第2話家族のために


聖女様に道案内を頼まれ、オレは聖女様を連れてとある場所へと向かった。

話を聞くとどうやらその目的地へと向かう途中、護衛が迷子になってしまった為はぐれてしまった…らしい。

護衛が迷子って…それって本当は逆なんじゃないか? と思ったが、しょんぼりと項垂れる聖女様を見たら全て護衛が悪いような気がしてきた。


因みにその向かっている目的地とは……。



「あ、ルカ兄だ! シスター! ルカ兄が来たよっ!」


「ヘイン! あんまりはしゃぐと転けるぞ!」



まさかのオレが育った修道院だった。



聖女様は微笑ましそうに建物へと駆けていくヘインの後ろ姿を見つめている。

かと思えばオレへと視線が向けられる。



「先程の女の子とはお知り合いなんですか?」


「はい。随分お世話になった修道院なので、よく足を運んでいて。だから修道院の子供達とは顔見知りなんです」


「…そうですか」



何となくオレの身の上を察したのだろう。

それ以上聖女様がオレに尋ねる事は無かった。


修道院の敷地へ入ると、シスターがやって来た。

シスターは聖女様は見ると目を見開いて一瞬悲しそうな表情を浮かべた。



「聖女様。遥々とこんな遠くまで足を運んで下さり本当にありがとうございます。長旅でお疲れになった事でしょう。 どうぞ中へ」


「ありがとうございます」


「ルカ、ちょうど良かったわ。また戸棚の鍵が壊れちゃって開かなくなってね…。開けといてくれるかしら?」


「分かった。やっとく」



オレがそう答えればシスターはオレの頭を優しく撫でた。

相変わらずの子供扱い。

かなり不服だが、やはりシスターからしたらまだまだオレは子供なんだろう。


物心着いた時からオレはこの修道院に居た。

昔とは全く変わっていない修道院にこうして訪れる度にとても懐かしさを覚えるし、何より感謝の気持ちも芽生える。



「ルカ兄! 遊ぼー!」


「追いかけっこしよーよ!」


「いや! ルカ兄は私とお絵描きするのっ!」



鍛冶屋で働く日々はいつも苦しくて大変な日々だった。

けど、こうして修道院へと訪れて弟や妹達と接するこの時間は仕事の事なんか忘れられた。

この修道院はオレにとって最高の癒しの場でもあるのだ。



「何言ってるんだよ! ルカ兄が来たんだぜ? アレ見せて貰おうよ」


「私もアレみたい!」


「僕もアレがいい!」


「ちょうど今頼まれた所だから見るか?」



オレの言葉に皆が「やったー!」と口を揃えて喜んでくれた。

ほんと、可愛いな…。




▢◇▢◇▢▢◇◇▢▢




それから一時間後。

あまりにもシスター達が戻って来ないので、オレは様子を見にシスターの部屋へとやって来た。


そこでオレは…………偶然聞いてしまった。



「どうか考え直しては頂けないでしょうか…!」


「こうして直接足を運んで視察しに来ての決定事項ですので」


「で、ですが…! この修道院が無くなってしまったら今この修道院に居る子供達は離れ離れになってしまうんですよね!?」



シスターの涙声にオレは全てを悟った。

いや、薄々は勘づいていた事ではあった。

国内でも、修道院の数は数多にある。そして、経営自体同じ水準で保たれている筈なのだが、この修道院は経営が難しい状態にあることを。


つまり、このままでは修道院が閉鎖されてしまうのだ。



それに、前々からシスターが嘆いていた事を思い出す。



と言うか、偶然聞いてしまったのだ。



シスターは妹や弟達を……そして、オレに心配をかけないように、不安がらせないように、普段は優しい笑顔で接してくれている。


そんなシスターが啜り泣く声をある日偶然聞いてしまい、オレは修道院が閉鎖されるかもしれない……という事実を知った。



国内にある全ての修道院は国からの援助で成り立っているのだが、その援助が徐々に減っていてるのだ、と言う。


そしてその理由はこの修道院には、子供があまり居ないからだろう、と……。



シスターはいつも不安がっていた。


この修道院が無くなれば、今いる子供達は離れ離れになってしまう。せっかく友達が出来、癒されつつあった傷が更に深くなってしまう。それだけは嫌だ、と。



「あ、あのっ!! オレがもっと働いて給金を修道院に寄付します! だからどうか妹と弟達を離れ離れにしないで下さいっ!」



気づけば勝手に体が動いていた。

オレはシスターの部屋に入り、聖女様に深々と頭を下げていた。


この修道院は出会いと別れの場だ。

同じ境遇の友人と育んだ絆。

別れの時は涙を流しつつ、旅立ちを祝った。

そして……尊敬する親父と出会わせてくれた場所なのだ。



「……ルカさん、でしたっけ。これは決定事項なのです。貴方がどう努力しても叶わない事なのです」



今まで天使だと思っていた聖女様が急に悪魔になった気分だった。

けど、聖女様の表情はどこか苦しそうに見えた。

恐らく聖女様もこんな決断は本当はしたくなかったんだ……と信じたい。



「あ、此処に居た! ねぇ、シスター聞いて! ルカ兄ね、今回は何時もよりもっと早く開けちゃったんだよー!」



静まり返った部屋に突然響いた声。

無邪気なその声に救われた。

張り詰めた表情をしていたシスターは笑みを浮かべる。


漸く笑ってくれた…。


シスターの笑顔にオレは安堵する。

だってそれは心からの笑顔だったから。



「次いでに新しい物に変えておいた。最近盗賊も出てるみたいだし、良いやつにしておいたから」


「何時も悪いわね…。ありがとう、ルカ」


「これぐらいいいって。あ、これ新しい鍵ね」



そう言ってオレがシスターへと五つの鍵がまとめれたリングを渡した。


ここ最近店やら民家に盗賊が入って金や子供の誘拐などの事件が多発している。

だから修道院が狙われる可能性は十分にあると踏んでオレは丈夫な鍵を作っておいたのだ。


にしても…早めに交換できて良かった。

何かあってからじゃ遅いから。



「ほんと、ハリスが今の貴方の腕前を知ったらきっと泣いて喜ぶと思うわ。今の貴方は最高の鍵師よ」



何だか照れくさいな…。


シスターはこうしていつも褒めてくれる。

むず痒いけど、褒められて嬉しくない人なんて居ないだろう。

実際、オレは凄く嬉しい。



それに……親父が泣いて喜ぶ姿を想像できたから。



「鍵師…? つまり貴方は鍵を開ける事が出来るんですかっ!? 」


「え、そう、ですけど…?」


「それにその鍵に篭められた魔力……もしかしたら」



突然聖女様に声をかけられかと思えば、今度はブツブツと言葉を口にし始める。


どうしたんだ?

もしかして具合でも悪いのか?



「ルカさん。一つお願いがあります…! どうか頼まれて頂けませんか? もし私のお願いを引き受けてくれた場合、勿論報酬を差し上げます。そして…このお願いを叶えてくれた場合には更に良い報酬を支払いましょう」



更に良い報酬。

その言葉にオレはピンと来た。

どんなにお願いかは分からないが、もし叶えることが出来たら報酬として大金を貰えるかもしれない。そしてそのお金でこの修道院を救えるかもしれない…。



「引き受けます」



迷いなんてある筈が無かった。


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