王国が求めている人材は魔導師じゃなくて【鍵師】らしい~今更戻ってこい? オレは称号【鍵の皇帝】で第二の人生始めるので関係ない!~

流雲青人

プロローグ

現実はなんて残酷なんだろうか…。


オレは視界に広がる光景にただただ唇を噛み締め、行き場のない怒りをただ抑える事しか出来なかった。



フィーリア王国の王都から少し離れた場所にある港町の中心部にあるゲイルという男が営む鍛冶屋に勤め始めて早一年と少し。


最初はただ死んだ親父の遺言に従って進んだ鍛冶師という道は、どうやら俺には心底向いていなかったらしい…。



ゲイルという男はそれなりに名の知れた鍛冶師だ。

その事もあってこの店はそれなりに忙しい日々だったのにも関わらず、遂一ヶ月前に何とゲイルに「宮廷専属鍛冶師にならないか」という誘いが舞い込んだと共に沢山の仕事がこの店に任された事で、店はこれまでに無いくらいに大忙しとなっていた。



そんな多忙な日々にやはり大変大きなストレスが溜まっていたのだろうか。

そんなストレスが遂に爆発して、オレへと矛先が向けられた…。



材料を手に駆け回っていた時、突然オレはゲイルによって突き飛ばされた。


床に散乱する材料。

オレが慌ててそれを拾い、かごの中へ戻していると



「こんなに仕事が立て込んでるって言うのにお前と来たらまともな剣さえ作れない役ただずだっ!! 雑用なんていくらでも手は足りてるって言うのにっ……!!」



ゲイルが突然怒鳴り声を上げた。

そしてそれに続くように他の従業員達も揃って口々にオレへと怒りの矛先を向け始める。

口を動かす余裕があるなら手を動かせよ。

なんて悪態を抱きながら、オレは言葉を飲み込んでいく。



正直………言い返してやりたかった。



この店の雑用は全てオレがやってるんだぞ、と。


材料の管理をしているのオレだと。

何ならこの店の防犯対策を念入りにし、盗賊の被害にに合わない様に務めているのはオレだと。



つい先日、この港町にある多くの店が盗賊の被害にあった。

けど、この店だけは被害に合わなかったのだ。

この店の奴らは全員気付いていない様だが、錠前にいくつもの傷跡があった。

恐らく鍵をこじ開けようとしたのだろう。

しかし、結局開けることが出来ずに諦めて退散して行った様で、この店に被害は及ばずに済んだのだ。



そんな真実を勿論皆に話した。

けど、この店の奴らは誰一人オレの話を信じてはしてくれなかった。

「お前の鍵如き簡単に握りつぶせるわっ!」そう言ってゲイルはオレの頭を叩いた。他の従業員達は口を揃えて「鍵なんて脆いの、今どき使うのはお前だけ」だと馬鹿にした。




「お前がいると気が散って仕方ねぇ! 早く荷物を持って出て行け! お前のせいで仕事が捗らないっ!!」



そう言われてしまえばもうオレに返す言葉は出来ない。

職人にとって仕事の邪魔をされる事が一番の苦痛な事などオレが一番よく知っているからだ。



部屋を出て行く間際に、誰かが言った。



「やっぱあの変わり者のハリスの息子だもんな」


「親父に似てかあいつ、鍵と錠前しか作れないんだぜ? 魔法が使えれば鍵と錠前なんて何の意味も無いゴミなのにな」


「あの風変わりの親父と同じ不遇職の道を辿ればいいのに何で鍛冶師目指したのかしら?」



…親父を侮辱する言葉。

その言葉をを耳にした次の瞬間、オレは気付けばそいつら目掛けて拳を振っていた。




▢◇▢◇◇◇◇◇




オレ──ルカは元々は孤児だった。

物心が着いた時から修道院で暮しで、いつもただただ退屈な毎日を過ごしていた。


そんなオレを鍵師であった親父─ハリスが養子に迎えてくれたのがオレが六歳の時だった。

それ以来、オレは親父に鍵師としての知識を教えこまれてきた。それと鍛冶師の知識も一応。



親父は鍵と錠前をこよなく愛する男だった。

だからオレも自然と鍵や錠前を愛する様になった訳だが…。



『この世界には鍵や錠前なんて必要ない物だ。だからお前は俺の様に外れた道を歩むな』



親父は息を引き取る前に、オレにそう告げた。

そんな事最期に言うくらいならオレに鍵師としての知識を教えるなよ……。


なんて不満を吐き捨てた。

まぁ、息を引き取った親父に届く事なんてある訳無いのに。



親父は元々かなり有名な鍛冶師だったらしい。

しかし、ある日鍵と錠前に魅了されて鍵師になったのだと親父は満足気に語っていた。

魔法が存在するこの世の中で防御魔法を使えば錠前なんて必要無いって事くらい親父も分かっていた筈。けど、親父は鍵師の道を選んだ。



そりゃあ…変わり者だって言われても仕方ないかもな。

けど、そんな親父を侮辱されるのは心底嫌いだ。

そして何より……親父がこよなく愛した鍵と錠前を馬鹿にする奴らが大嫌いだ。


荷物をまとめれば、オレは直ぐに店から追い出された。

店に対する未練は一切無い。


鍛冶師として雇われた身だったが、剣さえもろくに作れないのか、と怒鳴られて目の前で剣をゴミ箱へ捨てられてオレは直ぐに雑用係へと回された。


今思えば渋々と受けた鍛冶屋の面接の時、書類選考だけで通ったのがまずおかしな話だったんだ。



鍛冶師としてどうなのか…と思うだろうが、オレは鍛冶屋で働いている間、主に商品の保管庫や倉庫等の錠前作りや管理に励んでいた。

時にはお客さんから鍵を作って欲しいなんて依頼や、防犯対策の相談をされる事もよくあった。



「親父。やっぱりオレには鍛冶師なんて向いてなかったんだよ」



親父と鍵師と言う職を馬鹿にされ、カッとなって気付いたら振り上げていた拳。

けど、オレに戦闘能力なんてものは皆無で、結果返り討ちにされてしまった。

その結果、体のあちこちに出来た擦り傷や打撲。

そんな痛みを堪えながら、オレは家へと向かう。


帰路の途中で大きな溜め息をこぼす。

こう言う時は鍵と錠前を見て幸せに浸ろう…。


そう思い、ポケットを漁ると



「げっ……倉庫の鍵とか色々間違って持って来ちまった」



急いで荷物をまとめたから誤って持って来てしまったらしい。

けど…戻しに行くのも何だか気が引ける。

まぁ、スペアは店にまだあったはずだし、持って帰っても問題は無いだろう。


オレは再び鍵をポケットにしまって歩き出す。





この時のオレはまだ知らなかった。

オレが作った鍵の本来の力と、これから店に待ち受ける大きな災難。


そして……これから始まるオレの輝かしい第二の人生を。


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