第39話 必然
「さあて、私が話せるのはここまでだ」
中佐は立ち上がり、机の上に置いていた拳銃を取った。
「ありがとう。君が一体何なのか、知ることができた」
ほとんど会談に近いような気がするこの会話は、これでお開きのようだ。
「こちらこそ、様々なことを教えてくださりありがとうございます」
不自然な感じがするが、なんだかんだ言って丸く収まりそうだ。
私は晴れた顔で右手を中佐に差し出した。
「すまないな。加藤君。握手はできない」
「いいじゃないですか。敵同士だってこういうのは必要ですよ」
「そう。私たちは敵同士だ」
「えっ…?」
中佐は拳銃に弾薬を込めた。今まで空だったようだ。
「君にはいろいろと話してしまった。まあ、いわゆる“君は知りすぎた”ってやつだな」
「…まさか……」
「じゃあな。また会おう」
「加藤さんっ!」
「え?」
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「ーーーーーーーーーーーーー」
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「ーーーーーーーーーーーーーーっ」
「ーーーーーーーーー、ーーーーーーーーーーーーーーーーー」
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「ーーーーーー!」
……
「あっ!?」
ここは…
真っ暗闇の中を漂う自分。またここだ。
「今度はなんだ……?」
周りを見渡すと、無数の白い点が暗闇の中で光っている。
これはまさか……
「うわっ」
後ろから強い光が入ってきた。
「……」
振り向くと、太陽が地球から顔を出した。
地球の輪郭が淡く白く輝く。
まるでダイヤモンドリングのように……
ここは、宇宙だ。
「はっ…」
目が覚めると、私は飛行機に乗っていた。
「えっ?どうしたんですかっ?」
秘書さんの声が左から聞こえる。秘書さんは読み途中の本を持ってこちらを見つめている。
「え?どうしたって、一体……」
……
私は脳みその中の“不可解な記憶”を探した。
…あった。やっぱりだ。
私たちはホワイトハウスに配達予定だったパソコンにこっそり盗聴器を仕掛け、中佐たちの会話を盗み聞きした。途中でばれたが、指紋も何もそのころにはもみ消されていたので誰がやったかは分かっていない。
……
……矛盾ができたんだ。
……おそらく、“主人公が殺された”ことが原因だろう。中佐は私の頭を撃ったが、かろうじて一瞬の銃声は記憶に残っている。
主人公が物語の半ばで急死など、脚本が許すわけがない。
「ごめん驚かせちゃって。なんでもないよ」
「そうですかっ」
秘書さんは持っていた本を置き、アイマスクを付けて寝た。
……ここまで改変されると、もはや前のようなワープ云々ではない。ほとんど世界線を移動したようなものだ。過去が大幅に改変され、私はすでに帰りの飛行機に乗っている。主人公が死ぬというのはそれだけ大きなことなのだろう。とはいえ私に今できることはない。黙って合わせるだけだ。
私は目をつぶり、席に深く座った。
……いや。まだ引っかかるところがある。それが何なのかははっきりしないが、やっぱり引っかかる。何というか、不自然というか、不合理というか。とにかく引っかかる。
そんなことを考えていると、自然と眠くなってきた。到着した直後に台風が来る。嵐の中人工島に行くのは一苦労するだろう。今のうちに寝ておこう。
「ただいま」
「よぉ加藤。おかえり」
8月31日、午後1時12分。成田空港に帰ってきた。
「危なかったな。この便逃してたら二日の便まで待たなきゃならなかったぞ」
「ええ…なんとか…間に合いましたね」
「ほら、これ」
ヤコフが何やら石のようなものを二つ渡してきた。片方は白、もう片方は黒だ。
「翻訳機らしい。いやぁ、今の技術はすごいねぇ」
私はスマホをしまって、翻訳機を耳につけた。ようやくいちいちスマホで翻訳する必要がなくなった。秘書さんは白色の方、私は黒色の方をつけた。
「宮田がプレゼントしてくれたんだ。俺もつけてるぜ、ほら」
そう言うと、ヤコフは黄色い翻訳機を見せびらかした。
「さて、タクシー準備してるから、行こうぜ!」
三人はターミナルを走り抜け、タクシーに乗った。空はすでに灰色になり、風も若干吹き始めていた。
「加藤さんっ」
「ん?」
「あと二時間後には降り始めるそうですよっ」
秘書さんがスマホを片手に台風情報を集めている。
「ドライバーさん。どれぐらいで沼津に?」
「えーっとねぇ…まぁ…二時間半ぐらい?」
…まずい。波の高さが低くないと人工島に行くのは困難だ。
「頑張ってみるけど、それでもせいぜい二時間ちょっとが限界かな…」
「ありがとうございます」
「まあ使命、だからね」
タクシードライバーの何気ない一言。私はその言葉にびくっとしてしまった。
「タクシードライバーは、お客様を早く安全に運ぶことが使命なんすよ」
へへへと笑いながらドライバーが言う。ほんの冗談のつもりだろう。ヤコフや秘書さんも特に気には留めていないようだ。
「…加藤さんっ?」
「何?」
「何かありました?」
「…いや…なんでもない」
……未来の地底人に主人公の死。あの謎空間の再来と、世界線の移動。考えるだけ無駄だと思っても、頭にこびりついて離れない。一体何なんだろう。あれは。いったいどうなってんだろう。ここは。正直、物語ってだけでは済まされないようなことが起きてるんじゃないかと思う。何か、この世界には裏の裏がある気がしてならない。
「はぁ……」
深いため息をついた。
あーーっ。めんどくさい。神だか何だか知らないけど、何で世界をこんなに複雑に作ってしまったんだ?もっとシンプルで、わかりやすい世界にしなかったんだ?
この世界の考察なんて、私のすることじゃないだろう…?
物語を見ている人間がやることだろう…?
解説動画を見て、なるほどなるほどってそれだけでいいんだよ。私は。
唯一、何か解説というか答え合わせのようなものは物語終盤に出てくるんだろうが、それだけで果たしてこれが理解できるだろうか。理解できるように作っているだろうか。
脚本通りなら、わかるのかもしれない。でも、数時間前に脚本と大きく違ったことが発生したことは確かだ。この世界には、やっぱり裏の裏がある……
「やっぱり加藤さん、何かありましたよね…?」
私を見つめる秘書さん。純粋で、つぶらで、“知らない”瞳だ。
「…いや」
「じゃあなんでそんなに憂鬱そうな顔してるんですかっ」
何回目だよ。この展開。一回で十分だろ。視聴者を憂鬱にさせる気か?
「このか…」
……いや待て、そうだった。この世界では、”あの夜”はないんだ。二人でとりあえずホテルに行って、コンビニで買った弁当だけ食べて寝たんだ。
「考え事してるだけ。すごくつまらないことだよ」
今回こそは撒いてやる。
「…本当ですか…?」
「うん」
……
「私、加藤さんのことがずっと…」
無理そうだ。きっとこの展開を脚本が明記しているんだろう。
「心配だった?」
「……はい」
ヤコフは助手席で”最新の携帯型電話”を眺めている。ドライバーはクーラーの設定温度を変えている。
こうなったら、脚本に合わせるまでだ。
「…心配させて、本当にごめん。もう、大丈夫だから。秘書さんが心配してくれてるってだけで、十分だよ」
“完璧な回答”。爽やかな顔、優しい声。勇者っぽいだろうか。そう見えるだろうか。脚本にもこんなことが書かれているに違いない。
「……かっこつけたつもりですか」
「えっ…?」
冷たい声が返ってきた。一気に背筋が凍る。
なんでだ?普通、これが最高の展開だろ?脚本にもそう書いてあるんだろう?
「いっいや。そういうわけじゃ……」
白々しい。何て答えるか考えてなかった。心臓に冷たい液体が入ってくるような、そんな気がする。
「なんでそんなに白々しいんですか……私が本気で心配してるのに……」
「……じゃあ私に何をしろっていうんだよ。大丈夫としか言えないじゃないか」
つい言い返してしまった。
「言えますよ!」
「なんて?」
「助けてください!に決まってるじゃないですかっ!」
「お二人さん」
二人は運転席の方に振り向いた。
「口論するのは勝手だけど、お願いだから暴力はやめてね」
ドライバーが淡々と言う。ヤコフも心配そうにこっちを見ている。
「……」
息を落ち着かせ、冷静に考える。
最高の、答え……
「……ここらへんでやめよう。実際、秘書さんは“いる”だけでとっても助かってるから。秘書さんにできる最大のことは、私たちの輪の中にいることなんだ」
結局、こういう感じになる。噓をついたらばれるし、だからってそのまま本当のことを言うわけにもいかない。
「……はい…私こそすみませんでした……」
「いや…いいよ…全然いいよ……」
私にとって二度目の展開。最悪の展開は免れたが、やっぱりこうじゃない。こういうんじゃない。
「……ふぅーーっ」「……ふぅーーっ」
二人同時にため息をついた。大きさも、トーンも同じだった。いわゆる、偶然だ。
「フフッ」
秘書さんが目をつぶって笑った。あの夜と同じ、高校生みたいな、くすっとした笑いだった。
「はっ…」
……そうか。わかった。ようやくわかった。
「…ありがとう」
小声じゃなかった。
「…はいっ!」
秘書さんの声にも、力が入っていた。
これでも、二人とも同じ世界にいるんだ。同じ人間なんだ。
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