第36話 Lost

「そうだった……」

成田空港のターミナルで、一同は肩を落とした。

「ヤコフはアメリカに行けない……」

パスポートはおろか身分証明証すら持っていないヤコフに国際線など搭乗できるわけがない。ここまで順調に進んでいたからか、忘れていた。

「そっそういえば…パスポートなんてものがあったな……」

ヤコフはパスポートの存在を忘れかけていたようだ。

「……こればっかりはしょうがないな…密入国なんて不可能ですよ……」

しょうがないので、ヤコフは宮田と共に日本に残ることになった。大きな痛手だが、受け入れよう。全く、こういう時に脚本がどうにかするんじゃないのか?

プルルルル……

持っていたスマホが鳴った。宮田から電話だ。宮田には研究所の仕事があるので、来ることはできなかった。

「もしもし?」

「ああ、加藤さん」

「どうしたんです?」

「まずいことが起きた……ネットニュースを開くんだ……」

言われた通り私はネットニュースを開き、スワイプしてニュースの数々を確認した。

「あっ…」

“最新のニュース”に不穏なものがある。

「先程、フィリピン沖の熱帯低気圧が勢力を上げ、台風になりました。予測が正しければ二日後の31日深夜には上陸し……」

「早めに日本に戻ってきた方がいい。台風が去るのは五日後。ちょうど、君が言ってた”国連軍の作戦”が行われる日と同じだ。台風が来るまでに帰らないと、奴らと同時のタイミングで地底に行くことになるぞ」

「ああ…」

これも脚本の仕業だろうか。“普通”はこんなことはそうそう起こらない。やはり、物語にスパイスをということだろうか。全く、物語を読む人間にはいいのだろうが、当の本人からすると迷惑極まりない。

「……とりあえず、早く飛行機に乗ろう」

「加藤さんっ!」

「ん?」

「あれっ!」

秘書さんの指さす先には、待ってましたと言わんばかりの電光掲示板で”ワシントンDC行”と映し出された便がある。

「あれだ!あれに乗ろう」

出発は十分後。急いでカウンターへ行き、何とかキャンセル分の二枚を手に入れた。

ヤコフの別れの言葉もよく聞かないまま、秘書さんの手をつかんで手荷物検査や税関を急ぎ足に越えていった。

「間に合え……間に合え……」

そう呟きながら、二人は日の沈んだ成田空港をひた走った。


「お二人さん。危なかったですね」

……間に合った。しかしまあ、考えてみれば当然か…


「ふぅー。危なかったですねっ」

買ったときチケットの内容は特に見てなかったが、どうやらエコノミークラスのようだ。

「今日のワシントンDC行の便はあれが最後だったそうですよっ」

「うん…奇跡だね…」

奇跡の連続。あまり驚いてはいない。何だか、最近になって余計に“奇跡”が増えているような気がする。

「着くのは…今日の夜だな」






数日ぶりのアメリカ。こんな長距離のとんぼ返りはたぶん一生しないだろう。

ワシントンダレス国際空港。

ボディーガードも何もなし。タクシーを呼んで、ホワイトハウスに直行だ。

勝手な憶測だが、今の私ならたとえホワイトハウスだとしても入ることができるような気がする。もし入れなければ、物語はスムーズには進まない。ストーリーの障壁になるようなものは全て“奇跡”で片付ける。それがこの世界だ。


「加藤さんっ」

「何?」

「ほっ本当に大丈夫なんですかっ?」

怖がるのも無理はない。こんな残酷な世界の真理を知っているのは私だけ。みんな“奇跡”なんて起こるはずがないと思っている。

「大丈夫。“最強パーティー”だから」


「“最強パーティー”って……でも、今は二人だけですよね……?」


そう…か。

「いっいや、二人でも最強だよ……」

まあ、さっきも宮田なしで奇跡を起こしたんだ。大丈夫。

……

……まさか…ね。

……不安がぬぐえない。もし、宮田がパーティーの一人にカウントされていなかったらどうなるんだろうか。そもそも、パーティーが四人とは限らない。三人の可能性だってある。

…だめだ。そんなこと考えるな。お前は主人公なんだぞ?世界の中心なんだ。お前の障壁はストーリーの障壁。面白くない障壁は勝手になくなるんだ。

「加藤…さん?」

「はっ…」

「悩み事は、隠すのが一番いけないことなんですよっ」

後続車のヘッドライトが秘書さんの顔を照らす。

「ごめん…」

「謝る必要なんてありませんよっ」

「…そういうんじゃないんだ」

「人に話せない悩み事。誰にだってあります。でも、たった一度の話す勇気があれば、ふさぎ込まなくていいんですよっ」

「だから…その……悩み事じゃないんだ」

「私、知ってます。加藤さんは私たちに隠し事をしてるって」

「…はっ?」

流石に怖くなった。

「そっそれは…何で知ってるのかな?」

「だって…全然顔が違いますもん」

「顔……?」

「二か月前、加藤さんの顔は何だか凄く気楽というか、表はちょっぴり選挙のこともあってか悲しそうだったけど…裏に何かある感じはしませんでした。何というか…透き通ってたんです」

…はぁ……これも一環か。

「でも今の加藤さんの顔を見てると…何だか裏でいろいろなことを抱えてそうで」

「…何も抱えてなんかいないよ…」

抱えてるんじゃない。背負ってるんだ。

「…何か…あったんですよね…?」

「…何もない」

「え…?」

「それより、秘書さんこそホワイトハウスに行くなんて怖…」

「私のことはいいですっ!」

……

「悩み事も話せない……そんなパーティーが、最強なんですか…?」

……

「は…ははは……ヒロインだ…本物の…」

小声で呟いた。声に出す気はなかった。

「え…?」

「いずれ…わかるさ…」

「加藤…さん…?」

「着いたよ。お二人さん」

ドライバーが言った。窓の外には、ライトに照らされる白い建物があった。圧倒的な存在感と、威厳。

二人は、ホワイトハウスの前に立っていた。

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