第38話 in the other story
「残酷な…真実…?」
「ああ。とてもな」
残酷な真実…特に思いつくものはない。いったい彼が何を知っているというのか。
「…それじゃあ、話すとしようか」
中佐は立ち上がり、特に意味もなく歩き始めた。
「事の発端は、君が撮った写真だ」
そう言うと、机の下からあらかじめ準備されていたであろうパソコンを取り出した。
「これだ」
パソコンの向きを変え、画面を見せる。
「古代の地底文明」
「はっ…」
画面には、地底で撮ったあの謎の建物の写真が写っている。
「これは……」
「人間が建てたものじゃあない。地底人が建てたんだ」
「あぁ……」
…疑ってはいた。しかし、そうでないことを願っていた。
「これは、彼らが我々地上人以上の科学技術を持っていたことを示している」
…そんな……
「最初は単なるフェイク画像だと思った。しかし、最新のAIによる解析や専門家の調査によってフェイクでないことが分かった」
中佐は咳払いをし、水をグイっと飲んだ。
「それで、討論が行われた。何十時間もぶっ続けの大討論だ。そして、結局これは本当に地底人が作り上げたものだという結論に至った。おかげで政府の調査隊派遣はいったん中止になり、日本政府にも調査隊特に民間のものは絶対に許可なく入れないことを要請した」
「…日本政府は地底人が近未来の技術を持ってることを知っているのか」
「いいや。知らない。アメリカ政府としてはとにかく入れるなとだけ伝えたからな」
「…そんなの…不公平だ!」
「いいや。違うね」
中佐は腰のベルトに引っさげている拳銃を取り出した。
「世界というのは、常に不公平だ。必ず誰かが”管理者”にならなければならない。アメリカ合衆国という国は、今はこの星の“管理者”なんだ」
拳銃を手の上で華麗に回している。いや、操っている。
「しょうがないんだよ」
……
中佐の顔は壁に向かっている。大型モニターの埋め込まれた壁だ。
「…まだ続きがある」
「……」
「まだ話は残っている」
…そういえばまだ“オペレーションFE”のことを聞けていない。
「続けてくれ」
「最終章。ようやく本題の”オペレーションFE”についてだ」
最終章の意味は分からないが、どうやら我々の言いたいことを察したらしい。
「作戦内容は簡単」
…息をのみ、こぶしに力が入る。
「彼らを一匹残らず捕獲する」
はぁ…?
「なんだって!?」
私はそう言うと、荒々しく立ち上がった。捕獲なんて許されるはずがない。脳裏に自然と光景が浮かび上がる。罪のない地底人たちが地上軍に強制的に牢屋に入れられている。まるで動物のように。
「うるさいぞ」
……
気が付くと、中佐の拳銃は私に向かっていた。
「黙って、座れ」
…
私はしぶしぶ座り、こぶしをさらに強く握りしめた。
中佐は拳銃を下した。
「全く、落ち着きがない。前からそうだが、君は衝動的に動きすぎだ」
「しょうがないだろ。そういう性格なんだっ…」
力んだ声。必死に声量を抑える。
「いいから落ち着け。このことはもう決まったんだ。君がどうしようと我々を止めることはできない」
「……っ」
「そんなに睨むことないだろ。考えてみろ、これは当然の流れだ。彼らは未来の技術を持っている。その中には当然兵器も含まれているだろう。下手したら地球が滅ぶかもしれないんだ。たとえ原始時代みたいな生活を送っていても彼らのすぐそばに“そういうもの”があるのは確かだ」
中佐は腕を組み、こっちを見つめる。
「未知の大量破壊兵器と、原始人。どちらを運び出すのが簡単か。そんなの、考えるまでもないだろう?」
中佐は私を見つめ続けている。返答を待っているようだ。
「……彼らが文明を放棄してから何年たったかは知りませんが、その間地球に何もなかったのは確かです」
「加藤君。“何かあった後”は、ないんだよ」
中佐の声のトーンがいっそう低くなる。
「…とにかく、これは地上の人間が関わっていいものじゃない」
「いいや。違う」
「なんでだ」
「これは地上地底の問題じゃない。地球規模の問題だ。地球の“管理者”として、“危ないおもちゃ”を“赤ちゃん”に渡しておくことはできないんだよ」
「……貴様ぁ…」
「文明を捨てたということは、力を放棄したも同然だ。持たざる者は、持つものに従属する。それが“世界の真理”ってやつだよ」
「世界の真理はそんなものじゃない!」
「うるさいぞ!黙って席に座っていろ!」
再び銃口が私に向けられる。
「……世界の真理ってのは、もっと複雑だ」
「…なんでわかる」
「…なんでもだよ」
中佐はため息をつき、「フッ…」っと笑った。
「……話を戻そうか」
「あぁ…」
つい“そういう”話題に熱くなってしまった。会話が途切れ、話が聞けなくなって困るのは自分たちだ。
「…捕獲した地底人は、全員地上へ運び込む。収容施設は現在建設中だ。あと数日で完成するだろう。だが安心したまえ。我々は彼らの生体の研究のためにもできるだけ彼らが自然な形で生活できるようにする。独特な形の岩、光る鉱石、得体のしれない魚、そしてオアシス。全て地上に用意する」
「……それは、本物じゃないだろ」
「ああ。それぐらいわかってる。なんだ?”偽物の自然じゃ再現なんかできない、意味がない”とでも言いたいのか?相変わらずだな」
中佐にまた鼻で笑われた。さすがは“悪役”だ。
「案外、少し変わっただけじゃそんなのわからないもんだ。寝て起きたらいつものっぽい感じの場所にいる。みんなもいるし、いつものっぽい風景が広がってる。お隣さんちの場所は変わってない」
「……」
「お前ならどうだ?気づくか?」
「…気づく」
小声だった。
「…多分気づく」
「ふーん。そうかい。私は全くそうは思わないけどな。偽物か本物かなんて、それっぽかったら、教えてもらうまでわからないんだよ。人間、いや、すべての生き物がそうだ」
中佐はようやく席に座り、足を組んで特に意味なく右上の方を見ている。
「…まあ、感じて、仮説の一種として作り上げることはできるかもしれないけどな」
「……」
「おおっと。また脱線した。修正しよう」
中佐はやれやれと首を振っている。
「作戦開始日は9月2日だ。本当はもう少し早くやりたかったんだがな、台風のせいだ。部隊規模はアメリカが30人、それ以外は知らん」
30人…
私はその数字を頭に叩き込んだ。思っていたより少ない。もっとこう、1000人や2000人で来ると思っていた。これならまだこちらにも勝機がある。
「我々は潜ったあと一度山梨県東部まで進んで、それからオアシスに突入する。側面から行くってことだ。これは各国で統一している。迷子になったら、困るからな」
最後の部分は皮肉たっぷりに言われた。自分の好奇心によるものとはいえ、ここまでネタにされるようなことなのか?
「調査書によれば、側面から回り込めばより早く奴らの島にたどり着くことができる。三時間もあれば、到着するだろう」
「調査書?なんで側面から行けば早く着くなんてこと知ってるんだ?」
「はぁ…」
中佐はため息をついた。この質問に答えるのが面倒くさいのか、呆れているのかはわからない。
「国連本部で、調査隊を派遣したと言ったろう?」
「…ああ」
「小型の探査機を十機ほど送り込んでな。ありとあらゆる場所を調査した。君の写真にあった岩で塞がれていた通路も小さな穴を通って裏側まで調査した。オアシスの外周の長さもおおよその値をつけ、駿河湾からウラジオストクまでの広大な範囲が水蒸気でおおわれていることもわかった。彼らの島の位置も、遠目だが彼らの生活も多少覗かせてもらった」
「……全て知っていたんだな……」
「ああ。オアシスの九割は全てこのパソコンの中にある」
そう言うと中佐はパソコンを軽くたたいた。
「……たいそうな調査だ」
この感じだと、オアシスの構造や地底人の人数、ヤコフの存在すらも彼らは知っている。オアシスの構造など、自分でも知りえないことだ。
「それで一つ、分かったことがある」
中佐は、何かを憐れんでいるような、そんな表情になった。
「……彼らのいるオアシスってやつは、一見するとたまたまできた湖と島だ」
中佐がゆっくりと嘆くように言う。
「だが、実際は未来の科学をふんだんに使って作られた完璧な楽園だ。エデンの園な
んだよ。あそこは」
エデン……ヤコフが教えてくれた…アダムとイブの住む楽園だ。科学の楽園…いったいどういうことだろうか。
「違和感なかったのか?地上からの亀裂を通って海水がしたたり落ちてること。そんなことあり得るわけないんだよ。……これはあくまで我々の仮説だが、本当は、“海水永久生成装置”のようなものが埋まってるんじゃないかと思っている。その他だって同じだ。空気、食料、光源、資源…全て未来の科学が作り出したものだ」
「……」
地底人は…未来人……全ては……科学。
オアシスは奇跡なんかじゃない。科学という名の、積み重ねによって作り出された必然だったんだ……
「証拠を出そう」
中佐は机の下から分厚い布で覆われた物体を取り出した。そこまで大きくはない。
「これは探査機がオアシスから持ち帰った“光源”だ」
布を取ると、中には青色に光る鉱石がある。
「…調査の結果、このたった直径7インチの石ころの中に核融合でエネルギーを作り出す仕組みが構築されていることが分かった」
核融合……テレビなんかで聞いたことがある。確か未来の新エネルギーだとか……
「私も詳しいことは知らんが、今の人類でも実用化はできないような代物だ。核分裂よりも多くのエネルギーを作り出すことができる。おかげでこいつはこれからも何千、何万年と輝き続ける」
……私も科学のことはわからないが、彼らが人類の何倍も先を進んでいることは分かった。
「…加藤君。君は世界をまた面白くしてくれたようだね。アメリカ政府一同から、感謝の意を伝えよう。人類の夜明けはこれからだ」
「あっあぁ…」
地底人は……未来人。頭の中で何度繰り返しても受け入れられない。あんなに原始的で、科学とは無縁なのに……彼らの祖先は人類を優に凌駕する科学技術を持っていた……
このたった三十分の会話で、私の地底人に対する考え方は大きく変わっていた。決して今まで彼らを見下していたわけではないが、自分があくまでも教える側だと思っていた。
でも、それは間違っていた。
彼らは私たちに何かを教える側なのかもしれない。
「……紀元前三世紀の著述家ベロッソスの伝えによれば、オアンネスという半魚人が人類に一週間で全ての知識と文明を授けたそうだ」
地底人……彼らは一体……何者なんだ……?
「さあ、彼らは何者なんだろうな」
中佐は下を見て目をつぶっている。
横を見ると、秘書さんは口を開けたまま放心状態になっている。
「人類が、人類とは何か、この
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