悔しそうにオレを睨み付けてくる。


と言うか返り討ちって何んだ?

オレがアルドーラに一方的にやられる末路しか思い浮かばないんだが。


にしても……多分こいつ、オレが羨ましいんだろうな。


街から王都までの移動時間でしか奴とは接していないが、その時間だけで十分奴の生態が分かった。


アルドーラは聖女様に強い忠誠心を抱いている様子だった。

だからこそ、いきなり現れた余所者のオレがこうして聖女様の肩を枕にしていた事が気に食わなかったのだ。


あと、単純に羨ましかったんだろうな。



にしても……



「デカイなぁ……城って」



オレは目の前に聳え立つ立派な城に思わず言葉をこぼした。



まさかオレが王都に来る日が来るなんて。

昔のオレに話したら、絶対に信じて貰えないだろう。


なにせ王都と言えばお洒落で、物価が高くて……それでいて金持ちの集まりだ。

オレみたいな平民。しかも孤児院育ちが来るような場所では無いと、敬遠していた。



「あの、それでオレは何故此処に連れてこられたんでしょうか?」



本当は移動中に聞いておきたかったのだが、ここ最近仕事が忙しくてろくに眠れていなかった。

馬車ってのはてっきり酷く揺れるものだと思っていたが、これがびっくり。全く揺れない。何なら時に揺れる小さな揺れがオレを眠りの道へと誘ったくらいだ。

そして睡魔に敗北したオレは、気付けば夢の中へ。そうして次に目が覚めた時はなんと王都に到着していた。


何でも魔法具のおかげで、本来なら三週間は掛かるであろう道のりを半日程で移動したらしい。


魔法具って凄いな…。



「移動しながら話しましょう」



そう言って聖女様が城の中へ入る。

オレは置いていかれないように、慌てて聖女様の後を追う。


高い天井に吊るされた豪勢なシャンデリア。

高そうな絵画や花瓶。

輝く白い廊下に敷かれたふわふわなカーペット。


あまりにも場違い過ぎて、オレは無意識に背を丸めてしまう。



「実は最近、ある保管庫が発見されました。その保管庫を開けて頂きたく、貴方をお呼びしたのです」


「成程。分かりました」


「……案外すんなりと受け入れなさるのですね。もう少し色々尋ねられると思っていました」


「え、何をですか?」


「あまりにも保管庫についての情報が不足し過ぎています。これまで保管庫を開けようと試みた方々………とは言っても鍵師の方では無いのですが、皆さんいつも保管庫の情報や中身について尋ねられていました。けれど貴方は何一つ質問をされませんでした」


「……中身については個人情報もありますし、尋ねないようにしています。保管庫については…まぁ、見た方が早いかなって。開け方次第では中身をお伺いする必要が出てくるかもしれませんけどね」



そんな会話をしているうちに、聖女様がある扉の前で足を止めた。

そこにはアルドーラとは違った装飾と赤色の鎧に身を包んだ騎士たちの姿があった。



「Sランク聖女、プレセアです。そして彼は鍵師のルカ様です。通して頂けますか?」



あ、聖女様、プレセアって言うのか…。

名は体をあらわす…と言うが、まさにピッタリな名前だ。

響きが綺麗だな…。


なんて思っていると後ろにいたアルドーラから睨みつけられた……気がした。いや、殺気を感じた。



扉の奥は地下に繋がっていた。

薄暗くて、ひんやりと冷たい地下。

階段を降りて、少し歩いた先にそれはあった。



「これが保管庫ですか」



正方形の形をした保管庫。

高さは2メートルほど。

横幅は1メートルぐらいの長方形型の保管庫だ。


…というか保護魔法ではなく、錠前をつけている保管庫なんてあるんだな。

つまり相当前からある保管庫。


もしくは…………。



オレは鞄からゴーグルを取り出し身につけて、付属のルーペで鍵穴を覗く。


初めて見る鍵穴。

だけど、何の問題もない。


適切なサイズのピックを取り出し、鍵穴に差し込む。

その間、オレはこの保管庫の中身が何なのか分かってしまった。



錠前から感じる魔力。

やっぱりこの錠前は…………。



ガチャリ…



鍵の開く音が地下に響く。



「聖女様開きました……ってえっ!?」



オレは驚きのあまりに辺りを見渡した。

だって気づけばオレの周りには沢山の人で溢れ返っていたから。


一体どうしたんだ?

それに皆、オレと保管庫を交互に見たりして…。



「ルカさん。も、もう開けちゃったんですか…?」


「はい。あ、中は見てないので安心してください」



そうオレが答えれば、聖女様が興奮した様子でアルドーラに言う。



「アルドーラ! 今すぐ国王様に御報告を! 遂に保管庫が開いたと! そして彼をもてなすのよ!」



聖女様の声に歓喜の声が湧き上がる。



え…一体何が起こったんだ?


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