第37話 ホワイトハウス
「大統領。彼が来ました」
「やはり来たか。よし、入れろ」
「了解いたしました」
「各員に“シナリオ通り”にと伝えてくれ」
「ここがホワイトハウスか」
腰に手を当て、鉄格子の柵の前で言う。
「……」
「すっすごいな…」
「……」
タクシーはもうここにはいない。私と秘書さんだけだ。
「さっき…ヒロインって…」
「なんでもない」
「……」
秘書さんの顔を見ると、俯いて、ずっと何もない床を見つめている。
「…行こうか」
「……」
「私なら、大丈夫。これは悩み事なんかじゃないんだ。ただの考え事なんだ」
「じゃあなんで…いつもそんな憂鬱そうな顔を…」
「最近…実家の猫が死んだんだ」
「噓ですよね…わかってますよ…」
「……」
「やっぱり…何か知ってるんですよね?」
「……君のためだ。教えることはできない。もし君が知ったら、君も私とおんなじ目にあうぞ」
「…いいですよ…別に」
「人生観が狂って……情緒が不安定になって……“奇跡”を喜べなくなって……無力感に包まれて……すべてが嫌になる……何もかもを背負うんだ……」
私は不意に鉄格子を殴ろうとした。でもやめた。
「……」
脚本なんて、なかった方がよかった。この世界が物語だなんて、知らない方がよかった。そっちのほうが、もっとこの世界を楽しめた。自由を感じることができたんだ。
「加藤さん」
「……」
「もう、いいですよ。もう聞きません…」
秘書さんの言葉に、少しだけ我を取り戻した。
「……あぁ…ごめん…言い過ぎたよ…」
小さい声。勇気のない声。私も俯いた。人生最悪のごめんだった。
間違ってるんだ…何もかも。
おい。
何かが私に話しかけてくる。
もう悩むな。脚本だなんだってそういうことを考えるから良くないんだ。世界の真理だとか、脚本だとか、そんなこと仲間と比べたらどうだっていいじゃないか。
……まるで勇者みたいな言葉だ。
今、お前のヒロインが目の前で悲しんでるぞ。
何か、言うことはないのか?
「秘書さん…」
“普通の、主人公”
「はい…」
なんて言えばいいんだろう。
「私は……いや」
「なんですか…?」
考えろ……こういう時に主人公が言いそうなこと……
「もし……いや…」
せめてこの場をマシにできる何か…切り抜けられる何か…
「フフッ…どうしたんですか?加藤さんっ」
「…え?」
「もしかして、仲直りになんかかっこいいことでも言ってやろうっみたいなこと考えてるんですか?」
「いや…そういうわけじゃなくて…その…」
かっこいい必要なんてない。ただ…何かいい言葉を…
「お気持ちだけでも十分ですっ。こちらこそ、言いたくもないことを執拗に聞いてしまいましたっ」
「……うっうん…」
主人公、失格だな。秘書さんの方が、よっぽどヒロインっぽいよ。
「行きましょっ」
「うん…行こう」
私は秘書さんの手をつかんだ。これぐらいはやらねば。
「フフッ急にどうしたんですか?」
「いや…仲直りというか…」
「加藤さんっ」
「なに?」
「私はヒロインじゃなくて、秘書ですよっ」
「そうだな…」
別にデートしに来たわけでもないし、彼氏彼女の関係でもない。ただの、仲直りだ。それなのに…
「Hey」
「はっはい?え?」
突然声をかけられたので、驚いて飛び上がってしまった。
「You are Mr Kato. Right?」
「Y…Yes」
相手は黒人の警備員のようだ。私はポケットからスマホを取り出し、翻訳モードにした。
「私は、ここの警備員です。こんな夜中に、お二方は一体何を?」
そうだ。本来の目的は国連軍の”オペレーションFE”を突き止めることだ。二人で散歩しに来たわけじゃない。とりあえず、まずは大統領に会わなければ。
「大統領に会いに来ました」
「ふーん…そーうですか…」
警備員はスマホを取り出し、何かを入力すると、どこからかさらに三人の警備員が現れた。
「えっ…?何…?捕まるの…?」
現れた三人は、あっという間に二人を囲った。
「大統領に会いたいんですね?」
「はい…」
「なら、私たちの誘導に絶対に従ってください」
「はっはい…」
警備員四人に連れられ、私たちはホワイトハウスの敷地の中に入った。
「あの車に乗ってください」
「えっ?」
「いいから。従ってください」
そう言うと、警備員の一人が腰から拳銃を取り出した。
「はっはいっ!」
まさか…誘拐にでも遭っているのだろうか。普通、ホワイトハウスにこんな入り方はしない。こんな恐ろしいことにはならないはずだ。
「さあ、入って」
車はかなり頑丈で、そこそこ大きい。トラックのような見た目だ。
震えながらトラックでいうところの積み荷を入れる部分に入ると、突然ドアが閉められた。外側からロックがかかった。
「あ…あぁ…」
「怖がらないでください。誘拐なんかじゃありません。私たちは正真正銘のホワイトハウスの警備員です」
「こっここにいれたのは…なんで…ですか…?」
声が震えてまともな発音にならない。
「持ち物検査ですよ。武器は持ってませんよね?」
「はっはい…」
そう言うと、残りの三人が金属探知機で全身を検査してきた。
「ないですよ…本当に」
「服を脱いで」
「へ?」
これには秘書さんも声を上げる。
「二人とも。いいから」
結局全身脱がされ、爆弾だとか危険物がどこにもないことを徹底的に調べられた。
「…どうやら特に怪しいものはないようですね」
「あ…当たり前ですよ…」
「それでは、お待ちかねのホワイトハウスへ」
ドアが開き、二人はさらに多くなった警備員に囲まれてホワイトハウスに入った。
「すっすごい…」
外観とは打って変わって、肖像画や装飾品の並ぶおしゃれな木彫の渡り廊下。まるで中世の城のようだ。
「こんなの映画でしか見たことがないよ…」
そして一行は地下へ向かう。
「到着いたしました」
「ここは?」
「シチュエーションルームですよ。映画とかで見たことないですか?」
ある。真ん中に長テーブルがあって、壁にモニターがいくつも埋め込まれているあの部屋だ。
「入ってOKです」
警備員が確認を取ったのち、許可が出た。
…よし…とうとうアメリカ大統領とご対面だ…気を引き締めろ…
「ようこそ」
「え…?」
「それでは、ごゆっくり」
ドアが閉まり、室内には私と秘書さん、そしてもう一人しかいなくなった。
「君があの加藤か」
黒い制服に、黒いサングラス。手に腰を当て、こちらを見つめる。胸にはUNUDOのバッチ。これは大統領じゃない。
「Good afternoon.初めて会うな。バッカード中佐だ」
……!
あいつだ。あのアフガニスタンでどうこうとかいう奴だ。
「すまないが、大統領と本当に会わせるわけにもいかんのだよ」
こいつが…国連軍の指揮官…
「まあ座れ」
あらかじめ用意してあったかのように、椅子と水の入ったグラスが二つ分ある。
「それで?用とは何かな?時の人」
白状させるには、それなりのインパクトが必要だ。私が“知っている人間”だと思わせよう。
「“オペレーションFE”についてです」
「Hmm…」
中佐の表情が変わった。かなり驚いているようだ。かなりの衝撃になったに違いない。
「…どこでそれを?」
「どこだっていいでしょう」
「そうか…」
やれやれという表情。何かを察したのだろうか。
「“オペレーションFE”の概要は」
「……そんなに知りたいのか?」
サングラス越しにこっちを睨み付けている。本物の軍人は目付きが違う。だが、殺気は感じない。
「はい。説明してください。全て」
中佐は一度ため息を着いた。
「…いいだろう」
よし。成功した。
私は机の下でガッツポーズをした。
「……だが、覚悟をしろ」
「…何をです」
「残酷な真実を知ることになる」
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