第1話 運命の分岐点
返り討ちにされて出来た傷の痛みを堪えながらオレは家へと向かう。
これからの人生のことを考えながら。
オレは今、職を失った。
つまり無職である。
親父が残してくれた家があるから寝床には困らない。けど、生きていくには食べる事が必要で、食べていくにはお金が必要だ。
鞄の中から財布を取り出し、中を覗く。
あー、これは…。かなりキツいな。
思ったよりスカスカな財布の中身にオレは苦笑した。
「飢え死にだけは避けないと…」
今思えばあの鍛冶屋、給金が本当に少なかった。けど、オレはたいして魔法に剣術、そして錬金術が出来る訳じゃない。だから適材適所という面では仕方ないと言えば仕方なかったのだ。
もしこれらの才能があれば左団扇な生活を今遅れていただろう。
現にこの怪我たちも魔法の才能があれば治癒魔法で一瞬で治せていたし、錬金術の才能があれば質の高いポーションを作って怪我を治せていたに違いない。
「…こんなお金じゃ塗り薬だって買えねぇよ」
一瞬で傷を治すとされるポーションなんてもっと買えないな。
オレは更に苦笑をこぼしつつ、重い足取りで歩を進めた。
とりあえず家に帰って出来る限りの処置はしよう。包帯ぐらいはあったはず。塗り薬は切らしてた気がするけど…まぁ、何とかなるだろう。
「あの、すいません」
「はぁ…」
「あ、あの! そこの人! すいません!」
「……え、オレ?」
最初、思わず二度見してしまった。
人違いじゃないのか、と疑いもした。
だってオレに声を掛けてきたその少女は、あの気高き聖女様の衣服に身を包んだ美少女だったからだ。
ブロンドの光沢のある髪を一つに束ねており、澄んだ灰色の瞳を持つ少女。
しかも胸元で輝く十字架の着いたネックレスには『S』の文字が刻まれている。
その文字にオレは思わずギョッとする。
Sランクって……一番高いクラスの聖女様じゃないかっ!
聖女には三つのランクが存在する。
上からS A B で、この聖女様はS。
何でも治癒魔法の効き目でランク付けされているらしい。
だからオレは驚きのあまりに言葉を失った。
Sランクの聖女様なんて滅多に居ないと親父が話していたし、何より俺とそう年齢は変わらなさそうなのにSランクと言う立場。
(オレとは正反対な人だな…)
思わずまた苦笑をしてしまった。
だからだろう。聖女様が心配そうにオレを見つめる。
「あの…」
「す、すいません! えっと何か御用ですか?」
やばい。完全に変な奴と思われた。
オレは慌てて聖女様の言葉に返事をする。
そうすれば聖女様は安堵した様に胸に手を撫で下ろしてニコリと微笑む。
「酷い怪我をなされている様なので心配になって…。よければ治療をと」
「え、聖女様の治療をですか? それって…」
かなりの大金を請求されるのでは…!?
因みに聖女とは治癒魔法を使う事の出来る女性がなる職業で、その中でもSランクの聖女様の使う治癒魔法の効き目はどんな大怪我だって一瞬にして治るのだと親父から聞いたことがある。
「オレ、貧乏で治療費なんて払えないので」
「民からお金を取るはずがないじゃないですか。それに…怪我をしている人を放っておける訳ないでしょう?」
そう言ってまた聖女様は微笑んだ。
まるで天使のような笑顔で。
あ…聖女様って本当に心が綺麗な人なんだな。
オレは聖女様の笑顔に癒されつつ、聖女様の治療を受けた。
「『ヒール』」
聖女様の言葉に反応するかのように、聖女様の手のひらに魔法陣が浮かび上がり魔法陣から無数の光の玉が溢れ出す。
そして気付けばその無数の光の玉が俺を優しく包み込み、綺麗さっぱり傷を癒してくれていた。
これがSランク聖女の治癒魔法…。
さっきまでの痛みは何処へやら。
完全に治った怪我。
跡もなく、綺麗に治療されていた。
「あ、ありがとうございます!」
「いえ、構いませんよ」
「何か御礼が出来たらいいのですが…実は今金欠でして」
はぁ…ほんと情けないな。
ここは高級なアクセサリーを御礼にって渡してカッコつける場面の筈なのに。
空っぽの財布を恨む。
「あのでしたら一つお願いが…」
「お、オレに出来ることなら…!!」
そうオレが答えれば、聖女様は少し恥ずかしそうに頬を赤らめてモジモジとし始める。
可愛いな…なんて思いつつ、オレはふとある事に気づく。
なぜ聖女様が外にいるのだろう、と。
基本聖女様は城内で生活している。
毎日毎日、国の守護神である精霊様に祈りを捧げる為にだ。
そんな聖女様が一人今外に居る…。
しかも護衛無しで王都から随分と離れたこの街に。
「あの、道案内を頼めますか?」
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